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2.5次元の狭間にて  作者: 黒覇 媄兎
第1章 現実と仮想に異世界あり
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第4クエスト 出会いの先にある感情

 

 月光の差す天と暗夜と化した地の境目を飛び続けること数時間。遠くからぽつぽつと街明かりが見えてきた。

 俺はすぐにアイテムストレージを展開して、アリスから貰った地図を飛びながら広げ今いる位置を確認する。

 間違いない、あれが“和の国”だ。

 雲の切れ間から月光が差し込み、街全体を少しずつ照らし始める。先ほどの村と同じ木造建築の家々、街壁は一軒家一階分までの高さしかなさそうな壁に外側に深い堀が国全体を護っていた。

 関所の一歩手前で降下した俺は羽ばたかせていた紅翼を小さくして門前に立った途端、門衛に槍でとおせんぼさせられる。さらに退魔効果を持っていそうな槍が数本、喉元に突きつけられた。

 大したご挨拶だこと。

「止まれ、天狗の類よっ! これより先は和人の国“和の国”になるぞっ!」

 て、天狗っ!? はいてもおかしくはないか。この世界は、現実ばかり見ていた俺らにとっては異世界そのものなんだからな。

「待ってくれ! 俺は列記とした人間だ! ちゃんとギルドライセンスだって持っている」

「ならば、見せてみよ」

 門衛の一人にメニュー欄から取り出したライセンスを手渡し、用心深い彼らから信頼を少しでも得ようとするも喉元の槍先は構えられたまま。

いつになったら入国できるのだろうか。

「ふむぅ……確かにギルドの者だな。よし、入国を許可する。全員持ち場にもどれ。旅の者はこちらで手続きを」

 喉に突きつけた槍を解放して、ぞろぞろと門衛たちが自分の持ち場へと戻っていき一人の門衛から入国手続きの書類がメッセージボックスに届けられすぐに必要事項を書き込みすぐに返信した。やたら長く感じた入国手続きを終え、東大寺南大門ほどの立派な関所をくぐり“和の国”に入国した。

 門をくぐるなり、すぐに門衛によってすぐに門は閉められ外界との接触を断たれる。しかし、街並みを見る限り江戸時代にタイムスリップしてきた感じがする。木造の家屋に黒光りする屋根瓦、現代の街並みとは違って空からは星が良く見える。

 っと、感傷に浸ってる場合じゃない。はやく、アリスたちのところに行かなくては。

 えーとっ。アリスたちの居場所は確か『天守閣第三層』ってメールの方に書いてあったな。天守閣っていっても、日本の城にはいくつも天守閣があるからなー。門前まで飛んで行くか。そんでまた、変な誤解を生むかもしれないけど。

さっきの門衛の態度を見る限り警備はかなり厳重だって言えるが、そんなのお構いなしに俺は、門前からでもくっきりと見える江戸城(勝手に命名)めがけ、小さくしていた紅翼を羽ばたかせ城門前を目指した。


 歴史博物館に展示されている浮世絵に描かれている街並みを眺め終え、外壁と同じ造りをした城門前の渡り橋の前で降下し門前に着いた途端、再び喉元に鋭利な槍先を突きつけられる。

 警備が厳重なこった。

「止まれ、若造ッ! ここは貴様のような庶民が来るような場所ではないぞ!」

「お、俺はただ、依頼を受けたギルドの仲間だ!」

「ギルド名は?」

「ろ、六芒神星」

「うむ……。確かにその名のギルドがここに来ておる。勘違いして済まなかった。では、通るがよい」

 人がいいのか悪いのか、よく解らないがようやく城内外部に入ることができた……のはいいが、いくら何でも広すぎる。

 広大な日本庭園に大きな池、それにかなりの長さを誇る日本家屋には欠かせない縁側。こりゃ城内内部でも迷子になるな。

 城内外部に入った同時に更新されたマップ情報を頼りに庭園を一望できるように造られた縁側から、ダンジョンにでも入ったような複雑な形をした内部を駆け巡っていると

「キャッ!?」

 出会いがしら、ここで働く誰かと十字路でぶつかってしまった。

「す、すみませんっ。大丈夫ですか?」

「は、はい。こちらこそ、気づかず申し訳ありません……。では、私は仕事がありますので……」

 と、藍色の鮮やかな着物を着た女性は床に散らばった大量の巻物を集めて、平たい台の上に積み重ねおぼつかない足取りで山のように積もった巻物の台を運び始めた。

「あの……俺、持ちますよ」

「えっ? いいんですか?」

「遠慮しないでくださいよ。で、これをどこまで運べばいいんですか?」

「て、天守閣第三層の『桜の間』までお願いします」

 そういって女性は何層にも積み上げられた巻物の台を俺に手渡し、城内内部の廊下を二人で突き進む。

 しかし、あまり前が見えないな……。この大量の巻物にいったい何が記されているのやら。無性に気になる。

 巻物の隙間から見える女性の頭を見失わぬように索敵スキルを発動して長ったらしい廊下を進む。そして、文化の尊重でありアルキメデスがロープと滑車で操作したことによって生まれたカラクリ――エレベーターに乗り込んで一時的に休憩を取ることができると思い込んだの束の間。ほんの数秒単位で目的の天守閣第三層に到着し、まったく休むことなく歩くはめになった。

 層階が狭いのか広いのかは外見を見なきゃいまいち判らないが、あれほど広大な庭を持っているのだから城自体もそうデカいはずだ。早いとこマッピングデータを確認していないと再度来たとき迷子になるかもな。

「あっ、『桜の間』に着きました。もうおろして結構ですよ。――ひーちゃん例の巻物全部持ってきたよ―」

「ありがとうございます姉様。さ、入ってください」

 桜模様の入った障子の奥からやたら凛とした声が聴こえ入室の許可が出たと同時に、女性は障子を物音立てることなく開き巻物の台を持ち上げて『桜の間』に入って行った。

「あなたも入りますか?」

「は、はいっ」

 女性の後につられて俺も『桜の間』に入った途端、右方向からすぐに声がかかる。

「あ、神夜さん。随分と遅かったんですね。でも、無事にこれてよかったです」

「おかえり神夜」

「…………」

 某SNSみたいに次々と呟かれて少し返事に戸惑う。

「あ、ありがとうみんな」

 閉じたままの口を無理にこじ開け笑顔で返事を返す。それぐらいのことでも十分な返事にはなるだろう。

「んっ。ところで、そこの黒マントの剣士よ。お主もアリスたちと同じ『六芒神星』の一員と見なしていいのか?」

 アリスたちとの会話に割って入るように咳払いをし、部屋の奥でふんぞり返り艶のある長い白髪を一本に束ねミニスカに似立てた藍色と黒の入り混じる着物を着たしょ――幼女に問われる。

「ひーちゃん。そんな態度で年上の人を問い詰めちゃ、めっ! だよっ」

「姉上は口出ししないで下さい。わらわはこの剣士に訊いておるのです。姉上には訊いておりません」

「うぅ―…はい……」

「剣士よ、もう一度問う。お主は『六芒神星』の一員か?」

「もちろん。一員でなければ俺はここにはいねーよ。てか、俺はギルマスだ」

「そうであったか。では、先ほどの話を進める前に剣士よ、わらわの名は柊だ。以後よろしゅうな」

「あー。俺の名は神夜だ。よろしく柊」

「うむ。では、話を戻すとしよう。姉上、依頼に関係する例の巻物を」

 お互い瞬時に打ち解けあったところで、柊の姉は俺たちに先ほど運んできた巻物を一本ずつ手渡し、巻物の封を切る。

「その中に記されているのは今回、父上が依頼した内容に関わる過去の事件が記されておる。ま、少しぐらいは奴らの弱点を発見できるかもしれないがの」

 巻物に記された文字を一門一句指でなぞり目を走らせ、記された情報の重要なところを抜き出し頭に叩き込む。

「しかし、父上のお考えも甘いの。あの者たちが手に負えなくなったからと聖王軍に依頼していたとは……。頼まなくたって兄上の力があればいいのに……。とすまない、父上からメッセージが送られてきた。しばし、席を外すぞ」

 そう言い残して柊は部屋を出て行った。

 メッセージの返信ぐらいここでやればいいのに。よっぽど他人には見られたくない内容だったのか?

 一人、柊のことを考えながらも次々と山のように積まれた巻物を読み漁り、書の山を崩していくと、ある一本の巻物の記録の一文に俺の知る人物の名が記載されていた。

「なんで……なんでこいつの名が記載されているんだよ」

 自分の中の焦りを隠しながらほかの巻物を開く。すると、下へと読み進めていくにつれて巻物すべてにその人物の名が記載されていた。

 先ほどまで読んでいた巻物には出てこなかったはずなのに……なぜ今になって。世代交代か、あるいは族長を超えるほどの大罪を犯し、名を挙げたか。理由は様々浮かび上がってくる。くそっ! 今回の依頼がこの人物の抹殺となれば俺はこいつを殺さなきゃいけないし……。仮に俺が逃がすとしても、ここにいる者たちに殺される。こいつには『死』の選択しかないのか。

「神夜、大丈夫? かなり、狼狽えているみたいだけど?」

「あ、あ―…大丈夫だ」

 ユキから心配の言葉を受け取るも、どうも立ち直れる気がしない。

「あーおっほん。皆の衆、先ほど父上から依頼を受けてくれた『六芒神星』を歓迎する宴の準備ができたとの連絡じゃ。それと、お主たちの今夜泊まる場所も決まったそうだ。場所は―…まぁ、後程言うことにしよう。それと、巻物は後で家臣たちにお主らの寝室まで運ばせておくからまたあとでゆっくり読むといい。では、いくとするか」

 部屋の戸を閉め切りその場でパァンッ! と手を打ち合わせる。

「もう、着いたぞ。全員、この部屋を出たら目の前の戸を開くとよい」

 目の前の戸を見ても先ほどの場所とあまり変わっていないように思えるが。ま、騙されたと思って戸を開けるか。

 柊の言うとおり、目の前の戸を開けると、目の前には大宴会所。それもかなりの広さだ。「なぁ柊。今、俺たちは城内第何層にいるんだ?」

「天守閣第九層『天界の間』じゃ。つまり、城の最上階じゃな」

「ってことはつまり―…」

「『柊のいた『桜の間』と『天界の間』手前の部屋と入れ替えた』という考えが私の中では成立したけど」

「まさにその通りじゃ。ユキはなかなか頭が冴えるのう。これも魔導師だからか?」

「…………」

「答えられんのか。ま、よい。さて、お主らはまず父上に挨拶してまいれ。まだ、していなかったからな。わらわは、部屋を元の位置に戻してくる。姉上、あとは任せてもよいか?」

「もちろんだよひーちゃん」

「では、すぐに戻ってまいる」

 そう言い残して柊は桜の間の戸を閉め、手鳴らしの音を響かせ第三層へと戻っていった。

「柊も行ったことだし、依頼主のところに行こうぜ」

「それもそうだな、俊。アリス、先頭いいか?」

「えっ!? わたしがですか? ここはギルドマスターの神夜さんがッ!」

「……ダメか?」

「当たり前ですッ! 神夜さんがギルマスなんですからシャキッとしてくださいッ! さ、先に行ってきてください」

返す言葉が何もない……。

「あの―…もうよろしいでしょうか?」

「は、はい。構いませんよ」

「では、行きましょうか」

 結局、柊の姉が先頭をきることになった。さすがに見知らぬ人が先に行くのはちょっとばかし相手も驚くだろうし。身内から説明してもらえればいいことだ。

「父上『六芒神星』の皆様をお連れしました」

「おー、そうか。ありがとう。『六芒神星』の皆さん、どうぞお座りに」

頭部には複数の切傷を残し歴戦の戦の名残を物語っており、外見だけで威圧感を放っているのに口調はやけに温和。

ギャップが激しすぎるだろ。

「さて、今回は依頼を受けてくれたことを心より感謝するぞ。さっそく依頼の詳細についてだが、単刀直入に言うと、この国に攻め入る獣人種の殲滅。それが依頼の大まかな内容だ。毎年、獣人には手を焼いておってなーわしらだけで殲滅させようにも奴らは妖術を使うゆえ動きも速い。そのため、兵は重傷を負い、国の一角を攻め落とされ住人は皆殺しということもあった。わしらだけではもうどうにもならんのだよ。頼む、この国を救ってくれ……」

 よほどの兵力をもってしてもその獣人種は手強いらしい。まさか、国のお偉いさんが俺らみたいな育ちも世界も違う者に頭を下げるとは。

「え、えーっと……将軍様―…でいいのかな? ご安心してください。我々がたとえ命を落とすようなことがあるとしても、必ずやこの国を死守いたします」

「おー…六芒神星のギルドマスターはなかなか頼もしい。では早速、宴の方をはじめるとするかの。ホラホラ、早く『六芒神星』の皆さんをもてなさんか」

 将軍が言い出すのを待っていたのか、天界の間の戸が開き色鮮やかな着物を着た女性が漆の入った豪華な台が次々を運び込まれる。

 宴というより宴会に近いな。酒……飲まされなきゃいいな。

「ところで、(さい)よ。時宗と柊たちはまだ来んのか?」

「兄様は今、こちらに向かっているとの連絡です。ひーちゃんはまだ、第三層のほうにいると思います。あと、姉さま方はまだ、遠征中かと」

「そうか。すまんのーもうしばらく待っておってくれ六芒神星の皆さん」

「いえいえ、お構いな――」

「父上、ただいま戻りました」

タイミングがいいのか悪いのか、張りのある声に鈍く光る真紅の血痕の付いた黒の着物で鍛え上げられた肉体を身ごもった男が、繊細に描かれた襖を開け『天界の間』に入ってきた。

「時宗か。えらく遅くなったな」

「はい。先ほどまで近くの無人の村である調査をしておりまして」

「ほぅ。それで何かわかったのか?」

「無人でありながら村の中央には近頃群れを成したとされる山賊どもの屍と、まだ生々しく残る血痕等が。道中その山賊の賊長かと思われる者に出くわしまして『き、貴様も仲間を殺った『黒の剣士』の仲間かっ!?』と震える声で問われましてこのまま逃がして、また群れを成されては面倒などで始末してきました」

「よい判断だ時宗。それと、その者が言っておった『黒の剣士』とは?」

「それは――彼のことですよっ!」

 目の前に置かれた色とりどりに盛られ飾り付けられた飯を蹴り退けた時宗は、俺の胸座を掴み殺気溢れる眼で睨みつかれる。

「貴様、なぜあの者を逃がした? 答えろ黒の剣士」

「に、逃がしたとしても、また群れを成さないと判断した……」

「なるほど……。そなたはあの者が心を入れ替えると思ったのだな」

 一瞬だけ時宗の表情が軟らかくなったと思いきや。

「悪人がそう簡単に心入れ替えるとでも思っているのか貴様はッ!」

 胸座を掴んでいた腕を大きく振り上げた時宗は、そのまま勢いよく俺を後ろの襖まで投げ飛ばし目の前に黒光りする鋭利な太刀を突き付けられる。

「いいか。悪は徹底的に滅ぼす存在ッ! 貴様のような甘い考えでは自らの命は愚か仲間の命までもが失われるぞ!」

「兄様、落ち着いて!」

「落ちてなどいられるかッ! 俺は今からこ奴の――!」

 その時だった。

 部屋奥の祭殿の壁が崩れると当時に熱気を浴びた黒煙が爆風の威力を自らの流れに加え一瞬にして部屋中に充満し視界が悪くなる。

「敵襲か!?」

「門番の奴らはいったい何をしてやがるんだ! 全員、直ちに戸をあけ黒煙を外気へと循環させよッ! そうすれば黒煙が晴れ敵の正体が判る」

 冷静に指揮を執る時宗の命を受けた御家人たちの手により戸が開く音が立て続けに響くも同時に悲鳴、血しぶき、刀と刀がぶつかり合って生じる金属音に続き、下層から響く新たな爆音が研ぎ澄まされた聴覚を通じて伝わる。

「くそ……視界が悪くて敵の位置とアリスたちの位置がつかめん。おい。俊、ユキ、アリス、無事か!?」

「無事だぞ神夜っ! 今、アリスとユキで互いの背中をカバーいるところだ」

「了解。それよりも、今は周りの黒煙を晴らすことが先決だぞ! 一向に視界が良くならんからな」

「なら私に任せて。風空魔法(ウィング・マジック)“エア・クラッシュ”」

 氷結魔法(アイス・マジック)が得意なユキの口から風属性の魔法詠唱が口遊まれ次の瞬間、室内の大気を揺るがすほどの衝撃波が放たれ消える気配のなかった黒煙が一瞬にして浄化して閉ざされていた視界が回復する。繊細な絵が描かれた襖には生々しい血がべったりとついており畳には幾人もの負傷者あるいは死体が転がっており襲撃時の惨劇を物語っていた。

「これはひどい……」

 禍々しい光景を目の当たりにしたアリスが口を押え驚愕して表情で呟く。

「殺されたのは三下の家臣たち……だけではないらしい」

「えっ? あっ……」

 俺以外にも今の状況下を把握していた彩から、かすかに聞こえた呟きと瞳からは大粒の涙を流れゆっくりと血だまりの中に倒れ込む一人の死体の前で泣き崩れる。

「父上――父上――ッ!」

 真紅に染まった畳に跪き、ただ声を張り上げ泣き叫ぶ。

『必ずやこの国を死守いたします』って将軍様の前で言っておきながら、俺はいったい何してんだ……。

 自分に対する怒りが心の底から込み上げてくる。

もう、誰一人と殺させはしない。全て俺が守る。この国も民も仲間も。

「――ユキ。さっき襲ってきた敵の位置、今すぐにでもつかめるか?」

「つかめるよ神夜」

「なら頼むユキ」

「うん。索敵開始“サーチ・アクセス”」

 ユキの瞳の色がエメラルドグリーンに変わり“和の国”全体にクモの巣状のネットを張り巡らせ敵を探しているのだろう。

「……いた。北西二キロの地点を移動中のコマを二つ発見。それに合わせ一際大きなコマが単独で移動中。それと北と東の街の一角が攻められ、南と西は交戦中。城の外門が崩されるのも時間の問題かと思う」

「ありがとうユキ。それだけ判れば十分だ。ここからは俺一人で行く。アリスたちは城と国民たちの避難路の守護を頼む」

「か、神夜さん、待ってください! これ以上ソロでの行動はダメです! 過去の事件簿を読んであなたも知っているはずです。この国の兵が強くともそれを攻め崩すほどの力を敵は持っているのですよ。いくら神夜さんが強くても今度の相手は―…」

「すまない、アリス。俺……いかなきゃいけないんだ」

 ぎゅっと俺の手を握っていたアリスの手を離し、祭壇の壁に開けられた風穴から外に出た。そして、アリスの反対を押し切り背中の紅翼を羽ばたかせ、空を翼で斬らせ “和の国・北西”を目指した。

「神夜さんッ!」

 祭壇上の風穴からアリスが俺の名を叫ぶ声がした気がした。しかし、俺は立ち止まることなくそのまま飛び続け城下町上空へとエリア移動した。


          *


 戦場と化した国中を逃げ惑う民たちと、その合間を縫って駆け走る武士たちの頭上を飛ぶこと数分。すでにユキの言っていたポイントを過ぎ去りもう追いついてもいい頃合いかと思うが敵の面影はどこにもなく、見据える先は火の海と化す建築物とぐったりと倒れる力なき女、子どもの死体に愛する家族を打ち取られて泣きわめく子どもがいた。

「いったいどこにいやがる!」

 額を流れる汗をぬぐい、募る焦りを押えながら索敵スキルを発動してあたりを捜索する。

 そして、索敵範囲に高速で移動するコマを二つ捕える。

「! やっと、見つけたーッ!」

 紅翼に力を加え瞬時に速度を上げて接近する。そして、ポーチから一本の投げナイフを取り出し移動速度を助走に変え勢いよく投げナイフを投げつけ前方を移動する襲撃者の一人のふくらはぎを射抜きドミノ式でもう一人を巻き沿いに大きく転倒して地面に落ち、砂埃を巻き上げるもすぐに砂埃は払われ黄色くフサフサした狐耳に尻尾が現れる。

「ハァ……ハァ……やっと追いついたぞ。獣人種」

「ッ! やってくれるな小僧ッ! だが貴様はもう体力の限界と見た。死ね!」

 二人の狐人が同時に腰に納刀していた忍者刀を逆手に持ち、声を張り上げ襲ってくる。

「モーションがおせーんだよっ!!」

 切り裂く刃を二本同時に見切り、コートの袖に仕込んでいた短刀を手に取り、隙の大きい一人の狐人に短刀を振り降ろそうとしたその時。ノースリーブで黒のミニスカ着物を着込み、ボリュームある淡い栗色のロングヘアを一本に結び口元を真紅のマフラーで覆った狐人が俺と隙を見せた狐人との合間に割って入り込む。そして、短刀の斬撃を手に持っていたクナイで太刀筋を流した後、的確に俺の鳩尾を蹴り上げ瞬時に間合いをつくった。

「かはッ!」

 蹴りの威力が強く俺の身体は止まることを知らず近くの民家の扉に激突し大きな煙を立ち昇らせてようやく止まった。

「大丈夫か? もうじき仲間がくる」

「は、はいっ。大丈夫です族長」

「うむ。それより、例の物は手に入ったか?」

「はい! ここにあります」

 そういって狐人は、懐から封の入った巻物を族長と見受けられる者に手渡した。

「よくやった。これで例の目的は果たせる」

「あのー…族長?」

「さて、あとのことは私に任せろ。お主らは他の者たちと残りの地区の制圧を頼む。くれぐれも深追いをするでないぞ。よいな?」

「「はっ!」」

 族長の命を受けた二人の狐人はすぐにその場から来た道へと逆戻りする。

「逃がすか―ッ!」

 覆いかぶった木材の残骸を払い除け、走り去っていく二人の狐人に目掛け瞬時に溜めた炎球を放つも。

「貴様の相手は私だ。彼女たちではないっ!」

 放った炎球をか細い腕一本で掻き消し無駄のない、しなやかな動きで数十本ものクナイを散弾のごとく次々に飛ばす。

「 “A.T.フィールド”展開ッ!」

 手を目の前にかざし降り注ぐクナイの雨から身を守るが。

「これ以上は……もたない……」

 クナイが飛んでこない本の一瞬を見切りフィールドの展開をやめると同時に紅翼を羽ばたかせ射程圏外へと移動した。

「ほぅ。動きだけは達者だな」

「お褒めのお言葉、ありがとよっ。――やっと逢えたな、氷空」

 見慣れた淡い栗色の髪にずっと見据えてきた瞳。

それに少し変わってしまった口調に容姿。だが、どれを差し引いても俺には判る。彼女こそが俺がこの世界に来て探していた一人。

 俺の妹。十六夜氷空だ。

「逢えた? 貴方は何を言っているのか私にはわからんな。それになんで私の名を? 私、貴方に会うのは今夜がお初なのよ」

「それはこっちの世界ではだろ。だが、俺がいた世界では俺とお前はずっと一緒に笑い、喜びともに助け合って生きてきた。お前は紛れもなく俺の妹。十六夜氷空だ。姿、形が変わっても俺にはお前と兄妹だから解るんだよッ!」

「――らない……。私は、私は―…」

「氷空ッ! 思い出せ!」

「私は、貴方など……知らない!! リミッター解除ッ!」

 藍色だった瞳を真紅に染め二尾だった狐尾を九本まで生やし立て、人の姿をした九尾の狐と化した氷空は熱帯びた吐息を吐き、爪を立て疾風のごとく俺との間合いを一瞬にして詰め上げる。

「くっ……氷空ッ」

鋭く尖った殺意の籠った一振りを顔面ギリギリでかわす。

 戦うしか……ないのか? 

俺は、たった一人の妹と互いの命を賭けて戦わなきゃいけないというのかっ!? 「落ち着け氷空ッ!」

「また私の名を呼んだッ! 殺すッ! 絶対に殺すッ!!」

 殺気立ち残像残る真紅の瞳をぎらつかせ休む暇なく連続して物理攻撃を仕掛けてくる。

 眼で追うのだけでも一苦労だ。一撃でも喰らえば、一生残る傷になるだろう。それに反撃のチャンスだってすでに見つけているのに、俺には氷空の身体を傷つけることはできないどころか太刀を手に取ることすらできない……。

 妹……だからか?

 この言葉の意味に俺の中の意志が『攻撃するな』と言い聞かせているのか?

 くそっ。忌々しい意志を持ってしまったな―…俺も。

 できたら無傷で荒ぶる氷空を正気に戻したいがそんな悠長なことはいってられん。

「! 受け止めただと!」

 眼前に迫りくるった氷空の鋭利な爪先を持ち合わせた手刀を受け止め、そのまま氷空の身体を手前に引き寄せ、頭突きを一撃入れバランスを崩した隙に街の仕切りとなっている壁まで氷空を放り投げ。

火炎魔法(フレム・マジック)超高圧熱線(プロメテウス)”」

 右手を氷空にかざし標準を合わせた後、凝縮した魔力を摂氏何千度もある気化した熱線に変化させ宙に舞う氷空目掛け放つ。

 たとえ亜人種最高位の『獣人種』でも自由の利かない空ではさすがに手も足も出ま――。

「フゥ―…フゥっくぅ―…」

 呼吸を乱し真紅の雫を額から流した氷空が融解し瓦礫化した壁から姿を現した。

「さすがに今のは、私も死ぬかと思ったよ―…」

「バ、バカな……直撃のはずじゃ――」

「直撃はしたさ。でもね。私は火属性の使いだからあんたの火属性魔法を中和し消すことも可能なのよッ!」

 紅き閃光が一瞬にして俺の頬を掠め数メートル後ろで爆風をまき散らした。

「い、今のって火炎魔法(フレム・マジック)超高圧熱線(プロメテウス)” なぜお前がそれを!?」

「言ったでしょ。私は火属性の使い手。さっきのは、あんたが私に放った奴を反してあげただけ。つまりあんたの火炎魔法は私には通用しないのよ!」

銀色に輝く刀身をした小太刀を両手に持った氷空がその場で砂埃だけを立ち上げ一瞬にして俺の眼前に姿を現した。

「くっ! “A.T.フィ――”」

「遅い!」

 展開したフィールドを斬撃一振りで掻き消し、もう片方の手に持っていた小太刀で俺の右腕の肩関節に刺し深く筋肉を斬り進み貫く。

「うぐっ! あぁっ!! そ、氷空……お前……」

 無傷の左手で小太刀を持つ氷空の右腕を持ち上げ血に染まりつつある刀身が肩から少しずつ顔を出すも右肩から伝わる激痛が集中力を殺ぎ力が入らない。

「くぅ……氷空……。お前、正気か!?」

「正気さッ。貴方を殺せば全てが――全てが終わるッ! うわぁぁぁぁぁぁッ!!」

 小太刀の柄頭に力が加わり刀身全体が俺の右肩の中を斬り貫き、重心を支えていた足がバランスを崩し体が地面に吸い込まれた。

「ッ! こ、こんなのすぐ抜いて――」

「そんなことさせない! 緊縛魔法(レストレイン・マジック)五炎縛釘(ごえんばくしん)”」

 蒼く熱帯びた大型の釘が四本、俺の四肢に打たれ身体の自由を奪うだけでなく釘が帯びた蒼炎の陽炎が身体に張り巡られた神経を伝って骨の髄を焼いていく。

「――ッ!」

「痛いの? そりゃもちろん痛いよね。じゃーその痛みから私が解放させてあげる。大丈夫。苦しむのはほんの一瞬だから」

 重量感溢れる真紅の槍を魔法召喚した空は、槍先が俺の胸部中心に翳された瞬間。天を貫き、地を揺るがすほどの力の籠った槍が振り下ろされた。

「ッ!」

 眼をつむり、死を覚悟したが、胸部からの痛みは感じられないどころか槍の姿すらなかった。確かに地面に槍先が刺さる音はしたはずだ。空耳のはずがない!

 激痛で重くなった瞳で限られた視野の限りをつくし、氷空を探し始めたとき。自分の顔を手で覆い隠し走馬灯を見ているような瞳が俺の頭上にあり槍先の軌道は外れていた。

「――い、今の記憶はいったい……!? ぅくッ! まただ!」

 手に持っていた槍の持ち手を離し両手で自分の頭を押さえ込みその場激しく悶え自問自答繰り返す。

「知らない……知らない知らない知らない知らない知らない知らない知らない知らない知らない知らない知らない知らない知らない――。私はこんな男のことなんて知らない……。私は私。狐たちを束ねる長……」

 呼吸を淫らに乱し、頭を抱え込みながら地面に刺さった槍を抜き取り再び頭上高く持ち上げる。

「この男は私にとって危険……。今のうちに始末……する!」

「!」

 再び死への恐怖を覚悟したその時だった。

『パァーンッ!』

と一本の銃声が至近距離で鳴り響き一滴また一滴紅い雫が滴る。

「そ、氷空……?」

「あ、ぁくぅッ!? ケホッケホッ……」

 手に持っていた真紅の槍を地面に突き刺し、腹部から流血する銃弾あとを押え咳き込みながら吐血した微量の血が地面を紅く色づく。

 そして、氷空の表情は傷を負いながらも子を守る母狐のようで、銃声のした方をじっと睨みつけていた。

「き、貴様は……時宗……」

「いやー俺の名前を覚えていてくれるとはありがたいなぁ。化け狐の氷空」

 火縄銃を抱えた幾人ものの兵士を引き連れ現れたのは依頼主の息子――時宗だった。

「き、貴様には、母様を殺された恨みがある! だから忘れない!」

「そんな過去のことをいつまで引きずるとはー哀れな奴だ」

「き、貴様ッ! 母様を侮辱する気かッ! 母様はとても強く華麗で同族からの人望も厚いお方だった……それを、貴様は……貴様はー! うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁーッ!」

 蒼炎で形作った小太刀を片手に涙ぐみ怒りに任せ地面を蹴り上げた氷空が、時宗の胸元に飛び込み小太刀を振りかざす。

「やれやれ……傲慢な獣人だ。柊、殺れ」

「はい、兄上」

 時宗の陰に隠れていたと思われる柊が顔を出した途端、あたりの空気を切り開く音が一瞬だけ聴こえ何かを射抜いた。

「……あと、少し……だったのに……。ごめん……なさい、ごめんなさい母様……」

 ドサッ……っと、地面に誰かが崩れ堕ち、俺の両手を貫いていた釘が消えた。 顔をあげ見なくても察しが付く。

 氷空が……氷空がやられた……。俺の……目の前で……。

「やっと、くたばったか。この化けぎつ――。いや、まだ息があるようだ。柊、虫の息である化け狐を貴様の魔法で吊し上げておけ。俺は黒の剣士に用がある」

「わかりました兄上」

 時宗からの指示を請け負った柊は気を失いながらも微量に吐血をする氷空の上に手を添え自分の中の魔力を練り始める。ぼんやりとする視界には俺を見下す笑みを浮かべた時宗の姿があった。

「随分と無様なやられっぷりじゃないか黒の剣士。出血も止まらないし、そろそろ死ぬんじゃ――。だが。どうやら、延命できたようだ。よかったではないか」

「? それは……どういう」

「神夜さんっ! 無事ですか!?」

 訊き慣れた声が聴覚を研ぎ澄まし三つの影が俺を取り囲む。

「その声……アリスか?」

「はい、そうですよ神夜さん! ユキさんと俊さんもいっしょです! それにしても酷いやられようですね……。ユキさん、神夜さんに回復魔法の方をお願いします! 俊さんは神夜さんの身体を押えていてください。わたしが今からこの小太刀を抜き取りますので」

「わかった」「了解!」

 俊によって両腕を地面に押さえつけられ刀身の埋まった小太刀の柄頭をぎゅっとアリスが握りしめすべての準備が整った。

「神夜さん。いきますよ……」

「あ―…よろしく頼む」

「では……一……二の、三っ!」

「んくッ!」

 右腕と右肩の関節部位に突き刺さり一体化しかけていた小太刀が、アリスの手によって小太刀が抜き取られ、傷口からせき止めていた血が流れだし、刀身からは付着した血が点々と地面に滴る。

「ユキさん、すぐに回復魔法を!」

「うん!」

 肩から流血する傷口に両手を添え、回復魔法“ヒーリング”を唱えた。そして身体全体を包み込むほどの緑色の結界が張られ傷ついた細胞の再構築、付着した血液の蒸発が始まり神経を伝っていた徐々に痛みが消え去っていく。

「さて、黒の剣士が治療を受けている間に我々も準備が終わった。銃撃部隊一派前へ」

 時宗の指示で火縄銃を手にしていた兵士が一斉に前に手で両手に釘を打たれ宙に浮かぶ紅い十字架に縛り付けられた氷空に狙いが定まり時宗の右腕が上がる。

「おい……時宗。貴様、まさか―ーッ!」

「撃てーッ!」

 空を斬るように降ろされた発砲合図で構えられた火縄銃の引き金が一斉に引かれ銃声があたりに響き渡る。幾多の銃弾が紅い十字架に縛り付けられた氷空の身体を掠り打ち抜き地面に血の雨を降らす。

 やめろ……! 頼むからやめてくれ……。氷空が! 氷空がッ!!

 悲しみと怒りを併せ持った叫びが口から叫び出るが、鳴り響く銃声によってすべて掻き消され銃弾の雨が止むことはなかった。

「そろそろ第一派の鉛弾も残りわずかか……。第二派前へっ!」

 撃ち続ける第一派の後ろで第二派と思われる鉄砲部隊が銃を片手に発砲態勢に入った。そして、第一派による発砲の銃声が鳴り止むと同時に時宗が空高く掲げられた手を振り下ろすほんの零コンマ。

「やめろー!!」

 ヒーリングによる結界を物理的手段で破った俺は、背中の紅翼を羽ばたかせ瞬時に氷空の縛られた十字架まで近づき魔力で硬化させた拳に振りかざして十字架を打ち砕く。ハチの巣にされた氷空を救いだしたがすでに虫の息だった。俺は氷空を両腕に抱きかかえ銃弾の雨から逃れるべく空高く舞いあがった。

「神夜さん!」

「くそッ! あの剣士、いらんことをしてくれやがって! 柊! 今すぐあの剣士と化け狐を捕えろッ!」

「わ、わらわの呪縛魔法(スピル・マジック)を腕一本で……それも一撃で砕くとは……」

「おい、柊ッ! 訊いているのかッ!?」

「時宗様。我々は?」

「お前たち第一派はすぐに銃の仕込みをしろ! 第二派は俺と今すぐあの剣士を追うぞ!」


          *


 あちらこちらで黒煙が立ち昇る“和の国”北部上空。

 俺は虫の息と化した氷空を抱きかかえ、時宗率いる鉄砲部隊からの狙撃から守るべき銃弾の届かない射程距離外に位置する上空に停滞している。

 かすかに氷空の呼吸と微力ながら脈打つ心臓の鼓動が聞こえる分、まだ生きていると確信はできるが傷口からの出血が止まらない……。いつ多量失血死してもおかしくはない状態だ。

 正直泣きたい気分だ。

 そして、氷空をこんな目に遭わせた自分の無力さが恨めしい。

 なぁ氷空。俺は今、自分自身がとても恨めしいよ……。お前も俺を恨んだりしているか? ロクに力も無い。ただ勢いだけの兄貴の俺を恨んでいるか? 

 氷空をぎゅっと抱きしめ独り言のように呟き瞳から零れそうな涙をぐっとこらえた。

「……で……ない……」

「っ! 氷空!」

「私……お兄ちゃんを恨んで……ないよ……。だから、泣かないで……」

 ゆっくりと血塗られた手が挙がり瞳から溢れ出た涙を拭った。

「氷空……お前。俺が分かる……のか!?」

「うん。それにね……私、信じてた……。お兄ちゃんは絶対に、私を助けに来てくれるって……」

「――ありがとう、氷空……」

「うん……。 ! お兄ちゃん危ないッ!」

 ハエが止まったかのように微塵も感じない力が身体に振れたにもかかわらず俺の腕から氷空が離れ、重力によって俺の身体はゆっくり地面に降下していく。

「氷空ー!」

 慌てて降下していく身体の態勢を整えて紅翼を羽ばたかせ、氷空の下へいくも手遅れだった。

 はるか天空の彼方の月に照らされる氷空に向かって、鋭利に黒光りする黒鋼の槍が氷空の胸部を貫く。しかし、槍は一本だけではなかった。続けざまに数本もの槍が飛び交い氷空の全身を容赦なく貫いていく。そして。

「――じゃあね、お兄ちゃん……」

 満面な笑みを浮かべて最期の言葉を残した氷空の身体が、青白く輝きだし俺の目の前で光輝く結晶となり肉体が消失する。時を同じくして全身に刺さっていた槍は重力に引かれ地面へと落ちていった。蒼炎に包まれ煌めく氷空の魂と、氷空の仲間が手渡した物と思われる巻物が宙に浮遊する。

「そ……ら? おい、嘘だろ……嘘だといってくれよーッ!」

 浮遊した氷空の魂を両手で潰さぬよう包み込み返事も返って来ない魂に問いかける。

 わかってはいる……。死者が返事をするはずがないってことぐらい……。でも,こんなかたちで別れるなんて思ってもいなかった。もう氷空はいない。この世にも、俺たちがいた元の世界にももうどこにもいない……。

 氷空の魂をそっと自分の胸に抱きしめ、込み上げてくる悲しみを晒す。


『そんなにあの獣人種のことが愛しかったのか?』


 訊き慣れない声が聴こえると突如目の前に黒霧に身を包んだ男が突如現れた。

「貴様はいった――ぐっ!」

 身体に触れられ物理攻撃を放ったわけじゃない。

空に圧力をかけ全身を地に落とすほどの大気圧が俺の身体一点に絞って放たれ翼の自由も利かず街の仕切りとなっている壁まで突き落す。男は宙に浮遊していた巻物を手に取り黒霧と共に、その場から姿を消すのが遠めながら見えた。

「ま、待ちやがッ!」

 氷空の魂を魔力の焔で結晶化してポーチに収納しクレーターと化した地面から立ち上がろうとした瞬間、四方八方と時宗率いる鉄砲部隊に銃口を構えられ逃げ場を失った。

「黒の剣士! 貴様は我々が殺すべき獣人種の統領を逃がすという重罪を犯した。よって国法に従い貴様を死罪と見なしここで貴様を抹消するッ!」

「ま、待ってください時宗さん! いくら殺すべき獣人種を逃がしたからって死罪にするのは! それに神夜さんにとってあの獣人種は――! あぅっ!」

「――アリスッ! テメェーアリスに手ぇ上げるとはどういうことだッ!」

「他国の者が口出しをするな! これは国法に法った貴様への実刑だ! 今こうして言う間にも、貴様の逃がしたあの化け狐は国のどこかに身を潜めながら逃げている! しかし、奴はすでに虫の息、そう遠くへはいけないは――」

「……は……いない……」

「ん? 何かいったか黒の剣士!?」

「彼奴はもうこの世にはいない! 彼奴は……氷空は―俺の目の前で命を落として、もうこの世にいないんだよ!」

 氷空が死んだことによって生まれた悲しみが今、怒りとなって言葉として吐き出され瞳から数滴の涙がこぼれ出た。

「そうか。死んだのか。あの化け狐が! 探す手間が省けた。とは言え貴様の減刑が認められる訳でもないが。銃撃部隊、構えッ!」

 銀色に光る銃口が全方位、隙間なく構えられ時宗の右腕が天を指し発砲準備が整ったその時だった。

『『『うああああああああー!』』』

 風を射抜き暴風雨時の質量をまとった雨粒のごとく空から装飾も施されていない黒鋼の槍が何十、何百本も何者かの手により振り堕ち銃撃兵の全身を射抜きあたりにいる兵士の一人一人の断末魔が俺のいる周りに響く。

「な、何だ!? いったい何が起きている!? 黒の剣士、貴様の魔法攻撃か!?」

「違うっ! 俺は何もしていないッ!」

 振り堕ちる槍を突発的に発動した炎舞でそらしながら時宗の誤解を解く。

 だが、俺はこの槍をどこかで見た記憶がある。

 装飾が施されていない黒鋼の槍……似ている。氷空の身体を射抜いた槍に似ている。

 氷空が殺された時もこの槍は空から降ってきた……。そして今、空からこの槍を振り落とし攻撃している奴がいるはずだ。なら、槍の雨を止めればそいつに会えるッ!

「魔力最大……火炎魔法(フレム・マジック)超高熱焔線拡散砲(ヘルへパイトス)”」

 大出力の魔力で生みだした複数の光球から放射される熱線、で振り堕ちるすべての槍を消し炭に変えた途端、黒煙で黒く染まっていた空が顔を出した。

「ハァ……ハァ―…ちょっと、魔力を……使いすぎたか」

 消耗した魔力の反動で一瞬だが立ちくらみが襲う。

 無理もないか―…。今日一日だけで魔力の消費が激しすぎるからな。いつ体内の魔力を使い切るかわからない。

 それよりも今はこの黒鋼の槍を振り落とした奴の顔を―…。

「神夜さんッ! 大丈夫ですか!?」

「アリス! それにユキ、俊。お前らも無事だったか!」

 傾斜と化した地面に手を侍らせ砂埃を立てながら滑って俺の下に来た。

「はい。ですが、時宗さん率いていた銃撃部隊はほとんどが死滅。時宗さんは生き残った兵士の救援をされています」

「それより神夜。あなた自身は大丈夫なの!? あれほどの大出力火炎魔法を使ったから魔力もあまり残っていないと思うし」

「大丈夫。心配するなユキ。俺は大丈ー…」

 黒煙で空の月光が隠されているのを好条件にユキの後ろから先ほど同様に装飾もされていない黒鋼の槍が数本振り堕ちてきた。

「ユキ下がれっ! 火炎魔法(フレム・マジック)“炎舞”ッ!」

 大した火力もないが波打つ炎で槍の軌道を変えることはできた。不意打ちとはやってくれるな。

「か、神夜……?」

「ユキ、気を付けろ! またいつ空から槍が飛んでくるからわからんからな」

「空……。 まって神夜! 敵の位置今から探る! 索敵開始“サーチ・アクセス”」

 地面に自らの手を添えユキの瞳の色が変わり国全体に索敵ネットワークを張る。

「いた! この区の上空、高度七千メートルに膨大な魔力反応が二つ! ……いや……待って……おかしい……その二つには劣る魔力反応が一、十……万……ありえないっ! こんな、急に増えるなんて! それに地上には超大型反応も!」

「超大型反応って……まさかッ!」

 突如俺たちの影を覆い隠すほどの大きな影が現れた。振り向くと、推定十五メートルはある重装備を武装した巨人が目の前におり、俺たちのいるクレーター目掛け地面などたやすく割れことができそうな大型の鉈を振り下ろす。

「皆さん、急いでこの場から離れてッ!」

 アリスの的確な指示が巨人の圧倒的恐怖に心を飲まれた俺たちの耳に伝わり脚の震えが止まり、平常心を取り戻す。

 そして、止まることを知らない大型の鉈が地面に到達した瞬間、クレーター一帯に爆風の砂嵐を引き起こした。

「……ケホッケホッ……オイッ! 全員生きてるか!?」

「生きてるよ俊。いや……待って。神夜の姿がない!」

 クレーターから脱し、近くの街壁に飛び移ったユキたちは濛々と立ち籠る砂煙一帯に目を光らせて神夜を探すが神夜の姿はどこにもなく街壁に飛び移った姿も紅翼を羽ばたかせた姿を見たものはおらず、巨人は地面をかち割った鉈をゆっくりと引き抜こうとした瞬間。

 ヒュッと大気を斬り裂く音と、振りあがる光の太刀筋が鉈の刀身を切り上げ刃と刀身の半分を失った巨木で造られた鉈の柄に分離し巨人の顔に焦りの表情が浮かぶ。

「さすがに腕一本と太刀一本であの一撃から身を守るのは堪えたぞ、巨人種!」

 晴れる様子のない砂煙を黒太刀の一振りで晴らした俺は、空席になっている左手に微力の魔力を左手一点に集中させ凝縮し圧縮し、焦りが募り我武者羅に巨大な拳をクレーター中心に立ちつくす俺に振り落される。

「遅せんだよ、デカブツ!」

 眼前に迫った鋼の籠手を装備し巨人の拳を抜刀していた太刀で迫りくる腕の肉を籠手ごと、いとも簡単に削ぎ落とし刀身にこべりついた巨人の血液を掃い魔力を溜めこみ圧縮した左手を巨人の胸部に構え。

火炎魔法(フレム・マジック)超高圧熱線(プロメテウス)”」

 摂氏何千度もある熱線が胴体を守る何十層にもコーティングされた装甲をいとも簡単に溶解し、肉厚の生身を瞬時に射抜き切った熱線が人一人分は通れるほどの風穴が開け巨人はゆっくりと地面に朽ち果てた。

「巨人を、たった一人で倒してしまうなんて……」

「おいアリス。何立ち尽くしているんだ! 後ろに敵がっ!」

「えっ? あっ!」

 くそっ……間に合うか!?

 剣を振りかざすスケルトンナイトに脚をすくわれ命の危機に面したアリスの下まで羽ばたくや否、突然一発の銃声音が近くで響く。

 銃声!? それもかなり近いし――! スケルトンがいない……だと!? 今の狙撃で仕留めたか? だとすると俺たちの中で狙撃ができるのは――。

「……今の銃声は?」

 つむった目を開け、自分の犯された状況を把握しきれていないアリスに聞き覚えのある声が飛んでくる。

『アリス―無事か?』

 やはり俊だったか。

 銃口から煙の出る魔力圧縮砲“ハイオペリン”のトリガーを引き、カラになった薬莢を取り出し次弾を転送した俊が手を振ってこちらに合図してきた。

「俊さん助かりましたー!」

 アリスも手を振る俊の方に手を振りお礼の言葉を述べる。

「アリス大丈夫? 怪我してない?」

「は、はい。大丈夫ですよユキさん」

「ごめんなさい……あなたのすぐ近くにいたのにすぐに助けられなくて……」

「い、いいですよユキさん。もう過ぎたことですしー。あの、ユキさん……わたしにユキさんの背中、護らせてくれませんか?」

「うん。任せるねアリス。じゃあ私はあなたの背中を護る」

 お互いに意気投合したアリスとユキ。俺の目には今、この二人が三国志の女無双の猛者に見える。

「神夜、この区の上空にいる膨大な魔力の持ち主二人はその場から動きを示してない。だから、神夜は空を攻めて! 地上は私たちで守り抜くから」

「あー判ったよユキ。――死ぬなよ、お前ら」

「神夜もね」

 ユキ達に地上の方を任せて、索敵スキルを発動する。そして、宙に停滞していた身体を紅翼で勢いづけ天高く舞いあがり黒太刀を持った右手には自然と力が籠りグローブの中から微量の血が滲み出る。

 黒煙の立ち籠った空に近づくにつれ微力な魔力反応が索敵網にかかってくる。

「……ユキが言っていた微力な魔力反応って飛龍に跨る竜騎士の軍隊のことか。一人でこれを相手にするのはちと骨が折れそうだが……魔力反応から察して俺の敵じゃない!」

 紅翼を羽ばたかせ軍隊の中に突っ込む前に一人の竜騎士が俺の存在に気付いた。そして、騎士全員に的確な陣形指示を仰がせたのち、飛龍の口から炎の吐息が漏れ始め一気に俺目掛け何千体にも及ぶ飛龍の火炎ブレスが放たれる。

「 “A.T.フィールド”展開ッ!」

 フィールドで何千体もの飛龍によって放たれた火炎ブレスを防ぎ、狙いを定めた飛龍の肉厚の腹部に黒炎を纏った『黒桜龍・劫火』を突き刺し腹部を裂く。飛龍を失った騎士は突然のことに焦り剣を振ることすら忘れた。その隙を突き、俺は太刀先を騎士に向けためらいもなく斬り裂く。

「……まずは一体。つぎッ!」

 竜騎士たちが怯んでいる今この瞬間を逃さず紅翼を最大限加速させ飛龍を一体、また一体と騎士ごと切り裂き貫き薙ぎ払い

「魔力最大……火炎魔法(フレム・マジック)超高熱焔線拡散砲(ヘルへパイトス)”」

 残り少ない限られた魔力を籠め、群衆と化し血塗られた剣を掲げ飛龍と共に突撃する騎士たちをまとめて光球から放射される熱線で殲滅するも減る気配がない。

 これ以上……まとめにやっても、体力と魔力を消費するだけか。ッ!

 竜騎士たちの多さに圧倒、惑わされて背後からの攻撃を黒太刀でならしたが背後には誰もいなかった。だが気配は感じる。悍ましいまでの殺気を放って俺の出方を窺い。

「後ろか!」

 再度背後からの隙をつかれ、眼前に迫った真紅の槍を辛うじて黒太刀で防ぐことができた。もし一瞬でも反応が遅かったら頭をかち割られ死んでいた。

「……」

「ほぅー私の一撃を防ぐとは。だが、片手でいつまでも耐えられるかな!?」

 槍の刀身に男の全体重がのしかかってくるが、黒太刀の刀身を滑らせて男の体重を流す。すぐに俺は紅翼を羽ばたかせ男から少し距離をとる。

「無駄なあがきを! 貫け“斬風”ッ!」

男の掲げた左手の中心に幾多数の魔法陣が出現し、宇宙を駆けゆく流星群のごとく無数の槍が襲い掛かる。

「 “多重層A.T.フィールド”展開ッ!」

 身体の態勢を紅翼の羽ばたきで立て直し天から降り堕ちる鋼鉄の雨から身を守るべく多重層のフィールドを展開するも一枚、また一枚と数百本刺さってはフィールド自体が砕かれ迫りくる槍の勢いに押される。そして取りこぼした槍が頬を掠めて血が滴る。

「さすがにきついか!? それとも、体力の限界か!?」

「まだ、終わりじゃねーよ」

「そうこなくっちゃなー! 黒鋼の槍も大そう喜ぶだろッ!」

「……黒鋼の……槍……」

 フィールド一枚に突き刺さる多本の槍に目を凝らした途端、俺の中の何かが弾け。

「そうか、貴様が……。貴様が氷空を殺したのかーッ!」

 多重層の“A.T.フィールド”による守りを自らの手で解除し振り堕ちゆく槍の雨の軌道から抜け出した俺は瞬時に男との間合いを詰め、黒炎を帯びた黒太刀を振りかざし。

斬撃剣技(アタック・オブ・ソードスキル)“一晃炎龍”」

 空を覆っていた黒煙にパックリと亀裂が入るほどの斬撃が、黒霧を纏った男を斬りつける。そして、分厚い黒煙によって隠されていた月の光が男の切り口から出る鮮血を紅く照らす。

 宙に踏み止まることなく太刀の刀身に着いた鮮血を振り払い再度突撃を図る。

『バロン様ー!』

 生き残っていた竜騎士の一人が声を上げる。

「狼狽えるなッ! これぐらいの傷、どうってことない……」

 片腕の傷口から出る血を押えながら狼狽える騎士たちを説得させる。

「これでとどめだ! バロンッ!」

 『氷空の仇をとる』

 その目的を胸に掲げ瞳から零れる溢れんばかりの涙を噛み締めバロンの胸部に黒炎を纏った斬撃が入る寸前。顔の見えないよう黒のローブを深くかぶり刀身は愚か柄までも黒い片手剣を持った者が黒太刀の斬撃を防ぎ、黒太刀ごと俺を弾き飛ばし、バロンと俺の間に割って入ってきた。

「ソ、ソーマ様……危ないところを助けて頂きあり―」

「いい。しゃべる暇があるなら竜騎士たちを引き連れさっさと地上を攻め落とせ。まだ何百万人もの生き残りがいるんだ。それに、あたしは彼に用がある」

「……畏まりました。では」

 深々と黒ローブの者に一礼をしたバロンは竜騎士たちの先陣を切り、地上へと降り立つ。

「待ちやがれ!」

「言ったはずだ。君の相手はあたしだと」

 隊列を造り降下していく飛龍の先陣を切り、地上を目指すバロンを追いかけるべく紅翼を最大限加速させ黒太刀を振りかざすも、黒ローブをかぶった者の黒剣の剣筋が立ち塞がりバロンへの斬撃が塞がれ黒太刀と黒剣の刀身が激しくぶつかり合い火花が散る。

「邪魔をするな! 俺は貴様に用はないんだ。そこをどこやがれッ!」

「……そうか。ならば場所を変えよう」

「急に何を!」

 両手に全体重を乗せる黒太刀の刀身を腕一本の力で黒剣を振るい軽々しく黒太刀を弾き斬風を引き起こす。斬風で空高く舞い上げられた俺はバロンから遠ざけられ、その間にバロン率いる竜騎士たちは散開しバロン自体もどこかへと姿を消し去り完全に見失った。

 おかしい……。上から全体重を加えていた俺を、奴は腕に力を加えたわけでも何かしらの能力を発動した素振りも見せず、たったひと振りで俺を一気に上空まで切り上げた。

こいつは相当な――ッ!

 盲点を突かれ剣先が顔面を狙って突かれるが、紙一重のところで太刀筋で左に受け流し左目への直撃を避ける。

「んー…。やはり君はいい動体視力をしている」

「やはりってなんだよ!? まるで俺のことを知っているような言い方だな」

 黒剣を押しのけ黒ローブをきた者に問い詰める。

「知ってるも何も、あたしはずっと前から君のそばにいたんだから。そうだねー。こうして剣を交えるだけじゃつまらないから一つゲームをしようじゃないかー」

「ゲーム……だと?」

「そう、ゲーム。ルールは単純で簡単そのもの。あたしが着ているこのローブを君の火炎魔法で燃やすか、その黒太刀で裂く。ただそれだけ」

「確かに簡単だな……。だが、俺のスピードについてこれるか!?」

 翼で空を蹴り上げるように羽ばたき黒ローブを着た者との間合いを詰めて行く。

「正面から来るなんて君らしくないねー。血迷ったの? 水冷魔法(アクア・マジック)“水の矢”」

 蒼い魔法陣を多数召喚し空気中の水分子を陣の中心集め、圧力をかけて分子を固め針のように尖らせた水が広範囲に飛んでくる。

火炎魔法(フレム・マジック)“焔龍”!」

 飛び交う水の矢の隙間を縫って距離を詰めた俺は、微量な魔力を圧縮して生み出した数体もの焔龍を水の矢の射程圏内で解き放つ。すると、奴から視界を奪えるほどの蒸気爆発が引き起こり熱気を帯びた蒸気が飛び交っていた矢を全て掻き消す。

「蒸気爆発で水の矢を消し、おまけに視界を奪う。素晴らしい考えだ。でも、能力値・力ではあたしの方が上だー!」

 全方位の視界を奪っていた消える気配のない蒸気を黒剣の一振りで払いのけ忽然と姿を消したかと思えば、俺の目の前に奴は現れた。それはゼロ距離というべき近さで現れたんだ。一瞬の怯みで隙が生まれ奴はそのチャンスを逃すことなく利用し蟀谷を鷲掴む。

「捕まえた。あんな小細工が通用するのは三下の雑魚だけだ。あたしほどの実力者となればあんな小細工、通用しないのだよ」

「……ク……クク……ククク……」

「? いったい何がそんなに面白いんだい? 気でも狂っちゃった?」

「いや、狂ったわけでもない。まさか、自分から俺の下に来てくれるとは思ってもいなかった!」

「! しま―ー」

「間抜けは貴様だったみたいだなッ! “炎舞“ッ!」

 鷲掴みにしていた蟀谷を離し、俺から距離をとろうとするが瞬間的に放った炎が黒ローブに引火し徐々にローブを燃やしていくが火力が弱い。

「チッ! ――だが、その程度の火力ではローブ全体は燃やしきれなやしないよ!」

「それはどうかなっ!!」

 奴が燃え盛るローブに気をとられている隙に、紅翼を羽ばたかせ左手で黒太刀の鞘を握りゼロ距離まで詰めた瞬間に黒太刀を抜刀し黒ローブを斬り刻んで再び鞘に納める。

「このゲーム、俺の勝ちみたいだ……な……」

 黒太刀を鞘に納め後ろを振り向いた瞬間、表情が強張り開いた口が閉じなくなった。

「そうだね―…このゲームは君の勝ちみたいだね。神夜」

 ボロボロになった黒ローブを脱ぎ捨て、顔を覆っていた人骨の仮面を手で侍らせただけで消し去って奴は素顔を晒す。

 双方異なる瞳の色に腰まである茶髪をポーテールにしばり、藍色のミニスカートに漆黒のフォールドを腰に巻きつけドレスを模様した装備で片手には黒剣を持ち合わせていた。

「なんで……なんでお前が魔王なんだよっ! 咲妃っ!」

「予想通りの反応をありがとう神夜。じゃあさっそく悪いんだけど、死んで!」

 不気味な笑みを浮かべ空を蹴り上げ突風のごとく瞬間的速さで、俺との間合いを詰め上げた咲妃はためらいもなく黒剣を切り上げてくる。紙一重で剣先を見切って咲妃と距離をとる。すぐに、納刀していた黒太刀を抜刀し空を踏みしめ、再び咲妃のもとに接近し黒太刀を振るう

「やっぱりいい動体視力してるよ神夜。殺し甲斐があるッ!」

 嘲笑いながら黒太刀の斬撃を力任せに黒剣で薙ぎ払う。咲妃は力で押し負ける俺を後退させいつ生まれるかもわからない隙を狙って黒剣を振るう。

……重い。両手で黒太刀を支えているのにこれほどまでとは。だが……。

 圧し掛かる黒剣の刀身を反り立つ刀身を利用し滑らせ

火炎魔法(フレム・マジック)超高圧熱線(プロメテウス)”」

 圧し掛かっていた黒剣の斬撃が黒太刀から離れたところを振り向き、咲妃の背中に左手をかざし左摂氏何千度もある超高圧熱線(プロメテウス)をゼロ距離で放つ。しかし、咲妃は俺の行動を予知してかのように軽々しく避けかざしたままの左腕をか細い腕で掴み引き寄せ、和の国の城がある方向へと力任せに俺を投げつける。

 すぐに紅翼を羽ばたかせ重力に引かれ城へと降下していく身体の体勢を立て直し、落下速度を落とそうとするも、翼を後ろに羽ばたけず大気に脚を着け踏み止まろうにも大気に弾かれる。

 そして、背中から城の最上層の屋根瓦を破壊し瓦礫と共に城内に入り少しは落下速度が減速したものの床に背中を叩き付けられ飛び散った瓦の破片が額、頬を掠め切り裂き、右腕から畳の上を滑りそのまま襖にぶつかってようやく止まった。


           *


 一方、神夜と別れたユキ、アリス、俊は戦火上がる地上を踏み締め地引と共に歩み攻める巨人、新たに出現した亜人種たちと交戦していた。

氷結魔法(アイス・マジック)“凍てつく(コールド・オブ・フレイム)”」

 魔導書を片手に複数もの重装備を兼ね備えた巨人たちの足下に蒼く煌めく魔法陣が召喚され、ユキの合図とともに強く輝き蒼く波打つ凍てつく焔が巨人たちの重装備から体の芯をも凍らせ動きを封じる。

「……きりが無い」

 迫りくる巨人たちと戦いに加え、燃え盛る戦火の中で闘い。ユキ達の体力が熱によって徐々に奪われ疲労が溜まっていく。額からは頬を伝って汗が滴り呼吸も乱れるそんな戦地の中で地上を這い、街壁をよじ登ってはユキ達を見つけては襲い掛かるゴブリンたち亜人種を倒していくも減っていく様子はない。

「ユキさん。だいぶ息上がってますけど……大丈夫ですか?」

「うん……大丈夫。神夜も頑張っている。だから、弱音なんて吐いていられない」

「そうですねっ! ……でも、ちょっとおかしいです。地上に攻め来るモンスターの数が減っていない。逆に増えてきてます。まさか神夜さんが破れたんじゃ!?」

「うんん、大丈夫。神夜が破れたわけじゃない。神夜の魔力は察知できるけど近くの強大な魔力反応と交戦中。それと……。 ! アリス危ないっ!」

 魔法書の空白のページに血文字の魔法陣を描いて体内の魔力を注ぎアリスをユキのすぐ後ろに転移させ途端、黒鋼の槍が数本と紅い熱線が街壁に直撃し破壊される。

「ユ、ユキさん……」

「どうやら空から進撃してきた奴らが来たみたい」

「どうも、お嬢さん方。私、魔王様の側近にして最強の大魔導師、バロン=ヴァルコラキ。どうぞお見知りおきを」

「……膨大な魔力反応のひとつ……」

 険しい顔つきでユキはバロンをにらむ。

「ほぉ。感知能力には長けているようですねー魔導師さん」

 真紅の槍を片手に掲げ剣先を向け、大気を踏み締め黒霧で身を消し去ったかと思えば、黒煙の立ち込める空を照らす月光の影に隠れ真紅の槍をユキの左眼下に突いてくる。

「ッ! “A.T.フィールド”展開ッ!」

「反応速度も速い。あの黒の剣士と同等……いや、それはほめすぎですかね!」

 バロンは槍先に力を込めユキが張ったフィールドを破壊するが、ユキはすぐさま後ろに転移させたアリスの小柄な身体を右わきに抱え込んでバロンの真紅の槍の攻撃範囲からバックステップで遠くに離れる。離れる間際に左手で大気中の水素を集め凝結させ巨大な氷柱を完成させ

「すべてを凍てつかせ。氷結魔法(アイス・マジック)氷塊槍(アイス・スピヤ)”」

 宙に浮いた強大な氷塊がユキの手の動きに合わせてバロン目掛け大気を射抜きながら先に進んでいく。

「ふむ。これほどの氷塊作るとは。引き連れた火竜のブレス数本でも一瞬では溶かせませんね―…。仕方ありません。空間魔法(スペイス・マジック)“無を成す空間(イノセント・ホール)”」

 槍全体に体内の魔力を注ぎ真紅の槍がより一層紅く染まる。槍先には黒く刻まれた魔女文字の刻まれた紅い魔法陣が召喚され、飛んでくる氷塊槍を吸い込み跡形もなく消し去り火竜に跨る竜騎士数体に指示をだす。

 バロンの指示を請け負った騎士数人が手に持っていた火竜の手綱を引き、片手には月光によって白く銀色に輝く刀身をした片手剣を掲げた騎士と鋭利な牙をむく火竜たちがユキ達に襲い来る。

「アリス、場所を変えるよ! ここじゃ分が悪い。俊も早くッ!」

「場所を変えると言ってもどこに行くんだよユキ!?」

「とにかく、開けた場所に……」

 右わきにアリスを担いだユキと俊は忍者のごとく足早に街壁の上を駆けて街壁から街壁へと飛び移り、少し開けた道の地面に下り火竜たちの襲撃が逃れるべく走った。

「逃がすなッ! 火竜たち、火炎ブレス用意! 撃て―ッ!」

 喉元を朱く熱した吐息と共にもれる炎を肺いっぱいに含んだ酸素と一緒に吐き出した炎が、渦を巻いた熱線と化し逃げるユキ達いきてを阻む。

「お、おい。どうすんだよユキっ!?」

「……逃げ道を失った以上戦うしかないよ、俊。アリスもいいよね?」

「わたしは構いませんが、その―…そろそろ降ろしてもらってもいいですかユキさん……?」

「ご、ごめんなさいアリス……」

 右わきに抱えていたアリスを離し、閉じていた魔導書を開く。

「さっそくで悪いけど作戦を伝えるね。アリスと俊はバロンが引き連れてきた火竜と竜騎士達をお願い。私はバロンが倒す」

「何一人でおいしいとこ持っていこうとしてんだよユキ」

 ピンっと俊からの軽いデコピンがユキのデコを刺激する。

「あぅっ。俊ひどい……女の子に手出すなんて……」

「悪かったよ。なあユキ。お前は俺とアリスを信用―…しているよな?」

「しているけど?」

「んだったら三人でバロンを倒せばいいだろ」

「でも、私たち連係プレイなんてとったこと―…」

「ぶっつけでやれば何とかなるさ! それに敵さんもこうして待っていてくれているんだからよー。さっさと蹴りつけようぜ!」

「うん、うんっ! ごめん、俊、アリス。作戦変更……。全員で、バロンを倒すよ! 氷結武具召喚(アイス・アルムクテイション)“永久凍土の氷剣舞(アイス・ブレイブダンス)”」

 入り組んだ魔法陣の書かれたページを開いたままユキは勢いよく書を地面に叩きつけた途端、絶対零度の冷気を帯びた多種多様の氷剣が地面から何千、何万本も姿を現しその中の一本を選んだユキは地面から引き抜き魔導書片手に氷剣を構える。

「ようやく戦う気になってくれました魔導師さん」

「うん。言っておくけど私たちは簡単にやられるほどそう軟じゃないから」

「言ってくれますねーでは、始めましょうか。全てを貫け“斬風”!」

 いくつもの魔法陣を召喚したバロンのまわりに強烈な光を放つ幾千本ものの黒鋼の槍の束が地面を掘り返し砂ぼこりを立ち上げていく。

氷結魔法(アイス・マジック)“貫く雪疾風(ブリザード)”」

 空を射抜いて行く槍を絶対零度の疾風が一本、また一本と失速させ凍らせて地面へと落ちていく。

「槍は私が何とかする。その隙にアリスと俊はバロンを!」

「了解した!」「了解ですッ!」

 ユキが槍の雨を可能な範囲で食い止めている隙に深緑のハードカバーの魔法書を片手に片手剣と盾、片手棍(かたてこん)斧槍(ハルバード)、柄に紅い布きれを巻いた大剣、スピアと盾を装備したアリスと同じ服装、容姿をした小型人形五体を右手にはめていた指輪を通じて操り左方へ散開させる。

 また、アリスとは逆方向に散開した俊は魔力圧縮砲『ハイオペリン』のトリガーを引いてカラになった薬莢を取り出し、バレル内の次弾を装填して槍の雨の隙間を掻い潜り銃口の標準をバロンに調整し合わせ引き金を引きバロンの視界を奪いにいく。

 銃口から魔力光弾が連射発砲されると時を同じくして、アリスも右手五本の指を巧みに操り人形一体一体を動かしバロンの四肢目掛け武器の刃を向ける。

「そんな子供だましの手に引っかかるとでも」

 着弾寸前まで迫った魔力光弾を真紅の槍で振り回しただけで全て消し去り、光弾の後ろをつけていた人形一体ずつの斬撃を悠々にかわしたバロンは、五寸釘サイズの小さな槍を人形の心臓部位に的確に打ち込む。

「ふん。口ほどにもありませんね」

「余裕ぶるのも今のうちです。その人形を甘く見てもらうと痛い目みますよ」

 右手を引き寄せる動作に合わせて人形たちも引き寄せられ再びバロンに各々が持つ武器を構え攻撃に転じる。

「ふん。芸のない攻撃だ」

「くらえっ! “人形爆魔(ドール・ボマー)”」

 再起不能になったと思った人形をバロンの眼下まで引き寄せる。迫った五体の人形の体はバロンの身体に触れるなり膨張し始め一斉に闇を照らすほどの眩しい光を放ちながら半径十メートルほどの大爆破を起こし、バロンもろとも引き連れていた火竜を巻き込みながら爆風をあたりにまき散らす。

「ーッ!」

 竜騎士とバロンの叫び声が爆心内でこだまするが爆音は凄まじく一瞬にしてこだまを掻き消した。そして、眩しかった爆光がようやく消え去り、爆炎も晴れ始めた頃、あれほどの大爆発にも関わらず腕一本の消失だけで済ませたバロンが呼吸を乱して地面に下りたつ。

「まさか……人形が爆発するな――」

「あなたにしゃべるほどの時間は与えない」

 下り立ったバロンとの間合いを音速ともいえる速さで詰め上げたユキは両手に持っていた氷剣をバロンの両肩に的確に打ち込む。

 両肩に剣を刺されたことでバランスを崩したバロンを回し蹴りで打ち上げる。その隙にユキは氷剣を三本手にして空へと打ちあがったバロンの両腿に投げつける。そして残った氷剣一本を逆手持ちに構えバロンの胸部へと突き刺して地面に落とした。

「ぐむぅ!」

 喉を通って生暖かい血がバロンの口から吐き出される。

「これだけのダメージを負えばあなたもおしまいね。氷結魔法(アイス・マジック)“絶対零度の牢獄(アプソリュゲフリーレン・カンケル)”」

 ユキが背を向けた瞬間、地面に倒れ込んだバロンの足元に魔を滅ぼせるほどの白く光る魔法陣が出現し一瞬にしてバロンを絶対零度の冷気を放つ氷塊の中に閉じ込める。氷塊に引かれて地面に刺さっていた氷剣すべて勝手に地面から抜け剣先が氷漬けにされたバロン一点に向けられ

「チェック・メイト」

 ユキの合図を聞き入れた氷剣が全本一斉に氷塊へと飛びかい、氷の中身を紅く染め上げ再び氷塊下に描かれた陣が輝きだし、氷塊を溶かせるほどの白い熱線を放ちバロンもろとも氷塊を消し去る。

「ユ、ユキさんの人柄がちょっと怖かったです―…」

 ガクガクと少し身震いしながらアリスがメガネのズレを直したユキにいう。

「あ、あ―…俺も同感だ」

「? そうかな? 私はいつも通りだけど。でも、倒したからいいじゃ――」

 突然、国全体の大気を揺らすほどの衝撃波が起こり、大気が震える。

「い、今のは……いった――。 ってお、おい……。城の第九層が……消えて……る」

「――神夜? 神夜!?」

「ユ、ユキさん!? 急にどうしたのですか―!?」

「神夜が……神夜が危ない」

 アリスの呼びかけに耳を傾けず、ユキは突然、国の中心にそびえる城をめざして街壁を飛び越え一人駆け走っていった。


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