お外道さん 黒き狐 前編
狐憑きの多い村があったが
平成に入って、この家が狐持ちだと解る家は2軒だけとなった。
石上家と尾咲家である。
本家とも言われる、石上家は安泰であったが、
尾咲家は、狐持ちの家では無くなりつつあった。
このことが、悪しき外道狩りの耳に入るのは必然
近年は、山陰を中心に悪行を重ねていたのだ。
尾咲家の狐は他とは違うことを
あの黒づくめの男は、昔から知っていたのである。
そして、黒づくめの外道狩り、深見胡堂を追って
外道憑きの世話役が一足先に動き出していた。
代々伝わる、狐憑きを継承して来た家が
後を継ぐ者を残さず、その命を終わらせようとしていた。
それでは、狐憑きだけが残ってしまい
災いを呼ぶのは目に見えていた。
その時、憑き物筋から逃れる術は無いと言い伝えられていたが
それを、新たな手法で、憑き物筋から逃れる方法を知るものが、その家に現れた時
その狐憑きを狙って動き出す、怪しい黒い影があった。
世話をする人が居なくなった
憑きもの筋の家は、どうなりますか?
そのまま、人の居ない無人の家に憑物は、しばらくは残っていますが
そのうち、はぐれ外道になるのは目に見えています。
ごく少数ですか、自分の意思でその家の守り神のように
人が世話をしなくても、その建物を棲家として居続けるものもいますが
私が、管理している地域では1軒もありません。
そうなる前に、先程提案した尾咲家の憑物を石上家に呼び戻し
双方ともお守り様に格上げしてはどうでしょうか。
外道憑き世話役当主 糸重 要より、先代から付き合いのあった
石上家の現当主石上 茂氏に電話があり
確かに、尾咲家の狐の件は、うちにも原因がある
尾咲家の人間がそれでも良いというのなら
うちは、問題ない、お守り様に格上げしてもらったほうが、
むしろありがたいぐらいだ、
獣憑きなど時代遅れだ。
石上家とは、そう言う段取りになったが
尾咲家は事情が違うのだった。
どこからか、尾咲家の憑物が放置される可能性があるのを知って
あの人さらい外法師、深見 胡堂が動いたとの情報を掴んだ。
外道憑き世話役 当主 糸重 要は、自分が動くより
石上家、尾咲家、双方に近くに住む
新しい、憑きもの筋の解決法を私に提示した者に
尾咲家の説得を依頼していた、その者とは
超常現象総合研究所所長 拝 頼光である。
見た目は、頼りない感じもするが
並々ならぬ、オカルトに悩む人を助けたいと言う、真摯な態度が
要の信用を得た人物だった。
胡堂の動きよりも早く手を打ち
尾咲家の残された人の説得にも対応しうる人材は
この地では彼しか考えられなかった。
後から、自分も向かうので
一時も早く、保護すべき当事者のところへ
拝くんに、向かって貰う単取りを済ましたあと、糸重要は電話をかけた。
深見胡堂を確実捉えるために
もう一人の世話役に、直ぐに合流せよと命じたのだった。
翌日
その日の早朝、冷え込む日が続く2月半ば
曇り空の下に
白い息を吐き黒渕眼鏡を曇らせ
掛けていたマスクを取り
長身の紺のスーツ姿の男が
憑きもの筋の家の前まで来ていた。
畑の中の一軒家、いかにも
農家の佇まいだが
まるで、この家は
全てが終わってしまったかのような
手入れがされておらず、荒れ放題の様を見せていたが
家の中には明かりが灯り
人の気配は感じさせていた。
「おはようございます、尾崎うねさんは、居られますでしょうか?
外道憑き当主 糸重 要さんから依頼を受け
今回の件の任せられた、拝 頼光と申します。」
すると。奥の方からこの家の主人である
尾咲うねさんが、腰を曲げてゆっくりとした足取りで現れた。
「取り敢えず、遠慮せず上がってもらって、中で聞きましょう。」
拝には、この家の奥から臭う獣臭を感じたが
この時はまだ、これから先に起こる、長い現実を越えた戦いに巻き込まれることを
予見できていなかった。
炬燵のある、居間で拝と尾咲うねは向かい合い
今日の段取りと、なぜ自分が来たのか
を説明を始めていた。
尾咲うねさんは、こう思いを語った。
もう、どうでも良いのだ。
「私が死ねば好きにしろと、お狐様には言ってある。」
85歳を超えた私には、出来ることがない
まるで昔話をするように語り始めた。
自分の子供達にも先立たれ、一人残った老いた自分では
もう何も出来ないのだから。
この家には、居る、居ると言われて
一度も見たことも、聞いた事もない
お狐様とずっと暮らしてきた
ただ、亡くなった娘が死に際に
私に、こう言ったのだ
「お母さん、私ね、最近聞こえるのよ、お狐様の声が
それでね、自分の声を聴けないお母さんに、伝えてくれっていうのよ。」
「本来は、この家に来るつもりは無かったと
だがお前たちには、なんの恨みも怒りもない
長い間、お供えをうけ、お前たちの話を聞いてきた
ただ、お前も去り、お前の母も私を残して去ってしまうなら
私は最後の仕事をしよう
私を、追いやったあの家の所へ
お前たちが居ないのなら
私は、思い残すこともなく
あの家の者たちを根絶やしにすることができる
いつか訪れる別れの時も、そばにいて見届けてやろう
できればこのことをお前の母に伝えて欲しいって。」
それを聞いても、尚
このか弱き老婆にどうにかすることは出来ないのだから
うねは悲しげにひとつうなずくと
黙ってしまった。
拝と尾咲 うねの二人が語るのを
隣の部屋の神棚から
尾咲家に一世紀以上憑いている
通常の人には見えぬ、憑物が
聞きながら、思い出していた。
尾咲家の黒い狐は毎日同じことを思っていた。
とある家には、二つの狐憑きが同居していたが
ある時、この家の主人が
二匹も狐は要らぬと言い出した。
そこで後から、京で買われてきた私を
遠縁の親戚筋の所へ
私をずっと世話してきた、末娘を嫁に出し
私も同じように、この娘についてこの家から出されたのだ。
私は、別に気にはならなかったのだが
娘は、違っていた
恨んでいた、怒っていた
本当に好きな人とは違う人の所へ嫁がされたことを
そして、来る日も来る日も私に、憎い、その思いを、ぶつけて来た。
その思いを受け、私は何度も
あの忌まわしい本家に通ったが
だが、あの家の者は、私を要らぬと言ったのに
私の分身を残して
私の動きを制限していたのだ
娘の恨みは成就せず
本当に長い間、私は、あの娘とともに、あの家の方を向いていた。
それから、長い時人間で言うなら100年ほど経った今
もし、私の願いが叶うなら
あの家の者を切り裂いて
あの娘の思いを聞き遂げて
私は消えても良いのだ。
しかし、いまの使え人のうねは
私の声も姿も見る事さえかなわぬ
今思えば、それゆえに苦しんだことだろう
あの娘より、長く私に仕えたのだからその思いも全部載せて
今こそ、あの家の末裔を皆殺しに行こうと。
黒き狐は、その日を待ち続けていた。
拝は、自分が呼ばれた理由を語ろうとしていた。
「実は、憑き物筋から逃れる方法は3つあります。」
「昔から、憑き物筋から逃れる方法が無いと言われた
それほど、結び付きの深い関係になってしまうのには
人間側に大きな原因があるのです。」
「人間が、離れたくないのです
不幸になると解っていても
口では、もういい、普通の家に生まれて来たかったと言いながら
いざと言うと、離れない、離さない。」
「それは、何故か
弱い人の心を支える大きな柱に憑き物筋の人は、憑き物を選んでいる
神様にお願いするよりも、先にあるいは心の奥底では憑き物のことを考えている。」
「もしかしたら、神様が助けてくれるよりも
うちの、お狐様が何とかしてくれると
勝ってに思い込んで、必要としているのは
人間の方なんです、
ですから人間のほうが、憑き物と分れる決心がつけば
いとも簡単に憑き物筋から逃れる事が出来る。」
そんな嘘臭い事を真剣に語る男が
尾咲うねを訪ねて来ていた。
「昔から、憑物筋から逃れる方法はないと
言われてきました、
それは、ただ真剣に、試されていなかった。
試して失敗した例だけが、何故か広まってしまった。」
「成功例もあったはずなのに
助かった人達は、自分たちが憑物筋だったと
語ることも、思い出すこともしない
仮に口にすれば、どこからもなく
この世のものでない畜生どもが湧いて出るからである。
成功者は、決して、どのようにして成功したかなど語らないのである。」
そこで、失敗した例を集め、
成功したであろう、やり方を予測し
どのようにして、憑物筋から逃れるかを
日本中を渡り歩いて、探し出し
その術を磨きあげたのが外道筋世話役 糸重 要の先祖である。
憑物筋から逃れたいと思う人は
過去に、暗い歴史を持ち
憑物筋であっても、裕福な家は、その歴史を継いできたが
現代の生活に、昔ながらの憑物筋特有の生活が困難になってきて
扱いに困る家が増えてきた。
これを受けて、糸重家の者が世話役と称して憑物筋の家を、一軒、一軒、周り
アドバイスを行ってきた。
「今まで通りを望むなら、それで良し。」
「手放したくない、しかし、管理が難しい、あるいは、勝手に暴れるのもなんとかしたいとなれば
お守り様に格上げすることで、手足を縛る代わりに、手厚く祭り上げる事で
その家の、守り神として付き合うことが出来るようにする方法が一つ目。」
「二つ目は、完全に、憑きもの筋から逃れたいと、言うのなら
憑物を退治する、その家に居る憑物より、強い憑物に
、その家の憑物を食べさせてしまう、共食らい、式神を使う、式落とし、神を降ろしての神裁き等で退治してしまう方法。」
「これまでは、この二つが主流だったのですが
僕のおすすめは、三つ目です。」
獣憑きから、逃れる方法の
三つ目を語ろうとした時だった。
玄関に人の気配があり
低く通る声で
「こんにちは、私は、外道憑き世話役の深見胡堂と言います、尾咲さんは居られませんか
この度は、ここのお外道、御狐様を預かりに参りました。」
玄関先には、黒尽くめの服装で、木箱を背負った気味悪い笑みを零した、小柄な男がお辞儀をしたまま立っていた。
打ち合わせ通り、尾咲 うねさんではなく
拝が玄関に向かった。
「おかしいですね、僕も外道憑き世話役当主糸重 要に言われてここに来ましたが、僕以外の世話役の人間が来るとは聞いていませんよ。」
拝が待ち構えていたように笑みを浮かべながら、右手の人差し指で胡堂を指差した、さらに地面を向けと言わんばかりに、下方向に人差し指を動かした途端それは起こった。
「それは、行き違いで」と言いかけた深見 胡堂の体が、急に右に傾いだ。
「後から来る、人物は世話役を語る悪人が、名前も深見 胡堂と名乗る聞いていましたよ。」
そして、今度は人差し指を右斜め下に動かす
それに合わして、大きく深見胡堂の体が右に傾き、一瞬右手を地面に手を着くが
それを、拒否するように
強引に後ろに飛び下がる。
着地したが、こんどは左方向に身体が揺らごうする
「さ、催眠術かそれも瞬間的に視覚、聴覚、体幹までも奪うか、しかし、そこまでだ
ネタバレすればなんとでもなる」
「ふっーはぁっ!!!」
大きく 息を吐く胡堂、どうやら催眠の効果は切れ。
「正体がバレてるなら遠慮しねぇ、いでませ、黒猿、我が外道」
「オン クロダノウ ウンジャク、ソワカ!」
手はすでに、両手を合わせ合掌の状態で両方の人差し指だげ外側に開いた
烏蒭沙摩明王印を結んでいる。
胡堂の背負っていた10センチ角の薄汚れていた木箱の上部に回してあった、真っ赤な小指ぐらいの太さの帯の結び目が解け
上蓋が緩むと黒い煙のようなものが、いきよいよく吹き出した。
そして、大人が両手で広げたぐらいの黒い塊になり
正面には大きな口だけが現れ、「ガァッ」と声だして大きく口を開くと
無数の乱杭歯が見え、赤黒い大きな舌をべろりと垂らし、その先から血のような涎が垂れ始めた。
そしてその口から生ゴミの匂いのような生臭い匂いが立ち込めてきた。
その時である、「ジリリン」と拝のスマホの呼び出し音が聞こえる。発信者の名前を確かめるとこの状況にも関わらず電話に出た。
「はい、拝です、」
「胡堂と戦っていますね、調子はどうですか?
」電話の相手の声は外道筋世話役当主 糸重 要のものだ。
「ついに、胡堂が木箱から外道を、オタマジャクシの親分みたいなのを出した所です。」
「なら、私が相手をしましょう、この声が相手に少しでも届くようにスピーカーに切り替えて下さい。」
「では、始めしましょう、マヨイ、マヨイシ、クダンノ4つ足とぐろを巻いてクルクルリとキタ道戻れ
願わくば、オンミノネグラにモンドリウッテ身の花チルラン、帰らぬときはこの声の主の名のもとに千切れ、崩れ、朽目の黒の血を持って、黒黒引きと叶え給えずり白と叫び給え、その身はここにあらずと聞き給え。」
要の呪文のような言葉がスピーカーから出る音量以上に響き渡る。
「堂々と電話に出たのは、このためか、それぐらいのことで黒猿がどうにか出来ると思っているのか」
「殺ってしまえ、我が外道!!」
その時である、胡堂は命令に従わない、黒猿を見た。
胡堂の真上の黒猿に自分の背中から伸びた黒い数本の糸が絡みついているのが見えたのだ。
「何、こんな事が出来るというのか?」
胡堂は、自分の背中で起きていることに驚愕した。
スマホから、延々と糸重 要の呪文らしきものが聞こえている
胡堂が背負っている木箱から更に無数の黒い糸状のものが飛び出て
先程、胡堂が呼び出した外道、黒猿に絡みつき。ギシギシ音を立て締め付けているのが見える。
そして、少しずつ黒猿が縮みはじめていた。
そして、木箱の方へ引っ張られている。
「ギィィィィーッ」黒猿が声あげた途端、吸い込まれるように木箱に縮みながら吸い込まれた。
「呪禁歌か、他人の憑物をここまで操るか、さすがは当主だ、予定外のことでは無いが調子が狂った、眼鏡、貴様の名前を言え、今回ケチが付いたのは全て貴様の存在が原因だ次に会った時には、必ず殺してやる。」
「名前を使って、相手を呪殺するというわけですか、僕は一つも怖くありませんよ、戯言の遊びに付き合ってあげましょう胡堂さん
僕は拝 頼光といいます、お見知りおきを!!」
「この俺の、力を戯言と抜かすか小僧、拝とやら、口惜しいがここは一旦出直す、だが
直ぐに戻るぜ、 ここの狐は俺が必ず奪い取る、そして、その前にお前を殺ってやるよ、てめぇに地獄を見せてやる。」
そう言った、胡堂の口から怪音が聞こえ始めた
「コォォォォォゥ」胡堂の口から黒い煙みたいものがでて。
あっ、と言う間に全身を隠すほどになると
「闇よ導け」と胡堂の声が聞こえた途端
突風が拭いて、
そこには、もう、深見 胡堂の姿は無かった。