チート(言語)
「あたし、アン、ラッド、サロメ。皆に共通している事を分かる?」
「共通してること?」
知性力が25あることか。
いや、サロメはまだか。
どちらにしろ……。
「知性力が高いってことか?」
「まーそうだね。それプラス!」
うーん、何だろう。
いや、この話の流れから考えると……。
「あ、複数の言語を話せるな」
「せーかい」
ラッドもハナも普通に四か国語以上扱っている。
マーシュの本屋でバイトしているサロメも英語+フランス語+不慣れながら日本語だ。
アンはそもそも人間の言葉を話せる事が既に奇跡だ。
「どうも、知性力が高いと言語を覚えるのに補正がかかるみたいなんだよね」
「なるほど……」
だから俺がいくら頑張っても英語を覚えられないわけか。
え?関係ないって?
しかし、鬼姉妹もナフィで暮らしていた割には、英語もイタリア語もほとんど分からなかった。
彼女たちの知性力は初期値だった。
もしかしたら本当に関係があるのかもしれない。
と考えると、ハナは真っ先に《知性力》を上げた方がいいかもしれないな。
ハナは本気を出せばヨーロッパの言葉なら大体分かると言っていた。
これは『チート(語学)』のタグを付ける必要ができたかもしれない。
もし知性力が100になったらどうなるんだ。そこまであるか分からんけど。
ハナ曰くあくまで補正が付くだけで、勉強しないと習得はできないとも言っていた。
今ハナがここまで多国籍の言語を話せるのはやはり現実からの積み重ねもあるのかもしれない。
包帯を巻き終えた後、ハナは再び机に向かっていた。
今朝さり気なく買っていたイタリア語の辞典を広げている。
本当に勉強熱心だ。
特に意味もなくキスをして、俺は眠りについた。
どうやら薬が回ってきたらしい。
あ、ちゃんと歯は磨いてから寝たぞ。うん。
「ねぇ、起きて。緊急事態なの」
「ん……どうした?」
「ちょっと来て」
ハナに揺すられて目が覚める。
遠くで何か音が鳴っている。
これはコボルドからのサインだ。
眠い体を起こしてハナの示すモニターを見る。
中央部エリアへの出入り口で、一人の少女が座っていた。
東洋系の顔立ちでかなり整った顔をしている。その服装はかなりの軽装だった。
とてもじゃないが冒険者には見えない。
しかし、問題はそこではない。
「これは……」
彼女は左足の足首から先が無かった。
そこから血が流れ続けている。
かなりの血を失ったようで、少女は今にも死にそうだ。
彼女は必至に何かを抱えている。
それは……彼女の左足だった。
重奴隷。
何らかの理由で奴隷になった彼らは、脱走防止の為足に爆弾の仕込まれた装置を常に装着している。
軽奴隷も似たようなものを装着しているが、あくまでレプリカであり本物ではない。
この少女は重奴隷だったのだろう。
何らかの理由で逃げ出し、足の装置が爆発。
ここまで逃げ延びたと言ったところだろうか。
しかし、このままでは死んでしまうのは目に見えている。
助ける……か?
「どうする?はやく決めないと」
ハナは助けるか殺すかと言っている。
選択肢を与えてくる辺り、ハナは助けて欲しいという気持ちも混ざっているのだろう。
うーん。
「よし、助けよう」
「本気?」
本気?と言いながら、ハナの声は少し嬉しそうだ。
ラッド達の時のようにレベルが高い訳でもない。
少年のようにお金を持っている訳でも無さそう。
そんな少女をわざわざ殺す必要はない。そう判断した。
「本気も本気さ」
「分かった」
「可愛いは正義だ!」
可愛いから助ける。それでいいじゃないか。
転送で少女の元へ向かう。
熱が出ていて意識が朦朧としているようだ。
少女を抱えてハナに合図を送る。
マスタールームへ俺ごと少女を転送する。
「はやく寝かせて!」
「あぁ」
ハナのベッドで横たわらせる。
一応こういう時の為に用意しておいた添え木を、抱えていた左足に包帯で固定。
元の位置に戻る事を祈りながら足に固定する。
途中で包帯が無くなったので追加で購入だ。
その間、ハナは少女を《スリープ》で眠らせる。
昨日宿屋で泊まった時、たしかこのベッドに似たギミックが宿屋のベッドにも仕掛けられていた。
と考えると、宿屋のベッドは人間に対してある程度の治癒の効果がある。
逆に言えば、このベッドが人間に対しても適用できる可能性がある。
ハナがタオルで少女の額の汗を拭く。
頭、脇、首の後ろにタオルを敷いて様子を見る。
その間、俺はハナの部屋のモニター等を俺の部屋へと移動させる。
ハナも権限がない人は中から外に出られないように設定する。
悪いがハナの部屋から出すわけには行かないからな。
ものの10分で、少女は大分顔色が良くなった。
ベッドは効果を発揮しているらしい。
普段使わない炊飯器の電源を入れる。
おかゆを作る為にちょっとだけ焚いておこう。
何時に起きるか分からないから、夜明けぐらいを目途に予約を入れるだけだが。
「ハナ、俺の看病で大分疲れたろ。交代で休もうぜ。俺寝たし」
「分かった」
「俺のベッドで寝るしかないかな。血がついてたらごめんな」
「あいあい」
そう言うと、ハナは俺のマスタールームへと向かった。
俺は自分のノートと筆記具を持ってくる。
今のうちに昨日の分も含めて書き込んでおこう。
何か戸が閉まるまでの間に、何か俺のベッドの枕でクンカクンカしてる痴女がいた気がするが気のせいだと思うことにした。
俺は少女が眠る隣で、時折タオルを変えながらノートへの書き込みをしばし続けた。
ハナと何度か交代して看病する。
少女が目を覚ましたのは、それから十時間以上後の事だった。
■ ■ ■ ■ ■
少女が目を覚ました時、俺は朝食を作っている途中だった。
まだ違和感が残るものの、右腕は十分使える程まで回復していた。
少女が目を覚ますのを確認すると、ハナに通信機で連絡を取る。
「ハナ、彼女が目を覚ました。一回転送するぞ」
『ん、分かった』
ハナは現在第一階層、鬼姉妹の居住スペースの近くを採掘している。
次に誰かが加入した時の為に、今のうちにある程度スペースを確保しようという事だ。
第二階層は俺が全快してからにした方がいいというのも含まれている。
ハナが戻ってくるまでの間、しばらく少女はぼーっと天井を見上げていた。
やがて体を起こすと、周囲の状態を確認。左足ががちがちに固められているを眺めている。
俺はどう声をかけていいか迷っていたので、とっととハナを転送する。
少女の目の前に出てきては都合が悪い可能性があるので、ハナの転送先は俺の部屋だ。
「悪い、俺こういう状況苦手で……」
「任せときんしゃい。ちょっと失礼するよー」
ハナは少女に近づくと、様々な言語で話しかける。
試した結果……英語だけに反応したようだ。
彼女のステータスを確認しておいたが、器用さが伸びていて知性力は10のままだった。
恐らく英語しか話せないと見て間違いないだろう。
しかし、ハナが英語で話かけても時々首を振る程度で声を発しない。
どういうことだ?英語が話せないのか?
こっそりハナに聞いてみる。
「どうだ?彼女英語話せないのか?」
「いいえ、元は話せたはずなんだけど……。どうも脱走の時の恐怖で声を失っちゃったみたい」
あー、自分の左足が爆発して使えなくなるのを目の当たりにしたらそうなるか。
いや、もう命を落とすというところまで行ったんだ。
命を拾われただけでも彼女は幸運なのかもしれない。
ハナが彼女に一声かけて、左足の様子を見る。
ガチガチに包帯で固められていた足の包帯を外していく。
少女は目をそらしている。確かに俺が彼女の立場だったら怖くてそうするか。
「……おぉ!」
「何でもアリだな、このベッド」
足はほぼくっついていた。
吹き飛んだ部分もどこからか肉がつき、形自体はかなり元に戻っている。
まだ完全に回復できてはいないので跡が残っているが、この分なら今日中にも全快するだろう。
朝食は馬鹿の肉を使ったサンドイッチ。
少女にはおかゆを用意した。
おかゆはナフィで売っていた山菜を漬け物代わりに添えている。
小松菜のような味がするのでちょうどいいかなと期待していた。
少女はペロリとそれを平らげ、さらにサンドイッチも一つ食べていた。元気なのは何よりだ。
一応多めにサンドイッチの素材を用意しておいて正解だった。
さて、勢いで少女を助けてしまったがこれからどうするか。
ワンチャンここで一緒に住むかとも考えたが、ハナが反対する。
俺も提案しておいて何だが問題点が多すぎる。
ナフィに戻す案は予想通り少女が抵抗感を示した。
どうやらナフィからフマウンへと売られる馬車の途中で脱走したらしい。
となるとフマウンに送る案も同時に消える。
という事は、答えは一つ。マーシュだ。
マーシュで頼れる相手といえば、サロメぐらいしか心当たりがない。
もし彼女にお願いし、ダメだったとしたら家を買おう。
そしてそこに住まわせて、俺達が使う時までの間メンテナンスしてもらうのがいいのかもしれない。
ハナと意見を交わし、結局彼女が眠りについた今夜にする事に決定。
彼女の目を盗んで第一階層の処理や採掘をこなしつつ、夜まで待った。
「なぁ、彼女何で重奴隷になったんだ?」
「やんわりと聞き出したんだけど、両親が重奴隷だったみたい」
「なるほど……」
両親が重奴隷。その子も重奴隷。
大きくなった彼女は、体を売られてフマウンに。
これまでも結構悲惨な目にあっているようだ。
しかし、ナフィという町ではこれが日常なのだろう。
あの温泉や美味しい食事の裏には、彼女のような存在もいる。
それを否定する権利は俺たちには無いのかもしれないが、何かやるせない気持ちになった。
その日の夜、少女が眠りについたのを確認すると、俺は彼女を背負った。
そして、一路マーシュへと向かう。
■ ■ ■ ■ ■
冒険者にとって、夜道は非常に危険だ。
しかしぶっちゃけた話俺達には関係ない。
もし仮にモンスターが襲ってきたとしても、モンスターより俺達の方が暗闇に強いので問題がない。
俺は少女を背負い、マーシュへと向かう。
ちなみに今回はハナとコータと一緒だ。
ナフィへ行った時は鬼姉妹と一緒だったので、コータと一緒に外出は久々かもしれない。
まぁ光る壁の処理ではいつも一緒だし、マスタールームでもよくイチャイチャしてるんだが。
コータの《警戒》で周囲をチェックしつつ進むが、思いの他モンスターの襲来は無かった。
冷静に考えて、モンスターもこんな時間普通寝てるよなぁ。
もしくはこの辺りの冒険者は夜出歩くこともなく、モンスター側も夜襲をかける発想が無いのかもしれない。
俺がダンジョンから初めて出てきた辺りで夜中に遭遇したコボルドとゴブリン。
どっちも外にはほとんどいなくなってしまっているからなぁ。理由は違うけど。
道に出て東へ向かう。
念の為コータにはちょっと離れたところを飛んでもらう。
悪いな、後でいっぱい魚食べさせてやるからゆるしてくれ。
ところでハナ、眠ってる少女の顔をニヤニヤ眺めてるんじゃない。
周囲を警戒しなさい警戒。
道中で背中がもぞもぞと動く。
少女が目を覚ましたのだろうか。
「おー目をごしごししてるの可愛いー」
「そうじゃなくて、急いで光源出せよ」
「おぉ、そうだった」
普通の冒険者は光無しで夜間外を出歩くなんてしないはずだ。
モンスターに見つかるかもしれないが、まぁこの辺りの相手なら問題ないだろう。
結論から言うとマーシュまで全く出てこなかったんだが。
途中で少女は自分で歩くと言っていた。
足が少し心配だったが、気を使い過ぎるのもいけないか。
ハナが左側に立って手をつなぎ、何かあった時のサポートに回る。
マーシュにつくまでの間、ハナが少女にこれからどこへ向かうのかという説明をする。
俺達は面倒を見る余裕がない事。
これからマーシュという場所へ向かう事。
そこは田舎町なので奴隷はメジャーではないこと。
ここらへんの事をきっと話しているのだろう。
まぁ英語だからわかんないんですけどね。
マーシュに到着した。
この漁村は昼間に来てそのまま帰る為、夜中がどうなってるのかは初めてみた。
案外酒場や冒険者ギルドは明るかった。
そういえばナフィも夜中は割と明るいところ多かったなぁ。
照明技術が優れた世界なのかもしれないなぁ、この世界は。
普段暗闇でも目が見えるからあまり気にしなかった。
「で、どうする?宿とって朝出直す?」
「うーん。一応ダメ元でお店見てみないか?」
「えー?絶対しまってるでしょ」
「まーダメ元で」
チラッとみてみるだけの予定だったが、本屋は明かりがついていた。
昔の感覚では夜10時を過ぎている頃だと思うので、少々意外だった。
と思ったら明かりがついているだけで戸はしまっていた。
ちょっと裏に回ってみる。
窓からサロメが見えた。
どうやら勉強しているようだ。
この明かりは勉強している時のものだったのか。
コンコンと窓をたたく。
サロメは気が付くと、小走りで走ってきた。
窓の鍵を開けて開いてくれた。
ちなみにコータは屋根の上に退避している。
「悪いな、こんな時間に。急ぎの用事だったから」
「いえ、如何なさいました?」
「ちょっと話というかお願いがある。中に入れて貰ってもいいか?」
「えぇ、どうぞ」
物凄いスムーズに会話が成立したが、ちょっとしてから気づいた。
あれ、サロメ日本語めちゃめちゃ上手くなってね?
「どうぞ」
「ありがとう」
「いえいえ。それで相談とは?」
話が物凄いスムーズで違和感を感じる。
あの片言だった頃のサロメはもういないのか。
「この子についてだ。ちょっと相談というかお願いしたいことがある」
「はぁ……」
サロメにこれまでの経緯をある程度改ざんしながら説明する。
この子が重奴隷であること。
逃げ出して足を爆破し切断され、俺達が保護した事。
英語が分かるようだが、恐怖の体験から口がきけなくなってしまったこと等。
助けたはいいが、俺達では保護は出来ないこと。
「……なるほど、事情は分かりました」
「彼女の受け入れ先を探すのを手伝って欲しい。俺達は残念ながら、あまり留まれない」
「大丈夫です。私の家でお預かりしますよ」
「……いいのか?」
聖女か。
しかしありがたい。
「えぇ、私の家は母と二人暮らしなんです。部屋は余ってますし、妹が出来たみたいですし」
「そうか。ありがとう。……ハナ!」
「うい」
ハナがバインダーから魔法カードを取り出す。
ファイアとフリーズを五枚ずつ。お店で買うと3000アモル相当だ。
多分これを売るだけで一か月ぐらいは一家で生活できるはずだ。
ただ彼女はこれを買う為に働いているので、活用してくれると思う。
これ以上は少女自身が何とかするべきだろう。
「これは……いいのですか?」
「あぁ、お礼という事にしておいてくれ」
「あの……ありがとうございます!」
交渉は成立した。
少女もどこかほっとした表情をしている。
「それで……あの、この娘のお名前は?」
「あっ……」
聞いてなかった。
ハナが近くに寄って来て耳打ちする。
「彼女、生まれた時から重奴隷だったから名前が無いのよ」
「あー……」
うーん……。
あ、そうだ。
「この子、奴隷だったから名前が無いみたいなんだ。良ければ君がつけてくれないか?」
「私が……ですか?」
これは少女の為でもある。
俺とハナのネーミングセンスに任せてはいけない。
「では、よろしくお願いします。アリサ」
「アリサか、良い名前を貰ったな」
アリサは嬉しそうにしていた。
日本語での会話だが、流れで大体わかったらしい。
名前が今まで無かったので、喜んでいるのだろう。
その横で、俺は心底ほっとしていた。
よかった。普通の名前だ。
それから、俺達は明け方まで滞在させてもらった。
お店を出ると、少女は深く頭を下げていた。
短い間だったけどさびしいものだ。
用を済ませた俺達は、マーシュを後にした。
コータは人目につかないように、そっと俺の近くに寄ってきた。
マーシュを出て二キロぐらいの場所で思い出した。
コータ用の魚を買うのを忘れた。
……まぁ、いいか。




