狭間の町 トーノ
さて、今回のトーノへの旅だが俺とハナ、コータとへきへきで行くことにした。
何かあった時に鬼姉妹にはダンジョンにいて欲しいということ
多分戦力的にこれぐらいいれば十分だろうという算段もある。
コータは頑張ればバッグに入るし、へきへきは……猫だから大丈夫だよな!
そういったわけで、一番冒険者に遭遇する可能性の少ない真夜中にダンジョンを出た。
多分この時間ぐらいに出れば、ちょうど夜明けちょっとすぎぐらいのフマウンに到着するはずだ。
ダンジョンを一歩外に踏み出して、一瞬目を疑った。
道が出来ている。
そうだよなぁ、全くの未開の地にあれだけの人数が行き来したらちょっとした道も出来るか。
舗装はしてないが、低い木は切り倒されている。
まぁ、いつか自分たちで道をひこうと思ってたぐらいだからちょうどいいか。
フマウンにはその日の午前中に到着した。
冒険者掲示板に早速向かい、何か書かれているかチェックする。
「どうだ?」
「えーっとね……とりあえず、ナフィまでの新たなルート発見された。とは書いてあるね」
「まぁ、あれだけ冒険者が来るってことは、これぐらい書かれてるなとは思うよね」
「あと、ナフィの人にあの道教えたら厳罰だってさ」
「あー……」
ナフィの人があのトンネルについて知ったら、何かしてくるかもしれない。
そういうリスクを回避する為に、教えちゃダメってことなんだろうな。うん。
「後は大体同じような内容かなー……」
「同じような内容?」
「うん、この町の言語は中国語でしょ?ってことはこの単語とか分からない?」
えーっと見覚えがあるな。日本語と同じか。武力?抗争?
「何?戦争でも起きるの?」
「うん」
「へー、物騒だな」
この世界でも戦争は起こっていた。
しかし今の所はモンスターの動きが活発であまり人間同士が戦うどころではなくなり、終結した。
つまり互いに中の悪い国同士ってのもあるはずだ。
そんな事を考えていたら、ハナが突然クイズを出してきた。
「さーて、ここでクイズです」
「はいはい」
「フマウンはどこと仲が悪いでしょう?」
「そりゃあ、ナフィだろ?」
「正解。じゃあ二問目。じゃあなんで戦争してないんでしょう?」
「えーっと、間に山があって簡単には通れなかったから」
「正解。じゃあ三問目。じゃあ簡単に通れる道が発見されたら?」
「そりゃあ戦争だわな!」
「大正解!」
「…………」
「…………」
「完全に俺らのせいじゃねえか」
「あ、気づいた?」
「まぁ、うん。その。アレだ」
こういう時はコレに限る
「よっしゃー!トーノ行こうぜトーノ!いやー新しい町は楽しみだよなー」
「おーうそうだねー」
俺達は、とりあえずこの問題を忘れることにした。
いやー、トーノ楽しみだわトーノ。
■ ■ ■ ■ ■
トーノ
北部と西部の境目に位置している。
高い山と諸事情によりフマウンから中央部は本来そう簡単には行く事ができない。
東部へも高い山脈があり移動が不可能なため、唯一西部のみが北部の陸路としての道となる。
しかし、西部は一面の砂漠地帯。
そこで、トーノは砂漠を渡る手段や乗り物等が最も売れる。
逆に作物なんかはほとんど育たないと見て間違いない。
俺達がトーノに着いた時は大体正午だった。
さっそく言語チェックの時間だ。
この町はどんな言語が主流なのだろうか。
「あちゃー、ロシア語だわ」
「あれ、ロシア語ダメなんだ」
「一回勉強しようとしたことはあったんだけど、何かあたしには難しかったのよね」
「へー」
中国語以外に次いで二度目のギブアップか。珍しい。
たしかカロリーナは話せたんだっけ?
ということは俺達にあの大蛇との会話は無理か。
「へー、フマウンの近くなのに品揃え全然違うわね」
「水筒のバリエーションも半端ないな」
ここの商店は、ナフィやフマウン等とかなり品揃えが違った。
他二つが一番置いているものが剣だったのに対し、こちらは槍。
何故だろう。ちょっと気になる。
「ちょっと聞いてみる」
「お、おう……グローバルだなおい」
英語で武器屋のおっちゃんに話しかけるハナ。
主人も拙い英語で返す。
ちょっと困惑してるのが見てて面白い。
ハナは納得して帰ってきた。
「どうだった?」
「えとね、いざとなったら杖に出来るのと、ラクダとかの上で使いやすいからだって」
「ほー、面白いな」
森や山での活動が多いフマウンでは、長い獲物は邪魔になりやすいが。
ちなみにマーシュは流石漁村と言ったところか、武器として銛を売っていた。
武器屋のおっちゃんには悪いが何も買わずに冒険者ギルドへと向かう。
とはいえ半分はロシア語なので読めないのが多い予感。まぁ普通はこうなんだけどね。
冒険者ギルドの前には数人の冒険者が掲示板をチェックしていた。
「あれ?あそこに猫がいる」
「ほんとだ、かわいー」
ちょっと前までのへきへきみたいな猫だ。
毛は茶色くてもふもふしている。
あれ、振り向いた。そしてこっち来た。
きゃー可愛い!
「何という殺人毛玉」
「我が家のへきへきの方が可愛いもん!」
「いやコータの方が可愛い」
その毛玉はへきへきの近くに来たら何かじゃれ合いだした。
やばい、超かわいい。
そのキラリと光る牙が……ってあれ?
冒険者掲示板の前の一人が、飼い主だろうか。気づいてこちらにやってくる。
というか、この猫……。
「そいつをひっとらえろー!」
「えぇ!?」
こいつ、へきへきと同じ種族のお供モンスターじゃねえか!
■ ■ ■ ■ ■
ハナは手慣れた手つきでその猫(?)を抱きかかえる。
まぁ四六時中へきへきと一緒だから扱いが上手くて当然だ。
そいつも大人しく抱きかかえられている。
警戒心の無いやつめ。
飼い主らしい女性が駆け寄ってくる。
茶色に近い金髪の、同い年ぐらいの女の子だった。
あちらから一声かけたがハナには通じなかったらしく、ハナが英語で聞き返すと英語で返していた。
以下、俺が見た感じでの二人のやりとりを見て、会話の内容を想像したもの。
「ごめんなさいね!ウチの子が急に駆け出しちゃって」
「いいえ、私も似たような種類飼ってるから慣れたものよ!」
「あら、貴方の子も可愛いわね。おっきくてモフモフしてるわ!」
「そうよ!ウチの子の方が可愛いに決まってるじゃない!」
「私の名前はキャサリンよ」
「あたしはハナ。こっちは我がパーティーの肉壁よ!」
「フフ、酷いじゃない!」
なーにいいって……って何かハナが耳打ちしようとしている。
「ねぇ、この子極度の馬鹿みたいなんだけど」
「え?何て言ってるんだ?」
「いや、メーシャって名乗ったまでは良いだけど、その後に『ダンジョンを経営してます』って自分で言ってきたのよ」
「え?それで?」
「私たちは冒険者ですって言ったら何か信じちゃって……この子、相手が誰であろうと自分がダンジョン作ってるの言っちゃってるみたいなのよ」
「あー……」
そもそもこの世界のダンジョンが誰かに経営されていると知っているのは、関係者以外あまり知られていない。
普通、ダンジョンマスターが名乗る事はないし、言いふらす事もない。
誰に対してもダンジョンマスターと名乗る事は危険だからだ。
例外はマスター同士と分かっている時だ。
例えばダンジョン内に入れば、ステータス見れば《ダンジョンレベル》が表示される為判断できる。
また互いがモンスターを引き連れていれば、お互いにマスターだと判断できる。
カロリーナの時がそうだった。
まぁ例外的にモンスターを従えてる冒険者もいるようだが。鬼姉妹の元雇い主とか。
そしてもう一つの例外。
あんまよく考えてない奴が普通に名乗っちゃうというパターン。
まぁ、交渉術の一環で名乗る事もあるかとは思うがこれは……。
「どうしよう、このまま言いふらされちゃっても困るから口止めする?」
「あー……もういっそ、冒険者だからダンジョン連れてってーって言えば教えてくれるんじゃね?」
「えー?流石にそんな気軽に教えてくれるかなぁ……」
ダメ元で聞いてみるハナ。
自分で聞いておきながら、OKを出されて絶句するハナ。
おおう、この子真正だったか。
「もう、いっそこの子のダンジョン制覇しちゃう?」
「それでもいい気がしてきたな。行ってから考える方向で」
「分かった」
とりあえずちっこい猫らしきものは返しておいた。
人質として使ってるはずなのに気づかれてないからだ。
まぁ、馬鹿なのは俺も人の事言えないけどな。
会話の内容全然ちげーじゃんか。
キャサリンってだれよキャサリンって。
そんなこんなで彼女に連れられてダンジョンへと向かう事になった。
ダンジョンの方角はフーノから南の山のふもとだそうだ。
森とかに隠れていない堂々とした洞窟が見えるんだが、あれじゃないよな?そうだよな?
■ ■ ■ ■ ■
「何だこれ」
「うわー」
ダンジョンに到着した。
目の前がマスタールームだった。
初めて会った時のロベルトでも、まだ空間があったり、一直線は避けてたりした。
だが、ここは何というか凄かった。
玄関入って目の前がマスタールームだ。
しかもドアもついてない。
ダンジョンどころかそこいらの民家の方がセキュリティがよさそうだ。
「なぁ、この子大丈夫かよ」
「どうする?殺しちゃう?」
「殺すったってなぁ……」
正直、レベルは低いと予想される。
この子を殺したところであまり経験値は入らなそうだ。
予想される利点は、マスターが死んだ時に手に入る金カードぐらいか?
あ、このへきへき二号もそうか。
ダンジョンについたら、早速マスタールームへ案内された。
そして紅茶が出てきた。
あぁ、どうもどうも。もはや驚くまい。
「って、これ甘いな」
「確かに。美味しい」
「これ、ジャムでも入ってるのかな」
「ジャム?」
砂糖が無いと無理だと思い込んでいたが、これは甘い果物を煮込んで作ったのだろうか。
これは参考になる。どの果実を使ったのかとかぜひ教えて貰いたい。
「流石、女の子は料理が上手だなぁ」
「あ?」
「いや、何でもない」
部屋の中は、その辺で摘んできたお花を活けてあったり、キッチンも機能的に片付けられていたり。
至る所に女子力が光っている。
メーシャは嬉しそうにしながらハナと談笑している。
この子は警戒心とか危機意識とか、その類のものは持ち合わせていないのだろうか。
例えば俺たちが恐喝でもしたらどうするつもりなのか。
というか、そもそもこのゲームの目的が分かってないのか?
ええい、こっそりステータス覗かせて貰おう。
《戦闘レベル》1
《ダンジョンレベル》1
《攻撃力》10
《敏捷力》10
《器用さ》10
《知性力》10
……こいつ、何一つ振ってねぇ!
戦闘レベル1ということは一応チュートリアルはやったんだな。
にしても、こんな状態でダンジョンマスターという事を隠さない。
さらに冒険者と名乗る俺達をここまで招く。
……こやつ、大物やもしれんな。
にしても、ステータス無振りか。
ちょっと面白い事を思いついたかもしれない。
■ ■ ■ ■ ■
「なぁ、ここのダンジョンに滞在するとしたら何日は大丈夫そうか?」
「うーん……ちょっと待ってね。えっと、五日ぐらい?」
「最後の一日は観光に使うとして、一日余裕持って、三日間か。大丈夫かな」
「何かするつもりなの?」
「ちょっと同時通訳してもらっていいか?」
「あいよ」
ガタっと立ち上がる。
突然のことなのでメーシャはビクっとしていた。
セリフを噛まないよう、ちょっとだけ深呼吸をする。
「俺たち二人は冒険者ではない!ダンジョン査察官だ!貴様のダンジョンは見させて貰った!」
な、なんだってーという反応をしてくれてる。ありがとう。
ハナ、お前もなんだってーって反応したら意味ないだろ。
「このダンジョンは未完成すぎる!このままでは冒険者に一掃されてしまう!下手したら寝込みを野生のモンスターに襲われてしまう事だろう」
ぶるぶる震えるメーシャ。
というかその事実に気づいてなかったのかよ。
てかせめて扉ぐらいつけようぜ。
「そこで!俺たち二人がこのダンジョンをきっちり改造し、お前もまともに戦えるようみっちりしごいてやる。三日だ、三日で成果を出せ!」
サー!イエッサー!と答えるメーシャ。
多分同じ映画見た事あるんだろうなぁ。
アレ面白かったよね。タイトル忘れたし字幕だったけど。
「では、手始めにステータスの割り振りを行ってもらう。まず《カートリッジ拡張》を取得してくれ」
コマンドを操作するメーシャ。
このスキルはほぼ必須だからね。是非とも取っておきたい。
「続いて、残ったポイントを全て《敏捷力》に注ぎ込むんだ!」
「えっ」
「えっ」
「知性力取らないとダンジョン作れないんじゃない?」
採掘の回数が減るからな。
しかし、これに関しては問題ない。
なぜなら……。
「俺とお前、二人のへきへきで全力出せば三日で完成するだろう」
「あぁ、確かに。って、そっちのはへきへきじゃないわよ」
ハナは現在戦闘レべル11。知性力は指輪込みで47ある。
へきへきも10になり、でっかくなった事で基礎的なMPは格段に増加したはずだ。
俺も15になったからかつてよりは全然採掘できる。
このメンバーなら、最速三日もあれば四キロは採掘できる。
ちっこいへきへきの成長次第では五キロも可能であろう。
今回俺達はいくつか得るものがある。
一つは言いなりになるダンジョンマスター。
一つは採掘によって出たカード。これはほとんど貰っても良いだろう。
そして最後。情報だ。
「《敏捷力》が一気に65になる。50の時のスキルも分かるし、早ければ戦闘レベル5になって、75に何かあるかどうかも確認できる」
「なるほど」
敏捷力を極端に上げる事によって、何のスキルを覚えるのかという検証だ。
こういう検証は簡単には出来ない。
彼女には実験体になってもらおう。ケッケッケ。
「じゃあ、とりあえずカートリッジの受け渡しについて説明してくれ」
「あいよ」
まずはこれを教えないことには、採掘代行は出来ないからな。




