表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2.5次元の狭間にて  作者: 黒覇 媄兎
第1章 現実と仮想に異世界あり
7/32

第6クエスト ログアウト


 ……ここは、どこだ? 何も無い。ただ闇だけが広がっている空間……。俺、死んでしまったのか? ただの魔力切れかと思ったが……まぁ、あれだけの傷を負って闘ったんだから仕方な――。

『かみ……や?』

 聞き覚えのある声が俺の聴覚を刺激し心に衝撃を走らせる。

「……その声。咲妃か?」

 この闇だけが広がる空間にもう一人の人間がいた。

黒い瞳にポニーテールの茶髪。藍色のミニスカートに漆黒のフォールドを腰に巻きドレスを着衣した幼馴染の咲妃だった。

「咲妃……。ごめん……ごめんな……お前との約束果たせなくて……」

 自分の悔いが涙という形で溢れだし尽きることのない想いが心に込み上げてくる。

「いい、いいんだよ神夜。あたしは約束が果たせなくても魔王を倒してくれただけでも、あたしは嬉しいよ。だから、泣かないで……男の子でしょ」

 氷空が言った最期のセリフと同じことを言った咲妃はギュっと俺を抱きしめた。そんな中で咲妃の瞳から冷たい一滴の雫が頬を伝って零れ落ちる。

「咲妃?」

「ううん。なんでもないよ。それに神夜はまだこっちの世界にいるべき存在だよ」

「あ、あ―…。だったら咲妃もいっしょに――」

「あたしはいけない。だって。こっちの世界にはもうあたしの魂が入る器がないもん……。ほら、早く行ってあげて。みんな神夜のこと待っているよ」

「そんなさびしいこと言うなよ咲妃ッ! いっしょに帰ろうぜッ!」

 咲妃の手をとろうと手を伸ばすが手は愚か咲妃の存在がだんだん遠のいて行く。


「じゃあね、神夜。また……逢おうね……」


 遠ざかる中で咲妃は最期の一言を言い残し空間の奥へと行ってしまい、再び俺の視界が暗転し始め真っ暗な空間で意識を失った。

 そして、目を覚ますと視界に入ってきたのは薄く曇った灰色の天井だった。

 ……ここは……いったい?

「! 神夜ッ! よかった、意識が戻ったみたいで」

「――ユキ……なのか? それにここは……いったい?」

「ここは“ヘブンス・ドア”の聖王十字軍ギルド本部の病室だよ」

「 “和の国”から戻ったのか……。なあ、ユキ。あれから今日までどれくらい経ったんだ? それに“和の国”はあの後どうなった?」

 魔王を倒してから今日にいたるまで俺の記憶はない。ただ。ついさっき暗闇の世界で咲妃と話したのは覚えている。

「四日間。神夜は昏睡状態に陥ってからそれだけの時間が経ったよ。それと“和の国”の現状だけど。神夜が魔王を倒してくれたおかげで敵大将がいなくなったから陣形が乱れて“和の国”の侍と途中参戦した聖王軍の援軍が協力して闘いは終わったよ。たぶん、今は国の再建真っ最中だと思う」

「そうか……そんなことが……」

 ぼんやりする頭を抱えながら上体を起こす。

 掛布団を剥いで今気づいた。胸部の傷と失った左腕にかけてぐるりと包帯が巻かれていた。

「あ、神夜。まだ起き上がっちゃ―…」

「これくらい大丈夫だよユキ。ちょっと風に当たってくるね」

 アイテムストレージから黒の長袖シャツを取り出し、ポールハンガーにかけられたすっかり傷だらけになったコートを着込み部屋を出ようとしたとき、タイミング悪く誰かにぶつかった。

「ふぁ……ご、ごめんなさ――。あっ神夜さん。もう身体の方は大丈夫なんですか?」

「ん……まぁおかげさまで。心配かけたなアリス」

「はいっ。あ、神夜さん。病室にユキさんいますか? 団長から六芒神星全員の招集がかけられましたので」

「了解。あ、ユキ。そういえば俊は?」

「うんん、しらないけど」

「あ、俊さんなら先に団長の部屋の前で待ってもらっています。それでは、案内しますのでついてきてください」

 病室の扉を閉めアリスの案内のもと西洋の城みたいな内装をした聖王十字軍ギルド本部の廊下を歩いた。窓から入る橙色の光が差しこむあたり時刻は夕方か。

 聖王十字軍団長……か。いったいどんな方なんだろうか? 非常に気になるな。

 しばらく長い赤じゅうたんの敷き詰められた廊下を歩いているうちに、廊下の一角に取り付けられた大扉の前で俊が俺たちの到着を待っていた。俊の頬にも何か所かのかすり傷が見受けられるが、それほど重傷ではないみたいだ。本人もそれなりに元気そうだし。

「全員そろったみたいなので入りますよ。――団長、失礼します」

 大扉をノックしたアリスは、ドアノブを開いた。

 その先には大理石でできていると思う長テーブルの奥にニ~三十代後半かと思われる鉄灰色の髪色し深紅のローブを身に纏いし男性が一人おり、そして最奥のガラス張りのテラスからは“ヘブンス・ドア”の街並みが一望できるようになっていた。

「皆さん、この方が聖王十字軍のギルドマスター、ディフロト団長です」

「紹介ありがとうアリスくん。さて、六芒神星の諸君。今日は急な招集に応じてくれたことに礼を言うよ」

 さすがはギルドのトップに立つ人物だ。初対面の方に対しても凛とした口調で話を進めている。

「では、さっそく本題に入るとしよう。今から四日前、ここから東にいった“和の国”にて我らが標的としていた魔王討伐を成し遂げてくれた黒の剣士こと神夜君が敵大将を倒してくれたおかげで君たちを含む和人たちこと侍、途中参戦した聖王軍で敵殲滅がスムーズに行えた。そして、殲滅後。気を失い重傷だった神夜君の治療している間に、魔導師ユキ君から魔王との交戦の状況を訊いたよ。まさか魔王の正体が君の幼馴染だったなんてな。つらい戦いだっただろう」

「はい……。でも、俺は眠っている間に彼女、咲妃に逢いました。彼女は自分の命よりも魔王を倒してみんなを救うことを願っていました。そして、魔王が倒されると同時に自分も死ぬということ知っていていながら笑顔で……ただ『ありがとう』と言ってこの世を去りました。……すみません、話の途中で涙なんて流して……」

 やっぱり咲妃を救えなかったことは俺が一生償うことができない大罪だ。

「最愛の者を亡くすことは誰にだってつらいことだ。……話は変わるが、君たちがこの世界に来る前に君たちの世界で神隠しの事件が多数起きていたことは知っているかね?」

「はい、知ってます。その件で咲妃と妹がいなくなりましたから」

「そうか。なら話が早い。事件の首謀者は君たちが倒した魔王一派だ。そして、事件に巻き込まれた被害者は我々が調べた中では、裕に十万を超えていることがわかってな。その中の極数万人が魔王軍の竜騎士として操られていたことが、我々が殲滅する中で判明した」

 団長から思いもよらない事実が告げられ強烈な立ちくらみが俺を襲い始めた。

ちょっとまて。竜騎士だと……。俺は確か、バロンと出会う前に何千体もの竜騎士を魔法や黒太刀で倒した。まさかあいつら全員が事件の被害者だというのか!? そんなバカなことがあって――。でも、団長がいうんだ。本当のことだろう。

 あ―…俺は幾人ものの命をこの手で奪った。罪人……大罪人だ。たとえ神に懺悔しても許されることじゃない。

「神夜、大丈夫? 顔色が悪いよ」

「あ―…大丈夫だ」

「以上が、今回の闘いで得た情報だ。神夜君。君一人がそんなに責任を感じなくていい。我々だって君と同じ大罪人だ。この世界に来るはずのない者たちの命を奪ったのだから」

「団長……」

 団長の一言に俺は今、救われた……そんな気がする。

「さて、血なまぐさい話はここまでにして、神夜君。君に渡したいものがある」

「ハ、ハイッ!」

 団長に呼ばれるがままに、俺は大理石の長テーブルの前に立った。

「とりあいず、消滅してしまった黒太刀『黒桜龍・劫火』それと魔王の所有物であり君の幼馴染が残した形見でもある白太刀『白桜龍・極氷』の二本と秘薬『輪廻転生の秘薬』この三つを君に渡そう」

「あ、ありがとうございます、ディフロト団長! でも、確か黒太刀は刀身が折れて柄が消えたはずです。もしかしてこれは紛物(レプリカ)ですか?」

「いや、どちらも正真正銘本物だ。白太刀は君が倒した魔王自身が持っていたもの。そして、黒太刀は我がギルドの地下深くにある保管庫のさらに奥の(やしろ)に封印されていたものだ。もちろん、君が闘いで使用したものと同じ武器だ。渡すものはこれで以上だ。今後の君たち六芒神聖の活躍に期待している。頑張ってくれたまえ。それからアリス君。ちょっと個別で話があるから残りなさい」

「は、はいです」

 団長からいただいた二本の太刀と秘薬をアイテムストレージにしまい、アリスを残し俺たち三人は部屋を出て大扉の前でアリスを待つことにした。アリスはいったい団長と何を話しているのか気になるが、アリスが出てきたところ訊いても守秘義務が言い渡されているだろう。だったらこの話に深く追求するまでもないか。

 それよりも団長から貰ったこの『輪廻転生の秘薬』ってアイテムはなんなんだ? アリスは確かここは俺たちがプレイしてきた“SOW”の世界だが、ゲームプレイ中にこんなアイテム見たことも聞いたことも無い。それはつまりこの世界だけに存在する希少価値のレアアイテムだと俺は考えた。

 一人無言で考え事をしているうちに大扉をくぐってアリスが団長の部屋から出てきた。

「皆さん、お待たせしました」

「そんなに待ってないから大丈夫だよ。それより団長さんと何話してたんだ?」

「それは―…秘密ですよ俊さん」

 やっぱり守秘義務が課せられるほどの話だったか。

「それでこれから皆さんはどうなさるんですか? もう現世にお戻りに?」

「いや、一晩ゆっくり休んで明日出ようと考えているが―…俊たちもそれでいいか?」

「俺はそれでも構わないぜ。ユキは?」

「私も、もう少しだけここにいたい」

「皆さん……。じゃあ、今日はわたしのおうちでパーティしましょう。そうと決まったらさっそく街で食材の方を買いに行きましょー」

 アリスの勢いに押されるまま俺たちの手を引っ張って長い赤じゅうたんの上を駆け走りギルド本部の門を突破し“ヘブンス・ドア”の街市場へと向かった。


 さすがは街市場とだけあり、中世の西欧の城下町をイメージさせるようなレトロな風景を放っていた。街の建築物すべてがレンガ造りで、とれたて新鮮さを引き出している野菜やフルーツの多くが木箱に入っており、肉は枝肉になっているもの、バラ売りで売ってあるも様々で見るモノすべてが新鮮だった。

「パーティするとは言っても何作ろうか迷いますね」

 確かにこれは迷うな……これだけ色取り取りの食材があればな……。

「アリスの得意料理でいいんじゃないか? それなら迷うことないし」

「お、それはいいなー。ナイスアイデア俊」

「わたしの得意料理でいいんですか?」

「いいに決まってるだろアリス。所々俺も手伝うからさ」

「うん、私もいいと思うよ」

「神夜さん、ユキさん……」

「そうと決まれば、善は急げだっ! 早く言い食材手に入れようぜ!」

「そう急がなくても食材は逃げにないぞ俊」

 街市場の中を一足先に走り抜ける俊を追って、俺たちも街市場の人混みの中に入りアリスが得意とする料理の食材を入手に向かった。

 人混みを掻き分けながら紙袋いっぱいになった食材が溢れ出ないよう注意を払い、街市場の中間地点に位置する広場に出た。広場ではカフェテリアでコーヒーを飲み、仕事の疲れを癒す紳士の方や買い物疲れで休んでいる子連れの親子で賑っていた。

「食材も購入したことですし、そろそろ私のおうちに行きましょうか。皆さん、このサークルの中に入ってくだい」

 広場内に点々と白チョークか何かで書かれたサークル内に俺たちはアリスの指示通り入った途端、サークルが眩しい青白い光を放ちだし

「転移“スカイグランド”」

 アリスがサークルの中心に自分の手を着き、俺たちの見ていた景色が街中の広場から一転し橙色に輝く夕日に染め上げられた深緑の草原に変わった。

「ここって確か俺たちが最初に来た場所だよな?」

「はい、そうですよ。さ、わたしのおうちはこちらです。そう遠くはありませんからご安心を」

 地を低く飛びかう雲の草原をしばし歩いていると、小さな泉の近くに建てられた木造とレンガが入り混じる三階建ての大きな家が見えてきた。

 これがアリスの家か。

「皆さん、お疲れ様でした。ここがわたしのおうちです。三階がゲストルームとなっていますから自由にお使いください。私はキッチンでパーティの準備をしてきますので」

 アリスのお言葉に甘えて俺たちは食材が入った紙袋をアリスに預け、木造の階段を上がりいくつも部屋がある三階フロアのゲストルームに各々入っていた。

俺が選んだゲストルームにはシックなベッドの隣に小さな棚が置かれており、その上には少し古びたカンテラ。そして、木製のハンガーポールに何冊もの本が積まれた机が置かれていた。

 なかなかいい部屋だな。とりあいず、さっさと着替えてアリスを手伝うか。

 ハンガーポールに黒のコートを立てかけ、左腕の通っていない左袖をなびらせアリスのいる一階のキッチンに出向いた。

「アリス、何か手伝うことあるか?」

「いえ、大丈夫ですよ神夜さん。もう少しで終わりますから。それに神夜さんの胸の傷はまだ完全には塞がっていませんし……」

「ん……そうか。じゃあ俊とユキを呼んでくる。アリス、頑張れよ」

「はいですッ!」

 香ばしいにおいが鼻腔を刺激するキッチンを後にし、三階のゲストルームにいる俊とユキを呼びに階段を駆け上がった。 

 しかし、やっぱり魔王に斬られた胸の傷が少しだけうずく。さすがに四日寝込んだだけじゃ塞がるような傷じゃないか。

 うずく傷の痛みに反応して額から流れる汗をぬぐい取る。扉のしまった部屋を一つずつノックしユキ達の招集を始めが、ユキ達の部屋をノックする前に彼らは自分から部屋を出てきてくれた。手間が省けて助かるよ。それじゃあ行こうぜ。

 下まで連なる階段を駆け下りた俺たちを待っていたのは木製の長テーブルの上にひかれた白いテーブルクロスの上に置かれた料理の数々。色鮮やかに盛りつけられたサラダ、街市場で売られていた焼きたてのパンにこんがりと焦げ目の付いた草食系モンスターの肉など。俺たちのいた現世では決して味わったことが無いものばかりで埋め尽くされていた。

 あの短時間でここまで作り上げるとは―…。

「これ……全部アリスが作ったのか?」

「はい、そうですよ。お口にあえばいいのですが……」

「そう自身なさげに言うなよ。どれもおいしそうだ」

「あ、ありがとうございます神夜さん。それじゃあお手元のグラスを持ってください」

 一席ずつ、オレンジジュースが淹れられたグラスを全員手に持ち、高く掲げ。

「それでは、今からパーティを始めたいと思います。 かんぱ―いッ!」

「「かんぱ―いッ!」」

「かんぱい」

 グラス同士が宙で打ち合い中に注がれたジュースが波打ちパーティ開始を促し四日ぶりに冷たい飲み物が乾いたのどを潤していく。

「お飲み物のおかわりはこちらの方に置いておきますからご自由に」

 一様、椅子もあるみたいだが、誰も使わないあたり今日のパーティは立食パーティだな。ま、それもそうか。テーブルいっぱいに敷き詰められた料理の数々。とても取り皿を置けるようなスペースがないからな。

 さて、俺はどれにしようかな?

「あ、神夜。料理とるの手伝おうか? 片手じゃ何かと不便だし」

「あ、すまんなユキ。じゃあサラダとそこのこんがり肉、それとパンを一切れと生ハムに巻かれた洋ナシの前菜を数きれ、頼んでいいか?」

「うん、いいよ」

 ユキは自分の取り皿を空いている丸テーブルの上に置き、俺の照り皿を受け取るなり頼んだ料理の品々を彩りよく盛ってくれた。

「ありがとうユキ。助かるよ」

「ううん、気にしないで」

 ユキから取り皿を丸テーブルの上に置いてもらい食器棚の引き出しから取り出したフォークで生ハムの前菜から口にした。

「……うまい……。一流レストランがなせる業並みだぞ……」

「ほ、ほんとですか!? 神夜さんッ!」

 一人ぽつりと漏らした感想を聞いたアリスが頬を赤めて嬉しそうに笑った。

「あーすっごくうまいよ!」

 俺も料理しているからそれなりわかるが、アリスは同じ年齢なのに一流シェフ並の腕を持っている。もしアリスが俺たちと同じ学校に通うことになったら家庭科の時間はたぶん料理対決勃発だろうな。


 山のように盛られた料理を小一時間ほどで全部平らげパーティは終焉を迎えた。台所では料理に使用された皿をアリスとユキの二人が洗ってくれている。その間、俺と俊は草原の上に寝っ転がって満点の星空が輝く外に出ていた。

「こうして星を眺めたのって自然教室で天体観測をしたとき以来だな、神夜」

「そうだな。あの時は咲妃もいてとても賑やかだったなー。……またあのときみたいな日常がこないだろうか?」

「……どうだろうか? この世界で咲妃は魔王で、お前の妹は狐人の長で二人ともいなくな―…。あー…すまん神夜。このことはお前にとって禁句(タブー)だったか……」

「気を使ってくれているか? ありがとよ俊」

「いいよ。気にするな。俺も大切な友人がいなくなって―…その、さびしいしさ。この気持ちはユキもいっしょだと思うぜ」

 そうだよな。俺たち四人の出会いは高校一年の時だからな―…。それ以来ずっと同じ時の中で過ごしてきた仲間だしな。

 それに俺は大切な人をもう一人亡くしている。それは妹の氷空だ……。母さんが亡くなって父さんも仕事の関係でいなくなって二人暮らしが長く、ずっと二人で助け合って生活してきた。

 ……あ、あれ……前がかすんできた。俺、また泣いているのか? 

『もう泣かないで。男の子でしょ』

 氷空と咲妃に言われたセリフが脳裏をよぎった。……ははっ。ごめん、咲妃、氷空。俺この世界に来てからかなり弱虫になってしまったみたいだ。

「神夜、大丈夫か?」

「――大丈夫だよ俊。すまん心配かけた」

「それならいいが。さて、そろそろ家に戻ろうぜ。明日、朝一でここを出るんだろ?」

「うん、そうだったな。行こうか」

 寝転んだ俺の手を掴んだ俊はゆっくりと俺の上体を起こして立たせてくれた。

 家に戻ると白のワンピースに着替えたアリスとユキが片付けられたテーブルの側の椅子に腰かけていた。

「遅いよ二人とも。何してたの?」

「ちょっと外で語り合ってた」

「そう。とりあいず二人とも椅子に座って。アリスが私たちに渡したいものがあるって」

 ユキに言われるがまま、俺たちはテーブルに納められた椅子を引き腰かけた。

「え、えーと……みなさんとは明日でお別れ……いえ、いつかは別れの日が来ることは分かってました。それで、これはわたしから皆さんへの贈り物です。受け取ってください」

 アリスから俺たちに渡されたのは、自分の姿そっくりな小さな人形だった。

各人形、それぞれに各々が装備していたものを着せられ表情もそれぞれ違っていた。

「アリス、これ……俺たちのために」

「はい。“和の国”での闘いが終わってから、これを作り始めました。……初めて自分以外に似た人形を作ったので大変でし―…」

「アリスッ!」

 ユキが隣に座っていたアリスに抱き着いた。

「ユ、ユキさんッ!? 急にどうしたのですか!?」

「さびしいよね? 私とお別れすると思うとやっぱりさびしいんだよね?」

「……はい……さびしいです……! わたし……皆さんと別れたくありませんッ!」

 いつも笑顔だったアリスの瞳から溢れんばかりの大粒の雫がテーブルの上に零れ落ちる。俺だってせっかく仲良くなったアリスと別れたくはないさ。でも、俺たちはこの世界に長くはとどまれない。それはどこの世界でもお約束ともいえる法則だ。


 夜も深くなり月光と満点の星空の光が窓を通り室内を明るくし、全員各々の部屋に戻ったところでパーティはお開きになった。

 俺も自分が選んだゲストルームに置かれたシックのベッドに座り、そばの棚に置かれたカンテラの光を頼りにディフロト団長から貰った『輪廻転生の秘薬』を手にアイテム説明を読んでいた。

「『いかなる傷も治し、失いし四肢の再生をもする。ただし効き目があるのは四肢を失って五日以内』か……。魔法みたいな薬だ。それに効き目効果期限まであるなんて……」

 アイテム説明ウィンドウを閉じ、薬を手にしたままベッドに倒れ込むなり、コンコンッと誰が俺の部屋をノックしてきた。

 誰だ? こんな時間に?

「扉開いているぞ」

 ドアノブをゆっくりと捻って部屋に入ってきたのは白のワンピースを着たユキだった。

「神夜も眠れないの?」

「ん、まぁ―…。ユキもなのか?」

「うん……明日アリスとお別れだと思うと……ね」

「そうだよな……ま、立ち話もなんだし座れよ」

 コクンっと頷いたユキは俺の隣に座った。

 こうしてユキと二人きりで話すのって確か和の国に行く途中で通って森の中以来かな。

 あの時もアリスと俊はいなくて、ちょっとユキの違った一面を見てドギマギしたけど今は何も感じない。普通に対話できる状態だ。 

「ねー神夜。さっきディフロト団長から貰った秘薬。もう使ってみたの?」

「あー『輪廻転生の秘薬』か。まだ使ってはいないよ。でも、この薬の効き目は期限があるからな―…そろそろ使ってみようとは思うが、その効力に疑問がな……」

「その効力っていったいどんなの!? 詳しく教えてッ!」

 いきなり、額がくっつきそうな距離まで、ずい、と顔を近づけてきたため思わず俺は身を引いてしまった。

「ちょ、ちょっと落ち着けユキッ! 今説明するから、と前に。ユキ。一つ確認いいか」

「うん、いいよ」

「ユキ。俺が魔王を倒した後、回復魔法を使ったか? あの後、気を失ったから覚えてな

くてな……」

「うん、使ったよ。あ、使ったって言うのは今から三日前ね。その日に私も目が覚めたの。一定時間置きに神夜の胸の傷に回復魔法を試したけど……なかなか治らなくて」

「情報ありがとうユキ」

 ありとあらゆる傷を治す回復魔法を発動しても治らない傷……。この秘薬を飲んだらあの傷も跡形もなく消えてくれるだろうか。まお……咲妃との闘いで負った傷だ。名残はあるが、今の俺にとって、あの闘いの記憶は消したい。今でも思い出すたびに涙が零れてきそうだ……。

「ユキ。すまんが俺そろそろ寝るよ」

「うん、わかった。おやすみ、神夜。また明日ね」

 小刻みに手を振ってユキは部屋を出て行った。

 おやすみ、ユキ。また明日な。

寝る前に手に持っていた秘薬のコルクを引き抜き、一気にそのビンの中身を飲み干したが、何の変化も起きなかった。まあそのうち効力が利き始めるだろう。

 なんて思いながら重くなった瞼を閉じ、夢の世界へと意識を落とした。


 翌朝。窓から差し込む日差しが俺の顔に当たり、天然の目覚まし時計として目を覚醒へと(いざな)い、外からは小鳥のさえずりが聞こえ現世の自宅に戻ってきたような錯覚を感じた。

 ……昨晩はあんまり寝れなかった……。

 半覚醒の頭を抱えながらゆっくりとベッドから起き上がり部屋を出ると隣の部屋からきつそうな表情をした俊が出てきた。

「おはよ、俊。朝からきつそうだな……」

「ん? その声神夜か。おはよ――」

 急に冴えているようで冴えてない瞼を開閉させ歯切れの悪い挨拶が返してきた。いった

いどうした? 朝から俺の顔に何かついてるか?

「俊、先に行ってるぞ―…」

 大きなあくびと共に下へと続く階段を下りていると、香しいにおいが鼻腔を刺激してきた。もうアリスが起きて朝食でも作っているのだろう。

「おはよ……アリス」

「はい。おはようございます神夜さ――」

 アリスまでもが歯切れ悪い挨拶を交わしてきた。朝からどうしちまったんだ? 俺にはまださっぱり理解ができない。

「――あ、ユキさんおはようございます」

「おはよう、アリス。神、夜」

 ユキ、おまえまでもか……。

「なーお前等。どうしてそう歯切れ悪いんだよ? 俺にはさっぱりわかんねえよ」

「だ、だって……神夜の失ったはずのひ、左腕がー…」

「左腕がどうかしたかユキ?」

「神夜。お前まだ気づかないのか? 失ったはずの左腕が戻っているんだよ。ほら、ちょっと動かしてみろよ」

「あ、あ―…」

 ――ある。失ったはずの左腕が……。やはりこれは薬の効力か。腕に残る傷も無いということは寝ているうちに腕が生えてきたって言うのか?

「神夜。なに一人でぶつぶつ言ってるの? もう朝食できたよ」

「あ、いやなんでもない」

 考え事をしている間に全員が長テーブルに座っておりアリスが作った豪勢な朝食を前にして俺も椅子に腰かけ、この世界で食べる最後の朝食にありついた。

 メニューは厚切りベーコンのベーコンエッグに昨日街市場で購入したパン。それに太陽の恵みを受け育った野菜。どれも朝にぴったりなものばかりだった。

 しかし、静かな朝食だな。

誰一人って口を開かず、木彫りのワンプレートに盛られたものを口に運んでは噛んで飲み込む。ただそれの繰り返し。


 誰一人言葉を発さない静かな朝食を終え、俺たちはゲストルームに戻り現世へと戻る身支度をはじめた。装備一覧から俺がこの世界に来たときに着ていた黒の半袖と藍色のジーンズに着替える際、胸部に巻いていた包帯を巻き取り胸部の傷跡があるか無いか確認した。

 傷跡までも治せるとは……秘薬、恐ろしい―…。

 昨日まで残っていた龍のヒヅメにでも斬り裂かれたように残っていた胸の傷跡がきれいさっぱり無くなっていたことには正直ビビッてしまった。まあ、ひとまずこれで現世に戻っても普段通りの日常を送れるだろう。

 装備欄を操作しながら現世で着ていた黒の半袖と藍色のジーンズ姿へと着替え部屋を出た。

 連なる階段を一気に駆け下り玄関が見えてくると先に身支度を終えた俊とユキ、それにアリスが立っており全員手ぶらで武器の装備を解除していた。

「遅かったな、神夜」

「わりー遅れた」

「全員そろったみたいなので行きましょうか」

 よく晴れた晴天の中、隣の泉に反射した空が映り泉の中にもう一つの空があるような錯覚を感じた。それにいつもと変わらず、ここは地を低く飛び交う雲が風に乗ってどこまでもかけていく。

 夢でなんでも見てきた世界もたぶん、今日で見納めになるな。何年も繰り返しみていた夢がもう見られなくなるんじゃないかって思うとちょっと切ない。 

 なんて自分の夢に別れを惜しんでいると、ちょっとした丘の上に空色をしたクリスタルの柱を四本立て真ん中に石碑が建てられており入り組んだ文字の配列と力の中心となる魔法陣が刻まれていた。

「アリスここは?」

「みなさんの世界。現世とこの世界を結んでいる界門(ゲート)です」

そうか……いよいよお別れの時間がやってきてしまったのか……。

「開門!」

 宙に浮く、光り輝く小さな鍵穴に触れたアリスは、自身の魔力を界門のカギとして送り始めた。魔力に反応した鍵穴の光が強まり、小さかった穴が大きくなり一つのホワイトホールを開いた。

「これで、お別れですね……」

「なーに、さびしいこと言っているんだアリス。この門はここと現世を結んでいる存在なんだろ。だったらいつでも逢えるじゃねえかよ」

「そうだよアリス。だから『さよなら』なんて言わないで」

「俊さん、ユキさん……」

 頬を赤めたアリスの瞳から、ぽたぽた、と大粒の涙が流れだした。

「ほら、泣くにはまだ早いぞアリス」

「な、泣いてなんか……いませんよ―…。目にゴミが入った……だけですもん……」

「はいはい。アリス、俺は短い時間だったけど皆と旅ができた楽しかった。まあ、つらいこともあったけど……。でも、俺は心から楽しかったと言える。一生忘れることのできない時間だ」

「はいっ。わたしも、楽しかったです。みなさんと、出会って……毎日が楽しかったです」

 涙腺に溜まっていた涙が瞳から溢れだしてアリスが泣きじゃくる。

「ほら、これで涙拭いてアリス」

 ユキがポケットから白のハンカチを泣きじゃくるアリスに手渡す。

「あ、ありがとうございます……。あの……みなさん、また逢えますよね?」

「もちろんだアリスっ! だって現世とこの世界はこの門一つで結ばれてんだ。いつでも逢えるさ」

「そ、そうでしたね……!」

 ハンカチで溢れる涙をふいたアリスは、いつものように明るく眩しい笑顔を俺たちにみせてくれた。

「では、みなさん、また逢いましょう!」

アリスの最後の言葉をしっかり耳に訊いた俺たちは界門前で元気に手を振るアリスに、笑顔で『また逢おうね、アリス』と各々に答えて開門を通って現世へと帰還した。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ