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2.5次元の狭間にて  作者: 黒覇 媄兎
第2章 白の天使と黒の天使と
12/32

第3クエスト 日常の裏に潜む闇

 翌朝。ちょうど二時間目の授業が終わりググッと午前中の折り返しを迎えた頃。

 テスト明けの次の日って綛の付いた鎖に束縛された手足を解放し背中の羽を存分に伸ばしたような気になれる。

 そんな気でいるのは俺だけではない。昨日俺同様に昨日ようやくテストを終えたユキや俊も各々に羽を伸ばしている。これでやっと普段通りの日常が送れるってわけだが、今日に限ってクラスの連中が浮ついているように見える。そして、うちのクラスの男子生徒と思われる生徒が教室の扉を勢いよくあげ。

「おい! テストの結果順位が張り出されたぞ!」

と、鳳仙学院テスト明け後の恒例イベント開催の情報を教室中に知らせて再び廊下を走り去って行った。そして、順位表を確認すべくぞくぞくと生徒が教室を飛び出していく。

 咲妃やユキ、それに白星姉妹もこのイベントはテスト明け後の第二の楽しみといってもいい。特にとおりんさんと咲妃の熾烈な首位争いは俺らの学年で白熱した勝負事として取り上げられているほどだ。さて、今回はどんな結果になったかな。

 自分の順位は興味ないが例の勝負事だけは気になり周りにつられて俺も波に乗って順位表の張られている廊下に向かった。

 早々着くなりそこはすでに人だかりができており、順位表の前だけ孤を描いた空きスペースが出来ていた。たぶん、とおりんさんと咲妃の白熱バトルがあっているのだろう。

 軽く背伸びをして天井まで届きそうな表を眺めてみると

『一位 白星とおりん 一二〇〇点 二位 八雲咲妃 一一九五点……』

 という結果が張り出されていた。

 この学校の定期テストで全十二教科満点ってどんだけ頭いいんだよ……。

 最後尾で愕然と肩を落とした俺は最前線で咲妃がどんな表情しているのかを窺うべく人だかりの隙間をぬって前に出た。

「ま、また二位だなんて。これで五戦三敗……」

「そう落胆しなくてもいいじゃない八雲さん。また次で取り返せばいいんだし」

「次で終わらせるわ……。白星とおりんっ! 次こそ絶対にあんたをトップから引きずり落としてあたしが不動の頂点(トップ)に立ってやるんだから! 覚悟しなさい!」

「ええっ。望むところよ八雲さん」

 二人の宣言を周りで訊いていたギャラリーたちの熱は大いに盛り上がりを見せここだけ気温上昇が起きたかのようにますますヒートアップしていき、熱がおさまることはなかった。たぶん、次回のテストは鳳仙学院史上歴史に残る戦いが起きるだろうと誰も思うだろう。

 それよりこの学校のテストで満点叩きだすなんてどうかしてると俺はつくづく思うぜ。もう二人とも東大でも好きなとこ行ってくれって言いたいね。

 白熱したテスト結果を見終えぞろぞろと自分たちのクラスへと戻って行き、とおりんさんは新聞部部長と思われる人からインタビューのアポをもらっていた。咲妃は咲妃で俺の存在に気づいていないのか颯爽と教室へと戻って行った。そして、もう一人。ようやく張り出されていた順位表にたどり着き自分の順位を見るなり落ち込んだ我らのクラス委員長白星ミチルが壁に手を突いて深いため息をついていた。

「うぅ―……また三位だ……。なんで八雲さんやお姉ちゃんに勝てないのかな―……」

「おーい白星さーん。そろそろチャイムなるぞー」

 と少し距離をとって白星さんに呼びかけるがまったく反応せず、ショボーンとした雰囲気の中に一人白星さんは浸っていた。

「おーい委員長ー白星委員長ー聞こえてますか―?」

「? にゃ!? い、いざひょいきゅ! ……う―……舌噛んだ……」

「だ、大丈夫か? かなりテンパっていたけどー」

「うん……大丈夫……」

 小さな口から噛んでしまった舌を覗かせた白星は涙目になりながらも答えてくれた。

「ならいんだけどそろそろチャイムなるから教室戻んないか? 白星さんが号令駆けないと授業はじまんないし」

「あ、うんそうだよね。じゃあもどろっか」

 瞳から滲み出た涙を拭いとった白星さんはいつものふんわりとした笑顔を見せ教室へと戻って行った。

 俺も戻るか。

 不意に出た大きなあくびをかもして一人のんびりと教室へと戻った。


           *


 五十路前半後半の先生方にとって一番疲れが出やすい七時間目と帰りのHRを終え本日分の学業終了を告げる放課後。

「神夜さん、早く帰りましょー」

 と瞳を輝かせたアリスが通学かばんを持ってまだ荷造りの終わってない俺をせかす。

「そう慌てんなよアリス。時間はまだたっぷりあるんだからよ」

「いえ、慌てますよ。だって廊下で咲妃さんたちが待っているんですら」

全員俺待ちってことか。あいつらいつの間に荷造り終えてやがったんだ?

「あ、神夜さん」

「ん? どうしたー荷造りならもうすこしで終わるが?」

「いえ、そうじゃなくて。今夜も咲妃さんが晩御飯ごちそうになるそうですよ」

 ガガガシャーンっ! と突然襲い掛かった立ちくらみのせいでせっかく日直がきれいに並べた机をなぎ倒してずっこけてしまった。

「えっ? えっ? い、今なんて言った?」 

「ですから―咲妃さんが今夜もうちで晩御飯食べに来るんです」

「マジかよ……食材たりっかな?」

 重たくなった頭を抱え込んで深くため息をつきながら財布の中に入っている残金で冷蔵庫の中を満たせるかどうか確認した。

「まあどうにかなるかな? 咲妃たちと合流してスーパーに行くぞ」

「は、はいっ」

 教科書が全部おさまり朝登校してきたと同じ重さを取り戻した鞄を背負いアリスと教室を出て廊下で待つ咲妃たちと合流した。のはいいが、「神夜遅いッ!」と言われながら咲妃と俊に小突かれた。思いっ切りな。少しは手加減ってものをしてもらいたいものだ。とくに咲妃は俺と同じで武道の有段者なんだからな。

 こうして咲妃たちと集まるとRPGでいうパーティ、あるいは小規模ギルドの集まりと言ってもいいかな。朝から放課後までずっとつるんでいるわけだし。教室内でもいくつかの友人関係のグループができている。もはや学校の教室はグループが集まる集合場みたいな感じかな? 

 昇降口を抜け正門を出たあたりで自転車通学の咲妃とユキ、それに俊は自転車を取りに行ったが咲妃にはここに戻ってくるよう伝えた。アリス曰く今日もうちで夕食を食べて行くって聞いているから夕食の買い出しの手伝いをしてもらいたくてな。ほかにも理由はある。一人でも多く荷物持ち要員がいると助かるからだ。それに俺も一様自転車通学の許可を持っているから自転車でここまで来れるが、あいにくアリスの自転車を買うまでは徒歩で通学すると自分で決めた。

「神夜、今から商店街に行くんでしょ?」

「あー。そこで今夜の夕食の材料を買う。昨日で冷蔵庫の中はほとんど空になったからな」

 そりゃそうだ。俺と氷空の分しか買っていなかった食材をたった一日で三人増えただけで食い尽くしたんだからな。食費に響きそうだな……。

「なあ。咲妃は何か食べたいものはあるか? 一様事前に氷空に聞いておいたが今日は中華料理がいいって言っていたが?」

「あたしは別に構わないよ。神夜の作る料理は全部おいしいし」

「そう言ってもらえるとうれしいよ咲妃。じゃあ行こうか」

「ん―…咲妃さんと神夜さんってなんか雰囲気いいですよね―…」

 じっと俺と咲妃の会話を訊いていたアリスがジ―…っと見つめていた。

「そ、そうか!? 俺からすればいつもと同じようにしか思えないし」

「そうだよー。神夜と同じでいつもと変わらないよ」

「そうには見えないんですけど―…。お二人ってお付き合いしているんですか?」

「「付き合ってないっ! ただの幼馴染なだけだっ!」」

「あーっ! 今の息ぴったりにいいましたー!」

「「だからーホントにただの幼馴染なだけだってばー!」」

「ほらっ! いつまでもこうして話している間に時間は刻々と過ぎていくんだ。ほら、行こうぜ」

話を打ち切って俺は商店街がある方に向かって走った。

「ちょっ! 神夜まってよー」

 走り出した俺に遅れをとった咲妃とアリスも走り出した。


 あれからいったい何分ぐらい経ったかなー。普段は時間なんて気にはしないが今日に限ってなぜか心底焦っているように思える。いったい何が俺をそうさせたのか? 

 早く家に帰って夕食の支度をしなくてはいけないという焦りか。

 あるいは、昨日新要素をアプデしたばかりのSOWをやりたいという気持ちから来ているのか。

 それとも別のなんなのか。

 自分でもよく解らない……。解ってしまえば人間苦労はしない。そういうものだ。

 さてはともあれ夏の夕日が差し込む中、学校から商店街のスーパーまで走ったり歩いたりを繰り返してきた。そのため体力がある俺と自転車で移動した咲妃はともかく俺と一緒に走ったアリスはさすがに体力を使い果たしたと言ってもいいぐらい息切れを起こした。

 こっから先は俺と咲妃だけで買い物するか。

 スーパー隣に設置されている日よけベンチでしばし休憩してもらった。あそこなら駐輪所からも近いからすぐに合流できる。

 アリスと一時別れた俺と咲妃は入り口付近に置かれている買い物カゴとカートを手にしてスーパーに入った。

 店内は子連れの主婦や老人夫妻で賑っており、ちらほらとだが鳳仙学院の生徒を見かねた。こういうところを同じクラスの人にだけは見られたくはないな。別に咲妃とはただの幼馴染とだけあって付き合ってはいない。でも、中学の時『十六夜と八雲って付き合ってんの?』ってただ二人で歩いていただけでカップル扱いされたことがあったけなー。それにアリスからも誤解したしな―。本当は俺ら付き合ってないのに。

 ほとほとあきれながらも手順よく夕食の材料を次々と買い物カゴに入れていく。

「ねえ神夜。ちょっといいかな?」

 かごの中に今日使う分と明日の弁当のおかずを大方選び終えた途端、咲妃が制服の袖を引っ張ってきた。

「どうした咲妃? 何か食べたいものでもあるのか」

「そうであってそうじゃないけど―…。外で待っているアリスに何か冷たいものでも買っていってあげたらどうかなーって」

「冷たいものか―……。アイスとかでいいか」

 冷凍食品コーナーにたまたまいた俺らはすぐ隣の氷菓菓子コーナーにカートを移動させ冷凍庫から駄菓子屋にも売ってあるアイスを三本選びカゴに入れてレジへと直行した。

 レジで支払いを終えた俺らはパンパンになった二つのレジ袋を持ってスーパーを出た。咲妃は店をでてすぐに駐輪所のほうに向かっていった。

 俺はというとスーパーを出る前に財布の中を確認したがもうあまり入っていない。明日からはルナ姉さんに夕食の買い物を頼もうかな?

 ジリジリと西から照りつける太陽光を遮るベンチへ行くと、ぐでぇーっと暑さでアリスは横になって伸びきっていた。

「おーい。大丈夫かアリス」

「あ、神夜さん。おかえりです……」

「休憩どころか余計に疲れてないか? ほら、アイスでも食って元気出せよ」

「アイスっ!? アイスあるんですか―! ありがとうございます―」

 おもちゃを買ってもらった子どもみたいにはしゃぐアリスにキンキンに冷えたアイスを手渡した。

「神夜~あたしにもアイス~」

「はいはい」

 タイミングよく駐輪所から咲妃が戻ってきて俺と目が合うなりすぐにアイスをねだってきた。お前もアリスといっしょでまだまだ子どもだな。

 俺も食うとするか。

 咲妃にもアイスを手渡し、夕暮れのなかのんびりと帰路をたどって家に帰った。


 家に着いても夏の太陽は健全でまだ半分も沈んでいなかった。山の方からもひぐらしの音が鳴り響き夕暮れの終焉はまだ先だって言うことを教えてくれる。

 玄関の戸を開ければリビングの方からドタドタとルナ姉さんが『みーくん、アリスちゃん、咲妃ちゃんおかえり―』っとって言ってはなんやかんやで俺に飛びついてくる。そのたびに身体は後ろに引かれ尻餅をつく。ルナ姉さんが来てから俺の生活は毎日こんな感じだ。

 レジ袋二つをルナ姉さんと咲妃に持っていってもらっている間に俺とアリスは二階の自室へと向かい自己の鞄を片付けすぐさま一階の台所に再集合して夕食作りを始めた。

 一番時間のかかるご飯はまだ洗われておらず、洗米から始めなくちゃならなかった。帰宅したとき氷空の自転車があったからご飯くらいは炊けているだろうと思ったが姉さん曰く『氷空なら部屋でお昼寝してるんじゃない?』って言っていた。

 よっぽど学校生活で疲れるようなことでもしているんだろう。

 それより、今日の料理当番は俺を含めアリスも手伝ってくれるから手際よく終ることを期待している。異世界滞在最終日に直接アリスの料理姿を見たわけではないがあのとき出てきた豪勢な料理をたった一人、それも短時間で作り上げたんだから。今回も期待して間違いないと俺は思うね。


        *


「うぅ―……今日もすっかり遅くなっちゃった―……」

 まだうっすらと太陽が顔を出しているが空はすっかり黒一色に染まった帰り道を一人で歩く白星ミチルは委員会でもらったプリントに目を通しながら帰っていた。

 プリントには二学期の学校行事の詳細がびっしり書かれており、生徒会からイベント実行委員を任せられているミチルにとって大仕事とも言っても過言ではない。そのため今日中に二学期の行事をすべて把握する必要があった。

 六割方、プリントの内容が頭に入ったところでミチルは鞄の中にプリントをしまい駆け足で家に帰ろとしたその時。電柱の街灯下で黒のパーカーでフードを深々と被った男がまるでミチルの帰りを待っていたかのように突っ立っていた。

 それに気づいたミチルはすぐに鞄からケータイを取り出し110番を押すも昨日同様に電話は届かなかった。

「今日のお勤めお疲れ様です、可愛い天使さん」

 黒パーカーの男はやたら紳士ぶった口調でミチルに話しかけて近づいてきた。

「ふざけるのも大概にしてくださいっ!!」

「別にふざけてなんかいませんよ。私はいつでも大真面目ですよ天使さん」

 ミチルの眼前に立ったその男はミチルの頬に手を這わせ頬から首筋にかけて軽く撫でてきた。

 ゾワッと全身の毛が逆立つような嫌悪感が走ったミチルはすぐに男の手を掃い数歩後ろに下がり距離をとった。

「きゅ、急に何するんですかあなたは―っ!」

「いやー失敬失敬。ついあなたがほしくて先に手の方を出してしまいました」

「わたしがほしい? それってどういうことなの!?」

「質問にお答えする気はありません。こちらも時間がありませんので。では、早急に取り掛かりましょう」

 指パッチンを合図にどこからともなく一冊の古ぼけたハードカバーの本が男の手に現れミチルの方に走ってきた。

 襲われる恐怖が心の底から込み上げてきたミチルは通学カバンを放り投げ右手にケータイを握りしめて学校の方に走った。まだこの時間帯なら運動部関係の顧問の先生がいると思い息を切らしながら懸命に走った。

「逃がしはしませんよ。おい、例の作戦に出るぞ。彼女を足止めしろ」

 耳に手を当てた男はミチルの逃げ道のどこかに潜んでいる仲間に連絡を入れ事前に立てていた作戦に出た。

 必死に発している間にミチルの目の前には鳳仙学院のシンボルともいえる時計台が見え始め『あと少しで助かる』と思った。しかし突然、視界が暗転し始め、気づけばミチルがかばんを放り投げた場所に戻ってきた。

いったい何が起きたのかミチルは状況を飲み込めずただ周りを見渡し自分を正当化することに必死になった。

 そして、もう一度学校のある方向に向かって走り出そうとしたとき、どこからかともなく数十本の槍がミチルの眼前に降り注ぎ行く手を閉ざした。

「さて、鬼ごっこはおしまいですよ天使さ――。ほう、その槍で私とやり合おうと」

「…………」

 降り注いだ槍を一本手にしたミチルは槍先を男の方に向け威嚇する。

「でも、そんな弱腰では私には勝てませんよっ! 呪縛魔法(スピル・マジック)捕縛鎖(キャプチャー・チェーン)』」

男が魔法詠唱を終えた途端、ミチルの周りに六本もの綛の付いた鎖が現れ両手足、そして首元に二本絡みつき身動き一つ取れなくなった。

「んんぅ……く、苦しいょ―……助けて……お姉ちゃん……」

「本当はこんなことしたくはないのですが已む終えません。では、しばしこの中に入っててもらいますね」

 不気味な笑みを浮かべた男は両ページ黒く染まったページを開いたまま苦しがるミチルの眼前に立ったその時。ミチルの右手に握られていたケータイに一本の着信が入った。表示画面には『お姉ちゃん』と表示されていた。

「おやおや。あなたのことを心配なさっているの電話ですね。でも、助けに来ることはないので苦しむあなたの声を聞かせてあげましょう」

 男は勝手にケータイの受信ボタンを押し、とおりんとミチルが通話できるようにした。

 ケータイからは帰りの遅いミチルを心配する声が周りに聞こえミチルはそれに答えようと声を発するが首に絡みつく鎖のせいで声を発することができなかった。

苦しむミチルを見た男の表情は歓喜に酔いしれた表情しすぐさま魔法詠唱を口遊み、本に己の魔力を注ぎ込む。魔力を注ぎ込まれた本の黒いページに魔法陣が組み込まれミチルの足元に本に組み込まれた陣が転写し互いに共鳴し始めた。

「それではまた逢いましょう可愛い天使さん」

「やっ! やだ行きたくないっ!! 助けて、お姉ちゃ――!!」

 苦し紛れに叫んだミチルの断末魔があたりに響くが、共鳴し合い強い光を放つ魔法陣はミチルの身体をパズルのピースのように細かく分解し数秒も立たないうちに本の中に閉じ込めた。地面にはミチルがさっきまで握りしめていたケータイが落ちており話し手を失ってなおとおりんはミチルの安否を電話の向こう側で確認していた。

 男は手元から本を消し地面に転がったケータイを踏み壊した。

「これであとは儀式の日までまつだけ。いよいよ我々が天界に―…クックック……ハーハハハハーっ!」

 日も沈みすっかり暗くなった道の真ん中で喜びに身を任せ高笑いする男の声が周りに響き遠くまでこだまする。そして、男は背から黒ずんだ翼を広げ天高く舞い上がり姿を消し地面には重力に引かれて黒い羽が数枚落ちた。


        *


「さて、夕食の支度終了っと。アリス―二階で寝てる氷空起こしてきてくれー」

「はーいっ」

 アリスの手伝いもあって無事に五人前もの夕食作りはすぐに終わりリビングからは香ばしい匂いが鼻腔を通って空腹感を刺激し始める。

 どれから手を出そうか―……。これもいい、あれもいい。

 自分で作っておきながら食卓に並ぶ料理すべてがレストランで出てくる料理並においしそうに見えてくる。

 そして、寝ぼけまなこを擦りながら一階に下りてきた氷空と呼びに行ってくれたアリスが揃いようやく食にありつけようとしていた時。

ヴヴヴ―……ヴヴヴー……、とサイドテーブルに置いていた俺のケータイが振動し始めた。すぐさまケータイを取りに一端席を離れ着信日表記をみた。表記にはメールではなく電話。それも白星さんの姉のとおりんさんからだった。俺はケータイを手に取り通話ボタンを押し彼女の連絡に出た。

「はいもしもし十六夜ですけど」

『……もしもし、十六夜くん? ごめんね、こんな時間に……』

「い、いえ、大丈夫ですけどー……なにかあったんですか?」

 いつも元気ハツラツで凛としているとおりんさんとは思えないほど声はかすれ落ち込んでいるように思えた。

『うん……。あのね……』

 電話越しからとおりんさんが涙声ながら何があったのか俺に話してくれるというがあまりにも事が大きいのがなかなか話を切りだせずにいた。

「ごめんね十六夜くん……電話越しじゃ、うまく言えそうにないからうちに来てくれる?」

「え、あ、はい、わかりました。ではまたあとで」

 ピッ、と着信を切りケータイを制服の胸ポケットにしまって玄関に向かおうとしたとき。

「あれ? 神夜ーご飯食べないの―?」

 夕食に一切手を付けてない俺に気付いた咲妃がご飯茶碗片手に問いかけてきた。

「うんまあね。ちょっと俺出かけてくる」 

リビングで夕食を堪能している女子四人一言断りを入れ俺はすぐに家を出た。

 外はすっかり暗く、街灯が少ないこの町では星と月光の輝きが街灯の代わりを成してくれる。俺は自転車をとばし白星さん宅を目指した。

 妙な胸騒ぎがする……。たぶん、これからとおりんさんが話すことに関係していることだと俺は思う。

 自転車をとばし五分も経たないうちに白星さん宅に到着した。俺は道路の邪魔にならないところに自転車を止めすぐにインターフォンを鳴らすと同時に玄関の扉が開き制服姿でとおりんさんが出迎えてくれたが、明るく元気な表情は無く瞳は潤み溢れんばかりの涙がたまっていた。

「ごめん、十六夜くんと――八雲さんにアリスさんも来てくれて……」

「アリスと咲妃が? いや、でもあいつらは今頃俺んちで飯食って――っているし」

 疑問に思いながらも後ろを振り向くと呼吸の乱れた咲妃とアリスが門前でへばっていた。

「なーんか怪しいと思ってつけてきたらビンゴだったわねー…」

「お、お前らいつの間に……」

「神夜が―出かけた後すぐにアリスと一緒に後を追ったのよ。そしたら神夜が突然委員長の家の前に自転車停めるから―」

「くそ……迂闊だった。てなわけでとおりんさん、咲妃たちにも話を聞かせてもいいか?」

「うん、構わないよ。とりあいずあがって」

 とおりんさんに招かれた俺たちは白星宅にあがった。家の中は夏の夜と同じで物音ひとつ無く静かだった。

「ソファにでも座ってて。何か冷たい飲み物持ってくるから」

 リビングまで誘導された俺たちはソファ腰かけキッチンで飲み物を注いでいるとおりんさんの訪れを待った。

「今日はありがとね十六夜君に八雲さん、アリスさん」

「は、はい。あのそういえば妹さんはー?」

「あたしも思った。いつもならあんたの側にいるのに」

 不思議にもとおりんさんの側に白星さんの姿はなかった。完全下校時刻はとっくにすぎているから家にいてもおかしくはない。白星さんの性格からして寄り道して帰ってくることはまずないから部屋にでも籠っているのか?

「……ミチルは……まだ帰ってきてない……。それでね一時間ほど前に電話したら『助けてお姉ちゃんっ!!』ってミチルが叫んだのが聴こえて……私、心配で……」

 ポロポロと、とおりんさんの瞳から大粒の涙が零れ落ちてきた。

「お、落ちついてください、とおりんさんっ!」

「落ち着いてなんかいられないよー! だって……たった一人の妹がいなくなったんだよっ! 私、もう気でも狂いそうだよーっ!」

 下級生、同級生に優しく凛とした態度が俺の中で印象づいているとおりんさんがここまで淫らに乱れたのを初めて見た。

 家中がシンっと静まり返り場の空気が重く感じた。そんな中で

「あの、神夜さん。ちょっとお話が―」

 と制服の袖を隣に座っていたアリスが引っ張ってきた。

「どうしたアリスこんな時に」

「はい。さっきまで気づかなかったのですがこの町のどこかに次元断層の気配を感じました。それを探せばミチルさんがいるかと」

「その断層は俺達の目に見えるのか?」

「たぶん、見えるかと……」

「なら決まりだな。あのとおりんさん、今から俺たち妹さんを探しに行ってきます。探せば何かしらの手掛かりは見つかるかもしれませんし」

「その根拠はどこから来るの?」

「勘……ってやつですよ」

「十六夜くんらしいね……。うん、わかったじゃあ十六夜くんに任せようかな」

 気を乱していたとおりんさんは再び落ち着きを取り戻し俺にこの件を託した。託された以上なんとしても白星さんを必ず見つけなくちゃな。

 その後、俺たちは白星さん宅を出て門近くに停めていた自転車を回収した。

 ひとまず、町中を探すとしても人手が足りない。ので俺は白星さん宅を出る前にユキと俊に大まかな内容を話して増援に来てもらうよう連絡した。

「ったくまた大変なことになったなー神夜」

 とユキよりも早く俊が先に来てくれた。俺の予想だとお前ら二人同時に来ると思っていたけどな。

「早かったなー俊。助かるよ」

「まあな。それよりユキはまだ来てないのか?」

「ユキならもう来てるわよほら」

 と咲妃が指差す方に俺らと同じ制服姿のユキが来ていた。気配というものをまったく感じなかった。

「神夜、探すなら早くしよ」

「あ、あーそうだな」

 俺はケータイのGPS機能を展開して町全体を三分割して白星さんを探すことにした。咲妃とユキは商店街の方。俊にはちょっと遠いが駅前の方を探すように伝え。残った俺とアリスは学校周辺とこのあたり近辺を探すことにして一時間後学校前に集合として俺たちは解散した。

 

『次元断層の亀裂』

 それは咲妃や氷空、そのほかSOWプレーヤーたちをSOWの世界に引きずりこんだときに開いた空間の裂け目でその先にはアリスがいた世界に通じている。

そしてその亀裂は今ギルド『聖王十字軍』から派遣されたエージェントたちによって閉じられているとアリスから訊いている。

 それにアリスはさっきこの町で次元断層の気配を感知したと言った。もしそれと白星さんのことが関係するとなれば……。

「あっ! 神夜さん、ちょっと止まってくださいっ!」

 と後ろに乗っていたアリスが叫んだ。

 自転車を止めた場所。そこは周りには田畑と数軒の一軒家しかなく道の先には街灯が一本建っているだけの田舎道だった。そして、街灯のちょっと先に鳳仙学院のかばんと誰かのケータイが転がっていた。

 俺はケータイの方を操作して持ち主を確認しようとするも液晶画面はヒビが入っており電源すら入らなかった。仕方なくカバンの方で持ち主の明記を確認すると『白星ミチル』と書かれていた。

 一様ケータイのライトを起動させてあたりを見渡したが白星さんの姿はなかった。

「あの神夜さん、今気づいたんですけど道の至る所に黒い羽が数枚堕ちいてるのですが、ここってそんなにカラスが多いのですか?」

「いや、そんなに多くないよ。それにこれカラスにしてちょっと大きすぎないか?」

 道に落ちている黒い羽を一枚拾い上げた。確かにこれは町中にいるカラスの羽よりも大きい。それにカラスの羽の芯は白いがこれは黒だ。だとするとこれはカラスとは別の何かの羽となるな。

 いや、まて。この羽俺は一度どこかで見たことがあるぞ……。

 ――雛乃公園……。そうだ。確かに俺はあの日アリスと公園で話を終えてて街灯の下で翼の生えた人をみて羽が地面に落ちていくのを見たんだった。でも見間違いってことも―…。

「神夜さん?」

「アリス、今から雛乃公園にいくぞ。ちょっと確かめたいことができた」

「えっ? あ、はい」

 白星さんのカバンと壊れたケータイを自転車のかごの中に入れアリスが後ろに乗ったのを確認し進行方向を雛乃公園に向け出発した。


 自転車をとばすこと約三分ちょっと。雛乃公園に着いた俺は自転車を停め、あの日翼の生えた人間を見た街灯の方に走った。

「――あった、あったぞ。さっき見た羽と同じものがここにも落ちていた」

「神夜さんその羽ってもしかして」

「あーカバンを見つけたところに落ちていたものと同じもの。とりあいずそろそろ咲妃たちと学校前に集合しよう」

 咲妃たちに学校に集合するようメールで連絡を入れた後、二枚の羽を手にして学校の方に向かった。

 学校前に一番乗りしてしばらく待っていると咲妃たちが揃いもそろって門前に集合した。

 咲妃とユキは商店街に着いてからは別々に行動して白星さんを探したらしいが見つからず。俊は俊で駅周辺を隈なく探して駅員さんやたまたま駅前の本屋にいた他クラスの委員長さんに白星さんの事を尋ねたら少なくとも委員会終了後まではいたらしくそれ以降は知らないと言われたとのこと。

 俺は俺で白星さんのカバンとケータイを道中で見つけたこと。例の黒い羽をカバン近くと雛乃公園に落ちていたことを報告したら

「えっ!? 神夜も見つけたの!?」

 と咲妃に続き俊にユキも俺が見つけた黒い羽を手に持っていた。

 正直驚いた。この羽が町の至る所で見つかるなんてな。それより次元断層の亀裂の方が見つからない。アリスは『たぶん、目に見えるはず』といってはいたが一向に見つかる気配すらしない。

「なあアリス。あれから次元断層の気配は感知できているのか?」

「はい。できてはいるのですが……。あのミチルさんのカバンを見つけた場所がここからもっと反応が近くて探したのですが見つからなくて……」

「探しても見つからないって……どういうことだよアリス」

「で、ですからその……感知した場所が高度三千メートルの地点にあったんです」

 空の上か……。ならいくら探しても見つからないわけだ。でも、これで謎が解けた気がする。次元断層の亀裂とこの黒い羽。間違いなくSOWからきた住人だ。

「神夜どうかしたの?」

「いや、なんでもないよ咲妃。とりあいず、今日はもう夜も遅くなってきたし解散するか。俺は帰りに白星さんのところによって来るよ」

 俊たちとの別れ際に俺は俊とユキだけにあるメールを送った。内容はこうだ。


『解散した後俺んちに集合。その後咲妃がカバンを取りに行っている間にSOWの世界に行くぞ。詳細は後程伝える』


 アリスがいたSOWの世界。そこは以前俺と俊、ユキの三人だけが行ったことがある異世界。もちろん、咲妃にはこのことは内緒にしなくてはならない。もし万が一ばれてしまったらなんていえばいいのやら……。

 道中、俺たちは白星さん宅によってとおりんさんに白星さんのカバンとケータイを手渡した。

「ありがとう十六夜くん、八雲さん。それにアリスさん」

といってとおりんさんはやさしく微笑んでお礼を言って扉を閉めた。そして帰り際、扉の向こう側からとおりんさんが泣いている声が聴こえてきた。

 一刻も早くこの事件を解決しなきゃな。

 決意を固めた俺は後ろに乗るアリスを振り落してしまうのではないかというくらい家まで自転車をとばして帰宅した。

 家に帰宅し咲妃と俺の自転車を庭の方に停めるなり咲妃はそそくさと家の中に入って行った。その隙に俺はアリスになるべく人目につかない場所に開門(ゲート)を書くよう指示し俺は俊たちの訪れを待った。

「神夜さん、開門(ゲート)の魔法陣書き終わりましたっ!」

「判った。アリスはいつでも開けるようそこで待機してて。俺は俊たちが来てるかちょっと見て――お、来た来た」

 月光で照らされる夜道の向こうから二つのライトが俺の家の方に向かって走ってきた。

「わりー遅くなった」

「あーそれより急げっ! 咲妃が来る。アリス開門(ゲート)展開よろしく」

「了解しましたっ!」

 壁に描いた魔法陣に手をついたアリスはブツブツと耳でもかすかに聞き取れる程度の音量で魔法詠唱を始め体内に秘める魔力を陣へと注いでいく。そして、アリスの魔法詠唱が終わると同時に陣は輝きだし異世界SOWとこの世界を結ぶホワイトホールを展開させる。

「じゃあ行こうか」

 全員の決意が固まったところで俺たち四人はホールに足を運び入れ再び訪れることになった異世界に歩みを進めた。


 そのころ咲妃は、リビングで神夜達の帰りを待っていた氷空とルナにお礼を言っていた。

「今日も夕ご飯ごちそう様でした」

「うん。また一緒に夕ご飯食べましょうね咲妃さん。あ、だからと言ってお姉ちゃんはみーくんとの交際は認めないからねっ!」

「べ、別にあたし、か、神夜と交際なんか―……してませんからっ! それではっ!」

 氷空とルナに一礼した咲妃は勢いよく玄関の戸を閉め熱で赤面してしまった顔を元に戻そうと深呼吸する。

「……落ち着かない……なんで急にこんなってなんなの、あの光は? 蛍光色での落書きかな?」

 咲妃は自転車の籠にカバンを入れてからあることに気付いた。それはアリスが咲妃には絶対にバレないと思って壁に描いた魔法陣。それも開門(ゲート)が展開したままの状態で咲妃に見つかってしまった。

 不思議に思った咲妃は展開した魔法陣をマジマジと見つめた後、指で触れようとした途端、開門(ゲート)によって徐々に身体が吸い込まれ始めた。

「えっ!? ちょっ、ちょっと待ってぇぇぇぇぇぇ――!!」

 開門(ゲート)に吸い込まれるものかと必死に踏み止まる咲妃の努力は虚しく、開門(ゲート)は咲妃の叫びもろとも吸い込み静かにその門は閉じた。



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