第6クエスト 元の日常へ
――異世界“SOW”のどこか“謎”――
「マタ……ヘッタ。ココモズイブントサビシクナッテクタナ」
ロウソクのみが灯った薄暗い部屋に置かれた長テーブルの椅子に腰かける影、セクストはぼそりと呟いた。
「あら、あなたがそんなこと言うなんて珍しいじゃない」
「……キントカ。オマエガココニクルナンテメズラシイ」
「セクスト! 珍しいなんて失礼なこといわないでよ!」
「スマナイ」
「別に謝ってほしいわけじゃないわよ」
椅子に腰かけたキントは、上着の胸ポケットから煙草を取り出し一服し始めた。
「ソレデ。キントハナニヨウでココニキタ?」
「……理由なんているかしら? あたしは遊びたいのよ。あの、生意気な小娘や王様気取りのお坊ちゃんたちを倒した坊やと“クロス・D”とかいう不毛な集団と。その居所をあの人に聞こうと思ったんだけど~今日は来ていないみたいね~。残念だわ~せっかく遊べると思ったのに~」
「ソウアセルナ。タノシミトイウノハアトニトッテオクモノダ」
「でも~あたしはすぐにでも遊びたいのよ~。もう街一つ地図から消す遊びも飽きてきたし~。もっと刺激的な遊びがしたいの~」
「ダダヲコネルナ。アノコムスメガアタマニウカンデクル」
「はいはい。……じゃああたしは行くわね。何の収穫もないんじゃ時間の無駄だったわ~」
『そう焦るなキント。お前に行ってもらいたい場所がある』
キントが部屋を出ようとした時、タイミングよく逆の扉から深紅のローブを身に羽織った男が入ってきた。
「あら、いるじゃないの。それで。あたしに行ってもらいたいって場所は?」
「北西部にある“ノクス・コリカルシ”だ。そこはお前にとって退屈はしない国だろう」
「それはどういうことかしら。戦闘狂のあたしを満足できるってこと?」
「その通りだ。むしろ隙に暴れてくるがいい。なんせ、あの国は眠らない『不夜』の国なのだからな。好きなだけ暴れられるぞ」
「そうなの。それは楽しめそうね。分かったわ。道中“クロス・D”に会ったら……殺しちゃっても構わないわよね?」
「もちろん好きにして構わない」
「やったー♪ じゃあさっそく行こうかしら」
胸を躍らせ、キントは鼻歌交じりで部屋を出ていき姿を消した。
「マッタク……サワガシイヤツダ」
「そうだな。とはいえ、あれでも十二分な強さを持っている。“クロス・D”の同盟ギルドをいくつか潰してはくれるだろう」
「ソウウマクイクノカ?」
「それは私には分からない」
『旦那さま方、失礼いたします』
魂の入っていない抜け殻のような表情をしたメイドが数人、静かに部屋の扉を開けて入ってきた。
扉を開けたメイドに続き、一人は料理を乗せたワゴンを押し、さらに後ろからついてきたメイド四人はセクスト達に料理を給仕する。
「もうそんな時間か。それより何か伝えることもあったのではないか?」
「! さすが旦那さま。こちらを、テルセロ様の従者から預かったモノです」
「記録結晶か。中身は?」
「テルセロ様、クアルト様が“クロスD”の一角である『六芒神聖』の一員である者との戦闘でございます」
「……なるほど。それでその従者は今どこにいる?」
「その結晶を預かった時、すでに瀕死の状態であり、すぐ治療に取り掛かりましたが間もなく死亡が確認されました」
「そうか……ご苦労であった。もう下がるがいい」
「ハッ! 失礼いたします」
スカートをたくし上げて一礼してメイドたちは去っていき、部屋は再び静けさを取り戻した。
*
ここはどこだ……って、いつもの深層心理世界か。さて、そうこうしている間に……。
『やあもう一人の俺』
闇を掻き分ける仕草をしながらこの世界。つまりは俺の意識と無意識の狭間の世界と言える深層心理世界で生きる俺。
「まーた。無茶でもしたんじゃあないか?」
「……」
「図星か……。まったく……君が死んだら俺も死んでしまうんだからさ」
「そうだな」
「そうそう。それに今回は色々とやりすぎだ。一つは紅の天使“スピリット家”の血筋のみが使える力の解放。すでに血筋は息絶えた……と、思っているよ。これはあくまで俺の推測。詳しくはその世界の人に聞いてくれ。もう一つは――」
おい、何を言おうとしたんだよ。聞こえねぇぞ。おい……。
「……見慣れた天井……? いや、少し雰囲気が違うような気もする」
薄らと開くまぶたの奥の瞳に光が差し込み、ぼんやりと緋色に変わりつつある白い天井が映る。
緋色の空から察して、時刻は朝か夕暮れ時のいずれかに絞った。
『おッ! やっと目が覚めましたか。『六芒神聖』ギルドマスターの神夜様』
手にしているカルテに症状等を書き込んでいる白髪の医者が立っていた。白衣の左胸ポケットには『聖王十字軍』のギルド紋章のエンブレムが刺しゅうされていた。っていうことは……ギルドの病棟か? けど、どことなく雰囲気が違う。
「怪我、骨折の箇所、体内の魔力量……順調に回復。意識も回復。気分はどうかね?」
「あ、あの……ここは?」
「ん? ここかね? ここは“ヘブンス・ドア”にある『聖王十字軍』係り付けの病院さ」
「 “ヘブンス・ドア”の……」
「そう。びっくりしたよ。やけどを負った獣人の女の子に骨折に意識不明の君たちがこの病院に運び込まれ――」
「ま、待ってくれ!」
ガバッと起き上がり、俺は無意識のうちに医者の胸座を掴んでいた。
「と、突然どうしたのかね!」
「どうしたもこうしたも……氷空は! アリスはここにいるのか! それより、あっちにいた俺たちをいったい誰がここまで運んでくれたんだ! あんた、知っているんだろ!」
「まずは落ち着きなさい! 怪我に響くぞ。回復魔法をかけて治療を施しているとは言え度……」
「落ち着いていられるか! 早く答えろ! 氷空は! アリスはどこにいる!」
「そ、氷空っていう獣人の子なら隣のベッドで今は寝ているよ。昨日、目が覚めてね。今は安静にしている。獣人だからこそ回復が早いのかもしれないね」
「そ、そうですか……」
氷空は生きている。
それが確認できただけで、どことなく安心してしまった。
「それでアリスは! あいつは! この病院の何処にいるんだよ!」
「ア、アリスくんなら――」
『彼女なら、この病院の治癒魔術集中室にいるよ』
手には見舞いの花束を持って『聖王十字軍』ギルドマスターディフロト団長が、部屋の扉を開けて入ってきた。
また、タイミングのいい。この人には予知能力でもあるのではないだろうか? なんて疑いを持ってしまう。あるいは底知れない何を持っているのかもしれない。
「これはディフロト殿。ご無沙汰しております」
「シルク先生も相変わらず腕が立つ。さて、神夜君、具合の方はどうかね? ……その顔を見ると『アリスくんのことが、気になってしょうがない』って顔をしているね。では、私についてくるといい。先生、部屋に彼を案内しても?」
「えぇ、構いません。ただ、彼はまだ起きたばかり。立って歩くことは……」
「歩けないっていうのか? 力なら戻った。団長、案内してくれ」
「……分かった。では、こちらに来たまえ」
花束をベッドわきに置かれた棚の上に置いて、団長は踵を返して部屋を出て行った。俺もベッドから下り、病院着のまま部屋を出で団長について行った。
「あの、団長。二つ、訊いてもいいですか?」
「なにかね?」
「一つは、あっちの空間から俺たち三人を救助したのは誰ですか? 二つ目は囚われていた子ども達はどうなりましたか?」
「……あっちの空間。あの何もない空間から君たちを救助したのは、我々であり我々ではない」
「それは……どういうことですか?」
「あちらの空間を、こちら側が観測する手段はなかった。そもそも存在そのものを知らなかった。ただ、それを知らせてくれた人がいた。それがフィリアくんだ。たまたま君たちの世界に、もとより君らがあの世界に行くのを目撃してね。その後、こっそりついて行ったそうだ。まったく、任務にないことを……。しかし、それが君たちに幸をもたらし、座標位置をこちらに教えてくれた。そのおかげで我々はそちらに向かうことができ、着いた頃には君らが倒れていてね。すぐに治療を施し、現在に至る。あれこれ三日は経過しているがな。さて、二つ目だ。囚われていた子ども達は、治療して即日、各家族のところに我々の方で送り届けたよ。記憶も多少ながら消させてもらった。この世界については覚えてはいないだろう。……納得していただけただろうか?」
「……はい」
「よろしい。さて、長話はここまでだ。目的の部屋に着いたぞ」
階段を下り、薄暗い廊下を突き進むと、複雑な術式、数式が壁一面にびっしり刻まれていた。肌にピリピリとした魔力の波動を感じた。
奥にそびえた扉をくぐると、三十畳ほどの部屋のど真ん中には白い光を放つ巨大な魔法陣。その中心にはアリスが寝かされており、四方を囲むようにして四人の魔術師が治療にあたっていた。
魔術師の顔を見るとだいぶ疲労が蓄積しているかのように見えた。控えでまだ魔術師が何人かこの病院内にはいるんじゃあないかと思った。
「団長……これは?」
「魔術治療、それも特殊なものだ。本来ここは、呪術解除薬では解くことのできない呪いの類を解くときに使う部屋だ。しかし、今回は前例がない、特殊なパターンだ。なんせ、彼女の力の源である『正負の契り』が肉体と欠如している状態がすでに三日は続いている。一人が蘇生魔法を施し肉体の劣化を防いではいる。が、複雑な術式故、ここにいる魔術師のレベルでは……」
「だから、諦めるのかよ……!」
とっさに、団長の胸座を掴み睨み飛ばしていた。命の恩人である魔術師に、団長に、言いがかりは付けたくない。けれど、三日も粘ってくれた彼らの努力を溝に捨てるようなことはしたくない。それに団長は『到底不可能だ』等、弱音は吐いてはいない。それは少なくとも助かる可能性があるということだ。
「だったら俺も、アリスの治療を手伝うよ」
「なっ! 何をするつもりだ神夜君!」
「『君には無理だ。不可能だ』って言いたいんですか? そりゃあ確かに俺は近接バカだ。彼ら魔術師みたいにより繊細な術式を編むことはできない。けど、攻撃魔法の術式を治癒魔法の術式に置き換えて編めばいいことだ」
啖呵切って俺は魔法陣の前に腰を据えた。
似たような光景を以前目の当たりにしている。それは白星さんの身体から欠如した“純粋な心の結晶”を彼女に返した時だ。けど、あの時は今のような詠唱はせずとも自然と持ち主のところに返っていった。それはいわば結晶と肉体をまだ精神という糸がつながっていたからであるということ。けれど今回は自然に戻ることはなかった。それは結晶と肉体をつなぐ糸が欠如しているということ。
三人の魔術師がやろうとしていることは精神という糸の精製、修復を行っての結合。
精製、修復なら三人の魔力量でも十分に行える。それでもなお終わらない、それも三日もの時間がかかるってことはまだ何かが足りない。魔力量は足りるのに何かか……。
陣に触れ、自分の魔力を陣に流し込み、同調を図った。
すると、白い光が急に青白い光を放ち始めた。
そして、結晶とアリスの間に三層もの魔法陣が大中小の順に出現した。結晶は陣を通して徐々にアリスのところへと下り始めていった。
最下層の小さな陣に結晶の先端が触れた瞬間、砂時計の砂が下のたまり場に落ちていくかのように結晶の先端からゆっくりと光の粉となってアリスの中に降り積もって結合していった。
そして五分もかからず、結合は完了し、青白い光はスゥー……と消えて行った。
「儀式は……完了……したのか? なんかあっけないな……。それよりも……」
フゥーと一息ついてアリスのところに歩み寄った。
首筋に触れてみれば脈はあり、少し浅いが呼吸もしている。ひとまず命は繋ぎ止めたってところか。アイリ。テメェの絶対無理を覆してやったぞ!
「神夜君、君は今何をしたのかね?」
今の光景を目の当たりにしていた団長が、俺に問いを投げかけてきた。
正直な話。俺はただ魔術師たちと同じように魔力を陣に流しただけであって、これといった難しいことはしていない。
「いえ、俺は……」
「……とにかく、あとのことはここの医者に任せ、私とともに応接室に来てはくれないか?」
「は、はい。分かりました」
団長とともに部屋を出たあとすぐにタンカーを手にした医者と看護師と鉢合わせた。アリスの呪術治療が終わったことを聞いて駆け付けたのだろう。
来た道をもう一度なぞるようにして、俺たちは応接室に入った。
「さて、ここであれば第三者の耳に触れることはないだろう。ここはそういう造りをしているからね。では、神夜君。今回君たち三人が交戦した魔王について詳しく教えてくれ」
「はい。今回、俺たちが交戦した魔王は二人です」
「ほぉ、二人も相手にしたのか」
「はい。一人目は悪神、インドラ。奴は雷を自在に操り自らを『暴力の化身』と言っていました。そして二人目は……ア、アリスの異母姉である。いや、正確にはあったといいましょうか? 名はアイリ・F・アインハルト。自身を『愛の化身』と言っていました。彼女は人形使いの上位クラス曲芸師特有の技を駆使して屍を操り、今回、アリスをあんな目に遭わせた張本人でした」
「ふむ……『暴力』に『愛』か……」
「どうかなさいましたか?」
「いや、なんでもない。話を続けてくれたまえ」
「はい。インドラはアイリの手によって造られた人造魔王でした。話せば長くなるのですが、インドラはアイリが持っていた『ある方』とやらの一部、たぶん『暴力』を植え付けその上『不滅』の力を授けられた存在でした。そして、アイリはアリスから『正負の契り』を彼女の肉体から奪い取り我がものとして力を手にして、パワーアップしました」
「それでもなお、神夜君。君たちが勝利を納めた。それはなぜなのかい? 今の話を聞いて私はそこに疑問を抱いた」
「……突然、俺の中で何かが目覚めたんです。アイリはその姿を見て『『紅翼の一族』スピリット家』って言っていました。スピリット家はあちらの世界では、俺や氷空にとって母方の家系にあたりますが、同性を名乗る別家系なのかとも思いました。けど、俺の背には紅の翼があります。これはゲーム時俺のアバターの姿であり、ゲームとこの世界は類似していると以前、アリスは言っていましたし、俺もそう思っていました。けど、もし、もし、母方の家系が『紅翼』の家系だとしたら俺や氷空はー!」
「落ち着きたまえ、神夜君。……私は一時期、天界の歴史を調べていた。確かに『紅の天使』スピリット家は天界追放を受けていた。それは羽の色が異形であるとかそんな理由からではなく、天界が恐れたのはその家系が持つ『力』だ」
「『力』ですか?」
「そうだ。一族が持つ力は、その当時の天界にとっては『神』をも殺せる力に等しい……いや、それ以上のモノとされていた。その効果は、肉体強化、魔法威力の向上など、詳しくは記されてなかったから大まかに言わせてもらった。そして、力が発動しているかどうかは、発動者の左目を見ればいいと言われている」
「左目ですか?」
「そう。なんでも左目を覆うかのように青い炎が揺らいでいるのかとね。その力の名は『戦慄の紅天使』と天界では言われていた。文字通り、戦闘時におけるスピリット家の姿から察してそう名付けられたんだろう」
「『戦慄の紅天使』……俺の新しい力……」
「うん。その力で君は魔王二人を倒したのだね。なるほど、合点が行ったよ。話を聞かせてくれてありがとう、神夜君。今は療養に専念したまえ」
「はいっ」
「では、私は行く。お大事にな」
離席した団長は応接室を出ていき、そのままどこかへと行ってしまった。
俺も自分の病室に戻ろうとした時だった。タイミングよく、先ほど病室であった医者、シルク先生に出会った。
「あぁー神夜君ちょうどよかった」
「ちょうどよかったとは?」
「神夜君と氷空君の二人に関係のある話さ。治療と並行して血液検査も行っていてね。実に面白いことが分かったんだ。せっかくだから君たちの病室で話そう。神夜君も戻るところだったんだろ?」
「えぇまあそうです」
愛想笑いをして、俺は先生とともに病室に戻った。
共同部屋ということで、空いていたベッドには先ほど運ばれたアリスが寝かされていた。
まだ、意識は戻らないか。
氷空もまだ眠っているし。話は俺が二人分聞いておくか。
「では、検査の結果から言わせてもらうよ。……そんな畏まった顔をしないで、リラックスして聞いてくれたまえ。……オホン。まず、君たち二人、赤血球、白血球諸々は正常。診たところ回復も順調そうだしもう二日は安静にしていれば退院できるよ」
「は、はぁー……」
「それでここからが重要なところ。君たちはそれぞれ『獣人』『エルフ』『天界人』の特徴を持っています。が、それらを示す遺伝子がありません。配列そのものは『人間』そのものです」
「ハァ! それってどういうことですか! 氷空のあの姿や俺のこの尖った耳、それに背中の紅翼は! アリスは以前この世界は俺たちがプレイしている“SOW”に類似した世界だと聞いていますし、その姿は俺たちがそのゲームで使うアバターだと言ってました!」
「んー……これはあくまで仮説であるけど、君たちはそのアバターをその身にまとっている状態。よく言えば服、着ぐるみを着ている状態です。ただ、神夜君だけ不思議なのですよ。先ほど『人間』そのものの遺伝子配列をしており『天界人』を指し示す配列は無いと言いましたが、君に限っては『天界人』それも『紅翼の一族スピリット家』のと思われる遺伝子が混合していました。それは君の妹、氷空君には診られません。その紅翼はアバターのもありますが、君本来が持つ翼でもあると考えていてくださいね」
「は、はい……」
「あちらの世界で生活してて翼が出たなんてことは?」
「一度もないです」
「なら大丈夫そうだね。何か質問はありますか?」
「……いくつか。シルク先生が知りうる限りでいいです」
「分かりました。私が知る限りでお応えしましょう」
悶々とする頭は一度整理して、俺は先生と面と向かって話をし始めた。
「まず仮説で先生は俺や氷空はゲームのアバターを身にまとっている状態と言いました。その場合、こちらに住む住人、アリスはどうなるのですか? アバターを持たない彼らはどうしているのですか?」
「ふむ……ここに住む者たちがあちらに行く場合はまた別でな。君たちが、あちらの世界に還るときは身にまとっていたアバターを脱ぎ捨て、この世界にとどめる。けど、こちらの世界に住む者はその行程をせずそっちの世界に行く。ただし身体には一時的な縛りが入る」
「縛りですか?」
「そう縛り。と、いって身体能力を常人レベルまで下げ、魔力封印といったそっちの世界に住む住人達に溶け込めるよう制限される。さほど不便はないと聞くよ。それに、向こうに行けるのは『鍵』を持つ者、あるいは創れる者だけ。アリス君は『鍵』を持つ者の一人だ。その両者はこの世界にそういない」
「……なるほど……」
「ほかに質問はあるかい?」
「もう一つ。先生は“純粋な心の結晶”というモノを知っていますか?」
「もちろん知っているとも。それがどうかしたのかい?」
「はい。以前、俺の友人がアザゼルという堕天使にそれを持っていかれそうになりまして。俺の母親はリアという魔王に奪われましたが取り返せました。けど、力は母のほうが強くて……。“純粋な心の結晶”を持つ者って……」
「結晶を持つ者の多くは天界人、天使に当てはまるね。とはいえ、持つ者は極々限られるけどね。君には『紅翼の一族』の遺伝子があるからね~。それに母親がスピリット家の者だとしたら持っていてもおかしくはない。けど、その友達が持っているというのは聞き捨てならないな―……名前は何というのかね?」
「白星ミチルっていう名前です」
「白星……シラホシね~」
顎に手を当て、ん~と、なんども悩んだ声を上げる。そして、ハッとした顔をして何かを思い出した。
「あー! 思い出した! 確か二世紀前に天界から姿を消した名医の家系『シラホシ家』だ! いやはや、まさか君たちの世界でその子孫たちが生きているなんてな~。……すまない。オホン。『シラホシ家』もまた天使で、下界の医学をよりよく発展させた名医の一族なのさ。けど、その様子だと自分たちが天使の家系だったなんて忘れているだろう。もちろん、君の所もね。私が知りうる限りはこれぐらいかな。他に質問はあるかね?」
「……いえ、ないです」
「そうか。話は以上でおしまいだ。また何かあれば聞きに来てくれたまえ。私はいつでも歓迎するよ」
「ありがとうございます」
シルク先生と握手を交わすなり、彼は病室を出て行った。
病室は再び静かとなり、静かに時計の秒針が進み時を刻んで行く。それとは真逆で体内時計は一秒が一分、十分と長く感じた。
安静に療養するのは、こっちに来てから何度目だろうか? 数えるのすら億劫になる。
変な時間に起きてしまったからな。今から寝るにしても……。
『よう神夜。具合はどうだー?』
「――これはまた珍しい」
病室に来たのは『黒竜騎士“ラグナロク”』のギルドマスタージーザスだった。
「珍しいとはなんだ。たまたま病院の近くを通ったのでな。それにディフロトからお前が入院していると聞いてよ。久々に顔を見に来たってはわけだ」
「そいつはご丁寧に」
「で、ちょうどお前も暇してたんだろ?」
「……まあ、目が覚めたのもつい一時間ほど前ですし」
「カカカッ。そいつは確か寝るに寝れねぇな。それで今回のその怪我の原因はなんだ? また魔王と殺り合ったのか? ……図星か。しかし、よくもまあ魔王相手に生き残れるよな」
「生き残れるなんて、軽々しく言うけど、こちらと命張っているんですよ。それにいつも九死に一生を得ているんですから、次は死ぬかもしれないんですよ」
「う、うぬ……」
経験者は語る。
その言葉故か、ジーザスさんの顔は苦虫でもかみつぶしたかのようにしぶい顔つきをした。
「……それはそうと、なんでジーザスさんたちがこの街に? また招集ですか?」
「招集もある。それ以外にも用事っていうもんがあるんだ。俺たちみたく最強クラスのギルドに大金積む貴族や王族の護衛、危険種の討伐依頼など、この街周辺で受けられるもんは経験値になるから受けるようにしているんだ。他のギルドも同じようなことをする。ま、護衛任務なんてもんはより腕が立たねぇと受けられねえがな」
「なるほど……」
「そうやって俺たちは生計を立てている。身の上話はこれぐらいにして、俺はそろそろ行く。お前もお前で元気そうだし暇つぶしにもなっただろう」
「招集か?」
「それもある。が、うちの副官、師団長たちへ伝えなきゃいけないこともあるしな。じゃあな神夜」
「おう。来てくれてありがとう」
ジーザスさんと軽く握手を交わし、雑談会はお開きとなった。
話し込んでいる間に、すっかり日はしずんで夕刻時を過ぎていた。そろそろ晩ご飯が来てもおかしくはなかった。
けれど、まだ運ばれてくる気配がしなかった。
さて、しばらくどうしようかなー……。氷空もアリスもまだ眠っているし、かといって俺も眠くもない。……病院内をしばらく探索してみるか。
ベッド下に置いていたスリッパを履こうとした時、カツカツ……と足音が聞こえてきた。カートを押す音はしないからたぶん診察帰りの看護師だろう。
なんて思っていた矢先、看護師の足音はこの病室の前で止まりゆっくりと部屋の扉が開いた。扉を開けた人物を見て、俺は何かを察した。扉前に立っていた人物は顔を深々と隠すために足まである長い黒ローブを着込んでいた。
見るからに俺たち三人を殺しに来たって感じの雰囲気がビンビンとしてきた。
やれやれ……。こちらと安静にしなくちゃいけないのによ。
ぶつくさ考え事をしている間にその人物は、隠し持っていたナイフを構え飛びかかってきた。
まずは俺からか。見られたからには殺す。あるいは標的であるから殺すのどちらか……いや、どちらにせよ殺す一択か。だったらこちら取る方法は一つしかないか。
右隣にあった枕を手に取ってナイフによる一突きを受け止め、殺し屋の腹目掛けてドロップキックを喰らわし、廊下まで突き飛ばした。
「ぐっ!」
殺し屋は蹴られた腹をさすりながら、左腰に隠し持っていたと思われるナイフを左手に持ち、枕に刺さったナイフを手にして、跳びかかる俺に向け投擲する。
ヒュッ! と空気を射る音と同時に俺の頬をかすめた。
「チッ! 仕留めそこね――!」
「――捕った! 答えろ! 誰の命令で俺たちを狙った!」
手にしたナイフの刃を喉元に這わせ殺し屋に問う。
フードの中は奇怪な模様の入った仮面をしており口唇術、表情は読めない。
「……」
「あくまで黙秘か。考える限り、魔王の手下、あるいは賊のいずれか……。そんなに俺たちが邪魔なのか?」
……カチッ。
「おい。今なにをした?」
カチッカチッ……一定のリズムで時を刻んでいく感じがした。まさか……な!
「……チッ! こいつやりやがった!」
あと何秒ある! 窓を突き破ってこいつを放り投げるか! それとも空間転移で遠くに! クソッ! 考えている時間がもったいない!
「――“固有結界”!」
殺し屋から離れた俺は、右手を奴の前にかざして人一人分が入れるほどのキューブを精製し中へと閉じ込めた。
「ロックッ!」
グッ! と拳を固めると同時にキューブは鉄板のように硬く引き締まり並大抵の攻撃では壊れない物となった。
保証はできない。だが、これでいい!
「賢明な判断だ」
そう言い残して胴体が膨張し、爆発を起こした。
キューブの中で破裂したとは言え度、その威力はすさまじく、ガタガタと窓ガラス、建物を軽く揺さぶるほどの威力を見せた。
煙が無くなるや、殺し屋の姿はもちろんなかった。
自爆。それも、ただ殺すためだけに使わされた人形のように思えた。けど、別の意味で使われたのではないかとも思った。
『情報収集』
人形の目を借りて俺たちの情報を少しでも得る。
主犯はそんな目的も兼て、このようなことをしたんじゃないかな。
まあなんにせよ、あいつらにケガが無くてよかった。
結界を解いて、俺は病室に戻ろうとした時、シルク先生と看護師、そして、病院を守る警護兵二名がバタバタと慌ただしい勢いでこちらに歩いてきた。
「か、神夜君! 今の衝撃はなんなのかね!? そこで何があった!」
「あ、あー……と。殺されかけました」
「殺されかけた! いったい誰にだ! 警護兵、誰か怪しい奴を見たか?」
「いえ、見ておりません。武器らしきものを所持して入る事とはできません。ましてや装備することさえできませんよ。仮に窓から侵入したとしても、建物全体には防御結界が貼られています」
「そうだよな……ふむ……だとしたらいったいどうやって……」
先生と警護兵は侵入した経緯をじっくりと検討し始めた。その間に、看護師はエプロンのポケットから絆創膏を取り出して、かすめた頬に張ってくれた。
「はい。これでもう大丈夫です。幸い深く切ったわけじゃないので、傷跡は残りません。けど、無茶しちゃダメですよ? まだ、魔力も体力も完全に戻ったわけじゃないのですからね」
ポンポンと、その看護師は優しく俺の頭をなで微笑んでくれた。
「は、はい……」
頭をなでられるなんて久々だ。
「とにかく、監視映像の分析を始めてくれ。こんなことを二度と起こしてはならない!」
「ハッ!」
「神夜君もまだ無茶なことをしてはダメだよ? ご飯ならもう少ししたら持ってくる。それまで部屋で安静にしていなさい」
「は、はい……」
そいうってシルク先生たちは原因を探しに行ってしまった。
俺もまた自分の部屋に戻り、ベッドに腰を下ろした。
結局、あの殺し屋は誰に通じているんだ? 賊の手下であれば命欲しさにそのまま逃げ帰る。だとしたら魔王の手下……かなー? 悪のカリスマ性のある奴の下の属しいているのなら、その命を投げ出すくらいのことはする。
本格的にあちら側も動き始めたって感じがする。
団長たちがあと三人ほど倒してはくれねぇかなーなんてな。
ふぅー……とため息をつくと、カートを押した看護師が病室に入ってきた。そして、机の上に夕ご飯一食分を置いて次の部屋へと行ってしまった。
「やっと来たか……。つか、アリスたちの分も置いて行ってもいいとおもうが……。まあまだ寝てるし、いいか。そんじゃあいただきます!」
料理された生き物に感謝の意と弔いを込めて合掌し、飯にありついた。
少し味は薄く感じるが、病院食ならではの味付けというものか。でも、三日ぶりの食事が絶大に美味に感じた。
食べることに夢中になってものの数分でお盆に置かれたご飯を全て平らげた。おまけにまだ胃袋も脳も、もっとくれ! もっとくれ! と、言わんばかり食欲をそそる。
ナースコールでもして追加分を……ってダメだろ。しかたない、売店にでもいくか。
ベッドから足をおろし、スリッパを履いたところ
『ん、んんぅー……お腹すいた……』
と、ゴソゴソと隣のベッドで寝ていた氷空が起きた。
「んー? あ、お兄ちゃん。おはようー……」
起きてすぐだからまだ寝ぼけている様子でいた。
「氷空……? お前、もう起きて大丈夫なのか?」
「あ、うん……。もう大丈夫。それより~お腹すいちゃった~」
ぐぅ~ぎゅるるるる~っと、気の抜ける腹の音を部屋中に響かせぐでーんとベッドに横になった。
獣人だから、食事も人間以上に必要ということか?
ひとまず俺はナースコールをして、氷空一人分の食事を持ってきてもらうよう連絡を済ませた。
コールを受けてものの数分で氷空一人分、もとい獣人一人分ともいえる山盛りの食事を、カートを二台に分けて運んできた。
獣人ってどれだけ食うんだよ……。
「――いただきまーす!」
手を合せ、フォークを手にして怒涛の勢いで眼前に並べられた食事を口へと運び、噛んで食べるというより飲み込む、流し込む。まるでブラックホールに吸い込まれていく星々のように料理は消えて行った。
そして十分とかからずカート二台分の料理を平らげた。
「――ごちそう様でした! ふぅー……食べた食べた」
「お、お粗末様です。氷空、そんなに食べて苦しくはないか?」
「えっ? んー……苦しくはないかな―? でも、なんでかな―まだまだいける気がするんだよね。なんでかなー? わたしの姿がアバターの獣人と同じだから? ねぇお兄ちゃん。この世界にいる獣人も私と同じくらい食べるのかな?」
「さあ分からん。たぶん、食べるんじゃあないか?」
「そうなのかなー? あとで先生にでも訊いてみよー」
「それがいい」
机に置かれた茶をすすりながら氷空は一息ついた。その間に看護師さんが皿を片付け早々と部屋から退出した。
その後、就寝の時間が訪れ院内の電灯は全て消え、非常用の電灯のみがつく形となった。外はまだ飲んだくれの冒険者たちのにぎわう声が遠くから聞こえてくるほど、院内、外の空気が澄んでいる証拠でもある。
けど、かえって眠れない……。
「……お兄ちゃん。まだ起きてる?」
「起きているぞ。どうかしたか?」
「こうしてさ、一緒の部屋で寝るの久しぶりだなーって思っちゃってさ」
「そういやーそうだな。何年ぶりだ? ……九年ぶりか。あの時は母さんを挟んで寝てたっけ?」
「うん。それで小学四年生の時にお互い自分たちの部屋を貰ってね~。……あっははは……なんだか懐かしいね」
「そうだな。それ以降なかったもんな。しかし、なんでまたそんな話を?」
「えっ? うん……さっきまでね。少しだけ妙な気持ちになった夢を見ちゃってね」
「妙な?」
「うん。夢の中でひとまわり大きな狐のことを『母様』って呼んでいたの」
「大きな狐のことをか?」
「うん。それでね、その母様が和人に殺されて……なんだか悲しくて……憎くて……。あ、あれ……私、なんで泣いているのかな?」
どう声をかけていいか分からなくなった。
氷空が言っていることは、この世界に生きる。いや、正確には生きていた獣人たちの長『氷空』の記憶だ。それを同種同名である氷空が見るっていうのは、どうしてなのか。
すぐに思いつくとしたら、氷空の身体に『氷空』の魂がリンクした。と、考えるのが妥当だろう。
あるいは因果か。
どちらにせよ、氷空が言っていることは、まぎれもなく和人たちに殺され、第一の魔王の側近バロンにとどめを刺された『氷空』が“和の国”の時宗に向かって言ったこと。
もし、氷空が和人たちに会ったどうなる?
『氷空』の記憶がフラッシュバックして、彼らに牙をむけないだろうか?
「なあ氷空。もしもだ。もしも、母様を殺した和人たちに会ったらどうするんだ?」
「……分からない。私に殺す意思はなくても、別の私が牙をむいて和人を殺すと思う」
「なんでそう言えるんだ?」
「――なんでだろうね。それも分からないや。……あははは、ごめんねお兄ちゃん。私、なんか変なこと言いだしちゃった」
「いや、お前はちっとも変じゃないよ。それに謝るのは俺の方かもしれない。訳も分からず、異世界に来させて、死に目に遭わせてよ」
「うんん! お兄ちゃんは悪くないよ! 勝手について行った私が!」
「氷空! 正直さ。俺、怖かったんだ……。お前が、たった一人でインドラに立ち向かっていったとき、勝てるわけがない……目の前で妹が殺される。また家族を失うんじゃないかって思ってよ……。だから……お前はこの世界に来るべきじゃないんだ……」
「――お兄ちゃんのバカッ! 一丁前かっこつけて言っているけど、私だってお兄ちゃんの、アリスさんの力になりたいよ! 死ぬのは誰だって怖いよ! 私だってお兄ちゃんに死んでほしくないもん! お兄ちゃんがダメって言うけど、私はそんな言いつけ守らないよ!」
「氷空……」
「だから……私もこの世界に来ていいでしょ?」
「……ハハッ。なんだよそれ……。理由としてはおかしいんじゃないか? ――分かったよ。今更だけど、ようこそ“SOW”の世界に。そして、ギルド『六芒神聖』に」
やはり、氷空には敵わないな。
それって俺が妹に甘々だからか?
何はともあれ、氷空の当ギルド加入を手早く済ませた。これでうちは六人。事実一人一人が一つの星であり、線でつながることで六芒星が生まれる。
まるで後付したかのような意味になってしまったな。宿命づけられていたのか、あるいはこうなる運命であったのか。神のみぞ知る世界というべきだろう。
なんて、かっこつけているのも束の間。
時刻は深夜二時頃を過ぎ、街の明かりもぽつぽつと消え始め、街が闇に包まれていくかのように見えた。そして、街を照らすは青白い光を放つ月明かりとなり、白い外壁を水色へと染めていく。
変な時間に起きたせいもあって、眠気を全く感じなかった。けど、翌朝の考え俺たちはとこに付、仮眠程度の睡眠を得ることにした。
翌朝。
朝日が昇るタイミングに合わせて、教会側から朝が来たことを告げる金の音が響く。時を同じくして、朝食を乗せたカートを押した幾人もの小さな妖精たちが慌ただしい様子で部屋に入ってきた。
「あさなのです。あさなのです~」
「ごはんをたべてきょうもげんきにぼうけんなのです~」
人の顔の上でピョンピョンとはねて起こしに来る妖精。数人で掛け布団をひっぺ返して、上半身を起こしに来る妖精たちなど。まるで、寝坊助の子どもに世話を焼かす母親のような身支度をする。
「ほらーにんげんさん、にんげんさん。おきておきて~」
「ごはんさめちゃうよ~」
「じゅうじんさんもおきておきて~」
氷空の方にも妖精が何人か行っており、俺と同様の起こし方をするが、尻尾のもふもふも加減に埋もれて居眠りをする妖精も何人かいた。
「こら~しごとサボッちゃダメなのですよ~」
両手を上げて一人の妖精が居眠りをする妖精たちを注意して、自分も尻尾に登っていく。そして、自分もまたスヤァ~……と、居眠りをし始めた。
「ん、んぅ~……なんか尻尾が重い~……」
ぽけ~っとしながら、まだ開かないまぶたを擦りながら、周りを見渡す。
「あ、おはよう~お兄ちゃん」
「おはよう、氷空。昨晩はよく眠れたか?」
「ん~まあまあかな? お兄ちゃんは~?」
「俺もまあまあかな? それより、尻尾、すごいことになっているぞ?」
「えっ? あ~妖精さんたちのことか~。しばらくはこのままでいいかな~。皆気持ちよさそうに寝てるし。それより~ご飯食べよ~」
「お、おう! そんじゃあいただきます」
「いただきます……」
手を合せ、妖精さんたちが用意してくれた朝食に俺たちはありついた。
「にんげんさん、じゅうじんさん。たべながらでいいので、きょうのしんさつのけんでおつたえします。ちょうしょくご、せんせーのところでしんさつをうけてください。そのごはカンタンなえんしゅうです」
「演習? 退院前にそんなことするのか!」
「はいなのです!」
「このびょういんのせんだいさんがいってまいした~。『冒険者はいざって時、動けなきゃ意味がない』って~」
……その先代院長は脳筋か?
「その先代の先生は脳筋なのかな~?」
「おい、氷空! それ言っちゃダメだろ!」
「えぇ~だって……。お兄ちゃんも同じこと考えていたでしょう?」
「そ、そうだけど……」
「はい、のうきんなのでした~」
妖精も先代院長が脳筋であったと思っていたのか。つか、事実確認取れました。
「と、いうわけですので。おふたりとも、よろしくおねがいします……」
「こ、こちらこそ……」
妖精のお辞儀につられ、こちらもお辞儀をした。日本人ならではの習慣、礼儀、作法として形でだ。
妖精と話をしながら朝食を摂っているうちに皿の上に盛られた料理を、いつの間にか平らげられ、さっさっさーと、妖精たちは片づけをし始め、部屋を出て行った。
「それでは~。よいいちにちを~」
と、言い残して、妖精たちは部屋を出て行った。
朝からすっげーにぎやかだったなあ。ざっと数えて、この部屋に三十人ぽっちの妖精がいたとなると、何千人もの妖精をこの病院は、雇っていることになるぞ。お金あるなあ。すげーわ。
妖精たちの働きに感化されながら俺と氷空は、診察室へと向かった。
診察室ではシルク先生と、数名の妖精が先生のアシスタントとしてせかせかと働いていた。
「先生、おはようございます」
「おはよう神夜君、氷空君。調子はどうだね?」
「俺は申し分ないほど。氷空も大丈夫かと」
「そうか。では、さっそく診察と演習を行おう。神夜君は私が。氷空君は隣の診察室にいる彼女に、ミシェーラ先生に診てもらってくれ」
「は、はい」
シルク先生に言われ、氷空は隣の診察室に移動していった。
「では、こちらも始めるとしよう」
カルテ片手に診察は始まった。
一般的な視力、聴力、色彩、血圧、肝機能検査の五項目。それから魔法陣を用いてのX線検査に魔力量の測定など、現実では機械を用いてやる検査を魔法で行うと言った、ファンタジーのような非科学的方法での検査が手順よく行われた。
簡単な運動検査というのもあるが、これは模擬演習を兼ねているから基本ここではやらないと先生は言った。
その間にも妖精たちはせかせかと働いていた。日中の間はこの子たちが看護師の代わりをしているのだろうか?
この病院の勤務状況が少し気になる。
「さて、一通りの診察、もとい検査をしてみたが。特に異常はないね。目も音もしっかり取れているし、血圧良好。さて、あとは模擬演習だけだ。ついてきたまえ。そこで検査を行う」
「は、はい」
シルク先生の後を追って、演習を行うという場所へと向かった。
場所に近づくにつれて、爆発音、何かを殴ったような音が地響きとなって伝わってきた。
そしてようやく演習を行うという運動場についた。
見た所何の変哲もない白塗りのシンプルな作りをした体育館。というのが妥当だが、今俺の目の前に広がる光景はそうとは言い難いであった。
魔導鉱石を動力源にしたヒューマノイド数十体が臨戦態勢に入っており、目の前で同胞を倒していく氷空と演習を行っていた。
こっちは一足先に模擬演習を行っていたらしい。それであちらのベンチに腰かけているのが氷空を診断したミシェーラ先生らしい。
妖精のアシストがあって氷空の戦闘データを採取していた。
一体、また一体とヒューマノイドの首や胴体を力任せにへし折っていく氷空。
演習ってこれか? いや、もしかしたら個々で違う演習内容なのかもしれない。
「はい、そこまでー。氷空ちゃーんもう終わっていいわよー」
「はーいっ!」
最後の一体を体育館の端まで殴り飛ばし、彼女の演習は終った。
「先生―それで結果はどうでしたか~?」
「ん~氷空ちゃんは力任せに敵を殴ったりしている傾向があるから、敵の弱点であったり、装甲などどこかしら脆い部分が見つけられると、もっと動きが良くなるかな? でも、戦闘そのものには支障なし、合格よ」
「やったー! あ、お兄ちゃん。お兄ちゃんはこれから~?」
「あ、あぁー。今来たところだからな。演習はどうだった?」
「すっごく楽しかったよ。あれだねー五感をフルに使ったゲームをやっているみたいだった。スキルも魔法も妖術もなんでも使っていいって言われたし」
「そうなんだ。合格おめでとう、氷空。俺もがんばって来るよ。先生、俺も始めたいのでいいですか?」
「分かりました。では、神夜君の演習を行います。広場中央にお願いします」
「はいっ!」
妖精たちがヒューマノイドを片付けている最中、一呼吸して、俺は体育館の中央に立った。
妙な緊張がする。ザワザワとした胸騒ぎ。久々というわけでもないのに、なんで緊張しているのか。あくまでこれは演習。実戦ではない。それに死ぬこともない。じゃあやるか!
「では、神夜君の演習内容を伝えます。そこにいる妖精が持ってきた木刀と君自身が持つ体術のみでヒューマノイド百体並びにオーガと五メートル級の巨人を模した人形各一体を制限時間五分以内に倒してください」
……演習だよな? なかなかにハードすぎる内容じゃないか? ゲームであったら何回かコンテニューするかもしれないムリゲーだ。……あくまで低レベルだったらな。
「先生、もし木刀が折れた場合は?」
「その都度、換えの木刀を妖精が届けてくれるから安心してくれたまえ。もちろん魔力で木刀を硬化させるはなしだよ。魔法攻撃も空間転移も。見るのは君の身体機能と状況把握の二点だ。では、演習、開始!」
シルク先生の合図とともに魔法陣から氷空が倒したのと同じヒューマノイドが二十体、不定位置で出現した。
装備は『短剣』『長剣』などを持っており、中には『素手』のみのもいた。いずれもケガをしないように刃の付いていない武器を所持したヒューマノイドたちだ。ハンデはお互いあるっていうことか。どちらかっていうとこちらの方がハンデだけどな。
『目標捕捉。戦闘に入る』
ヒューマノイドは眼を赤く光らせて周りの同胞と協調せず向かってきた。
……さて、やりますか!
一呼吸置いて、長剣を構えたヒューマノイドの頭を頭上から木刀で勝ち割り、手首を返して右からきた短刀持ちのヒューマノイドの胴体へ斬り伏せた。
倒された二体のヒューマノイドは消え、新たに二体のヒューマノイドが魔法陣から召喚された。
なるほど。この広場における上限は二十体。倒したら倒した数だけ補充され常に上限維持ってわけか。そして最後にオーガと巨人か。
木刀は折れても、随時妖精が換えを持ってきてくれる。だが、その間、こちらは素手で対応……なかなかにしんどいな。
背後から迫りくるヒューマノイドの頭を鷲掴んで床に叩きつけ、首を捥ぎ、それをヒューマノイドに向け投げつけ、一気に四体も戦闘不能に追いやった。
投げた首は壁にぶつかり深いクレーターを作り上げた。
呆気をとられる先生方に氷空、妖精たちは、俺の演習をじっと見ていた。
「氷空君、神夜君は戦闘狂か何かかな? やたらこの演習を楽しんでいるかのように見えるのだが?」
「まさか~。シルク先生、そんなわけないですよ」
「しかし、限られた条件下で的確にヒューマノイドを倒していっている。まだ一分も経っていないのに、すでに四十三体も倒してしまった。ペースとしては十二分すぎる。あの姿……まるで狂戦士……バーサーカーだぞ」
「ハハハッ。先生、何を言っているのですか」
……俺が狂戦士ね~。先生、面白いこと言ってくれるじゃないか。
俺は純粋にこのムリゲーを攻略しているんですよ!
迫りきたヒューマノイドの顔面に右拳を喰らわせ、殴り飛ばした時を同時に
『ヒューマノイド打破五十体到達。ここから残り五十体のヒューマノイド全機導入並びに巨人、オーガを一騎ずつ導入する』
と、ご親切なアナウンスが流れた。
体育館内のフィールド全域を埋め尽くさんばかりのヒューマノイド五十体、そして奥に二メートルはあるだろう、巨鬼ことオーガ。そして五メートル級の巨人を模したヒューマノイドが召喚陣から現れた。
前衛の雑魚はどうにでもなるが……オーガに巨人はどうやって倒そうか。偽物とは言え度、それ以前にこちらの世界では本物を相手にしたことがない。ゲーム時なら相手にしたことがあるが、色々と訳が違うからな。
……考える時間が惜しい。こう考えている間にも時間は過ぎていくんだ。考えるより行動。目の前の敵を倒す!
グッと、木刀を逆手に持ち替え、前に踏み出した左足で、硬い床をグッと踏みしめて巨人の眉間目掛け槍投げの要領で木刀を投げつけた。
手から離れた木刀は、空気を射貫き巨人の眉間をヒットし、止まることなくそのまま脳天を貫通した。
巨人の眉間、頭蓋骨を貫いた木刀は体育館の天井にぶつかるなり、ひび割れ粉々に砕け散った。
巨人はこれで倒した! なんて慢心はしてはいない。それは、眉間を射貫かれてなお、あの巨人は床に背を付けていないからだ。立ったままくたばったなんて言うことは屈強な戦士だけができる芸当だ。それに、今の俺は丸腰。いつでもヒューマノイド達の武器の雨に晒されてもおかしくはない。
『試行を変える。総員パターンFへ移行せよ』
一体のヒューマノイドが手にしていた長剣を床に刺し、残る四十九体のヒューマノイドに命令を下した。そして、聞き入れたヒューマノイド達と巨人の身体は突然として形状を固体から液体へ、正確に言うと人型からスライムのような不定形状態へと身体を変化させた。
形を変えた巨人、オーガ、ヒューマノイド達は銀色の光を放つ水銀となり、命令を下したヒューマノイドに集まり、その身体にまとわりつき吸収されていった。
四十九体ものヒューマノイドと巨人一体を吸収したそいつの形状、姿は依然として変わっていなかった。しかし、漂う雰囲気だけは他を寄せ付けない強者の風格をしていた。
「おいおいこれってありかよ。シルク先生、これも演習の一環、状況対処の一つですか?」
「いや、ヒューマノイドにこんな機能は備わっていない! 演習は中止だ! すぐに止める!」
先生は演習コンソールを立ち上げ、すぐにヒューマノイド達の機能停止を試みるが、エラーコード、命令無視といったセキュリティコードが働き、全ての指令を弾いた。
「バカな! こんなこと過去に一度も起きたことはないぞ! 神夜君、すまないがこの演習を中止することは不可能だ」
「……そうですか。つまりは、この暴走を体術と木刀のみで攻略しろっていう当初の目的通りに事を運べばいいんですね!」
妖精から新しい木刀を受け取って構えた。
ヒューマノイドもまた長剣を構え臨戦態勢に入ると思いきや、長剣を体内に取り込み始め、両手を剣の形へと形状変化させた。
なんとなく分かった気がした。
このヒューマノイドは身体を自在に硬化、軟化できる能力を、暴走の過程で得たと思う。だから身体の、腕の形状も自在に変化できるっていうことだ。だとしたら、複製として腕を増やすことだってできるはずだ。なのに、あいつはそれをしない。それって人間を模して造られたことが影響しているのか? つまりは異形。腕が二本あることは常識的、普通であるということ。腕=二本であることが人として当たり前のことで、腕がもう一、二本増えたらそれこそ異形であるという自己認識が働いているからしないのか。
だとしてもやりにくい相手に代わりは無い。硬化と軟化を自在にできることは打撃、斬撃が意味をなさない。かわす行動をしなくても軟化して攻撃を受け流し、瞬時に部分硬化して攻撃転じればって寸法だろうな。
って考えている間に、ヒューマノイドは動きだし右刃を振りかざし、左刃で死角を突いてきた。
振りかざしてきた右刃を受け流してきたときにできる死角を、的確についてくるあたり、ただのやられ役っていうわけではないらしい。
身を反らしてヒューマノイドの攻撃をかわして、そのまま後ろへと下がり、つま先だけに力を加えてヒューマノイドに接近し、右手に木刀を持ち変え敵胴体を薙ぎ払った。
ヒュッ! と風を切る音と同時にヒューマノイドも真っ二つに斬れた。しかし、一瞬にして斬られた胴体はくっつき、何事もなかったと平然を装って再び刃を向ける。
分かってはいたけど! やはり駄目だったか。
踵を返して防御に転じたのも束の間。ヒューマノイドは突撃の最中で身体の形状を人型から甲虫型へと変化させた。
腕は二本から四本に足も二足歩行から六足歩行へ。まるでカマキリの異形種とでも言えばいいのだろうか。
人であることを捨てた……いや、自己新価の過程で相手を仕留める確実な方法というのを学んだ。あるいは形状を変えるうえでより自然であるにはどうすればいいのか。というのを学んだとでも言うべきか。
例えば、人間にクモのような八足の手足をつけたユニットを背負わせ、それを脳から発せられる信号で動かそうという実験をしてみたらどうなるか? もちろん人間にとって手足をもう八もうごそうという先天的行動は脳に、遺伝子にプログラムされていないから発狂する。俺の場合はこっちに来てから『翼を動かす』という行動プログラムがこっちに来たときにインプットされているから、むしろ必然的、当たり前のように動かすことができる。あいつの場合は違う。形状を人から甲虫に変えることで、その種族の生き方、動き方をその場で自己学習してあたかも普通に動かせているんだ。
これは、厄介だな!
縦横無尽に動き回るヒューマノイドの刃を木刀一本で全て受け流す。だが、少しずつ、攻撃の手が加速していき、受け流し漏れが出始める。頬を、脇を、腕を、脚を刃が掠めていく。
「いい加減にしろー!」
力任せに刃四本を弾き飛ばして胴体に蹴りの一撃決めて間合いを取った。
「ハァ……これシャレにならねぇぞ!」
「……」
蹴られたところをじっと眺めつつあったヒューマノイドは、首をコキッと傾げ不気味な笑みを浮かべ
『カッ……カカカッ! カカカカカカカカカカカッ!』
ゾッとした。笑わない。感情なんてものはプログラムされていないはずのヒューマノイドが人の、狂人のような笑いを掲げるなんて。
ひとしきり笑ったヒューマノイドは、カサガサと動く漆黒の害虫のごとく速さで詰め寄りクパッと両腕を広げて捕らえようとしてきた。
すぐに後ろに下がった。しかし、それこそが奴の狙いだったのかもしれない。胸にあたる部分に槍のような突起物を作り上げ、ビュッと伸ばしてきた・
こいつ! ここまで!
ガキーンッ! と金属音が体育館内に響き渡った。
『カカッ! 討ち取った!』
確かな手ごたえがあったと慢心したヒューマノイドは顔を逸らして笑い、氷空たちの方を見る。
「……にゃら(まだ)だ……! まだ……終ってねぇ!」
間一髪、歯で受け止めた槍をかみ砕き、ヒューマノイドの軟化が始まるまでの数コンマの隙を突き、右手に持っていた木刀でヒューマノイドの首元を掻っ切る。
『バ、バカな……!』
そう言い残してヒューマノイドは倒してきた個体同様に砕け散り、演習終了のブザーが鳴り響くと同時に幕を閉じた。
「や、やったー……!」
ドサッ……と仰向けになって床上に倒れ込んだ。
予期もしない非常事態の対処。これもまた演習の一環として、仕込まれていたらなんて考えるだけでゾッとする。こんなの実戦以上だぞ。とても病み上がりの人間にやらせるレベルじゃない。
「やぁやぁ神夜君! お疲れ様! 立てるかい?」
「え、えぇなんとか」
先生から差し出された手に捕まって起き上がり、もう一息ついた。
「しかし、先生。あれはいったいなんだったのでしょうか?」
「ふむ……私にも分からない。ヒューマノイドの暴走なんて過去に起きたことなんてなかったからね。さっそく原因を調べるよ。もう二度と起こさないためにもね。それと君、また派手にやられたね。あとで治癒魔法をかけてもらうよう頼んでおくよ。それから演習は合格だ。詳細は追って連絡するよ」
「ありがとうございます」
「それじゃあ二人とも部屋に戻ろうか。演習お疲れ様。今日はもう休みなさい」
「はい。あの……ありがとうございました」
「いやいや私は何も。さあ部屋へ戻ろう」
先生に一礼して俺たち二人は部屋へと戻った。
病室へ戻ってみると、妖精たちが俺たちのベッドのシーツと枕カバーを取り換えていた。そして何より、窓から入る風でなびくカーテンの隣でずっと寝たっきりだったアリスが目を覚まして外の景色を眺めていた。
「ア、アリ……ス? もう起きて大丈夫なのか?」
「あっ! 神夜さん、それに氷空さんも! おはようございます。はい、身体の方は何ともないです。あの、わたし、何日ぐらい寝てて――」
「――アリスさーん!」
ガバッといても立ってもいられなくなった氷空が、起きたばかりのアリスに抱きつき泣きじゃくった。
「あ、あー氷空さん! そんなに泣かないでくださいよ」
「だって、だってー! アリスさんいつまでも目を覚まさなくて、死んじゃったと思ったんだもん! でも、よかった……こうして生きていてくれて、私嬉しいです。もう誰かを失うのは私にとってもう……」
「氷空さん……ありがとうございます。わたしのこと、心配していただき……」
「アリス、本当に何ともないのか? いや、その、アイリの儀式による後遺症とかそういうのは」
「……はい、なんともないです。……もう神夜さんまで、そんな悲しい顔をしないでくださいよ」
「だ、だって……ってこれは氷空につられて!」
「二人とも、ありがとうございます……。二人にはホント怖い目に遭わせてしまったのかもしれません」
「そ、そんなことないよ! アリスさん一人の責任じゃ――」
『――アリスくんが起きたっていうのは本当かね!』
ドタドタと慌ただしくドアを開けて先生が部屋に入ってきた。
「先生……一体どうやって……」
「妖精たちが教えてくれたのさ。――おはようアリスくん。具合はどうかね?」
「……おはようございます、先生。具合は何ともないです」
「そうか。でも、一応検査をするよ。一緒に来てもらえるかな?」
「はい、分かりました。では、お二人とも、少し待っていてください」
アリスは妖精が持ってきてくれた車いすに乗って、妖精に押されながら先生とともに検査室へと行ってしまった。
「……行ってしまったな」
「うん。先生も妖精も仕事早いね~。けど、アリスさ……アリスお姉ちゃんが元気でよかったね」
「そ、そうだな……」
「どうしたの、お兄ちゃん? 私なんか変なこと言った?」
「い、いや! 言ってないぞ! ……何か少しだけアリスの引っかかるんだよ。ワンテンポ遅れているというか、何か隠しているような」
「そう? 私にはいたって普通に見えるけど~」
「まあこれはあくまで俺の考えだからそう深く考えることはないよ」
それからしばらくアリスが戻ってくるまで二人で談笑にふけって、一時間ほどが経過した頃だった。
「二人とも、失礼するよ~」
と、俺たちのカルテと思われるファイルを手にしたシルク先生が病室に入ってきた。
「二人とも楽しそうなところだけど大事な話があるの。ちょっといいかな?」
先生に言われるがまま、俺たちは自分たちのベッドに腰掛け、先生の話に耳を傾けた。
「え~っと。単調直入に言って二人とも、心身ともに異常なし。明日には予定通り退院できます。魔力は順調に戻って行っているし、今後の活躍に期待しますね。くれぐれも無茶な戦闘はしないこと。特に神夜くん! 君の魔力回路は運ばれた当初はボロボロの崩壊寸前だったんだぞ! いったい何をしたらそうなるんだい? 長年医者をしているがこうもまあボロボロな患者を診たのは初めてだぞ。これも紅天使の力なのかな」
「は、はぁー……」
「とにかく! 無茶はしないことね。それからここから先はアリスちゃんの話になるけどね。今簡単な演習を行っているからなんともだけど、彼女の力、全盛期の30%にも満たないわ。たぶん、魔王との戦闘の最中、何らかの要因? で力を奪われたりして、無事取り戻したはいいけどそれは絞りカスにしか満たない物だったのかしらね。私からはそれぐらいしか言えないけど、何かある?」
「シルク先生、アリスお姉ちゃんの力は全盛期のころと同じになるのですか?」
「んー……ゆっくり時間をかけていくしかないわね。ただ、彼女の力の根源は根本的に私たちとは異なるから時間をかけても難しいかもしれないわ」
「そ、そうですか……」
「そう気を落とさないで氷空ちゃん。アリスちゃんも自己掌握はしていると思うわ」
「先生。アリスの力の根源は俺たちとは違うというのは、彼女の力の根源が『天使と悪魔』の双方の力を持つが故ですか?」
「だと思うわよ? もっとも私たちも初めてよ。天使と悪魔の混血なんて。出生届も『人間』として登録されているのだもの。血液検査だと分かるかもしれないけど、項目に遺伝子情報は書くほどじゃないからいつも省略されちゃうのよね。とにかく、今後彼女にはなるべく戦闘を控えさせること。ぶっちゃけいうと、あなたたちの世界で平穏無事に生活させてあげてね。それが何よりの治療になると思うの」
「は、はい!」
「それから。――“ヒール”」
カルテをテーブルにおいてシルク先生は、俺の頬に両手をかざして治癒魔法を唱えてくれた。
「忘れるところだったわ。これでケガは治ったわよ。けど、安静にね」
カルテを手にしてシルク先生は部屋を出て行ってしまい、沈黙という空気がこの部屋中に充満しているような気がした。氷空に何を話せばいいのか。第一声は何か。あれやこれや考えているうちに、氷空から俺に話しかけてきた。
「ね、ねぇお兄ちゃん。アリスさんの力の根源は『天使と悪魔』なんだよね?」
「仮説としてはだと思うけど。それがどうかしたのか?」
「うん。幼稚的かもしれないけど、お兄ちゃんがアリスお姉ちゃんに天使の力を分け与えればって考えたんだけど無理だよね?」
「……それ、俺も考えたよ。けどさ、俺の場合、天使は天使でも紅天使だ。いわば天使の亜種的存在と考えていい。それでアリスに力を譲渡したらどうなるかって考えてみた結果」
「結果?」
「結果、力が暴発するかもしれない。アリスは天使と悪魔の両方が合わさって、それをゼロというバランス、均衡が保たれた時、初めて力を発揮すると思うんだ。きっと一方だけが強かったらダメなんだと思う」
「なるほど……」
「あくまで仮説としてだ。こういうのはやはり時間がなんとかしてくれたりもする場合もあるし。しばらくは向こうでゆっくりしよう」
「うんっ♪ 向こうに帰ればおじいちゃんにおばあちゃん、親戚のみんなにルナお姉ちゃん、雛乃町に帰れば咲妃さんたちが待っているもんね。それに雛乃町祭りもあるしね」
「あぁー今年は去年以上に盛り上がるだろうよ」
『お二人とも~ただいま戻りました~』
検査と演習を終えたアリスが病室に戻ってきた。見たところ演習によるケガはないみたいだ。その場で治癒でもしてもらったのだろうか? 何はともあれ無事でよかった。
「アリス、演習はなんともなかったか?」
「は、はい! けど、いつもと違った気がしました。力の半分も出せなかったような気がします……」
「そうだったのか。なあアリスは先生から検査結果は聞いたか?」
「いえ、まだです。神夜さんたちは聞いたのですか?」
「あ、あぁ聞いたよ。俺たち三人の検査結果をさ」
アリスのことを今この場で俺の口から言うべきであろうか。それとも、先生の口からきくべきであろうか……。俺は氷空の顔色を窺った。彼女は首を縦に振り、話すべきであると意思を示した。
分かった。
「アリス。今から話すことを落ち着いて聞いてくれよ」
「は、はいっ!」
俺はアリスと真意に向き合って、シルク先生から言われた、聞いたことを洗いざらい全部話した。身体的面は以上なくても、アイリの儀式による後遺症が能力半減という形で表れているということも全て、彼女に話した。
「……そうなのですね……。目を覚ましてから薄々気づいてはいました」
「アリス……」
「だ、大丈夫ですよ! 力の半減は冒険者には誰にでもあることですし、それにわたしは……。このまま冒険者を辞めて、みなさまの足手まといになるのが怖いところです」
「足手まといだなんて! そんなことはないよ! 今はそうでも時間をかけていけばきっと! きっと大丈夫だよ!」
「神夜さん……」
「お兄ちゃんの言うとおりだよ! アリスお姉ちゃん! お姉ちゃんならきっと! きっと大丈夫だよ!」
「氷空さん……。お二人とも、わたしを元気づけてくださり、ありがとうございます」
アリスの瞳には薄らと小粒ほどの涙が浮かび上がり、ツウーッと流れ星のように頬の上を一滴流れ落ちた。
「ア、アリス?」
「あっ! い、いえ、これはそのうれし涙というかなんというか……ホントにお二人には感謝の言葉しか浮かびません……! それに氷空さんはわたしのこと急にお姉ちゃんだなんて……」
「ご、ごめんなさい……」
「いえ、謝るほどのことじゃないですよ! なんというか、すごくうれしいです!」
「アリスお姉ちゃん……」
氷空の中で何かが弾けたのか、アリスに抱き着いてまた泣きだしてしまった。やべっ俺もまた泣きそう。
「……神夜さんも泣いていいのですよ?」
「な、泣かねぇよ……。からかうのはよしてくれ」
「ふふっ、冗談ですよ。でもね、みーくん、泣きたい時は泣いてもいいんだよ」
「……アリス、今のは……?」
「……わたしなにか変なこと言いましたか?」
「いや別に」
気のせいだろうか。昔、母が俺に言ってくれたことをアリスが言ってくれたような気がしたけど、気のせいだろうか。
それから小一時間ほどして、先生からアリスに検査結果が言い渡された。演習は合格ただし、俺が言ったように力は全盛期以下であること。ゆっくりしていれば力は徐々に取り戻す先生はおっしゃった。
アリスも先生の言葉を真意に受け止めていた。
戦いの後の現状はあるもの、当たり前であった物事、あらゆるものを掻っ攫っていく。そんな戦いへの終止符を俺たちの手で討たねばならない日が長からず訪れるであろう。 もう誰にもつらい思いはさせない。
俺は密かに胸に刻んだ。




