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英雄殺しの機神使い  作者: 八重坂 雪希絵
第一章
5/7

月夜

冬休みとは幻想でした……


時間がなさすぎます……

「なんなのよアイツーーーッ!!?」

「落ち着け、アイリス」


時刻は夜。


割り当てたられた女子寮の一室。


アイリスは全力で暴れていた。


理由は簡単、昼間のキルエの態度が心底気に入らなかったのだ。


「だってアイツ……!ああ!もう!」

「いいから落ち着け」


不満を口にしようとしたが言葉にならず、そのことにもさらに苛立つ。


そんなアイリスの首に、ナイトを冷蔵庫から取り出した瓶を当てる。


「ひゃぅ……!?な、何すんのナイト!」


思いがけず可愛らしい声が上がってしまい、アイリスは顔を赤くしながら怒鳴る。


「アイリス、お前が正義感に則って人形遣いになったのは知っている。だが、世の中にはそうでない者も多い」

「そんなわけっ……!あるかぁ……」


人形遣いは強力だ。


それゆえに、凶悪犯罪に利用する者も少なくない。


強盗、テロ、殺人など用途は多彩だ。


戦闘人形遣いには、それらの犯罪者と戦って確保するという役目もある。


アイリスが目指すのは、まさにその捕まえる側だ。


「でも、そんなことするやつが、養成校なんか来るわけが……」

「それはわからない。この学院は、あくまでも戦闘人形遣いを養成するだけで、その先の進路まで限定してはいないからな」

「ぬぐぐ……!」


アイリスは何も言い返せない。


ハルジオン中央機構科学院の卒業生は、50%が軍に加入、30%が傭兵、15%が人形技師に、残る5%が所在不明になる。


その所在不明がどうなっているのか、それは想像に難くない。


「まあ、お前があいつを更生する必要などないし、気に入らないなら無視すればいい。ひとまず、これでも飲んで落ち着け」


ナイトはそう言い、手にした瓶を手渡す。


それは、アイリスお気に入りのソーダだった。


「……ありがと」

「ああ」


栓を開き、アイリスは瓶を一気に傾ける。


果実の甘い香りと、炭酸特有の弾けるような感覚が口に広がる。


「はあ……」

「落ち着いたか?アイリス」

「うん、どうにか」


頷き、もう一口中身を飲む。


(相変わらず、なんかお兄ちゃんみたいだなぁ……)


アイリスは常々、そう思っていた。


自分が作ったはずの人形が、なぜか自分よりも年上に思えるのだ。


いつだったかそう言ったら、


「アイリスには手を焼かされるからな」


なんて答えていたことがある。


(まさかの年下扱いだよ、全く)


だが、アイリスはそれを快く思っている。


家族の温もり、人の温もりを知らない彼女には、それが愛おしく思えたからだ。


「……ねえ、ナイト」

「なんだ?」

「これからもよろしくね」


そう言い、瓶を差し出す。


ナイトは一瞬面食らったような顔をしたが、


「こちらこそ」


瓶をカチンと合わせ、笑った。


─────────────────────


「それじゃあ、始めるか」

「はい」


男子寮の一室、Sランクとして特別に割り当てられた広い部屋。


そのベッドの上で、リリィは身につけたゴシックワンピースを脱ぎはじめる。


その度にレースが揺れ、柔らかい生地が布団に落ちる度に小さな音が鳴る。


最後に、白い下着姿になったリリィは、ベッドの上に仰向けに寝そべった。


「用意、できました」


顔を赤らめ、少々言葉に詰まりながらもそう言う。


「ああ」


キルエは短くそう言い、リリィに手を伸ばす。


全身にくまなく触れ、ゆっくりと撫でていく。


キルエの手が触れるたびに、リリィはくすぐったそうに身じろぐ。


「痛むか?」

「い、いえ、平気です」

「そうか。なら、続けるぞ」

「はい」


それからしばらく、リリィの身体に触れ続ける。


不意に、


「よし、問題なしだ」


と言って、手を離した。


「ありがとうございました」


ペコリと頭を下げ、いそいそと服を着始める。


キルエは既に優秀な人形遣いだが、同時に腕の良い人形技師でもある。


そのため、皮膚の上から触るだけで傷や破損がある程度分かる。


今、戦闘後の恒例メンテナンスをそうやって終わらせたところだ。


「主様、何かお飲みになりますか?」


着替えを終わらせたリリィが言う。


「ああ。酒を頼む」

「承知いたしました」


礼儀正しく頭を下げ、リリィは荷物を探る。


その中から茶色の液体の入った小瓶を取り出す。


「早めに酒屋を探さなければなりませんね」

「そうだな。備蓄も少ない」

「主様が強すぎるからですよ?」

「そうか?」

「そうですよ」


ふふっと笑い、手にしたウィスキーをグラスに注ぎ、キルエに手渡す。


「月が出てきましたね。開けますか?」

「ああ」


カーテンを開くと、登り始めた月の明かりが部屋に差し込む。


電気を消せば、それは実に幻想的な光景となった。


窓際の席に腰掛け、キルエはグラスの中身を呷る。


「……やっぱりこれだな」

「そういうものですか?私には味はわかりませんが……」

「慣れればこんなものだ」


そう言い、もう一度グラスを傾ける。


あっという間にグラスを空にし、二杯目をリリィが注ぐ。


「やっぱり、強すぎてペースが早いじゃないですか」

「そうかもな」


まともに取り合わないキルエに、リリィは肩をすくめる。


リリィには分かりきったことだが、何を言っても無駄なようだ。


(ですが……今日くらいはいいかもしれませんね)


考えを改め、リリィはキルエを見つめる。


今日は二人にとっては記念日のようなものだった。


復讐の第一歩が、ようやく歩めたのだから。

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