第4クエスト 帰省
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開門を開いた自宅の庭に帰還した俺たちを待っていたのは、地面を熱くする太陽とやかましくメスを呼ぶセミの声たちだった。
あっちとは違って季節感があるこっちの世界は『現実』というものを、俺たちに叩きつけてくる。
「んぅ―……戻って来れたか―」
「そうですねー。あっ! そういえば、父方のご実家への帰省って……明日からでしたよね?」
「……あーそういや明日だったねー。……って昼に剣道防具一式送るんだった―!」
あっちの世界で起きた突然の出来事で頭がいっぱいになっており、今日やっておくべきことをすっかり忘れていた。
縁側から慌ただしく家の中に入った俺たちは、自室へと向かい帰省に向けて荷造りを始めた。幸い、ルナ姉さんも氷空もまだ寝ており、俺たちが別の世界に行って今帰ってきたことに気づいていない……と思う!
ひとまず、防具一式はまとまったし玄関前に出して……って氷空の奴、昨日のうちに出しておいたのか。用意周到っていうかなんとやら。
さて……と。荷物取りに来てもらうまでまだ時間あるし、着替えとかまとめておくか。あとはじいちゃんたちに渡す菓子折りと……それぐらいでいいか。
「アリスー! 俺―ちょっとじいちゃんちに持っていく、菓子折りを買ってくるから配達の人きたらそこに置いてある伝票とお金と荷物を渡しておいてくれー。もしわからないことがあれば氷空に聞いてくれ―」
『分かりましたー。お気をつけて―!』
「あぁ! ありがとう! それじゃあ行ってくる―」
部屋で荷造りをしているアリスに頼みごとを済ませ、俺はエコバッグに財布を入れて商店街に向け自転車をこぎ始めた。
「ふぅー……着替えとかはこんな感じでいいかな? ……もう十時をまわっているというのに氷空さんたち起きませんねー……。お疲れなんでしょう。しばらくそっとしておきましょう」
まだ寝ているであろう氷空を起こしにいくのをやめたアリスは、備え付けのベッドに座り首の後ろに描かれた……正しくは第三者にマークされた魔法陣に触れた。
あの時は『解読不能』で終わったけど、今回は誰の目にも触れることなくじっくり調べ上げることができる。
そう考えたアリスは魔法陣の解読を進めるが、結果は前回同様『解読不能』であった。
上位クラスの結界、魔法陣であれば、過去に何度も解読完了しているアリスの自信そのものが打ち砕かれそうだった。
たぶん、この魔法陣は最上位クラスの魔導師、あるいは魔導師であるユキに頼んでも『解読不能』になると思い解読をやめた。
結局正体が掴めず仕舞いで終わった。
いつどこで誰にマークされたのか、まったく検討が着かないどころか記憶がない。しかし、解読中に見えたセミロングヘアの金髪の少女は誰だったのか? という疑問がアリスの中で浮かび上がってきた。
「ふぅ……なんだか頭痛くなってきました……。もうすぐ十一時ですか。神夜さんももうすぐ帰ってくるとして氷空さんたちは寝すぎ……」
『う―……ん。おはようございます~アリスさん……』
二日酔いにでもなったのか、すこし青ざめた表情をした氷空がアリスの部屋に入ってきた。
「おはようございます。大丈夫ですか?」
「うん……ちょっと寝すぎて全身いたいよ。あれ? お兄ちゃんは?」
「神夜さんなら祖父さまのおうちに持っていく菓子折りを買いにいきました。もうすぐ帰ってくるかと思います」
「なるほどね~。ありがとうございます。あーうー眠い―……」
「――氷空さん。ちょっとこちらに来てもらえますか?」
「ふえ? ……いいけど?」
アリスに呼ばれるがまま、氷空はドレッサーの前に座った。
そしてアリスは氷空の寝癖づいた髪をブラシで梳きほぐしていった。
「休日とは言え度、氷空さんも女の子なんですから身だしなみには気を配ってくださいね」
「う、うん……。ねえアリスさん。何か、悩み事とかしてないですか?」
「へっ? き、急にどうしたのですか!」
「ん―……何かに悩んでいる気がしてさ。悩みはストレスの原因だから私でも、お兄ちゃんでも、ルナお姉ちゃんにでも話していいからね! 皆力になるから!」
「氷空さん……。はいっ! ありがとうございます! でも、今はこれといった悩みはありません……。御心配していただきありがとうございます♪」
同じ家に住む者として、家族として氷空はアリスのことを気にして言った。
実際、アリスはあっちの世界で暮らす家族を皆殺しにした犯人の事と失った悲しみ、そして首筋にある魔法陣の謎で頭の中はいっぱいいっぱいであった。しかし、氷空の言葉を聞いて、すこしだけであるが彼女の中で悩み事が解きほぐれた気がした。
さて、じいちゃんたちに渡すお菓子折は買ったし、そろそろ帰るか。あっちもあっちで荷物を送ってくれただろうかな?
にしても暑いな―……。一雨来ないかなーなんて時々思うが、雨降って晴れて蒸されるような湿度が上がるからいやだな……。結果的に天候は晴れたままでいいってことか。
自転車をこぎながら悶々と夏場張り切る太陽に文句を垂れながら帰路を進む。
『やれやれ……。考え事をしながら進むと事故になるよ』
どこからか声が聴こえた。見渡す限り塀しかないし、そこには一匹の黒猫……の姿をしたフィリアがいた。
「お前、まだこの世界にいたのか。仕事はいいのか?」
「今日は休日なんだよ~。それにあんな殺伐としたところよりこっちのほうが、気楽なのよ」
「そうなんだー。それより、一昨日の手紙。あれはいつ渡されたものだ?」
「んー? あーあれはたしかね~五日前だよー。本当は君に初めて会ったときに渡すべきだったんだけどね。一緒にいた子に知られるわけにはいかないと思ってねー渡せなかった。結果的にぼくのせいで、あの会議参加に遅れて行かせることになったんだよ。ごめんねー」
「お、おう……」
「あと、アリスのご両親の件はぼくの想定外だったよ。彼女、精神的に大丈夫かい?」
「大丈夫だ。仇を討つっていって決意を固めたからさ」
「そう。なら大丈夫そうだね。昔、腹違いの姉を失った時の彼女は――」
「……姉? アリスに姉がいたのか!」
「あ、あれ? アリスは言ってないの?」
「言ってない! あいつが団長に尋ねられた質問に対しては『祖父母、父母、弟と妹』がいるって言っていたから……」
「そうなんだー」
「あぁそうとしか言っていない」
「そうか―……。まあそんなわけさ。じゃあぼくは行くよ~。それじゃあね~」
踵を返してフィリアは塀から飛び降り、どこかへ行ってしまった。
猫の行先は気紛れだからどこに行こうと知ったこっちゃあないが、あいつはこの世界の住人じゃないからちょっと心配だ。
何はともあれ、フィリアと別れて数分後、俺は家に着いた。
玄関前に置いていた荷物がなくなっていたので、俺が出かけている間に業者が回収に来てくれたらしい。仕事が早くて非常に助かる。
「ただいまー」
「おかえり―お兄ちゃん。さっき業者が荷物持って行ってくれたよー」
「おぉー分かった。氷空はもう荷造りできたのかー?」
「んーあと少しかなー。お兄ちゃんは―?」
「俺はもう昨日のうちに終わっている。もう明日にはいくんだから終わらせておけよ」
「はーいっ。……ねえお兄ちゃん。今日のお昼は何かな―?」
「んー? そんなのそうめんに決まっているだろ。低コストですぐにできるしな」
「えぇ~! またそうめん! もう食べ飽きたよー」
「わがままいうな。明日からしばらくはいないんだしそんなに買い込んでも食べないだけだからちょうどいいじゃないか。できたら呼んでやるからしばし待ってろ」
「……はーい」
頬を膨らませ不満がありますようと露骨にアピールする氷空をなだめて、俺はすぐに昼食の準備に取り掛かった。
沸騰したお湯でゆでること約一分ちょっとで完成するそうめんを冷水でゆすぎ、そのまま竹ザルの中に入れ、仕上げに出来立ての氷を入れて本日のお昼御飯が完成した。
夏はやはり手間いらずでできるそうめんが楽でいいな。
「おーいっ。氷空―アリスールナ姉さ―んっ。お昼できたぞー」
お腹をすかせた女性陣を食卓に集合させるよう呼びかけるなり、彼女たちは籠っていた自室から出てきた。どんだけお腹すかせてたんだよ……。まあいいか。
「ん―……おはよーみーくん。今日もお昼はそうめんなんだねー……」
ぼさぼさの髪の毛をかきむしり『今起きましたよ』っていう雰囲気が漂うルナ姉さんが席に着くなり、大きなあくびをした。
「こっちに来て、姉さん堕落してないか?」
「堕落はしてないよ~。ん―……でもこっちの夏は暑いね―……」
「そりゃあ……緯度が違うからな―」
「そうだよね―……。もう食べていいの―?」
「いいけど。俺たちの分も残しておいてよ」
「はーい」
そういってルナ姉さんは箸を持って、一足先に昼ご飯を食べ始めた。
それと時を同じくして、氷空とアリスが食卓に入ってきた。
「やっとできたんだねーお兄ちゃん。もう待ちくたびれたよー」
「待っていたのなら先に作って食べておけばいいじゃないか」
「ん―……それもいいけど。やっぱりご飯はみんなで食べるがいいじゃない?」
「……それもそうだな」
「そうだよ~。それはそうとお兄ちゃん。卵焼きは―?」
「んー? 作ってねえぞ。もとり卵がない。いや、むしろ買ってもない。明日から俺たちはじいちゃんのところに行くんだから買っても余るだけだし」
「そうかもだけど―……それでもお兄ちゃんが作る甘いの食べたいの―!」
「食べたいのなら食材を買ってこい。俺はもう外には出たくない……」
「むぅー……今回は我慢するけど今度作ってよねー」
「今度な。さあ食べよう」
「はーいっ」
少しわがままな氷空をなだめて、俺たちもお昼ご飯にありついた。
翌日。
雛乃町に朝日が差し込んで数時間が経過した頃。昨晩準備して忘れ物がないかまで念入りにチェックした荷物を外に出して、俺はまだ身支度をしている氷空たちを待っていた。
じいちゃんのところまでは電車を使っても大体二~三時間ほどの距離のところにある。朝一でいくのは、ちょっと向こうでやっておきたいことがあるからであり、まあぶっちゃけると単に盆の手伝いをするのに男手が必要だからということ。俺だけ一人で先にいくのもいいが『氷空たちも一緒に朝一でいく』って言ってくれた。なんとまあ兄想いな妹を持ったのか。お兄ちゃん泣いちゃうぞ……。
なんて、考えている間に麦わら帽子をかぶった氷空と、白のつば広ハットをかぶったアリスが家から出てきた。
玄関前では寝巻きとして着ているキヤミソールの肩紐が少しずれて、寝起き感が漂うルナ姉さんが見送りに来てくれた。
「ごめんねーお兄ちゃん。待った―?」
「別に。んじゃあ忘れ物はないな?」
「無いよー」
「はい、ありません」
「うっし。じゃあ行くか。行ってきます、ルナ姉さん」
「んー……三人とも~気を付けてねー……」
「うん。見送りありがとう。ルナ姉さんも帰国の際は気を付けてね。あと、戸締り忘れないでね」
「うん……気を付けるね―。……みーくん。ちょっと待って―」
「ん?」
何か忘れ物でもしたのか? なんて思い俺は踵を返して、手招きしているルナ姉さんの素に歩み寄った矢先。突然、手首をつかんできて、グイッと自分の方に引き寄せられた。
突然の出来事でつい目をつぶってしまった。
そして、そのまま唇に何か軟らかいものが触れた。目を開けてみると、目の前には姉さんの顔が見えた。そして一瞬にして理解した。
あー……やってしまった。いや、やられた……。と、言うべきなのか?
大人び外国人さながらの妖艶さを出す姉さんの唇が、俺の唇と触れあった。そして、姉さんは間髪入れずに、俺の口の中に舌を絡めてきた。歯茎をなぞり、歯を舌舐め、互いの舌が唾液でねっとりと絡みつくぐらい、触れてきた。
「あ、ああああああーッ!」
「はわわわわわわっ!」
氷空とアリスが顔を真っ赤にして、慌てふためいていた。
「ん、んんーっ! ……はぁー……! な、何するんだよ!」
姉さんの唇が離れるや、唾液が艶めかしく銀色の糸を引いてプツンと切れた。
突然のことで何が何だか……。ダメだ……! 思考が追い付かない……!
「何ってー……ん―……いってらっしゃいのキス? だよ?」
「いってらっしゃいのキスでディープキスなんて聞いたことがねえぞ!」
「えぇー……だってー……」
「だってもへったくれもないよ……まったく数日会えないだけじゃないか。時間経つのって意外と早いんだからさ。すぐ会えるよ」
「……ホント?」
「ホント。んじゃあ行ってきますルナ姉さん」
「いってらっしゃーいっ」
荷物を手にし、シャツの襟もとで口を拭って、俺たちは雛乃駅に向かって歩き出した。
雛乃町から都心行の電車に乗ってそこからさらに快速電車に乗り換えて揺れること二時間ちょっと。さすがはお盆休み前とだけあって乗客数は予想していたのよりはるか上を行く人数が乗り込んできた。
だが、俺たちが降りる駅の前ではガランガランとなった。そしてそこからさらにローカル線に乗り換えて先に進んだ。
そして、時刻が十二時を回る前に俺たちは、じいちゃんちからでいう最寄りの駅に着いた。次の電車は三十分に一本あるかないかの瀬戸際。超が付くほどの田舎町である。
目の前に広がるは、活発期に入った太陽の恵みをたっぷりと浴びて育ったヒマワリが咲き誇っていた。
毎年のごとく見ているが、今年は一段とすごいな―……。
さて、ここから先は歩いていく、バスで行くのもいいが二時間に一本だからな―……歩いて行った方が確実にバスかせ来るよりかは早く着くと考え、俺たちはじいちゃんちに向けて歩き始めた。
氷空とアリスはカバンから日傘を取り出した。
「なー俺も入れてくれよー」
「ダーメ。荷物あって一人分がやっとなんだから―」
「へーい……」
あっさり断られた。
まあちょっと歩けばすぐだしいいかな―?
駅から歩き始めて二十分。ちょっとした丘を上がると、じいちゃんちの目印ともいえる石塀と瓦屋根の荘厳な門が見えてきた。
そして、門前では遠路はるばる車を走らせてきた親戚一同が、門側に設けられた駐車場で荷物を下ろしていた。
「さ、着いたぞー。。ここがじいちゃんち。我らが十六夜家十七代当主、十六夜譲弦が住む家だ」
瓦屋根の平屋造りでいつどの時代の人が見ても、これこそ由緒正しき日本家屋だと言い切れるほど立派な屋敷が門の奥でそびえ、母屋らしき一層大きな屋根の奥には離れの屋根がいくつか見えた。門から家までには灯篭が等間隔で立ち並び、広い庭には池があり、その中をコイが数匹泳いでいる。さらに、ここからちょっと歩けば、じいちゃんが作った野菜畑がある。
さてさて、今年は豊作かな―?
ふぅーと、ため息をついて呼吸を整えて俺たちは、行き交う親戚たちに挨拶を交わしながら門をくぐった。
玄関前ではばあちゃんが、下ろされた荷物を玄関に上げていた。
「ただいまーばあちゃん。久しぶりだねー」
「あらあらまあみーくんに氷空ちゃん。おかえりなさい。今年はルナちゃんや咲妃ちゃんと一緒じゃないのね。あら―? 後ろの子は?」
「あぁーこちらは今うちの高校に留学している十六夜アリスさん。今はうちで暮らしてもらっていて、偶然にも、同じ苗字なんだよ」
「い、十六夜アリスです! よろしくお願いいたします!」
「これはご丁寧に……。こちらこそよろしくね、アリスちゃん」
お互いに頭を下げて、アリスとばあちゃんはあいさつを交わした。
「なあ、ばあちゃん。じいちゃんは今どこにいる?」
「? 主人なら今道場にいるかと。今は門下生と稽古中ですからねー」
「そうか。ありがとうばあちゃん」
「どういたしまして。それよりもこないだみーくんと氷空ちゃんの防具一式が届いたわよ。それは道場の方に置いておいたから確認してね。それからもう少ししたらお昼だからね」
「りょうかーい。ありがとうばあちゃん。んじゃあまたあとでー」
ばあちゃんと別れて、俺たちは家の中に上がり、荷物をまとめているところにさりげなく置いて、すこし離れた所にある道場の方に向かった。
十六夜流剣心術。
室町時代後期、十六夜家初代当主様が生み出した剣術であるが、十代目当主以降から今現在は武道のしきたりに従っているが、昔は殺人の場面で多様に扱われていたと、じいちゃんから聞いている。
その動きは剣術のみならず、四肢をフルに活用する体術も扱う。いわば接近戦に特化した型ともいえる。
俺や氷空も十六夜流剣心術を教わったことがあるが、雛乃町にある道場で矯正を含めて稽古を積んだから、十六夜家始まって以来の実力を身につけた。
それでも、十七代当主であるじいちゃんにはまだまだ敵わない。さすが、十六夜家歴代最強の剣豪かつ師範だわ。
離れにある道場前に着くと、門下生たちが声を張り上げて稽古に勤しんでいた。
こんな暑い中、よくまあ頑張るね~。感心だわ。
『そこー! へばるにはまだ早いぞー! 頑張らんかー!』
『はいっ!』
皆ヘトヘトに疲れ切っていた。竹刀を握る左手の握力はすでに限界に達しているのか、軸はブレブレ。もう竹刀を振るう体力はないと見た。
『――よーし。今日の稽古はここまで! 各自ストレッチをして気を付けて帰れよ―』
『『はいっ! ありがとうございました!』』
竹刀を納めて、師範であるじいちゃんに一礼した門下生たちは隅っこによって面を取り始め、防具をも取って涼を得た。
『あっ! 神夜兄ちゃん!』
と、一人の門下生が隅っこの方で稽古終盤を見ていた俺に気が付いた。
「ん? おぉー神夜じゃないかー! さっき着いたのか?」
指導を終えたじいちゃんも俺の存在に気づき、ストレッチそっちのけで俺の方に来た。
「うん。さっき着いたんだ。それより、もうすぐお昼ご飯だってばあちゃんがいってたよ」
「そうかーわざわざ呼びに来てくれたのか。ありがとよー」
カッカッカーと、じいちゃんは木刀の峰で自身の肩を何度か軽く叩き、笑いながら俺の頭を老人とは思えない若い手でポンポンと叩いてきた。
「い、いてーよ……!」
「そういうな~。なあ神夜よ。お前、今でも剣を……。剣は振っているのか?」
「剣を振る……か。少なくても手ばなしはしていないよ」
「そうか……ならいい。ならお前の実力……ちとばかり、見させてもらうか!」
「ッ!」
問答無用で、じいちゃんは俺の脳天目掛け木刀を振りかざしてきた。殺気に満ちた眼。殺る気満々じゃねえか!
紙一重で見切り、かわした俺は横に跳躍し、何十本もの竹刀が納められたポックスから木刀を一本拝借し、すぐに剣先をじいちゃんに向け構えた。
他の門下生はもういない。サシでやり合える……が……。
「いい動きだ。いくつもの戦場を駆け抜けてきたって感じだ」
「俺を試したのか?」
「あぁーそうさ。さて、飯に行くぞー。まあそれに、明日からお前をみっちりしごけると思うと……な」
ガキみたいな笑いをしてじいちゃんは使った道具を、自分専用の棚に納めて道場を後にした。
……じいちゃんに試された。く、くく……くはははは……! じいちゃんも仕掛けてくるつもりでいただろうな。さすがは歴代最強のって言ったところだ。……さっきの状況下で、ガチでやり合ったらどうなるだろうか? それも接近に特化した十六夜流剣心術を習得した者同士が……だ。たぶん、どちらかが死ぬだろうな―……。それを覚悟してじいちゃんは? ……考えるのは予想。身内で殺し合いなんてシャレにならん。
手にした木刀も元の位置に納め、道場の戸締りをして俺もその場を後にした。
だだっ広い縁側に面した茶の間に着けば親戚一同が会しており、奥様方とばあちゃん、氷空やアリスが台所でできた料理を運んでいた。
「あー! お兄ちゃん遅いよー!」
「あ、あーすまん。俺も何か手伝えることがあればー」
「神夜さん。これ、運んだらもうおしまいですから、席についてください」
旬野菜の天ぷらを盛った大皿を手にしたアリスが台所から出て来るや、ばあちゃんも一緒に出てきた。
ドンっと、音を立てアリスが持ってきた大皿が長テーブルに乗った。そして長テーブルを囲むようにして父を除く十六夜家全員が揃った。
全員とはお初になるアリスに俺はざっと親戚一同を紹介した。
十六夜家は当主である譲弦を始め、長男である親父を含めて男三人、女性一人の四人兄妹。孫は全員で十人おり、十六夜家の初孫である俺を始め高一の氷空、中二の謙哉……と下は四歳と、まあ孫に恵まれている。その中で俺を入れて五人が何らかの形で武道をしており、十六夜流剣心術を習ったはまだ俺と氷空だけであり、それ以外は習得レベルに達していないということだ。
さて、紹介は済んだが、まだ何か分からないところがあればまたあとで教えればいいか。
「――さて、こうして皆の顔が揃うのは正月以来……でもないか。三月ごろに何人か帰ってきおったが……。また月斗が帰ってきてないことを除けば。あいつも仕事で忙しいのじゃろうし。さて、今年は一人家族が増える! 十六夜家当主としてアリス君を歓迎する! では皆の者、お手のグラスを手にして……。アリス君の歓迎と一族の再会を祝してカンパーイッ!」
「「「「カンパーイ」」」」
キンッと手にしたグラスを軽くぶつけ、キンキンに冷えた麦茶をクッと飲み干した。
一族皆から歓迎されて、アリスはタジタジになっていたが、俺と氷空のフォローがあってだんだん馴染み始めた。
義理とは言え度、家族を失ったアリスの心の救いになればな……と俺は思う。
「ところで神夜よ」
「ん? なんだよじいちゃん」
ばあちゃんお手製のいなりずしを口にして俺は答える。
「幼馴染の~……咲妃ちゃん……だったか? お前、いつ結婚すんだ?」
「ファッ!? んっ! んんーっ!?」
急を要するような質問をぶつけられ、小判粒が危うく器官に入りかけた。気を利かせた氷空が注いでくれた麦茶をすぐに飲み干して呼吸を整えた。
「――な、何ちゅう質問を真昼間からするんだよ!」
「えぇ~だって幼馴染という再起用の属性だよ~。それに素直でいい子じゃない~」
じ、じいちゃん……ネットの扱いすぎでついに脳がイかれちまったのかよ……! つうか絶対毒されてるよな!
「素直っていうか! あ、あいつはあいつで……」
「ほほお……あいつはあいつで……なんだ?」
ニヤニヤとした顔でじいちゃんは俺に質問を飛ばしていく。
おいおい……なんでこの場で俺は自発的……いや自虐しなきゃならんのだよ! 氷空もアリスも何ちゅう目で俺を見るんだよ……! この場を丸く収める答えてしては……。
「あ、あいつはあいつで……別に嫌い……ではない! と、だけ言っておくよ」
そう別に嫌いではない。この言い回しであれば『好き』や『大好き』って言ったことにはならないから大丈夫……! であるがー……んー……果たしてこの言い回しで正解なのかはさておきだ。さすがにじいちゃんもこれで妥協してくれるかな?
チラッとじいちゃんの顔色を窺った。
めっちゃニヤニヤしてやがる!
ハァーン! いったい何が正解なんだよ―! もうわけわかんなーい!
「そうかー……そうなのかー。神夜も青春してるんだな~いや~若いっていい~。わしも若い時はばあさんと~……」
「もうやめてくださいよ~」
「えぇ~いいじゃないか~」
ばあちゃんが照れながらじいちゃんが話そうとしていたのろけ話を止めさせた。お二人もなんやかんやでラブラブやなー。そいやー親父と母さんもラブラブしてたなー。親父も母さん一筋だし……十六夜家の人間って一図なのか?
そんなこんなで、わいわいにぎやかな昼食は終り、俺はばあちゃんと奥様方に交じって後片付け、並びに夕食の下ごしらえを手伝った。
「手慣れた手つきやねー。いつも料理しとると、そこまで上達するんやね~」
「え、えぇーまあ。それでもまだまだですよ」
「そう? 結構手馴れてると思うけどな~」
料理研究家でもある謙哉の母親に褒められた。
料理のことは大半が独学で学んだけど、細かなことはネットを通して謙哉の母親に教わった。いわば、彼女は俺にとって料理のお師匠さんだ。
人間ってものは学んで力を蓄えていくが、必ずそこには限界がくる。それは独学で力をつけた場合だ。だが、教えを乞うた人間に限界なんてない。より先へ、限界を超えた先に行ける。って何をいってんだが……。やれやれ。
日が暮れ、十八時を過ぎたあたりから再び長テーブルを埋め尽くすほどの料理を並べて大宴会が始まった。
男たちはビールやら酒やらを飲み、日ごろの疲れをパーンっと晴らして気分をスッキリさせていた。酒が百薬の長と言われるのがよく分かる気がする。奥様方も酒を少々つまみながら談笑していた。残された俺たち、いわば孫組はテレビを見ながら食事をしていた。俺たちも大人になればあんな感じになるのかな? なんて考えている自分がいた。その時は隣にはいったい誰がいるのかな? と、あいつらの中の誰かの影がぼんやりと見えた気がした。




