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2.5次元の狭間にて  作者: 黒覇 媄兎
第2章 白の天使と黒の天使と
10/32

第1クエスト 非日常の前触れ

「起立。気を付け、礼っ」

「「ありがとうございましたっ」」

 白星のかける号令と同時にすべての授業が終えやっと教師からの束縛を感じさせない放課後がやってきたわけだが、掃除当番の方々は居残りだ。

 なんか、今日が終わるのが以上に長かった気がするのは俺だけかな?

 深い溜息を吐きながら教材とノートの入ったカバンを背負い教室前で待っていた茶髪ヘアをいつもポニーテールに束ねる幼馴染の咲妃、それに同じゲーマーの俊と最近また無口キャラに戻りつつあるユキと転校してきたアリスと合流し一緒に校舎を手で茜色に染まる外へと出た。

「ねぇアリスはいつごろから神夜達と面識があるの? とても「初めまして」っていう感じじゃないからさー」

「え、えーとっそれは―……」

 ちらちらと横目でアリスから俺に『助け舟を出して』っていう合図が送られてくるが俺にはどうしようもない。

「ひ、秘密です咲妃さん」

「そっか―……じゃあ神夜に聞いちゃおっと」

 矢先をアリスから俺へと変更し、ずいっと眼下近くまで顔を寄せた咲妃におもわず身を引いてしまった。

「ア、アリスと同じで内緒な」

「むぅ―……神夜のケチ―」

 ケチと言われてもな―……。このことは絶対に口が裂けてもいえることじゃないんだよ。アリスが住んでいたところは全くこことは違う異世界。正確に言えばリアルに存在するSOWの世界にいた人間だ。面識があるのも俺と俊とユキがその世界でアリスに出会ったからこそあることであるんだよ。

 まぁまずは咲妃にこのことを隠し通すことより、妹の氷空をどうやって説得するかが問題だな―……。なんせ、昼休みに担任からアリスの個人データからまさか俺んちの住所を言われた時は度肝を抜かれた。

 ハァ―やれやれ……。

「? 神夜さんどうかなさいましたか?」

 きょとんとした表情浮かべて俺の顔を覗き込んできた。

「いや、なんでもないよ」

「……ね、神夜……ちょっときてっ!」

「お、おいっ!?」

 少しばかり口ごもりながら咲妃が俺の名前を呼び、ぐいっ、と手を引っ張りアリスたちから多少距離をとって何かを提案してきた。

「あ、あのね。せっかく新しい友達ができたから神夜んちでアリスの歓迎パーティやらない?」

「歓迎パーティか―……。いいんじゃないか?」

「えっ? そんなあっさり決めちゃっていいの?」

「別に構わないよ。テストも終わってるし。じゃ、今週の日曜にするか?」

「うん。じゃあ決定ね。くれぐれもアリスには内緒よ」

「はいはい。俊たちにはあとで俺からメールしとくよ」

 空白の日曜日に咲妃提案の予定が刻まれ、俺たちはクエッションマークを頭に浮かべるアリスたちのもとまで戻った。もどるなり、アリスに『二人で何話してたんですか―?』と尋ねられたが咲妃が内緒の話と言って誤魔化した。

 

 咲妃たちと別れた俺は家まであと数百メートルの地点でアリスを自転車の荷台に乗せてペダルをこぎ始めた。本当なら二人乗りは道路交通法やら学校規則で罰せられているがここまでならとくに帰宅中の教師やパトカーは通っていないからバレやしない。

 道中もアリスからの質問が飛び交うたびに嘘ごまかしなく俺は淡々と答え空白の間が絶えることはなかった。

 そんなこんなで自転車を漕ぎ進めること数分。ようやく、我が家に着いた。

 門前で荷台に乗っていたアリスが荷台から下り閉めていた門を開けてくれた。

「ありがとよ、アリス」

 感謝の一言をアリスに言い、ハンドルを持ち上げて門前の段差を超えいつも置いている駐輪スペースに置こうとするなり、すでに氷空の自転車が鎮座していた。

 さて、氷空の奴にアリスのことをどう説明すればいいのやら……。

 今朝の噂が俺ら二年生だけの中だけで広まったとは限らなかった。現に休み時間の廊下には他クラスの二年男子に紛れて一,三年男子がいたからな。きっと氷空にも俺みたいに質問攻めされてへとへとだろう。 

 心の余裕を失いながら、開いているであろう玄関の戸に手をかけたが、用心のためか戸はカギがかかっていた。インターホンを押して中にいる氷空にカギを開けてもらうのもいいが、たぶん疲れて寝てるだろうし起こすのはあまりにもかわいそうだ。

 しぶしぶ俺は、ズボンのポケットから玄関のカギを取り出して鍵を解き『ただいまー』とアリスと二人そろって言い戸を開けた。

『みーくんおかえりーっ!』とドタドタと慌ただしい足音とともに子どもっぽい声が家の奥から聞こえてきた。

 この声を聴いた瞬間、玄関を超えようとする俺の足が拒否反応を示し門前まで後退り直ちに逃亡を図りたかったが時すでに遅く、声の主が正面から抱き着いてきた。俺は勢いに圧倒されるがままに後ろに倒れ、コンクリートの石畳に後頭部をぶつけた。

「いった―…きゅ、急に飛びつくなよ、ルナ姉さん……」

「えーっ! だって半年ぶりの再会なんだよー」

「半年ぶりって言うか春休みに逢ってるのだが―…」

「お姉ちゃんにとってはそれだけ長いかったのーっ!」

 俺もほとほとあきれるほどのブラコン愛が強く世界で最も苦手として、今この瞬間も逃亡を図りたくなるほどの人物、従姉のルナ・スピリット。死んだ母の姉の娘で今は絶賛就活の時期に入る大学四年生だ。容姿は白星さんのお姉さんと対抗馬と言っていいが、俺の前だけはやたら子どもっぽく甘えてくる困った従姉さんだ。

「か、神夜さんっ! 大丈夫ですか!? ってあの―…この方は―…?」

「あ―……この人は従姉の―……」

「はーい初めましてっ♪ みーくんの従姉のルナ・スピリットねー」と俺からの紹介を先走ってルナ姉さんは見ず知らずのアリスに自分から自己紹介を済ませた。

手間が省けて助かるよ。

「は、初めましてルナさん。十六夜アリスです―…」

 ルナ姉さんのキャラをつかめないアリスはたじたじな物腰で簡単な自己紹介を済ませた。

「十六夜……はっ! み、みーくんっ!!」

「は、はいっ!」

 思わず、背筋をピンとさせてどこかの軍隊の長官にでも名を呼ばれるような感覚がして敬礼まではしなかったが、経緯のある返事をしてしまった。

「あ、アリスちゃんと名字が一緒ってどういうこと!? もしかして、お姉ちゃんに内緒で結婚しちゃったの……!?」

「け、結婚も何も俺まだ十七歳だからできないよ」

「わ、わたしが神夜さんと、け、けけけ結婚ーっ!」

「アリス何、真に受けてんだ―」

 ハァ―……まためんどうことになってしまったな―……。まーでも、ルナ姉さんが家の中から来たっていうことは氷空が家に上げたということか―……。

「ほら、立ち話もなんだし家に上がろう」

「「はーいっ」」

 玄関内に転がった自分の鞄を拾い上げた俺は、素足だったルナ姉さんに風呂場で足を洗ってくるように指示した。アリスの鞄は一時、俺の部屋に置くように言って俺はたぶん自室にいると思う氷空の部屋を訪ねた。

「氷空ーいるか―?」

 ノックをして氷空の返事を待ったが部屋からは何の返事も返って来なかった。

寝てるのか?

「あの―……神夜さん。氷空さん大丈夫ですか?」

 鞄を俺の部屋に置いてきたアリスが心配そうな顔をして戻ってきた。

「ん―……大丈夫だろー。それよりアリス。先にルナ姉さんと一緒に和室の方に行っといてくれ。話はあとでする」

「は、はいっわかりました」

 といってアリスは金髪のセミロングを揺らしてパタパタと階段を下りて行った。

 さて、俺は氷空と話でもするか。

「氷空、入るぞー」ともう一度ノックして氷空からの返答を待つことなく俺はゆっくりとドアノブを引いて部屋に入った。

 部屋に入ると制服のままぐったりと枕に顔をうずめた氷空がいた。そして、ようやく俺が部屋に入ってきたことに気付いた氷空はゆっくりと身体を起こして寝ぼけ眼をこすった。

「あ、お兄ちゃんおかえりなさーい」

「うん。ただいま氷空。もしかして寝てたか?」

「う、うんちょっとだけ―……」

「そうかー……起こして悪かったな氷空」

「うんうん、全然気にしてないよー……それよりもお兄ちゃん、さっきルナお姉ちゃんとは違う声の人と話してたよね?」

「あ、うん。話していたけどー…氷空は察しが良くて助かるよ。今からちょっと家族会議を始めたいから和室行こうか」

「う、うん。え、家族会議?」

 きょとんとした表情を浮かべた氷空は察しが良くてもなんのことを話すのか解っていないようだ。俺も家族会議を開くのは人生で初めてだ。ま、すぐに終わることを祈ろう。

 氷空と二人で階段を下り、アリスとルナ姉さんに先行っとくよう伝えた階段近くの和室に入りさっそく第一回十六夜家家族会議を始めた。

「じゃ、今から会議を始めるぞー」

「はい、お兄ちゃん質問でーす。ルナお姉ちゃんの隣に座っている子って今日転校してきた子?」

「あーそうだよ。名前は十六夜アリス。偶然にも俺たちと同じ苗字だ」

「へー。よろしくね、アリスさん。私はお兄ちゃんの妹の氷空って言うの」

「は、はい。よろしくです氷空さん」

 お互いに握手を組み、打ち解けあった氷空とアリスだがアリスの視線が若干下に行っているのに気づいているのは俺だけか? 

「互いに打ち解けあっているところだけど、アリスの寝室だが今は空室になっている親父の部屋を自由に使ってくれ。いいな?」

「は、はい。判りました」

「さて、それじゃあもう一つの議題に入るな。本日日本に来日したルナ姉さんだけどいつまで日本にいるの?」

「ん―就職先が決まるまでかなー。てか、もう私こないだ大学卒業したし~」

「は? 卒業した?」

 ルナ姉さんの口から卒業という言葉を聞いた瞬間、言葉を失いかけた。

「うん、卒業した。だから就職先が決まるまでみーくんちに泊まるってお母さんの口からおじさんに伝えてあると思ったんだけどな―……」

「親父に? ちょ、ちょっと確認の電話とってくる」

 会議を一時中断して、俺は早急に親父の職場に電話をかけてルナ姉さんの日本来日の詳細を問いた。

 確かに親父はルナ姉さんの母親から日本に来日する際、俺んちに寝泊まりするように話をつけていたらしい。だが、仕事の都合上なかなかこっちにそのことを伝えることができず今日この日を迎えてしまった。

 今更、親父を攻めても何も始まらないし。とりあいず今は氷空たちにこの自室だけでも伝えよう。

 和室に戻った俺は、親父から教えてもらった情報をもとに氷空たちに説明し、ルナ姉さんには就職先が決まるまでベッド完備がしてある一階のゲストルームに寝泊まりしてもらうよう説得した。ルナ姉さんの人柄はよく、俺の案をすんなりと受け入れてくれた。昔だったら『えーっ! みーくんと一緒の部屋がいいっ!』とわがままを言わなくなったあたりはすっかり大人だな。

 こうして無事に第一回目の家族会議は閉廷した。俺はすぐに部屋に戻りいつもの場所からエプロンを取り出し慌ただしい足取りで四人分の夕食作りを始めた。


 さすがにいつもは二人分しか作ったことがないから四人分を一人で作るのはとにかく大変だ……。正直いって猫の手も借りたい気分だった。今なら家庭を支える主婦や食堂のおばちゃんたちの苦労が分かる気がする。

「おーい。夕食で来たぞー」とキッチンから家中に響き渡る声で会議が終わって各自各々の部屋へと戻っていた氷空たちをリビングに集めた。

 三人ともお腹に手を当てよたよたと歩み寄っては椅子に腰かけ個人で『いただきますっ』

 といって、皿に盛られた料理に箸をのばしておいしそうに口に運んでいく。

「ん―……やっぱりみーくんの作った料理はいつ食べてもおいし―」

「私はいつもお兄ちゃんの手料理食べてるけどねールナお姉ちゃん」

 ふふんっと、鼻を鳴らした氷空はルナ姉さんに対して自慢げに言う。

「むぅ……氷空ちゃんがうらやましいよ―……」

 むすっと頬を膨らませじっと氷空の方をルナ姉さんは凝視する。

「神夜さんの手料理おいしいです―はむっ」

 アリスもおいしそうに、料理を口にほおばっていく。よかった、三人のお口にあって……。

 ふぅ―……と安堵のため息をつき、俺も自分の手料理に箸をのばし空白となった胃の中に詰め込んでいく。

 久しぶりの大人数での夕食は大いに盛り上がりを見せ、お皿の上に盛られた山のようにあったおかずは全部俺たち四人の胃の中におさまりきれいさっぱり無くなった。

 どーもお粗末様です。

 使ったお皿を洗いながら、ぼそりと俺はつぶやいてせっせっと手を動かした。

「あの―…神夜さん……」と後ろからか細く今にもかき消えそうな声でアリスが俺の名前を呼んできた。

「ん? どうしたアリス?」

「あ、あの―……ちょっとお話ししたいことが―……」

「話ね……。それはここで話しても大丈夫なことか?」

「…………」

 急にアリスは口をつむんで黙り込んだ。ここでは話しづらい内容か。

「なら、少し散歩がてら外で話そうか。いいか、アリス?」

「は、はいっ。構いません」

 俺はアリスと話をすべく残りのお皿をてきぱきと洗い終え、食器乾燥機に洗い終えたお皿全部を入いれあとは機械任せにした。強張った筋肉を少しほぐしながら少し湿り気のあるエプロンを脱衣所の洗濯籠に放り投げ二階にいるアリスを呼びに行った。

「アリス―。洗い物終ったぞー」

「あ、はーいっ」

 扉の奥からさっきまでの声のトーンとは打って違い、お兄ちゃん想いの明るい妹が返事したかのような声がした。

「家事お疲れ様です、神夜さんっ」

 にぱーっと満面の笑みを浮かべ夕食の時まで制服だった姿から白のフリルの付いた水色ワンピースに着替えたアリスが部屋から出てきた

「ありがとうアリス。んじゃ行こうか」

「はいっ」

 氷空たちに気づかれないよう物音ひとつ立てずに玄関の扉を閉め外に出た。そこで俺たちを待っていたのは常闇の空をプラネタリウムで観られる満点の星空を映し出したかのように明るく、街灯いらずの道を俺とアリスは散歩という言葉を借りてアリスと話をした。

 アリスはちら、ちらと俺の方を見ては目が合うたびに顔を背けるしぐさを見せなかなか話を切り出せずにいたが意を決し話始めた。

「あ、あの、神夜さん」

「ん? どうしたアリス? 例のお話したいことか?」

「それもありますけど……あの制服のまま外に出てきてますけどいいのですか?」

「ん―……まぁいんじゃないか?」

「は、は―……」

「それより、こうして散歩しながら話すよりあの公園で話さないか?」

 歩いているうちに差し掛かった雛乃公園のベンチに腰掛け、アリスが家の中で話せないという話を訊いた。

 アリスはまず自分の正体、自分がこの世界の住人でなくリアルに存在かつ別次元にあるであろう『SOW』の世界から来たことを改めて教えてくれた。無論、この事実を知っているのは俺を含めて俊とユキの三人だけだ。そして、アリスがこの世界にきた理由も教えてくれた。なんでも咲妃に憑依していた魔王がこの世界に来るときに開けた次元断層の亀裂を閉じるためにこの世界に来たと。

 ほかにもアリスが『SOW』の世界で所属していたギルド『聖王十字軍』から何人かがアリスと同じ団長指令を受けてこの世界に来ているとのことだ。

 正直言って俺が知らぬ間に日本の人口が増えていたとはな―。それも新生児じゃなくて異世界からの住人だ。せめて少子化を少しでも救ってくれたらよかったのだがな。

「お話しすることは以上です。このことは絶対に他言内密に―……」

「あー解ってるよ。しかし、アリスたちギルド団員も大変だな」

「そ、そんなことはないですよっ。わたし的にはまたこうして神夜さんたちと再会できたんですから」

 えへへっ、とうれしそうに笑うアリスの笑顔を見た瞬間、一瞬俺の胸のあたりがドクンっとはね頬が熱くなっているのが伝わってきた。

 すると、急にズボンのポケットに入れていたケータイから電話受信の着信を静まり返る夜道の公園内で鳴りだした。すぐにポケットから着メロを大々的に晒すケータイを取り出し画面を確認した。

 白星さんから? こんな時間に何の用だ? 

 不思議に思いながらも俺はすぐに受信ボタンを押して用件を聞くことにした。

「はい、もしもしー」

『あ、十六夜くん? こんばんわーミチルですけど夜分遅くにごめんね―……』

「いや、まだ九時前だから大丈夫だよ。それで、何か要件?」

『う、うん。あのね……やっぱりこのことは今日の放課後に言うべきだったかも』

 お、おい……なんだよ、この告白的雰囲気はーっ! まぁそう考えてるのは俺だけかもしれないが。

『あ、あのね……』

 ケータイの奥で口ごもり頬を紅めている白星の姿を想像してしまい、おもわず生唾を飲み込んだ。

『担任の先生から『先週の中間テスト受けてない十六夜くんと園崎くんと香西さんは明日別室でテスト受けろ』って言われててね……わたし、十六夜くんだけ伝え忘れて―…』

「はい? 中間テスト?」

『うん、中間テスト。ごめんね十六夜くん。こんな、大切なことをもっと早く伝てあげられなくて……』

 グスンッとケータイのマイク越しから涙を拭う白星の声が聴こえた気がした。もしかして泣いているのか? だとしたらなんか、すっげー罪悪感を感じてくるな。心が痛い……。

「あ―…白星さん。別に俺気にしてないから大丈夫だよ。失敗は誰にだってあるんだからさー」

『……うん。ほんとにごめんね、十六夜くん……。それじゃあ……また明日学校でね……』

「うん、また明日」

 ピッと電話を切りケータイをポケットにしまった途端、尋常じゃないほどの汗と焦りが襲い掛かってきた。正直言って一週間、何一つ勉強してない。今から徹夜でテスト範囲の勉強しても頭のHDDに入るかどうか―……。

「神夜さん。白星さんからどのような用件でしたの?」

「先週あったテスト受けてなかったから明日別室で受けろだとよ」

「た、大変ですね―……。あの、鳳仙学院のテストって難しいのですか?」

「ん―……まぁむずかしいっちゃー難しいかな。なんせ偏差は六十前後だからなー」

「そ、そんなに……わ、わたしついていけますかね?」

 ワイシャツを掴んだアリスは小刻みに身を震わせ、改めてうちの高校の実力を知ったようだ。

「そう怖がらなくていいよ。んじゃ、家に帰って勉強するか。……面倒だけど」

 ずっしりと重くなった腰を持ち上げベンチから立ちあがったその時。約五十メートル先にある公園の街灯には人影一つなかったはずなのに、全身黒ずくめでフ―ドを深くかぶり口元だけを出した人物が一人突っ立っていた。そして、バサァ、と空の常闇を写したかのように黒ずんだ羽を広げた。

 俺は一瞬目を疑い開いた口はただ忽然と開いたままだった。

「? 神夜さん、どうかなさいましたか?」

「い、いや。なんでもない」

 不思議に思ったアリスにただ『なんでもない』と振り向いて答えもう一度、同じ場所に目を凝らしたがその場に人影は愚か人気すら感じず、ただ、重力に引かれてゆっくりと落ちていく黒の羽だけが街灯に照らされ宙を舞っていた。

 先ほどの人物の謎はさておき、街灯が少ない道を月光の光だけを頼りに帰宅した。時刻はすでに九時半を回っていた。俺はすぐに自室へと駆け込み、鞄からテスト範囲となっている問題集を机の上に置き、問題範囲に山を張りながら勉強を始めた。はっきり言って今から完徹でやっても頭に入る自信はない。特に英語に関しては絶望的に自身がない。

 はっきりと今の自分にいってやろー『テストオワタ―』となっ!

 発狂寸前の精神に追い打ちをかけるように言い聞かせ、開いたワークの問題を嘖々と机に敷いたルーズリーフの上に解いていく。

 解いていくうちにルーズリーフの行は魔術書みたいな数列やら言葉の配列でびっしり埋まっていき自分の頭にしっかり入っているのか不安ながらも黙々と手を進めると同時に時間も刻々と進んでいった。


 翌日。締め切ったカーテンの隙間からは常闇を照らしていた月光から闇を晴らす太陽の光が差しこんでいた。勉強しているうちに机の上で寝落ちしたらしく、腰やら肩やらがバキボキに強張っていた。

「……気か付けばもう朝か―……。ってルーズリーフによだれの跡が」

 口もとを滴るよだれとルーズリーフのよだれの跡を拭い、壁掛け時計に目をやると時刻はまだ六時を回っておらず家の中は静まり返っていた。まだ時間があるし、もう少し勉強するのもいいが我が家は今日から学生三人の登校となるからな。とりあいず、今日は俺がつくるか―。

 変な体勢で寝たから全身の強張りを軽くほぐしながら一階のキッチンまで下りた。ひとまず、弁当箱三人分あるかの確認も済ませなきゃいけないし。無ければ今日俺の昼は学食でもいいかな? 

 キッチンの戸棚からあまりの弁当箱があるか探し始めて五分も経たないうちに中学時代氷空が使っていた弁当箱だけが見つかり、それ以外にも探したが見つからなかった。

 まぁアリスはこれでもいいかな? 別にあの世界でアリスの食欲を見る限り大飯ぐらいというわけでもないし。

 勝手に理論づけた俺は、戸棚から出した弁当箱を軽く水洗いして俺と氷空がいつも使っている弁当箱の隣に並べて朝食の用意兼昼食づくりを始めようとしたとき、ゆっくりと階段を下りてくる足音がしてきた。そして、キッチンの暖簾(のれん)をくぐってきたのは寝間着を着崩し寝癖全開の氷空だった。

「あれ? お兄ひゃん? おはよー……今日は珍しく早いね……」

「あーおはよう氷空。まぁなんせ、今日から弁当三人分作らなきゃいけないからな。朝から氷空に任せるのはきついと思うし、今日は俺がつくるよ。それより寝癖直してこいよ」

「今日はそんなにひどいの―?」

「一段とな」

 コクン、と小さく頷いた氷空は大きなあくびをしながらゆっくりキッチンを後にして階段を上る足音とともに自室へと戻って行った。

 気を取り直して冷蔵庫に手を伸ばし中から食材を出そうとする手がピタリと止まった。

 肝心なメニュー決めてなかった―……。

 弁当とは言え、日替わりで中身が変わるのが弁当持参の人にとっての楽しみとも俺はそういえる。おれだってつい最近までは氷空がいつも弁当を作ってくれていたから毎日弁当の中身が変わるから楽しんでいた。が、いざ自分で作るとなると盛り付けやら彩などが重要視されてくる。これはかつてないほどの重要に任務だ……。 とりあいず、考えていても時間だけが過ぎていくだけだ。行動に移らねば!


 昼食づくりを始めること一時間。時刻はすでに七時になろうとしており作業用BGMと流していた朝のニュースは毎朝恒例の占いランキングを流していた。そして、ノープランの上で決行したアリス、氷空、俺の午後の活動エネルギー源となる弁当作りも無事に幕を閉じ各々の袋に詰めてテーブルの片隅に添え、盛り付け終了と同時に作った朝食もテレビをつけっぱなしにしたリビングへと運び終えている。これで今朝の一仕事は終わったわけだ。それよりアリスと氷空が起きてこないな―……。あと少しで補習の時間なのに。

 気になった俺は、着ていたエプロンを脱ぎながら二階へと上がり女子二人の部屋の扉をノックしていった。

「氷空ー寝癖直しにしては時間かかりすぎじゃないか―? てか、起きているよなー?」

 ノックしながら扉の向こう側にいる氷空からの返事が返って来ない。まさか……寝てるのか?

 気になった俺はもう一度ノックしてドアノブをひねり部屋に入った。

「すぴぃ―……。……えへへ……もう食べれないよ―……」

 こいつ。なんの夢見てんだっ!

 寝癖直しのためにキッチンから退場させたがまさか、二度寝していたとは。てか、さっきよりも寝癖ひどくなっているしっ!

「おら、氷空っ! 起きろー!」

 ピンッと中指に軽く力を込め氷空のおでこにデコピンを喰らわせ夢の世界へと旅立った意識の覚醒の儀式を行った。

「ふみゅっ! い、いたいっ!? いたいよお兄ちゃんっ!」

「痛いもくそもあるか―! お前、髪型整えるために部屋に戻ったのに何のんきに二度寝してんだよっ!」

「そ、それは―…突然の睡魔に襲われて―……」

 チラッチラッと視線を外しながら氷空は言い訳をいう。

「だったらもっと意識を強く保て。ほら、さっさと起きて朝食食べて髪型整えろ」

「はーいっ」

 むぅ―……と口を尖らせた氷空はせかせか歩いて一階のダイニングへと降りて行った。さて、残すはアリスとルナ姉さんだけだが、ルナ姉さんは後で一人勝手に起きてくれるだろう。だったら優先すべきはアリスだな。

 氷空の部屋を出た俺は昨日まで親父の部屋を自由に使っているアリスの部屋の扉をノックして起きているか確認した。

「アリス。起きているか―? 朝食で来たぞー」

『はーいっ。今行きまーすっ』と朝から元気いっぱいな声が扉の向こうから聞こえてきた。

「おはようございます神夜さん」

 扉が開き、部屋から新品の輝きを放つ鳳仙学院の制服を着たアリスが出てきた。

「おはようアリス。リビングに朝食用意したから氷空と一緒に食べて。俺はルナ姉さんを起こしてくるよ」

「はーい」

 プライバシーを保護のため部屋から出たアリスはすぐに扉を閉めて階段を駆け下りた。さて、あとはルナ姉さんを起こすだけだな。

 二階で寝ていたお姫様二人を起こした俺は階段を駆け下りリビング奥のゲストルームの戸をノックしたが足早に返事が返ってくることはなかった。たぶん、まだ寝ているのだろう。なんせこんな朝早くだ。高校時代と違って大学生もとい就活生の朝は自由だし今はそっと寝かせておこう。

 再び戸をノックしようとはせず挙げたままになったやり場のない右手を下げリビングで朝食を摂っている氷空たちと合流して自分の分の朝食を摂った。


 朝食を食べ終え朝の一大騒動をようやく終えた俺たちは梅雨明け後、初夏の朝日が照りつける中いつもの通学路を通っていたが今日だけは歩いて登校した。別に自転車が昨日パンクしたからというわけではない。アリスが昨日からこの世界に来たのだとするとこの町のことをまったく知らないからせめて通学路だけでも覚えてもらいたいのもあるし、かといって俺と氷空だけ自転車通学じゃアリスがかわいそうだしな。

 しっかし。歩いて学校行くのって入学式以来だな―。てか、今日俺テストだったな。正直やばいかも。

 朝からため息交じりで教室へと続く階段を上がり気分は鬱々に束縛された気分だ。

「あの―……神夜さん。大丈夫ですか―?」

「ん? あー大丈夫だよアリス。今日はただテスト当日になるとくる鬱々な気分なだけだよ」

「だといいのですが―……。具合悪くなったらすぐに保健室行ってくださいね」

「おう。ありがとう、アリス」

 アリスに心配かけちゃったなー。とりあいず気合入れて足掻いてみっか―。

 両ほほを二度叩き眠気を覚ますついでに自分に一喝入れ鬱々の気分を少し晴らしアリスと共に教室に入った。

 教室に着くなり、テストが終わってゆるゆるになった雰囲気の中俊とユキは俺と同じで受けていない中間テストの最後の確認をしていた。こうしてみるとクラスの中で浮いた存在になるな。

「あ、神夜、アリスおはよう。テスト勉強しっかりできた?」

 数学のテスト範囲にしてされた範囲を再確認しながらも俺とアリスの登校に気付いたユキが挨拶してくれた。

「おはようございますユキさん」

「おはようユキ。勉強はー……まぁできた方じゃないかな? ユキはどうなんだ?」

「まあまあかな? 昨日久々に徹夜しちゃったから今日はすごく眠たいよ……」

 大きなあくびをしたユキは瞳からでた涙を拭った。

「とりあえず、今日は頑張ろうなユキ」

「うんっ。頑張ろう神夜」

 朝の挨拶と少しの会話を終えたユキはすぐに開いていた自分のノートに視線をやり穴が開くほど範囲の再確認を始めた。

 さて、俺も見直し始めっかなー。

 席に着き鞄から教科書を取り出しいざ、範囲の確認を始めようとした途端タイミング悪くチャイムが鳴り響くと同時に担任が教室に入ってきた。

「おーし。全員席に着けーHR始める前に今から呼ぶものは荷物を持って二階の文理教室にいけー。十六夜、香西、園崎。以上三名はHR終わったら授業は公欠扱いになるからテスト受けてこい。じゃ、白星号令ー」

 担任のゆるい口調で指名された白星はHR始まりの号令をかけるなりすぐに担任から今日一日のスケジュールが言われた。無論、俺とユキと俊を除く方々に当てはまることだから俺らには何の関係もないことだ。


 長いようで短いHRが終わり担任は一時間目の準備に取り掛かるべくそそくさと職員室まで駆けおりていき、俺はユキ達と共に今は空き樹洋室となっている二階の文理教室に鞄を持って向かった。さっきの時間は全く持って見直せなかったがこの移動の時間をやりくりすれば見直せなかった時間分を補えるだろう。

 教室に着いた時には俺らのために試験監督をしてくれる先生が問題用紙片手に教壇上の椅子に腰かけて座って「すぐに始めるから教科書閉まって―」と声をかけてきた。

 十分な見直しはできなかったとはいえ、やれることはやつたんだ。……いけるだろう……。

「問題行き渡ったね。じゃあ始めっ!」

 ゴングでも鳴り響いたかのような声を合図に俺たちは一斉にペンを持ち、脳をフル回転させながら問題を解いていった。




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