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2.5次元の狭間にて  作者: 黒覇 媄兎
第2章 白の天使と黒の天使と
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第2クエスト 異世界からの刺客

「よしっ。テストし終了ー。答案用紙を各自持ってこい。すぐに採点するから」

 答案用紙を受け取った試験監督の先生はすぐに配点の書かれた回答集を見ながら俺たちの答案用紙にマルバツを素早くつけていく。

 その間に俺たちは四日間に及ぶテストをわずか二日でまとめ終え足に科せられた足枷の呪縛が解かれ晴れて自由を手にしたかのようにぐぅっと背伸びして羽を伸ばした。

「あー…やっと終わった―」

「確かに。さすがに二日でまとめてやると頭いて―…」

 俺と俊はぐでーと机の上に寝転びショート寸前の頭を休める。そんな中でユキだけは背伸びをしてからそわそわしていた。採点結果が楽しみでしょうがないんだろう。なんせユキも咲妃と白星姉妹に続いて成績は常に上位だからな。

「ねー。二人は今回のテストどうだった?」

「俺はまあまあかなー。俊はどうよ?」

「まったく手が出せなかった……。そういうユキはどうなんだよ」

「わ、私は―…神夜と同じでまあまあかな―…」

 一瞬、チラッ、と俺の方に視線を向けたユキの頬が少し紅くなった。

「よし、採点終わったぞー。ほんじゃ全教科まとめて返すから合計点は各自で出せよー」計十二枚にも及ぶ答案用紙を出席番号順に手渡してきた。テスト解放のテンションは五分も経たないうちに崩壊し俺の心は結果が呼ぶ絶望感に染まった。

「すでに集計はとっているから解散していいぞー。もし採点ミスがあれば今日中に持ってこい。んじゃあかいさーん」

 根付いた腰を持ち上げてすたこらと監督の先生は教室から出ていき廊下からは階段を下りる音が聞こえてきた。

「なーお前ら。結果どうだった―?」

「そういうのって自分からいわねーか俊? まあいいけど。俺は理系科目だけが全部九割前後。それ以外は四十から五十点代と言っておくよ」

「私は理系科目と国語と英語は満点。あとは全部九十点後半」

「お前らどんだけ頭いいんだよ。とても一夜漬けとは思えん点数なんだけど」

「そういう俊はどうだったの? 早く言って」

「お、俺は―…秘密―…だ」

「あ、俊が逃げた」

「一人だけ逃げるなんてずりーぞー俊。さあ早くいえよー俺とユキは言ったんだからよー」

「か、神夜……顔、怖えーよ。てか、絶対怒ってるよなー!?」

「なにを言っている。俺は怒ってないぞ~」

 自分の答案用紙を机に置き、営業スマイルでゆっくり俊に近づいた。一歩、また一歩踏みよるたびに俊は顔を引きつり後退りする。て、ちょっと待て。俺の笑顔そんなに怖いのか!? 俺はいつもの喜の感情を出しているつもりなんだけど。俊には俺が怒っているかのように見えるらしい。

「俊、スキありー」

 ユキが目を光らせ忍者のごとく俊の手からまとまった答案用紙を奪い取りじっくりと用紙の点数を眺めていく。

「でかしたユキ。俺にも拝見させろよー」

 俊から目的物がユキへと変わった今、俺は軌道を変えユキの後ろから俊の答案用紙を除きにいった。

「か、神夜―…近いよー…。息かかってくすぐったい……」

「ん? なんか言ったかユキ?」

「な、なんでもないよっ! う―…神夜が近すぎて直視できないよ―…」

「そうのか? まあいいとりあいず今は俊の点数だ」

 ユキが俊の用紙をめくるペースに合わせて俺は解答欄と点数に目をやり俊が自分から口を裂いてもいえない点数の合計を暗算した。一枚めくるたびに驚愕の点数が出てくるはでユキと俺は驚きの表情を隠せない。まさかここまで俊がバカだったと―…。よく進級―…いや、二学年のトップクラスに来れたな。

「俊ありがとう。答案、じっくり見させてもらったよ」

「お―…」

 あ、こいつふて腐れやがった。自業自得なのによ。お前が素直に言っていればユキに取られることはなかったはずだ。まあいい。これで鬱々な気分とは本当におさらばだ。

「そろそろ帰ろうぜ。たぶん、咲妃たちが昇降口で待っているの前にお前ら。今週の日曜日暇か?」

「暇だけど?」

「俊と同じ」

「ならよし。今週の日曜咲妃主催でアリスの歓迎パーティすることになったんだよ。来るだろ?」

「もちろんいくぜー。けどよ、どうしてそんな大事なこと早く言わなかったんだよ?」

「いやー月曜日に言おうとしたんだけど俺らだけテストだったからさー浮ついた気分じゃ勉強に支障が出るかと思ってよ」

「なるほどな。了解。で日曜の何時からはじめるんだ?」

「そこは未定。たぶん咲妃が教えてくれるだろうよ」

 昨日の会話からしても咲妃は結構日だけ決めていても始める時間帯についてはまだ考え中って言ってたっけな? 主催者としてやる気あるなー俺も料理番として頑張らなきゃな。

 今日分のテスト範囲確認のため教科書しか入っていない鞄の中に答案用紙を入れて俺たちは教室から退出したぶん咲妃とアリスがいるであろう昇降口を目指して階段を駆け下りた。


      *


「神夜たち遅いわね―…。こっちはHRが終わって三十分近く待っているのにー」

 昇降口で神夜達を待つ咲妃は腕時計を眺めながらふてぶてしくつぶやいた。

「まだテスト中ってこともありますよ咲妃さん」

 咲妃の隣にいたアリスが咲妃の機嫌をなだめた。

「それもあり得るかもしれないわね。じゃあ先に帰っちゃいましょうか」

「はいっ」

 アリスの案をあっさり受け入れた咲妃はアリスと一緒に正門を出て夕暮れ時の淡い緋色に染まった空の下下校した。

 アリスが転校してきて早二日目。神夜達とは違ってアリスにとって咲妃は面識のない存在であり、咲妃もまたアリスと同じ境遇に立っている。いっしょに帰るのはいいが二人とも口を紡いだまま通学路を歩むばかりだ。アリスはアリスで「何か話題をふらないとー」とチラッチラッと咲妃の方を見るばかりで咲妃に視線を気づかれるとサッと視線をそらすばかりだった。

「やっぱり神夜たちがいないと賑やかじゃないね―…」

「そ、そうですねー今日は一段と静かですねー」

「「……………」」

 咲妃がようやく話題を振りアリスがそれに答えるが再び長い沈黙が訪れる。

「もしかしてアリス緊張してる?」

「い、いえ別に緊張なんてー!」

「まだ出会って日も浅いし緊張するのは普通よねー。あたしも実は緊張してるし―」

「そうなんですか? わたしはそう見えませんが―…」

「ホント―よ。あ、信じてないなーコノヤロ~」

 アリスの軟らかいほっぺをフニフニと咲妃は上下左右に引っ張ったり縮めたりしていじりつくす。

「ひ、ひゃめてくりゃさぁ―いっ!」

「アリスが信じるまでやめないよー。だって反応がかわいいんだもーんっ」

 頬を紅めつぶらな瞳を涙で潤せながらアリスは必死に訴えかけるも咲妃は聞く耳を持たずアリスのほっぺをいじるのをやめなかった。

「し、しんりまふからにゃめてくりゃさぁーいっ!」

「ほれほれーちゃんとした日本語で言わなきゃ分かんないよ~」

『八雲さん、アリスさんが困ってるわよ。もうその辺にしといてあげたら?』

 突然、咲妃の後ろから凛とした声が聴こえた。

「はいはい。分かりましたよ、白星とおりんさんっ」

 アリスのほっぺから手を離した咲妃はひらひらと手首をふらつかせながら声をかけたとおりんの方を向いた。ようやく痛みから脱したアリスは赤くなった頬を両手で痛みが引くまで撫でた。

「あぅ―…いたかったれふー…」

「まったく転入生をいじめちゃダメでしょー。いくら十六夜くんのご親戚の方だとしてもー。よしよし、もう大丈夫だからね~」

 頬をおさえているアリスの頭をとおりんはやさしく撫でて慰める。

「べ、別にいじめてなんかいないんだから! てか、あなた今日一人なのね。いつもいっしょにいる委員長さんは?」

「ミチルはまだ委員会中よ。なんでも夏休み明けの文化祭やスポーツフェスの企画などで忙しいって言ってたわ」

「へー…。委員長も大変ねー。で待ってあげないの?」

「ミチルが『先に帰ってていいよ。委員会今日はたぶん遅くなるから』って言ったからー。それに帰って夕食も作らなきゃいけないし」

「あ。そうだったわね。あんたのトコも……」

 似た境遇が近くにいる咲妃はすぐに察してこれ以上は何も言わなかった。

「もうそんな顔しないで八雲さん。これはこれで意外と苦じゃないのよ。じゃあまたあしたね」と咲妃たちに言い残してとおりんは早歩きで帰って行った。

「あの―…咲妃さん」

「うん? どうかしたのアリス?」

「い、いえ。なんでもないです。さて、わたしたちも早く帰りましょう。日が暮れちゃいますよー」

「そんなに急がなくても夏の日照時間は長いんだから」

 駆けだしたアリスに遅れをとった咲妃も駆け出した。


      *


「あれ? いない。おーい神夜―咲妃たち先に帰ったみたいだぞー」

「だろうな下駄箱にも外靴がないからな。さすがに一時間も待ってはくれねーか」

 咲妃の下駄箱の扉を閉じた俺は自分の靴を履いて出口で待つ俊たちと並んで正門をでた。「あれ? 神夜、今日も歩き?」

「あー。アリスの自転車を買うまではしばらくな」

「そーかーいやーすまないなー神夜ー俺たちだけ自転車でよー」

 さっきの仕返しなのか、俊は憎まれ口をたたきだした。このアホ面に鉄拳制裁を下したいが俺も人間だ。人間、我慢してしまえばどんな言葉で言われようと編然としていられるものだ。

「そうかい。ほんじゃ俺はのんびり帰るよ。じゃあまた明日学校でな」

「おう。じゃあな神夜ー」

「うん。またね神夜」

 シャ――っ、と二台の自転車が車道を颯爽と駆け走っていきあっという間に俊とユキの姿は見えなくなった。

ひさびさにソロでの帰宅だなー。いつもなら俊たちと自転車を並べてバカやって帰っているのによー。あの日常に戻るためにも早くアリスの自転車と許可書をでっちあげなきゃな。

 山の方から聞こえてくるひぐらしの音色をスマホに入れている音楽の代わりに聞きながら俺はのんびり帰路を辿って家に帰った。


「ただいまー。あー今日も疲れた―…」

 家に帰りつくと見慣れた玄関に小さな靴が二つ。たぶんアリスと氷空が帰っているんだろう。とその一回り大きいのは俺ではないな。氷空の友達でも来ているのか?

 疑問に思いながらも平然として自室へと続く階段を上がった。部屋に入るなり汗を吸った制服を脱ぎ捨て乾いた白のTシャツと黒の短パンに着替えた。

 夕食の方はルナ姉さんがたぶん、作っているであろうと仮定してあえてエプロンをもっていかず脱いだ制服を片手にして一階の洗濯機に投げ入れリビングに向かった。

「ただいまー。ルナ姉さん、夕食出来て―…」

「あ、神夜おかえりー。テストどうだった?」とリビングの死角から返事が返ってきたが

返したのはルナ姉さんではなかった。

もし姉さんだったらやってることそっちのけで俺に抱き着いてくるからな。それにアリスだった必ずさん付け。氷空は『お兄ちゃん』って言ってくるからな。じゃあいったい誰の声だ。

 不思議に思いながら俺はリビングの死角を覗き込むとそこには咲妃が氷空たちと談笑しながらくつろいでいた。

「な、なななななんでお前がここに!?」

「何よ。あたしがいちゃ悪いの!?」

「い、いや別に悪くはないけど。てか、話し戻すがなんでいるんだよ?」

「あっ。わたしが咲妃さんをお招きしました。なんでも今日は家には誰もいないそうなので」

「そういうことだから夕食ごちそうになるわねー」

 アリスが呼んだんじゃ今更咲妃を追い返すわけにはいかんな。二人の友情をはぐくむ、いいきっかけになるかもしれないし。それより、夕食はできているのか? 

「なぁ、アリス。キッチンに誰か立っているのか?」

「いえ、誰も立ってませんよ。氷空さんは帰宅と同時に自室でお昼寝中かと思います。ルナさんもルナさんで部屋に籠って何かしてますし」

「ありがとう、アリス。じゃあ急いで五人前作るなっ!」

 アリスから情報をいただいた俺は急いで部屋に戻り片手にエプロンを握って再びリビングに戻りキッチンに駆け込んだ。

 あーもうなんでルナ姉さん夕食の下準備してくれてないのさ。いくら就活生とはいえ、この仕打ちはねえだろ。

 愚痴をこぼしながらも夕食の献立メニューを即興で頭の中で組み使うものを冷蔵庫から出しては包丁でさばき、白のトレーの中に入れ余ったモノは冷蔵庫に戻す、ひたすら同じ動作を繰り返す。

 終わりが見えない夕食準備。四人前は昨日の夕食作りで経験積みだが五人前は未だ経験したことがない。くそ、これホントに終わるのか―?

「ねえ、神夜ー」

「どうしたー咲妃? 手伝ってくれるのか?」

「手伝いはしないけど。神夜んちってホットプレートある?」

「そりゃーあるに決まってるだろ」

「じゃあ今日鉄板焼きにすればいいんじゃない?」

 ん? 咲妃は今なんて言った? 野菜を切る手を止め咲妃の方を向いてさっき言ってもらったことをもう一度言ってもらった。

「だから今日の夕食は鉄板焼きにすればいいのよ。人数も多いし。そのほうが時間を無駄にしなくていいじゃない」

「うむ―…それもそうだな。じゃあ鉄板焼きにすっか。咲妃、リビングのサイドテーブルの引き出しからテーブルクロスだして」

「うん、わかった」

 コクリと頷いて咲妃はリビングの方に戻って行き言われた場所からクロスを取り出しアリスと協力してテーブル上に引く。俺は俺で棚の下の隙間に閉まっていた丸いホットプレートを取り出しホコリをかぶっているであろう鉄板を軽く水洗いして咲妃たちが引いてくれたクロスの真ん中に鎮座させた。

 あとは汁モノ作るだけだな。ご飯もあと少しで炊き上がるし。その間に氷空とルナ姉さんをここに呼ぶか。

 確か、籠の中にワカメスープの素がまだ残っていたっけな。これをお湯で溶けば時間短縮にもなるかな。

 ただの記憶だけを頼りに棚の下に収納していたインスタント系列しか入っていない籠をあさくっていると未開封のままで見つかった。正直、いつ買っておいたのかすらままならないが消費期限はまだまだ先だった。

 とりあいず箱を開封して中からスープの素の入った銀の袋を五つ取り出しテーブルに置き夕食の準備は整った。あとは肉と野菜もろともを焼いて食うだけだな。

「さてと。氷空とルナ姉さんを呼びに行くか」

 軽く背伸びをして一階のゲストルームに入居しているルナ姉さんを呼ぼうと扉をノックしようとしたら、ガラリと扉が開き目をこすりながらルナ姉さんが出てきた。

「あ、みーくん帰ってたんだ―…おかえーあうっ!」

 ノックしかけてやり場を失った右手を手刀に変え、軽くルナ姉さんの頭に振るった。

「『おかえり』じゃないよルナ姉さん。今まで何してたのさー」

「……寝てました」

「せめて夕食のした準備だけでも済ませておいてよ―…」

 頭を押さえて大きな溜め息をついた俺はルナ姉さんをリビングに行くよういい、氷空の部屋まで向かったがこちらも自分から出てきた。

 お前らタイミング良すぎ。

「あ、お兄ちゃん。夕食出来たの?」

「あ、あ―…できてるぞ」

「はーい。じゃあすぐ行くね―…」

 大きなあくびをした氷空は寝起きでダルそうな足取りで階段を下りて行った。

 な、なんなんだ氷空もルナ姉さんも。エスパーか何かか―!? いくらなんでもタイミング良すぎだろ今のは。ほんとなんなんだろうね。

 誰に聞いているのか解らない疑問を嘆きながら俺も階段を下りてリビングに降り立った。

 リビングからはいい感じで肉が焼けていく音が響いており食欲をくすぐってくる。

「あ、やっと神夜来た。ほら、早く食べましょみんなあんた待ちだったんだから」

 菜箸を持った咲妃が俺を指差し『はよ、席につけー』とアイコンタクトしてきた。

「はいはい。本来待つべきだったのは氷空とルナ姉さんだったんだけどなー」

「別にいいでしょーお兄ちゃんっ! だってねむたかったんだし―…」

「そうだよーみーくんのイジワル~」

 俺の意味に対して氷空とルナ姉さんが頬を膨らませて反論をかましてくる。

「別に俺はいじめてなんか―…」

「はいはい、おしゃべりはここまでにして。ほら神夜、焼けたわよ」

「あ、ありがとう咲妃。じゃなくてお前は十六夜家のお袋か!」

「お袋じゃないわよっ! そんな神夜にあげたお肉はあたしが貰っちゃいまーす」

「ちょっ! そりゃねぇだろっ!」とギャーギャーといつも以上に賑やかな夕食会が始まった。ただ一人。アリスだけはこのにぎやかな夕食会を心底楽しんでいた。



 時を遡ること一時間ほど前。

「あう―…すっかり遅くなっちゃった―。お姉ちゃん、もうとっくに夕食作り終えているころかなー?」

 委員会会議を終えた十六夜たちのクラス委員長白星ミチルは、口に食パンを加えて遅刻寸前の女子生徒を思わせるような走りで正門を突破して夏の夜道を走って行った。 

 走りながらミチルの頭の中では今日の会議の議題が円周率のごとく連呼され自己複数人を脳内に集めて会議を開いた。

 そんな中、ミチルは一度足を止めた。

 いつもならもうすでに家についてもいい頃合いなのに今日に限って家どころか見ている風景すら変わってもいなかった。まるで学校の正門を出た途端、同じ道を何度も何度も通っているような感覚がしてきた。

 だんだん不安になってきたミチルはケータイの電波状況を見るもアンテナはしっかり三本立っておりGPS機能も反応し、現実ではありえない何者かが張った結界内に囚われたわけでもない。

 困り果てたミチルは悶々とした頭で考えるがその答えはすぐに見つかった。

 距離はおよそ五十メートル先の街灯の下に夏だというのに黒のパーカーのフードを深く被った人が立っていた。

『不審者!?』

 と思ったミチルは、その場から走り去ろうとするが足がすくんで動けなかった。そのことをいいことにパーカーを着た不審者者がゆっくりとミチルに歩み寄ってきた。

「やっ! こないでーっ!!」

 心底怯えたミチルは通学かばんをぎゅっと抱いて恐怖に煽られながらも大声を張り上げて叫ぶ。

「そんなに怯えなくていいですよ、可愛い可愛い天使さん」

「へ、変なこと言わないでっ! つ、通報しますよっ!」

 ケータイを片手にして手慣れた手つきで110番を押す。

「ふ、やれるものならどうぞ天使さん。どうせ無理だけで」

「後悔しても知らないんだからね……」

 やたら強くの黒パ―カーに一泡吹かせてやると意気込んだミチルはケータイを耳に当て警察に通話するも『ただいまこの電話はお使いになることができません。電波の届かないところにあるか―…』と警察の方が出たのではなくケータイの音声案内が代わりに出てミチルは焦り始めた。

「な、なんで―…なんで出ないのよ―…さっきまでアンテナは健全だったはずじゃ―…」

「だから無理だって言ってるでしょ。ちゃんと僕の言うことを訊いてくれなきゃね―」

 ついに、ミチルの目の前まで迫まってきた。ミチルは恐怖のあまり腰を抜かして地面に座り込んでしまった。

「大丈夫。心に傷を負わせるようなことはしない。今日はただ君に逢いに来ただけだから。それじゃあね、可愛い天使さん」

「逢いに……きた? それってどういうー…?」

 涙をつぶらな瞳に浮かべたミチルが問うがその不審者は断固して口を開かず答えようとしなかったが『やっと見つけた……『純粋な心の結晶(ピュア・ハート)』を持った者を』とミチルには聞こえないほど小さな声で言ってミチルの前を過ぎ去って行った。

 立ち去った瞬間、ミチルは後ろを振り向いたが黒パーカーの姿は無くその場には黒い羽が重力に引かれて数枚落ちていた。

 バクバクと脈打つ心臓を抑えるために深く息を吸って吐いた。

「こ、怖かった―…。うぅ―…このこと帰ったらお姉ちゃんに相談しよっかな……」

 ゆっくりと立ち上がったミチルは汚れてしまったスカートを軽く叩いてゆっくりと歩きだした。


       *


 にぎやかな晩餐会を終え、空白だった胃の中が満タンにみたされてアリスと氷空の二人は仲良くお昼寝中。咲妃も『今日はごちそう様神夜。それじゃあまたあしたね』といって自宅に帰りルナ姉さんも居候中の部屋に戻って行った。

皆それぞれの持ち場に戻るのはいいがせめて洗い物手伝ってくれよ。俺一人じゃさすがにきついっ!

 心の涙を流しながら自由気ままな女子四人分プラス自分のを洗っているとリビングの方から固定電話が受信音を発しご主人様をお呼びになり始めた。

「はいはい、今行きますよ」

 濡れた手をエプロンでふきあげ、誰一人と呼び鈴を鳴らし続ける電話の受話器を取る。

「はい、もしもし」

『あ、夜分遅くにすみません。あの白星ですけど神夜くんいますか―…?』

 受話器の向こう側から聞こえてきたのはちょっとおどおどと緊張した白星さん。それも妹の方からだ。まあ姉の方は妹と違って元気ハツラツで威厳ある方だからな。

「あーそんな緊張しなくていいよ白星さん。しかし、珍しいねー白星さんが固定電話の方に電話して来るなんて」

『うん。ケータイのほうの充電が切れちゃってね。今お姉ちゃんも自分の使ってるし』

「なるほどねー。それで用件は?」

『あ、その前に十六夜くんテストお疲れ様ね。ほんとドタバタだったよね……二日間でまとめてあったからね……。ほんとにごめんね……十六夜くんだけ大変な思いさせちゃって』

「もうそのことはいいよ白星さん。確かに勉強は大変だったけど……もう過ぎたことだし。あ、話変わるけど今週の日曜日って空いてるか?」

『日曜日? うん、空いてるよ。その日に何かやるの?』

 察しが良くて助かるよ白星さん。

「その日に咲妃提案でアリスの歓迎パーティやるんだけど、白星さんたちも来ない?」

『い、行ってもいいの? 十六夜くん?』

「当たり前だろ。パーティは人数が多い方が盛り上がるしな」

「うん、わかった。じゃこのことお姉ちゃんに伝えておくね。誘ってくれてありがとう十六夜くん」

「おー。それじゃあまた明日学校でな」

『うん。また明日ね十六夜くん』

 受話器の向こう側で満面の笑みを浮かべて手を振っている白星さんの姿が一瞬脳裏に映し出された。

 なんというか愛くるしいなーって白星さんから用件訊いてない! まあたぶんテストのことで謝罪したかったんだろう。それはさておき。ひさびさにSOWでもすっかな。ここ最近インどころかPCすら触れてないから禁断症状おこしそうだし。なんて考えるとこれって依存症では?

 悶々とした頭を抱えながらリビングの電気を消し自室へと戻りPCを立ち上げた。その間、ケータイに溜まっていた未読のメールを即読したり明日の学業の準備を済ませPCが立ちあがると同時にSOWのアイコンをクリックしていざリンク・スタート!?


『定期メンテナンス中』


 ネットゲームのお約束ともいえる定期メンテの文字がデカデカとSOWの世界に入るスタート画面に晒されていた。

 このタイミングでか―…。

 ガックリと肩を落とした俺はしぶしぶSOWを閉じた。定期メンテが終われば次はゲーム新機能のアップデート。それがまた時間かかるんだよな。酷い時は半日かかったりするから。

 することが無くなり九割近くまで上がっていたやる気ゲージは一気に下がりほぼゼロに近い状態へとなった。そんな時、ヴーヴ―とケータイのバイブ音が鳴りだしメールか電話受信した。のっそりと手を伸ばして画面を開くと咲妃からのメールだった。題名には『歓迎パーティ日程決定のお知らせ』と書かれており、入力欄にはびっしりとパーティ詳細が書かれていた。

 一通り熟読した俺は、メール本文をコピーして白星姉妹に送信、それと咲妃に『了解した』の一言を書いたメールを返信しケータイをベッドの片隅に投げやるなり再び『暇』という文字が押し寄せてきた。

 寝るにはまた惜しい時間帯だし残された選択としてはネットサーフィンか珍しく勉強するもしくは寝る。と言ったこの三択ぐらいしか考えられない。

 消去法で行くとなると。まず勉強するは消えるな。どう考えても勉強嫌いの俺にはとてもじゃないが性に合わん選択だ。だとすると残りは寝るかネットサーフィンの二択か。ネットサーフィンを選択するのはいいが調べものが特にないし行きつけのサイトも更新はされてないだろう。

 これで残すは寝ると選択だけか。しかし寝るにはまだ二時間ちょっと早いな―…。とはいえ、ここ二日間、ずっと徹夜続きでゆっくり寝たためしがないし―…。

まあ時には早く寝るのもいいかな。

 PCの電源を普段よりも早くシャットダウンした俺は、軽く背伸びをしてベッドに横たわり部屋の電気を消して目を閉じた。

 

 この時、俺はまだ知る由もなかった。前魔王が開けた次元の裂け目からすでに刺客がこの世界に迷い込んでいることに俺はまだ気づいていなかった。




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