第5クエスト この生命(いのち)燃え尽きるまで
……ちょっとやられすぎたかな?
咳き込んだ途端微量な血が口から吐かれた。黒太刀を畳に突き刺し杖代わりにした俺は覚束ない足取りで畳から立ち上がり額から流れ出る血を拭いとる。
「へ―…あの高さから城に落下したのに立ち上がるなんて神夜はタフだねー」
声と共に最上層の屋根、壁全体を吹き飛ばし咲妃が空からゆっくりと降り立った。壁も何もかもがなくなったことにより最上層からは、和の国全体が見渡せるようになり傷ついた体に冷たい突風が吹きつける。
「これで、タフなんて言えるかよ……」
「そうだよねッ!」
瓦礫混じりの畳が凹むほどの力で蹴り上げた咲妃は、身体の自由が利かないことをいいことに的確に人体の急所、鳩尾を肘で打ち抜く。
喉を通り口から生温かい夥しいほどの血が吐かれ、畳を朱く染め上げる。殴られたはずみで身体がゆっくり崩れていき、腹部からめり込んだ肘が抜かれ激痛が走るも、もがく力すら身体に入らない。
「あれ? もうおしまいなの神夜? それじゃつまらないよ?」
「……まだ、終わりじゃねーッ!」
力の入らない身体に無理やり言うことを聞かせ、畳に刺さった黒太刀を左手で引き剥き咲妃の首を狙って薙ぎ払うが。
「遅い!」
黒太刀の斬撃軌道を黒剣の切り上げの一振りで斬撃の軌道を変えた咲妃は、挙がったままの左腕に黒剣の刃がスゥッと通り斬り落とされる。感覚のなくなった左手から黒太刀が離れ、畳の上に切り落とされた左腕と共に落ちる。
「あ、ああああああーッ!」
傷口を通し全身に何万ボルトもの電流が傷口を通して全身に激痛が走る。感じたことのない痛みに悶絶し瞳には涙さえも浮かぶ。
「大丈夫ー神夜ー?」
腕を切り落とした張本人である咲妃が黒剣に付着した血を掃ってへらへらと笑う。
道徳も人情も何もかも失っちまったのか……。
「眼も霞んできてるし、そろそろ楽にしてあげようか? でも、それじゃあ面白くないから二つほど面白いことを教えてあげるね」
そういって咲妃は、アイテムストレージを展開させ、白く輝く傷一つない鞘に収まる一本の白太刀と血の付いた巻物を取り出す。
「突然ですが、神夜はこの巻物に何が書されていると思う? それと、この白太刀の意味は? ゲーマーで頭の冴える神夜なら判るよねー?」
「……たぶん、その巻物には何かが封印されている。その封印を打ち破るがその白太刀の役割か?」
「ん―…半分正解で半分不正解。正解なのは『この巻物にはとんでもない魔物が封印されている』こと。そして、不正解なのは『この白太刀『白桜龍・極氷』だけでは封印を打ち破ることができない』ということ。でも、今宵。その封印は解かれる……神夜の持つ『黒桜龍・劫火』と、この『白桜龍・極氷』が揃ったからね」
「ど、どういうことだ……。俺の太刀とその白太刀がどうして封印を解く鍵なんだ……」
「それはね―…」
と咲妃は淡々と昔話を語り始めた。
「『その昔。紅く染まる月夜の下に神のいたずらか、あるいは世界に終焉を討つためだけに生まれたか、一匹の魔物が誕生しました。その魔物は一晩にして生まれた国の国民、王政、兵士を滅ぼしその地を一瞬にして血の海へと変えるほど強大な力を体内に宿していた。そして誰もが絶望し眠れない日々を過ごしていたそんなある日のこと。一人の若者が二本の太刀をもってとある国に現れました。その若者は二本の太刀が宿す力と己が長年積み上げ向上してきた剣術を駆使して、その魔物の恐怖に臆することなくたった一人で立ち向かい見事、魔物を巻物に封印することを成し遂げました』 これがこの太刀と巻物に関する昔話。ちゃんと聞いてたー?」
「あ―…訊いてたさ。なるほどな……。その二本と太刀というのが俺の黒太刀と咲妃の白太刀を意味し、魔物の封印を解くにはその二本が必要不可欠だってことか……。だったら渡すわけには、いかねえなッ!」
錆びたバネが埋め込まれたかのように硬直する身体に『動け!』と脳から無理な命令を紅翼に言い聞かせ、腕一本分の高さまで舞い上がる。すぐに俺は畳に転がる黒太刀を拾い上げすぐさま鞘に納めその場から離れる。
「へ―眼も霞んできていたからもう死ぬのかと思っていたけど、まだ力が残っていたんだねー。でも、逃がしはしないよ。水冷魔法“水槍氷矢”」
背後から大気を射抜く音が無数に聴こえ始め氷の槍が紅翼、背中、肩、脚を掠め刺さっていき、じわじわした痛みが全身を蝕んできた。
「うぐっ……ぁくぅッ」
「足止め完了。さ、あきらめてその太刀をあたしに頂戴ッ!」
「……渡すわけ、ねえだろ! 火炎魔法“超高圧熱――”」
迫りくる咲妃に目掛け召喚した紅い魔法陣が突然砕け散った。そして、ふっ……と体内から何かが抜け堕ちる感じと共に全身の力も抜け、身体が畳に崩れかける。
俺の身体に―…いったいなにが……!?
「ははッ! 魔力切れだなんて、ついてないねぇ神夜ー!」
魔力で硬化でもさせたかのように鋼並の強度を持った咲妃の拳が、俺の胸部に襲い掛かり身体が宙を滑るように低空飛行し
「水冷魔法“水の十字架”“黒血槍”」
空気中の水分子を凝縮具現化した十字架に低空飛行した俺の身体を受け止め張り付ける。そして、右手と切り落とされた左腕の肩関節に黒血でできた槍が刺さり身動き一つ取れなくなる。
「くぅ……咲妃。貴様……」
「やっと捕まえたよ神夜。これでもう、君は逃げられない」
武具召喚で呼び出した黒の短剣を逆手に持った咲妃は、肉質の柔い太腿に勢いよくを突き刺し上下に動かして切傷を深く広げ腿肉を抉る。
「あぅッ! ぐぅ……あぁ――ッ!」
「息づかい荒いよー神夜。そんなに痛いの?」
「――当たり、前……だろ」
額から噴き出した冷や汗が凝固した血と混じって頬を伝っていく。本当に絶命の危機を迎えそうだ。
「ん―…私が黒太刀の柄を握っても拒絶反応を起こすあたり、黒太刀は神夜を主と認めちゃってるしね……。だから、『君を殺してあたしが黒太刀の新しい主になる』ね」
殺意籠る笑顔を見せた咲妃は、後ろに数歩下がり何も持っていない右手に黒煙から禍々しいオーラを纏った片手用直剣の黒剣を武具召喚し鋭利な剣先を向ける。
そして、力強く畳を蹴り上げ俺の胸部ど真ん中めがけ突っ込んでくる。
ダメだ……死ぬ……。あんなのが心臓を貫いたら致命傷じゃすまない。即死だ!
眩んでいく視界のなかで死への恐怖が頭をよぎり心中が絶望へと浸っていく。
『氷結魔法“貫く雪疾風”』
どこからともなく絶対零度の冷風が俺の目の前を横切り迫りくる咲妃からの斬撃を妨げる。
……生きてる。俺、生きてる……。
絶命の危機が一時的に過ぎ去る実感を十字架に張り付けられながらも得られた。そして、その危機を救った者が姿を現した。
『神夜ッ! 大丈夫!? 今助けるから待ってて』
黒のマントをなびらせ、魔法使いを装った服装に身を包んだ白髪のショートヘア。そして聞き覚えのある声。
「その声……ユキか?」
「うん。そうだよ、神夜。生きてる? 生きてるねっ!?」
「あ―…生きてるよ、ユキ。ッ!」
ユキの手により右手の平と左肩関節を貫いていた槍が抜かれ十字架に張り付いていた身体が畳の上に着くと同時に脚がもつれユキの身体に圧し掛かる。
「ち、ちょっと神夜ーッ!」
「ごめん……ユキ……俺―…」
「ううん、何も言わないで神夜。今はゆっくり休んで。回復魔法“ヒーリング”」
俺のことを労ってくれるのか、ゆっくりと俺の身体を畳に寝かせ身体全体を包み込むほどの緑色の結界が張られ徐々に皮膚、細胞、斬られた筋肉の再構築、付着した血液の蒸発が始まり神経を伝っていた痛みが癒えていく。
「これで傷は治ると思うけど、失った左腕の構築はできないからね」
「あ―…わかったよユキ。ありがとう」
「じゃあそろそろ私は行くね」
「? いくってどこに―ッ! まて、ユキ!」
「神夜! そんな悲しい顔しないで。男の子でしょ。笑って、か……」
ためらいのない咲妃の殺意がユキを背後から襲う。それも胸部のど真ん中――心臓を黒剣が貫き剣先からは真紅の血が一滴、また一滴と落ちていく。
「ユ……キ?」
「……大……丈夫、だよ神夜。心配しないで……」
「ねーユキ。いつまで神夜と話しているの? あたし、待つの嫌いなんだよね」
「そうね……ごめんない、魔王さ――いいえ。『咲妃』の名を借りる魔王さん。すぐに、決着を付けさせてあげるわ。回復魔法“ヒール”」
胸部を貫いた黒剣を自らの手で引き抜いたユキは、瞬時に回復魔法を唱えて傷を癒し、全快したところで魔法書を開く。
「! へ―…あた……いや、俺様の存在に気付くとはな――」
口調が変わった!? いやでも、姿は咲妃のままだし。
「簡単なこと。こいつはたぶん、咲妃の身体に憑依している。そして神夜と殺り合っていた時の口調は『咲妃』本人のなりきり」
「ほぉー…そこまで解るとはやたら頭の冴える魔導師だ。その通り。今の俺様はこの小娘の身体に憑依している状態。小娘の意志は俺様の心底で眠ってもらっている」
「……体は咲妃のモノでも所詮、魔王は魔王……。私があなたを倒すッ! 武具召喚“氷剣・ガゼル”!」
空気中の水分子を右手に集中、具現化させ凝固する。透き通る白色無透明の刀身からは絶対零度はある冷気を放ち、柄は清楚な白のスピード重視のレイピア『氷剣・ガゼル』 ユキが剣術に戦術を移転するのを俺は初めて見た。
「すぐにケリをつけてくるね神夜」
レイピアを持つ右手に力を込めたユキは、畳を勢いよく蹴り上げ無駄のない動きで咲妃との間合いを詰め上げ流星の速さで冷気を放つ突きが放たれ、無数の残像を残しあたりを白い冷気が覆い隠す。
「ハァァァァァァーッ!」
白い冷気の中からユキの気迫と金属同士がぶつかり合う音が途切れなく聴こえる。
しかし、俺は今心のどこかで何か予期せぬことが目の前で起きるのではないかと、正直心配していた。氷空を助ける時だってそうだ。傷だらけの氷空にポーションを使って助けるという選択肢だってあったはずだ。使えば多少の傷は癒え体力だって回復できた。なのに俺は氷空に回復を施さず、ただ自分の無力さに泣きじゃくっただけ。そして氷空は自分が瀕死の重傷を負っていたのにもかかわらず、敵の不意打ちから俺をかばって死んだ……。
それって結局は俺が殺したようなものじゃないかっ!
回復の施される結界内で自分の無力さを噛み締め、自分を攻めたてていたその時だった。
『きゃッ! あ、ぁくぅ……うぅ―…』
冷気の霧が晴らされ、ガゼルは刀身を半分失った状態で畳の上に転がり、頬に深い傷を負い、左腕から微量の血を流したユキが俺の眼前に横たわる。
「くぅ……ぁふ……」
「! ユキー…」
大声出しただけで視界が眩んだ……。魔力切れがこれほどまで身体に影響が出てくるとは……。
「へい、き……これぐらい……」
「平気なわけがないだろッ! もう闘わなくていい! お前だけでも!」
「そしたらッ! そしたら、神夜が殺されちゃう……。私はもう誰も失いたくない」
傷ついたユキを見下ろすようにして黒霧と共に咲妃が現れ、ユキの首を鷲掴み持ち上げ黒剣の剣先を喉元に向ける。
「魔導師さ――ユキ。威勢だけじゃ、どう足掻いてもあたしには敵わない。そう神夜みたいにね」
魔王の口調が訊き慣れた咲妃本人の口調に変わるがどことなくその言葉には殺意が籠っているかのように感じる。
「そ、そんなの……やってみなきゃわからないッ!」
朦朧とする瞳で咲妃を睨み付け傷ついた体に無理やり力を込めるべく歯を噛み締め刀身を半分失った『氷剣・ガゼル』を咲妃の顔面目掛け突く。しかし、咲妃はあきれ顔半分で眼前に迫るガゼルの折れた刃をなんの力も籠めず指一本で突きを静止させ空へと弾き飛ばす。ユキの手から氷剣が離れたところで、右手に凝縮した黒煌びやかに光る魔力光弾を氷剣に放ち粉々に粉砕した。
「言ったでしょ。勢いだけじゃあたしには敵わないの」
「そん……な……」
全身の力が抜けたユキの瞳からは数滴の涙が頬を伝って零れる。
いやだ……! これ以上、自分のために人が傷つくのを見たくない! でも俺にはもう魔力が残っていない。今はただの無力な存在。俺が今いったところで二人そろって咲妃に殺られるだけ……。
ジ・エンド……ゲームオーバーだ。
諦めの気持ちで心が浸り絶望の境地に堕ちかけたそのとき。
『ドクンッ!』
とポーチの方から鼓動が聴こえた。ポーチに目をやるとそこには蒼々と輝きを強く放つ氷空の魂があった。紅く光る焔の結晶を蒼へと塗り替えるその光が俺の意志を焔の結晶内へと引き寄せ、何もない暗転の世界へと導いた。
「――ここは、いったい? 確か俺は焔の結晶を見て、それで――」
『! お兄ちゃん! 来てくれたんだねッ!』
四方八方、闇に包まれ先の見えない空間で俺の名前を呼んだのが聴こえた。そして、遠くから聞こえて来る足音と共に現れたのは死んだはずの氷空だった。
「氷空……お前。生きて――」
「ううん、私はもう死んでるの。ここは私が魂に残された意志の世界で――。あ、もうお兄ちゃん泣かないで」
「だって……俺。氷空を……氷空を殺して……」
「あの時のことなんて私、微塵も気にしてないよ。それに、私はお兄ちゃんが生きていてくれただけで私は嬉しいよ」
ぎゅっと涙の止まらない俺を軽蔑せず、ただやさしく氷空は抱きしめ慰めてくれた。妹の前で涙を流すなんて、かっこ悪い兄貴だよな。
「ほら、涙拭いてお兄ちゃん。私だって泣きたいの我慢しているんだよ。それにね。私はいつでもお兄ちゃんの側にいるよ……」
「うん……ありがとう氷空」
瞳から溢れ出てくる涙を指で拭い取り、いつものような満盈な笑みで微笑み返した。
「うん。やっぱり笑っている方がいつものお兄ちゃんらしくていいよ。――そろそろ力も限界みたい……。じゃあ私行くね、お兄ちゃん。……それと、最後に――」
氷空は頬を少し赤め緊張の趣でぎゅっとさっきよりも強く俺に抱き着き耳元で
『私に残された魔力全部使って。お兄ちゃんが守りたいもの、全部守って……』
抱き着いていた氷空の身体全身が光だし真っ黒に染まった空間が徐々に晴れ始め、視界が眩み始めた。
『じゃあね、お兄ちゃん。咲妃さんと仲間のみんなを救ってあげて……』
「! 氷空ーッ!」
消え去る氷空の意志世界で腕をもがき必死に手を伸ばすがとどかず、知らず知らずのうちに元の世界に意識は戻り視界にぼやけが無くなり血痕の飛び散る戦場へと戻ってきた。
そして視界に入るのは、堕落し絶望に心を浸したユキの喉元に黒剣の鋭利な剣先を向ける咲妃の姿だった。
「意識が戻ったみたいだね神夜。じゃあ今から君の目の前で生命が散る、その瞬間に絶望してもらうよ。何の力も無い君がどんな反応を見せるか楽しみだっ!」
「――離せよ」
「? どうしたの神夜? もう絶望に心が浸っちゃったの?」
「ユキを……離せって言ったんだよッ!」
怒りに身を任せ、氷空から受け継いだ魔力を覚醒へと導き右腕に魔力を送りユキが張ってくれた結界を内側から破壊する。
その時に生じた衝撃波が咲妃に襲いかかり、ユキの首を鷲掴んでいた左手が離れ重力に引かれ落ちていくユキを抱きかかえ、床との衝突を防いだ。
「……神……夜?」
と、か細く小さな声が俺の聴覚を刺激する。
「あ―…そうだよ、ユキ。俺が今度こそ終わらせてみせるよ」
「うん……絶対に魔王を倒して咲妃を救っ……て……」
「あぁわかったよユキ」
傷つき気を失ったユキを、咲妃との攻防の際巻き込まれない安全圏ともいえる場所に寝かせ魔力結界を張った。これでユキもゆっくりと休めるはずだ。
「さぁ、決着を付けようぜ! 魔王 “ソーマ・ヘルシャフト”ッ! 今ので傷を負うほど、お前はやわじゃないだろ!」
「……ク、クク……あっはははははははははーッ! そうだね神夜ッ! それに驚いたよ。どうやって失った魔力を取り戻したのー!?」
衝撃波によって立ち上ったホコリを腕のたった一振りで消し飛ばした魔王もとい咲妃は高笑いしながら問う。
「死んだ氷空に逢って魔力を受け継いだ」
「へーそうだったの。でも、たったそれだけの魔力で、神夜より何千倍もの魔力を秘めているあたしに倒せるの!? 武具召喚“黒魔剣・ダーインスレイヴ”」
指で大気に描いたサークルが複雑な文字を刻んだ魔法陣へと豹変し邪気溢れる大剣に近い片手剣の黒魔剣が召喚された。魔法陣が消え去ると同時に、剣全体に禍々しいまでの邪のオーラが纏わりつき激しい殺気で俺の心髄を飲み込む。
「この剣を取り扱う上での注意事項。それは『一度鞘から抜いてしまうと、大量の生き血を浴びさせないと鞘に納まらない』ということ。つまり。君の血を吸うまで鞘――魔法陣には戻らないってことだよ!」
「……恐ろしい剣だな。だったら一太刀も浴びずにお前を倒し、咲妃を救う!」
腰に納刀していた鞘から『黒桜龍・劫火』を抜刀し刀身に黒焔を宿したところで構える。
「あっははははははっ! 威勢だけはいいよ神夜。褒めてあげる。でも、片腕を失った状態で神速の剣技ができるとは思えないよ」
「それはやってみなきゃわかんねえだろッ!」
両脚に込めた力を爆発させ床が抉れるほどの力で蹴り上げ、太刀先を向け咲妃の眼前から勢いよく斬り上げるもダーインスレイヴによって容易く受け止められた。お互い殺意の籠った太刀筋でぶつかり合っているためか聴覚を劈くほどの金属音と衝撃波が生じる。
「――いい、いいよ神夜。血が滾ってくるよ! もっとその闘志をあたしにみせてッ!」
「言われなくてもみせてやるよッ! 右脚魔力硬化!」
反れる黒太刀の刀身を利用し、ダーインスレイヴの刃を滑らせ紅翼でバランスを保ちながら身体をひねり、魔力で硬化させた右脚の足の甲で咲妃の左肩を蹴り飛ばし休む間も与えず低空飛行する咲妃を追いかける。
しかし、咲妃の身体には蹴りへのダメージが蓄積しておらず余裕の表情をしていた。黒魔剣の剣先を床に突き刺し低空飛行から脱却し、自分の親指を犬歯で噛み切り
「 “黒血の矢”」
親指から流血する真紅の血で孤を描くように振り払い、血一滴一滴が黒く染まり始め無数の矢と変貌して飛び掛かる。
「火炎魔法“焔刃”」
刀身に纏いし焔の刃を薙ぎ払い、飛び交う大量の矢を一瞬で焼き払う。しかし、血を焼き払ったことで血が気化し視界が悪くなる。
クソっ……咲妃の奴思い切ったことを。血も一種の液体と見ての攻撃か。だが、視界が悪いのは奴も同じ。咲妃よりも早く俺が先手を討てばッ!
黒太刀の峰を背に当て、赤い蒸気の立ち昇る中を探る。そして、うっすらと動く気配を捕えるや否。問答無用でその気配目掛け黒焔を纏った刃を振り下ろし、同時に視界を奪っていた蒸気をも断ち斬る。
手ごたえはあった。しかし、それは咲妃であって咲妃ではなかった。
太刀筋が捕えたのは咲妃のダミー。それも斬られたことにより個体から黒い液体へと変貌し、床へと拡散するのではなく液体一滴一滴が極粒の水滴と化し宙に浮遊した。そして、遠くから聞こえた合図とともに黒血すべてが鋭利な針と変化して俺に襲い掛かる。
「ッ!」
紅翼の羽ばたきと左脚によるバックステップで黒血による魔法攻撃を紙一重で避けることができたものの、その瞬間は咲妃にとってチャンスだった。
「黒血で私のダミーを作って正解だったよ! “黒血の矢”」
「 “多重層A.T.フィールド”展開ッ!」
再び右親指から流血する真紅の血を空の上から孤を描くように振り巻き血一滴一滴が黒く染まり鋭い矢と化して豪雨のように降り注ぐ。攻撃を見越した俺は黒太刀を右手に持ったまま矢の降り注ぐ方向に手を掲げ防御魔法最上位“多重層A.T.フィールド”を張り巡らせ“黒血の矢”から身を守る。
「いい判断だよ神夜! でも、その守りでいつまで持つかなー!?」
矢の数が減ることはなく逆に数が徐々に増える一方で次々と強固な“A.T.フィールド”が一枚、また一枚と破壊されていき遠かった矢先が目と鼻の先まで近づく。ついに最後の一枚となったフィールドが破壊され立ちはだかっていたモノが無くなった途端に矢の勢いはさっきよりも増し畳の底を抜かすほどの強さで襲い掛かり小規模の砂埃を立ち上げ矢の豪雨はおさまった。
「さすがにそれだけの数の矢を浴びたら神夜もひとたまりも――」
「俺が、なんだって?」
立ち上った砂埃は黒太刀の一振りで鎮め、矢で掠めた傷口から流れる微量の血を拭い咲妃を睨む。
「そ、そんな……ありえないッ!? だってあの時、確かにあたしの矢は神夜のフィールドを破壊して直撃したはず!? なのに、どうして……」
「確かに矢は直撃した。だが、フィールドが破壊されたと同時に俺は黒太刀の一振りで回避できる分の矢を破壊して後ろに後退した。だから俺はこうして立っていられる」
「……ク、ククク……やっぱり神夜のやることはすごいよっ! 太刀一本で矢を破壊して回避するなんて!」
髪の隙間から見える真紅の左目を光らせ、血を欲するダーインスレイヴを振りかざし、たった一振りで大気を裂き、城全体を揺らす。
「これほどまでの力をまだ残していたとは―…」
「あたしの力はこんなものじゃないよ神夜! もっとあたしを本気にさせてみてよ!」
待機に召喚した魔法陣を蹴り上げた咲妃はダーインスレイヴを構え、一気に降下し畳に黒魔剣を突き刺した。次の瞬間、黒渦を纏った黒魔剣で畳を斬り上げると同時に黒渦が斬撃波となって地を走りだし横たわっているもの全てを斬り刻んで黒太刀を構える俺に襲い掛かってきた。
全てを切り裂いて地を走る斬撃波。仮に“多重層A.T.フィールド”を張ってもすぐに砕かれる。だったら方法はただ一つだ!
「――来いッ! 俺が全てを受け止めてやるッ! 斬撃剣技“一晃炎龍”!」
放出した魔力で生み出した紅き焔を黒太刀に纏わせ、ダーインスレイヴが放った黒渦の斬撃波を黒太刀と腕一本の力だけで受け止める。両脚を大地に根を生やして固定したイメージで踏み止まるも、徐々に身体は後退し黒太刀を持つ右腕が震え始める。
止めるッ! 何としてでもこの斬撃波を止める!
心に宿る力のストッパーが弾け飛んだ気がし、黒太刀を持つ右手に力が入ると同時に、黒太刀に魔力が吸収され焔の火力がさらに増し斬撃波に焔の刃が食い込み始め。
「うおぉぉぉぉぉーッ!!」
威勢とともに後退する足に力を籠め強く踏み止まり、斬撃波に食い込みし焔を纏いし刃で薙ぎ払うと同時に大気もろとも城の一部を叩き斬るほどの斬風が起こる。黒太刀に往なされた斬撃波は全てを切り裂いて進んだ爪痕を残し俺の眼前から消え去った。
「ハァ……ハァ……」
ぶつかっていた大質量の攻撃を防ぎ終えた途端、呼吸が乱れに乱れ腕が肩から上へと挙がらない。たぶん、魔力もそう残ってはいないはずだ。
「へー。あれを太刀一本で掻き消すなんて神夜はすごいねー」
「すごくねぇよ……。呼吸もだいぶ乱れているし……」
「そうなんだー。じゃあこれは避けれないよねッ!」
「ーッ!」
黒の一閃を紙一重で避けたが頬を掠め紅い雫が数滴、宙を舞いダーインスレイヴの刀身にこべりつき白い蒸気へと変わり俺の血が黒魔剣に吸収された。
「ん―…まだ血が足りないやッ!」
「くそったれー!」
咲妃のとっさの動きに何とか食いつき、黒魔剣の太刀筋を黒太刀の峰で受け止め耳を劈くほどの高い金属音を鳴り響かせ黒魔剣と黒太刀が激しくぶつかりあう。力の入らない右腕のせいで黒太刀が押し負け身体ごと飛ばされ、畳に叩き付けられる。咳をすれば二酸化炭素と共に微量の血が混じって吐き出され身体へのダメージは深刻そのものといえる。いつ自分で咲妃の手で殺されてもおかしくない。
それにさっきから咲妃の身体を見る限り、体力の衰えは愚かかすり傷一つついていない。あの様子だとユキが『氷剣・ガゼル』で仕掛けた斬撃、魔法攻撃もダメージの一部に入っていないだろう。だったら手は一つしかない。
黒太刀を杖代わりにして立ち上がりすぐさま右腕を掲げ、黒太刀の峰を背に当て静かに目を閉じ集中した。
「魔力集中……いくぞッ!」
脚に集中して溜めこんだ魔力をバネとして活用し音速をも凌ぐ速さで咲妃との間合いを詰め、渾身の力を籠めた斬撃を咲妃の頭上に叩き付けるも黒魔剣で容易く受け止められた。
ここまでは計算のうち。
受け止められた黒魔剣の刃を黒太刀の反り立つ刃で滑らせ紅翼で身体を半回転させ右脚かかとで咲妃の左肩を蹴飛ばし力尽くで強固な黒魔剣の守りを崩し再び黒太刀の一太刀を入れ、さらにもう一太刀と斬撃のスピードをどんどん加速させていく。
もっとだ……もっと、もっと速くッ!!
黒太刀を持つ右腕を力強く縦横無尽に動かし黒太刀の黒き一閃が無数に飛び交い、大気もろとも咲妃を斬り刻んでいく。異様な動きに咲妃も俺と同等のスピードで黒魔剣を片手で剣舞し全ての斬撃を受け流し凄まじいまでの金属音が空間全域に響き渡る。
「速くッ! もっとッ! もっと速くッ! 火炎魔法“炎腕”“焔ノ太刀”」
失った左腕から橙色に煌めく炎の腕を魔法で構築と同時に、左腕近くに出現した炎のサークルから紅い金属光を放つ柄と飛龍の背びれを刀身の峰に宿した紅き焔を放つ紅蓮の太刀が姿を現した。そして、黒太刀の刃で黒魔剣を捕えている隙に紅い焔を薙ぎ払い、そのまま黒太刀で黒魔剣を地に押さえつけ紅太刀で咲妃の右肩を斬る。
「えっ? あたしの身体に傷!?」
地に押さえつけられていた黒魔剣を掲げ俺から離れた咲妃は、右肩の傷を気にしながら俺を凝視する。
「ありえない……あた……俺様の身体に傷がつくなんてありえない……絶対にありえな! うぐぅ!? あ、ああぁッ!」
突然、咲妃の手から黒魔剣が離れ剣先が畳上へと刺さり頭を押さえ苦しみ悶え始めた。
いったい何が起き始め――。
『……や……。神夜……聴こえる?』
ノイズ交じりの懐かしい声が俺の心に響き渡る。
「!? その声ー…咲妃か!?」
『うん。そ……だよ……神夜。意識……だ完……に目覚めたわ……ゃないよ』
「じ、じゃあどうやって俺の意志に?」
『かみ……おかげ。貴方が武具……で呼び出……太刀に籠……魔力の波長のおか……』
「そうか―…俺の……」
『うんッ。ッ! ま、魔王のちか……なって……。助け……かみ……や……』
「! 咲妃―ッ!」
激しさを増すノイズに俺の意志の言葉はむなしくも掻き消され、たぶん俺の言葉は届いてないはずだ。
「はぁ……はぁ……。まさか、あの娘が目覚めかけるとは……」
「魔王……俺は絶対にお前を許さないッ! 例えこの身が滅びようとも! 必ずこの手でお前を倒すッ!」
俺の感情に反映するかのように右腕の黒太刀と左腕の紅太刀の焔が荒々しく燃え盛る。
「俺様を倒す……だと? ふんっ。バカバカしい。魔力も大して残ってもいない貴様が俺様を倒せるわけがなかろう。もし万が一、俺様を倒したところでこの身体の持ち主の娘も倒され死ぬからなー!」
「――なん……だと……」
驚愕の真実を魔王から告げられ開いた口が閉じず、ただ呆然と立ち尽くす。
「だから、貴様は俺様を倒すことはできないのだよッ!」
離れていた間合いを瞬時に詰め上げた魔王は、頭上高く掲げた黒魔剣を勢いよく振り下ろし立ち尽くしている俺の左肩から胸部に駆け斜めにかけ切り落とす。
傷口から大量の鮮血がしぶきを上げ血一滴一滴がゆっくりと宙に揺らめき、黒魔剣の刀身に付着した血が畳に飛び散る。左腕の炎腕と紅太刀が火の粉と化し術者の命を表すかのようにして消え去り口の中にほのかに生暖かい紅い血が喉をこみ上げ溜まっていき、身体が後ろへと惹かれていく。
「かふぁ……」
倒れた瞬間、傷口から血が溢れゆっくりと身体が血だまりの中へと沈んでいく。
「んーダーインスレイヴもだいぶ貴様の生き血を浴びたからそろそろ鞘に戻ると思うが俺様個人としてはもう少し浴びさせてもいいと思う」
逆手に持ったダーインスレイヴの剣先を勢いよく俺の右腿に刺し貫き肉を抉っていく。
「ぁうッ! あぁーッ!」
「おーおー。よく叫ぶガキだ。胸部に大きな傷を負っているのによぉ!」
右腿に突き刺さったままの黒魔剣を上下に動かされ傷口からじんわりと紅い血が滲みでてズボンの上を流血する。そして、魔王の手により黒魔剣が勢いよく引き剥かれ血が黒魔剣を離すまいと引いた紅い糸が千切れ一滴の紅い雫が剣先から垂れる。
まずい……意識がもうろうとしてきた……。視界もぼやけて……。
「そろそろ楽にしてやろう。じゃあなッ!」
視野がぼやけ、全ての動きがハイスピードカメラで映し出されているものを見ているような感じがしてきた。もちろん、再び魔王の持つ黒魔剣から感じる『死』という恐怖すらもゆっくり見据えていた。
だが、ここであきらめて死を選んだら氷空との約束も果たせない……。果たせなかったら未練が残り成仏できず現世を漂い死してなお苦しむだけだ。
死ねない……。死んでたまるかッ!
「火炎魔法“輪廻・護ノ焔”」
「なっ!? こ、このやろー…!」
死への恐怖を糧にして体内の魔力を爆発させ自分の周りに業炎の紅き焔のサークルと炎の結界を張り黒魔剣の突きもろとも魔王を吹き飛ばす。
「き、貴様ー…あれほどの傷を負いながらもどうして立ち上がる!?」
「いっただろ……。俺が絶対にお前を倒すと……」
畳に転がった黒太刀を血が滴る右手で拾い上げた途端、体内の魔力に反応したのかように刃にはこれまで宿っていた黒焔ではなく、美しく煌めいた紅蓮の業炎を灯し燃えたぎる。
俺は胸部の深い傷の痛みに耐えながらも、遠間の魔王との間合いを瞬時に詰め上げ魔王が黒魔剣で黒太刀の斬撃を受け流そうとするが、燃え盛る焔の前に黒魔剣の刀身が触れた瞬間、刀身にヒビが入りそのまま限界まで力を込めた右腕を振り降ろし黒魔剣の刀身をへし折り、右手首を動かしもう一太刀入れるも魔王に避けられる。
「まさか、黒魔剣・ダーインスレイヴが破壊されるなんてな……」
「言ったはずだ……。俺は、絶対に……貴様を倒すとなー…!」
視界が一瞬ぼやけ傷口の痛みが増し始め息を吸うのもやっとになってきた。たぶん、次の攻撃が最後になるだろう。さすがにやられすぎた。
「ふっ。武器が破壊されようとも俺様にはまだこれがあるのだよ!」
両手を前に突き出した途端、魔のモノが出せるはずがない白く輝く光に包まれた鞘に収まる白太刀『白桜龍・極氷』を出現させる。魔王は鞘から抜刀して構えるなり白太刀の刀身からは『氷剣・ガゼル』同様に白い冷気が放たれる。
「『白桜龍・極氷』……黒太刀『黒桜龍・劫火』と並ぶ魔物封印解除の太刀か。……新たな武器を出したとこ早々に悪いが、次で終わらせてもらうぞ……魔王!」
「次で終わらせる? 何を言っているんだ。終わるの貴様の方だ―!」
その場に黒煙だけを残し姿を一瞬にして姿を消した魔王は、数秒も立たないうちに俺の頭上に姿を現し、白太刀を叩きつけてくる。
魔王の気配を索敵していたおかげで、白太刀による斬撃をバックステップと紅翼の羽ばたきで回避することができた。しかし、白太刀の刀身に纏いし冷気は斬り裂いた畳を凍てつかせ斬撃跡を残す。一太刀で浴びたら危険だな……。
白太刀は斬撃を放ってなお、剣先を畳に刺さったままでいる。そして、魔王は不気味な笑みを浮かべ、刺さったままの白太刀で畳をを抉るようにして反り立つ刃を斬り上げ冷気を纏った黒渦の斬撃波を生じさせる。
先ほど同様の斬撃波かと思ったが、畳上を走りながら触れたモノを凍らせ斬り刻んで突き進んでくる斬撃波だった
「まずいッ! 斬撃剣技“斬焔舞”!」
黒太刀に灯る紅蓮の焔を魔王が放った斬撃波同様に放ちぶつけ、直撃を避けるも急激に低温の斬撃波が高温の斬撃波によって熱され熱膨張を起こし始めフロア全域に高熱の蒸気をふかせ両者の視界を奪う。
クソ……気配を察せない。まさか空間転移か?
全方位を慎重に警戒しながら魔王の存在を探すが見つからない。その時だった。
ひんやりとした冷気を放つ剣先が視界を奪っていた蒸気を凝結させ俺の頬を裂いて傷口を凍らせる。すぐに黒太刀を白太刀の刃にぶつけ鍔追りの態勢に持越す。
「さっきまでの威勢はどこへ行った? 俺様を次で終わらせるのではなかったのか!?」
手刀に構えた魔王の右手が胸部に突かれ傷口を開いていく。傷口からは血が滲みでて、激痛が身体を蝕んでいく。
「は、離れ……ろッ!」
歯を食いしばり鍔追り合った白太刀を押しのけるともに傷を刺激していた魔王の右手が離れ徐々に痛みが引いて行ったが呼吸は乱れ視点が合わない。また一歩死に近づいた気がする。
「ハァ……ハァ……ハァ……」
「随分と息があがっているじゃねえか。先に逝くのは貴様の方じゃないのか?」
「バカ言うなよ魔王―…俺はまだやれるッ!」
気合を入れ直し、身体の痛みを吹き飛ばす。
気迫を発し魔王を威圧し黒太刀を掲げ一歩、また一歩と地を踏み締め加速し、魔王の懐に飛び込んだ瞬間に右脚を踏み込み自分の懐深くまで力を溜めた右腕に仕込まれたバネを一気に解き放ち白太刀の刀身めがけ黒太刀を斬り上げる。魔王の手から白太刀が離れると同時に右腕がマヒして俺の手から黒太刀が離れ二本の太刀が黒煙の空を舞いあがり畳の上に刺さる。
だが、この時。俺はある好機を逃さなかった。咲妃は言っていた。
『俺の魔力が魔王もとい咲妃の身体に打ち込まれて魔王に意識を縛られている咲妃本人が目覚めた』
と。だったらっ!
俺はすぐさま空いた右手を閉じ人体の急所の一つ鳩尾を勢いよく拳で打ち抜く同時に体内に秘めた魔力を魔王の身体に注ぎ込んだ。
「かはっ!?」
殴られた衝撃でくの字に曲がった体で腹部を両腕で抑え込み魔王は咳き込む。
「き、貴様―…それほどの深手を負ってなお、なぜそんなに動ける!? 体力も、限界のはずだろ!」
「何度も言わせるな……。俺は絶対にお前を倒すまで死なないんだよッ!」
右腕を真横に掲げ、魔力発電で畳の上に刺さったままの黒太刀を引きつけ柄が手の平に触れた瞬間自然と力が入った。そして、無傷な左脚で畳を踏み切り身体を風に乗せるような感覚で走らせる。
「その、程度のスピードで俺様との間合いを詰め一気に片をつけようと考えたのだろうが俺様の前では不可の――!? チッ……あの娘が目覚めようと――!」
魔王も俺と同じように魔力発電で畳上に刺さったままの白太刀を引き寄せ、剣先を俺に向けるが、右手で己の顔を押え再び苦しみ始め
『……や……か……や……聴こえ……る?』
と再び咲妃の声が俺の心に響き渡る。
「あー聴こえているよ咲妃」
『えへへ……よかった……。神夜、時か……い……からよく訊いて……。あた……ら魔王の動きを封じ……』
「えーい。忌々しい娘だッ! 大人しくしていろッ!」
『んぅ……ま、また眠らされてたまる……もんで―…。ッ! きゃあああああああっ!』
「ッ! 咲妃、咲妃―!」
「ハァ……ハァ……また、魔力を打ち込まるとは……忌々しいことをしてくれるガキだ―!」
体内の魔力を一気に爆発させた魔王は背から骨と皮だけの翼をひろげ、羽ばたく魔王は地上を低く、風を裂くように飛びかい前方から間合いを詰めていた俺の黒太刀の刃を白太刀で受け止める。
ぶつかり合った時に生じた衝撃は凄まじくお互いの身体が弾かれ後ろに下がる必要も無いほどの間合いができた。そして、魔王は翼を羽ばたかせ黒煙立ち籠る空へと舞い上がる。
「逃がすかッ! 魔力最大……火炎魔法“超高熱焔線拡散砲”」
紅翼に魔力を溜めこんだ俺は、紅翼の周りに紅く光る無数の光球を召喚し飛び交う魔王目掛けて後ろから熱線を撃ち放つも全弾、飛び交う魔王にかわされ後方で爆発していき空を覆っていた黒煙を晴らし、月光の光線が戦場と化した“和の国”に差し込む。
「魔力をだいぶ消費したみたいだなー!」
疾風に身を乗せた魔王が声を張り上げると同時に、俺の頭上から白太刀を叩き付ける。
すぐに黒太刀で白太刀の斬撃を受け止めるが、上から圧し掛かる魔王の力と斬撃の勢いが腕一本では支えきれない重さとなり、そのまま“和の国”の城最上階に落下し高々と砂ぼこりを立ち上げる。
しかし倒れ込んでいる暇はなかった。俺の落下に伴い、落下スピードを自身の翼の羽ばたく推進力に加えた魔王は、白太刀を構え、俺のいる地点に突きたてる。
半身にひねりを加えてすぐにその場から離れ、白太刀の剣先が俺のいた落下地点に突き刺さり再度砂ぼこりを立ちあがると同時に凄まじい風が吹き荒れ、白太刀の刀身が刺さったところし凍てつく。
風に流される身体の体勢を立て直すべく黒太刀を持った右手の甲で畳を殴りつけ、その反動を利用して立ちあがり左脚で踏み止まる。休む間もなく伸縮したアキレス腱に力を込め腱を一気に解き放ち、魔王に黒太刀の剣先を突き立て魔王の左頬を掠める。
「なぁ!? こ、このガキー!」
「うおぉぉぉぉぉぉっ‼」
眼前に潜んでいた魔王の白太刀がギラリと光りを立て斬り上がってくるが、右腕の黒太刀で白太刀の刃を弾き、手首を返し黒太刀で魔王の身体に一太刀入れ込み二太刀目の傷が魔王の無敵だった身に刻まれた。そして、払い除けた右腕に力が自然と籠り太刀裁きのスピードが徐々に上がっていく。
これが。これが本当のラストチャンス! 今の勢いで魔王をッ!
俺の思いに再び答えるかのように振りかざした黒太刀の刀身に再び、美しく煌めいた紅蓮の焔が刀身に宿り、紅い軌跡を残す太刀筋を大気に残し白太刀の守りを弾き無数の孤を描いた斬撃を刻む。
右腕の骨が軋む……。体内の残り少ない魔力も全部太刀に持っていかれてる気がするが、俺は一向に構わない! 例え、魔力が再び尽きようとも、腕の骨が折れ黒太刀を振れなくなっても魔王を倒し、咲妃を救えるなら俺はそれでいいっ!
「――ああああぁぁぁぁぁぁーッ!!」
声を張り上げているうちに刀身の紅い焔が黒太刀全体を包み、一本の焔太刀と化した。
黒太刀を振りかざすたびに宙に残していた紅い軌跡をなぞるように焔の一閃が慧可枯れ白太刀の冷気を掻き消し熱帯びた焔だけが残る。
「き、貴様ごときに俺様が敗けるはずがないッ!」
躍起になった魔王は白太刀の剣舞で焔剣と化した黒太刀の剣舞を受け止めにかかるが、全ての斬撃を未然に防ぐことはできなかった。一太刀受け止めることができても、すぐに二太刀目が身に刻まれ、傷から微量の血が後方に飛び散る。
「ぐ、ぐむッ! は、離れろー…!」
焔剣を零コンマだけ止めた魔王は、空白になっていた右手に魔力を集中させ大気を振動させ、俺の身体を吹き飛ばし適度な間合いをつくった。
暗転する身体にひねりを加え畳上に着地した俺は、左脚と黒太刀を突き刺して踏み止まり大気振動で生じた衝撃波の勢いを失速させる。再び黒太刀を懐に構えて地を蹴り上げ残るすべての魔力を使い、斬撃剣技“焔獄超終”を発動させた。
「これで貴様の最期にしてやるッ!」
白太刀の冷気を刀身に集め凝縮し一種の斬馬刀へと太刀の姿を変える。斬馬刀と化した白太刀の柄を両手で握りしめ、地を踏み蹴った魔王は俺との間合いを詰め相打ちへと持っていく。
紅蓮の劫火を纏った黒太刀の形状は大剣へと変化し、黒太刀と刀身に冷気を纏った斬馬刀へと形状を変えた白太刀。その二本がほぼ同時にぶつかり合い凄まじい衝撃波が空間全域を振動させ、一瞬だけ時が止まったかと思えた。
そして、黒い刀身が俺の側に突き刺さり、刀身を失った黒太刀の柄が蒼い光のかけらとなって俺の手から消え去った。
「あ、あぁ……俺様が……敗けた……だと……」
黒太刀が捕え斬り裂いた部位から焔の斬撃波が生じ、魔王の魔力反応が断末魔とともに消え去りその身が紅い焔で包まれた。
そして、燃え盛る焔の中から。
『ありがとう……魔王を……倒してくれて……。じゃあね、神夜……』
「――咲妃……さ―ッ!」
喉を引きつらせた声で咲妃の名を叫び、後ろを振り向くと焔の中で満面の笑みを浮かべその身を焼く焔と共に膨大な蒼い光のかけらとなり消えていった。
―――……。
咲妃の名を叫ぼうとするが声は出ず、ふっと全身の力抜け意識が遠のき視界が暗転。身体がゆっくりと重力に引かれて沈んでいった。
魔力切れ……か……。さ……き……。




