第2クエスト 野望と攻略
LOG IN
白星さんを現実世界に送り届けてきた俺は、アリスが維持してくれていた開門をくぐって無事“SOW”の世界に帰還した。
開門が閉じ、この世界は現実世界との関係性を断った。次に現実世界とつながるときは全部終わったときだな。
「おかえりなさいませ神夜さん」
「あぁただいまアリス。門の維持ありがとな」
「いえいえ。それより神夜さんその手に持っているモノは?」
「これか? さっきとおりんさんに貰ってな。それより“ラッテ”に戻ろう。決戦は明日だ――ってすまん、メッセきた」
タイミングがいいのか悪いのか、視界の右上に新着メッセのアイコンが表示された。まるでフラグ回収と共に来るイベント展開だな。
すぐにステータス画面からメッセージボックスに届いたメッセージを選択した。送り主は“聖王十字軍”ギルドマスターディフロトからだった。
用件は
『君がらみで話しておきたいことがある。すぐに来てくれ』
この一文から察して団長は全てお見通しってわけかな? 俺がらみで話しておくことか。今は咲妃を助けることで頭いっぱいだからな。それに報告もあるし手間が省ける。
ちょっと“ヘブンス・ドア”まで出向くか。
「アリスごめん。俺ちょっと“ヘブンス・ドア”に行ってくる。団長から呼び出された」
「はい、分かりました。では、先に宿屋のほうに戻って待ってますね。転移“ラッテ・イストワール”」
地に描かれた魔法陣に手を着き目的地の名を叫んだアリスは自身の魔力を通行料にして転移した。
「俺も行くか。転移“ヘブンス・ドア”」
*
満点の星空が一望できた草原から一変して、街路を照らす街灯が立ち並ぶ“ヘブンス・ドア”中央広場転移門についた。
夜とだけあり道行く人は疎らで酒に酔っている人か街の警備員と思われる人々が徘徊していた。
とりあえず、ギルドに行こう。早く事を済ませて“ラッテ”に戻らなければ、国で待っているアリスたちに迷惑がかかるし。
広場の魔法陣を離れ街中で一際大きい建物“聖王十字軍”のギルドホールを目指して歩き出した。
ギルドホールは、真夜中だというのに山のような書類を運ぶ団員に依頼を成功して報告を済ませに来た団員パーティ勢で溢れていた。
一様アポを通しておくか。団長の呼び出しとは言え無断でギルド内を歩き回るのはさすがに気が引ける。
依頼申請を済ませる受付に足を進ませ
「ギルド“六芒神聖”の神夜だけど。ディフロト団長に呼ばれて――」
と受付嬢に言うなり
「お待ちしておりました神夜様。こちらでディフロト様がお待ちしております」
受付嬢は事前に団長から指示を受けていたような対応で、団長が待っている部屋まで案内してくれた。
しばし、長い赤じゅうたんの敷かれた廊下を歩いているうちに、先頭を歩いていた受付嬢が大量にある扉の一つの前に立ち止まった。
「御着きになりました神夜様。こちらでディフロト様がお待ちしております」
受付嬢は扉を開いてくれた。俺は部屋に入り、大量の書類を処理していたディフロト団長も部屋に入ってきた俺に気づき、職務を一時中断して設置されていた応接席に着いた。
「では、失礼しました」
受付嬢は俺たちに一礼して扉を閉めてホールの方に戻って行った。
さて、会談を始めようか。
「わざわざ“ラッテ”からこちらに飛んできてくれたありがとう神夜君」
「いえいえです。それより俺がらみでの話とは?」
会談を始める前に軽く団長と握手を交わし、さっそく話を進める。
「ひとまず、神夜君。探していた友人は救えたのかい?」
「はい救えました。それに、先ほどその子を現実世界に送りとどけてきました」
「そうか。それはご苦労だったな。なら、彼を、リアを紹介した甲斐があった。彼も十分な戦力になったかね?」
「えぇそれはもう。ただ、あいつは友人を救った後、俺たちを裏切り咲妃を攫いました。油断しました。団長の紹介だから善人と思い信頼してました。けどあいつは何のためらいもなく俺たちの命そのものを奪おうとした……俺はあいつを許さない」
奥歯を噛み締め込み上げてくる怒りを必死に抑え込む。
「それで。君はリアを倒そうというのかね?」
「えぇ。前回は負傷を追っているうえでの敗北だが、今回は全快で挑めます」
「……そうか。なら君を呼び出して正解だった。報酬というのもなんだが、ひとまず君にこれを」
団長は自身のアイテムストレージを開き、装備項目から一つのヘッド装備アイテムをドロップし長テーブルの上に置いた。
「狐のお面?」
「そう狐のお面。アイテム名は“荒神のお面”単体で装備することもできるが理性を失い仲間を傷つける危険がある特級危険アイテムだ。だがこいつの暴走を食い止めることができるアイテムがこの世には存在する。それが“和神のお面” それもこいつと同じ狐のお面の形をしているそうだ。私も話で聞いただけで実物は見たことが無い」
「狐のお面……。確かそのようなものが俺のアイテムストレージに!」
すぐに俺は自分のストレージを開き、とおりんさんから貰った狐のお面を探し出した。そして、ヘッド装備アイテムの欄にとおりんさんから貰ったお面があり、名前は“和神のお面”と書かれていた。まさか、現実世界のものが、この世界のお面の暴走を食い止めるものになるとはな。
「その様子だと君はすでに持っているようだな。では、このお面を君に。あとはストレージ内で調合すればいい。話は以上だ」
「はい、分かりました。では失礼しま――」
「あー神夜君。今日はもう遅いからギルドで手配した宿屋に泊まるといい。下の受付嬢に話は通してある」
「ありがとうございます。では、失礼しました」
団長に一礼した俺は部屋をでて、下のホールにいる受付嬢の受付カウンターに向かった。
カウンターに着いた俺は、受付嬢に手配してもらった宿屋の紹介を受けその宿屋の場所を教えてもらったのはいいが、まさか御用達の宿屋とはな。
西洋の館に近い形をした宿屋で周りには返し刃の付いた塀に、毎度お馴染みのやたらごつい重装備をした門番付きの宿屋だった。
ここに泊まるのってまだ指で数えられるほどしかないけど、この門番の面構えだけはどうも慣れないな。
ぶつくさ独り言を言いながら宿屋の門をくぐり受付でチェックインを済ませて部屋のカギを受け取り指定の階に上がり部屋へと入った。
「さてと。アイテムの調合を済ませるか」
アイテムストレージを開き、ヘッド装備の“荒神のお面”と“和神のお面”を選択して調合を始めた。ものの数秒で調合が終わり『成功』の文字が出ていた。そして、アイテム名は“獣狐のお面”と明記されていた。そして、その効果は
『装着者の身体能力を飛躍的にあげ、獣人種以上の力を授ける』
まるでチート級のアイテムだ。こんなのゲーム時には無かったぞ。とりあえず、一回つけてみるか。
お面を手に取り、普段装備していないヘッドアイテムに設定して装着する。
視界は良好、付け心地も悪くはない。ただ、これと言って力があがったという実感がいまいちしてこない。
アイテム説明はガセだったのか。なんて疑いたくなる。てか、さっきからお尻の方がやたらムズムズする……。
尾骶骨あたりに手を伸ばすと、フサフサでモフモフしたくなるほど柔らかい毛並みをした尻尾が生えていた。毛の色は白と黄色とオレンジを混ぜた綺麗なきつね色をしており、身体を守れるほどの大きさを誇っていた。
この尻尾は今つけている装備の力か? 姿かたち、まるで俺も獣人種にでもなった気分だ。ただでさえ、この世界の俺は天界人とエルフの混血種なのによ。
小さなため息を一つついて装備しているお面を外し、ストレージ内に納めると同時に、生えていた尻尾も消えた。
やはり、アイテムの力だったか。この力があれはリアを倒すことも可能なはずだ。待っていろ咲妃。すぐに助け出すから。
窓から見える月を見ながら俺は“ラッテ・イストワール”にいる咲妃につぶやいた。
*
――“ラッテ・イストワール”郊外・グリモワール邸――
神夜が白星さんを現実の世界に送りとどけて“ヘブンス・ドア”でディフロト団長と階段をしていたころ、屋敷の一室のベッドの上で咲妃は膝を抱えてある計画を企てていた。
「リアの言ったことは絶対ウソに決まっている。たとえ、このことが真実だとしてもあたしはここから抜け出して神夜たちと一緒にリアを倒す」
咲妃は装備項目から胸元を晒した白のミニワンピと白の膝まである白のフォールドを巻き手には細剣『グランツ・ティア』を手にする。
『咲妃様、寝間着のお持ちしました』
と、ドア越しからメイドの声とドアをノックする音が聞こえた。聞いていた咲妃は『どうぞ』と返事して左手に細剣の鞘を手にして立ち上がる。
「失礼します咲妃さ――!」
メイドがドアを開けて部屋に入ってきたところで、咲妃は鞘から細剣を抜刀し容赦なくメイドの心臓部目掛け突きを入れて廊下に押しやる。
そして、踵を返して部屋のテラスへと駆け走って、ガラス張りの扉を破壊して中庭に飛びおり門をめざして走った。
「――不覚をとった」
廊下まで突き飛ばされたメイドは、立ち上がり今の状況を瞬時に把握して屋敷の使用人に連絡をとろうとしたところに、物音に気付いたリアが現れた。
「いったい何の騒ぎだアイリス?」
「っ! 旦那様、申し訳ありません……貴方様の花嫁、咲妃様から奇襲を受けそのまま逃げられてしまいました」
「そうか。まあそのことぐらい予測はしていた。直ちに全使用人を派遣しろ。咲妃を連れ戻すぞ」
「ハッ」
メイド――アイリスは耳に手を当て、屋敷内の全使用人に連絡を取って逃げた咲妃の取り押さえを命ずる。
屋敷から抜け出してずっと走り続けてきたせいでだいぶ息が上がる。追っての姿はまだ見えないがいつ出会ってもおかしくわない状況下に咲妃はいる。そして、ぼんやりとだがグリモワール邸の入り口ともいえる門が見え始めた。
門前には屈強な体つきをした門番が二人立って下り、咲妃を見つけるなり脱走したことがすでにバレていたらしく手に持っていた槍を構え咲妃に襲い掛かる。
「あんたら、邪魔ッ! 水冷魔法“圧水砲”」
構えられた槍先を右手で抜刀した細剣で弾き、男の懐に潜った咲妃は左手を男の腹に当て鉄板をも軽く貫けるほどまで圧した水を放ち男の腹にデカい風穴を開ける。
「ッ! このアマッ!」
頭に血が上ったもう一人の門番は魔法を放って隙だらけとなった咲妃目掛け槍を突くも、いとも簡単にかわされ逆手に持った細剣で腹部を裂かれ倒される。
「……これで……外に出られる」
そう確信した咲妃は細剣を鞘に納め錠のカギを門番から奪い解錠して開こうとしたとき、数メートルから喉を唸らせた獣の声が聴こえた。
声を聴いた咲妃は後ろを振り向くと、体長五メートルはあろうかという三つ首の犬ケルベロス二頭が火の粉が混じった吐息を吐いて門から出ようとする咲妃をにらむ。そして、その後ろには各々に武器を持ったメイドが数名いた。
「嗅覚が鋭い犬を連れてくるなんてね。でも、敵が何人来ようとあたしの敵じゃない」
鞘から細剣『グランツ・ティア』を抜刀すると同時に瞬間的に一人のメイドとの間合いを詰め光の残像が残るほど速い突きを数発食らわせ雑木林へと追いやる。そのままメイドたちが自身の動きについてこれない好機を逃すことなく咲妃は、手刀でメイドのうなじを打っては気絶させていき数を減らしていく。
「あと五人……それとケルベロス二頭」
目標をメイドからケルベロスへと変更した咲妃は、持ち前の瞬発力を生かしケルベロスの頭上高く飛び上がる。
「 “多重層A.T.フィールド”ケルベロス頭上に展開。――ハッ!」
地上にいるケルベロスの図体にかぶるくらい大きい多重層フィールドを展開させ、左手を勢いよく前に突きだすと同時に展開していたフィールドが地面に落下しケルベロスを圧して地面に着地する。
圧されたケルベロスは悲鳴を上げ力尽きた。
地獄の番犬と称されたケルベロスを一撃で倒した咲妃を見た幾人のメイドが驚愕し後ろに下がっていく。
「敵が怖気づいている今ならいける。でも、街まで追って来られると困るし……殲滅しと――」
クラっと一瞬立ちくらみがし、膝から地面に崩れる。
「なに……力が入らな――。きゃっ!」
始末し損ねたもう一頭のケルベロスの前足が咲妃の背中を押して地面にうつ伏せに倒す。
動きのとれなくなった咲妃の目の前に『無駄な抵抗はするな』と脅しをかけるようにメイドたちが各々手にしていた武器の矛先が向けられる。
「鬼ごっこは終わりだよ咲妃。使用人諸君ご苦労だった」
悪魔の翼を羽ばたかせたリアが現れ、メイドたちをねぎらう。
「――リアッ!」
「そんな怖い顔をしないでおくれよ咲妃。せっかくの綺麗な顔が台無しだ」
「ふざけるなッ! 今すぐあたしを解放しろ!」
両手をついて、身体の重心を押さえつけるケルベロスの前足を持ち上げようとするも上からかかる力に圧倒されすぐに倒される。
「くっ!」
「無理をすると背骨が砕けるよー咲妃」
「そんなの知ったこと――ッ!!」
グッと背中をケルベロスによって圧迫され、微量の血が咲妃の口から吐き出される。
「ほらほら早く僕に助けを求めてよ」
「そんなことしない。あたしは……あたしは絶対にここら出てやるんだからッ! 転移ッ!」
手のひらサイズの魔法陣を描いた咲妃は陣に手を置いてケルベロスの前足から脱し、ケルベロスの頭上高くに転移する。そして、さきほど倒したケルベロス同様に多重層のフィールドを展開して、上から押しつぶす。
「残酷だね~咲妃は」
「それはホメ言葉、として受け取っておくわ。でも今夜あなたたちはここで死ぬの。“多重層A.T.フィールド”複数召喚――ハッ!!」
宙に停滞していた咲妃は地上にあるリアを含むメイドたちの頭上に分厚い六角形のフィールドを張り、右手で大気を圧して展開したフィールドを全て使用人目掛け叩き付ける。
大気を裂くようにして落ちてくるフィールドをメイドたちは手持ちの武器で破壊を試みるも、ひとたび刃がフィールドに触れただけで刃はへし折れメイドを地面に押しやり圧する。
展開したフィールドがメイドたちとリアを圧したことにより、辺りに砂ぼこりが立ち籠る。宙に停滞していた咲妃は、地面に下りたち屋敷から新手がこないことを確認して細剣を鞘に納め門をくぐろうとした。
「まだ少しクラクラするー……なんでだろう……。でも追っては倒したしこれで神夜たちに――」
『誰を倒したって?』
「えっ? ッ!」
声がした方を振り向いた瞬間、何者かに口塞がれ門の塀に叩き付けられた。咲妃は口を塞ぐ手を叩いて離すよう訴える。
「ンゥ――! ンゥ――!」
「まさか、咲妃がここまで強かったなんて思っていなかったし少しイラッとしたよ。でも大丈夫、殺したりはしないから安心していいよっ!」
咲妃を掴んだままリアは、力の限りを尽くして解錠された門とは逆の方向に咲妃を放り投げる。投げられた咲妃の身体は地面に叩き付けられる。
「くっ! なんで、立っていられるの……? あんたもメイドたち同様につぶしたはず」
「つぶした? あんな紙切れ並みの強度しかないフィールドでこの僕を!? 面白いこと言うねー咲妃は。いいよ。少しだけ僕の力を見せてあげるよ」
真横に突き出したリアの右腕が一瞬にして服の右袖を引き裂き、露出した皮膚からプツプツと紅い鱗が生えはじめ次第に腕の表面を覆い、指先は龍のようなヒヅメが生えそろう。
何か嫌な予感がすると察した咲妃は、左腰に納刀する細剣を抜刀し身構える。
「いいねーその反応。さあその剣で僕を刺殺してみてよ。先制していいよ」
「随分と余裕ぶってるじゃない。じゃあお言葉に甘えて。――斬撃剣舞“海王の神槍”ッ!」
細剣の剣先をリアに向け右手を後ろに引いて咲妃は、スキル発動と当時に右を前に突きだしその勢いを利用してリアの心臓目掛け突進する。
「何? その剣舞?」
あきれた目でリアは迫りきった剣先を、堅い鱗で覆われた右手で宙を舞うほこりを掴むかのように容易く掴み咲妃の斬撃を受け止める。
「今、何かしたかい咲妃? 僕には何か叫んでただ突進してきただけに見えんだけど」
「ッ! 次は決め――!」
リアに捕まれた細剣を引き抜こうとするも剣先はリアの手から離れようとはしなかった。
「離してほしい? じゃあ離してあげるよっ!」
鋭利な剣先を握ったままリアは細剣を薙ぎ払って咲妃を吹き飛ばす。吹き飛ばされた咲妃は地面すれすれを低空飛行し、減速のために左腕に腕全体をカバーし返し刃の付いた籠手を装備し地面に突き刺し踏み止まる。
「な、何なのよーあの力――!?」
見上げたのも束の間。突然咲妃の眼前で爆発が起き破片があたり一面に飛び散る。咲妃はこの一瞬のうちに何が起きたのか判らずキョトンとしていた。
「咲妃~君の剣、ちゃんと返したからね~。でも、力いっぱい投げちゃったからもう木端微塵だけどね~」
リアはへらへらと笑いながらゆっくりとキョトンとしている咲妃に歩み寄る。
「ッ! く、来るな―っ! 右手、魔力硬化!」
我に返った咲妃は右手に魔力を集中させ鋼並の強度にして歩み来るリア目掛け拳を振るもリアは容易くかわし、鱗で覆われた右手をかざし
「そんな遅い攻撃じゃ僕を捕えることはできないよ。スキル“空圧砲”」
手平の中央に空気の渦を生み出し圧縮したリアは、咲妃の頬すれすれで圧縮した空気を放つ。
放たれた空気は地面を容易く抉り木々をなぎ倒して消え去った。
圧倒的力の差の前に咲妃の足は震え、口は依然として開いたままで閉じようとはしなかった。
「な、なんなのよ……その力は?」
ペタンッとゆっくり膝から座り込みただ愕然とする咲妃はリアに問いかける。
「答える義理はない。さあ屋敷に戻ろうか咲妃。次、こんな真似したらただじゃすまないよ」
右腕を覆っていた鱗を消したリアは、ドスの利いた声で咲妃の心に響くように言い聞かせ手首を握り屋敷へと戻った。
(リアはまだ半分の力すらだしてなかった……もし全力で戦ったら神夜で勝てないのかな? そしたらもう……神夜たちに会えないー……)
咲妃はただ、愕然とした表情をして自分の力で歩こうとはせずリアに手を引かれて歩いた。
「しっかし、今日だけでいったい何人の使用人が亡くなったことか。また雇わないと。それより、まずは門と庭園の手入れだ。陣、召喚『全使用人に告ぐ。明日の結婚式までに門と庭園の修復をしてくれ。それと――』」
屋敷を目指しながら、リアは宙に小さな陣を描きそこから雇っている全使用人に命令をした。
*
翌朝。
窓から差し込む光がいい具合にベッドで寝ている俺の顔に照りつけ、天然の目覚まし時計となって起こす。
「んっ……もう朝か」
大きなあくびをして半覚醒状態のまぶたを擦りゆっくりとベッドから這い起き装備フィギュアをいじっていると。
コンコンッ。
と、誰かがドアをノックしてきた。俺に客か? と言ってもこの世界においての知り合いはまだ少ないし……まさか敵!? の可能性もあるな。用心のために短刀もっておくか。
装備アイテムから短刀を取り出し腰に納刀して慎重にドアを開ける。
「おはようございます、神夜様」
ドアを開けると、どこかの屋敷に仕えていそうで正統派と言っても過言ではないほど凛々しくキリッとしたメイドが立っていた。
「お、おはようございます―……。それで俺に何ようで―?」
「ディフロト様から神夜様に渡し損ねたものがあるとのことでこちらのアイテムをお持ちしました」
メイドはアイテムストレージを展開して、指で画面を操作していき一つのアイテムをドロップして俺に手渡した。
手に渡ったアイテムは移動手段の一環として馬を呼ぶ時に使う馬笛と似た類の召獣笛だった。笛の形は鳥の形をしているから鳥類型のモンスターを呼び出すことができるみたいだ。
「渡すものは以上です。それでは失礼します」
メイドは一礼して、俺の前から去って行った。
部屋のドアを閉めた俺は常備、この召獣笛が使えるようにポーチにしまいハンガーラックにかけていたロングコートを羽織って大衆酒場に向かった。
大衆酒場は朝晩問わず街の冒険者に他方からきた者たちで溢れ返っており、各々のテーブルでは高カロリーともいえる肉づくしの料理をバクバク食っていた。
朝からようはいるなー……俺は無理だ。
一人カウンター席に着いて以前注文したものを受付嬢に頼み料理が出てくるのを待っていると。
「なあ聞いたか」「ん? いったい何を?」「なんでも今広場の方の転移魔法陣が使えないって商人と冒険者が焦っているのを聞いたからよー」
と、通りすがりの冒険者二人の話に聞き耳を立てて情報を得た。
魔法陣が使えない? ただの魔力不足じゃないのか。確か転移するのに自身の魔力を通行料にして国から国、街から街へとどこへでも行けるわけだし。
聞いた話を自身の解釈で速攻論破した同時に視界右上に新着メッセージのアイコンが浮かび上がった。
送り主はアリスからだった。
『おはようございます神夜さん。あと、四時間後に戴冠式です。転移を使えばすぐこちらに来れると思いますので。何時ぐらいにこちらに戻りますか? 来るとき連絡を』
と書かれており俺はすぐに
『朝食とったらすぐ行く。それと――』
と書いてメッセージを返信した。そして、タイミングよく受付嬢に注文していた料理が運ばれてきた。
ものの数分後。俺は朝食を食べ終え大衆酒場を後にして、街の広場へと足を向けた。広場では人盛りができており、リュックいっぱいに詰まった物資を抱える商人に他方から友人を待っている街人で溢れ返っていた。
俺はそんな彼らの隙間をぬって進み魔法陣にたどり着いたが彼らの視線が一斉に俺の方に向けられ、口を隠してひそひそと話をしている者が見受けられた。でも、俺は気にせず陣に手を着き
「転移“ラッテ・イストワール”」
陣に着く手から体内の魔力が抜けていくのが分かる。魔法陣は青白い光を放ち始め俺を転移させようとし始めるや否、通行料として抜けたはずの魔力が逆流し青い光がたちまち赤い光を放ち始めた。
赤い光だと!? チッ!
陣に着いていた手を離してすぐに後ろに後退するなり、逆流してきた魔力が一転に集中、圧縮して最後にボンッ! と爆発音を立てて爆発した。
この爆発を見ていた者は皆『言わんこっちゃない』なんて言わんばかりの顔をして俺を見る。
い、いったいどうなっていやがる……転移魔法陣が使えないんじゃ“ラッテ・イストワール”に行けな―……いやまて。あるぞ、一つだけ魔法陣を使わなくても行ける方法が。
俺はポーチに手を伸ばしてその中から今朝メイドが届けてくれた鳥の形をした召獣笛を取り出した。
アリスがくれた馬笛が馬を召喚してくれる。ならこの鳥笛は鳥類型のモンスターを召喚してくれるはずだ。
俺は背中の紅翼を羽ばたかせ大衆の目を気にせず街の西門へと向かった。
西門についた俺はすぐにポーチから鳥笛を取り出し吹き口を咥え、ピィ――っと高い音を奏で、風に乗って音が遠くへと運ばれていく。
そして、ものの数秒後、ぼんやりとだが笛の音色を聴いて召喚されたと思われるモンスターが飛んできた。
「まさか、この笛でこいつが飛んで来るとはな」
しだいに見え始める影を見て俺は失笑した。
音色を聴いて飛んできたのは、大型の鷲でも鷹でもなかった。
そのモノは身体の前半身が鷲、後半身が馬で、巨大な翼で何トンもある身体を支え大気をまるで大地を踏みしめているかのようにして大空を疾走してきた。
「ヒッポグリフ……ゲーム時はグリフォンよりも希少価値が高く、倒せばグリフォンよりも多くの経験値を得られるはずのこいつに乗れるとはな」
飛んできたヒッポグリフは低空飛行をしても殺しきれない勢いを殺すために旋廻して俺の前に降り立ち俺のことを警戒することなく喉を鳴らして寄り添ってきた。
召獣笛で呼ばれたモンスターって結構人懐っこいんだなー。
なんて和む暇もなく俺はヒッポグリフを座らせ馬具で使う鐙や鞍、手綱を装備させる。これも自分の装備フィギュアを操作するようにしてヒッポグリフ専用のフィギュアを操作して身に纏わせられるから力仕事をしなくて済む。
この世界って現実味あるし、やたらゲーム時と同じようなことができるからすごいんだよなぁ。……さて、装備も整ったし行くかの前にアリスに連絡しとかないと。
ステータス画面を開いて新着メッセージの宛先にアリスの名前を記載して『転移魔法陣が使えないからちょっと遅れる』とだけ書いてメッセージを転送してヒッポグリフの背に跨って手綱を引き出発の合図を送る。
合図を受けたヒッポグリフは地面を力強く踏み締めて助走をつけ、巨大な翼を広げ羽ばたかせて何トンもある巨体を持ち上げる。そして前足で大気を掴みとるかのようにして徐々に高度を上げて大気を駆け走って行く。
地上とは違って空は障害物がないから馬よりも速い! これなら一日……いや、半日で着くかもしれない!
下のものすべてがミニチュアのように見える。ということはかなり上の方を飛んでいるんだろう。とにかく急がねば。
手綱を引いてヒッポグリフにもっと飛ばすよう指示する。
*
――“ラッテ・イストワール”郊外、グリムモワール邸・主人室――
「リア様、本日のご予定ですが今から二時間後王宮にて戴冠式、後に馬車で国内を凱旋しまして旧国王とその官僚方との昼食会となっています」
燕尾服を着込み黒の手帳を片手に持った執事が鏡の前で服装の乱れを正すリアに告げる。
「そう。それで午後は予定通り」
「はい。咲妃様とゲストの皆様との晩餐。そして当屋敷の教会にて神の名のもとに祝福の儀が行われます」
「義の準備は着実に進んでいるのか?」
「はい着実に。門の修理もあと少しで終わるとのことです」
「ふっ優秀な使用人たちだ。さて、そろそろ王宮のほうへと行くとするか」
「畏まりました。玄関に馬車を用意させていますのでお気をつけて。それとリア様、咲妃様の方はいかがなさいましょうか?」
「昨夜力の差を知ったから部屋からも屋敷からも出ることはないと思うが念のため部屋の前に二人ほど見張りを立てておけ。では行ってくる」
「畏まりました」
黒い手帳を閉じた執事は一礼して扉を開け王宮へと向かうリアの手引きをする。
*
「では、今ここにリア・グリムモワールを第267代ラッテ・イストワール国王とする」
現国王は台座に置かれた王冠を手に取り、王の前で跪くリアの頭の上に王冠を戴冠し王宮で戴冠式を見届けていた官僚たちが拍手して王位に即位したリアを祝福する。
王位を引き継いだリアはゆっくりと立ち上がり国王の眼前に立つ。
「後のことは私目にお任せくださいませ国王さ――いえ、父上。そして……」
リアは右袖をたくし上げ地肌を晒す。そして、右前腕全体に紅い鱗が生え手は龍のヒヅメと化し。
「どうか、あの世で国にご加護をお与えください」
右腕を勢いよく突き立て国王の左胸を貫き、致命傷与えた。そして、赤く染まった腕を左胸から引き抜いたリアは、腕を掃って血を拭い一部始終を見ていた官僚たちの前に立つ。
「さて、この状況を見ていたお前たちには悪いが、外にバラされたら僕にとって不都合なんだ。さっそくだが、君たちにも死んでもらうよッ!」
亜空間から白銀の剣を引き抜いたリアは、恐怖のあまり動けなくなった官僚たち総勢二十名に剣先を向け、床を蹴り上げ一人、また一人と常人の瞬発力ではとらえられないスピードと剣舞で一網打尽にする。
「……これで政権は晴れて僕のモノか。この状況を知っているのは僕と君だけだよ側近魔導師君。このことは他言内密でね」
「仰せのままに。それでは、新国王。そろそろ凱旋パレードのお時間です」
「分かった。あーそれと官僚たちの昼食はなしね。全員殺しちゃったから」
「畏まりました。ではこちらに」
リアは、王室での側近となる魔導師に導かれて王室を出ていく。
王宮の門を出たリアの目の前には、昨日咲妃と乗った馬車が止まっていた。リアは馬車に乗り込み馬を指揮する指揮者に馬を走らせるよういう。
手綱で縛られた二頭の馬は指揮者の合図を受けて門の外へと続く道を走りだし民衆の待つ“ラッテ・イストワール”を目指して走り出した。
*
――“ラッテ・イストワール”中央街――
「――神夜の奴も粋なことするなーまったく……」
「愚痴らないでちゃんと仕事してください俊さん。神夜さんからの指示なんですから」
「『――凱旋パレードがあればステルススキルを発動してリアを狙撃せよ』だろ。狙撃って……俺らは別に暗殺家業のギルドじゃないのに」
「……どうやら愚痴の時間は終わりみたいですよ。リアが来ました」
光明細マントを羽織り、サイレント付き魔導ライフル『ステルス・アサシネイト』のスコープを覗きながらリア登場を待つ俊と狙撃主である俊の護衛に着き、俊と同じで光明細マントを羽織って、双眼鏡をのぞくアリスは今凱旋パレードが通る道に建つ集合住宅の屋上に身を潜めている。
下からは「国王様ー!」「新国王様ー!」とお祭り用にした“ラッテ・イストワール”の国旗を振り新国王であるリアを乗せた馬車が民衆たちの前を通って行く。
「二時の方向から距離、およそ六百……いけますか?」
「もっと遠くてもいいが、問題ない」
スコープに目標であるリアを捕えた俊はタイミングを見計らいながら銃の標準を合わせ引き金に右人差し指を這わせる。
「風向き良好……目標との距離問題ない。……ッ!」
グッと『ステルス・アサシネイト』の引き金を引くとプシュッと圧縮された空気が発射されたような音だけが聴こえ、銃口から飛び出した貫通性の高い弾丸がリアの眉間めがけ飛んで行く。
観衆も、馬車の護衛もこのことには気づいていない。もちろんリア本人もだ。
「撃ちとった!」
そう確信した俊の期待を裏切るかのように飛びかった弾丸に気付いたのか。あるいはただの偶然か。リアの眉間を射抜こうとした弾丸を、リアは右人差し指と中指の間で弾丸を受け止め即座に破壊する。
「リア様、どうかなさいましたか?」
「いや、別に」
リアは平然とした態度をとって何事もなかったかのように観衆に手を振る。
その様子を見ていたアリスと俊はすぐにその場から離れる。
「そ、そんな……! こんなことってありえるんですか?」
「いやありえないだろう常識的に考えて。俺たちは今光明細マントを羽織っているから姿は見えないし、俺は確かに銃声を消すサイレンサー付きのこいつで奴の眉間目掛け撃った。なのに奴は銃弾が飛んで来るのを知っていたかのようにして受け止めた。そんなことができるのは人間離れした存在、魔王くらいなものだぞ!」
ライフルをアイテムストレージに納めた俊とアリスは、リアにこのことを悟られぬよう急ぎ足でユキとの合流地点へと向かった。
「フゥ―……なんとか撒けたみたいだなアリス」
「そうみたいですね。あと数メートルでユキさんとの待ち合わせのお店です」
光明細マントのフードを脱いだ二人は、人気のない路地裏を歩いて隠れ家とも言っていいくらい怪しい喫茶店に入店する。
店内は寂れ、入店している客は皆この国に巣食うゴロツキかここを拠点にしている賞金稼ぎの冒険者たちで席は埋まっていた。そんな中で一人、黒のローブを深々と被り分厚い本を読みながらコーヒーを飲んでいる少女がいた。
「ようユキ。そっちの用事は終わったのか?」
「うん、終わったよ。そっちはどうだった?」
「……失敗した。弾が奴の眉間に着弾する瞬間に奴は指で弾を止めたんだ。とても人間とは思えないほどの動体視力だった。神夜と咲妃の二人も確かあれほどの動体視力を持っているが奴はそれをはるかに上回っているとみた」
「結論から言うと?」
「魔族かと思いますユキさん」
アリスの口から言われたその言葉を聞いたその場の者たちの動きが止まり、視線がアリスたちに集まる。
「魔族の者となると上位悪魔か。はたまた魔王クラスが妥当だろうな」
「でも魔王がそう簡単に姿を現すものなんですかねー?」
「そうでもないみたよアリス」
と、ユキはさっきまで読んでいた分厚い本をテーブルの上に置き、パラパラとページを開いていく。
「さっきここの図書館で借りてきた本に書かれてた。さすがは歴史を記した国とだけあって量が膨大でねー。……あった。皆は魔王が全部で七人いるのは知っているよね? そのうちの一人は神夜が倒してあと六人になったわけだけど」
「あーそれは“クロス・D”の演説で聞いたわけだしー…」
「そう。それでね、この本によると魔王は天災として人々から恐れられて、人が恐怖に怯える顔を見るの好きだったみたい。完全に悪趣味ね。それで魔王一人一人の大きさは異なり、力の差も違うらしいの」
「おいおい……それじゃあこの前“和の国”であった魔王がかわいく見えてくるなー。それでその強さって限度でいうとー……?」
「あくまで推測だけど弱くて街を一つ消せる程度、強くて星を一つ消せる程度? じゃないかな? それだけ魔王の力は計り知れないってこと」
「街一つ……それを倒してしまった神夜さんっていったい……」
魔王を一人で倒した神夜の強さに改めてアリスは驚愕した。
「私も魔王と一戦やり合ったけど勝てる気がしない。魔王を倒せるのは神夜だけなのかもしれない……。じゃあ話を変えるわ。今日は咲妃の結婚式。それをぶち壊す作戦だけど。会場はリアの屋敷の教会であるの。それで咲妃が教会でドレスアップしている時に忍び込んで――」
「いや待てユキ。その作戦はよしておこう。忍び込んだとしても部屋のまわりにはボディガード、部屋にはドレスアップを手伝うメイドが着くはずだ」
「それは倒してしまうばいいんじゃないでしょうか俊さん」
「俺たちの力をもってすればな。でももし、万が一リア来てみろ。俺たちは一瞬でお陀仏だ」
「じゃあ俊には何か策があるの!? 言ってみて」
「いや……」
俊の態度にイラだったのかユキは怒り、俊の胸座を掴み大声を張り上げた。
「お、落ち着いてください二人とも! み、皆が見てます……」
アリスは怒るユキを宥めようとする。だが、昼から酒を堪能している客とグラスを拭くマスターの視線がユキ達三人に集中する。
「……とりあえず作戦を練り直すけど。いける時はこの作戦で。そろそろ屋敷に行こう。マスターお会計を」
分厚い本をアイテムストレージに納めたユキは、カウンターで接客に勤しむマスターに頼みお会計を済ませた。そして、店を出ると同時に黒のローブを羽織りフードを深く被りリアの屋敷を目指した。
*
――“ヘブンス・ドア”から約二百キロ離れた地点・上空三千メートル――
“ヘブンス・ドア”を飛び立ってもう三時間が経過したわけだが“ラッテ”の国壁がみえやしないか。馬とは違ってスピードがあるからそれなりに早く着くかと思ったがそううまくいくはずがないか。
それより、一回ヒッポグリフを休憩させなアカンしー……近くにいい休息ポイントはないものかなー?
ヒッポグリフの手綱を引きながら近くにいい休息ポイントがないか広域マップデータを展開して探してみた。
するとマップ全域緑色の中に一部分だけ水色を示すポイントが表示された。
この色、近くに湖でもあるのか? 距離と方角はっと……北西に約四十キロか。案外近いかもしれんな。よし、もう少しだ。頑張れよー。
手綱を振るい、グリフに北西に進むよう指示しマップで見つけた湖に向かう。
北西に位置する湖の岸辺に降り立った俺はヒッポグリフの装備を一時的に解除して岸辺に腰かけ一息ついた。
グリフも座り首を伸ばして湖の水を飲み、乾いたのどを潤す。
俺は俺でアイテムストレージを展開し普段から常備しているアルミボトルと携帯食料、干し肉を取り出し中に入っている水を少しだけ口に含み、取り出した干し肉は火炎魔法で調理するのではなく、グリフの昼食として与えた。
肉を起用に前足で押さえながら食すグリフをよそに洋紙の地図を広げ “ラッテ・イストワール”からここまでの距離を測る。方位南西におよそ四九十キロ弱の距離だ。三時間で約二百キロとすると六時間と数分の飛行かな?
まあなんにせよ、式までには間に合わせなきゃいけないな。
洋紙を丸めアイテムストレージに納めグリフに装備を取り付け、グリフの背に跨ろうとしたとき、ガサガサッと森の茂みから音がした。
モンスターか?
グリフの背から下りた俺は、索敵スキルを発動し腰に納めている黒太刀の柄に手を添え臨戦態勢に入る。
遭遇まで三、二、一……。っ!
右足で地面を蹴り上げた俺は黒太刀を引き抜きモンスターとの距離を詰め肉眼でモンスターの姿を捕え、黒太刀を振りかざすも。
「はっ!? 女の子っ!」
どうやら俺はとんだ勘違いをしていたらしい。モンスターかと思い黒太刀を抜刀し振り降ろそうとしているのは紛れもない人間。それも、艶のあるセミロングヘアの金髪で容姿は氷空に近いがどことなく既視感を感じる女の子だ。
女の子は突然の奇襲に驚愕し後ろに下がることができずにいた。このままだと俺はこの手でこの子を殺してしまう。
「ちっ!」
無理やり太刀筋の軌道を変え斬撃を女の子の隣にそびえ立つ木に向けて斬りつけ、なんとか未遂で済ませた。
「あー……そのー大丈夫? ケガしてないか?」
「は、はい、大丈夫です。でも、そのー……怖かった」
「ご、ごめんっ! 敵襲かと思ってつい反射的に――。ほんとごめんっ!」
「もういいですよ。どこもケガしてませんし。私アイリっていうんです」
「これはご丁寧に。俺は神夜。よろしくなアイリ」
「はいっ! よろしくです神夜様」
「さ、様ー……」
様付なんて何回かこの世界にきて呼ばれたけど初対面の女の子から呼ばれると意外と破壊力あるな。
アイリト俺は森の茂みから湖の岸辺へと場所を移し腰かけた。
「それにしてもこの森で人に会うなんて珍しいことですー」
「この森で? アイリの家はこの近くなのか?」
「えぇまあこの近くの小さな村に両親と住んでいます。あの神夜様はどうしてこの森に?」
「旅の途中でこいつを休ませるために立ち寄っただけだよ」
「こいつってヒッポグリフに乗ってですか―!?」
「あ、あーそうだけど。驚くことか?」
「そ、そりゃあもう! 私も乗ってみたいなー……」
じっとアイリの視線がグリフに集中する。
「なら乗ってみるか? 村まで送るけど」
「い、いえ結構です! ……それにしても神様はお強そうですねー。逞しい腕に体内に秘める魔力、そして、先ほどの太刀裁き。うちの村の剣士とは次元が違いますわ」
「そ、そうかなー? 俺よりすごい奴なんてたくさん―……」
「いいえ、神夜様は十分にお強いですわ。自分に自信をもってくださいまし。……では私そろそろ行きますわね。それでは失礼します」
アイリは側に置いていたバスケットを手にしてまた森のほうに向かっていった。
「不思議な子だったなー。……さて、おれもそろそろ行くかっとその前に」
アイテムストレージから装備欄を展開した俺は『漆黒のロングコート』から燕尾服『バトラーテイルコート』に着替えてからグリフの背に跨り手綱を引き“ラッテ・イストワール”に向けて出発した。
『……貴方とはまた近々お会いするかもしれませんね神夜様。さて貴方はこれからどんなことをあの国でしてくださるのか楽しみですわ』
森の中でアイリは神夜がグリフに跨り飛んで行くのしっかりと見ていた。
飛行すること約六時間。太陽は遠くに見える山に半分沈み、緋色の光を少しずつ藍色に染まろうとする空を照らしているころ。距離にして約四百キロは飛んできているから残りは九十キロ地点。そろそろ黒壁が見えてもおかしくはない距離まで迫っていた。
俺は片手に切り替えてグリフの手綱を引き空いている手で望遠鏡を覗きながら“ラッテ・イストワール”の国壁を探す。
そして、探し始めること数分。ようやく“ラッテ・イストワール”の国壁を見つけるも様子がおかしかった。
「おいおい。これはどういうことだ? 国全体を結界が覆っているだと?」
望遠鏡がとらえたのは国領土に反って敵を寄せ付けない強力かつ巨大な結界が張られていた。
本来は転移魔法陣を使って“ラッテ・イストワール”に帰国して結婚式が行われる会場を襲撃しようと思った。しかし今朝から魔法陣が使えないというトラブルに見舞われ本来の計画が失敗に終わり、今朝国にいるユキ達にリアの戴冠式の際に凱旋があるかと思いそこを俊に狙撃するよう頼んだ。その後は俊からの連絡がないから失敗したか、連絡が取れない状況にいるのかのどちらかだろう。
さて、俺もこの状況を何とかしなきゃな。
距離にして約二十一キロ。フルマラソンの二分の一の距離と判断した。あとは自分の足で行くか開閉門前で打ち落とされたらたまったもんじゃないしな。
「ありがとよここまで俺を運んでくれて」
ヒッポグリフの頭をそっとなでた俺は手綱を離し、地上に向かってダイブした。そして、紅翼を羽ばたかせ落下スピードを減速して木の枝に着地する。
「さてと、あとは国まであと少し。ここから先は国旗用警備隊がいるかもしれんし、国王もリアに変わって国政とかがいろいろ変っているかもしれん。面が割れている分注意せねば。てなわけでいよいよこいつの出番だな」
アイテムストレージを展開させた俺は、ヘッド装備“獣狐のお面”を装備して顔を隠し自らの進退能力を上げ木々を飛び越え開閉門を目指す。
林道は極力避けるようにして木々を飛び越えた。もしリアの仲間にでも遭遇した場合、顔はばれないが一発で攻撃を受ける可能性がある。とわいえ、索敵スキルを発動しているからすぐに敵の位置を察知できる。
「今のとこ反応はなし。開閉門まであと、四、三、二、一……見え――いやまて!」
開閉門まであと二十五メートルの地点まできた俺は、一端足を止めて木々から地面に下り木の後ろに身を潜め門前で警護にあたる憲兵に目をやる。
身体能力を飛躍的にあげている今なら、聞き耳を立てれば遠くの音でも簡単にとらえることができると思った俺は憲兵たちの会話に耳を傾ける。
『あーかったるい……早く代わんねえなー』
『無駄口を叩くな。新国王のご命令だぞ』
『とは言ってもよー本当に来るのか―? その―……神夜って奴が?』
『さあな。でも国王のご命令なんだから来るんじゃねえーか?』
憲兵の話を訊いて大方理解した。
すでに俺が国外に出ていることがバレており、俺が必ず戻っていることもばれていやがる。ってことは国を覆っている結界は俺対策ってことか?
つくづくいやになるなー。でも、索敵で察知できる憲兵の数は二人。装備している遠近接に特化している銃剣か。
やるか。
姿を現した俺は、憲兵と距離二十五メートルもの間合いを詰め上げ憲兵たちの眼前に姿をさらす。
「な、何者だ貴様!?」
「獣人!? いや違うぞ!」
俺を発見した憲兵二人は銃剣を構え眉間に狙いを絞り発砲してくる。
眉間目掛け飛んで来る弾丸を一つかわし、もう一丁の弾丸を指の間で掴み憲兵心臓目掛け投げる。投げられた弾丸は、大気を裂きながら進み若き憲兵一人の左胸を貫き黒壁に深々と刺さり静止する。
「な、なんて奴だっ! くそっ本部に連絡! こちら東側開閉門。現在賊の襲撃を受け――」
「増援なんて呼ぶなよな。あとがめんどい!」
国内の司令塔本部に連絡し隙だらけの憲兵の喉を閉め上げ頭を力任せに横に押し首の骨をへし折る。
「これで見張りはいないな。さっさとリアの屋敷を目指すか。時間がない!」
開閉門を人一人分入れるほど開け国内に入った俺は、憲兵たちから逃れるべく建築物の屋根に飛び乗って姿をくらましリアの屋敷を目指して走り出した。