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2.5次元の狭間にて  作者: 黒覇 媄兎
第3章 ソードダンス・ウエディング
18/32

第1クエスト 略奪と再会

 キーンっ! 

 と教会内に甲高い金属音が教会内全体に響き渡る。

 剣、もとい黒太刀を振るっているのはギルド“六芒神聖”のギルドマスター俺こと十六夜神夜。対するは大貴族リア。白星さん救出を手伝ってくれたが、自らの手で慕っていたアザゼルを殺し二年前俺の母――セレーネ・十六夜を殺した張本人だ。

 俺は母のかたきを討つためにリアと殺し合っている。

 俺とリアが互いの命を削り合って闘っているのを少し離れたところから見ている咲妃たちは援護に入ろうと、各々の武器を構えるも他者を寄せ付けない圧倒的力の差にただ見ているだけで手も足も出せずにいた。

「俊、ここからリアを狙撃できる?」

「……無理だな。撃てば神夜にあたる可能性がある」

 スコープを覗き狙撃のチャンスをうかがっていた俊はライフルをメインアームから外しじって闘いの様子を窺う。

「なんなのよ神夜のあの剣舞は。あたしとやった時とは大違いじゃない……」

 ぎっ……と、咲妃は歯を食いしばり目をこしらえて闘いの様子を窺う。

火炎魔法(フレム・マジック)超高圧熱線(プロメテウス)”』

 黒太刀でリアが振るう剣技を弾き、左手に魔力を集め摂氏何千度もある熱線をほぼゼロ距離から放ったにも関わらずリアは熱線の軌道を見切りかわし瞬時に白銀剣を振り降ろして反撃に転じる。

 熱線を回避できるまでのタイムログはほぼ皆無に等しい。それをリアは避けたとすれば軌道を予測、あるいは単純に見切ったとしか言えない。

 振り降ろされる白銀剣の刃を黒太刀で受け止め間合いを詰め上げる。

「ほう。剣技、体術、魔法。どれをとっても君は僕以上の力を持っていると見たが……それはほんの一時的に能力を上げたものなのかな?」

「ぎっ……うるせえよ。いいから黙って俺の黒太刀にバッサリ斬られろリアッ!」

 渾身の力でリアを突き飛ばしリアの死角を突いて紅蓮の焔を灯し燃えた黒太刀を切り上げリアの左肩に切り傷を負わせるも、傷口は浅く微量の血が飛び散っただけだった。

 かすっただけか。やはりここは……。

「火炎魔法“焔ノ太刀(グラン・ブレイカー)”」

 リアが反撃に転じる前に炎のサークルを召喚しすぐに紅く燃えたぎる太刀を抜刀しバランスを崩しているリア目掛け紅太刀の剣先を向け追撃を試みるが、紅太刀を召喚するまでのわずかレイコンマのタイムログの間に体勢を立て直したリアは突いてくる紅太刀の剣先を白銀剣で受け流しがら空きとなった胴に狙いを定め切りかかってくる。

 黒太刀で受け止めようにも間に合わないと考えた俺は、背の紅翼を羽ばたかせてリアから離れ斬撃をかわし再度突撃する。

 本日二度目となる“二刀流”の剣舞。度重なる連戦で体力も残り少ない。それに、今の力はリアが言うように魔法で一時的に身体能力を飛躍させただけに過ぎない。それでもなお、俺は両手に持つ太刀を振るいリアにダメージを与えていく。

 ――速く……もっと、もっと速く!!

 両腕に念を押し、徐々に太刀を振る両腕が加速していく。一太刀振れば大気を裂く音と斬撃を受け流すリアが持つ白銀剣にぶつかって生じる金属音が耳元で響き渡る。

 まだだ! まだ上がる! 

 ぐっと両手に力を込めすべての斬撃を受け流してきた白銀剣を黒太刀の刀身がとらえ、右脚を踏み締めて白銀剣をリアの手から飛ばす。そしてガードの解けたリア目掛け紅太刀をリアの右肩から斜めにかけて斬り降ろす。

「ぐむっ! か、神夜……貴様っ!」

 微量の血を吐血してリアは俺をにらみながら後退する。だが、俺は攻撃を止めずそのままリアの全身に斬撃による傷を与えていく。

 やっと、やっと母さんのかたきが討てる。

 黒太刀でリアの胸部を薙ぎ払った俺は左手に持つ紅太刀を大きく振りかぶりリアの頭部に狙いを定め

「これで終わりだ! リアァッ!!」


『打ち取った!』


 闘いを見ていた誰もがそう思ったその瞬間、リアはニヤリと笑い“純粋な心の結晶(ピュア・ハート)”をはめた左腕を高々と掲げ

「 “イージス”展開!」

 突如、“純粋な心の結晶(ピュア・ハート)”が輝きだしリアの周りを透明な膜が貼られ、紅太刀の斬撃を受け止めるのではなく刀身をへし折った。

 突然の事態に俺は戸惑いを隠せずにはいられなかった。少なくとも俺は全力で紅太刀を振るった。それなのに、あの“イージス”には傷一つ付けることなく紅太刀をへし折った。

「神夜ー相当焦っているみたいだな。これが“純粋な心の結晶(ピュア・ハート)”だけが持つ力。他者の攻撃を全て防ぐ絶対防御壁“イージス”だ」

 リアは装備項目から新たに武器を取り出し徐々にスピードを上げて疲労困憊の俺と間合いを詰め上げ剣を振り降ろす。

「くっ!」

 残り少ない体力を振り絞り、リアの斬撃を黒太刀で受け流すもリアは手首を返して剣先を俺の左肩目掛け突いてくる。

 体力があればかわせる攻撃だった。

 今になって後悔しても遅い。剣先は左肩を貫き深々と刺さりそのままリアによって仰向けに倒される。

 左肩を通じて激痛が走る。叫びたくとも声すらもうでない。

「痛いか? 痛いだろうな。僕だって痛かったさ。君に付けられた傷が痛いんだよ」

「そ、そんなの……知ったことか! 火炎魔法(フレム・マジック)超高圧熱線(プロメテウス)”」

 左人差し指をリアの眉間に標準を合わせ、摂氏何千度もある熱線を放つもリアに“イージス”を展開されて熱線を防がれる。

「悪あがきをよしたまえ神夜。そうだなー死に行く君に見せておこう」

 そういってリアは俺から離れ、距離をとって闘いを見ていた咲妃たちのところへ歩みを進め咲妃の前で立ち止まり膝をつき咲妃の手をとった。

「咲妃さん。僕はあなたに一目ぼれしました。僕と、結婚してください」

 リアの一言に咲妃は戸惑い、握られていた手を離しリアから距離をとる。

「ちょっ! あんたこの状況でいったい何を言っているの!? バカじゃないの!」

「少なくとも僕は本気です。僕は本気であなたに恋心を抱きました」

「あんたねーまだそんなこと抜かすんだったら容赦しないわよ。あたしは本気よ。神夜のお母さんの命を奪った奴と結婚なんかできるわけないでしょ」

「……そうですか。ならしかたない。僕は力づくであなたを略奪します」

 パチンッとリアが指を鳴らした途端、咲妃の身体から力が抜けたかのように地面に崩れ落ち指一本動かせずにいた。

「あ、あんた……あたしに何をしたの?」

「簡単なことですよ。さきほどあなたが口にした紅茶に簡単な合図で発動する毒入りの砂糖を入れただけですよ。さて、時間があまりありませんのでとっとと屋敷へ連れて帰りますか。でも、その前に!」

 瞬時に俊との間合いを詰めたリアは俊の胸部に右手をかざし、モーション一つなく胸部と右手との間に存在するわずかな隙間を圧して俊を教会の祭壇まで飛ばす。

「俊! よくも俊を!」

 俊がやられたことに頭にきたユキは魔導書から氷剣を召喚しリアに突き入れようとするも時すでに遅く。リアの右手がユキの肩に触れた途端、俊同様に飛ばされ柱に激突してそのまま気を失った。

「さて、あとは君だけだな」

 リアの圧倒的力の前に怖気づいたアリスにリアはゆっくりと歩みを進める。

「アリスだけは―……手を出させるかーッ!」

 歯を食いしばり左肩に突き刺さる剣を抜き取りすぐに紅翼を羽ばたかせアリスのもとまで飛び、リアの手がアリスに触れる前に彼女を守ることができたがものすごい圧が俺の身体に伝わりアリスをかばいながら教会の支柱に激突する。

「やれやれ。まだ力を残していたとはなつくづく恐ろしい奴だ。でも、これで邪魔者はいなくなったか。それじゃあまた逢おう六芒神聖の諸君」

 リアは全身がしびれて動けない咲妃を担ぎ、地面に描いた転移門の上に立って呪文を唱え俺たちの前から姿を消した。

「やっ! 神夜! 目を覚まして! 神夜―神夜――ッ!」

 咲妃の叫びが今にも消えそうな意識の中に響き渡り、やがて咲妃の声は聞こえなくなり俺の意識も闇の中へと沈んでいった。




 ずっと真っ暗だった空間に光が満ちはじめ、手を伸ばし光の方へと進むにつれぼんやりと奥で誰かの像が見えた。そして、次第に捕えた像は大きくなって俺の視界から消え代わりに見知らぬ茶色の天井が見えた。

 ここはどこだ? 確か俺、アリスをかばってそのまま―……。

「あ、神夜さん! おはようございます。気分はどうですか?」

「アリスなのか?」

 ゆっくりと身体を起こして尋ねた。

「はい、そうですよ。……それより神夜さん。これ、何本に見えますか?」

 突然アリスは俺から少し離れた位置に立って人差し指を上に向ける。

目をこしらえなくとも見える範囲だ。俺はアリスに答えを言うなり『視力は大丈夫みたいですね』と言って木の椅子に座った。

「なあアリス。ここはどこだ?」

「ここは“ラッテ・イストワール”のギルド御用達の宿屋の一室です」

「そうか。それで俊たちは! 咲妃は無事なのか!」

「い、一気に質問しすぎですー! 俊さんとユキさんは無事です。白星さんは未だ昏睡状態ですが今のところ命に別状はありません。それと咲妃さんは……」

 ぐっと咲妃の安否だけアリスは口をつむった。ってことは、今咲妃はここにはいないのか。だとすると意識が沈む前に聞いた咲妃の叫びから察して今あいつはリアの屋敷にいるってことか……クソッ……。

「……そうか。ありがとうアリス。それで俺は何日ぐらい寝てた?」

「えーっと。ざっと二~三日ですかね」

 そんなに寝ていたのか。

 もうこの世界に来てどのくらいが経ったかな? 一週間ちょっとかな。そろそろ氷空とルナ姉さんが心配するころかな。なるべく早く事をすべて済ませなきゃな。

 心配事を考えていると、コンッコンッとドア越しで誰かがノックしてきた。

「アリス―入るぞ。神夜の容体はどうってもう起きてたのかよ」

「あーついさっきだけどな俊。ケガの方は大丈夫か?」

「お前に比べたらなんともないよ。そっちはどうなんだ?」

「傷はだいぶ癒えているがしばらくはこの包帯といっしょだな。それで何か伝えに来たのか俊?」

「あーそうだった。さっき委員長が目を覚ましたよ。少しぼうっとはしているが意識はある。今ユキがそばにいるよじゃあ俺は戻るよ」

 そういって俊は部屋を出て行った。委員長――白星さんが目を覚ました。よかった―無事に目を覚ましてくれて。このままずっと目を覚まさなかったら俺はとおりんさんになっていえばよかったのやら。たぶん、許されることじゃないと思うな。

 俺も白星さんの様子を見に行くか。

 掛布団を跳ねのけベッドから起き上がった俺は包帯で覆われた上半身の上から、いつも着ている『漆黒のロングコート』を羽織って白星さんがいるという部屋に足を向ける。

 そして、ドア越しからかすかに聞こえるユキと白星さんとの会話が聞こえる部屋の前に立った俺は、軽くドアをノックして部屋の中に入った。

「神夜ーもう起きて平気なの?」

 部屋に入るなり心配そうにユキが問いかけてきた。

「もう大丈夫だよ。心配かけたなユキ」

「うん……」

 コクリとユキは小さく頷いて、水の入った桶を持って部屋を出て行った。俺はベッド側に鎮座する椅子に腰かけ白星さんに話しかけようとした途端。

「――十六夜くんッ! 十六夜くーんッ!」

 と泣きながらベッドから跳ね起きて俺の胸の中に飛び込んできた。そして、そのまま俺は白星さんを抱いた態勢で床に倒れた。

「――いった―……白星さん、俺まだケガ人なんだけど……」

「ご、ごめんね……十六夜くん。でも、十六夜くんの顔を見た途端、自然と目から涙が出てきて止まらないの……。しばらくこうさせて……」

 白星さんはコートをぎゅっと握ったまま俺の胸の上で静かに寝息をたてて静かに眠ってしまった。

 ……この態勢、どうすればいいのやら。やれやれだ……。

 ため息をついた俺は、白星さんが起きるまでのしばらくの間床に横になった。

「ん、んんぅ……つい床で眠ってしまった……」

 眼を擦りぼぅーとする頭を抱え、コートの襟をつかんだまま寝ている白星さんに目をやる。スピィ―……と寝息をたてて彼女はぐっすり熟睡中。疲れがドッと押し寄せてきたのか、それともロクに寝ていないのか?

 俺はぐっすり眠る白星さんを抱き上げ備え付けのベッドに寝かせた。

 なんかこうしてみると少し歳の離れた妹を持った感じがする。白星さんが実年齢よりも若く見えるから? それとも身長から察して?

 白星さんを起こさないように俺はそっとドアを閉めて部屋から退出した。宿部屋のリビングに入るなり、顔をしかめてジッとリビングに備え付けられた窓の方を俊たちは見ていた。視線につられ、窓のほうに視線を寄せるなり左肩の傷が痛くなってきた。そして、自然と奥歯を噛み締め窓にいる人物を睨み付ける。

「リア……! 貴様何しにここに来た? 咲妃は、咲妃は無事なんだろうなー」

「あー彼女なら無事だよ。それと君らとここでやり合う気はないよ」

 窓辺に腰かけ赤々としたリンゴにかぶりついたリアは話を続けた。

「さて、あの世界から出て今日で早三日が経った。あと二日もすれば僕と咲妃さんは結婚するんでねー今日はその招待状を君たちに渡しに来ただけだよ。それじゃあ次は式場で。せいぜい彼女との最後の別れを惜しむんだな」

 リアは白の封筒を五枚差出し窓辺に置いて、そのまま窓から飛び降りた。リアが飛び降りた瞬間に下を覗いた時にはすでにリアの姿はなく、街中を行きかう人々が宿屋前を通っているだけだった。

 魔力の残留を感じた。ってことはあいつ転移魔法を使いやがったのか。もしくはあらかじめ壁に書いていたのか? でないとこんな一瞬で移動することなんてほぼ不可能だ。

 おとなしく奴の話耳を傾けるんじゃなかった……あのとき、黒太刀を召喚していればリアを殺すことができたはずだ。

「クソっ!」

 窓辺の壁を右手で思いっ切り叩いた。治癒魔法をかけてもらっているとはいえ、まだ右腕に負った傷が痛む。治癒魔法にも治せる傷の限度というものがあるらしい。

「か、神夜さん落ち着いてください。まだ傷は完治してません」

「あ、あ―……」

「でもよー神夜。リアが置いて行ったこの招待状どうすんだー? 五枚あっけどよー」

「たぶん、白星さんを合わせだろうとりあいず全員一枚ずつ俊から貰っといてくれ。俺は部屋に戻るよ」

「神夜これから夕食だけど?」

「いい。今日食欲ないから。みんなで食べてきなよ俺のことはいいからさ」

 ハニカミながらユキに食欲がないことを伝えた俺は、俊から招待状を受け取って自分が寝ていた部屋に戻りコートをハンガーラックにかけてベッドに横になった。


        *


『――や、神夜、助けて……』

 咲妃? 咲妃の声がどこから聞こえてくる。

 見渡す限り真っ暗闇の空間で身を覚ました俺は、確かにこの耳で聞いた咲妃の声を頼り彼女を探す。

『やっ! 早くっ! 早く助けて神夜っ!』

「っ! 咲妃ッ! どこだ、どこにいる!」

 喉が裂けるほどの大声を張り上げて咲妃のいる位置を探る。

咲妃はこの空間のどこかにいる。絶対だ! 

「神……夜」

 耳元で俺の名を呼ぶ咲妃の声が聴こえ反射的に後ろを振り向いた。後ろには、白のミニワンピの肩と胸に簡単な装甲を積み腰にはスピードを重視した白くて美しいレイピア『グランツ・ティア』と藍色のフォールドを装備した咲妃が立っていた。

「! 咲妃、ここにいたのか……」

 咲妃に手を伸ばした矢先、胸元に焼けるような痛みが走った。下を向くと、血が付いた白銀の剣が深々と刺さっていた。そして、俺の身体は膝からゆっくりと沈み崩れ落ちた。

「なっ! これ、いったい……」

 剣を引き抜こうと背にある剣の柄を握ろうと手を伸ばそうとするも、腕が急に重くなり挙がらない。

 そして、咲妃の姿がどんどん遠のいて行った。

「! 行かないでくれ……。ッ! 行かないでくれ咲妃ッ!」

 腕を引きずって遠のいて行く咲妃の手を掴もうと必死に伸ばすも、掴めず咲妃は闇の奥深くへと行ってしまった。

「咲妃……なんで、なんでなんだよ―…」

 俺は焦っているのか? 大切な仲間を奪われ、遠くへ行ってしまうことに俺は焦っているのか? 

 ハハッ……前にもそんなことがあったけ? 咲妃と氷空に夢の世界で会って結局は現実世界で再会。でも、今回はそんなことじゃない。ほんとに咲妃が俺たちと過ごす世界と日常から遠いところへ行ってしまう。

 いやだ! そんなの……。

 俺は――これからもずっと咲妃と! みんなと同じ世界で平穏な日々を過ごしたい! 

 ガバッ! と横になったベッドから跳ね起きあたりを見渡す限りカーテンで閉め切られた薄暗い真夜中の室内だった。

 もう夜中か。あれから何時間の時が経ったのか俺にはまったく見当がつかない。

 それに俺が寝ている間にユキかアリスが、ベッド横のサイドテーブルにパンとすっかり冷めきったシチューを乗せたお盆を置いてくれていた。

ありがとう……。

ぼそっと呟いた俺は、パンにかぶりつき冷めきったシチューで噛み切ったパンを無理やり胃袋の中に流し込んだ。

普段の寝起き直後の俺にとってはちょっときついが、今の俺にとってはありがたい。

 なんせ三日ぶりの食事なんだからな。

「ごちそう様でした」

 空になった食器を乗せたお盆をサイドテーブルに置いた俺は、もう一度ベッドに横になって静かに目を閉じた。



 翌日。

 寝すぎたせいか、今朝は妙な怠さを身体に残したままベッドから起きる羽目になった。少し巻き付けていた包帯が少し湿っているがきにせず俺は、装備項目から黒のシャツを着込みサイドテーブルに置いていたお盆を片手に部屋を出た。

 リビングに出ると、エプロン姿で宿部屋に備え付けられたキッチンで五人分の朝食をアリスとユキの二人が作っていた。

「あ、おはようございます神夜さん」

「おはよう神夜。まだ寝ててもいいのよ」

「おはようアリス、ユキ。昨日寝すぎたから眼が冴えてもう寝てられん。ちょっと隣の流し台借りるぜ」

 ユキ達と並んで台所の流し台に立った俺は、桶に水を溜めてその中に使った食器を入れ軽く水洗いした後石鹸でこべりついた汚れを落としていく。

「神夜。私がやるからいいよ」

「いいって。俺が使ったんだから俺にやらせてくれ。それよりアリス。この街から“スカイ・グランド”までの転移は可能か? 今日中にでも白星さんを現実世界に送り届けたいのだが?」

「陣さえ組めば可能かと……。それより朝食の準備が終わりましたよ」

 備え付けのオーブンから焼きたてのパンを取り出し、一つ一つ丁寧にバスケット籠にパンを入れていく。

「おーっす神夜、ユキ、アリス。なんか、香ばしい匂いがするなー」

 寝癖ではねた髪の毛を掻き大あくびをして奥の寝室から俊が起きてきた。

「おはよう―お姉ちゃ―……ふぇっ! ち、違うの! 今のは―その――!」

 俊に続き、朝からここにとおりんさんがいるかと思いつい家での自分をさらけ出してしまい顔を真っ赤にして自爆した白星さんも起きてきた。

「お、おはよう白星さん。大丈夫、俺たちは何も聞いてないから」

「ほ、ほんとに?」

「本当。さ、こっちで朝食食べようぜ」

「うんっ」

 落ち着きを取り戻した白星さんは、ユキとアリスの間に座る。そして、全員で手を合わせ『いただきます』といい、籠の中のパンに手を伸ばしかぶりつく。

 うまい! 

 やはりこの一言しか言えないな。くそ―……怪我さえしてなければ俺が朝食を振る舞えたのによ! ちょっぴり恨めしいぜ……。

「ところで神夜ーおめー今日はどうするつもりだ?」

「今日はちょっとポーションとかの回復アイテムの補充を済ませておこうかな。それと夕方ぐらいに白星さんを現実まで送って――」

「ね、ねえ十六夜くん!」

 ガタンッと椅子を倒して勢いよく白星さんが立ち上がり、食事する全員の手の動きが止まり視線が白星さんの方に向く。

「あ、ここでは神夜君のほうがいいかな? ねぇ神夜君。なんで夕方なの? 私すぐにでも現実世界に還りたいのに?」

「あーそれはだな。今現実はたぶん平日だ。太陽の位置から察してもうとおりんさんは登校しているからな」

「そ、そうだよね。じ、じゃあ夕方まで神夜君の買い物に付き合ってもいい!?」

 その言葉を聞いた途端、ユキとアリスが持っていたグラスにヒビが入った。

「えっ? 別に構わないけどー……」

 気まずい……さっきからユキとアリスがじっと俺を見ている。額と手からへんな汗がでてきた。

「ど、どうせなら全員で行こうぜ。全員補充物資とかあるんだろ?」

 コクリと全員無言でうなずいた。俺の意見に賛成してくれたらしい。

「じゃあ決まりだな。朝食後、全員で街をまわるぞ」

 

 朝食後。一通り食器を洗い終えた俺は一度部屋から『漆黒のロングコート』を羽織り、玄関前で待っていたユキ達と落ち合い宿屋を抜け街中へと出た。

「――すっごーいっ! ねえ神夜君ここって日本なの?」

 宿屋から出た白星さんは、生まれて初めて遊園地にでも来た小さな子供のように瞳を輝かせ街中を見渡す。

「白星さんここは日本じゃないよ。ここは“ラッテ・イストワール”という国だよ。それよりなんだこの祭り騒ぎは?」

 昨日窓から見た風景とは違い、出店が幾多と建ち並んでおり国中お祭り騒ぎになっていた。

 今日この国で祭りがあるという情報は入ってないし、ユキ達からも訊いてはいない。

 今から国民にでも聞こうかな? いや、聞いたところで人の騒ぎ声でよく声が通らないだろう。こうしてじっとしているのは時間が惜しい。アイテムショップにでも行くか。

 祭りにはしゃぐ街人の大人と子どもの間をかき分けて、街のアイテムショップに入店する。店内でも子どものおねだりにほとほと困っている大人が多く、店はいつも以上に繁盛していた。店員にとってはこの祭りは稼ぎ時だろうな。

 俺は医療棚からポーションと解毒薬、止血剤を手さげカゴに入る分だけ入れカウンターで会計を済ませる前に店員にこの祭り騒ぎのことを聞いた。

「すまん。会計前に二つ質問をいいか?」

「えぇ構いませんよ」

 店員は、ズレたメガネを立て直し俺の質問に耳を傾ける。

「このお祭り騒ぎはなんだ? 王位継承式か何かか?」

「お客さん、察しがいいねー。なんたって明後日は継承式、それに夜はその新王の結婚式らしくてな。まぁ祭りは三日間あるようだからお客さんも楽しんで――」

「その継承者ってのは“リア・グリモワール”のことか!?」

 俺はカウンターを乗り越し店員の胸座を掴みにらみを利かせて問い詰める。

「な、なんだお客さん知ってんじゃないか―。なんでも、異世界人の女性剣士と結婚って話だ。お、今マーチング隊が通っているから次期国王のお通りだって――ちょっとお客さん! これー!」

 店員の呼び止めを無視して店を飛び出した俺を、『神夜さんこっちですー』と大きく手を振るアリスのもとまで駆け寄る。

「神夜さん、買い物終ったのですか?」

「いや、まだだけど。今、マーチング隊が通っているってことは咲妃もここを通るんだよな」

「通ると思いますよ。だ、だからと言って人目の付くこの場でやるのはいささか――」

「さすがにそれはないよ。ただ……」

 口篭もりアリスから目をそらした途端、マーチング隊の後ろから軽装備の兵隊数百人の後ろに一騎の馬車が歩いていた。そして、国民に笑顔で手を振るリアと険しい顔で下を向く咲妃が馬車に乗っていた。

「ほら咲妃。国民のみんなに笑顔で手を振って」

「……こんなことして何になるの?」

「時に意味はないよ。ただ、君のお仲間に見せつけるだけだよ」

「――あなたって人はっ!」

「落ち着いて咲妃。国民が見ているよ」

 ギリッと咲妃は奥歯を噛み締め、込み上げてくる怒りを抑えただリアのいうことに従う。

 咲妃が無事なことを確認できた。とくにめだった外傷はないみたいだ。あの世界で負った傷も癒えているあたりポーションか、リアのところの魔導師に回復魔法で治療してもらったんだろう。

 馬車の後ろを軽装、重装の兵士が着いていき、リアの見せつけともいえるパレードは遠くへと行ってしまった。

 俺は会計を済ませるべく店内に戻り、アリスもまた買い物の途中だったらしく店内に戻った。

 店員は俺が置いて行った籠をカウンターの下から取り出して精算を始めてくれた。

 現実世界とは違い、精算が済むと合計金額が表示されあとは“OK”ボタンを押せば買い物が完了する。ここはやはり異世界特有――いやバーチャルゲーム仕様とでもいっておこうかな。

 買い物を済ませた俺は、まだ買うものに悩む白星さんに声をかけた。

「白星さん何か買うものきまった?」

「う、うんんまだ決まってないよ。それに私だってお金持ってるもん」

 白星さんは見よう見まねで俺たちがステータス画面を開くときにする動作をして自分のステータス画面を開くも、彼女のステータスは表示されることなく“cord unknew”の文字が表記される。

 どういうことだ? 確か白星さんもオンラインゲーム“SOW”のアカウントを持っているのに、そのステータスが彼女に反映してないなんて。これは何かのバグか何かか?

 ステータス画面が出せないんじゃお金を出すことはできないしな。しゃあない俺が出してあげるか。

「白星さん、お金は俺が出すよ」

「えっ? いいの神夜君!?」

「遠慮はいらないよ。ほしいのが決まったらい――」

「神夜、白星さんだけ優しくするなんてずるいよー」

 ずいっと俺の眼下からユキがひょっこり顔を覗かせる。

「ユ、ユキ近いよー! 分かった、分かったからユキにも何か買ってやるからー」

「おっ! 今日は神夜のおごりかー。なら神夜こいつの会計頼むわ―」

「か、神夜さん! わ、わたしはこれをー!」

 話を訊いていた俊とアリスは回復用、戦闘用アイテムがギッチギチに入ったカゴを俺に手渡してきた。いつから俺はお前ら全員におごる雰囲気になったんだ!

「ありがとうございましたーまたのご来店をお待ちしておりまーすっ」

 と店員の声を聞き流して俺たちは買い物を済ませて店から出た。ユキ達は満足げな顔をして買ったアイテムを必要な分だけアイテムストレージに送り、入りきらない分を自分の倉庫に自動転送する。白星さんもアイテムショップで本日限定発売されていたペアブレスレットを購入した。

 アイテム名は“心を繋ぐ(ハートフル・リング)”と明記され、効果は『親愛なる者とつけないと効果が発揮されない』と特殊アイテムみたいだ。

 ゲーム時にも確かこういった特殊アイテムがいくつか存在するが、ペアで着けないと効果を発揮しないアイテムってのは初めて見た。

「白星さんこれでよかったの?」

「うんっ。一目見てこれかわいいなぁーって思ったからこれでいいの」

 アイテムの入った紙袋をぎゅっと抱きしめてうれしそうな顔をする。今、白星さんの頭の中じゃ、とおりんさんとそのブレスレットをつけて街にでもおでかけしているのを見ているんだろうな。ほんと姉妹そろって仲がいいこと。

 白星さんが喜んでくれるなら俺としても払う分の価値はあったよ。ただ……残金がやばい。今日だけでいくら払った? 桁が一、十、百、千、万……残り三百万ちょっと。さっきの買い物で大体二千万近くは使ったか? また金貯めなきゃ。

パレードが過ぎてなお、祭りのにぎわいが収まることはなく冒険者もとい国民ともに祭りを楽しんでおり飲食店もほぼ満席に近い状態になっていた。

なるべく俺たちは混んでいない飲食店を探しだし、店前に立つ予約席ボードに明記して店前に並ぶ椅子に座り名前が呼ばれるのを待った。

 明記が呼ばれる前に、俺も買ったアイテムをストレージ分に補充し残りを自分専用の倉庫に自動転送する。転送を終えてもなお、倉庫から必要なアイテムをストレージに転送して常にアイテムを満タンにしておいた。なんとなくこういうのって常に満タンにしていないと気が済まないんだよなー俺って。

 そんなこんなで時間をつぶしている間に

『神夜さまー神夜さまー。お席の方に案内します。いらっしゃいましたらこちらに来てくださーい』

 お呼びがかかり、俺たちは椅子から立ち上がり店員の案内のもとで五人席に着いた。

 どことなくオシャレな内装と外装でレトロな雰囲気。これはレストランというより喫茶店だな。なんか、地元商店街の喫茶店に来たような感じだ。

 俺たちはウェイトレスさんが持ってきてくれたメニュー表を受け取り、メニュー一通り目を通す。値段はちょっと桁が多い気がするが払いがあるおいしさをメニュー名が教えてくれる。

 とりあえず、俺と俊は喫茶店の定番ともいえる年季の入った鉄板に入っているナポリタンを。ユキ、アリス、白星さんはふわトロの卵の上からデミグラスソースをかけたオムライスを注文する。ウェイトレスさんから『セットメニューにされますと食後のデザートを無料で提供しますよ』との甘い口言葉につられ俺たち全員は迷いなくセットメニューに変更し食後のケーキを選んだ。

「畏まりました。では、少々お待ちください」

 ウェイトレスさんは一礼して注文票を厨房へと転送して席を外した。料理が来るまでの間、アリスはテーブルの上に洋紙でできたこの世界の地図を広げ“ラッテ・イストワール”から“スカイグランド”の距離を測りそこまでの移動魔法に用いる魔力の測定をする。なんでも、移動魔法は距離が遠ければ遠いほど魔力消費が激しいらしい。

 以前は“ヘブンス・ドア”から“スカイグランド”まで移動したけど、距離はさほど遠くはないらしいが、ここから“スカイグランド”まではかなり遠いらしく消費量も増加するとのことだ。

 消費を抑えるため馬で移動するという手もあるがそれじゃあ時間が足りない。 そう考えるとしぶしぶ移動魔法を使用するしか――。

『お待たせいたしました。こちらナポリタンとオムライスになります』と二人のウェイトレスさんが俺たちの注文したものを運んできた。すぐにテーブルに広げていた洋紙をアイテムストレージにしまったタイミングで注文した料理をテーブルに並べていく。

「それでは、ごゆっくりどうぞ」

 再度一礼したウェイトレスさんは席を外し厨房へと戻って行った。

「んじゃあいただくとすっか」

 五人一斉に手を合わせ感謝の意を込めて『いただきます』といい、曇り一つない銀食器に手を着け運ばれてきた各々の料理に手をつける。

 

 注文した料理を食べ終えた俺たちは、勘定前にもう一度A3サイズの洋紙の地図を広げ “スカイグランド”まで転移に必要な魔力を計算してから勘定を済ませた。

 もちろん、飯代も俺のおごりという話で事が進み、カウンター前に立った俺は目の前に現れた勘定ウィンドと同じ金額を支払って店前で待つ俊たちと落ち合った。

 ステータスから残りの金額を確認し、今日だけでいくら使ったかの計算を済ませたいけど、精神的ダメージが降り注いできそうだから途中で計算を止め画面を閉じた。

 日の高さから察してもうお昼をすぎた頃合いだというのに、飲食店前には未だに長蛇の列ができていた。

 現実世界がまだこの世界と時間平衡していれば、あっちは平日。つまり白星さんのお姉さんであるとおりんさんは学校に通っているはずだ。白星さんを送るなら夕方ぐらいでいいかな? それまで街の祭りを――。

「ねえ神夜ちょっといいかな?」

「ん? どうかしたかユキ?」

「うん。あ、でも、ちょっとここでは話せないの。だから……」

「なら一端、宿屋に戻ろう。そこなら盗聴の心配がないからな」

 俺たちは来た道を戻り、拠点にしている宿屋へと進路を決め人混みを避けながら宿屋に向かった。

 宿屋に着いた俺たちは、白星さんにはしばしの間席を外してもらってリビングに集まり長テーブルを囲むようにして木の椅子に腰かけユキの話に耳を傾ける。

「そんでユキ。話ってのは?」

「うん。咲妃を攫ったあのリアって男からとんでもないほどの力を感じた。あの本の異世界で攻撃を喰らって分かったの。でも――」

「ユキ一言いいか? 俺もあいつから喰らったから分かるけどたぶんあれはまだ半分以下の力しか出してないと思うぞ。神夜がキレて奴と交戦した時もまだ余裕の表情していた」

「俺もそう思うよ俊。あいつはまだ力を隠している……」

「もしかして魔王の一人だったりして?」

「い、いやアリスそれはないと思うぞ」

 冷静な突っ込みを俺はアリスに入れた。

「それに神夜。明日は戴冠式、それに続き咲妃とリアの結婚式だぞ。どうやって咲妃を助ける?」

「戴冠式はやめておこう。助け出すなら結婚式の最中だ。それに俺たちがリアから招待状を持っていることそこから考えていることは全部リアに筒抜けだろう」

「じゃあどうやって咲妃さんを……」

「そこをどうするかは決行までに俺が考えるよ。それよりもう夕方か。そろそろ白星さんを現実世界まで送ろうか」

 席を立った俺は、席を外してもらっていた白星さんがいる部屋の扉をノックして部屋に入った。

「いざ――神夜君お話の方は終わったの?」

「終わったちゃー終わったな。まだ考えることがあるけどー。それより白星さんそろそろ現実世界に還ろう。とりあえず俺たちに着いてきて」

「う、うん」

 白星さんの手を握り、俺たちは宿屋を一時退出して転移用の魔法陣が描かれている場所を探して街を徘徊した。そして、街の中央ともいえる広場にいくつもの魔法陣が描かれている場所を見つけた。

 ここから先は俺とアリスの二人で白星さんを送ってくると、俊とユキに伝え二人と別れはるか遠くの“スカイグランド”まで転移した。




 赤く色づいた空に少しずつ藍色が侵食し始めた頃、俺たち三人は“スカイグランド”にある現世とこの世界を繋ぐ門を目指して歩いていた。

 朝から歩きっぱなしだったから一歩一歩足を運ぶたびにじんわりとした痛みが走ってくる。

「あ、ようやく見えてきましたー」

 額から滲み出る汗をぬぐった先には、夕焼け色に染まりつつあるクリスタルを光らせる石碑が徐々に見え始めた。

 一足先に石碑まで走ったアリスは、石碑に刻まれた文字をなぞり小さな光を放つ鍵穴に自身の魔力を注いで門を開いた。

「神夜さん、開門のほう完了しました。わたしはこっちの世界に残って門のほうを維持してますので」

「了解。じゃあ白星さんいこー」

「ま、待ってッ! 神夜君!」

 突然立ち止まった白星さんが大声で俺の名前を叫んだ。

「どうかしたの?」

「えっあ、あのね……還る前に一つだけ訊いてもいいかな? ここはどこなの? ただそれだけ教えて」

「あ―…誰に言わないって約束できるなら教えてあげる。それでいい?」

「うん、約束する」

 コクリと首を縦に振った白星さんに俺は、この世界が“SOW”の世界だっていうことを教えた。

 白星さんはキョトンとした表情をして目を泳がせるが、俺の装備を見た途端彼女は納得した表情をみせた。

「質問はもういいの?」

「うんっ。じゃあ還ろう現実の世界にっ♪」

 ニッと笑った白星さんは一足先に門をくぐって行った。俺も彼女の後を追うように門をくぐって一時現実世界へと帰還した。


        *


 一方そのころ“ラッテ・イストワール”郊外グリモワール邸、大広間にて咲妃は真紅のドレスに身を包み、リアとそのご家族と親戚と思われる方々と晩餐してた。

 明日はリアの王位継承及び戴冠式。そして、結婚式と言った人生の華ともいえるイベントごとを祝してのことで行われている。

 リアが親戚一同から祝福を受ける中、咲妃は一人大広間から退出してバルコニーにて藍色に染まりつつある夕焼け空を眺めていた。

「なんで……こんなことに……」

 手に持ったワイングラスを手すりに置き大きなため息をつく。

「こんなところにいたのか咲妃。今夜は冷えるから早く戻りたまえ」

 ガラス張りの扉を開け、親戚たちから祝福を受けていたリアが咲妃がいたバルコニーに足を運んできた。

「お節介どうも。それにあたしはあんたと結婚する気なんてさらさらないから」

「そんな冷たいこと言わないでおくれよ。僕は君のことを愛しているのだから」

「そう。あたしにはあんたの愛ってやつが重すぎて無理ね」

「またまたそんなことをいってー。ツンとした君もまたかわ――」

「リア様、偵察部隊から“六芒神聖”がらみでの情報だとの事です」

 突然、一人のメイドがバルコニーに入ってくるなりリアに敬礼して口元を手で隠し情報が咲妃に聞こえないようにしてリアの耳元で情報を伝える。

 情報を聞いたリアの口元は少しニヤけ、メイドに下がるように伝える。

「では、失礼します」

 メイドはリアに再度敬礼してバルコニーを出ていき通常業務に着いた。

「あなたに不利益なことでも?」

 ワイングラスを手に取った咲妃はグラスの中の飲み物を一口口に含む。

「いや、その逆だ。たった今、街にいる仲間からの情報だ。今神夜はこの街には――いやこの世界にいないとのことだ」

「えっ……いま、なんていったの?」

 手に持ったグラスを離してしまった咲妃の足元でグラスが割れ破片が散乱する。

「君が所属しているギルマスは今この世界にはいないということだ。つまり君は彼に見捨てられたんだよ!」

「ウソよ……そんなのウソに決まっている! 神夜は、神夜はそんなことをするはずが!」

「でも、これが事実だったらどうする? 僕が送った偵察隊からの情報は絶対だ。所詮、彼はその程度の男だったということだ。君も早く彼のことを忘れて僕と共に新しい人生を歩もう」

 大理石の床に崩れ落ちた咲妃にリアは手を差出し、咲妃の心の隙間に忍び込むような甘い言葉を発す。

「それじゃあ僕は戻るよ。君も早く戻ってくるんだよ」

 一足先にリアはグラスを手に大広間へと戻って行った。

「神夜……絶対何かの冗談だよね。ねぇそうだよね……神夜」

 咲妃の瞳から小さな涙が落ち、床に着く手の甲に落ちていく。


     LOG  OUT


 門をくぐって一時的に現実世界に帰還した俺たちを待っていたのは、白星さん宅の門前だった。服装はあっちの世界で着ていたもののままで、路上を通って行く人から見たら絶対何かのコスプレだと思われそうだ。それに出口の設定はたぶん、アリスのほうでやってくれたのだろう。歩く手間が省けて助かるよ。

 あっちの世界で待っているアリスに礼を言った俺は門前に備え付けられたインターホンを押した。

 ガチャリと受話器をとった音が聞こえたが、とおりんさんの声は聞こえずブツりと通信が途絶える音がした。

「あー…行こうか白星さん」

「うん……」

 不安な気持ちで心が飲まれそうになりながらも門をあけ、敷地内に一歩足を踏み入れた途端、ガチャリと玄関の扉が開き白のタンクトップに水色のホットパンツ姿でとおりんさんが出てきた。

「白星さん、お姉さん来たよ」

「うん……。た、ただいま、お姉ちゃん……」

 背を押された白星さんはハニカミながらもとおりんさんに面と向かって『ただいま』言った。

「――ミチル? ミチルだよね?」

「そうだよお姉ちゃ――」

「ミチルーッ! もうどこ行っていたのよー! 心配してたんだからねッ!」

 ギュッと、とおりんさんは白星さんを抱きしめて瞳から溜まっていた涙が溢れ出る。

「ごめんなさい……お姉ちゃん……心配かけて……」

「ホントよもう……先に家の中に戻ってて私、十六夜くんとちょっとお話してくるから」

「うんっ」

 とおりんさんから離れ白星さんは一足先に玄関を開けて家の中に入って行った。

「今更だけどミチルを、妹を助けてくれてありがとうね十六夜くん」

「いえいえ。まあまだ俺はやることがあるんですけどね」

「やることって?」

「幼馴染の咲妃を助け出すんです。あいつは今……」

「そう。八雲さんをねえ―…。十六夜くん、ちょっと待ってて」

 そういってとおりんさんは駆け足で家の中へと入って行った。

 いったいどうしたんだろうか?

 五分くらい待っていると再び玄関の扉を開けて、手に狐のお面を持ったとおりんさんが出てきた。

「ごめんねー十六夜くん待った?」

「いえ、そこまでは。それよりなんですかそれは? 狐のお面ですよね?」

「そう狐のお面。なんていうのかなー今やっている恋愛ゲームで主人公がヒロインを救いだした時に使ったのと同じのが家にあってねー。八雲さん助けるんでしょこれ使って♪」

「えっ!? でも……」

「いいから使って十六夜くん」

「は、はい」

 ためらっている俺の手に無理やりとおりんさんは、狐のお面を持たせ背を押してきた。

「ありがとう、とおりんさん。じゃあ俺そろそろ行きます。あのそれとこのことは氷空には……」

「いいよ黙っててあげるから。いってらっしゃい十六夜くん。絶対八雲さん助け出すんだよ」

 ビシッと親指を立て満面の笑みでとおりんさんは俺を見送ってくれた。俺は彼女に一礼して門を出て、すぐに“SOW”の世界につながっている門まで走り門をくぐろうとしたが一端立ち止まって雛乃町の星空を見上げた。

 またしばらくはこの世界に還って来れそうにないな。次、この世界に還ってくるときは咲妃やユキ、俊にアリスたちと一緒にこの世界に還ってくるからな氷空。

 じゃあ行ってくる。

 心中で想ったことがきっと氷空に届いていることを信じて俺は門をくぐり“SOW”の世界に帰還した。



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