エピローグ
*LOG OUT
アリスと別れ、開門を通り抜け現世へと帰還した俺がたどりついた場所は自分の家。それも自室だった。同じ開門を通ったはずの俊とユキの姿はなかった。たぶん、各々の家にでもたどり着いたのだろう。
壁掛け時計に目をやると時刻は俺たちがこの世界から旅立って一週間が経っており、時計の針は朝の七時をすで回っていた。今から制服に着替え授業の支度をしても十二分に間に合う時間帯だ。
すぐにハンガーにかかっていた制服を取り、足早に着替えを済ませた俺は鞄に教材やらを詰め込み、自室を出て階段を駆け下りる前に氷空の部屋を確認した。
なんとなくだけど部屋に氷空がいるような感じがして、つい部屋の扉をノックしたが返事はなく黙ってドアノブをひねり部屋をのぞくが氷空消失事件を促す血痕や荒ぶった獣が付けた爪痕等が無くなっていた。
いったい何がどうなっている?
俺の頭を悩ませるような怪奇現象が再び起きた。
あれは確かに見間違いではなかった。
あの日。確かに氷空の部屋は、無残に荒らされ殺人現場みたいな状態だったはず。それなのに……部屋が元通り。いったい何が起きたっていうんだ?
混乱する頭を抱えながら扉を閉めた俺は、階段をゆっくり下りて玄関に置いていた靴を履き玄関の戸を開けた途端、俺の胸目掛けて誰かが飛びついてきた。その結果、俺は後ろに後退する形となり玄関口の硬い地面に腰から倒れ込んだ。
「――イッテ―…。いったい誰―…」
痛む腰をさすりながら眼下で俺のカッターシャツを握りしめ泣きじゃくる人物を見て俺は目を見開き言葉が出なかった。
「――お兄ちゃん……。今までどこに行ってたの?」
泣きながらシャツを強く握りしめるその人物。見間違いでもなんでもない。間違いなく俺の妹、氷空だ。でも、どうして氷空が生きている? 確かあの時、バロンに全身を槍で射抜かれたはずじゃ――。
「氷空……だよな?」
「うん、そうだよお兄ちゃん。もしかして……私のこと忘れ―…ひゃぅっ! お、お兄ちゃんっ!?」
「氷空! よかった……生きてた……。ほんと、よかった!」
溢れ出そうになる涙をぐっとこらえ、ぎゅっ、と氷空を強く自分の胸の中に抱きしめる。
突然抱きしめられた氷空は活きのいい魚のようにバタバタと腕ふって頬を赤めていた。
「お、お兄ちゃんッ! 苦しいよ―…」
「ごめん……。つい、うれしくでな……」
「へんなお兄ちゃん。ほら、立って。門前で咲妃さんも待っているよ」
「咲妃……咲妃もいるのか?」
「今いるって言ったじゃない。今日のお兄ちゃん、ほんとへんだよ」
「そうかもしれないな」
微笑しながら地面に倒れ鞄を拾い上げ氷空とともに玄関を出た俺は、一週間ぶりに乗る自転車のかごに鞄をいれた。
「やっと出てきた。遅いわよ氷空ちゃん、それに、神夜も」
「ごめんなさーい咲妃さん。久々にお兄ちゃんに逢ったから―…」
もじもじと氷空は頬を赤めて口ごもる。
「相変わらず神夜のことが好きなのねー氷空ちゃんは」
「べ、別に好きって言うか―…ずっとお兄ちゃんの背中を見てきましたから……。あ、あまり恥ずかしいこと言わせないで下さいよーもぅ」
「ごめんって。そんなに怒らないでよ氷空ちゃん。ほら、神夜も、何ぼーっと突っ立っているのよ。早く学校に行こう」
「あ、あー……」
いなくなったと思っていた氷空と咲妃が現世で生きていた。俺は今、ものすごくうれしいよ。今にも涙腺が崩壊して涙が溢れだしそうになるくらいうれしいよ。二人が生きていると思うと、俺の目の前で起きた事件が全部のなかったかのように思えてきた。世界そのものがリセットされ新たな時間として動き出す、そんな気がする。
「ほら、神夜も早く―っ!」
「おー今行く―!」
立ち尽くしていた脚を動かし自転車に勢いよく跨った俺は自転車のペダルをこいで先頭で待っている咲妃と氷空に追いつき三人そろって学校に登校した。
炎天下の日光が降り注ぐ通学路を自転車でこぎ進めてようやく我が学び舎、鳳仙学院の駐輪所にたどり着き各々指定されている場所に自転車を止めエアコンの効いた校内へと上がった。学年が違う氷空とは昇降口で別れ、咲妃と二人で三階へと続く階段を上がっている時だった。
「ねえ神夜。あたしこの間、ちょっと現実味のある夢を見たの」
「ほう。どんな夢だったんだ?」
「そ、それ―…。ちょっとここでは話せないから屋上で話していい?」
「あ―構わないが」
少し顔を赤めた咲妃はそそくさと階段を一段飛ばしで駆け上がって行き、俺も咲妃の後ろを追って普段は立ち入りが禁止されている屋上へと向かった。
「じゃあ夢の話だけどね。『黒のコートを着ていて片手を失って胸には深い傷を負ってまでして何者かに囚われたあたしを助けてくれた』っていう夢を見たの。その時のコートを着た人の顔が……その―…神夜に似てたんだよね。って、ちょっと笑わないでよー」
「あ、あー。ごめん咲妃」
現実味ある夢とは言っていたが、確かに俺はあの世界で黒のコートを着込み片腕を失ってまで黒太刀を振って咲妃を救った。まさか、その出来事が咲妃の中では夢として形作られているとはな。
「それでね、あたしは確か、その人にこういったの『じゃあね、神夜。また……逢おうね……』って。もしその人が本当に神夜なら、あたしが知っている中ではあなたしかいない……だからね、神夜」
手に持っていた鞄を、どさっ、と床に落とした咲妃はきゅっと俺のシャツの袖をつかみ。
「えっ?」
一瞬、俺の思考回路が全機能を停止させた。
咲妃の軟らかく温かい唇が俺の唇に重なり合った。
唖然と立ちすくむ俺に、咲妃の緊張が伝わり瞳に映るのは頬を赤め緊張した様子の咲妃だった。
抱き返す勇気すらなく、ただ、俺は立ちつくした。
「神夜、あたし、ね……んん、やっぱりなんでもないっ! か、神夜、その―…ありがとう!」
そう言い残して咲妃は床に落とした鞄を拾い上げ顔を赤めたまま、駆け足で下の階へと階段を駆け下り行ってしまった。
咲妃と初めてのキ……。 っ!?
止まっていた思考回路が再起動し始めた途端、俺の顔もみるみる赤くなっていき一人屋上で悶絶した。
お、落ち着け! 落ち着けー十六夜神夜。さ、咲妃だって俺と同じ気持ちなんだ……。――ドキドキが止まらない……。
緊張で速くなった鼓動を鎮めようと自分の心臓に手を当てて深呼吸した。数秒経ってようやく落ち着きを取り戻したのは朝のHR始まりの予冷のチャイムが鳴ってからだった。
最後にもう一回、深呼吸をした俺は床に置いた鞄を拾い上げ、何食わぬ顔で階段を駆け下り三階の教室へと向かった。
教室では、すでにユキと俊が咲妃と何気ない日常会話をして楽しげに笑っており、俺の存在に気付いた彼らは
「神夜おはようー」
と右腕を上げ最高の笑顔で挨拶をしてくれた。
俺はそんな彼らと過ごす毎日の日常が楽しくて仕方がない。
「おはよ、俊、ユキっ」
彼ら同様に、俺も満面な笑みで彼らにあいさつを返し、今日も始まる俺たちの日常に胸を膨らませ席に着く。この先もずっと、同じ時間と世界の中で繰り広げられる最高の日常を送りたい、そう思っていたのだが……。
「おーっ。全員席に着け―」
朝のHRの予冷が鳴って、まだ二分弱しか経っていないのに担任が慌ただしい様子で教室に入ってきた。
「あ―朝のHRを始める前に転校生の紹介だ。おーい、入っていいぞー」
なんだ? こんな中途半端な時期に転校生って?
ガラリ、という音と共にその人物が教室に入ってきた瞬間、俺の顔は引きつった。
日本人離れして顔立ちにふわりとした肩下まであるセミロングの金髪。背丈は白星(妹)とほぼ同じくらいのロリ体の少女。
俺はその人物を知っている。
「みなさん。初めまして。この度、鳳仙学院に転校してきました、アリスです。よろしくお願いしますっ」
満面の笑みで自己紹介を終えたアリスに教室中の男子から次々と質問が飛び交った。
「えっ? 名字ですか? すみません言うの忘れていました。十六夜です。十六夜アリスですっ」
クラスメイト全員の視線が一斉に俺に向き、ざわつき始めた。
「十六夜って名字はー」「この学校じゃあ神夜とその妹さんだけだぞ」「じゃ―…あの子は十六夜の双子の妹とか?」「えっ!? 十六夜君ってまさか三人兄妹!?」
「質問タイムは後でいいだろ。じゃあ十六夜さんの席は―…白星さん(姉)の隣の席ね」
「はーいっ」
と爽快な返事をしたアリスは、そそくさと担任に指定された席に着いた。
周りからの視線は途絶えることなく、俺、一点に集中していた。正直、全身に風穴があきそうだ。あいつら絶対、目からビーム出してるよ。手汗も止まらないし……。
ハァ―……。
大きなため息と共に俺が待ち望んでいた現実的日常は、今後、誰にも予想できない非現実的日常へと進路を変えた。
To Be Continued
はじめましてーこのたび『2.5次元の狭間にて』を手掛けました、黒覇媄兎です。
今回で第1章「現実と仮想に異世界あり」は完結となりまして第2章の方へステージ移動したいと思います。
執筆して思ったのは物語をどのような感じで進めていこうかというプロット立てが大変でしたねー。このシチュが来たら結果的にこうなるのではないかと脳内会議を何回も開いては執筆して会議を開くのイタチごっこでした。
でもこうして無事に第1章を書き終えることができました。さて、今は第2章の執筆も着々と始めているところです。完成し次第すぐにうPしようと思います。それではー




