エピローグ
翌朝。
妖精から配膳される朝食を食べ終えて、時計が午前九時頃を刺した頃。俺たち三人は病院の入り口前に立って退院の義というのを受けていた。
「――で、あるからして。君たちの今後の冒険に災厄が起きぬことを……」
先生曰く、冒険者の退院時はいつもこの儀式をやるとのことだ。なんでも怪我が絶えない冒険者が厄災に遭わないよう、生きて再びこの地を踏めることを願ってのことだという。それ以降、この儀式を受けた冒険者が再びこの病院にきたという話は無いらしく、全員が無事に終活するまで、冒険者として生きたという実績があるという。
「神父クリストありがとう。では、神夜君、アリスくん、氷空くん。退院おめでとう。くれぐれも無茶な冒険、戦いをしちゃダメだよ」
「はいっ!」
「うむっ。それじゃあ気を付けて」
「先生方も。ありがとうございました!」
一礼して、俺たちは病院を後にした。
街もまた活気になりつつあり、行く道先々で意気揚々とする若き冒険者に、貫禄ある冒険者がまだ幼い冒険者といっしょに歩いている姿など、街の冒険者たちは皆生き生きとしていた。まるで童心をいつまでも捨てられないでいる青年の様だった。
少しだけ街を見ていきたいって氷空が言うが、俺とアリスはこのまままっすぐあちらの世界に還った方がいいことを提案した。
本来は子ども達を探して見つけてすぐに戻る予定でいたが、ここ数日をこちらの世界で俺たちは過ごしてしまった。それに子ども達は事件当日に向こうに還っているということだから、逆に俺たちが行方不明なんていう状況になっている。
きっとじいちゃんもばあちゃんも、皆心配しているだろうし。一刻も早く還った方がいいという。
でも還ったところでお説教かな?
なんて言っている間に俺たちは“スカイグランド”の転移門前に来ていた。
次はいつごろこの世界に来ることになるだろうか。ここしばらくは頻繁に来ていたからそう遠からずここにくることになりそうで少し怖い。けれど、それは終止符が打てるその時に一歩近づくことだ。
『やーやー神夜くんにアリス。それにそっちの獣人ちゃんはお初かにゃ~』
と、俺たちが興ここに来ることを分かっていたかのようにしゃべりかけてきたのは、黒猫のフィリアだった。彼女は俺たちに姿をさらすとすぐ人間の姿になった。
「フィリアか」
「そうだにゃあ~。その口ぶりだと僕は歓迎されてない感じだね」
「んなことはねぇよ。しかし、なんでこんなところに? 仕事はいいのか?」
「今日はお休みなんだ。それで家にいてもあれだったから君らの見送りにね」
「それはありがとう」
「いえいえ。それに僕はしばらくあちらの世界に行けないしね」
「行けない? それはなんで」
「それはね~『鍵』の力がもうないのさ。所詮は借り物の力だからね。アリスみたいには行き来できないさ。だからまた借りに行くしかないのさ。けど、もういいかにゃ~あっちはこっちと違った危険があるし」
「危険ねぇ……。少しさびしい気もするけどよ。こっちの世界でじゃまた逢おうぜ。そん時はもっと大勢でよ」
「神夜くんの仲間だね~。うんッ! 楽しみにしてるよ」
「あぁ。約束だ」
「約束にゃあ~」
ファリアと指切りを交わした。今度は会う時は戦いとは無縁の時に、皆でどんちゃん夜通しパーティでも開いて騒ごうと。
「それじゃあね。気を付けて」
「フィリア、見送りありがとう。それからよ」
「んー?」
「俺たち三人を救ってくれてありがとう!」
「いいってことにゃ~。君たちには死んでほしくないだけだったし、それにたまたま行き着いたところで人が倒れていたら助けるのは至極当然だよ」
「ハハッそうか」
「そうだにゃ~。何はともあれ、またにゃ神夜くん」
「あぁ。またなフィリア」
別れの挨拶を交わし、俺たち三人は開門を通り、元の世界へと還った。
「行ってしまったにゃ~。さて、僕も家に還ろう~」
『イマノガワレワレヲホロボスソンザイカ』
「にゃッ! だ、誰かそこにいるのか!」
もう誰もいないはずの草原で声がして、フィリアは腰に納めていたナイフを引き抜き、構えた。
「ソンナチンケナブキジャオレ、ワタシヲ、ボクラをコロスコトナンテデキナイヨ」
「な、なんだよこいつは……!」
フィリアの前に現れた無増とした影は、全身にいくつもの仮面をかぶっており、一つ一つが違う個性をしていた。
「ナノルホドノモノジャナイヨ。サアキミガモッテイルソノ『鍵』トヤラをボクニ、ワタシニ、オレニ、ワタシテクレハシナイカ?」
「い、いやだと言ったら……」
「コロシテデモウバウ」
「そ、そうか……。神夜くん、どうやら君との約束は果たせそうにないらしいにゃ!」
ポケットから閃光玉を取り出し、影の化物の前に投げつけたフィリアは目くらましが聞いている隙に、猫に戻り一目散に逃げた。
フィリアの中の野性的本能は言う。
『逃げろ! とにかく逃げろ! あれはマズい』
と。
彼女は自分の本能に従って逃げた。逃げてこのことを誰かに話さないと、伝えないとという使命を背負って。そして『鍵』は絶対に死守しないという意思で必死に逃げた。
「センコウダマトハヤッテクレタ」
「ドウスル? オウ? ソシテコロス?」
「イヤ、クウ!」
影は地面に溶け込み、逃げたフィリアを追いかけた。
「あ、あと少しで転移でき――」
自分が付けた転移陣に飛び込もうとした時だった。突然、地面から複数の槍が飛び出し彼女の身体を穿つ。
「カハッ! こ、この槍は……!」
「ボクガ、ワタシガ、オレガタメコンデイタモノサ。モットモシヨウシャハオノレダケド。サアオトナシクワタスキニナッタダロウ? サスレバソノキズ、イヤシテヤルゾ?」
「ぜ、絶対に嫌だにゃ!」
「ソウカ……ジャアシネ!」
フィリアの身体を穿った槍を引き抜き、影は形を巨大な人の口を模し、死にかけのフィリアを摘み上げ口の中へと放り込み、プレス機のように奥歯ですりつぶし、何度も何度も噛み潰した。そして異物と思われるもの全てを吐きだし、一つ一つ整理していった。 しかし、目的であった『鍵』は存在せず、己の体内を至極ぐるりと探したが見つかりしなかった。
「オカシイ。『鍵』ガミツカラナイ」
「スリツブシチャッタ?」
「ホネトチガッテソウタヤスクハデキナイ」
「ジャアナンデナイノ!」
「……タシャノテニワタルマエにキエルヨウシクマレテイタ。ソウトラエルガイイ」
「ハァ……ワタシタニンゲンハカシコイネ。ジャアツギハドウスルノ?」
「エサガカカルノヲシバシマトウ。アノカタガメザメルマデハマタトウブンサキダ」
「ソウダネ。ジャアカエロウ」
「カエロウ、カエロウ」
影は自身のうちにいる自身と話をして、その場から姿を消した。
後日。
フィリアが職場に来ないことに不安を抱いた同僚が捜索願を届けだし、捜索の方をしたが痕跡は見つからず、捜査が困難を極めたため行方不明扱いとして処理された。
彼女が死んだという事実を神夜たちが知るのはまた後日。今はまた何も知らない。




