第1クエスト 変わらない日々
ピピピッ……ピピピッ……。
ベッドの隅に置いている目覚まし時計。
設定された時刻ちょうどにその設定した主を起こすべく、その体の大きさにそぐわぬほどの大きな音を部屋中に響かせる。
「――ちゃん。お兄ちゃん起きて―! もう朝だよ。ほら、目覚ましもなってるよ」
「んぅ……あと五分だけ―……寝かせて……」
「むぅ―早く起きてよ―!!」
部屋に入ってきた誰かが俺の羽織っていた掛布団をむりやりひっぺ返して、俺もろともベッドから床へと引きずり落とす。
「――いったぁ―……朝から何すんだよ氷空っ!」
「お兄ちゃんが早く起きないからでしょ―!」
痛みとともに俺を起こしたのは妹の氷空だった。
肩まである淡い栗色の長髪をツーサイドアップに束ね、黒のラインが入った夏仕様の白のセーラー服を着込み、頭の痛みにもがく俺を見下ろす。
「だからって布団ごと俺を床に落とすことはないだろ!」
「布団にしがみついていたお兄ちゃんが悪いんでしょ。自業自得だよ」
正論すぎて何も言い返せない。
「お兄ちゃんの分の朝ごはん、下に用意してあるから。私日直だから先行くね」
入り口の近くに自分の鞄を置いていた氷空はそそくさと部屋を出て行った。
なんとまあ規則正しい生活を送っている妹だ。友人に自慢できる。
寝癖の付いた髪を掻き毟りのんびりと階段を下りた俺は、氷空が用意してくれた朝食にありつく。
「あいつ、また一段と腕上げたな」
そんな感想を一つもらしつつ少し冷めた朝食を食べ終えた。
俺は、自室へと戻り椅子に掛けていた胸ポケットに校章が刺繍された夏服とネクタイに手をかけ慣れた手つきで早々と着替えを終える。外に出るも照り付ける日光によって額から汗が吹き出す。
……早く学校に行って涼みたい。
律儀に結んでいたネクタイを少しだけ緩め、鉄板のように熱くなったサドルに腰かけて道先日陰のない見慣れた道を突き進み学校へと自転車のペダルへ足をかけ、こぎはじめた。
*
『私立鳳仙学院高等学校』
そこは、県内でも有名な私立高校。学力ともに部活動に力を注ぎ、自由を拘束する校則はゆるく生徒たちが自由気ままに生活できる環境が備わっている夢のような学校。進学率も高く、俺と氷空もそれに引かれ兄妹そろって連年入学した。それに周りは都会と少し離れた田舎に建っており、何より静かで過ごしやすい。
入学して俺はもう二年、氷空はまだ二ヶ月ちょっとしか経っていないが氷空は毎日学校に行くのが楽しいらしい。これはまさに平和な学園生活を送るにはもってこいだ。
続々と登校して来る生徒たちの波を抜け自転車通学者でにぎわう駐輪所で一人大きなあくびをしながら校舎を目指していると。
「よっ神夜。相変わらず、だらしない恰好してんなっ」
と後ろから声をかけてきたのは、俺と同じく寝癖全開で登校してきた親友――園崎俊だった。高校一年の時に類友として知り合って以来、仲のいい友人の一人だ。
「お前も人のこと言えんだろ俊」
「まぁ、そういうな。それより神夜。お前数学の宿題やったか?」
「俊……。俺が宿題などというものをやってくると思うか?」
俊の肩を叩きながら俺は静かに諭した。
「やるはずがないな。お前はいつも学校でやる性格だから」
あっさり言いやがった。ま、事実だから別に気にはしないが。
「咲妃に訊いたらどうだ? あいつは俺と違って宿題はちゃんとやってくるし」
「それがいいが、見せてくれるか?」
「どうだろうねー? 俺にはわかんねえ」
曖昧な答えを俊に返して俺たちは校舎内に入った。
俊は校舎に入るなり、一目散に我らが教室にいる咲妃のところに向かっていった。俺は一人のんびりと教室に向かった。すでに教室では何人かの生徒が必死になって友達から借りたノートを写している姿が見受けられた。
さて、俊はどうなったかというと――
「自力で解きなさいよ、俊。今回の宿題、すっごく簡単なんだから」
「お前の頭脳と俺の頭脳を一緒にするなよ咲妃。頼むっ! 宿題ノート貸してっ」
「いやよッ! 自分の力でやりなさいよ俊」
遠目から察して咲妃は宿題ノートを俊に貸す気はないらしい。
「おはよう、咲妃」
「あっ。おはよう神夜」
さっきまでむすっとしていた表情から百点満点ともいえる笑顔で挨拶を返す彼女の名は八雲咲妃。俺とは小学校の付き合いの幼馴染で艶の入った腰まである綺麗な茶髪をいつもポニーテールに束ねて登校して来るところは昔から変わってない。
「で、俊。今のやりとりから察して借りられなかったっぽいな」
「……見てたのか?」
「見てたよ。遠目からだけどな」
「見ていたなら助け舟の一つで出してくれよ!」
やれやれ。そうとうイジけてやがる。
「そういじけるな。まだ希望はあるだろ俊。ユキから借りればいいじゃねえか」
ユキというのは俺らの親友、香西ユキのことだ。ボブカットの白髪で感情をあまり表にださないクールキャラ。おまけに頭はよく成績はいつも上位の優等生だ。
「そうか、ユキなら」
わずかに差した希望の光によって復活した俊はそそくさとユキの席に向かっていった。
「ね、神夜。あんたはもうあのゲームのラスボスは倒しているのよね?」
「とっくの昔にな。というのは少しおおげさかもな?」
咲妃のいうネトゲーとは“SAINT OF WORLD”
通称“SOW”
ネット世界だけでなく、世間でも騒がれるほどの絶大な人気を誇り、システム・シナリオ・CGグラフィック等のクオリティはこれまでのゲーム歴史を塗り替えるほど高く、ケータイからタブレットPC、某有名ゲーム会社が開発したゲームハードにパソコンと言った、すべてのハード類からログインすることができ、システムともに作画のクオリティが劣ることはないという万能オンラインゲーム。
そして自身の分身となるアバターは、人間、エルフ、獣人、ハーフエルフ、天界人。そして、その五種族との混血種の計六種類から選べ容姿は自分好みにカスタマイズでき、初期能力値は種族によって異なり、近接戦、遠距離戦の特化にも関わる。その中でも混血種は稀に混血した種族の能力値の半分を初期能力値に上乗せすることがある。
ちなみに俺のアバターは天界人とエルフとの混血種。初期能力値は運よく混血した種族の能力値の半分を上乗せされた。
まあそのおかげで俺は“SOW”のラスボスに勝てたんだろう。もしあの上乗せが無ければ俺も今頃はボス攻略に苦しめられていたはずだ。なんせ、ゲームのラスボスはソロプレイ、あるいは協力プレイでも倒せないほどの超人キャラでほぼムリゲーに近く幾百人もののゲーマーたちが頭を悩ませるほどの難易度に設定されたままゲームは運営されていた。
にもかかわらず俺は
『ソロプレイでラスボス撃破』
なんていう運営会社のゲームマスターですら予想もしなかった偉業を成してしまいネットゲーマーからは嫉妬の声やら一部では『神』として崇められるほど知名度があがり、連中からはボス攻略の依頼が来るほどのゲーマーになってしまった。とはいえ、リアルでこのことを知っているのは咲妃と俊とユキだけであり、ほかのSOWプレイヤーにこのことがバレたことは今のところ一度もない。
まさかと思うが運営会社が“SOW”開発途中でラスボスだけ、パラメーター配分を間違えたのか。それとも、我々プレイヤーに対するゲームマスターからの悪質な嫌がらせか。
俺にはその真相がさっぱり判らない。
以前、βテストプレイヤーたちに聞いたが、テスト期間中は何度でもワンストーリークリア後はすぐにラスボスへとステージが移行したらしく、その時もボスは倒せなかったとテスターたちには訊いている。
俺はβテストを受けてないからよく解らないが。あえて一言言うならボスの強さはβテスト期間の強さと大差ないということだ。
「それでさ神夜。明日、ラスボス倒すの手伝ってくれない?」
「お前な、再来週は『第一回校内全学年対抗クイズ大会』別名『期末テスト』だぞ! しっかり勉強しなきゃいけないだろ」
「ゲームばかりやっている中毒さんにだけは言われたくないな―」
くぅ……痛いところをついてくるな。だが、さすがに俺もテスト前はゲームしないぞ。
「だったら勉強会も兼ねてならボス攻略を手伝ってやってもいいが?」
「む、なんか、上から目線でむかつく。けど、神夜が手伝ってくれるならいい」
「なんだーお前ら。二人で勉強会するのか」
いつの間にか、俺らのまわりに俊とユキが来ていた。
「俊。お前、いつから訊……てか、宿題終わったのか?」
「もちろん終わったぜ神夜。そんでいつ勉強会するんだ?」
「う―ん、明日にしようって決めたとこかな俊」
「了解だぜ、神夜」
「うんいいよ。ユキも明日はいいわよね?」
「……構わない」
ユキも首でコクリと反応する。少しは異論を唱えてもいいんだぞユキ。
「幹事の神夜もいいわよね?」
「当たり前だ。んじゃ、俺は今からのんびりと宿題でも……」
自分の席に移動しようとしたとき、ユキが俊に貸していた数学のノートを俺に差し出してきた。
「やってないなら貸す?」
「ありがとうユキ。その気持ちだけでいいよ。俺は理系科目得意だから大丈夫さ」
「……そう、わかった」
ノートを手元に戻したユキは席に戻って行き、読みかけのSF小説を読み始めた。だが、ユキの表情はどこかさびしそうに感じられる。
「ユキが自分からノートを差し出してくるとは珍しいな神夜」
「そうだな。んじゃ俺もぼちぼち宿題始めるか」
自分の席に戻った俺は鞄から数学のノートと宿題のワークのページを開き、さっさとペンを動かし問題を解いた。
意外と簡単だな、この問題。
なんて余裕ぶっこいて問題を解き始めて早十分。普通の人からすれば早すぎるように見える時間だが、俺からすれば日常茶飯事の終了時間だ。
数学なんてただのゲームだ。
宿題を終え背伸びをしていると担任の岡村がB5サイズの紙束を片手に抱え、登校時刻のチャイムと同時に入ってきた。
「全員、席に着け―。今から抜き打ちで英単語テストするぞ。今更、単語帳見たって頭に入るはずないんだ。諦めろ」
と担任はプリントを前列に配り始めた。
プリントが前席からわたってきた瞬間、俺の脳内の全知識が消去され、一人精神的に追い込まれた。
「あ、始める前に言っておくが、三割以下は今日の放課後補習だからな」
それはねぇだろ! いくらなんでも反則だ!
クーラーがはいっているというのに、額から冷たい汗が頬を伝う。精神ともに崖っぷちに追い込まれていった。正直なところ英単語なんてこれっぽっちも頭に入っていない。まさに絶対絶命のピンチ……。
だが、いくら解らないとはいえ、空白のまま出すよりかは何か書いた方がマシだ。勘でもいい……一つくらい正解していてくれ。
そんな祈りを込め、やけくそになりつつも空欄を埋めていき。
「よし、じゃあプリントを近くの奴と交換しろ。自分のはつけるなよ」
岡村の指示で全員が自分のプリントを近くの人と交換し始めた。
俺は誰とすっかなー……なんて悩んでいるとスぅ……と答案用紙が横から渡された。
『十六夜君、私の採点してもらえるかな?』
解答用紙を渡してきたのは右隣に座っているクラス委員長の白星ミチルだった。ふわりとした肩下まであるセミロングの銀髪で、高校生の割には少し小柄な容姿を持つ女子生徒。ユキと同じで成績優秀でメガネの美少女。
「あ、あ―……。はいこれ。俺の解答用紙。とりあいずマルとバツだけでいいから」
「うんっ。わかった」
白星さんの手に俺の解答用紙が渡り、すぐに持ち手を赤ペンに持ち替えて白星さんの解答用紙に採点を始めたが、答案用紙と照らし合わせる限りマルしかつかない……。
さすが天才……。
全解答欄のマルつけを終え白星さんに渡そうとしたとき、タイミングよく白星さんも俺の解答用紙を渡してきた。
「はい、十六夜君の」
「あ、ありがとう……白星さん。で、三割超えてた?」
「うん、ギリギリね。よかったね補習受けなくて。それで私のはどうだった?」
「いつものながらの満点だよ」
「ほんとっ!? やった!!」
白星さんは嬉しそうに解答用紙を受け取り、俺も白星さんから自分の解答用紙を受け取った。
「じゃ、三割以下の奴は放課後、教室に残っておけよ。じゃ、ホームルームはじめっぞ―」
「起立。――気を付け、礼っ」
委員長の号令でクラスメイト全員が席から立ち上がり、担任に一礼。朝の既定事項――ホームルームが始まった。
担任の話は、今日一日の流れを言うだけで言うだけ。担任になって二ヶ月経つが長ったらしい話はこれっぽっちも聞いたことがない。
ホームルームを終え、一限目の教材を鞄から取ろうとしたとき、背筋に悪寒が走った。恐る恐る後ろを振り向くと、一人だけ落ち込んでいる男子生徒がいた。
俊だ。
どうやら、さっきのテストが三割行っておらずそれで落ち込んでいるのだろう……。
南無三……。
俊の方に手を合わせ『ドンマイ』と合図を送る。しかし、一時間目のチャイムが鳴ったのはいいが、一時間目担当の田代が来ない。
頬杖をついて先生を待っていると、廊下から慌ただしい音を立てて教室の扉を開けて別の教科担当の先生が入ってくる。
「え―……今日の一時間目は田代先生が出張でいないので静かに自習をしといてくださいとの連絡だ」
と言い残して、その先生は去っていった。
その瞬間、クラス内がドカンッと騒がしくなった。
やっぱりこうなるよなー。しかし、朝から出張って……。せいぜい夏風邪とかで話をおさめてほしいものだ。
見張りの先生もつかず騒がしくなりつつある教室で俺は真面目に自習道具を取り出す、のではなく中型のタブレットPCを取り出し“SOW”のサーバーにログインした。
平日の午前中とだけあってログイン率は低く、回線もアカウントの動きも順調だな。さて、クエストクエスト……。
「何してるの?」
と隣に座っている白星が突然訪ねてきた。
「え、何って……SOWだけど……」
「 “SOW”……。あー最近流行っている話題のネットゲームねっ」
「えっ、白星さん……知ってるのか?」
「知ってるも何も、私もやってるもん“SOW” ジョブは回復職の白魔法使いでね、ハーフエルフなんだ。それでねー白マントを着込んで空色のハーフパンツを着てるんだよ。十六夜君のアバターはどんな装備してるの?」
白星さんの容姿に合うようなジョブだな。
「俺のは天界人とエルフとの混血種で装備は“漆黒のロングコート”とレア度10の太刀 『黒桜龍・劫火』を装備したレア職の魔法剣士な。まあ中でも天界人の血を引いている混血種はレアでパラメーターも他の種族より高いのは天界人の初期能力のおかげだ」
「へぇ天界人とエルフとの混血種かー。ねぇこのアバターの紅翼は―?」
「それは天界人の特徴だよ。実際の戦いでは飛べないからただの飾りだと俺は見ている」
「ふ―ん。装備もかっこいいし、レベルは一五〇。それで、魔王は倒してないの?」
「魔王はもう倒したよ」
「ま、魔王を倒しちゃったの!? 凄腕ネットゲーマーでも倒せないあの魔おぅふぅ……」
「し、白星さん! あまり大声で言わないで。このことを知っているのはこの学校で極少数なんだから」
「う、うん……」
白星さんの口を手で押さえこの秘密事項を秘密にしてもらったのはいいが、今の話を訊いてしまった人がいるのか少し不安が残る……。
口を押えられた白星さんは、きょとんとした表情をして小さく頷いた。
*
昼休みが終わってから時が進むこと約三時間弱。催眠効果のある先生達の授業に耐えつつ、付属品としてきた睡魔たちに瞼をフルボッコにされながらも今週最後の授業を耐え抜き。
「起立。気よ付け、礼っ」
「「「「「ありがとうございましたっ」」」」」
白星さんのかける号令と同時にすべての授業が終わり、やっと教師からの束縛を感じさせない放課後がやってきたわけで、掃除当番と俊は今から居残り。
俊、頑張れよ。
俊にその一言だけを告げ、教室を出ようしたとき。
「あ、十六夜君。ちょっと待って」
とクラス委員の男子から呼び止められた。
「俺になんか用か?」
「うん。さっき三年生の委員長さんから今度の生徒総会のプリント貰ってね。それを白星さんに渡しそびれちゃって。それで十六夜君から渡してもらえないかなーって」
「なんで俺なんだよ。てか、クラスに白星さんのお姉さんがいるだろ。その人に渡せば……っていないし。……しゃあない。いいよ、俺が行ってくるよ。住所知っているから」
「あ、ありがとう、十六夜君。はい、これが例のプリント。詳しいことは全部この紙に書かれているらしいから」
「あいよ。んじゃあまた月曜日に」
クラス委員と別れた俺は、受け取ったプリントをクリアファイルに入れながら駐輪所まで歩いているとき、ケータイに一通のメールが届いた。
送り主は、妹の氷空からだった。
『お兄ちゃん、今日ちょっと友達と寄りたいところあるから晩御飯の支度お願いねっ♡ あと夕食はたべてくるねー。五時までには帰ります♪』
高校生活、楽しんでるなぁー。
『了解。テスト近いからなるべく早めに用事済ませろよ』とすぐに『返信』を氷空に返し、遠くから聞こえる煩くなくセミの鳴き声を聞きながら白星さんの家を目指した。
白星さんの家はよく回覧板を回すとき、よく行っていたから道は大方わかる。だが、自宅からの道のりであり学校からの道のりはまったく判らない状況。
俺も、もう少しこの町のことを知っておくべきだったな。
自分を戒めながらなるべく知っている道を辿りながら自転車を漕ぎ進める。
漕ぎ進めて数分。ようやく回覧板を回すときに利用する道に出てこの町では珍しい西洋風の一軒家である白星さんの家についた。
俺はインターホン近くに自転車を止め、頼まれたプリントを片手にインターホンを押した。
「あ、白星さんでしょうか? 俺、同じクラスの十六夜ですけど。ミチルさんに渡すプリントがあってきました」
『はーいわかりましたー。すぐに行くからちょっと待っててー』
インターホンからやたら大人びた声での返答が返ってきた。たぶん、白星さんの双子の姉の白星とおりんさんだろう。全国模擬試試験でも常に首席に君臨するほど頭脳明晰にスポーツ万能。まさに我が学園が誇る優等生。そのため学内試験は毎回学年トップの首席。おまけに腰上まであるふわりとしたロングの黒髪に、凛とした態度でスタイルもよく下級生や同級生の女子からは『お姉様』なんて呼ばれるほどのカリスマ性を持っており、まさに才色兼備という言葉が似つかわしい女子高生。
うちの学校って、やたらハイスペックなお方が多いなー。
「こんにちは、十六夜くん。学校帰りにありがとうね」
独り言を言っている間に玄関の扉が開き、さっそうと白のタンクトップに水色のホットパンツで身体のラインを強調する清楚な姿のとおりんさんが出迎えてくれた。
「いえいえ。それで、これが例のプリントです」
手に持っていたプリントをひとまずリンさんに渡したし、とりあえずはミッションコンプリートっ!
「わざわざありがとうね十六夜くん。ミチルのために」
「もうお礼はいいですよ、とおりんさん。では、これで俺は失礼します」
プリントを渡し終え、インターホン前に止めていた自転車のスタンドを上げ、清々しいまでに空を照りつける太陽の下、道路を通り自宅へと自転車を進めた。
回覧板を届ける時に利用する道を自転車でで通っていき家に着いた。
帰っても今は誰もいないから『ただいま』って言う必要がないが、ちょっとしたさびしさが心にある。
玄関のカギを解鍵して早々と部屋に上がり、制服の上からエプロンを着込んでちょっと小腹を満たすため間食をと思ったが、今日はどうも食欲がわいてこない。
いよいよもって俺も夏バテ……いやでも季節はまだ六月中旬だし……ただの憂鬱からきているのか? ま、間食はあとででも摂れるわけだし、とりあえずシャワーシャワーっと。
欲のないため息をつきタンスから下着と無地のTシャツを片手に一階の脱衣所まで向かい肌にぴったりと貼りついた下着とカッターシャツとズボンを脱ぎ、洗濯機に投げ入れる。
あ―……今日も疲れた……。
まだ活動して半分も終わっていないにもかかわらず、我ながら年寄りくさいことを言うようになったと痛感しながらシャワーのから出る冷水を頭からかぶる。
前髪から滴る水をタオルで拭い、準備していた服をきて脱衣所を出た俺は、水の入ったペットボトルを片手に椅子に腰かけ、目の前のPC画面に食い入るように“SOW”内の自分のアバター『夜神』の戦闘パターンのプログラミングをしていた。
さっきもいったがこの“SOW”の最大の魅力はグラフィックとキャラクターカスタマイズの高さだけではない。もう一つの魅力は自分のアバターに新たな戦闘パターンを自分で追加できるという機能だ。
従来のゲームなら、あらかじめプログラムされた動きしかできない。だがこの “SOW”は自分が組んだプログラムとあらかじめ設定された動きを組み合わせた動きができるため、無限大の戦闘パターンを生み出せるので、圏内PKやコロシアムにボス戦と言った戦いを有利に進めることができる。
俺も小さいころから父方の祖父からプログラミングの仕方を叩き込まれてきたから凄腕のプログラマーを名乗る者と張り合える。その点に関しては祖父に感謝せねばな。
カタカタと、キーボードをたたく音だけが部屋に響き渡る中で一通り打ち終えたら『戦闘テスト』のタグをクリックしプログラムテストを行い、随時バグが見つかり次第すぐに修正をするといった無限ループの仕事をしているうちに隙だらけとなったまぶたに睡魔による攻撃が仕掛けられた。
いかん……ここで寝落ちするわけには―…。
陥落寸前のまぶたを必死に見開き落ちる寸前に発見したバグの修正を終えすぐに戦闘テストを行い夜神の動きに不備がないかを確認する。
よし。バグは無くなったぁ……プログラミングしゅうりょおぅ……。
『SOW戦闘プログラム設定』を閉じた俺は大きく腕を伸ばして背伸びをして椅子から立て上がり、ボスンっ、と音を立ててベッドに横たわりしばらく寝ることにした。
*
―――神夜の夢の世界―――
「お願い。起きてわたしの話を訊いて……」
太陽の恵みを受け、青々と茂った草原で寝っ転がる神夜の体を身体の世界の住人と思われる少女が揺すって起こそうとするが、神夜は起きようともしない。
「早く起きて。奴らが……奴らが動き出すのっ! 」
少女は、寝ている神夜に伝えたいことを伝えるとその場から姿を消してしまった。
「ん、ん―……。……またこの世界に来てしまったか―……」
少女が姿を消してから数分後、神夜はゆっくりと目を開け自分が今いる状況を認識した。
そして、寝ぼけ眼をこすってゆっくり立ち上がろうとした瞬間、神夜の見ていた景色は一変した。
さっきまで目に映っていた青々と茂った草原の地を天国とたとえるなら神夜が見ている今の景色は地獄とでも言おう。
嗅覚を刺激する血と肉が焦げる臭い。
力無き者の悲痛と叫びと燃え盛る炎の轟音。
そして、太陽の光を閉ざし暗黒の世界へ変化させていく分厚い黒煙。
「――これはいったいどういうことだー……」
見ている景色が一変して少しパニックに陥いようとする神夜の目にある光景が映った瞬間、彼の顔は引きつり、息を飲む狂気へと変わった。
「おい……おいおいおい……! なんでだよ……なんで俺の夢にユキ達が出てくんだよ……!」
壁に背もたれ静かに目を閉じたユキに、黒鋼の大筒ともいえる武器を前にして倒れる俊。そんな彼らを目にした神夜は狂いそうになる頭を抱えて自分を正当化させようと心の中でこれを夢だと主張する。
すると、燃え盛る業炎の奥から指先まである黒いローブを羽織りフードを深々とかぶり、表情の見えない者が現れ禍々しい色の魔法陣から黒剣を召喚するなり刃先を神夜に向ける。
「だ、誰だお前は!?」
神夜が問いかけた瞬間、その者は地面を蹴り上げ神夜との間合いを詰めると、ためらいなど感じさせない殺意の籠った目で神夜を見据え黒剣を振り上げる。
大蛇にでも睨み付けられるかのような恐怖を感じた神夜は脚がすくみ声すら張り上げることすらできなかった。
*
「っ!」
がばっとベッドから跳ね起きた俺は呼吸を乱して頭を抱えた。
「はぁ……はぁ……な、なんちゅうリアルな夢だ……」
額から流れる汗を首にかけていたタオルで拭い取り壁掛け時計に目をやって、ゆっくりと立ち上がり部屋をでた。
「あ、ただいまお兄ちゃん」
自慢の栗毛を揺らしながら階段を駆け上がってくる氷空と鉢合わせになった。
「おかえり氷空。予定より早かったな」
「うん、友達も『テストやばいよーっ』って言って慌てて帰って行ったからね。ところでお兄ちゃん。今日の晩御飯なにー?」
「まだ、決めてないよ。ていうか、ちょっと気分悪い……」
大した吐き気がするほど気分は悪くないが、つい反射的に手を口にあてた。
「だ、大丈夫!? お兄ちゃんっ! き、今日は、私が夕食作ろうか?」
意外な言葉が氷空から訊けた。普段、家事は俺と氷空が交代でやるっていう口約束だが七割方家事は俺がやっているからちょっと驚いた。
「お兄ちゃん、気分悪いんでしょ。私だって料理位できるもん。だから、私に任せてっ」
「じゃあ、氷空にお願いしようかな。メニューは氷空にお任せするから」
ドンっ、と氷空の胸を借りるつもりで料理当番のバトンを氷空に渡した。俺はそのまま自室へと戻り、しばらく横になった。
バトンを渡してから数十分が経過し、一階から香ばしいにおいがしてきた。
「お兄ちゃん、夕食で来たよー」
と氷空の声が一階から聞こえてきた。
「はいよ」
軽く返事をした俺はすぐに体を起こし一階に駆け降りた。
「氷空今日の夕食は?」
「今日は、私の大好きなオムライスだよ」
「氷空のオムライスか―……。久々に食べるな」
「えへへっ。私の得意料理のひとつだもん。早く食べよ。今日のはー自信作なんだよっ」
「へー、じゃあさっそく」
「「いただきまーすっ」」
二人そろって手を合わせ、ケチャップで真っ赤に染まったチキンライスの上にふわふわに焼かれた半熟卵の乗ったオムライスをスプーンで一口分をすくい取り口に運ぶ。
「お兄ちゃん。お味の方は?」
「うん、おいしいよ氷空」
「えへへ……そういってもらえるとうれしいかも」
と満面の笑みで氷空は微笑みスプーンですくったオムライスを口に運ぶ。
「ねぇ―……お兄ちゃん」
「うん? どうかしたか、氷空?」
「このあとさ……“SOW”のボス攻略手伝ってくれない?」
「ボス攻略か―。別に構わないよ」
「え、そんなあっさり即答していいの? お兄ちゃん勉強の方は大丈夫なの?」
「いつでもやれるから別にいいよ。俺、一夜漬け得意だし」
氷空が付け合せで作ってくれたスープをすすりながら応える。
「やるのは構わないが食器洗いと洗濯が終わってからな」
「むぅー。洗濯は私がするから、お兄ちゃんは食器洗ってよ」
「はいはい」
曖昧な返事を返して、手を動かした。
氷空とSOWか……。あいついつから始めたんだか?
協力プレイをするのは久しぶりだな。ずっとソロしかしてないし。てか、ずっと拒んできたから。魔王を一人で倒したせいか、知名度が爆発的に上がってインするたびにラスボス討伐の依頼が後を絶たないからな。今更だが倒さなきゃよかったってつくづく思ってる。
氷空特製のオムライスの盛った皿を洗い終えた俺は軽くストレッチをするも全身が無駄に強張り強力なだるさが全身に押し寄せてきた。さすがに疲れ切った身体での勉強はごめんこうむりたい。
早く氷空とゲームしてリラックスするか―……。
着ていたエプロンで濡れた手をふきながら脱衣所にいる氷空のもとに向かった。機械音痴(なぜかPCだけは得意)の氷空が洗濯機と格闘してないか、ちょっと心配だ。
「氷空ー洗濯機起動したか―……っていないし」
脱衣所をのぞくなり、そこに氷空の姿はなくただ洗濯機の可動音だけが響いていた。
いないってことは自室に戻ったのか?
脱衣所を後にした俺はすぐさま階段を駆け上がり氷空の部屋の扉をノックした。するとすぐに『はーい。どうぞー』と入室の許可が下りた。
「もうお兄ちゃん来るの遅いよー! 早くSOWにログインしてよー」
耳に当てていた白のネコミミヘッドホンをとった氷空がプクーっと頬を膨らませて抗議してきた。
「はいはいわかったよ。あ、それと俺のアカウントのキャラ名は『夜神』だからくれぐれも他プレイヤーと間違えんなよ」
「わかったよ、お兄ちゃん。じゃあ第三サーバーでね」
おこの状態だった氷空を宥め部屋を出た俺はすぐに自室へと戻りPCの電源を入れ、お気に入りのヘッドホンを耳に当てSOWのゲームスタート画面を開く。
いざ、第三サーバーへ!
*LOG IN
「さて、久しぶりの第三サーバーか……」
サーバーごとに街並みが変わる。これも従来のネットゲームと“SOW”の違いだ。街並みが変わればその街でしか手に入らないアイテムもあるからちょっとした旅行気分を味わえるのもこのゲームの一つの見どころといえる。
そういや、氷空のアカウント見たことないな……。あらかじめ、訊いておけばよかった。
頭を抱えながら街中を一人で歩いたが、周りのギャラリーの周辺チャットが妙に増えているような気がする。
「おい、あれって……」「うん、噂のだよ」「第三サーバーに来るなんて珍しいね」「うはっ俺、興奮してきたーっ!!」
ここまで、噂が流れていたとは……。
SOWのサーバーにはちょっとした規制があり、既定のレベルと各サーバーのボスを倒すことによってこの第三サーバーのような上のサーバーに行け、より質のいい装備とアイテムが手に入る。そして誰がどのサーバーでレベルの高いボスを倒すとすべてのサーバーにその情報がテロップニュースとして行くため、噂はすぐに伝わっていく。この第三サーバーはまだ中の上に位置しておりプレイヤーのレベルも高く平均にして八〇ぐらいだ。さすがに街中で挑んでくる奴はいないだろ。
そんなことを考えている矢先、正面から無数の矢が飛んできた。
「いきなりかよっ! 魔力解放、“A.T.フィールド”展開っ!」
瞬時に張った“A.T.フィールド”のおかげでHPが減らなくて済んだ。
いったいどこから攻撃を。
「さすがは魔王を倒したプレイヤー……。一筋縄では行かないようだな」
声のする方を向くと、そこには三人のプレイヤーがいた。一人は近距離戦に得意とした剣士。残り二人は遠距離に得意としたアーチャーと魔導師だ。
「俺に挑む気か?」
「もちろん。おれたちが勝てば知名度もう、うなぎ上りに上がる」
「それが目的か。やれやれ……しかたない。売られた勝負は買う主義だからな、全力で行かせてもらうぞ。空間魔法“固有結界”」
乱入戦闘を防ぐため、俺は空間魔法を張った。
「んじゃ、さっさと始めようぜ―ッ!」
チャットを閉じ、瞬時に装備していた『黒桜龍・劫火』を鞘から抜刀しアーチャーに一太刀お見舞いし、弓による防御が解けたところにすかさず光の軌跡が残る斬撃を数太刀入れたところでアーチャーのHPはゼロになり、デスペナと強制ログアウトを与える。
「あと、二人!」
左足を軸に回り右足ステップで地面を蹴り上げ、すかさず太刀先を構え、間合いを詰める。
「くそ、シロがやられた。玲、魔法で援護をっ!」
「………」
「おい、玲!? どうしたんだよ」
「あーすまんね、剣士。アーチャーのシロさん……だっけ? その人倒した後で後衛の魔導師さんもいっしょに片付けちゃった。だから残るは、君一人」
「あ、あ―…」
「狼狽えても遅いよ、君たちが売った勝負なんだから」
「うわぁ――――――――っ!」
「逃げ回っても無駄だ。この空間はほかの空間から孤立している。火炎魔法“炎縛弦蛇”」
逃げ惑う剣士の四肢を地面から召喚した炎蛇で縛りあげ、ジワリジワリと体力を削りとり、そして。
「チェック」
合図とともに剣士もろとも炎蛇は起爆した。剣士の強制ログアウトが確認されると、チャットには運営会社から『WIN』の文字が送られてきた。まあ、当然の結果だけどな。
固有結界を解除、および魔力封印。
内に秘める膨大な魔力を抑え込みながら、氷空との待ち合わせ場所。第三サーバーギルド“ヴァルハラ”に向かった。
ギルドに着いたのはいいが、何やら人で溢れ返っていた。いったいどれが氷空のアカウントだかわからない。てか、全員が氷空のアバターにも見えてきた。
一人ギルド前で狼狽えていると、急にチャットが展開した。
「もしかして、お兄ちゃん?」
話しかけてきたのはへそだしルックスのパーカーに青のホットパンツからは二尾の狐尾に頭には狐耳を生やし小回りのきく攻撃に特化した獣人種のアバターだった。それに聞き覚えのあるセリフ……。
「もしかして、氷空か?」
「うん。そうだよお兄ちゃん」
よかった、無事にあえた。てか、氷空の奴、本名でアカウント登録していたのか。
「なー氷空。ここで話すのもなんだし座って話さないか?」
「うん、いいよっ」
二尾の狐尾をパタパタさせ、ギルド内の大衆酒場に移動した。大衆酒場の中も街市場と同じで俺らと同じハンターで溢れ返っていた。席空いてるかなぁ―…。
「お兄ちゃん、こっちこっちー」
透き通る肌をした腕を高々と振って俺に合図を送っていた。
「よく、席が取れたな氷空」
「えへへ……。今から『プレイヤー夜神と会談するから』ってそこのプレイヤーさんにいったら席譲ってくれたの」
「へ、へ―…」
ここに座っていたプレイヤーさん、ホントすみません。
「にしても、お兄ちゃんも遅かったね、何があったの?」
「……街中で決闘を申し込まれた」
「決闘? ちょっとお兄ちゃんのログ見せて」
そういって氷空は俺のギルドカードからログを調べ始めた。
「ホントだ。『PM三時二十六分五十四秒、B―1区にて決闘。WIN・夜神』って書いてある」
「だろ。それで遅れたんだよ」
「でも、お兄ちゃん、ここのサーバーの人とやっても「勝った」っていう実感ないよねっ」
「まあな。でも、それをここでは言うな」
「そんな強いお兄ちゃんにクエストの依頼。一緒に魔王の側近を倒してほしいのっ」
「魔王の側近……。あー、第三サーバーのサーバーボスか。いいよ氷空」
「やったー。ありがとうお兄ちゃん。さっそく受注してくるねっ」
席を立ち、受付嬢のいるカウンターまで氷空は行ってしまった。
一人になり氷空とのチャットを一時切ると誰かとのチャットが始まり周りにギャラリーが集まってきた。
「君があの噂の?」「ちょっとフレンド登録を」「どうやって魔王を倒したの?」「ボスって強かった?」
……何、この状況!? ちょっとした揉みくちゃ状態に陥ってきた。今ならハリウッドスターの気持ちが今ならわかる気がするな。
「お兄ちゃん、クエスト受注してきたよー」
プレイヤー層のはるか外にいる氷空からのチャットが展開した。
「わかった、すぐ行く」
返事をしたのはいいものの、どうやって抜け出そうか。隙間がないしなぁ―……。
「おにいー……夜神さん、こっち、こっち―!」
「お、おーっ」
氷空が指す方向にはちょっとした人の隙間ができたが、狭すぎる。どう出ればいい……仮に“魔力解放”の時に生じる風圧を利用すれば道は大きく開くことができるが、全サーバーのギルド内での魔力解放、および乱闘は御法度……。
あぁもうーっ! どうすればいいんだよーっ!
一人頭を抱え悩んでいた、そんな時だった。
『あなたたちっ! いい加減、道を開けなさいっ!』
覇気の混じった声がギルド内に響き渡り俺の周りにいたハンターたちの動きが止まりきっちりとした道が開かれた。
いったいどういうことだ?
不思議に思いながらも俺は、その道を通り氷空と合流でき、そのままギルドを出ることができた。
「おい、氷空。今能力は―……」
「えへへ……最近覚えたスキルだよお兄ちゃん。魔法とはまた別だから御法度に触れることがないもん」
「そうか。いいスキルを持ったな、氷空」
「ありがとうお兄ちゃん。早く魔王の傘下倒しに行こう!」
「おー。えーと、場所は確か……『死の森』だったかな?」
「うん。そうだよ、お兄ちゃん。よく覚えてるねっ」
「まあな」
賀古、何回もゲームオーバーしたボスだからな。さすがにそれは言えんな。
第三サーバーの城壁とも言い難い外門を抜け、そこから『死の森・奥地』までステージ移動した。
*
濛々と立ちこもる毒霧のような色を濃く出し、フィールド奥深くまでの方向感覚を狂わすほど霧が濃く出ており枯れ木が高々と聳える森。敵もアンデット系やアストラル系、それに亜人系のモンスターがメインで出てくる。
「さて、奥地の館まで行くか」
「うんっ」
霧が濃く出ているため、敵がどこから出るかわからない。俺たちは慎重に森の奥地を進んでいった。
「! お兄ちゃん、数メートル先に敵発見」
アカウントの索敵パラメーターがいいのか、これも氷空特有の装備のスキルなのかよくわからないが助かる。
「魔力解放っ!」
体内に収めていた膨大な魔力のリミッターを解除して臨戦態勢に入った。
「へへ、お兄ちゃんのMPって結構高いんだねっ。私も魔力解放っ!」
二本あった狐尾が七本増え、氷空の姿が九尾の狐と化した。
「お兄ちゃん、敵はおよそ二十体以上。ノーダメで片付けれるよね?」
「言われずともっ」
敵の索敵圏内に入り、濃霧の奥からわんさかと敵が群がり奥からアーチャーゴブリンからの遠距離攻撃が雨のように頭上から降り注いできた。
「 “A.T.フィールド”を張るまでねぇ!」
しめっけのある地面を力いっぱい蹴り上げ、飛び交う矢の間を掻い潜った俺は接近戦ゴブリンの頭上を越え。
「フィールド。敵の頭上に展開。――ハッ!」
大小形を問わない“A.T.フィールド”を数重に展開して、覇気の混じった声を発すると同時に腕を振り下ろすなり重圧がかかったフィールドがゴブリンの頭上めがけ打ち落とされ、地面にはクレーターがうまれ、底ではゴブリンたちが数十体倒されていた。
「前衛は任せて、お兄ちゃんっ」
九本の狐尾を広げ、蒼い火の玉をいくつも宙に浮かし。
「蒼炎球」
浮いていた蒼炎が弾丸のごとく速さで一体、また一体と肉体ごと焼失させていき、いつの間にか全滅していた。
「氷空、大丈夫か?」
「うん大丈夫だよ。お兄ちゃんは?」
「大丈夫。さ、先に進もう。先は長いからな」
「うん」
体内から溢れんばかりに出る魔力を解放したまま、俺たちは枯れ木と濃霧しかない森の奥地へと駒を進め、迫りくる敵を薙ぎ払った。
「氷空、MPの残量は大丈夫か?」
「うん、大丈夫だよ。魔法とナイフを交互に使ってから。お兄ちゃんはいいの? ここまで魔法攻撃だけで来てるけど?」
「俺は大丈夫だ。魔導師と同じくらいのMPを持ってるからな」
ダッシュしながら前方から迫りくるゴブリンとキースに魔法武具として召喚したぺティナイフを斬雨として投げつけ経験値を稼ぐ氷空を、後衛で守りながら進んでいるうちにボスのいる『死の森・暁の館』に着いた。
「館についたな、氷空」
「うん……なんだか、緊張してきちゃった……」
「大丈夫だよ、氷空。俺が氷空を守り通すから普段通り戦えばいい」
「お、お兄ちゃん……。ありがとう」
「へへっ、気にするな。じゃあ……扉開けるぞ」
痛みきった大扉のノブに手をかけ、館のエントラスホールに入った途端、前方から高熱を帯びた熱線が飛んできた。
「なっ!? “A.T.フィールド”全開っ!」
氷空をかばいながら空間を歪ませるほどの“A.T.フィールド”を展開させ、熱線を防ぐ。
「お兄ちゃん……」
後ろで脅えた声を出す氷空をギュっ……と抱きしめ、腰に収めていた太刀の柄に手を添えた。
「大丈夫さ氷空。俺がお前を守る。それより、お出ましのようだぞ……」
「ようこそ、我が館へ」
二階からゆっくりと浮遊して降りてきたのは、西洋風の服装と黒マントに身を包み頭にはシルクハット。そして片手に紅色に染まったランスを持った男だった。
「お兄ちゃん、あれがボスなの……?」
「あー……」
「そう怖がらなくていいですよ。私、魔王様の側近にして最強の大魔導師、バロン=ヴァルコラキがあなた方を黄泉の国へと送りましょう」
「逝くのはお前の方じゃないのか? バロン」
「威勢のいい混血種だなー……。殺してやる……!」
「殺し返すっ! オラァ―ッ!!」
地面を勢いよく蹴り上げた俺は一瞬にして数十メートルものあったバロンとの間合いを縮めて右手に魔力を凝縮し、バロンの左頬を殴りつけ地面に叩き落とす。
「くぅ……! 魔力で拳を硬化させるとは……」
「まだ、くたばるのはまだ早いぜー!」
空を蹴って地面に倒れたバロンめがけ突撃し黒太刀の柄を握りしめ居合いを試みたが、黒霧から召喚された紅のランスに受け止められ火花が散った。
「大魔導師を……なめるなよ……!」
「『自称・大魔導師』の間違いだろ?」
「付け上がるな―!」
太刀を弾き飛ばしたバロンは、態勢を立て直し、空をつくようにランスを前に突き出す。
「おっと……」
紙一重でランスの突きを交わし、すぐさま間合いを詰め寄り
「魔王の傘下何ていうからめっちゃ強いのかって思ったが俺のレベルからすれば弱いな」
「そうか。ならば本気でいこう」
「今になって負け惜しみかよ」
「そうかな?」
鼻で笑ったバロンはその場から一瞬にして姿を消した。
「なっ!」
完全にバロンを見失ってしまった俺は、おのれの目と索敵スキルで感じるバロンの魔力を探した。
「! お兄ちゃん、後ろっ!!」
「っ!!」
氷空からの助言ですぐに振り向くが遅かった。バロンの放った回し蹴りが腹部を狙っ
てきたが瞬間的に左腕を盾に身を守った。
「ああぅっ……」
「大した動体視力だ。だが、もう左腕は使えまい」
「だろうな……」
「お兄ちゃんっ! 大丈夫っ!?」
入り口付近でバロンの放つ威圧感に圧倒されていた氷空が階段近くで倒れている俺に駆け寄ってきた。
「回復されては厄介ですね。死になさい」
再び姿を消したバロンの狙いは考えなくても判る……。氷空だ……。くそ、動けっ! 俺の脚よ……一歩でもい……。すこしでも前に……。
「死ぬがいい」
氷空の目の前に姿を現したバロンは紅色に染まったランスを突く体制に入っていた。
まだ、間に合うか……。
「火炎魔法“炎縛弦蛇”!」
地面から四匹の炎蛇を召喚し、浮遊しているバロンの足と胴体に巻きつかせ地面に引きずり落とした。
「ま、間に合ったか……。氷空、今のうちにこっちに」
「うんっ」
「えーいっ、小癪な真似をっ! こんな、呪縛……私の力にかかれば……」
「チェック」
蛇を引きちぎろうとしたバロンに巻きついた炎蛇を起爆させ、多少のダメージを与えた。
「……やったの、お兄ちゃん?」
「いや、まだだ」
爆風で立ち上った煙が晴れ、ボロボロになったバロンが見えてきた。
「まさか、爆発するとは……やってくれるな」
「褒め言葉どうも。あんたもそろそろヤバいんじゃないの?」
「ヤバいだと? 笑わせるな、私は死にはせんよ」
「死なない……どういうことだ!?」
「考え事をするならその小娘をかばってからにしなっ!」
「ヤバいっ!? 氷空、俺の後ろにこいっ!!」
「うんっ」
「鳳熱魔法“プロメテウス”」
「 “A.T.フィールド“全開っ!!」
バロンの持っていたランスが砲術槍へと変貌し摂氏何万度とあろう熱帯びた熱線が俺たちめがけくるも、ライフバーにある全魔力を解放して何十層にも及ぶA・T・フィールドを展開し己の身を守った。
「 “A.T.フィールド”を張ったところで私の“プロメテウス”は受け止められんよ」
「くぅ……」
右腕だけで“A.T.フィールド”を支えるのはちょっと無理があるか……! 魔力の残量も残りあとわずか……。
「お兄ちゃん、大丈夫?」
「大、丈夫……」
とはいったのもののさすがに……きついかも……。せめて、左腕が使えたら……。
「お兄ちゃん、私が奴を仕留めてくる」
「ま、まて、氷空っ! 早まるなっ」
忠告を聞かず、氷空は武具召喚で重量溢れる薙刀を片手に俺の後ろから離れ、バロンの背後へと近接に特化した軽装を生かして疾風のごとく移動する。
そして『ドスッ……』と肉塊を鋭い刃物が貫く音が館中に響くと同時に“プロメテウス”による砲撃が止んでいた。
俺はすぐにフィールドを解き、魔力回復系統のアイテム『MPポーション』を使い失った分の魔力を補充した。
「あ、あぁぁ……小娘、キサマ……」
「あなたの倒し方は、前にお兄ちゃんが教えてくれたもん。『心臓を退魔効果のある武具で貫く』」
我ながらバロンのクリア条件だけは特殊であることをすっかり忘れていた。
普通のボスなら体力をゼロにすればクリアとなる。だがこの第三サーバーのラスボス『バロン』だけは普通の武器で体力をゼロにしてもすぐに三割五分の体力が回復するいう仕様になっている。そのため、幾多のプレイヤーが攻略に悩む山場だ。
俺もこの山場を攻略するの二日はかかったからなー。まぁ攻略したあと、氷空にこのことを熱く語ってものすっごい冷たい目で見られたのはちょっとつらかったけど。
「くう……。だが、覚えていろ……。近いうちに我々は……貴様らの世界に侵攻する。それまで精々長生きするんだな……」
胸部の傷を抑えながら、バロンはご自慢の黒マントを大きくなびらせ跡形もなく姿を消した。
バロンの最後に言ったあの言葉……あれはいったいどういう意味だ。貴様らの世界……拠点の事か? とはいえ、そういった類のイベントが発動したという情報は俺がクリアした時から聞いたことがない。もしかして運営会社による新たな仕様か?
疑問に思いながらも、無事に第三サーバーのボスを倒すことができた。
「やったな、氷空っ」
「うんっ。ありがとう、お兄ちゃん」
「礼はいいよ。それより氷空はこれからストーリーがあるだろ? 俺はギルドで報酬をもらったらすぐに落ちるからな」
「わかったよお兄ちゃん。ほんとにありがとう」
「おーっ。じゃあ、またあとでな氷空」
*LOG OUT
報酬を受け取り消費したアイテムを補充してから“SOW”をログアウトした俺は掛け時計に目をやると時刻はすでに日付が変わっており、月光が常闇の空を明々と照らしていた。
時が過ぎるは早いな―……。
ヘッドホンでつぶれた髪をかきながら部屋を出た俺は、氷空がまだ起きているか確認するため氷空の部屋の扉をノックしたが返事がなかった。いつもならすぐに返事が返ってくるのに。
不思議に思い、俺は入室の許可が下りる前に氷空の部屋に入ると。
「すぴぃー……」
とネコミミヘッドホンをしたまま机の上で柔らかな吐息を立てて氷空はぐっすりと熟睡していた。
物語の途中で寝落ちとは……。せめてログアウトしてからにしろよ。
少しばかりの罪悪感を感じながらボス攻略後のストーリーを進めすぐに氷空のアバターをSOWの世界からログアウトさせPCをシャットダウンした。そしてぐっすり眠ってしまった氷空を起こさないようにやさしくお姫様抱っこで持ち上げ、ゲーセンで撮ってきたと思われるぬいぐるみたちに囲まれたベッドにそっと寝かせた。
「おやすみ、氷空」
「んみゅ……おやすみ、お兄ちゃん……」
寝言か? それとも、まだ起きているのか? どちらにしろ、返事を返されただけでも、嬉しいかな。
氷空が起きないよう電気を消しゆっくりと部屋のドアを閉め強張った両肩を数回回して一階に戻った俺は、明日の朝ごはんの下準備を手短に済ませすぐ自室に駆け込み明日の勉強会の準備を済ませ寝ることにした。
咲妃たちとの勉強会なんて一年生の学期末テスト以来だったかな?
なんだか懐かしい思い出が活動限界寸前の脳内を刺激し思いだし笑いが止まらない。




