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2.5次元の狭間にて  作者: 黒覇 媄兎
第2章 白の天使と黒の天使と
15/32

第6クエスト 七つ大罪を背負いし箱庭の本


“ラッテ・イストワール”中央区。

 俺たちはリアという人物に合うべく中央街の住人達に聞くとリアこと“リア・グリモワール”は中央区郊外にある大きな屋敷に住んでいることが分かり俺たちはすぐに街中を走る馬車を停め、リアの屋敷まで俺たちを連れて行くよう頼んだ。

 街灯の灯る街から少し離れるとそこはすぐに暗夜。明かりは宵闇を照らす月光のみが夜道を照らしている。

 馬車に乗っている間にユキは、剣技大会で傷を負った俺と咲妃の身体に治癒魔法をかけてくれた。ポーションとは違って全身の傷の痛みが引いて行き心地よい気分になる。

 そして、治癒魔法の効果が切れると同時に馬車の揺れが徐々におさまり静かになり、馬車を運転していた騎手が『皆さん、着きましたよ』と一声かけてくれた。

 目的地に着いた俺たちを待っていたのは高々とそびえる鋼鉄の外門。その先にはぽつりぽつりと見える明かりを灯す大きな屋敷。

 明かりの数から察してかなりの大きさだってことが分かる。

 俺たちは騎手にいくらかの移動費を手渡して別れた。騎手と別れるなり門の奥から一つの明かりがゆっくりと近づいてきた。

「おやおや、こんな時間にお客様とは。グリモワール家の屋敷に何か御用ですか?」

 灯火を持っていたのは白髪白ひげの初老執事だった。

「あ、あー。ここにいるリアという人物に会いに来た」

「ほう、リア様にお客様と。では、皆さまこちらに」

 執事の左手が門の錠に触れた途端、屋敷全体を覆っていたと思われる不可視の結界が解かれ、鋼鉄の外門がギギギ……と鈍い音を立てながらゆっくりと開き始め俺たちは執事の案内のもと、屋敷の敷地内に入った。全員が敷地内に入るなり再び門は鈍い音を立てながら閉まり、ガチャリと錠がかかり不可視の結界が張られた。

 月明かりとカンテラの灯火だけで長い中庭を通り抜けると、目の前には大きな屋敷がそびえ立っていた。

 執事はゆっくりと入り口の門を開き俺たちを屋敷内へと招待する。そして、『しばしお待ちください』と執事は一礼して屋敷の二階へと続く階段を駆け上がって行った。

 しばらくして、カツッカツッと二階から早歩きでこちらに誰かが来る足音が聞こえてきた。そして、その人物がエントランスに着くなり俺は驚愕した。

「ギ、ギアス? なんでお前がここに!?」

「なんでって。ここは僕の屋敷だぞ。いちゃいけない理由などないはずだ」

 ギアスは不機嫌な態度でゆっくりと階段を下り俺たちの眼前に立った。

「僕の本名は“リア・グリモワール”だ。ギアスはただの偽名にすぎない。それになぜ君たちがここにいる? 僕は君たちをここに招待した覚えはないのだが」

「そ、その件ならこれを読めば分かる」

 俺はアイテムウィンドウを開きそこからディフロイト団長直筆の手紙をギアス――リアに手渡す。乱暴に手紙を受け取ったリアは封に書かれた団長の名を確認し執事から封切りを受け取って封を切り、中の手紙を確認し。

「……なるほど。素性は判った。じい、屋敷最下層の書斎部屋奥に魔導師を四人待機させておいてくれ。それから――」

「畏まりました。では、直ちに」

 リアの命令を請け負った執事はじゅうたんの上に魔法陣を書き屋敷のどこかに転移する。

「さて、僕らも行こうか。こっちだ、ついてきてくれ」

 そういってリアは屋敷一階エントランス奥の大扉を開き手招きして俺たちを誘う。招かれるままに大扉をくぐるなり扉はすぐに閉まりエントランスへと続く道を閉ざし、リズムよく廊下の壁に一定間隔で飾られたロウソクに火が灯って行く。

「さて、ここから最下層の書斎部屋までは歩いて行くよ。よそ者を魔法でそこに連れて行くことはできないからね」

 先頭を歩くリアは装備ウィンドウを操作し装備を変更しながら歩みを進める。

「ところで君たちは、人が持つ“七つの大罪”を知っているかね?」

「え? あ―……確か“色欲”“暴食”“嫉妬”“憤怒” “傲慢”“怠惰” “強欲” だろ? それがどうかしたのか?」

「いや、知っているのならそれでいい。もしかするとこれから行くところに君たちが探しいる者があるかもしれないからな」

 リアは一つの扉を開き俺たち全員が部屋の中へと招く。そして、全員が入ったのを確認するなり扉を閉め、手元のレバーを下げた。するとガコンッと部屋中に地鳴りが響き部屋が下へと降下していった。

 ものの数分後。再びガコンッと地鳴りを響かせた部屋型エレベーターは降下するのをやめ静止する。静止したのを確認したリアはゆっくりとビラのドアノブをひねり再び俺たちを奥へと案内する。

 扉をくぐるとそこは、薄暗い書斎部屋だった。所々にロウソクの火が灯っている程度で鼻先数メートルは真っ暗でまったく見えない。にもかかわらずリアは迷わず先へと進む。

 そして、何者も寄せ付けない強固な結界が何重にもコーティングされた大扉の前にリアは立ちはだかり手をかざし聞き耳を立てても聞こえないほどの小さな声で結界を解除し扉を開く。開かれた扉をくぐり中の部屋に入ると三つ又のロウソクが置かれており真ん中には複雑な魔女文字が刻まれた巨大な魔法陣に一冊の本が置かれている

「リア様。準備の方が完了しました」

「ありがとう、じい。さあ全員魔法陣の真ん中に立ってくれ」

「あ、あ―……」

 俺たちは部屋へと入り魔法陣の上に立つ。

「おい、リアこれからいったい何を始める気だ?」

「なーに行けば分かる。それに何度も言うが君たちが探している者が見つかるはずだ。魔導師諸君始めてくれ」

「畏まりましたリア様。『魔導書“大罪を背負った箱庭の(クリム・リーブル・ワンダーランド)”よ、我ら四人のマギカの名のもとに縛られよ。演算魔法“マジック・インキュレーション”』」

 魔法陣の四方を囲むように座った四人の魔導師は息を合わせ内に秘める魔力を魔法陣に注ぐ。そして、魔法陣に注がれる魔力に反応するかのように真ん中に鎮座する本がひとりでにページをめくり始める。

「さ、全員本の上に手をかざして。早くっ!」

 タイミングを見計らったリアが差し出した手の上に俺たちは順々に手を重ねる。そして、俺たちの身体に白い膜のようなものがコーティングされ魔法陣の真ん中に置かれた本の中へとダイブした。


       *


『大罪を背負った箱庭の(クリム・リーブル・ワンダーランド)――第三章“嫉妬(エンヴィー)”』

――えっ? わた……し?

 白星は自分の目の前にいる人物に驚きを隠せずにいた。

 自分と同じセミロングの銀髪にちょっぴり膨らんだ胸。そして、鳳仙学院の冬服。

 今、目の前に映っているのは鏡に映っているんじゃない。正真正銘、もうひとりの白星。

「あなたは誰なの? どうしてわたしと同じ姿なの?」

 白星は困惑しながらもうひとりの白星に問いかけた。

「わたしはあなた。あなたはわたし。つまりわたしはあなたの心を写した鏡」

 質問に答えたもうひとりの白星はぶつぶつと呪文のように呟きながらずいずいと近づきずいっと白星の眼前に顔を近づけ。

「わたしはあなたの全てを知っている。心の闇から何もかも」

「えっ? えっ?」

「あなたは心のどこかで自分のお姉さんに嫉妬いる。同じ双子なのに発育も学力も運動神経も何もかも持っていかれ努力して追いつこうとしてもすぐに離され―……」

「違う……わたしはお姉ちゃんに嫉妬なんてしてない……」

「うそ。あなたはそう自分に言い聞かせてもあなたの心であるわたしには分かる」

「ホントに違うの! わたしはお姉ちゃんに嫉妬なんかしてない! わたしはお姉ちゃんのこと尊敬してるもん! 優しくてかっこよくて後輩からも慕わられて、わたしはそんなすごいお姉ちゃんの妹であることを誇りに思う」

「……なるほど。あくまで姉には嫉妬してないと言い張るのですね」

「うん、うん。だからもう行くね」

「行く? いったいどこへですか?」

「どこって……学校の外にだよ?」

「クッククッ……くはははははーっ! 外にでる? バカバカしい。もう気づいていると思いますがあなたはここから出ることはできない! この箱庭から嫉妬の(エンヴィー)からも!」

 もう一人の白星は頭を抱えながら高笑いし、さっきまで保っていた雰囲気をも壊して豹変する。

「こ、ここからじゃなくてほかにも――」

 白星は扉から離れ、別の出口を目指して走り出した。

「どこへ行くつもりですか? どこへ行っても無駄ですよー」

 走り出した白星をもう一人の白星は、ゆっくりと歩いて白星の後を追う。姿を見失ってもどこにいるのかも把握しているかのように白星が通った道を上書きするようになぞっていく。

 ハァッハァッ……助けて、助けてお姉ちゃん! 十六夜くん!

 呼吸を乱し涙ぐんだ白星は外へ出られる扉を必死に探して校舎中を走り回って真の助けが来ることを願う


        *


『大罪を背負った箱庭の(クリム・リーブル・ワンダーランド)――序章』

 ここはどこだ? 不定型な文字がたくさん飛び交っている。

 ゆっくりと目を開けた先に待っていたのは全方位真っ白な空間に不定型な魔女文字が飛び交う空間だった。そこに俺を含む咲妃、ユキ、アリス、俊、そしてリアが浮遊していた。四方を見渡しても行き止まりの正面後方、下は底知れない奈落。まるで宇宙空間に漂っている気分だ。


『これはこれは。珍しいお客さんがきたものだ』


 どこからかともなく聞き覚えのない声が聴こえてくる。俺たちはすぐに腰に納刀している黒太刀の柄に右手を添え戦闘態勢に入るもリアが右を差出し『敵ではない』と教えてくれた。

「なかなかの歓迎をありがとうございます。ようこそ『大罪を背負った箱庭の(クリム・リーブル・ワンダーランド)』に」

 声とともに現れたのは、黒のバトラー服を着込み頭にはシルクハットをかぶりハットの鍔からは長いうさ耳を垂らした赤眼の半獣半人だった。

「『大罪を背負った箱庭の(クリム・リーブル・ワンダーランド)』? それってここのことか?」

「左様で。私はこの世界の案内人を務めている者。名はインハルト。意味は目次です」

「あ、あー……じゃあさっそくだがインハルト。この世界に俺たちが探している女の子がいるかもしれないんだ」

「ほぉ女の子とな。特徴は?」

「背は小柄で銀髪のセミロングの子でたぶん鳳仙学院の制服を着ている」

「小柄で銀髪の女の子……。確かにそのような子がこの本の中にいましたねー。名は確か―……白星ミチルですか?」

「その子だ。俺たちはその子を見つけるためにここに来た。白星さんは今どこにいる」

「そう慌てるな。彼女は今第三章“嫉妬(エンヴィー)”にいる」

 がっつく俺の質問にインハルトは冷静に答えてくれた。

 それより白星さんがこの世界にいることが分かってほっとした。早く白星さんを助けて現世に戻ってとおりんさんを安心させなくちゃな。

「それでインハルト。すぐにあたしたちをその章に連れて行けるの?」

「それは無理なお願いですね。これからあなたたちは第一章から順に七つの箱庭をくぐり抜けなくてはならない。それでは、あなた方も急いでいるみたいなのでさっそく第一章へと行きましょうか」

 インハルトは見えない壁を手に持っていた長杖で三度叩き大きな扉を出現させる。扉はインハルトがノブに触れる前に勝手に開き俺たちに早く入れと訴え駆けているかのように感じた。

 慣れない浮遊移動で扉まで移動した俺たちは難なく扉をくぐり真っ白な空間から別の空間へと移動した。

 扉をくぐると、真っ白の空間とは打って変わり淫乱漂う甘い匂いが鼻腔を刺激し、いくつものカーテン綺麗に束ねられ天井の天蓋でひとくくりにされていた。そして、カーテンの奥は中世ヨーロッパの麦畑が広がっていた。

それより、ここに来てから妙に身体がムズムズするしなんか違和感を感じる。

 気になった俺は自分の身体を触ると、ふよん、とまるでマシュマロでもさわっているかのように軟らかい感触が手を通じて伝わってくる。

はあ? 

 一瞬、俺は自分の手を疑った。もう一度同じ個所を触ってもさっきと同じで軟らかい……それが二つも……。

 えっ? もしかして俺――いやあたし、女になってる!?

 推定Dぐらいはあると思う大きな巨峰の谷間を襟元から覗かせる黒シャツ。短かった髪は肩まであるセミロングヘア。黒のロングコートと装飾そのものはあまり変わっていないがズボンはつい裾をぎゅって押えてしまいたくなるほどの超ミニのスカートにセミロングブーツは膝まであるロングブーツに履き変わっていた。おまけに一人称も俺からあたしに言い変わっているしホントどうなってるのー!?

 自分の身体の異変に驚愕してまさかと思い、後ろにいる咲妃たちのほうを向いて自分の身に起きた変化を言おうとした口は、声を発さず開いたままになる。

 目の前にはいたのは、ミニスカ軍服に腰にはくるぶし近くまであるフォールドを巻き推定BかCカップはあると思う胸を持つ黒髪ショートヘアの女性。

 白髪ショートで黒ローブを羽織った聖職者で顔つきはキリッとした眼差しにふち無メガネをかけた長身の男性。

 そして、くせっけの金髪ショタっ気あふれる格好した少年に白のロングコートから見える白のレイピアを腰に納刀し女性の心を一瞬で鷲掴みできるほどの魅力を持つ茶髪の男性が立っており、最後尾にいるリアだけは男性のままでいた。

 どういうことだこれは?

「咲妃たちだよなーお前ら?」

「そ、そうだよ? もしかして神夜なの?」

 お互いを認識しているはずなのに、姿、形が変わってしまうとお互いを認識できないとは。

「おいインハルト! これはどういうことだ!?」

「ここは第一章“色欲(ラスト)”。見てわかるとおり、君たちの身体は異性へと性転換させ一つの罪を負わせる」

「なるほどねー。それで元の性別に戻ることはできるの?」

「性への欲求が無い人ほど元へ戻るスピードは速い。逆に言えば―……」

「強い人ほど戻りは遅い……そ、それじゃあ最後まで残った人は超大恥じゃないか―!」

 インハルトから重大なことを言われ、性別が変わってしまった俺――あたしたちは狼狽えを隠せずにいた。

 そんな中で、金髪ショタ――アリスの目線が少し気になるさっきからどこ見ているんだ?

「あ、あの神夜さん。あのカーテン独りでに動いていますけど何かいるのかな?」

 アリスが指差す方向に目をやると、アリスが言った通り静止しているカーテンの中で一本だけひとりでに動いていた。そして二本の角を頭に持ち背には悪魔の翼に尻尾生やし淫乱臭を漂わせ目を合わせただけで引き込まれそうになる男女の悪魔が現れた。

「インハルト、あれは?」

「あれは夢魔のインキュバスとサキュバス。この“色欲(ラスト)”の章に収容されている悪魔だ」

 インハルトが二匹の夢魔の解説をしている間にサキュバスのほうが、咲妃に目をつけ一歩ずつ歩みをきかせ接近する。

「えっ? ちょっ! えっ!?」

 男性となった咲妃は近づいてくるサキュバスから距離をとろうと後ろに後ずさりしながら頬を紅めチラチラと目線を泳がせる。

「か、神夜助けてよー」

 とうとう咲妃はサキュバスに抱きつかれその豊満な柔肌を咲妃の胸板に押しつけて抵抗力を削がれ狼狽える。

「まったく咲妃はそんな低俗な女に狼狽えるなんてね。おい、そこの淫乱女。あたしの幼馴染に色目使ってんじゃねえよ!」

 突発的にあたしは咲妃に抱きつき首筋に犬歯を這わせ精を吸い取ろうとしていたサキュバスがあたしの方を向いた瞬間を狙って魔力で硬化させた拳で殴り飛ばす。

 殴られたサキュバス顔にはくっきりと拳の跡が残り自慢の犬歯は折れ奇声をあげ地面に叩き付けられる。

 その様子を見ていたインキュバスが翼を羽ばたかせ血眼でサキュバスを殴り飛ばしたあたしに襲い掛かるも。

「神夜に手出しはさせない。氷結魔法(アイス・マジック)“氷円錐”」

 空色の魔法陣があたしの眼下に出現襲い掛かってくるインキュバスの心臓を氷の円錐が勢いよく貫く。

「ユキ、助かったよありがとう」

「神夜が無事ならそれでいい」

 魔導書を閉じたユキは無意識でメガネをかけ直し静かにはにかむ。

「夢魔を倒しましたね。では次の章へ行きましょうか」

 コンコンッと床を二回ほど長杖で叩くと床から先ほど通ってきた扉と同じものが現れひとりで開き次の章へと俺たちを導く。

 扉をくぐると、次は見渡す限りどこもかしこもグルメ街だった。おまけにどの店も従業員の姿はないのに香ばしい匂いがあっちこっちから飛んでくる。

「次の章は第二章“暴食(グラトニー)” 人の食欲を振るい立たせる章だ」

「へぇ。それじゃあさっきの夢魔みたいなのが俺たちをまた襲いに―……」

 ……今、自分のことを俺と言ったよな? あたしとは言っていない。確かに俺って言った。やった元にもどっ―……たのは性格だけか。肉体はまだ女性のままだ。

 ぬか喜びしてしまった自分が恥ずかしい。でも、少しずつだが身体に変化は起きてきている。

「それより腹減ったなー神夜ー」

と俊がくぎゅるる~~と腹の音を鳴るお腹を押さえる。

 まあ確かにここに来てから何も食ってないからな。俺もそろそろ限界かも。

「……これ食ってもいいのかなー?」

 俊が目に止めたのは熱々に蒸しあがった肉まん。それも特大サイズが六つ。

「ちょうど人数分あるぞ。ほら、咲妃たちも食えよ」

 ほいほいと、俊は蒸し器から取り上げては俺たちに肉まんを投げて渡し『いただきます』と言って特大の肉まんにかぶりつく。

 かぶりついた瞬間、皮はすぅと歯を通し中からは溢れんばかりの肉汁が口中に広がり喉を通る。

「ほかにもあるかなー?」

 あっさりと肉まんを平らげた女性軍人の俊は、その容姿に似つかわなく食べ物を求めて街中を進んでいく。

「ちょ、ちょっとまってよー俊」

 俊の後を追うように咲妃とユキも早々に肉まんを平らげて先を行く俊を追う。俺もやっとこさ食べ終えたが小動物のように頬袋いっぱいに肉まんを食べ進めるアリスを一人にするわけには行けないのでアリスが食べ終わるのをしばらく待つことにした。

「神夜しゃん……ありがとうございまひゅ……」

「気にするな。すぐに追えばいいんだから」

 ハグハグと頬ぶくろに特大サイズの肉まんをつめていく中でじっとアリスの視線がさっきから俺のほうを見ている気がする……てか感じる。

「な、なあ、アリス。俺の顔に何かついて――」

「……うらやましいです……」

「は?」

「もとは男性とは言え、今の神夜さんは色欲の章の影響で女性。それもかなりの美人さんでスタイルも抜群! なんとうらやましいー!」

 肉まんを口に全部詰め込んで俺に馬乗りして巨峰みたいに大きい二つの柔肌をじっくりと揉み下してきた。

「ちょっ! アリス―どこさわってーんんぅ―……」

 ピリピリと乳房を通じで全身に電流が走ってくる。感じたことがない感覚。おまけになんか変な声が口からでてるし……。

「ア、アリス―……これ以上は―……」

『こんなところに来てまで何しているんだい君たちは? まったく破廉恥な……』

 半分呆れ顔で大きなため息をつきながらリアは俊から受け取った肉まんにかぶりつく。

「だ、だってアリスが―! てか、お前はなんで性転換してないんだ?」

「君の目は節穴か。僕の身体は今女性そのものだ!」

 いや、そんな強く主張されても、外見ともに髪型、顔の輪郭に服装もあまり変わってないし……。どこからどう見ても男性のリアまんまだ。

「まあそんなことはさておき。早く俊君たちを追わなくていいのかい神夜君?」

「あ、あーそうだな。でも、追うっつてもあいつらがどの道を通っていたかまでは――」

「匂いを辿ればいずれ行く着くはずだ。さあ行こう」

 肉まんを食べ終えたリアは俺たちの先頭に立って俊が嗅いで辿ったと思う道を上書きするように進みだす。俺とアリスもリアを見失わないよう走る。

 走っているうちに見ている景色は街中から白塗りの王宮に入っていた。そして、大扉を超え地下へと続く階段を駆け下りやたら殺風景でただ広く正面には大扉たけの地下広場に出た。そして、大扉の前では先についていた俊たちが俺たちの到着を待っていた。

「遅いぞー神夜ー」

「悪い俊。それよりこの先なのか?」

「間違いねえ。俺の鼻腔が正しければこの先に食いもんがあるっ!」

 そういって俊は大扉を力いっぱい押して扉を開門させる。しかし、扉の奥には食べ物一つ置かれておらず、あるのは大理石の陸地とフロア全体を埋め尽くす大量の湖。どうやら俊の見当はずれみたいだな。

 歩みを返し再び来た道へと戻ろうとした途端、扉が閉まり開門不可能となり湖のあるこのフロアに閉じ込められた。

 魔力で硬化させた拳で扉を殴るも扉はヒビは愚か凹みもしない。強度は鋼以上もしくはそれ以上か。

 じんわりと痛みが走る右手を押えながらフロア脱出の方法を考え始めるなり、急に湖のほうから激しい水音が聴こえてきた。

 全員すぐに音の方に気が付き、各々武器を構え迎撃態勢に入る。そして、姿を現したのは全身紫色の女性。しかし、それは本の一部にしかすぎず地鳴りを起こしながらその女性は大量の水を持ち上げ、湖に潜む本体を地上へと浮上させる。

 浮き上がるは女性の肌と同じ色をした紫。そして、銀色に輝く二つの眼にぬめり気のある無数の触手。その姿はまさに北欧伝承、海の怪物“クラーケン”そのものだった。

 ゲーム時のSOWにも登場していない分、俺、俊、咲妃、ユキにとってはお初にかかる相手。そして、この世界出身のアリスとリアも驚きを隠せずにいた。

 女性はあっけにとられる俺たちを見下したかのような表情を浮かべ個々に動く触手の先を槍のように尖らせ勢いよく突いてくる。

「全員距離をとれ! “多重層A.T.フィールド”展開っ!」

 すぐさま全員に距離をとるよう散開を言い張った俺は攻撃が俺一点に攻撃がくるよ仕向けフィールドを張り自分の身を守る。

 しかし、クラーケンの触手は強度の増した“A.T.フィールド”を簡単に突き破る。

 すぐに咲妃たち同様に距離をとってもまともにくらうだけ……。だったら!

火炎魔法(フレム・マジック)超高熱焔線拡散砲(ヘルへパイトス)”!」

 攻撃してくる触手の数だけ俺は自分の周りに紅く煌めく光球を召喚しすぐに摂氏何千度もある熱線を撃ち触手を貫き、淫らに破壊し攻撃から身を守る。

 傷ついた触手引き下げたクラーケンは悲鳴を上げることはなくただ平然としていた。そして、傷ついた触手は何事もなかったかのようにすべて再生し散開した全員の位置を把握し我武者羅に触手を暴れまわしくる。

 激しいまでの砂埃が立ち籠りどこから攻撃が飛んでくるか予想がつかなくなる。ただ聴こえてくるのはクラーケンが大理石を殴りつける音のみ。仲間の悲鳴が聞こえてこないあたり皆うまくかわしているのだろう。

 それよりも早く攻略法を見つけなくては……。魔法攻撃が通るとして斬撃や射撃はあの肉厚の身に通るか判らないし、あの個体は治癒能力があまりにも高すぎる。それに何故この巨体だ。俺たちも奴に再生させる暇を与えずに攻撃できる体力はそこまでないし。

 魔力を練り、襲い来る触手を焼き払って攻撃を裂けるもすぐに再生し続けざまに攻撃してくる。そして、俺の死角から別の触手が飛びかう。今から魔力を練っても間に合わないと判断した俺は、納刀している黒太刀を抜刀し死角からくる触手を正面から斬り直撃を裂け職種の打撃範囲外まで下がり、クラーケン頭上に君臨する女性目掛け “超高熱焔線拡散砲(ヘルへパイトス)”を放つ。

 飛び交う熱線に気が付いたクラーケンは手の空いている触手を盾代わりにして熱線を受け流すが左手から火炎魔法(フレム・マジック)超高圧熱線(プロメテウス)”放つも左ほおを掠めただけだった。

 そして、いつも通り熱線を喰らい傷ついたはずの触手の傷はすぐに癒えた。しかし、女性のほうは傷ついた頬の傷は癒えておらずわずかながら頬から肉が焼けている証拠として白い煙が立ち上る。

――見つけたぞ。奴を倒す攻略法を!

「全員、奴の頭上にいる女性を狙え! 奴にだけ治癒能力は無い!」

 ようやく見つけた攻略法を大声で我武者羅に飛び交う触手攻撃をかわす俊たちに伝える。

 一足先に俺は地を蹴り上げクラーケンの頭上に君臨する女性まで飛び上がり黒太刀を構え女性の頭上から太刀を振り降ろすも、女性はそれを察して右手から三つ又の槍を召喚し太刀の斬撃を受け止める。

 そして、左手を俺の前に差出し大気を圧して俺を大理石の床へと叩き落とす。

「くぅは! ゲ、ゲホッゲホッ! しょ、衝撃波だと!?」

 咳き込み、肺に溜まった二酸化炭素を排出し新鮮な酸素を取り込み、呼吸を整える。

「神夜! 大丈夫!?」

 豪雨のように殴りそそぐ触手の中を掻い潜った咲妃が俺のもとまで歩み寄る。

「なんとか。それより、俊たちは!?」

「銃声と魔法詠唱が聴こえているからたぶん無事」

「よかった。なあ咲妃少し頼みがあるんだが。聞いてくれるか?」

「うん、構わないよ」

 俺は咲妃に少ししゃがんでもらい耳元で、即興で立てたクラーケン討伐作戦を伝えた。作戦を伝え終えると咲妃は少し驚いた表情をするもすぐに納得してくれた。

 伝えた作戦はこうだ。

 まず、二人同時に正面から突撃し我武者羅に飛び交え職種の雨をかわしタイミングを見計らってクラーケンの胴体を駆け登る。そして、一太刀目を俺が入れ右手の槍を俺に誘導させその隙に咲妃が奴の心臓部、もしくは眉間を細剣で突く。

 まあ咲妃の神速ともいえる突きがあればこの作戦は成功する。

「よし、行くか!」

「うんっ」

 大理石の床を力強く蹴り飛び交う触手を掻い潜りクラーケン本体近くの頭上高くまで飛び上がる。再びここまでたどり着いたことを気にしたクラーケンは側面の触手数本をすべて俺の方へと仕向ける。

火炎魔法(フレム・マジック)超高熱焔線拡散砲(ヘルへパイトス)”!」

 道を閉ざし攻撃してくる触手目掛け左手をかざし一斉に複数もの熱線を解き放ち閉ざされた道を力ずくでこじ開けクラーケン本体までの道を開く。そして作戦通り奴が持つ三つ又の槍を俺が振りかざす黒太刀で釣り俺の方に槍先を向けさせ力ずくで槍を後方へと弾き飛ばす。それを見越していた咲妃は細剣『グランツ・ティア』を弓の弦を弾くように右手を引き、眉間に狙いを定める。これで作戦は成功したと思いきやクラーケン本体は恐怖に怖気づいた素振りも見せなかった。

 俺はその時何かを悟った。まだ何か奥の手を持っているのではないかと。

「咲妃! 危ないっ!」

 大声を張り上げ俺は自由の利かない空中で重力法則を捻じ曲げるように身体を反転させ咲妃の左手を掴み自分の方へと引き寄せる。その瞬間、クラーケン本体の口から強力なエネルギー波が放たれる。

 危なかった……少しでも反応が遅れていたらあの攻撃を咲妃は正面からまともに喰らっていた……。でも、まさかこんな奥の手を隠していたとは。

 ギッと奥歯を噛み締め本体から離れようと距離をとろうとするも奴は再びエネルギー波を放とうと口を開き俺たちのほうに狙いを定めた途端、後頭部から前頭部にかけ白銀の刃がクラーケン本体の顔を貫く。

「まったく……手間かけさせてくれるデカブツだ」

 背後に回り込みクラーケン本体の息の根を止めたのはリアだった。リアはすぐに頭部を貫いた剣を抜き刀身に付着した血を掃い鞘に納める。

 本体を断たれたクラーケンの肉体は白い煙を炊き上げながらゆっくりと蒸発していく。その背後から返り血を浴びた黒いローブを着たユキとカラになったマガジンに弾詰めながら魔法銃“ヘカトンケルト”の弾倉に納め腰のホルスターに納める。

「俊、ユキ無事だったか」

「まあ何とかな」

「おかげさまで。それより神夜はいつまで咲妃の手握ってるの?」

「え? あ、ご、ごめん咲妃……」

「あ、あたしは別に気にしてないけど―……」

 慌てて手を離し素で咲妃に謝った。それに心臓の鼓動が少しだけ速い気がする。なんで俺、ドキドキしているんだ……。心が女の子だから? それとも咲妃に―……いやいやまさかそんなはずはない。

「それからリア助かったよありがとう」

「礼には及ばないさ。それよりインハルトいるんだろ?」

「えーおりますとも。では、次の扉を召喚しましょう」

 コンッココンッとインハルトはリズムよく大理石の床を杖で叩くなり新円を描く魔法陣が出現しそこから扉が浮き上がる。

 さて、次はどんな章に続いているのやら。

 不安になるきもちを押えつつ俺たちは開いた扉をくぐり次の章に移動した。

 扉をくぐった先で俺を待っていた景色に俺は驚愕した。

 夕焼け空に遠くから聞こえるひぐらしの音色に踏みなれた床。そして、きちんと縦横整列された机。間違いない。ここは俺たちが通っている私立鳳仙学院だ。

 なんで本の中に学校が……? それに咲妃はどこへ行った? さっきまで一緒だったのに……。つうか俺まだ女性のままだしいつ元に戻るんだ?

未だに解けない性転換に対しため息をつきながらも辺りを見渡すが誰もいない。今この空間にいるのは俺だけと思った矢先。

『もうやだよ……こんな場所……』

 教室からかすかに聞こえた声にゾワッと悪寒が走った。

 ……この教室何かいる。

「おい! 誰かいるのか!?」

 大声を張り上げ反応を窺うが反応はなかった。しかたなく俺は索敵スキルを発動しこの教室に人がいないか探し始める。そして、数秒も経たないうちに教室の一番後ろの隅っこにて体操座りになっている人の体温を感知し俺はその人の側まで歩み寄りその人が視界に入るなりその人の名前を呼んだ。

「白星……さん?」

 教室の隅で顔を隠して体操座りしていたのは白星さんだった。学校で唯一の銀髪でアリスと同じロリ体型。

 俺は白星さんの名前を呼びながら肩を触れようとした途端、彼女は俺の手を払いのけ。

「いやっ! 来ないで!! もう何も言わないで……お願いだから……もう……」

 頭を抱えながら突然大声を張り上げてきた。そして白星さんの身体はひどく震えており目の焦点もあっていない。まるで生気が感じられなかった。

「白星さん! 俺だよ! 十六夜だよ!」

「ウソ! 十六夜くんがこんなところにくるわけないよ! やっぱりいくら願っても願いは叶わないよ……」

「だからその願いが今叶ったんだよ!」

 俺は小刻みに震える白星さんを自分の胸の中で強く抱きしめる。

「もう怯える必要はない。さあ早く元の世界に還ろう」

「――うん……うん……」

 震えが止まり白星さんの目の焦点がようやく俺の目と合う。

「十六夜くん……なの? ホントにホントに十六夜くんなの!?」

「あー。紛れもなく白星さんが知っている十六夜だよ。今は女だけど」

「わたし、てっきりお姉ちゃんが来てくれたのかと思ったよ……。だって今の十六夜くんとお姉ちゃんよく似ているんだもん」

「そ、そうなのか? ま、なんにせよ無事でよかった。さあ俺たちの世界に還ろう」

 俺の手を拝借して白星さんは立ち上がった。そして、教室の扉のほうに足を向けた途端。


『そんなところに隠れていたのですね、わたし』


 すこしドスの利いた声が教室中に響き、白星さんは俺の後ろに身を隠し「きた……あの子が……もう一人のわたしが」と再び怯え始めた。

そしてガラリと教室の扉が開き、中に入ってきたのは

「し、白星さんがもう一人……だと?」

 俺の後ろに隠れている白星さんと同じセミロングの銀髪にちょっぴり膨らんだ胸。しいて違うのは彼女が来ているのは鳳仙学院の冬服。でもそれを除いては外見もいっしょ。どうなっているんだこれは?

「やっと見つけましたよわたし。そしてあなたは―……あー十六夜くんでしたっけ? あなたにもぜひ会わせたい人がいるんです」

 そういってもう一人の白星さんは廊下の方を向いて叫ぶと、カツッカツッと足音を鳴らしながらその姿を現した。

「よう。お前は俺が分かるよな? そう性転換する前のおまえだ」

 姿を現したのはもう一人の俺。それも性別が男でもう一人の白星と同じで鳳仙学院の冬服を着込んでいた。

「お前はいったい何者だ? なんで俺の―……性転換前の姿をしている? この章はなんだ?」

「質問がおおすぎるぞ俺。一つずつ開設するから焦んなよ。ここは嫉妬の(エンヴィー)。意味は嫉妬。そして俺はお前の心を写した鏡だ」

「心を写した鏡……だと?」

「あー鏡だ。そしてお前のことを何もかも知っている。お前は今自分自身が憎いだろ?」

「は? 何言ってやがる! 俺は――!」

「ウソだ。お前は自分には力なんてないってことに対し妬んでいる。自分一人の力で同行するとデカい口叩くが結局は仲間の力を借りてやっと。そんなお前は今回だって――」

「黙れよ……」

「あ? なんかいったか俺?」

「黙れっていたんだよ鏡の俺! 魔力解放――拳硬化っ!」

 一瞬にして制服姿の俺の眼前まで間合いを詰めた俺は左足を軸に右手を振る鏡の俺の腹部を殴る。

 殴られた奴の身体は、くの字に曲がり口からは微量の血を吐き廊下の窓まで飛ばされる。

「今のうちに! 白星さんちょっとごめんっ!」

「え? い、十六夜くっ!? ひゃうう!」

 俺は後ろで唖然とした表情をして棒立ちになっている白星さんを左わき腹に抱え廊下に飛び出し階段をめざして走った。


「逃げ足だけは早いですね。タイプβいつまでそうしているのですか。あなたは彼女と彼を追いなさい。わたしは先回りして彼女の方を捕えます」

「ほーい。了解だよタイプαー」

 もう一人の白星は自身の足元に魔法陣を描いて姿を消し、男性姿の十六夜は階段の方へ走って行った十六夜たちを追うべく背に隠していた黒翼を広げ廊下を羽ばたいて追う。

 

 ハアッハアッと息を切らしながら階段を駆け下り鳳仙学院の外へと通じる入り口をしらみつぶしで周るが全て施錠されており硬化した拳をぶつけるもびくともしなかった。

「くそっ! いったいどうなってやがる!?」

 込み上げてくる怒りを抑えながらも必死に校内を走る。すると、後ろの方から風を切る音が聴こえてきた。振り向くと黒翼を背に生やしたもう一人の俺が後ろから追って来ていた。

「やっとみつけたぜ俺!」

 鞘に納めていた刀を抜刀し剣先を向けてくる。

「ちっ! 白星さんまたごめん!」

 脇に抱えた白星さんに謝って、俺は軽く地面を跳躍して離陸し自身の背にある紅翼を広げ廊下の上を羽ばたく。

「へぇお前も飛べるんだな」

「えぇ。でも油断してていいの? 火炎魔法(フレム・マジック)超高圧熱線(プロメテウス)”!」

 宙に浮いた身体を反転させ、後ろにいるもう一人の俺目掛け摂氏何千度もある気化した熱線を放ちみごと腹部に命中し後退する。

 これで距離を稼いだ。あとは出口を探すだけ。

 狭い廊下を飛び回りまだ回っていない学院の出口に向かおうとするが白星さん曰くどこも施錠されて開かないという。だったら残された道は一つしかないか。俺たちの心を写した鏡と抜かす奴らを倒す!

 教室では分が悪い考えた俺は学院で最も広い施設体育館へと向かった。体育館入口も出入口同様に施錠されていたが硬化した拳一発ぶつけただけで扉は開き中へ入れた。

 体育館は明かりがついておらず先ほどまで空を緋色に染めていた太陽が頼みの綱というべきだったがいつの間にか堕ちておりすっかり空は暗くなり体育館内を照らすものはない。

 中を警戒しつつ館内に足を踏み入れようとした途端。

「あ、あの十六夜くん、そろそろ下ろしてくれないかなあ?」

「あ、ごめん白星さん。すっかり忘れてた」

 脇に抱えていた白星さんが俺のコートを引っ張って『もう下ろして』と言ってきた。俺はすぐに白星さんを床に下ろした。

 気持ち改め、もう一度館内に足を踏み入れた途端、バッと一斉に館内の蛍光灯が光り俺の目を一瞬だけくらます。

『やはりここに来ましたか十六夜くん、そしてわたし』

 くらんだ目に視力が戻り、ステージ上に立つ人物像が入る。そこに立っていたのは自信を鏡だという俺と同じもう一人の白星さんだった。彼女の手には自身の身長より少し高い黒鋼の大鎌を持っていた。

「なぜ俺たちがここに来るとわかった? 答えろ」

「わたしには索敵能力がありますのであなたたちの行動はすべて筒の抜けです。さてやっとβも到着ですか。遅かったですね」

「まあな。ちっと油断したが今度はそう簡単に行くかよー!」

 プロメテウスを直でくらったはずなのに奴の身体には傷一つついておらず、手に持つ黒鋼の日本刀を構え考えなしに突っ込んでくる。

「白星さん俺の後ろに隠れて!」

 白星さんが後ろに下がったのを確認してすぐに鞘から黒太刀を抜刀し振り降ろされる斬撃を受け流し刀身もろとも奴を撃ち上げる。

「女だからって見くびんなよ! 力そのものは男の時だった俺そのものだ」

「油断しているのはあなたです。敵はβだけではないですよ」

 耳元で機械のように感情の入ってない声で囁かれ振り向けばさっきまでステージ上にいた白星さんが俺の真横に立っており鎌の背で俺を打つ。

「十六夜くんぐっ!! な、何……するの!?」

「時間です。これよりあなたを我が主の待つ第七章“強欲の(グリード)”へと転送します」

「やっ! 十六夜くんから離れたくない!」

「白星さん待ってろ! すぐにい――!」

「おーっと! お前の相手はこの俺だ! 行かせねーよ」

「くっ! このやろ―……」

 太刀を杖代わりして立ち上がった俺は光輝く魔法陣の上に立つ白星さんのところまで走ろうとするも、もう一人の俺がロングの黒髪をぐっと握り身動きが取れない。

「し、白星さん!!」

「十六夜くん助け――!!」

 白星さんと俺は互いの手を掴もうと必死に伸ばすも時すでに遅く、彼女の叫びを最後に魔法陣の輝きは増し彼女を第七章へと転送させた。

「あとは儀式完了を待つだけ。そうなれば時期にわたしの身は朽ちる」

「おい……儀式ってなんだよ。どうしてお前の身が朽ちる?」

「それは口が裂けてもいえない禁則事項。それで、この状況をどう打破するつもりですか?」

「どうするもこうするもいかにも俺に勝ち目がないような言い方だな。だが展開的には俺一人でも勝てるね」

「おい! お前この状況判って行っているのか!?」

「あーわかっているとも。だからこうするんじゃねえか!」

 俺はベルトからペティナイフを取り出し自身の長い黒髪に狙いを定め一気に振り降ろし髪を切りようやく身動きが取れるようになった。

「なっ!」

 髪を掴んでいた俺は激しく後ろにのけ反り大きな隙ができた。その隙を逃すまいと俺は奴の方向に身体を反転させ右手に持つ黒太刀を高々と掲げ回避不可能ともいえるほどの速さで頭上から振り降ろし一刀両断する。そして、悲鳴を上げることなく奴は肉体ごと朽ち果て跡形もなくも消えさった。

「すごいねー。まさかそんなやり方でβを倒すなんてね。驚いちゃった。でもねもうすぐここにタイプγが到着するの」

「タイプγ? いったい誰のことだ」

「もうすぐだよー。――はいとうちゃーく♪」

 パァンッともう一人の白星さんが手を鳴らすと体育館の屋根が突然崩れ落ち、器用に落ち行く鉄材を階段代わりにして振りの人物が下ってきた。

 白髪ショートに黒のローブに片手にはハードカバーの魔導書に氷剣を持った男女。俺は女性の方をみてすぐにその人物が誰だかわかった。

「ユキ! お前もここに来てたのか!」

「神夜! こんなところにいたんだ」

「背を向けたままでいいの? 氷結魔法(アイス・マジック)“貫く雪疾風(ブリザード)”」

 魔導書を光らせて目の前に空色の魔法陣を召喚した女性のユキは背を向けて逃げる男性のユキ目掛け氷点下の風をぶつけてくる。

「神夜! 避けて!」

 鉄材を蹴り飛ばしたユキはブリザードの射程圏内で呆然と立ち尽くしていた俺を抱きしめて射程圏外へと回避させてくれた。

「神夜、大丈夫!?」

「う、うん……大丈夫だよユキ。ありがとうまた助けてもらったね」

「お礼はいい。それよりどうして白星さんが大鎌を構えているの?」

「彼女は白星さんの心を写した鏡。とだけ言っておく」

「ようは倒しちゃっていいってことだよね?」

「うん」

 今日のユキはやたら張り切っているように見えるのは俺だけか? まあ頼もしい仲間が来てくれたから心強い。

「γ遅かったですね」

「ごめんなさい。思った以上に強くて。ところβは?」

「あそこの黒髪セミロングの十六夜くんに先ほどやられちゃいましたよ」

「そう……βはやられちゃったのか。なら私が彼女を殺してβの仇をとる」

 もう一人のユキ――γは攻撃の矛先をユキから俺へと変更し、左手に持っていた魔導書を宙に浮かせ氷剣をタクトに姿を変えて術式を描く。

氷結魔法(アイス・マジック)“凍てつく氷の(コールド・オブ・フレイム)”」

 宙に描かれた術式が魔法陣を現し地面を一瞬にして凍てつかせるほど冷たい絶対零度の冷風が吹き付ける。

「ユキ下がれ! 火炎魔法(フレム・マジック)“焔壁”!」

 ユキが俺の後方に下がったのを確認して俺は地面に手を着き半円を描く焔の防御壁を召喚し吹き付ける冷風を防ぐも、壁は一瞬にして凍りつき威力の違いを見せつける。

「さすがはγ。すばらしい魔法攻撃です」

「そんなことないよα。早く十六夜くんを殺そう。そしてβの仇をとる」

「えぇ。そうですわね」

 もう一人の白星――αはくすりと笑い手に持つ大鎌を構えγとともに目標を俺へと定め無作為に突っ込む。そして、αは大鎌の柄がしなるほど力強く横から薙ぎ払い後方にいるγはタクトを氷剣に戻しαの陰に隠れる。

 大鎌の薙ぎ払いを見切り後ろに後退するのはたやすい。しかし、もし後ろに跳べば間違いなくγによる突きが俺の心臓、あるいは眉間を射抜くはずだ。だったら……。

 俺は左手に魔力を注ぎ込み極限まで硬化させ襲い来る大鎌の刃を掴みαのがら空きになった身体に逆手に持った黒太刀で胸部から脇腹にかけて斬り裂く。

 後方にいたγは予想していなかった出来事に驚きを隠せず死角からユキによる氷剣の縦横無尽の剣舞を全身に浴び心臓をも一瞬にして凍てつかせるほどの冷風を放ち倒した。

「意外とあっけない幕切れだったな。早く白星さんのいる第七章にいこう」


『まだ……幕は閉じさせない……』

 

 背筋にゾワッと寒気が走った。振り向くと、胸部から脇腹にかけて大量の血を流しながら覚束ない足取りで倒したはずのαが呼吸を乱しながら立っていた。

「まだ……まだ終らない……あなたたちはわたしが殺す……そしてβとγの仇を――!」

「いいえ。神夜の言うとおり幕切れよα」

 瀕死のαの背後から鋭利な氷剣をユキが突き刺しαの最期のあがきを止め、ユキは胸部に突き刺した氷剣をαの胸部から引き抜き刀身に着いた血を掃う。

 αはゆっくりと地面に倒れ血だまりの中で静かに息を引き取り肉体が朽ち果てる。

「ユキありがとう。すっごくかっこよかったよ」

「か、かっこよくなんか……ないよ神夜。普通だよ……。それより次へ行こう」

 ユキは頬を少しだけ紅めそっぽを向いた。

 そして“嫉妬の(エンヴィー)”を攻略したことにより次の章へと続く扉が出現し俺たちはノブをひねり次の章へと向かった。


          *


『大罪を背負った箱庭の(クリム・リーブル・ワンダーランド)――第四章“憤怒(ラース)”』

「あーイライラする―なんなんだ―この章はー!」

「俊さん落ち着いてください! わたしだってイライラしているんですから!」

 あっちこっちで噴火し燃えたぎる地面の上で、元の性別に戻ったアリスと俊は大声を張り上げていた。

「しっかしよー神夜たちはどこへ行ったんだ―? さっきまで一緒だったのによー」

「それもそうですよねー同じ扉をくぐったのですから必然的に同じ場所に出るはず―……」

「ん? アリスどうかしたか?」

「し、俊さん……う、うしろに……」

 口をパクパクさせながらアリスは指をさす。

「後ろに何がいるって言うん……」

 半信半疑で俊が後ろを向いた瞬間言葉を失った。

 後ろにいたのは燃えたぎるマグマの活動をその身に宿した巨人が喉を唸らせ立っており巨人は唖然としている俊たちに襲い掛からず出方を窺っていた。

 襲ってこないことを機に俊たちは巨人と間合いを取り、俊は両腰に納めている魔法銃“ヘカトンケルト”を構え、アリスは魔導書を片手に指輪を通じて個々に動かせる武具人形を宙に浮かせる。

 巨人はゆっくりと大木とほぼ同じ大きさはある足をゆっくりと上げ地響きを上げながら前に進む。

 先制の意を込めて俊は巨人の図体に魔法銃を撃ち込み全弾、巨人の図体、脚、両腕を撃ち抜き巨人の動きを鈍らせたかと思った矢先。撃ち抜かれた巨人の損傷部は何事もなかったかのように傷はすぐに塞がり腕を勢いよく振り降ろしてくる。

 襲い来る拳を止めるため俊はトリガーを引きつづけ拳の破壊を狙うが、いくら拳に傷を負わせるも損傷部位はすぐに癒える。

「俊さん危ないっ!」

 『ヘカトンケルト』の弾切れを予知したアリスは右薬指を通じて動かせる一体の人形を動かし俊を拳の激突圏内から回避させる。

 俊が回避してすぐに勢いよく拳は地面をかち割り大気を揺るがすほどの衝撃波が俊とアリスを襲う。

「くっ! どうなってやがるんだ!? 治癒能力が高すぎるぞ! まるでクラーケンと同じじゃないか!」

「でも俊さん! 奴を操る本体の姿はどこにも見えませんよ!」

「だったら奴が倒れるまで撃つだけだ!」

「ま、まってください俊さん! 何も一人で行かなくても!」

 策も何も考えず俊は突撃し“ヘカトンケルト”のマガジンをすばやく取り換え巨人の図体に弾を撃ち込み取り替えたマガジンを巨人の足元に投げやる。そして、投げやったマガジンを撃ち抜き手榴弾代わりに爆発させ大木ともいえる足を破壊し巨人を膝まづかせる。

「武具変換“ハイオペリオン”」

 手に持つ“ヘカトンケルト”に武具変換魔法をかけ大筒魔導砲“ハイオペリン”へ姿を変え巨人に銃口を向ける。

「これで塵も残さず消し飛ばす! ……三、二、一、射撃(ファイヤー)ッ!」

 地を踏み締め“ハイオペリオン”のトリガーを引き膝まづいた巨人に狙いを定め魔力質力最大級のエネルギー砲を放つ。

「ハァ……ハァ……やったのか?」

 “ハイオペリオン”を元の魔法銃“ヘカトンケルト”に戻し爆風の中にいる巨人をやったか確認するべく、一歩踏み出した途端、ズンッと鈍い痛みが俊の腹部に走る。

「な、何が?」

 微量の血を吐いた俊は自分の身に起きた状況を手探りで確認する。するとヌメッとした感触がし手を見ると手の平は真っ赤に染まっており目に映るのは熱帯びた尖った岩が腹部に刺さっていた。

「こ、この岩を飛ばしたのってまさか……巨人?」

 腹部に刺さった岩を抜きすぐに止血剤の入った注射を取り出し腕に打ち応急処置を施す。

 爆風が晴れ巨人はあれほどのエネルギー砲をまともに喰らったにも関わらず平然として立ち上がる。

「あれほどのほどの攻撃を喰らったのによ……どうして……どうしてだー!」

 頭に血がまわり冷静さを失った俊は“ヘカトンケルト”を両手に持ち無作為にぶっ放す。

「俊さん、落ち着いてください! 絶対に何か策があるはずです!」

「策っていっても何があるっていうんだ!」

「わたしー見たんです! さっき奴の中心に紅く光る結晶が見えました! きっとあれを破壊すれば奴を倒せるかと!」

「……今、なんていった?」

「だから奴の心臓部にコアらしきものを見たんです! ですので、わたしが奴を抑え込み直接コアを引きずり出します」

 アリスが持つ魔導書が突然輝きだし、五体の人形を一つにまとめ一体の巨大人形へと姿を変えさせる。人形の手には岩をも一撃で砕けるほどの大剣を構える。

「では、始めますよー」

 アリスは右手を巧みに動かし人形を巨人まで移動させ巨人の胸を大剣で突き動きが鈍いことをいいことに燃えたぎる地面に押し倒し巨人の上に跨る。

 そして、人形は巨人の胸に刺さる体験を引き抜き武器の形状をナイフへと変化させ傷が癒えようとしている胸部にナイフを刺しスパッと爽快に斬りさばき、体内から巨人のコアと思われる紅い正八面体の結晶を引きずり出す。

「俊さんコアを取り出しました! 今のうちにさっきの砲撃を!」

「お、おう! 武具変換“ハイオペリオン”」

 右手に持つ“ヘカトンケルト”に再び武具変換魔法をかけ大筒魔導砲“ハイオペリオン”を人形の持つ結晶に狙いを定めエネルギー充電に入る。

「エネルギー充電完了! ……三、二、一、射撃(ファイヤー)ッ!」

 右足を地に深く根付けさせ砲撃の衝撃に耐える。蒼雷色の砲撃は一直線で人形の持つ結晶目掛け飛び勝負ありと思った矢先、結晶が強く輝き始め結晶の一部から燃えたぎる巨木のような腕が生え直撃寸前のエネルギー砲を受け止め掻き消す。

「バ、バカな……。――アリス急いで結晶を握りつぶせ!」

「は、はいっ!」

 魔導書に魔力を注ぎ人形の腕に力を加えていくも結晶にはヒビ一つはいらず結晶は人形の腕を取り込みながら腕だけでなく胴体、頭部、脚部の再生を終えようとしていた。

 そして、肉体の再生を終えた巨人は左腕をあげ勢いよく人形の顔面を殴り一瞬にして粉砕し目標を俊たちへと変える。

「くそ……こいつを倒すことはやはりできない……のか?」

 ふと、俊の目が巨人のある部位の一点を見つめていた。巨人のコアがあるという胸部に綿のようなものがぼろぼろと落ちていた。そして、自然と俊の口元がにやりと歪み勝ち誇った笑みがうまれた。

「なあアリス。巨人の胸部に埋め込まれている腕の一部を爆発することは可能か?」

「は、はい可能ですけど。でも爆発できる範囲としては精々胸部と頭部の破壊。それと両腕を散開させるぐらいですけど―……」

「それだけできれば十分だ。いいか。俺の合図とともにあの腕を爆発させてくれ。そのタイミングでもう一発撃つから」

「分かりました!」

 勝ち誇れる作戦を立てた俊はすぐに“ハイオペリオン”を構え砲内にエネルギーを溜め始めアリスは巨人の目が俊に行かないよう注意を引き爆発のタイミングを狙う。

 巨人は逃げ回るアリスに気をとられ巨木のような腕を振るいアリスを捕えようとするも一向に捕まらない。そして、アリスは“ハイオペリオン”の銃口内に溜まるエネルギー数を確認し俊が合図がを挙げているか確認したところ、俊は応急処置で止血した傷口を押えながら“ハイオペリオン”を支えていた。

「俊さん! 大丈夫ですか!?」

「これくらい平気だ! それよりあと五秒でエネルギーが溜まる! ……四、三,二,一、発破!」

「! “爆破人形(ボマードール)”!」

 俊の合図を受けたアリスは“ハイオペリオン”の銃口が巨人のコアを仕留めれるよう俊の正面まで移動したアリスはタイミングよく指をならし人形の腕を爆発させ胸部と頭部を発破させ両腕を使用不可能なまでに損傷させた。

「しばらくは再生しません! 俊さん早くっ!」

「おー! 魔導砲発射まで……三、二、一……発射(ファイヤー)っ!」

 傷口を押えながら地を踏み締めて“ハイオペリオン”に溜まったエネルギーを全て放ちむき出しになった紅い結晶――巨人のコアを撃ち抜いた。

 コアを破壊された巨人は声を上げることなく燃え盛った全身の炎は消え静かに硬質化していきゆっくりと朽ち果てた。

「あ―……やっと倒した―」

「それより俊さん早く傷口の治療を!」

「あ、あーそうだな。ありがとうアリス」

 アリスは俊の腹部に手を添え治癒魔法をかけ傷を癒していく。

 そして、巨人を倒したことによって次の章へと続く扉が出現した。


           *


『大罪を背負った箱庭の(クリム・リーブル・ワンダーランド)――第五章“傲慢(プライド)”』

「まった神夜も俊もユキもアリスもどこ行ったのよー! 同じ扉をくぐったのだからこのエリアにいてもおかしくないのに」

「まあまあ咲妃さん落ち着いて。それより早くこのエリアを突破しましよう」

 中世ヨーロッパの王宮の庭園を元の性別に戻った咲妃とリアは歩いていた。

敵の姿も案内人のインハルトの姿もなく、聴こえてくるのは小鳥のさえずりと庭園を歩く咲妃たちの足音だけが聴こえる静かな空間。

しばらく庭園内を歩いていると、二つの石台に乗った重戦士の石像と次の章へと続いているかもしれない扉があった。

「ねえ。あれが今回の扉じゃない? 案外楽勝だったわね」

 咲妃は扉を見つけた途端、一目散に扉へと走るも石台に乗った石像の目が輝きだし重戦士二体は鞘から大剣を引き抜き扉の前に立ちふさがる。

『汝、この扉を通りたければ己の力を我ら敗北無き戦士に示してみせよ』

「敗北無きね―……ずいぶんとまあ傲慢ですこと。いいわ相手してあげる。リアは下がってて。こいつらはあたしが狩る」

 腰を落とし鞘に納刀している細剣『グランツ・ティア』の柄を握り高まる気持ちを落ち着かせ相手の出方を窺う。そして、ピクリと一体の戦士が持つ盾が動き咲妃はその隙を逃さず地を蹴り上げ戦士との間合いを詰める際に鞘から細剣を抜刀し右腕を引き盾でガードされる前に神速で無数の突きを戦士の胸部に打ち付ける。

 刀身は合金製の鎧に無数の傷を付け戦士を押し倒す。

「なーんだ。デカい口叩く割に大したことないのね。水冷魔法(アクア・マジック)超高圧水砲(ハイドロポンプ)”」

 がら空きとなった戦士の眼前に左手をかざした咲妃は、手の平に空色の魔法陣を召喚し魔力で圧縮した水を勢いよく放ち傷だらけの鎧に風穴を開ける。

「さてと。残るはアンタ一人だけど? どうする? 続ける?」

『……頭に乗るなよ小娘。一人倒したぐらいで付け上がるようじゃまだまだ―……』

「隙だらけなのはあんた等だ。悪いが僕らは先を急いでいるんだ。不意打ちながら勝たせてもらうよ」

 もう一人の戦士の喉元を後ろから掻っ切り無理やり戦いを終焉へと向かわせ、喉を差した短刀を抜き取り刀身に着いた血を掃い腰の鞘に納める。

「ちょっとリア! 手出さないでっていったじゃーん!」

「別に倒せたんだから構わないだろ。それより咲妃も一杯いかがですか?」

 とリアはアイテムポーチから自前のティーポットとカップを取り出し香りいい紅茶を注ぐ。

「……せっかくだし一杯だけ貰おうかしら」

「畏まりました。ところで砂糖はいりますか? この紅茶ちょっと苦味が強いですよ」

「じゃあ一個お願いしようかしら」

 そういってリアはポーチからもう一つのティーカップを取り出しカップに紅茶を注ぎ砂糖を一個入れて咲妃に渡した。

「ありがとうリア。いただきます……」

 リアにお礼を言った咲妃は紅茶をかきまわしカップの底に沈む砂糖を溶かして紅茶を一口飲む。

 それを見ていたリアの口元をニヤリと笑わせ、リアも冷めないうちに注いだ紅茶を飲む。


           *


『大罪を背負った箱庭の(クリム・リーブル・ワンダーランド)――第六章“怠惰(スロウス)”』

 嫉妬の章から移動した俺とユキを待っていたのは大量のベッドと椅子。どう見ても休憩室って感じだな。それに俺の身体は相変わらず女性のまんまだし、ユキは元の性別に戻っている。それに未だ行方知らずの咲妃たちが心配だ。あいつら今どこにいるのだろうか。

「ねえ……神夜」

「ん? どうしたユキ!?」

 俺の名前を呼んだユキは俺が振り向いた瞬間を狙って後方にあったベッドに俺を押し倒

し抵抗を許すまいと両手を封じる。

 えっ? なにこの状況?

「ちょ、ちょっとユキこれはどういう――んんっ!」

 ユキの手が俺の素肌をツゥ――っと走り自然と甘い声が俺の口から発せられた。そして、ユキの手はそのまま太ももまで到達しアウトラインギリギリのところで止まる。

「ユ、ユキ―……さすがにこれ以上は―……」

「今の神夜に私を止める力はたぶんない。だから今この場で」

 そういってアウトラインギリギリで止めていた手を再び進めついに俺のスカートの中に侵入した。

「こ、これ以上はダメだよユキ!」

「んっ! 抵抗しないで神夜! 今のあなたはすっごくかわいい」

「か、かわいいって……」

 もうユキの性格が全く読めなくなってきた。いつもは無口のクールビューティなのに時々デレるし今に至っては完璧な百合展開になりかけてるし。

 まあそういう性格のユキも悪くはないかな? 

だ、だからって俺たちはまだ高校生だしー! そういうのはちょっと―……。

「と、とにかくユキ一端離れ――」

 手を掴むユキの手を引き離そうと視線を少し傾けた途端、俺の目はあるモノを捕えた。遠くから、全身真っ赤に染まった体毛を持ち下半身と頭部は山羊、上半身は人間と同じ肉体に持ち尾は白蛇の全長三メートルほどのバケモノが大剣をズルズルと引きずって俺たちがいるベッドまでゆっくりと近づいてくる。

「ユ、ユキ離れろ! 化け物が近づいて――! う、嘘だろ……さっきまでぼやける程度たったのにもうこんな近くに……。ユキっ!」

 一気に俺たちの眼前にまで迫った化け物は大剣を振り上げ殺意の籠った碧眼を輝かせ大気を震わせるほどの大声を張り上げ大剣を振り降ろす。

 刀身が俺たちを捕えるまでの数秒の間にユキに封じられていた両腕を力づくで解きユキを抱きしめ大剣の斬撃軌道から逃れすぐに立ち上げる。

「か、神夜……」

「くっ……ユキ大丈夫か!?」

「うん大丈夫……それより神夜、離して……苦しい……」

「あ。わ、わりぃ―……」

 抱きしめていたユキを離す。離すなりユキはアイテムポーチからとんがり帽子を目深くかぶる。

 それよりさっきから感覚が変だ。鈍ったか? それに奴はどうやってあの短時間でここまで間合いを詰め上げた? 

 この章に来てから体に妙な怠さを感じる。索敵スキルに支障はなかったが敵との距離を間違えたし。どうなってやがる。

 見たところ武器は大剣一本のみ。ベッドを両断するから腕の力もそれなりに高いと見た。

 さて、時間もないしさっさとやるか。

 鞘に納刀している黒太刀の柄をにぎりゆっくりと刀身を鞘から抜き化け物――“赤毛の碧山羊(レッド・スケープゴート)”に太刀先を向ける。

「ユキ。ユキは後方から魔法攻撃で援護頼む。前衛は俺がやる」

「うん分かった。気を付けてね」

「あー」

 両断したベッドからゆっくりと振り降ろした大剣を持ち上げ喉を鳴らしながら俺の方を見上げ大剣の柄を両手で握り椅子やソファーを蹴散らして俺に突進してくる。

 ――速いっ! くそっ! 回避できな――!

氷結魔法(アイス・マジック)“極寒の(アイス・ウォール)”」

 突進してくるゴートよりも速く瞬時に何重にも厚い氷壁が現れゴートの突進を防いでくれた。

 しかし、ゴートにとって氷壁など紙切れ同然でいともたやすく突破する。

――氷壁だぞ! それを一撃で……。 “多重層A.T.フィールド”を張ってもたぶん意味はない。ならば!

「左手、魔力硬化!」

 左腕の筋肉から骨の髄まで魔力を注ぎ突進してくるゴートの頭を掴み、ゴートの突進を止めようとするも力は凄まじく止めることはできずゴートは俺を遠くへと飛ばし天蓋ベッドに激突して静止する。

 ゲホッ……ゲホッ……。一時は止めることができた……それよりなんだ、あのデタラメな力は! ……やれるか俺一人で。

 むせながら喉に残る微量の血を吐き捨て黒太刀を握りしめゴートの正面から斬り裂きにいく。

 キーンッと甲高い金属音が空間内に響き渡り火花を散らす。太刀とは違い大剣の斬撃は一太刀一太刀が重く片手で黒太刀を振るのは困難を極めた。

 それにさっきから筋肉への信号伝達が遅い気がする。身体らも妙な怠さが。

 それでもなお俺は手首の返しで太刀を振るい大剣の斬撃を弾き飛ばしゴートの前をがら空きにする。

 ――よしいける! このスピードで太刀を振って行けば――!

「ハァ――!!」

 大声を張り上げ俺は左足を踏み締め力任せにゴートの腹部目掛け太刀を薙ぎ払いにいかせるも、突然ゴートの動きがスーパースロー映像でも見ているかのように自分の身体は遅く奴の動きが速い。そんな錯覚を感じた。そして、奴は太刀の刀身が自身の腹部を切られる前に弾かれた大剣を振るい逆に俺の腹部を斬り裂き後方へと追いやる。

「うぐぅっ! な、なんだ今の動きは!? 一瞬だ奴の動きが俺よりも速く! いや違う、俺が遅くなったのか! ――そんなはずはない!」

 腹部の傷などお構いなしに俺は再びゴートまで間合いを詰め上げ無作為に太刀を振るいに行くもまたさっきと同じスローモーションのような感覚がしてきた。

 そして、ゴートは振りかざされた太刀をさばき正面から俺の頬を力強く殴る。

「くっ……ほんとどうなっていやがる……これは、奴の特殊攻撃なのか? いや、でも魔力感傷はなかった……ほんとどうなっていやがる!」

 クラクラする頭を抱えながら太刀を杖代わりにして立ち上がりゴートを見つめる。

 唸りを上げ口から炎の混じった吐息を漏らしながらゆっくりとゴートが歩きここぞいうタイミングで地を蹴り上げ瞬間的な加速を見せ俺に突進してくる。

 まずい! これを喰らったら俺の身体はさすがに持たない!

 命の危機を察した俺はグッと目をつむりその瞬間を待った。

「防御してダメなら凍らせる。氷結魔法(アイス・マジック)“貫く雪疾風(ブリザード)”」

 聞き覚えのある声が耳を通り抜け、絶対零度の冷たい風が俺に感傷することなく吹きつけ突進してくるゴートの全身を一瞬にして氷漬けにして動きを封じる。

「ユ、ユキか……。ありがとうこれで何度目かな?」

「お礼はいいよ。それより傷を見せてすぐに治療するから」

「いや、治療はまだだ。今の魔法もただの時間稼ぎにしかなってないみたいだ」

 傷の治療をあとにして氷漬けになったゴートのほうを見ると、冷気を放つ氷にヒビが入って行き勢いよく弾け飛んだ。氷には熱で溶けた後は見当たらないところを見ると奴は自身の力のみでこの氷を破壊したと見た。

 さて、攻略どうするかなー? 

 奴に近づけば動きは遅くなり奴の攻撃のほうが速く見える。そして、何と言っても注意せにゃならんのはあの圧倒的な力だ。太刀で大剣をさばくのにも一苦労だったしユキと連携して奴に斬撃を浴びせたところで勝機はあるかもしれんが動きを遅くされたら連携のくそもない。二刀流ならあるいは……しかしあれは体力を使うし。

 これまで見たゴートの行動パターンを脳内で分析している間に、ゴートが大剣の柄を両手で握りしめその巨体に似つかわしいまでのスピードで突っ込んできた。

 防御しても無駄だっていうことは先ほどまでの戦闘で理解している。ならば奴の斬撃に勝る力で打ち返せばいい!!

 黒太刀を構え突っ込んでくるゴートが大剣を振りおろすタイミングに合わせ俺は黒太刀を斬り上げ大剣の斬撃を受け止めるも腕に衝撃波が走りしびれる。

 ――くっ! う、腕が……! いや、まだだ! このまま、押し切れ!

 腕のしびれに耐えながら無理やり腕に力を加え大剣を弾き飛ばしゴートに隙をつくらせる。

「ユキ、今だ!」

「うん! 氷結魔法(アイス・マジック)“凍てつく焔の(コールド・オブ・フレムアロー)”」

 空気中の水蒸気を手の平に集め空色の弓を生み出し、絶対零度の白々しい炎を纏った矢を引きゴートの心臓部目掛け放つ。

 矢が打たれこれでゴートは倒されたかと思った矢先、ゴートは自分の左手を犠牲にして心臓部に放たれた矢を受け止める。しかし、矢が刺さった左手が徐々に凍り始め腕の自由を奪う。ゴートは凍って行く腕に力を加えようとするも氷は割れることなく肉体への浸食を進めていく。

「神夜! 今のうちにとどめをっ!」

「あー! 斬撃剣技(アタック・オン・ソードスキル)焔獄超終(ヘルフレム・オーバーエンド)”!」

 黒太刀に体内の魔力を注ぎ太刀から黒焔を纏った大剣へと形状を変化させゴートに向かって剣先を構え突撃する。

 命の終焉を悟ったゴート凍っていく左腕を力の限りを尽くして引きちぎり浸食を阻止。そして、大剣を構え俺の斬撃剣技を受け流し隙だらけの腹部に蹴りを入れ後方へと吹き飛ばす。

「ぐっ!」

 喉を通って生温かい血が込み上げてきた。

 な、なんなんだよあの身体能力は!? バ、バケモノめ!

「か、神夜大丈夫!?」

「な、なんとか……な。たぶん、肋骨を二、三本やった。それでも大丈夫だ。さっさと倒して白星さんを助けに行かなきゃ……」

 痛む腹部を押えながら黒太刀を杖代わりにして立ち上がる。呼吸も乱れてきている。まともな攻撃は精々あと一回が限界とみた。

「なあユキ。少しの間時間稼いでくれるか? 奴が隙を見せたところを俺が仕留めるから」

「うん、わかった。……無理しないでね」

「あー……」

氷結武具召喚(アイス・アルムクテイション)“永久凍土の氷剣舞(アイス・ブレイブダンス)”!」

 地面に手を着き絶対零度の冷気を纏った剣を幾本と召喚しその中から二本引き抜き片腕を失ったゴートに向かって走る。

 向かってくるユキに気付いたゴートは大剣を横に薙ぎ払ってくる。ユキは大剣の斬撃軌道を見切り、片腕を失っていることをいいことに両手に持った細剣でゴートの全身を突き刀身に宿った冷気で突いた部分を凍らせる。

 ユキの繊細かつ高速の突きをまともに受けたゴートは徐々に押されていき片手でユキを捕えようとするも華麗なる身のこなしで大剣技をかわし脚に細剣を刺して動きを止める。

 ――今のところ、体感速度が遅くなる現象は来ていない……このまま奴を倒せれば!

 神夜の身体に蓄積したダメージ量を心配するユキは、魔法でゴートの足を凍らせその場に固定し背後から氷剣を突こうとした瞬間、ぐにゃりとみているが歪み身体の動きが鈍る。

 逆にゴートの動きは速くなり、大剣の柄を口でくわえユキの襟首を勢いよく掴み地面に叩き付ける。

 叩き付けられたユキの身体は地面に叩き付けられるなりすぐに浮き上がり宙で半回転して地面に落ちる。

「! ユキ―っ!」

 俺は大声でユキの名前を叫んだ。

 まただ。

 また、あの時と同じだ。

 ユキが傷つき倒れるところをただ俺はじっとみているだけ……。

――もう俺は見たくない……あんな光景はもう二度と……俺は見たくないっ!

 俺は黒太刀の柄をぐっと右手の平から血が滲み出るほど力強く握り、骨折の痛みなど気にせず正面からゴートに突っ込む。

「ダメ……神夜……今攻撃したら……」

 ユキの忠告が聴こえるも俺は無視してゴートへの攻撃を止めない。

壊れてもいい。ユキ、俺はお前さえ助かってくれるなら俺はそれでもいい。

ゴートの顔にちょうど黒太刀の剣先が届くまで範囲に入るなり、ぐにゃりと視界が歪み体感時間が遅くなった。そして、ゴートはユキに振り降ろそうとしていた大剣の斬撃軌道を俺に変更しグッと構え大気を薙ぎ払ってきた。

受け流せるほどの力は今の俺には無い俺は黒太刀の峰を背に当て今のスピードを殺さずに背中から堕天の紅翼を羽ばたかせ大剣の斬撃を紙一重で回避しゴートの頭上高くまで飛ぶ。そして、体感時間が元に戻り両手で黒太刀の柄を握り。

斬撃剣技(アタック・オン・ソードスキル)焔獄超終(ヘルフレム・オーバーエンド)”!」

 折れた肋骨の痛みに耐えながら、再び大剣へと姿を変えた黒太刀をゴートの頭上から一気に斬り崩し地面に脚がついた瞬間に右脚を踏み切り横腹目掛け大剣を薙ぎ払いとどめを刺す。

 薙ぎ払われ俺たちから遠のいたゴートは一度立ち上がり横腹を抑える俺をにらみつけ、ゆっくりと地面に倒れ青色のガラス片となって消え去った。

「ようやく……たお……した」

 ゴートが消えたことに安堵した俺は全身の力が抜け落ちて地面に座り込みパタリと寝転んだ。もう指一本動かすのすら無理に近い。

「神夜、大丈夫?」

「大丈夫とは言い難いかな? ユキは大丈夫か?」

「うん、なんとか。それより神夜の治療始めなきゃ……腹部の傷に骨折。私よりも重傷だから」

 そういってユキは細剣を杖代わりにして立ち上がり寝転んだ俺の前まできた。

「ちょっとお腹めくるね」

 と言ってユキはボロボロになった黒シャツをめくり両手を添え治癒魔法を唱えた。

 呼吸がだんだん楽になってくる……。身体の底から疲れが癒えていく感じだ。

 治療が済み、全身から痛みが消え腹部の傷も折れた肋骨も感知し腹部に着いた血は後で拭えばいいか。

 ユキも自分に治癒魔法をかけゴートとの戦いで負った傷を癒す。

 二人そろって全開したところで次の章へと続く扉が現れ、俺たちはノブをひねり次の章へと進んだ。


           *


『大罪を背負った箱庭の(クリム・リーブル・ワンダーランド)――第七章“強欲(グリード)”』

 ゴートを倒したことによって現れた扉をくぐった先で俺たちを待っていたの雨のように振りそそぐ大量のお札。それも日本札からドル札など俺たちが現世で使っている金に加えこっちの世界で使える札までもひらひらと舞って地面に落ちればしばらくして消えていった。

 それにここにきてようやく、俺の身体も元の男の姿に戻り装備も色欲の章に入る前のモノとなっていた。なんとなくだけど懐かしい感じがするのは気のせいだろうか。いや、別にこのまま女性のまんまでいたいってわけじゃないんだけどな。

「神夜、さっきから何ぶつぶついってるの?」

「えっ? あ、いやなんでもないよユキ。それより咲妃たちはどこに――」

『やーっと見つけた。神夜ーユキー』

 と遠くから聞き覚えのある声が聴こえてきた。声がしたと思う方を手当たり次第で見渡していると、大きく手を振る咲妃が見えた。

 その後ろにアリスと俊もおり、リアだけいなかった。

「なんだよお前ら。もうここに来ていたのかってリアはどこへ行った?」

「あたし、さっきまでリアと一緒に例の扉をくぐるところまで一緒だったわよ」

「一緒にくぐったのならいてもおかしくわないだろ。まああとで探せばいいか。それよりも白星さんを探さないと」

 そう俺とユキは第三章“嫉妬(エンヴィー)”で白星さんに逢いそこで白星さんと同じ姿をした白星さん――タイプαによって彼女はこの章に転移された。俺たちは彼女を助け出すためにこの章まできた。

 αは確か白星さんを何らかの儀式にかけると言っていたからこの章のどこかに祭壇的場所があればいいのだが。

 マップデータを開いても“cord unknow”の文字が表記されるだけ。手掛かりは白星さんがこの章にいることが確実なこと。こういう時インハルトがいてくれれば……。

『お呼びですか? 神夜さん』

カツッカツッと革靴の底をならながらさっきまでいなかったインハルトが突然現れた。

「イ、インハルト!? お前今までどこにー……」

「ずっとあなた方の後ろにいましたよ。ま、姿を隠れてましたけど」

「か、隠れてたって……。それより! お前白星さんがこの章のどこにいるかわかるか!?」

「えー分かりますけど。もう時期あなた方も分かると思いますよ」

 と言い残してインハルトはきびすを返して姿を消した。そして、ゴォ―――ン! ゴォ――ンっ! と鐘の音が聞こえてきた。近くに教会があるのか。っ! だとすると!

 ピーンッときた俺は鐘の音がする方へと走り出し、遅れをとった咲妃たちも俺の後を追うように走り出した。

 ひたすら走っているうちに現実世界でもっと大きいとされているサン・ピエトロ大聖堂とほぼ同じくらいの大きさを誇る教会が見えてきた。索敵スキルを発動しているわけでもないのに教会内から異様なまでの魔力反応を察知した。

 咲妃たちも追いつき切らした呼吸を整えたところで、教会の大扉を開いた。

 大扉を開いた途端、目がくらむほどの光が差し込み、視界が一時眩んだ。ようやく視界が開き目に入ってくるのは色鮮やかなステンドガラスの数々に加え、黒い羽を持つ人間――堕天使数名。そして、祭壇上には聖マリアが描かれたステンドガラスの前に巨大な十字架がぶら下がっておりそこに張り付けられ気を失っている人物に目が見開く。

 十字架に張り付けられている人物を見た俺は、堕天使がいることなどお構いなしに大声をその人物の名前を叫んだ。

「――白星さんっ!」

 彼女の名前を叫んだ途端、祭壇前にいた堕天使たちの視線が俺の方に集まり、堕天使たちの間を縫って司祭様とでもいうべき若き堕天使が俺たちの前に立った。

「ようこそ我が教会。君たち。いや神夜君たちは白星ミチルを助けに来たんだろ? だが残念。もうまもなく儀式が終わる! そしてついに“純粋な心の結晶(ピュア・ハート)”が我物になる! 鐘は打ち鳴らした! さあこれより下の者の心と肉体の分離を始めよう!」

 そういって司祭は黒ローブをひるがえして再び祭壇の上に立ち巨大な魔法陣を白星さんに掲げ祭壇の下にいる堕天使たちの魔法詠唱を糧に輝きを増していく。そして詠唱が終わると同時に、激しい地鳴りが生じ十字架に張り付けられている白星さんの周りには紫色の稲妻が幾度と発生しステンドガラスを照らしていた光が消え去った。

 堕天使たちの魔法詠唱が終了し途端司祭が召喚した魔法陣が十字架に張り付けられた白星の背後に移動し急激に光を増していく。

 気を失っていた白星さんが光る魔法陣の魔力を感傷して意識を取り戻したのも束の間。まるで首をロープで絞めつけられているかのように苦しみだし鎖で縛られた両手をバタつかせもがき苦しみ始める。

「やめろーっ!」 

 再び大声を張り上げた俺は黒太刀を鞘から抜刀し背中の紅翼を力強く羽ばたかせ堕天使たちの頭上を越え白星さんのもとまで羽ばたくも

「おーっと。儀式の邪魔をしないでもらえるかなっ!」

 俺の行動を予測していたのか、死角より祭壇にいたはずの司祭が突如現れ彼の持つ“死神の大鎌(デスサイズ)”を薙ぎ払って俺を地面に後退させる。

 薙ぎ払いの威力はたいしたことなく、紅翼を羽ばたいただけで地面への落下は免れたが時すでに遅く。白星さんはぐったりとして全身の力抜けており意識はなかった。そして、白星さんの体内から薄紅色に光り輝く指輪が現れ司祭はすぐにその指輪を手にし左の人差し指にはめる。

「ついに……ついに手に入れたぞー“純粋な心の結晶(ピュア・ハート)”をー! アーハッハッハー!!」

 司祭は高笑いし喜びに震え歓喜の渦に身を茹るね。

「さて、今ここにいる堕天使たちよ。そなたたちの汚れた心を浄化し、憎き天界神に復讐をしようぞ!」

 そういって司祭は指輪をはめた左手を差し出すなり配下の堕天使たち全身から黒いオーラが全て司祭のはめている“純粋な心の結晶(ピュア・ハート)”に吸い取られ吸収されていき堕天使たちの羽が黒から白へと変化していく。

「さあ時は満ちた。今なら天界の対堕天使用の結界を敗れるはずだ。さあいけ、お前たち!」

 命を受けた堕天使たちは個々に手の平から武器を召喚し転移魔法を使って姿を消す。

「さてあいつらが攻めに行っている間に貴様らを殺すとするか。だがその前にこの娘を殺すか。もう用済みだ」

 意識がない白星さんの首元にデスサイズの刃を構える。

「させるかよ……。そんなこと!」

 黒太刀の柄をグッと握りしめ紅翼を羽ばたかせ司祭の首元目掛け剣先を振るうも軽々と避けられる。でも、これで白星さんの首を狩ろうとするデスサイズの刃から彼女をそらすことができた。

「ほお。威勢がいいねー神夜くんはー。そんな君に一つだけ言っておくが。あそこで眠っている彼女だけどあと十分ほどで―……死ぬね」

 プツン……と今俺の中で何かが切れた。

 感じたまでもない怒りが心の底から込み上げてくる。

怒りにともなって体内の魔力が増幅する。

「黙れよ! だったら十分経つ前にお前を殺して彼女を助ける!」

 すぐに手首を返して高速ともいえる太刀裁きでもう一度司祭の首を跳ねにいくもまた同じように軽々とかわされる。

「ふむ、なるほどねー大した太刀裁きだ。でもそんなんじゃ十分以内に俺を倒すことはできないよ。おい! そこに佇んでいる四人を倒せ! 俺は神夜君を殺る」

『畏まりましたアザゼル様』

 祭壇横の扉を開けて、先ほどまでいた堕天使たちとは違い一際巨漢で片手には大木を一振りでへし折れる力を持っていそうな大剣を持った堕天使が咲妃たちの前に立ちはだかる。

 咲妃たちも警戒はしていたらしく、すぐに各々の武器を構え迎え撃つ。

 前衛は咲妃とアリス、後衛を俊とユキが担当すればどんな相手でも勝てるだろう。あの堕天使は咲妃たちに任せて俺は司祭――アザゼルを殺す!

「スキル“二刀流” 武具召喚“白太刀・極氷”」

 召喚設定を事前に済ませていた“白太刀”の鞘を右腰に刺し左手で抜刀し構える。

「時間がないんだ。さっさと始めるぞ!」

「熱いね~神夜君は~。もう少しゆっくり話そうじゃないか!」

 不気味な笑みを浮かべたアザゼルはデスサイズを両手で構え宙を駆け走り左足で踏み締め鎌を振るってくる。

「うるせーよ……」

 キーンッと甲高い金属音を立てて白太刀でデスサイズの刃を受け止め、白太刀が宿す能力でデスサイズの刃を凍らせ右手に持つ黒太刀でアザゼルの頬を裂く。

「えっ?」

「……うるせえって言ってんだよ!」

 白太刀で凍ったデスサイズの刃を砕き、手首を返して白太刀を下から切り上げ、すぐに右手に持つ黒太刀を薙ぎ払う。

――速く! もっと……もっと速くっ!

「うあああああああああああああああああーっ!!」

 俺の心の怒りに反応し黒太刀の刀身に業焔、白太刀の刀身には絶対零度の冷気が纏い太刀を振るうたびに冷気と焔の軌道が残る。

 歯を噛み締めアザゼルはデスサイズを振るい反撃に応じるも一太刀も触れることもなく全身に傷を浴びていく。

「な、なんなんだよーこのガキはーっ!」

 回避ことのできない太刀裁きに翻弄されるアザゼルは刃の砕けたデスサイズで幾度に襲い来る斬撃を受け流そうとするもデスサイズの柄は傷だらけで使い物にはならなくなっていた。

「くそっ! この武器はもう使えん! ……これだけはあまり使いたくなかったが……武具召喚! 魔導書“大罪を背負った箱庭の(クリム・リーブル・ワンダーランド)”」

 デスサイズを俺目掛け投げつけ一瞬だけ太刀筋が変わった隙にアザゼルは俺から距離を取り右手に召喚した亜空間から分厚いハードカバーの本を取り出しページを開き。

「鋳薔薇の枷鎖(ローズ・ウィップ)

 1距離を取り宙に停滞しているアザゼルを追う俺の周りに突如紅色の魔法陣が四つ出現しアザゼルの喉元に太刀の剣先が届く距離まで詰めた途端、複数の鋳薔薇が魔法陣から生え四肢の自由を奪い魔法陣出現地まで引く。

「な! こ、こんなものすぐに引きちぎって―……!」

 両腕に力を込めて鋳薔薇を引きちぎろうとするも、手首に絡まる鋳薔薇の棘が食い込み激痛を与えてくる。

「いやー残念だったね~神夜君。あと少しで俺の喉を切ることができたのにね。それにしても君の力はホントにすごいね。正直驚いたよ。でも……」

 ズンッ! と鋳薔薇によって自由が奪われていることをいいことに、アザゼルは俺の鳩尾を魔力で硬化させた左手で殴ってきた。

「かはっ! き、貴様……」

「おー怖い怖い。そう睨まないでくれよ神夜君。このまま十分経って人が朽ち果てる瞬間を見ようじゃないか」

「ふざ、けるなー!」

 白太刀を逆手に持ちかえ鋳薔薇に白太刀の刀身を当て斬ろうとするも刃は通らず鋳薔薇の棘がますます手首に食い込み痛みが増していくだけだった。

「無駄だよ。その鋳薔薇は鉄を細胞内に含んでいるんだ。ちょっとやそっとの斬撃じゃ切れないよ」

「だったら燃やすのはどうだ……。火炎魔法“焔舞”」

 白太刀を持ったまま鋳薔薇の根元、魔法陣に左人差し指を向け摂氏何千度もある振らめく業炎をぶつけ表面に引火させる。しかし、業炎は表面焦がしただけで焼切ることはできなかった。……これもダメなのか……。

「だからいっただろ! 無駄だって! さて、あの子が死ぬまであと五分を切った」

 刻々と迫る死の宣告……。次第に焦りが募っていき冷静さを失っていく。

 このまま五分切ってバッド・エンドを迎えるか? 答えは否だ! 太刀で斬れない? 炎でも焼切ることは不可能? 知ったことかよ。俺は絶対に白星さんを助ける! そう彼女に約束したんだからな。

いいだろうアザゼル。腕の一本や二本くれてやるよっ!

「右腕、魔力硬化ッ!」

 右腕を硬化させ少しでも棘が食い込むのを抑え、歯を食いしばり右腕を前へと引く。

「やれやれ無駄なあがきを。何度も言うがその鋳薔薇を引きちぎるのは不可の―……」

 ブチッ……ブチッ……と右腕の自由を奪っていた鋳薔薇が一本、また一本と引きちぎれていく。

「バ、バカな!? 鉄を含んだ鋳薔薇だぞ! それを腕一本で引きちぎろうだなんて!」

「うおおおおおーっ!」

 最後のひと踏ん張りで右腕を縛っていた鋳薔薇は引きちぎれ光の結晶とかして消える。

 右に自由が戻り手に持つ黒太刀の刀身に業炎を灯し左の鋳薔薇を自慢の太刀裁きで斬り落とし、同様に両足の鋳薔薇をも太刀斬る。

「そ、そんな―……“鋳薔薇の枷鎖(ローズ・ウィップ)”を断ち切るなんて……」

「なあアザゼルさんよー」

「ひっ!」

 自慢の魔法を破った俺の力に恐怖したアザゼルは裏声をあげ一歩、また一歩と後退していく。

「もう時間がないんだ。とっとと決めさせてもらうぞ!」

「つ、付け上がるなよーガキが―!」

 恐怖に心を飲まれまいとアザゼルは声を本から、黒剣を引き抜き無造作に切りかかってくる。

 受け流す必要がないと判断した俺は、身体を晒し黒剣の斬撃をかわし両手に持つ太刀を構えアザゼルの腹部に突き刺し左右に薙ぎ払う。

 腹部を切られたアザゼルは口から大量の血を吐き傷口を押え再度剣を振る。

「この……この俺がお前みたいな人間にー!」

 アザゼルからすれば全力の剣技の俺からすれば素人同然の動きに等しく黒太刀を傾けすべてを受け流す。

 狼狽えるながら黒剣を振るアザゼルは左手にも持つ本から魔法陣を召喚し衝撃波を放ち一時的な間合いをつくろうとする。しかし、俺は衝撃波に屈することなくアザゼルとの間合いを保ち、黒太刀を振りかざしてアザゼルの右腕を斬り落とす。

「あ――っ! 腕がっ! 俺の腕が―っ!」

 腕を切り落とされたことに悲鳴を上げるアザゼル。本を持った左手で止血を試みるようとしたその一瞬を逃すことなく俺は正確にアザゼルの左腕を黒太刀で突く。

 休む間もないつないだことのないほどの強撃コンボに徐々に身体が悲鳴を上げてきている。

 だが、俺はそんなことお構いなしで太刀を振るった。

 例え両腕が使い物にならなくとも酸欠で倒れようとも……俺は絶対に白星さんを助け出す! 腕が動く限り俺は攻撃を止めない!!

――落ちろ! 落ちろ落ちろ落ちろ落ちろー!!

手持の武器を失い裸同然の状態になったアザゼルの腹部に突撃し黒太刀、白太刀を突き刺し地上まで押しやる。そして、二本の太刀を左右に薙ぎ払いアザゼルの全身に再び高速の乱舞を喰らわせ、落下速度に勢いをつけ右手に持つ黒太刀を大きく振りかぶり。

斬撃剣技(アタック・オン・ソードスキル)焔獄超終(ヘルフレム・オーバーエンド)”! これで終わりだ、アザゼル!」

「こ、この俺が! たかが人間風情に負けるなど――アリエナイ……」

「うぉらあああああああぁっ!」

 業炎を纏い大剣へと姿を変えた黒太刀の剣先がアザゼルの左鎖骨を捕え、俺はそのまま力強く振りかざし左鎖骨から右わき腹にかけ斜めに斬り裂き刀身に宿る業炎をアザゼルは全身に纏って祭壇に落ちた。

 そして、間もなくしてアザゼルが呼んだ屈強な堕天使が咲妃たちによって倒され、すべての戦いが幕を閉じた。

 あっけない幕切れに溜め息一つでないが、疲労困憊だ。飛んでいること自体限界に近い。だがまだ仕事を残っている……。

 俺は十字架に張り付けられた白星さんを縛っていた鎖を小太刀で断ち切り、ゆっくりと地面に引かれる彼女を抱きかかえて咲妃たちが待つ地上へと降り立った。



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