小さな鳥と小さな奇跡
学生時代の思い出作品です。少し手を加えて投稿します
冬が近づき、手袋が必要になるくらいの寒さの中、外へ散歩に出かけた穂乃香は手のひらに息を吹きかけて揉む動作を繰り返していた。
「やっぱり外は寒いなぁ」
土曜日の朝、誰もいない公園により、ベンチに座る。少しの間、目をつぶっていると鳥の羽ばたく音が聞こえてきた。すぐに目を開け、辺りを見回すと近くの木がかすかに揺れており、何がいるのか気になったので、その木まで行き、下から覗き込む。すると、小枝が折れて何かが落ちてくる。穂乃香はとっさに手の伸ばして優しく受け止め、すぐに気付く。
「鳥だ」
きれいな青色をしていたので、本当に鳥とは思えなかった。しかし、いっこうに目を覚まさないので、家に連れて帰って看病することにした。
家に帰っても一人の穂乃香は、鳥がいるだけで嬉しかった。お父さんは半年前の交通事故で亡くなった。お母さんはその事故でここから遠い病院に入院したまま。穂乃香はお見舞いに行くことさえできなかった。いつもさびしくて、夜に泣いてしまうこともあった。鳥を優しくタオルの上に寝かせると、少し眺めてから静かに眠りについた。
翌朝、タオルの上に寝かせておいたはずの鳥がいなくなっていた。そこを見つめながら小さく呟く。
「・・・・・・元気になって飛んでいったのかな?」
「――どうしたのですか? そんな悲しそうな声を出して」
誰もいないはずの部屋に知らない声が響き渡った。穂乃香は顔を上げて周りを見渡す。誰の声なのか、見当もつかない。すると、タオルの上に昨日の青い鳥が舞い降りた。
「わたしですよ」
そう言った。
「鳥がしゃべってる?」
穂乃香は、驚きを隠せずにいた。また鳥が話し出す。
「昨日は助けていただき、ありがとうございます。わたしは魂の宿り木に住んでいて、『真実を告げる鳥』と呼ばれています。あなたにゆかりのある人物の魂を宿し、ここへ来ました。名は蒼と申します」
話を聞いているうちに慣れてきて、
「どういたしまして、えっと……、私は穂乃香っていいます」
笑顔を向けて言う。その顔を見て蒼は真剣に声を低くして聞いた。
「穂乃香、本当にそれがあなたの笑顔ですか?」
穂乃香は黙り込む。実際に心の底から笑顔になれたわけではなかったからだ。蒼は首を傾けて穂乃香をみていた。
「わたしとしては、放ってはおきたくありませんね。あなたが本当の笑顔で笑いかけてくれるまで、少しの間ですが一緒にいます」
蒼がそう言うと、穂乃香はうなずいて答える。穂乃香は嬉しくて、下を向いたまま顔を上げられず、蒼は誇らしげに胸を張っていた。その日は、日曜日だというのに外に出ず、ずっと二人で話し続ける。穂乃香にとって、こんなに会話するのはいつ以来だろうか? 思い出せないほど前のことだったのだ。
月曜日になり、穂乃香は学校へ向かう。しかし、表情は暗く重いものだった。
「学校が嫌いなのですか?」
蒼は聞く。返事はなく、穂乃香はただうなずくだけだった。ゆっくり足を前に出して進むため、あまり速くはない。見かねた蒼は
「穂乃香! 学校まで一緒に行きましょう。速く、急いで」
穂乃香の上を飛びながらそう叫んだ。穂乃香の足が蒼を追うため、ちょっとずつ速くなっていく。学校に着くまで穂乃香は一言もしゃべらずに学校に着いた。
蒼は外から穂乃香の様子を見ていた。穂乃香は教室に入ると終始うつむいた状態で、休み時間に席を立つことは少ない。それに、誰からも話しかけられることなく、自分から話しかけることもなく一日が終わる。
下校の鐘が鳴り、蒼は家に帰ろうと川原の近くを飛んでいた。その時、穂乃香の話を偶然耳にした。
「穂乃香ってさぁ、親が交通事故にあってからしゃべらなくなったよね」
「うん。最後に話した時に『みんなに気を遣わせるのは嫌だから。』って言ったんだよ。あと、一人で家にいるって聞いた。元気もなさそうだし」
心配そうな顔をして、話をしていたため、蒼はそれが本当の話だと気づいた。
蒼が家に着くと、ちょうど穂乃香が玄関の前にいた。さっきの話を思い出しながらも平然を装う。
「穂乃香、お帰りなさい」
「・・・ただいま」
返事までに間があったが久しぶりのことで反応できなかったのだろうと蒼は感じとった。穂乃香は静かに椅子に座る。蒼は向かい側の椅子の背もたれにとまり、さっきの話をした。
「穂乃香、あなたが学校嫌いな理由は一人でいなきゃいけないからですか?」
穂乃香は図星に近い場所をつかれたので、答えにくい。少しの間をあけて
「それもあるけど、それだけじゃない。私が学校嫌いな理由はたくさんの人が私をかわいそうっていう目で見るから。その視線が嫌だったの」
「穂乃香が感じている視線は、みなさんが心配しているということです。あなたが誰とも話そうとせず、いつも一人でいようとすることが逆にみなさんに気を遣わせています」
「どうして? 私と話さないほうがみんなの気が楽になるんじゃないの?」
当然のように穂乃香は言うが、蒼は少し怒ったような口調で返した。
「違います。あなたがしてきたことはみなさんに大きな気遣いをさせる行為です。あなたに早く元気になってほしいと思っているのに、話しかけられないもどかしさ。あなたが勘違いをしているだけで、みなさんはあなたをかわいそうに思っているわけではなく、心配をしているのです。あなたは、周りの目ばかり気にしすぎて表に出ていた優しさに気づけなかっただけです! まだ間に合います。明日、わたしがチャンスを作りますので、あなたが自分で思ったことをしてください」
穂乃香はうなずきながら話を聞いている。そう言うと、蒼は、椅子の背もたれを離れてタオルの上に行き縮こまって眠った。穂乃香は、優しく布をかけ自分の部屋へ行った。
穂乃香は昨日と変わらず、誰とも話さないで学校に着く。教室にはたくさんの笑い声や話声であふれている。いつもとは違い、穂乃香は教室に入っても顔を下には向けなかった。静かに授業が始まり、次々に終わっていく。
昼休みになり、穂乃香が席を立とうとする。その直前、開いていた窓から蒼が入ってきた。教室にいた人たちは、みんなパニックになる。虫が教室に入ってくることはあるが、鳥が入ってくることはめったにない。窓の近くにいた人は、廊下まで出て行って、教室をのぞいていた。天井の近くを飛び回っていた蒼は、穂乃香の目の前にとまる。
「さぁ、あなたが思うことをすればいいのです。信じてやってみてください。大丈夫です、みなさんはわかってくれていますから」
うなずいて、少し考えてからすっと手を伸ばした。そして、優しく蒼の頭をなでる。周りの人の表情が、柔らかくなっていくのがわかる。2人の女の子が穂乃香に近づいてきて
「昨日、帰る時にきれいな青い鳥を見たんだけど」
「その鳥、もしかして穂乃香ちゃんの?」
笑顔で話しかけてきた。
「・・・うん、うちで飼ってる鳥だよ」
穂乃香が小さく答えると、2人は穂乃香のほうを見て、
「もっと近くで見てもいい?」
と言う。穂乃香がうんとうなずくと周りにいた人もどんどん近づいてきて、穂乃香と蒼はたくさんの人に囲まれる。その時、蒼が見た穂乃香の笑顔はいつも以上に輝いていた。
それから、穂乃香にはたくさんの友達ができ、ますます元気になった。たびたび、遊びに行くといって外に出ていく。穂乃香は少しずつ、笑顔を見せる回数が増えていった。
蒼は機会を探っていた。大切な話と、やらなければいけないことがある。しかし、今の穂乃香は楽しそうでなかなかその話に持ち込むことができなかった。たくさん悩んで、決心を固めた蒼は思い切った行動に出る。
外は雪が降り始め、もう季節は冬。少しずつ積もった雪は、踏むと足首のところまで沈むほどになっていた。蒼と出会ってから2カ月は経つ。何かが起こるのは、いつも土曜日だった。穂乃香は蒼が起きているか確認する。いつもいるはずのタオルの上にはいない。家中どこを探しても見つからなかった。穂乃香は厚めのセーターを着て外に出る。また、一人になってしまうと思い、必死に思い当たる場所を探し回ってみた。学校や川原に行ってみても、見つからない。最後に、あの日出会った公園に行く。すると、その時に穂乃香が座っていたベンチにとまっていた。ベンチには、白く輝くように雪が積もっている。
「見つけた!」
穂乃香はつい、大きな声を出してしまう。それに気づいた蒼は、一瞬穂乃香を見たが何も言わずにそのベンチから飛び立つ。いつもより遅く、穂乃香が追いつけるくらいの速さ。穂乃香を誘導するかのような飛び方をしている。蒼を見失わないように一生懸命になって追いかけた。穂乃香が止まれば、蒼も止まる。蒼が、穂乃香の歩く速さで飛ぶようになると、穂乃香は蒼が何をしようとしているのか考え始めた。周りを見渡してみると、見慣れない街並が広がっている。しかし、電柱に書いてある町の名前には見覚えがあった。
「もしかしてここは、隣町?」
気づいた時には、すでに隣町に入っていた。蒼が羽を休めるようにして、穂乃香の肩にとまる。
「この町の名前に見覚えがあるでしょう」
蒼が優しく言い、穂乃香はうなずいて答える。
「そして、この・・・病院の名前も」
見上げると、穂乃香たちの目の前には、大きな建物がそびえ立っていた。その名前を見た穂乃香は、声を震わせて言った。
「この病院は、お母さんが入院している病院・・・・・・」
穂乃香は来たいのにさみしくて怖くて、一人では来られなかった病院。蒼のおかげで来られた。“お母さんに会える”その事がとても嬉しくて、足が動かなかった。
「穂乃香、お母さんに会いに行きましょう。ずっと待っていたはずですよ」
蒼に声をかけられ、落ち着いた穂乃香は病院のドアを開ける。病院に入る前に蒼は肩を離れていた。お母さんの病室の番号を聞くと、急いで向かう。着いた部屋の前。番号を確認し、息をのんでドアをあける。見えたベッドには、ずっと会いたかったお母さんの姿。横まで来ても目を覚ます様子はない。すぐに、トントンッと窓をたたく音がした。窓を見ると蒼が飛んでいる。窓を開けて、蒼を呼ぶ。
「蒼! お母さんが起きないの、どうしよう。まさか、あの事故から目を覚ましてないとか!?」
穂乃香の考えが、どんどん悪い方向に進んでいく。蒼は窓のサッシにとまり、
「穂乃香、落ち着いてください。先生を呼べばいいのですよ」
と、穂乃香を落ち着かせた。そうか、と言わんばかりにひらめいた顔をして部屋を出ようとする。ちょうど、ドアを開けたときに看護婦さんとぶつかってしまった。
「すいません!」
穂乃香はすぐに後ろにさがる。看護婦さんは穂乃香に手を向けて大丈夫ですと言う。看護婦さんがお母さんの世話を終わらせるまで何も聞けなかった。出ていく直前に、
「あの、お母さんは起きますよね?」
「はい、大丈夫です。お母さんは眠っているだけですよ」
穂乃香は胸をなでおろし、おじきをした。蒼と話しながら過ごす。穂乃香が病院に着いてから、2時間は経っただろう。穂乃香がベッドの横に立って、
「お母さん・・・・・・」
と呼んだ。お母さんの指がかすかに動く。それに気づいた穂乃香は、お母さんと呼び続けた。すると、ゆっくりと目をあける。穂乃香を見て、
「・・・穂乃香?」
小さい声だったが、穂乃香にはしっかりと聞こえていた。
「お母さん」
意識がしっかりしてきて、体を起こした。しっかりと穂乃香を見すえて、
「穂乃香、久しぶりね。元気だった? ごめんね、おうちに帰れなくて」
穂乃香は、お母さんが起きた嬉しさと、会えた嬉しさに涙をこらえられなかった。
「お母さん・・・・・・私、ずっと元気にしてたよ! でも、会いに来れなくてごめんなさい」
泣きながら元気に言う。お母さんは穂乃香の頭を優しくなでた。穂乃香は窓のほうを振り返って、蒼に笑顔を向ける。その笑顔は、蒼が穂乃香に出会ってから見たことのない、とびっきりの笑顔だった。お母さんは穂乃香の見つめている窓に鳥がいることに気づく。
「ここまで穂乃香を連れてきてくれたのね、ありがとう」
それを聞いて、穂乃香が鳥のことを話し始めた。
「お母さん。この鳥はね、蒼っていう名前で『真実を告げる鳥』って言われてるんだって。あと、私の身近な人の魂を宿してるって」
「きっと、本当に身近な人なんだろうね。わたしのもとまで穂乃香を連れてきてくれるんだから」
誰なのか知っているかのような言い方をした。
「そろそろ、言わなくてはいけませんね。わたしが誰の魂を宿してここに来たのか」
穂乃香たちは、蒼のほうを見て真剣に聞く。
「わたしの中に宿った魂は穂乃香、あなたのお父さんです」
穂乃香はびっくりしているが、お母さんは気づいていたようだ。
「この人の魂の記憶がわたしをあの公園へと導き、あなたと出会えたのです」
そう言って、窓のサッシからベッドの柵に飛んだ。
「『真実を告げる鳥』というのは、もともと心を持っています。このように言葉を話すこともできます。しかし、普通の人にはただの鳥の鳴き声にしか聞こえないのです。唯一聞こえるのはその宿した魂に深くかかわっているものだけなのです」
穂乃香はそこで気づく。
「だから、学校で蒼が話したのに誰も不思議に思わなかったんだね」
「はい、――それでは、最後になりますがお別れです」
突拍子もなく、蒼から放たれた言葉に、穂乃香が返す。
「なんで? せっかくお父さんがいてくれてるってわかったのに、もうお別れなの?」
「もう、この方が満足されました。ここに穂乃香を連れてこれたこと、“もう一度お母さんや穂乃香に会うことができたこと”」
少しずつお父さんの声になっていく、
「“僕は嬉しかったよ、穂乃香がみんなとまた仲良くなれて。お母さんと会うことができて。もう、僕がここに居る必要もなくなってしまったようだから”」
お母さんが目に涙をためて、
「お父さん。わたしを守ってくれて、穂乃香も一緒に守ってくれていたんですね。どうもありがとう」
「もっと早く気づければよかった・・・・・・でも、おかげで元気になれたし、勇気ももらえたよ。ありがとう!」
「“この姿でも、穂乃香を勇気づけられたのかな? ここまで頑張ってよかったよ。それじゃあ、お別れだ・・・・・・”」
最後にそう言うと、蒼から何かが抜けたような気がした。
「蒼、ここまでお父さんを連れてきてくれて、ありがとう」
お礼を言ったが蒼から返ってきたのは、普通の鳥の鳴き声だった。
「もう話せなくなっちゃうんだったね。でも、どういたしましてって言ってくれたのかな?」
「きっと、そう答えてくれたんじゃないかな」
優しく、お母さんは言う。そして、蒼は窓から外へと飛び立った。
その日、穂乃香はずっと病院にいた。お母さんに蒼と出会った時の話やそれからの話、穂乃香はずっと笑顔のまま話し続けた。
穂乃香が中学校を卒業するまでに、お母さんは元気になり、家には二人の話し声が響くようになっていた。穂乃香は外に出ると、いつも鳥を探す。また、蒼に出会えないかと、心の奥底に小さな期待を抱いて・・・・・・




