月夜
冬休みとは幻想でした……
時間がなさすぎます……
「なんなのよアイツーーーッ!!?」
「落ち着け、アイリス」
時刻は夜。
割り当てたられた女子寮の一室。
アイリスは全力で暴れていた。
理由は簡単、昼間のキルエの態度が心底気に入らなかったのだ。
「だってアイツ……!ああ!もう!」
「いいから落ち着け」
不満を口にしようとしたが言葉にならず、そのことにもさらに苛立つ。
そんなアイリスの首に、ナイトを冷蔵庫から取り出した瓶を当てる。
「ひゃぅ……!?な、何すんのナイト!」
思いがけず可愛らしい声が上がってしまい、アイリスは顔を赤くしながら怒鳴る。
「アイリス、お前が正義感に則って人形遣いになったのは知っている。だが、世の中にはそうでない者も多い」
「そんなわけっ……!あるかぁ……」
人形遣いは強力だ。
それゆえに、凶悪犯罪に利用する者も少なくない。
強盗、テロ、殺人など用途は多彩だ。
戦闘人形遣いには、それらの犯罪者と戦って確保するという役目もある。
アイリスが目指すのは、まさにその捕まえる側だ。
「でも、そんなことするやつが、養成校なんか来るわけが……」
「それはわからない。この学院は、あくまでも戦闘人形遣いを養成するだけで、その先の進路まで限定してはいないからな」
「ぬぐぐ……!」
アイリスは何も言い返せない。
ハルジオン中央機構科学院の卒業生は、50%が軍に加入、30%が傭兵、15%が人形技師に、残る5%が所在不明になる。
その所在不明がどうなっているのか、それは想像に難くない。
「まあ、お前があいつを更生する必要などないし、気に入らないなら無視すればいい。ひとまず、これでも飲んで落ち着け」
ナイトはそう言い、手にした瓶を手渡す。
それは、アイリスお気に入りのソーダだった。
「……ありがと」
「ああ」
栓を開き、アイリスは瓶を一気に傾ける。
果実の甘い香りと、炭酸特有の弾けるような感覚が口に広がる。
「はあ……」
「落ち着いたか?アイリス」
「うん、どうにか」
頷き、もう一口中身を飲む。
(相変わらず、なんかお兄ちゃんみたいだなぁ……)
アイリスは常々、そう思っていた。
自分が作ったはずの人形が、なぜか自分よりも年上に思えるのだ。
いつだったかそう言ったら、
「アイリスには手を焼かされるからな」
なんて答えていたことがある。
(まさかの年下扱いだよ、全く)
だが、アイリスはそれを快く思っている。
家族の温もり、人の温もりを知らない彼女には、それが愛おしく思えたからだ。
「……ねえ、ナイト」
「なんだ?」
「これからもよろしくね」
そう言い、瓶を差し出す。
ナイトは一瞬面食らったような顔をしたが、
「こちらこそ」
瓶をカチンと合わせ、笑った。
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「それじゃあ、始めるか」
「はい」
男子寮の一室、Sランクとして特別に割り当てられた広い部屋。
そのベッドの上で、リリィは身につけたゴシックワンピースを脱ぎはじめる。
その度にレースが揺れ、柔らかい生地が布団に落ちる度に小さな音が鳴る。
最後に、白い下着姿になったリリィは、ベッドの上に仰向けに寝そべった。
「用意、できました」
顔を赤らめ、少々言葉に詰まりながらもそう言う。
「ああ」
キルエは短くそう言い、リリィに手を伸ばす。
全身にくまなく触れ、ゆっくりと撫でていく。
キルエの手が触れるたびに、リリィはくすぐったそうに身じろぐ。
「痛むか?」
「い、いえ、平気です」
「そうか。なら、続けるぞ」
「はい」
それからしばらく、リリィの身体に触れ続ける。
不意に、
「よし、問題なしだ」
と言って、手を離した。
「ありがとうございました」
ペコリと頭を下げ、いそいそと服を着始める。
キルエは既に優秀な人形遣いだが、同時に腕の良い人形技師でもある。
そのため、皮膚の上から触るだけで傷や破損がある程度分かる。
今、戦闘後の恒例メンテナンスをそうやって終わらせたところだ。
「主様、何かお飲みになりますか?」
着替えを終わらせたリリィが言う。
「ああ。酒を頼む」
「承知いたしました」
礼儀正しく頭を下げ、リリィは荷物を探る。
その中から茶色の液体の入った小瓶を取り出す。
「早めに酒屋を探さなければなりませんね」
「そうだな。備蓄も少ない」
「主様が強すぎるからですよ?」
「そうか?」
「そうですよ」
ふふっと笑い、手にしたウィスキーをグラスに注ぎ、キルエに手渡す。
「月が出てきましたね。開けますか?」
「ああ」
カーテンを開くと、登り始めた月の明かりが部屋に差し込む。
電気を消せば、それは実に幻想的な光景となった。
窓際の席に腰掛け、キルエはグラスの中身を呷る。
「……やっぱりこれだな」
「そういうものですか?私には味はわかりませんが……」
「慣れればこんなものだ」
そう言い、もう一度グラスを傾ける。
あっという間にグラスを空にし、二杯目をリリィが注ぐ。
「やっぱり、強すぎてペースが早いじゃないですか」
「そうかもな」
まともに取り合わないキルエに、リリィは肩をすくめる。
リリィには分かりきったことだが、何を言っても無駄なようだ。
(ですが……今日くらいはいいかもしれませんね)
考えを改め、リリィはキルエを見つめる。
今日は二人にとっては記念日のようなものだった。
復讐の第一歩が、ようやく歩めたのだから。