第2クエスト 現実(リアル)から異世界(SOW)へ
―――神夜の夢の世界―――
「お願い起きてっ! 起きて、わたしの話を訊いてー…!」
常闇の空を月光と無数の星たちが照り付ける草原の下で寝ている神夜の身体を、少女が必死になって揺さぶる。
「奴らが……ついに奴らがそっちの世界に侵攻を始めたの。それを阻止できるのはあなた達しかいないの。お願い……起きてわたしの話を聞いて」
少女は涙ぐんで神夜の身体を揺さぶってお願いするも、神夜が起きることはなかった。
「……危機がせまったら、あなた達を呼びにいきます。そのときはわたし達に力を貸してください。この世界を救うあなた達の力を……」
少女は神夜のそばから立ち上がると、足元に入り組んだ魔女文字と六芒星を合わせ描いた陣を描き、光に包まれてその場から姿を消した。
*
翌朝。
普段通り、朝の定時に目覚まし時計が俺の脳に取りつき意識の封印に成功した睡魔たちを追い払うべく必死に甲高いベルを鳴らして睡魔の浄化作業を始まった。
薄ら眼の半覚せい状態の俺は、手探りでベルを鳴らし続ける目覚ましを止め、ゆっくりと鉛のように固く重くなった体を起こし洗面所で顔を洗って浄化されなかった睡魔たちを眠気とともに綺麗に洗い流しす。
今日の寝癖は一段とひどい……。
五右衛門のようにボッサボサの髪の毛をいじりながらのんきにあくびして水気ひとつない台所に立ち、昨日の晩に準備していたものを冷蔵庫から取り出した。手ぎわよく壁につるしてあったフライパンを手に取って卵等を綺麗に焼いていき、いい具合に盛り付けた頃あいとともに氷空を起こしに二階へと上がった。
「おはよう氷空。朝食で来たぞ―」
部屋をノックしても返事はなかった。まだ寝ているのかと思い俺は勝手に扉を開けた。
「氷空、はい――!」
部屋に入った途端、開いた口は閉じず声帯から言葉を発せなかった。
白かった壁紙には誰かの血痕がべっとりこべりつきベッドのシーツはビリビリに引き裂かれ寝ていたはずの氷空の姿がなかった。そしてきれいに戸棚に並べられていたぬいぐるみが数体床に落ち、中には引き裂かれ中身の綿が飛び出していたのもあった。
寝ている間に何があった……。隣部屋だから物音はするはずなのに。
朝から愕然と気を落としてしまった。いったい誰が何のためにこんなことを……。
涙腺から溢れ出そうになる涙を食い止め一階に下り、悲しくても準備していた朝食を摂りながら今朝の報道ニュースを見るためテレビをつけた。もしかすると氷空と同じ事件があってないか見てみるもどこの局も取り上げてはおらず、いつの間にか朝食を盛った皿は全部空になっていた。
すると、ポケットに入れていたケータイが一本の電話をキャッチした。
……咲妃か。
すぐに、ケータイを取り出しさっきまで涙を流していたことを悟られない声で咲妃からの電話に出た。
「も、もしもし?」
「あ、神夜? もう起きてる?」
話しているんだから起きているだろ。
「起きているが? ついさっき朝食も済んだところだ」
「そう。ならさあ今すぐうちに来れない? 今、誰もいないから」
「わかった。すぐ行く。PC立ち上げておけよ。ユキたちが来る前に魔王を倒すって約束だっただろ? さっさと倒してしまおうぜ」
「了解。じゃあ待ってるね―」
朝から元気ハツラツな咲妃との会話終え、食べ終えた食器を洗浄機の中に入れ氷空の分の朝食にはラップをかけ冷蔵庫に保管して駆け足で二階へと駆け上がった。手っ取り素早くジャージから普段着ている黒の半袖と藍色のハーフジーンズに着替えた俺はイヤホンを耳にして、ノートとワークの入ったカバンを手にし家を出た。
咲妃の家は俺んちからそう遠くない位置にあり、歩いても精々五分か六分程度の距離だ。道中、ほかの家がないから基本的にはお隣さんと呼んでもいいかもしれない。昔から近所付き合いもあったしな。
イヤホンから聞こえる曲が終わり次の曲を流し始める頃合いで『八雲』と大理石にほられた表札を飾っている咲妃んちの門前に到着し
『ピンポーン……』
と門前に取り付けられたインターホンのベルを鳴らす。
「はーいっ」
外だっていうのに家の中から咲妃の声がかすかに聞こえてきた。どんだけ、大声で叫んだんだあいつ?
「神夜いらっしゃい。さ、上がって。ユキたちはまだ来てないから」
出迎えてくれた咲妃の格好は青のホットパンツに白のキャミソール姿でいかにも寝起きって感じが漂っており、伸びきった襟元からは発育がいいと言ってもいいくらいの豊満な柔肌が二つ覗かせていた。
「あ、あ―…」
ちょっと照れながらも門をくぐって咲妃の家に上がった。
「お、お邪魔します……」
「なに照れてるのよ。前も来たことあるでしょ」
「そ、そうは言ってもよ―…」
照れているのは、お前がそんな恰好で出てくるからだろう。思春期真っ只中の男子高校生にとってはお前の格好は刺激的すぎるし、照れの一つでもしてしまう。
「ね、神夜。さっそく“SOW”の魔王討伐をやるわよ。神夜もあたしと同じ魔法剣士でしょ。二人で攻撃すればクリアできるしねっ」
「そうだな。せっかく早く起きたし一狩行くか」
タブレットPCを即座に立ち上げ“SOW”のログイン画面まで持ち上げ。
「咲妃、第一サーバーのどこで落ち合う?」
「ギルド“ホーリネス”の門前にしましょ」
「あいよっ。じゃあ、またあとで」
雑音が入らないよー、お互いにヘッドホンを装着していざ“SOW”の世界へ。
*LOG IN
朝一でのログイン。いつもなら、ネトゲー廃人達が巣食う第一サーバーの回線は軽く人気があまりなかった。どういうことだ……。
ログインと同時に周りをカメラ視点でぐるっと観察しながらボチボチと歩いて、咲妃と落ち合う約束をしたギルド門前を目指しながら人の気配を探ってみても誰もいなかった。
今日に限っておかしすぎる。いつもならまだ人が徘徊していたもおかしくないのに……いったい何があった?
人を探しているうちにギルドの門前にて、紅いブレザーに赤チェックと白のロングスカートに茶色のロングブーツを着込み、赤髪ロングヘアのポニテから小さく尖った耳先を覗かせるハーフエルフ特有の腰にはスピード重視のレイピアを装備したプレイヤーが待っていた。
「あ、おそいよー神……夜神―」
「わりい、サキ。あれ、お前ー武器変えた?」
「うんっ。今回はスピード重視の連続攻撃でHPを削って行く作戦だよー。夜神はなんか作戦あるの?」
「特にないな」
「やたら強気ね」
「当たり前だろ。それでもう依頼の方は受注してきたのか?」
「もちろん。夜神もこの依頼にサインして」
「はいはい」
サキが送ってきた依頼書に何のためらいもなくちょちょいとサインし受注する。
「さ、行こうぜ。魔王のいる“天空の古城”に」
「うんっ」
装備、アイテムとともに万全な俺たちは第一サーバーの外門につき、パーティリーダーのサキが行先を指定し依頼場所“天空の古城”についた。
ここに来るのは何度目だろうか……幾度となく魔王“ソーマ・ヘルシャフト”にソロで挑んで勝ちを手にするまで何度も通った。
「夜神、こっから先の守護神は無限増殖するから一転突破で魔王の社まで一気に行こう」
「分かってる。俺が太刀と魔法攻撃で道を作るからサキは魔法で後方のカバーを頼む。前衛は俺にまかせろ」
「うん、わかった」
拠点から次のエリアに移動したと同時に大量の守護神が姿を現した。
「サキっ!」
「うんっ!」
「「魔力解放ッ!」」
同時に体内に抑えていた魔力を解き放ち、その時生じた風圧で守護神たちを怯ませ前衛
に魔力を送り切れ味と攻撃力を上げた太刀による斬撃を喰らわせ道をつくる。
「お前らの強さはこんなものか!? サキ、後衛は!」
「うん、大丈夫。夜神が大穴開けてくれているから無限増殖を何とか抑えている状態かな?」
「了解、このまま一気に行くぞっ!」
休む間もなくぶっとうしいで魔法を放っては黒太刀による斬撃を繰り返して大穴を開き、大きく前進を繰り返しているうちに魔王の社に着いた。
「ハァ―…ハァ―…や、やっとついた……」
「夜神ー無理に雰囲気出さなくてもいいよっ」
「うんそうか? まあいいや。サキ、俺は魔王出現と同時に奴の顔面近くに飛び込み不意打ちをかけるからその隙に、スピード重視のレイピアでできる限り攻撃してくれ。それで先手をとる」
「うん。先手をとった後はどうすればいいの?」
「とにかく逃げろ。奴の一撃はライフ半分を奪うほどのものだ。隙は全部、俺がつくるからサキは魔法とレイピアで攻撃することだけ考えろ」
年密な作戦をサキに伝え、俺たちは社の大扉を開け真っ暗な社の中に入った。
すると、周りの燭台に黒帯びた炎が次々とつき始め真っ暗だった社内部を照らし玉座に悠々と座る魔王“ソーマ・ヘルシャフト”の姿をとらえた。
「サキ、俺のあとに続いてくれ。できる限り無理だけはするなよ」
「うんっ」
「よし。……魔力、四肢に集中……行くぜッ!」
脚に溜まった魔力を一気に解放し、地面を勢いよく蹴り上げ魔王が俺を視界に入る前に間合いに入り込み。
「倒れ……ろー!」
右腕を魔力で硬化させ、魔王の左頬に重たい一撃を入れバランスを崩し。
「サキ、今のうちに!」
「うん! 魔力、レイピアに一点集中……」
魔王の懐に飛び込んだサキは、鞘から抜いたレイピアに魔力を集中させ、突きの体制に入り。
「貫けッ! 水冷魔法“水の矢”」
レイピアの先から高圧の水が魔王の胸部を貫き、複数の風穴を開けた。
「はぐぅ―…っ!」
「よし、今の一撃で五本あるうちの一本が少し減った。このまま流れに乗って……」
空を蹴ってさらにもう一撃いるべく、間合いを詰めた途端。
「くぁ、小癪な真似をっ!」
魔王は腰に装備していた大検“ラグナロク”を装備し、縦ぶり、薙ぎ払いを繰り返し社内のオブジェクトをいとも簡単に破壊するほどの斬風をふき起こし、パーティー全域に攻撃してきた。
「 “A.T.フィールド”全開っ!」
瞬時に“A.T.フィールド”を張るもすぐに破壊され、身を守ったにも関わらずHPが半分近くまで減った。
「クソっ……。サキ、無事か?」
「うん何とか。でも、HPがレッドゾーンまで行っちゃったから次、食らうと死ぬかも……」
「サキは俺が死なせはしない。絶対にクリアさせるっ!」
腰から太刀『黒桜龍・劫火』を抜刀し、地を蹴りあげ再度魔王との間合いを詰める。
「自ら命を捧げるとは……哀れな奴だッ!」
重たい斬撃が空を斬って落とされたが、俺は落ちる前に魔王の顔面近くに攻めより。
「火炎魔法……“火竜刺砲”」
空中静止のまま人差し指を固定し、指から放った超高熱熱線で魔王の眉間を打ち抜き四
本残ったライフゲージうち一本を消費させた。
「あぁ―…この……下等種族がーッ!」
「脳天撃ち抜かれているのに生きてんじゃねぇ―っ!!」
魔王の拳がゆっくりと俺を狙ってまっすぐ飛んでくるが、瞬発的に空を蹴り、がら空きとなった胴体に業炎を刀身に宿した黒太刀を構え。
「斬撃剣技“一晃炎龍”」
巨人といってもいい魔王の肉厚の胴体を魔力により高温と化した黒太刀で斬り落とし、残った四本のライフバーを一撃で一本消費させる。そして、斬られた部位には業炎が立ち上り、残り三本となったライフゲージをじわりじわり奪っていった。
「くそ……。こんな、相手に負けるなんて……。だが、これで勝った気になるなよッ!」
突然、画面内から魔王が忽然と姿を消した。
いったいどこに行った。ライフを残したまま魔王が消えるなんてありえないぞっ。
カメラ視点を使って隈なく全方位のフロア内を探り、さらには索敵スキルをも使って魔王を探したが反応は皆無。その時だった。
「きゃあぁぁ―――!!」
とヘッドホン越しから悲鳴が聞こえた。画面を見る限り、チャットによるものではない。だとするとッ!
*LOG OUT
ヘッドホンを取り、声がした後ろの方を振り向くと、咲妃のPC画面に亀裂が入っており、その先から黒い甲冑に真紅の血の付いた巨大な手が咲妃の胴体をギュっと握っていた。
「――た、たすけて……神夜……っ」
「言われなくても!」
壁に立てかけてあった木刀を手に取り、黒甲冑めがけ振り降ろし咲妃を助け出そうとするも木刀の刀身はあっけなくへし折れ手には刀身を失った木刀の柄だけが残った。
「なっ!」
「それほどの斬撃は効かんよ。バロン、殺れ」
「畏まりました、魔王様」
「な、なんで、お前ま――!」
氷空とのゲームで倒したはずのバロンが魔王と同じように現実に具現化するなり俺のこめかみを掴むなり勢いよく扉を破り廊下側の壁に頭を叩きつけられる。
「あァっ!!」
「神夜っ!! ちょっと離しなさいよッ! このーッ!」
「離すわけにはいかんな。バロンよ、私は先に戻る。そ奴の後始末は任せたぞ」
「はい、畏まりました」
「やっ……神……夜……」
ぼんやりと、咲妃が別次元の世界に連れ去られるのをただ見ていることしかできなかった。助けるって言ったのに……手も足も出ないんじゃ話にならない。
「さて、どうやって殺しましょうか? それとも、もう死にましたか?」
鉛のように重くなった俺の身体を軽々と持ち上げふてぶてしい笑みを浮かべてバロンは俺をもて遊び始めた。
「さ……咲妃……待ってろ……」
「まだ生きていたか。だが、貴様はもう手遅れた。死ねッ!」
バロンは勢いよく俺の頭を床に叩きつける。そのせいで床の底が大口を開けて抜け落ち、そのままバロンもろとも一階に落とされるも、バロンはそのまま俺を玄関めがけ投げつけて俺を外へと追いやる。
「さすがにこれで奴も生きてはいまい。では、私も戻るとするか」
光力を限界まで引き上げたが、一寸先も見えずに瞼は崩れ落ち意識までもが遠のいていった。
俺―…このまま死ぬのかな? まだ、やりたいことたくさんあったのに……。
*
『ダメッ! あなたはまだ、死んじゃダメっ!』
き、君は、誰なんだ……?
『お願い、生きてッ! あなたはまだ、死んではダメッ!』
その言葉を聞いた瞬間、閉じていた瞼がゆっくりと開き、ぼんやりと見たことない真っ白な天井を明々と照らす電灯が見え始めた。
――ここはどこなんだ……?
自分がおかされている状況が全くつかめない。
頭もぼんやりする。いったい何がどうなっている……。
「神夜!? よかった――気が付いたか」
「えっ? あっ……しゅ、俊?」
横からぬっと、俊の顔が俺の視界に入ってきた。
「俊……ここは―いったい?」
「都内の私立病院さ。ユキが気絶したお前を見つけてな。ま、命に別状はないって医者が言っていたから心配するな」
「そうか……。なぁ俺どのくらい気絶してた?」
「ざっといって六時間弱くらいかな? それより、咲妃んちでいったい何があった!? 家の中は半壊だし門前ではお前が倒れているはでよー!」
「話せば長くなる……。ところで、ユキは?」
「今、保護者の代わりに医者から話を訊いているよ。しかし、兄貴がこんな大けが負ったって言うのに妹さんが見舞いに来ないなんてな――」
「……はいない……」
「ん? なんか言ったか?」
「氷空は……朝から行方不明だ。たぶん、咲妃と同じ次元にいる……」
「行方ふめっ――次元って!? 話の筋が見えないんだけど!」
無理もない。あのことを現状正しく理解できているのは俺だけだ。状況を見ていない俊やユキにあのことを話してもなにも―…。
『わたしはその話、信じますよ神夜さん』
スライド式の扉を開けて凛とした声を発して病室に入ってきたのはユキー…と金髪の少女だった。それも童話の『不思議の国アリス』そっくりの服装と容姿、髪型をしていた。
「ユキその子は? 迷子か何かか?」
「ううん。あなたに用事があるとのことで連れてきた」
一歩間違ったら誘拐になるんじゃないかユキ?
「それで、俺になんの用かなお嬢ちゃん?」
「むぅ。まあいいでしょ、時間もありませんので話を進めます。神夜さん、今からわたしといっしょに“SOW”の世界に来てもらいます」
「エ“SOW”って!? あのネトゲーが現実の世界にあるって言うのか!?」
「えーそうですよ俊さん」
「な、なんで俺の名前を―!」
「あなただけじゃありませんよ。ユキさんのことも咲妃さんのことも知ってます。まぁ、長話をして知ってもらうより実際に来てもらった方がいいですかね」
そういって、名もわからない金髪少女は病室の壁に歪な文字を組み込んだ陣を描き、その中心に手をついて小声で何かを唱え始めた。
「“開門”展開ッ!」
病室の壁に描かれた陣が強く光を放ちだし、ホワイトホールと言ってもいい非現実的なものが病室に召喚された。
「さ、行きましょうか。大丈夫ですよ。体がバラバラになるなんてことはありませんから。わたし先に行ってますね」
「神夜、立てるか?」
「あー何とか。もう全身に痛みはないから大丈夫だ」
さっきまで自由の利かなかった足を床につけ、俺たち三人は少女の後を追うべくホワイトホールの中へと入って行った。




