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2.5次元の狭間にて  作者: 黒覇 媄兎
第4章 リェータイルシオン・フェスティバル
28/32

第3クエスト ひと夏の思い出に区切りを

 三泊四日の小旅行もいよいよ最終日前日となった。

 そして今はその夜九時を回ったところだ。

 今日もまた、海で一通り遊んでからもう思い残すことはない……なんて思っているが、妙な心残りがある。

 みんなで持参した夏課題の勉強会? それとも、まだまだ遊び足りないとかか?

 うむぅー……さっぱり分からん……。

「……神夜どうしたの? 一人難しい顔して」

 スマホをいじっていた咲姫が俺の表情を見て質問してきた。

「ん? あーいや、何かこの旅行でやり残したことはないかなー……って思っただけだよ、咲姫」

「やり残したことねー……そうねー……。ねえみんなにとって夏と言えばー?」

 スマホの電源を落として、咲姫は各々で何かしているユキたちに質問を投げかけた。

「海かプールの二択しかないだろう!」

 ダンッ!と、俊が勢い良く立ち上がって声を張り上げた。

「その真意は?」

「水着女子を拝めれる!」

 はい、下心丸見えの回答をありがとう、俊。

「うわぁ……今のはさすがに引くな!」

「俊、サイテー……」

 と、次々に俊に向けて罵倒が送られていった。自業自得とはいえど、もうやめてあげて! 俊の精神ライフはほぼゼロよ!

「ま、俊のことはいいとして。ユキとアリスたちは何かある?」

「私はー……お祭りかな? 特に雛乃祭りは毎年楽しみ」

 頬を赤らめたユキは少し落ち着いた物腰で言った。

「あのー……神夜さん。雛乃祭りってなんですか?」

「アリスは初めてだよな。雛乃祭りは八月の終わり前に町内会が主催となって開くお祭りだよ。開く理由が『夏休み最後の楽しい思い出にな~れっ♪』なんていう単純なものだけどね。まあそれに毎年催し物が違うしな」

「催し物?」

「いろいろやっているんだよ。さて、今年は何するのかなー……」

「咲姫さーんっ。私はきもだめしをやってみたいですー♪」

 ガタッ!と、氷空が言ったある言葉に何人かが反応した。

「みなさん、どうかしましたか? 私、何か変なこと言いました?」

 いや、氷空が言っていることは何一つ変じゃない。ただ、こいつらが何を考えているのかはよくわからんだけだ。

(きもだめしね~……そういえばまだこっちに来てやっていないのよねー……。別にあっちに帰ってからでもできるけど……)

 チラッと咲姫が一瞬俺のほうを見ていたような気がした。

「きもだめし……いいわね~。じゃあ今からやりましょう♪」

 手を叩いて、みんなの注目を集めたとおりんさんは、準備していたかのようにさっと、くじを取り出した。

「さあみんなーくじ引いて―♪ 早い者勝ちだよー」

 みんなどぎまぎしながらも、各々にしていたことを一度中断してとおりんさんが握りしめていたくじを引いていった。

 俺が引いたのは赤が塗られたくじだった。さて、相方はー……。

「神夜は何色だった?」

「ユキか。俺は赤だったよ。そういうユキは何色だった?」

「私は青色。神夜とは別にみたいね。ちょっと残念……かな?」

「そ、そう……だなっ」

 な、なにどぎまぎしているんだ俺は!

「皆~ペアは決まったわよね? じゃあその人と組んで―♪」

「あ、あのーとおりんさん。一ついいか?」

 と、俊が手をあげた。

「俊くん、どうかしたの?」

「ペアになっていない奴もいるんだが、それって一人でいけってことか?」

「そのことね。それはあとで聖奈さんたちと合流するからよ♪」

「なるほどな~……」

 今の説明で納得するのかよ! 単純にこのくじは事前にセッティングされていたって言うことになるぞ! と、まあそこまで深く突っ込むつもりはないけど……。

「それじゃあ皆外に出て―♪ 聖奈さんたちと合流してさっそく始めましょう♪」

 スマホをポケットに入れて俺たちは別荘の外に出た。

 外に出てみれば雛乃町で見える星空とは打って変わるほどの星空が広がっていた。この三日間、なんで外に出なかったのだろうと今になって自分が恨めしい……。

『あ、いたいた♪ りんちゃーん♪』

 と、昼、散々遊んたというのに疲れなんてものを微塵も見せない爽快な声でとおりんさんの名を呼ぶ小鳥遊さんが圭介と一緒にいた。

「遅くなってごめんね~。それじゃあ皆そろったことだし、皆ペア組んで~♪」

 ペア……ねぇ~……さっきユキとは色が違ったし。氷空やアリスもそれぞれでペア組み始めたなあ。と、なると俺はー……咲妃か。

 一人、ツンッとしてペアで俺を待っている咲妃のもとに歩み寄った。

「咲妃、よろしくな」

「き、気づくの遅過ぎよ……バカ……!」

 ポスッと照れながら咲妃は俺の腹部を軽くたたいてきた。これは彼女なりの照れ隠しなのだろうか? 

「皆ペアいっしょになったみたいだし、ルートの説明するわよー」

 とおりんさんが説明したルートは簡単だった。

『ここから少し歩いたところにある神社にお賽銭を入れお参りしてくる』だけという実に単純なものだった。けど、それまでは薄暗く少し長い林道を歩いて行かなければならないらしい。で、お参りを済ませた後はここに戻ってくる。

 実にシンプル! かつ、テンプレ展開なんだろうか。

 そしてペアは以下の通りになった。

 俺と咲妃、アリスと白星さん、とおりんさんと圭介、氷空と小鳥遊さん、そしてユキと俊ペアとなった。最初はアリスと白星さんたちがとおりんさんから地図を受け取り、神社に向かっていった。

 彼女たちが戻ってくるまで待つのではなく『五分おきに出発』という、これまたテンプレルールだ。


 そしてあれよ、これよと時間が過ぎていき、最後の出発組となった俺たちが神社に向けて出発した。


 ――“アリス・ミチル”ペア――


「う、薄暗いですね……白星さん」

「そうだね……。でも、この道雛乃町にある林道に少し似ているから私は慣れちゃったかな~」

 ぎゅっとミチルの腕にしがみつくアリスを余所に彼女はとおりんさんのように凛とした姿勢で林道を歩いた。

「白星さんは怖くないのですか?」

「んー……怖くないって言えばうそになるかな―……。でも、意外♪ アリスさんってこういうの怖いんだね~」

「は、はい……」

「もしかして、夜中のトイレは誰かに付き添ってもらってたり?」

「そ、それはないです! 一人でいけますよ!」

 アリスは声を荒げて全否定した。

「ジ、ジョーダンだよアリスさん! で、でも! アリスさんがホントはこういう雰囲気が怖いってのは以外です! あちらの世界に連れて行かれた時、みんなが果敢に戦っていたので……」

「アンデット系だけがどうも苦手でして……。こ、このことは神夜さんたちにはッ! もちろん、あちらの世界の事は―!」

「大丈夫。言ったりしないよアリスさん♪ さ、あと少しで着きますよ」

 二人は薄暗い林道を懐中電灯の明かりを頼りに突き進んでいき、神社に通じる石段をあがっていった。



 ――“とおりん・圭介”ペア――


「意外とこの道怖いんだな―……」

「男の子のくせに頼りないわねー黒樹君は」

「っせえよ。怖いものは怖いんだから! うおっ! 今後ろでガサガサって音がしたぞ!」

「ただ風が吹いただけよ。もうこの姿を聖奈さんが見たら幻滅するわねー……」

 はぁ……と、とおりんは長いため息をついた。

「このことは内緒にしててくれよ」

「『内緒にしてください』じゃないかしら?」

 おい、背後からSオーラでてっぞ! 閉まって閉まって!」

「いーやーよっ♪ だって黒樹君いじるの楽しいんだもーん♪」

「んだよ、ちくしょう……。このことは内緒にしてください!」

「お願いしますは?」

「お願いします!」

「はい、よくできました。だが断る!」

「断るのかよ!」

「なーんて冗談だよ♪ ほーら。サクサク歩きましょう。後方の組が着ちゃうわよ」

「お、おう!」

 いじられたことに少し納得がいかない圭介であったが、先行くとおりんに追いついて林道を進んでいった。


 ――“氷空・聖奈”ペア――


「いやー暗いですねー」

「そうねー。都会のほうじゃこんな道は郊外に出ないとお目にかかれないわよ」

「で、聖奈さんは圭介さんとペア組みたかったと思ったりしませんでしたか?」

「! そ、それはー……確かにそうね。恋人同士だからこういう胸躍るイベントは一緒にまわりたいかな―……。って惚気ちゃってごめんなさい!」

「いえいえ。気にしないでください。私もお兄ちゃんと一緒にまわりたいと思っていましたから♪」

「あら、そうなの?」

「はいっ♪ あまり世間では兄妹でこういうイベントを楽しむのって小学生の時までじゃないですか? 私はお兄ちゃんに、その……恋人ができるまでは一緒に楽しんでもいいかなーって……。一緒にいられる時間は限られているわけですし」

「確かにそうよね―……。圭介も妹ちゃんと時々は楽しく出かけているみたいだし」

「へぇー圭介さんには妹さんがいるのですねー」

「妹ちゃんだけじゃなくてお姉さんもいるよ。いわゆる板挟み状態の兄妹ね」

「ひゃあ……」

「私もお姉さんには小さい時からお世話になっていたし……今になっては『聖奈ちゃ~んっ。いつになったらうちの義妹になってくれるの~?』なんて言ってくるからね~。私はよくても圭介はまだ結婚できない年齢だしさ。そう焦ることはないけどね。私、圭介の事、大好きだもん♪」

「そう堂々と言える聖奈さんが羨ましいです……。私は……好きな人がいても……」

 圭介に抱く自分の想いを迷い無くいえる聖奈が、すこしだけ氷空には羨ましく思えた。

 自分自身も、兄である神夜の事が好きだ。でも、それは決して超えてはならない一線であり世間でいうタブーであることは十二分に理解している。

 共に生活してきて十五年。ずっと自分の先を行く兄の背中を見てきた彼女にとって、自分にできないことをやってのけてしまう兄はあこがれの存在であり、尊敬できる人物である。

 いつまでも兄も自分もあの家にいるわけじゃない。いつかは出て行って誰かと恋をして結婚する。そんなテンプレルートが待っているのだと思うと、すこし恨めしくも思う時がある。

 いつか自分の気持ちを兄に伝えたい。

 たとえ兄から軽蔑されてもいい。自分は自分の気持ちを、想いを伝えることができるだけでいい……と。

「氷空ちゃん、どうかしたの?」

「い、いえ! なんでもないです!」

 悶々とする考えを氷空は頭を振って考えるのをやめた。そして、聖奈といっしょに林道歩いて神社を目指した。


――“俊・ユキ”ペア――


「……」

「……。(か、会話が出ない!)」

 無言で歩く二人を余所に、薄暗い林道の茂みから鈴虫が羽を擦り合わせて奏でる羽音が二人の耳に入る。

 何かしゃべらなきゃいけない! という重圧が俊の心を圧迫していく。

「な、なあ。ユキはこの旅行楽しいか?」

「もちろん楽しいよ。俊はどうなの?」

「ユキと同じで」

「「……」」

 再び訪れる沈黙の時間。

一言二言しゃべれば、また沈黙の時間が訪れるのではないかと心配になってきた。

「俊はさあ……恋愛……に興味とかある?」

「唐突だな。まあ少しはあるな……」

「そうなんだ。私はね、好きな人がいるの。その人とはずっと前に会っていて、中学は違ったけど高校で再会したの」

「なんだか恋愛小説みたいだな」

「でしょ。その人の心が私に向いてくれる日が来てくれるのかなって思うとうれしいけど……いつになるんだろうなー……」

「だ、大丈夫だよユキ! 絶対そういう日がくるよ!」

「その保証は?」

「ないっ!」

 キリッとした顔で俊は根拠もないことを堂々と言ってのけた。

「……プッ。その答え方、俊だから言えることだねっ♪」

「それは褒め言葉として受け取っておくよ。さ、神社まであと少しだぜ」

「うんっ」

 今いる場所と地図を照らし合わせて現在地を掌握した俊とユキはそのまま神社に向かって歩き出した。


――“神夜・咲妃”ペア――


「俺たちで最後だなー」

「そうねー……ってそのセリフ、スタート地点でも言っていたわよ」

「そうか? よくもまあ覚えているなー」

「べ、別にいいじゃないのよ! まったく……」

 先に行ってしまった四組の後を追うような形で、俺たちは林道を歩いた。

 頼りになるのは懐中電灯と渡された地図、そしてポケットに入っているスマホとサイフのみ。別にここが未踏の地って言うわけじゃないから、迷ったらスマホのGPSを頼りにばればいい。それに、この道は見た限り一本道だからまず迷うことはない……はず!

しっかし、なんだか雛乃町にある山の林道に似ているなぁ。田舎育ちの子ってこういうのに慣れ過ぎると、耐性が着くらしい。

「ねえ神夜。あとどれくらいで着く?」

「そうだなー……あと十分ほどじゃないか?」

「結構かかるのねー。なんか夜の散歩している感じで全然怖くないな……」

「それな。でも、それ以上いうとフラグが立つぞ」

虫の羽音が聴こえる林道。少し歩いて通りに出ればセレブ達の別荘街。熊とかそういった動物がいるとは思えないし、被害報告があったなんて話はとおりんさんは言ってないから問題ない。このまま無事に神社辿り着いてくれることを願うばかりだ。

 なんて思っていた矢先。ガサガサッと前方の茂みが大きく揺れた。

「! な、なんかいるよ神夜!」

「さ、咲妃は、こ、ここここ怖いのかよ!」

 人のこと言える立場じゃねえ。突然のことで俺もビビッてやがる。

「ハァー!? そういう神夜は声が震えているわよ!」

「震えてねえし! これは喉を鳴らしているだけでーす!」

「それを世間では『ビビってる』っていうんですー!」

「ビビってなんかいません―!」

 俺たちの痴話げんかを余所に、茂みを揺らしたモノが正体を現した。

「ニャーン」

 茂みから出てきたのは黒猫だった。それも小さなベージュのカバンを背負ったちょっとオシャレな猫だった。

「な、なんだー……猫か……。脅かしやがって……」

 安堵のため息を二人してついた。

 に、してもこの猫オシャレだなぁ。誰かの飼い猫か? それとも捨てられた時からずっとこんな格好しているのか? まあなんにせよ似合っている。

『長靴を履いた猫』ならぬ『カバンを背負った猫』なんてな。

 我ながらうまいこと言ったって感じする。うん、我ながら。

「ねえ神夜。和むのもいいけど先行くよー!」

「うおッ! 一人先に行くなよ!」

 猫をなでているうちに、咲妃が一人で数メートル先を歩いていた。すぐに猫に別れを告げて咲妃のもとまで歩いた。


『またね。“六芒神聖”ギルドマスターの神夜くん』


 ……今、誰かに俺の名前を……。それもあっちの世界で創ったギルドの名前まで言われた気がする。

 後ろを振り返ってみれば人影は愚か、さっきまでいた猫もいなかった。

もしかして猫がしゃべったとか? そんなファンタジーなことがあるわけ……ないとは言えないな。現に俺たちは異世界を冒険しているわけだし、変な現象も目の当たりにしているわけだし。って俺誰に言っているんだろう。

我ながらバカらしく思えてきた。

あれから話すこともなく、林道を歩いて石段を上がって目的地である神社に辿り着いた。

 寂れてはいない。ちゃんと住職さんの手入れが施されているから、妖怪とか化けて出るのはいないだろう。……たぶん。

 俺たちは、サイフから無作為に小銭を取り出して賽銭箱に入れ二礼二拍手一礼して神社を後にしてスタート地点に戻った。

 地図には帰りのルートまで記されていた。このルートなら先に行った組とも鉢合わせることもない。

 またしばらく林道を歩いている間に大通りに出た。そして俺たちは何事もなくスタート地点に着いた。

 そこで俺たちを待っていたのは山のように積まれた大量の花火の詰め合わせセットだった。いったい誰がこんなに用意した……って、言うまでもないか。この場には二人、いや、三人ものセレブがいたな。

「神夜、おっせーぞ!」

「『おっせー』とか言うなよ! 今辿り着いたんだからよ!」

「それじゃあ夏と言えば最後はこれ! 花火大会始めるわよー♪」

 俺と俊の会話を余所に、とおりんさんたちは未開封の花火セットを開けて無造作に花火を取って火をつけて楽しみ始めた。

 シュワーっという音を立てて、花火が燃えていった。

 彩いい花火が次々と燃えていき、ここ一帯が花火大会の会場と化した気がした。

「よーしっ! 打ち上げに火ぃつけっぞー!」

 ライターを手にした俊が、砂浜に固定した打ち上げ花火に火を順番につけて行った。

 そして順々に点火してポンッポンッポンッと音を立てて空高く打ちあがって空に一輪の花を咲かせ、すぐに散った。

そして残った筒からは手持ち花火と同じ音を立てて吹き上がった。

二段構えってやつか。最近のは手がこっている。


山のようにあった花火の詰め合わせセットも減っていき、残りは線香花火だけとなった。やっぱり花火の締めはこれに限る!

 プクーっと朱色に輝く球体が大きくなっていき、パチパチッと弾けて火花を散らし始めた。そして、一通り火花を散らした球体は何の前ふりもなく地面に落ちた。

 美しく散る様は花火特有の美を象徴する一方で、俺たち人間の一生を表しているかのようにも思える。

 使用済みと化した線香花火をバケツの中にいれ、束になっている線香花火からもう一本取って火をつけた。

「神夜。となり、失礼するね」

 と、鬢を耳にかけたユキが俺の左隣に来て、手に持っていた線香花火を火に灯した。

「おう。……線香花火、綺麗だな」

「そうだね。ねえ神夜はさあ、さっきのきもだめしは咲妃と一緒に行ったんだよね?」

「そうだけど? お前知ってて聞いているのか?」

「そうだよ。で、どんな話しながら歩いたの?」

「んー……特に話すことなく二人で歩いていたなー。ユキは俊とどんな話をしていたんだよ」

「わ、私は―……恋の相談……?にのってもらったよ」

「そうか。で、いい答えは聞けたのか?」

「微妙。でも、応援してもらった! 私頑張る」

「頑張れーユキ」

『おー二人さんっ。なーに話しているのよ!』

 ドンッ! と後ろから咲妃が俺とユキの背中を押してきた。そのせいで綺麗に火花を散らしていた球体が落ちた。

「あっ……終わっちゃった……」

「おいおい、咲妃―急に驚かすなよな。つうか線香花火終わっちゃったじゃねえか!」

「ごめんって。ほら、あんたたちが何話していたのか気になっちゃって……。ほ、ほら! 早く線香花火しましょう!」

 デレたのかと思ったら急にツンになった咲妃は手にしていた線香花火三本のうち二本を俺たちにくれた。咲妃なりのお詫びなのだろうか。ありがたく受け取っておこう。

「ありがとう、咲妃。神夜、早くしよう」

「お、おうッ!」 

(き、今日のユキはなんだか積極的?だな)

「――と、隣! 失礼するわよ!」

 ユキに対抗心?を燃やした咲妃が俺の右隣に来て、手にしていた線香花火を火に灯した。

「ちょっと咲妃! 神夜に密着しすぎじゃない!?」

「き、気のせいよ! そういうユキだって神夜に密着しすぎじゃない!」

「こ、これは……あ、当てていんのよ!」

 いや、当たっても……っていったらぶち殺されそうだからあえて言わないでおこう。むしろ当てていんのは咲妃、お前の方だろ!

「ちょっ、二人とも落ちつい……」

「「神夜は黙ってて!」」

「あ、はい……すみません」

 咲妃とユキの喝に圧倒されて、つい謝ってしまった……。俺悪くないのに……。

 それを機に、線香花火は終了し、ロウソクの火も消えた。

『お兄ちゃーんっ! 私もまーぜてっ♪』

『あ、あのッ! わたしもいいですか!?』

「えっ! ちょッ! 氷空、アリス!?」

 線香花火を手にしたアリスと氷空が、走って俺の胸にダイブしてきた。その勢いは強く、俺は二人を抱えたまま尻餅をついて砂浜の上に倒れ込んだ。

 お前ら、急にどうしたんだよ! 深夜のテンション……っていうかまだ深夜じゃないけど。あれか! 花火大会とか、そういうイベントが楽しすぎてついついテンションあがっちゃいましたー的な感じか! そうなのか! そういうことなのか―!

「お兄ちゃーんっ♪ だーいすきっ♪」

「ちょッ! 兄妹でそういうのは―!」

 こいつ絶対、脳内麻薬で酔ったな! つうかさりげなくくちびるを近づけてくるな!

「そうよ! 氷空ちゃん! 兄妹でそういうのはダメよ!」

 いいぞー咲妃! よくいった!

「抜け駆けは許さない……!」

 ユキは何殺意むき出しで言っているんだよ!

「そ、氷空さん……大胆ですー……」

 アリスは目をつむらないで―! 顔を隠さないで―! 

 俺たち五人がギャーギャー騒いでいるのを圭介たちは遠目で見物していた。むしろ止めに入ってほしい。というのが、俺の本音であるが、絶対聞き入れてはくれないだろう。 

てか、この状況を絶対楽しんでいる!


「ふふっ。十六夜くんってやっぱりモテるのね~」

「りんちゃんどうしたの?」

「ん? 十六夜くんに恋心を見せる三人と、まだ気づいていないのが一人いるなーって」

「なるほどね~。白星さ……ミチルさんは?」

「……こないだなんだけど。十六夜くんと、キ、キスしてるの……見ちゃったのよ」

「えっ! そ、それって!」

「もしかすると、ミチルも十六夜くんのことが好き……になっちゃったのかもしれないわ」

「十六夜くんすごーい! まるで――」

『まるで一作品の主人公みたいだな』

 とおりんと聖奈の間に圭介が割って入り、聖奈が言おうとしたセリフをいった。

「No moreセリフドロボーだよ!」

「いいじゃねえか、聖奈。に、しても神夜ってやっぱモテるんだなー。なんていうか人を引き付けるっていうか、そういう魅力があるっていうか……」

「それなら、圭介にだってあるよ♪」

「そうかもしれんが……俺が好きなのは聖奈だけだよ……」

「ふふっ、圭介ったら……」

「そこーわざわざ見せつけなくてもいいのよー」

 惚気万々歳の聖奈と圭介のカップルにあきれ半分で、とおりんはため息をついた。


 そんなこんなで、山のようにあった花火セットを全て使い切り花火大会は幕を閉じた。

 後片付けは俺と俊、圭介の男子三人で済ませ、女性人たちは屋敷のお風呂に直行させた。最後の日ぐらい、俺たちだけでやっておくのが筋って言うかなんとやらである。

 うむー……もう少し本を読んでボキャブラリーを増やさねば……。作家志望である圭介ならこの場合なんていうのやら?

「なあ圭介」

「? どうしたのモテ男?」

「名前呼び間違えてっぞ! なあ俊なら――」

「どうしたーモテ男君?」

「なんだよ! お前ら! 揃いも揃って! 打ち合わせでもしたのかよ!」

 なんなんだ! この集団いびりは!

「打ち合わせなんかしてませ―んっ」

「以心伝心でーすっ」

「お前ら……! っていうか! 別にモテても俺に彼女はいないからな! いるとしたら圭介! お前だけだ!」

「……あーそうだな!」

 ポンッと手を叩いて俊は納得した。

「ちっ……このままバレずに事が進むと思ったのに……」

 こいつー……今舌打ちしたあげくとんでもないこと口走りやがったぞ!

「と、まあ神夜いびりはここまでにして……。神夜、圭介はこれからの夏休みはどう過ごすんだ?」

「俺は聖奈と勉強会したり、遊びに行ったりするかな?」

 リア充ライフ満喫ってわけか。

「んー……俺は氷空たちと里帰りするかなー……じいちゃんに稽古つけてもらいたいし。たぶん、その期間中にルナ姉さんも一時帰国するしさ」

「みんな予定あるんだなー……」

「そういうお前はどうなんだよ?」

「俺は―……特に考えてない!」

「威張って言うな! てか、休み最終日まで宿題貯め込むなよ? 去年がそうだったように」

「お、おう!」

 こいつ……図星を突かれた顔しやがったぞ。

「神夜―これでごみは最後だよー」

「おー! ありがとう圭介」

ごみ袋いっぱいに入った花火の残骸を担いで、俺たちはごみ収集場として設けられているところに運んだ。はたから見れば、季節外れのサンタさんかな? 中身は夢の詰まったおもちゃじゃなくて、花火の残骸で夢も希望もねえけど。


         *


「はぁー……このお風呂につかるのも今日で最後になるのね~……」

 湯船につかりながら、今日の疲れをとっている咲妃がぼそり呟いた。

「大型休養日にまたこればいいじゃないですか。その時はまた誘うわよ」

「ありがと~白星とおりん。はぁ~極楽極楽~」

「咲妃、言動が親父臭いよ」

 ザバーっと桶に溜めていたお湯を、頭からかぶったユキがツッコミを入れた。

「別にいいじゃないのよ。ここは女の園、女湯なの」

「そうですよ、ユキさん! 今の咲妃さんの発言が仮に、お兄ちゃんにバレたってなんのお咎めもありません!」

「氷空ちゃん……さりげなくひどい言いようね。あ、あたしだって神夜の前ではちゃんとするわよ! そりゃあ一人の女性としてのプライドと威厳があるわけだし!」

「でも、料理や裁縫は壊滅的……」

「そ、それはこれからー……。うわーんっ! アリスー! 帰ったら料理と裁縫教えて―!」

 致命的弱点をユキの口からバッサリ言われた咲妃は、ミチルといっしょに身体を洗いっこしているアリスに泣きついた。

「わっ! さ、咲妃さん! 裁縫はいいですけど、料理はわたしよりも神夜さんの方が上手ですよ!」

「あいつにだけは教わりたくないの―! なんていうか………女性としてのプライドをズタズタにされるって言うか―……」

「ふふーん……うちのお兄ちゃんは自慢のお兄ちゃんですからねー。なんだって私よりも女子力が高い!」

「氷空ちゃん、そこ威張るところじゃないわよ……」

「えー! 威張っていいじゃないですか~とおりん先ぱーい!」

 威張るところが違うという指摘を受けて氷空は頬を膨らませてむぅー……と唸った。

「ね、ねえりんちゃん。私までお風呂いただいちゃっていいの?」

「いいの、いいの。今日で皆と入るのは最後だし。こういうのはみんなで入って何もかもさらけ出すのがいいのよ」

「裸の付き合いってやつですねっ!」

「アリス、その言葉どこで覚えてきたの……?」

 十六夜家で居候するアリスがどんな暮らしをしているのか、咲妃は少し心配した物腰でいった。

「で、さらけ出すのはみんなのスタイルとか? それによっては約三名にとっては大ダメージかもしれないけど。ほかに何をさらけ出すのよ?」

「んー……そうね~。皆の恋愛事情……とかかな~?」

 ザバーッ! と湯船につかっていた咲妃とユキがタオルを手にして立ち上がり出口に行こうとした。

「は~いっ。お二人さ~ん。なんで逃げようとしたのかしら~?」

「に、逃げたんじゃないわよ! その……のぼせちゃったのよ!」

「咲妃と同じく」

「まだ入って十分も経ってないわよ。さ、二人とも戻って」

「「はーいっ……」」

 咲妃とユキはしぶしぶ、とおりんに言われた通りにして再び湯船につかった。

「さて、これからみんなの恋愛事情を聞こうと思うけど~……もうさっきので分かっちゃったわね~」

 話を始めて数秒でもうネタが挙がっているため、聞こうにも聞けない状況になった。

「分かっているならいうだけ無駄ね。あたし、先にあがるわね」

 そういってタオルを手にして咲妃は一人先に湯船からあがり出口に向かおうとした。

『分かっているのなら隠すのも無意味。だから私はいう。私は神夜のことが好きよ』

(えっ?)

 ユキの告白を聞いてピタリと、取っ手にかけようとした咲妃の右手が止まった。

「ヒュ~♪ 香西さんダイタ~ンッ♪ それでっ! 好きになった理由は?」

「それはね……」

 とおりんによって場を盛り上げられたユキは淡々と、好きになった理由を語った。出口に立っていた咲妃は聞く耳を持たずして、その場から立ち去った。

(なにさ、なにさ! 皆して盛り上がっちゃって! あたしだって……! あたしだって……あいつのことが……。――あーもう! むしゃくしゃするー!)

 白の寝巻きに着替えた咲妃は乾いたタオルを手にして浴場から出て、寝室に直行していると、花火の片づけを終えた神夜に出会った。

「よ、よう咲妃! もう上がったのか?」

(な、なんてタイミングでこいつに会うのよ! ダメッ! 変に意識しちゃう!)

「咲妃、どうかしたのか? 顔が真っ赤だぞ? ひょっとしてのぼせたのか? ……なんてな」

(こんな時までこいつは……!)

「……マジで大丈夫か? 冷たい水、持ってこようか?」

「……いらない」

「お、おう。そうか。じゃあ俺は行くからな。あ~喉乾いた~」

(あたし、どうかしちゃいそう……。――ダメッ! もう我慢できない!)

「? 咲妃どうかし――!?」

 先行く神夜の手を掴んだ咲妃はそのまま二階へと続く階段を駆け上がり、自分の寝室に彼を連れ込んだ。

「! お、おい咲妃! どうしたんだよ!」

 突然の出来事に神夜は混乱していた。咲妃自身も自分が何をしているのか訳が分からないでいる。でも、一つだけ言えることがある。


『彼を……。神夜を……誰にも渡したくない』


「お、おい……咲妃。マジでどうしたんだよ!?」

「分からないの……。でもね、なんか心の奥が、すっごくイタイの……! ねえ神夜、あたし、どうしたらいいの!」

 じりじりと神夜に迫ってくる咲妃に対して、彼は後退りした。そして、後ろにベッドがあることに気付かず、彼は彼女に押し倒されたかのようにしてベッドに倒れ、その上に彼女が四つん這いになって倒れてきた。

「さ、咲妃……?」

「……ねえ、神夜はさあ……好きな人とかいるの?」

「唐突だな。そういう咲妃はいるのかよ?」

「答えになってない……ちゃんと質問に答えて」

「そんなの……いねえよ。できちまったらお前らと遊ぶ時間が無くなっちまうからよ」

「そう……なんだ……」

 ホッと、安堵のため息をついた咲妃は神夜の上から退き、ポスンッとベッドに腰を下ろした。横になっていた彼も起き上がり、彼女の隣に座った。

「お、おい……マジで大丈夫か?」

「うん、大丈夫。少し落ち着いた……」

 ゆっくり息を吸って深呼吸する咲妃の背中を神夜は優しくさすった。

「たぶん疲れているんだよ。今日は早めに寝て明日に備えろよ。もう明日には雛乃町に帰るんだから」

「うん。そうする。心配してくれたありがとう神夜。……なんだか、お母さんみたいっ♪」

「っ! バ、バカなこと言うな! ほら、電気消すぞ」

「うんん。まだ消さないで。しばらくこうしていたいの」

「分かった。それじゃあ俺はもう行くよ。咲妃、おやすみ」

「うん……。おやすみ、神夜」

 神夜が寝室から出ていき、シンッと、静寂した時間がやってきた。

(神夜と二人っきりで話すのっていつ以来かな~? でもさっきのはなんだったんだろう。急に心が締め付けられるような感じがしていたかったし……。やっぱりあたし、神夜のこと……)

 あとの言葉を語らずして、咲妃は枕に自分の顔を押し付け落ち着こうとした。

 でも、彼のことを少しでも意識してしまうと、心臓の鼓動が早くなってしまい、顔が熱く火照っていることが分かってしまう。


          *


 翌日。

 昨日の疲れがまだ皆残っていたらしく、十時ちょいすぎまで寝てしまった。おかげで雛乃町に帰りつくのが当初予定した時刻よりも、大幅に遅れるなんて誰も思わなかっただろう。

 言い換えれば、それだけ昨晩が、この旅行が楽しかったということになる。

 帰る日が一緒だったので、圭介たちと一緒に帰って都心で別れた。

 なんでも、二人して自宅がこのあたりにあるらしく、帰宅時間に合わせて迎えが待ってくれているらしい。

『今度遊びに来てくれよ』って帰り際にいっていたっけ? 時間があるとき皆で遊びに行こうなんて話もした。

 現時刻は十五時をちょっと回ったころ、俺たちはようやく雛乃町に帰ってきた。

 いろんなことがあった三泊四日の旅行だった。

 旅先での新しい出会いやちょっとしたハプニング……これもまたいい思い出……。

「ちょっと神夜―! 何一人で呟いているのよー!」

 一足先に雛乃商店街へと入った咲妃が声を上げて俺の名を呼んだ。

「おう! 今行く!」

 咲妃の声に気付いた俺はカバンを手にして咲妃たちの後を追った。

「ねえ何一人で呟いていたの?」

「内緒」

「お兄ちゃん。今日の夕食どうする?」

「もう夕食の話かよ、氷空」

「うんっ」

「そうだなー……。とりあえずルナ姉さんに電話して冷蔵庫の中身がどんな状況なのかを聞いてから買い物すっぞー」

「あーそれならもう全員で神夜のうちで夕食済ませちゃうのはどう?」

 おい、咲妃。今なんて言った? 俺んちで夕食を済ませる……だと? 

「いいわねー♪ お疲れ様会ってことかしら?」

「察しが良くて助かるわ、白星とおりんっ!」

 いやいや。何二人だけで話を進めているんですか!

「おお……いいですねーお疲れ様会! ねえお兄ちゃん! やろうよ!」

「い、いやまて、氷空。食費にも限界があってだな―……」

「食費くらい、我が白星家が加担しますわよ?」

「いや、旅行の恩もあるからそこまでしなくても……」

「遠慮することはないわよ♪ さ、買いに行くわよー!」

 とおりんさんの勢いに押されて全員で商店街の八百屋であり肉屋によっていろいろ購入した。そしてちょうど夏期キャンペーンっというものをやっているらしく、その福引券もくれた。

「こ、こんなに買って食えるのか?」

「食べれるんじゃないの? だってあたしたち育ち盛りだし」

「そ、そりゃあそうだけどよう」

 今、俺と俊の手には旅行カバンと先ほど七、八人分は優に超えているであろう食材の入った袋を三つずつ手に持っている。

 やべぇ……腕がもげそう。

「お兄ちゃん。さっきもらった福引券で何回ひけそうなの?」

「そうだなー……七枚もらったからたぶん七回はひけるんじゃあないか? それで引き場所はー……あった!」

 商店街の出入り口方面にテントが張ってあり、そこで町内会会長が一人でキャンペーンの福引を担当していた。

「こんにちはー」

「おぉいらっしゃい。今日はやけに大人数だな」

「えぇまあ。に、しても景品は奮発していますね~」

 四等は高級松阪牛のステーキ二キロ、三等はバーベキューグリルセット、二等は温泉旅館招待券。あれ、普通温泉とかが一等のはずだろ? じゃあ一等はなんだ? 

「えーっと。一等は『サーカス団“ノアの方舟”』の団体様招待チケット?」

 なんだ? ノアの方舟っていうサーカス団は……きいたこともないぞ?

「あーっ! ノアの方舟のチケットだー!」

 突然、氷空が目を光らせて一等に食いついた。

「氷空は知っているのか?」

「知っているも何も。世界中で超人気のサーカス団だよ! 技のクオリティはもちろん、団長さんが超かわいくて話題沸騰! そしてチケットの入手も困難というほどだよ!」

「そ、そうなんだー……」

「それを入手した会長さんはすごいですよ!」

「いや~そんなに褒めないでよ~。どうだい、回して行かないか?」

 せっかく七枚もあるから、回していこうか。

 手にしていた福引券七枚を会長さんに手渡して、俺たちはガラガラを回す順番を決めた。と、言っても一人は回せないわけだし、ここは誰でも強気で入れるジャンケンで決めた。

 その結果、初っ端から俊が負け、残った俺たちが回すことになった。

「……マジか……!」

 ぽつりと、自分のジャンケン運がないことをつくづく後悔した。

 勝ち残った俺たちは、勝った順にガラガラを回していった。

 その結果、咲妃とユキと氷空がはずれて参加賞のポケットティッシュ。俺は三等のバーベキューグリルセット。とおりんさんは二等の温泉旅行招待券。白星さんは四等の高級松阪牛のステーキ二キロが当たった。

「今度二人で温泉行こうねー♪」

「うんっ♪」

 あの二人ってやっぱり運がいいなぁ。日ごろの行いがいいからか? それとも愛が成せる運とかか? どちらにせよ、これで残るはアリスだけか。

「アリスさ―んっ! 一等当ててくださーい!」

 自分の無念をアリスに託す氷空。よっぽど行きたいんだなー……サーカスに。

「が、がんばりますっ!」

 緊張した趣でアリスは、ガラガラの取っ手に手をかけ回していった。

 そして、カランっと、金色の玉が転がり出てきた。

 こ、これって……もしかして?

 ゴクリッと、その場に居合わせた誰しもがつばを飲み込んだ。

「い、一等賞―ッ!」

 ガランッ! ガランッ! と、大袈裟に鐘を鳴らす会長さん。そして、自分が当てたことを自覚しておらず、その場でテンパるアリス。

「おめでとうございますっ! こちら、一等賞の招待チケットです」

「あ、あああありがとうございますっ!」

 会長さんからチケットを受け取ったアリスが俺たちの元に戻ってきた。

「あ、当てちゃいました……。あ、あはははは………」

「アリスッ! スッゲーよッ! 俺、一等当てた人なんて初めて見たよ!」

「俊さんッ! 声大きいですよ!」

「アリスさ―んっ♪ おめでとうございますーッ! 絶対、ぜーったい行きましょうね!♪」

 ぎゅーっと、アリスを抱きしめ、頬すりする氷空に少しだけ彼女は照れていた。

「はいっ。絶対行きましょうね」

「とりあえずおめでとう、アリス。それで、開催地はどこになるの?」

「え、えーっと……」

 咲妃の問に答えるべく、チケットに書かれている開催地を彼女は読み上げた。

 場所を聞いて俺と氷空はピーンッときた。

 その場所って俺たちの祖父母がいる県じゃないか。

「ちょっと遠いわねー。都合次第じゃああたしいけないかも」

「俺もだなー……」

「咲妃たちと同じく」

 そりゃあそうだよなー……。県外となると、往復移動費が付いてくるからな―……。俺たち一般庶民には払えそうで払えないからな。

「せっかくアリスさんが当てたのですから、十六夜くんたちご家族でいかれてはどうですか?」

「家族でねー。ルナ姉さんはあと数日で一時帰省するし、親父はどこにいるかわかんないしなー。三人でいくのも~……」

「お兄ちゃん、親戚の子たち連れて行けばいいんじゃない? 私たちもルナ姉さんと同じ日に帰省するしさ」

「何人いると思っているんだ? 俺たち入れても十人以上入るぞ」

「神夜さん。このチケット一枚で大人、子ども合せて十人まで行けます。それが二枚も入っています」

 マジか! この商店街、どんだけ奮発したんだよ……!

「……なんか問題解決しちゃったみたいだからよ。俺たち三人と親戚の子たちと行ってきます」

「それがいいわよっ。あんた、アリスにちゃんとお礼しなさいよねっ!」

 ドンッ! と咲妃が力強く俺の背を叩いてきた。

「いった―! 何するんだよ!」

「蚊がいたのよ。何か文句ある?」

「……ねえよ」

 ったく。しょうがねえ奴だな……。

「それじゃあ当てる物も当てたし、一度荷物を家に置いてから神夜の家でお疲れ様会しましょうか」

「「「「「「オーッ!」」」」」」

 各々で当てた商品とカバンを手にして一度各々の家を目指して帰路に立った。その際、アリスは会長さんに一礼した。

 それを見た会長さんは、笑顔で手を振ってくれた。でも、内心は泣いているに違いない……。苦労して手に入れたチケットがあっさり持っていかれたからよ。


 商店街で一度咲妃たちと別れて数分。

 俺たちはようやく懐かし……というのはちょっとオーバーであるが、久々の我が家に帰ってきた。

「ただいまールナ姉さん」

「みーくん、氷空ちゃん、アリスちゃーん、おっかえりー♪」

 部屋着のまんまドタドタと、リビングから足音を響かせて俺に飛びついてきた。

 手荷物を捨て、踵を返してすぐにでも逃げ出したくても時すでに遅かった。

「もうさびしかったよー……」

「あー……うん、ごめん。それはともあれ、そろそろ退いてくれない? これから咲妃たちが来るから!?」

 一足……いや、ワンテンポ遅かったー……! すでに荷物を自宅に置いてきた咲妃たちが俺んちに集合した。

「か、神夜……何しているの?」

「さ、ささ咲妃! ち、違う! これには事情が!」

「神夜……! 神夜の……バカー!」

 危険を察したのかルナ姉さんは俺から立ち退いた。そして、咲妃が放った拳が俺の顔面にクリティカルヒットし、俺の意識はそこで一度途切れた……。



 ん……んぅー……今何時だ……? つうか俺気ぃ失ていたらしいな……。

 いつの間にかソファの上で寝ていた俺は身体を起こして、縁側の方に足を向けた。

 縁側に向かうと、すでにお疲れ様会が始まっていた。物置から出したバーベキューセットと、福引で当てたのをフルに活用していた。

「あっ! やっと起きた~。十六夜くん、お邪魔してまーす♪」

 串を片手に持って手を振るとおりんさんとぺこりと、一礼する白星さんがいつのまにか着ていた。

「ほらお兄ちゃん、早くこっち来てきて~」

 氷空がグイッと、俺の手を引いて皆の和の中に引き入れてくれた。

「はい、お兄ちゃん。これ持って」

「あ、ありがとう……」

 氷空から紙コップを受け取り、その中にジュースを注いでもらった。

「神夜―まだ乾杯してないから音頭とってもらってもいいか?」

「俺が!?」

「うん。だって神夜は」

「この家の家主でしょ! ほら、あんたが言わないと始められないじゃないの! そ、それからさっきは殴って悪かったわね……」

 ルナ姉さんから説得されたのかな? それとも本人が自覚してのことか? 

「ユキ……咲妃……。そうだな! んじゃあ皆さん! お手にコップを持ってください! えーっと。まあ堅苦しいあいさつは無しにして、かんぱーいッ!」

「「「「「「「「かんぱーいッ!」」」」」」」」

 全員で手に持った紙コップを天高く掲げ祝杯をかわし、グイッと、ジュースを飲み干した。

 あらかたコップの中の飲み物が無くなるや、紙皿を手にして焼けた肉、野菜を次々と皿に盛って食べていった。

 やはり、自宅で食べる料理というものは実にうまく感じる。

 しかし、この肉うまいな―……。下準備の段階でいい具合に味がしみている。ベースは……考えるのは予想。なんかめんどくさい。

 皿に盛った肉と野菜を一通り平らげた俺は、紙コップに入っていた飲み物をグッと飲み干し、一息ついた。

 つうか、まだ頭がガンガンする……。顔面殴られた後遺症がまさかここまで深刻なものだったとは……。あいつどんだけ力をこめて殴ったんだよ。

「神夜さん、大丈夫ですか?」

 心配そうな物腰でアリスが訪ねてきた。

「ん? あー……大丈夫だよ。一晩寝ればよくはなるよ」

「だといいのですが。きつかったら言ってくださいね!」

「うん。ありがとな、アリス」

 心配してくれたアリスの頭を軽く撫でた。すると彼女は頬を赤らめ、可愛らしい笑みを浮かべた。

 小二時間ほど飲み食いを交え談笑をしながらの立食パーティ。もとい、お疲れ様会は終わりを告げた。

 使用したバーベキューグリルは俺と俊で洗い、肉と野菜を盛っていた皿はアリスたち女性陣が片づけを済ませてくれた。

 そして時刻は九時を過ぎたあたりで今日は解散した。

 ルナ姉さんと氷空が一緒に風呂に入っている間、俺は一人縁側に腰掛けて夜空に昇る月と、星を眺めていた。

 小旅行中に見た星々はきれいであった。だがしかし、雛乃町からみる星々の輝きもあそことは引けを取らない美しさというものがある。誣いて言うなら小旅行中に見た方が美しいが、地元愛好者としてはやはりこちらの方がいい。

『神夜さーん。何しているのですか―?』

 と、パック飲料を手にしたアリスが縁側に現れ、俺の隣に座った。

「星を眺めていたのさ。なんせ久々の雛乃町だからなー」

 側に置いていたペットボトルの中の水を少しだけ飲み、またそばに置いた途端。ガサガサと、風が吹いてすらいないのに茂みが揺れ一匹の黒猫。それも長靴を履き、カバンを斜め掛けした猫が現れた。


『やっと話せるね。六芒神聖ギルドマスター”神夜くん。それから久しぶり、アリス』


 ……やはりあの時の猫であったか。

しかし、人語を離す猫。まさかと思うがこいつ、あちら側から来た猫か。

「ご明察。僕はある方に頼まれてここに来たんだ―。はい、手紙ねー」

 そういって猫は褐色肌の白髪の少女に変貌してカバンから一通の手紙を俺によこした。

 送り主は聖王十字軍団長、ディフロト団長からだった。

 内容はいたってシンプル。

『今すぐ、アリス君とともに『ギルド会館・最上階』に来てくれ。“クロス・D”全体にも同じ招集をかけている』

 とのことだ。

「これからねー……。いったい何を話すのか聞かされて……いるわけないか」

「そりゃあそうだよ。僕みたいな一運び屋には知らされないことだからねー。とにかく一刻を争うことだと思うから二人とも早く来てねー」

 そういって症状は再び猫の姿に戻りどこかへ行ってしまった。

「行っちゃった。なあアリス。さっきの女の子とは知り合いか? お前の事知っていたっぽいが?」

「は、はい! 彼女は聖王十字軍直属の運び人の一人、フィリアさんです。同期に聖王十字軍に入隊したのですが、彼女とは別の配属になりました。久々に逢えてよかったです」

「そうなのか。それより早くいかねえと。アリス、開門(ゲート)をギルド会館に繋げることはできるか?」

「不可能ではないですけど……それ相応の魔力を必要としますし、加えて複雑な固定式演算魔法を組む必要性があります」

「その演算魔法というのは?」

「主に複雑な数式を解いて一座標を固定するだけです」

「なら、簡単だな。アリス、さっそく始めてくれ」

「えっ? あ、はい! あ、神夜さん! 服はいかがしましょう?」

「着いてから控室とかそういうところにいけばいいだろうよ」

「そ、そうですか。では始めます!」

 庭に直径一メートル程度の円を描いたアリスは、俺を円に入った。そして彼女はそこに手を突いて詠唱に入り、俺はそっと目を閉じ頭の中に流れてくる複雑な数式をひたすら解いた。

「一の固定完了まで……二、一……オケ! アリス! いつでも行けるぞ!」

「ありがとうございます! では、開門(ゲート)展開!」

 体内に秘めた魔力を円に注ぎ込んで転移魔法を発動させた。


    *LOG IN


 ――“ヘブンス・ドア ギルド会館・ホール側転移門前”――


 あと少しで夜中の十時をまわろうとしているのに関わらず、受付嬢を含め冒険者たちがいそいそと活動していた。

 自身のレベル、報酬のためなら時間を惜しまないという冒険者とは対極的に、早く帰りたいオーラを出している受付嬢。この世界に労働基準法というものはないのだろうか? それとも受付嬢という仕事に就いたからには冒険者を支える柱として働くことを運命づけられているのだろうか? 聊か分からなくなる。

 それはそうと俺たち二人の格好が珍しいのか、やたら通り過ぎていく冒険者たちの視線が俺たちに突き刺さる。

 それもそうだ。俺は白ティーシャツに黒の短パン。アリスはアリスで、肩を露出した白のノースリーブワンピース姿。そりゃあいやでも目立つか。

 ひとまず、俺たちは会館に設けられた冒険者専用更衣室でこちらでの正装に着替えた。

 俺はいつも通り『漆黒のロングコート』『ブラッディ・ジーンズ』で上下を黒で統一し、アリスは、白のフリルがついた青のロングスカートにホワイトポンチョを羽織っていた。

「……暑くないのか?」

「そういう神夜さんだって暑くないのですか?」

「……いうほど暑くはないな」

 この世界には四季折々の気温という概念が存在しない……のかな? それともこういった装備に気温を感じないような細工、魔法が施されているのか? まだまだ俺が知らない。

 合流を果たして、俺たちは会館の最上階に設けられた会議室に向かった。

 すでに同盟ギルド『クロス・D』を代表する各ギルドのマスターたちが玉座に座り、隣に副官、壁際には護衛を従えていた。

「遅くなって申し訳ありません!」

 俺はすぐに空いている席に腰を下ろし、アリスを隣に立たせた。

 久々にみる顔ぶれだ。誰一人として代わり映えは……いや、まて。一人足りないぞ。アースジャイアントのギルマスがまだ来ていない。

「……これで全員だね。では、緊急を要する集会に集まっていただいたこと誠に感謝する」

 団長はまだそろってもいないのに話を進めた。まるで、これで全員だということを知っているかのようだ。いや、知っていて当然か。

「皆も気づいていると思う。まだ『ラース・タイタン』ギルドマスター、リーゼが来ていないことに疑問を持つ者もいるかもしれない。が、彼を含む巨人族はつい先日、いや、七日ほど前、何者かの手によって殺された。いや……巨人族そのものが滅ぼされたといっても過言ではないな」

「なっ!」

 誰もが団長の話を聞いて驚きを隠せずにいた。それもそうだ。一種族丸々殲滅させられたんだ。それも同盟ギルドの火力ともなりうる巨人をだ。これは俺らにとってかなりの喪失だぞ。

「調査班からの報告でだと。生き残りはゼロ。土地そのものが深く抉られていたそうだ」

「お、おい。それって巨大隕石が落ちたってことじゃあないのか?」

「いや、そのようなもので滅ぶほど巨人は軟ではない。またこの痕跡はつい数週間前に崩壊した“ラッテ・イストワール”と同じであるとのことだ。このことから我々はこの事件の主犯を同一人物であると見た。それも一国と一種族を滅ぼせる者だ。これは第三の魔王出現を暗示するものかもしれん」

 こんなにも早く魔王出現とか……。ついに奴らも動き出したということか。

「当然ながら打倒魔王である我々の存在を知っていると考えると今後も狙われる可能性がある。皆、気を付けてくれ。特に神夜君たちは、だ。君はすでに二人も倒している。このことはすでに魔王側にも知られているかもしれん。十分に気を付けてくれ。では、以上を持って解散とする。それから神夜君とアリス君はこのあと私の部屋にきなさい。離しておきたいことがある」

 離席した俺はアリスともに団長の私室へと赴いた。入り口前には短剣の付いたマスケット銃を手にした軽装兵。室内には魔法によって動く人形と化した重装備歩兵が立っていた。

「遅くにすまないな」

「いえ、別に。それより俺たち二人を呼び出したのには何か理由があるのですよね?」

「察しが良くて助かる。では、話を進めるとしよう。アリス君。君は確かここから南方に位置する小さな牧場に御両親が暮らしている……だったかな?」

「はい、そうです。祖父母、父と母、弟と妹が暮らしております。『スカイ・グランド』にある家は元々母方の家でして、今は私が使っております」

「そう……だね。それで、つい二日前だ。その牧場に住む者全員が殺された」

「えっ?」

 一瞬にして空気が凍てついた。御両親と突然の別れ。すでに母を亡くしている俺にはその悲しみが分かる。だが、これはあまりにも冷酷なことだ。

「話しを続ける。老人二人は斬首。御両親二人はバラバラに斬殺され、御兄妹は……これを見せた方が早いな」

 団長はコンソールを操作して正八面体の彗色をした結晶を取り出し、録画された映像を俺たちに見せた。

 そこに映ったのは、目隠しをされ四肢を十字架に固定された若干八、九歳の幼い男女の姿だった。目隠しの隙間からは大粒の涙を流して『やー……殺さないで!』『アリスお姉ちゃん! 助けてー!』と、悲痛の叫びをあげていた。

 そして、彼らの隣には素顔がばれないようにと動物の皮を鞣して作ったと思われるマスクをしていた。

『んー……うまく撮れているかなー? やっほ~アリス~見てる? これから愉しい血みどろショーを行うよ~』

 と、かなり軽い口調で事をいい、男の子の手にナイフを突き刺した。

 彼の悲鳴が部屋中に響く。『痛い』『もういやだ!』『助けて!』など、彼の悲鳴にはそういう救いを求めるかのようにも聞こえた。

 そしてナイフを刺しては引き抜き、刺しては引き抜きと繰り返していくうちに男の子はショック死を引き起こしていた。にも拘わらず殺人犯はナイフを刺すのを止めず。姉妹には慣れた手つきで彼の生皮を剥ぎ取り、糸のようなものを飛ばし死体をバラバラにした後、泣きじゃくる妹も同様に殺してみせた。

「い、いや……もう……見たくない! もうやめてください!」

 御兄弟の悲鳴を一身に聞きたくないアリスは耳を塞いで声を荒らげた。しかし、団長は映像を止めもせず話を続けた。

「―やめろッ!」

 息を荒げ、俺は無意識のうちに黒太刀を抜刀しており、剣先は団長の喉元すれすれで止まり、結晶は真っ二つに切れていた。そして、俺の喉元には重装備歩兵が手にしていた槍が、後ろからは銃口が二門向けられていた。

「……すまなかった。君たちも剣を下ろしたまえ」

 団長の命を受けた兵士たちは武器を下げ、定位置に着いた。俺もまた黒太刀を鞘に納め腰を下ろした。

「……団長すみません……取り乱してしまい」

「いや大丈夫だ。それよりこちらもすまなかった。……アリス君のことを考えると話はこれまでにしておくが……最後に二つ言わせてもらう。この事件はまだ解決していない。それから、敵は君たちを狙っている可能性がある。気を付けたまえ。話は以上だ」

「……失礼しました」

 俺は泣きじゃくるアリスをお姫様抱っこして部屋を出た。そして近くのソファにアリスを座らせた。

 精神的にも参っているが、アリスは特に精神的にきているだろうな。なんせ映像を録画してまで御姉妹を殺すほどのサイコパスの持ち主だ。そうとう狂っていやがる。

「……アリス、話はもう済んだぞ」

「……」

「……返事はなしか」

 このままあっちに帰りたいが、生憎俺はあちらへの帰り方を知らないからな―……今日はもうこっちの宿屋に泊るしかないか……」

 アリスをおんぶして会館を出た俺は冒険者御用達の宿屋に向かい二部屋確保してもらうよう受付嬢に頼んだが、生憎シングル一部屋しかあいていないとのことだ。

オンシーズで観光客とかがここに集まっているということか?

仕方なく俺はその空いた部屋を確保して一つしかないベッドにアリスを寝かせた。精神的にも感情的にも疲弊したアリスを見るのは初めてだ。

 俺は備え付けのソファに腰を下ろして今日の話の内容を大まかにまとめた。

 一つは巨人族、ラッテを滅ぼしたのは同一の魔王であるということ。それもかなりの魔力を持った魔王と見た。

 二つ目はアリスのご家族を殺した殺人鬼。こいつがなぜ、アリスのご両親であるということを断定できたかがカギとなるだろう。あるいはこのことを流した者がギルド内にいるという可能性もある。もしくは初めから知っていた……ということもある。

 なんにせよ、一つ目の案件はかなりやっかいだ。相手はかなりの手練れ。それも国を滅ぼせる力の持ち主か……。ついに世界級(ワールドクラス)を相手にする時が来るとはな……。

 ……一つ引っかかることがある。なぜ団長は殺人鬼からの録画結晶を持っていた。殺人鬼が団長に送った? だとすれば痕跡を辿って逮捕することだってできたはずだし、すでにこの件は解決できている。なのにそれをしなかった。……団長は犯人と内通している!? ……まさかな。痕跡だって偽造しようと思えばいくらでもできる。だからあえて追わなかった。それだけだろう。

 夜も更けてきた。俺も寝るか。

 コンソールを操作して俺はこっちに着てきた白シャツと短パンに着替えてベッドにインしてそのまま寝静まり、翌日に備えた。



 翌朝。

 カーテンの隙間から温か味のある太陽の光が差し込み『ヘブンス・ドア』に朝が来たことを伝えてくれた。

 昨晩はソファで寝たから上半身の筋肉がすごくバキボキと音が鳴るくらい強張っていた。

 大きく深呼吸して俺は、コンソールを開いて『ブラッディ・ジーンズ』に着替え、時間を確認した。

「七時半ちょっとすぎか……。ちと早く起きすぎたかな?」

 コンソールを閉じ、ベッドで寝ているアリスの側に寄り添った。

 まくらには昨日の話を思い返して泣いたと思われる涙の後がまだ少し残っていた。

 相当ショックなことたったと思う。突如として家族全員の命を一夜にして奪われたのだからな。

「……アリス、心配するな。家族の仇は俺が……俺たちが絶対取ってやるからな」

 彼女の頭をなでながら、俺は小さな声で呟き決意を固めた。

「ん、んぅー……」

 あれ? 起こしちゃったかな?

 頭をなでたことが原因で起こしてしまったのか、大きなあくびをしてアリスは目を覚ました。

「……あ、神夜さん。おはようございます……」

「おはよう、アリス。よく眠れ……たわけないか?」

「……そうですね。昨晩は団長の話がずっと頭から離れず、夢の中でも家族が……殺されるところを……うっ……」

 見た夢の事を思い出してしまい、アリスの瞳から小粒の涙が零れ落ちた。

「わたし、ダメですね……。ギルドに入る前に弱虫は卒業したのに……! こんなことで泣くなんて……」

「アリス……!」

 無意識のうちに俺は自暴自棄に堕ち始めたアリスを、ぎゅっと抱きしめていた。

「か、神夜……さん!」

「アリス。今だけは泣いていい……! 家族の死で泣いちゃいけないなんて誰も思わないし、そんなルールはないよ。だからさ、今は泣いていい……!」

「神夜さん……! 神……夜さーんっ! うわぁぁぁぁぁんっ! っ! あぁぁぁぁぁぁああ!」

 溜まりに溜まっていたモノがアリスの中で弾け飛び、それが涙となり一気に溢れだした。

「よしよし……つらかったな……アリス……」

「はい……。わたし、絶対に犯人を許しません……! 見つけ次第この手で家族の仇を討ちます……!」

「あぁ……。俺も協力する! 犯人、絶対見つけような」

「はいっ!」

 涙を拭ったアリスはいつもの笑顔を見せ『仇を討つ』ことを決意した。また一歩彼女は前に前進した瞬間でもあった。

 

 ひとまず俺は一時部屋を退出してアリスが着替え終えるのを待った。

 そして俺たちは宿屋をチェックアウトして、近くのカフェテリアで朝食を済ませることにした。

俺はモーニングセットと一緒に新聞を購入した。記事には『近くの小さな牧場に住むご家族全員が殺害された』というものが書かれており、事件の詳細深くまでは語られてはいなかった。団長が記者団体に圧力をかけたのか、あるいはまだ調査中か………。また“クロス・D”が市民に口外してもいい情報、有益かつ信頼を損ねるような記事は書かれていなかった。

「それ以外に得するような情報はなし……か」

 新聞を畳んで、コーヒーを飲み干して一息ついた。

「あの……神夜さん……」

「ん? どうしたー?」

「もし、よろしければわたしの父方が経営していた牧場に行ってもいいですか?」

「……構わないぞ。じゃあさっそくいくとしようぜ」

「は、はい!」

 モーニングセットを返却口に返し、俺たちは一度花屋に行った。家族に手向ける花束を二束購入して俺たちは南門へと向かい、そこから馬笛で呼んだ馬に跨って牧場に向かった。

 走ること二、三十分。

 アリスの父親が経営する。いや、厳密には経営していた牧場に着いた。門の前では『keep out』と書かれた黄色のテープがびっしりと貼られていた。

 テープに触れてみたもののピリッと微力な電気が流れており侵入することを拒んでいた。

 この世界の立ち入り禁止を告げるテープにはこういった細工がしてあるのか……知っていて損はないかもな。っと、感心している場合じゃない。

「中に入れないんじゃどうしようもねえな……」

「そうですね。じゃあせめてここに花束を置いていきましょう」

 そういってアリスは門の側に手向けの花束をそっと置き、手を合せ家族のご冥福をお祈りした。俺も花束を置き、アリス同様合掌した。

 すべきことを終えた俺たちはここで開門(ゲート)を開き、現実世界に戻った。




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