喪失
四体のコボルド達は現れてくれた。何故か臨戦態勢で。
後で知った事だが、彼らは食糧を確保する為に野生動物を狩っていたらしい。
寝ている時に呼び出してたら大変なことになっていた。
突如現れたコボルド達に狼狽するゴブリンたち。こちらに向かう勢いが少し弱まる。
それを察知したか否かはわからないが、アンは相手の先頭に向かってファイアを打ち込む。
呼応するように、イアンは恐らく弓がいるであろう場所に向かって《矢の雨》を使用する。
ただでさえへろへろな相手の弓矢の威力が大幅に下がった。
自分が弓矢を持っていると悟られたら、自分の方に撃たれると思った弓矢ゴブリンがいたからだろうか。
俺はそれを見て両手に棍棒を出す。
勢いに乗って、突出してきたゴブリンを二体程殴りつける。
それを見て完全に足を止めてしまったゴブリンもいた。
とはいえ多勢に無勢。このままではいずれ押し戻されてしまう。
どうにかしてあの男を止めなくては……。
チラッとあの男の方をみる。火の玉を三つ出している。
おいおい……奴の装備してるカードはどうなってるんだよ。
相変わらずにやにやしながらこちらを見ている。くっそうぜえ。
男はさらにこちらを強くにらむ。あれは……火の玉の輝き方が違う、まずい!
男は俺めがけて二回目のファイアの連射を放った。
しかし以前ハナが出したものと同じだ。あれは《ロックオン》を使っている。
《ロックオン》まで使えるのかよ、どういうことだ。
あの超誘導の魔法が三つとかふざけるなとしか言いようがない。
目の前で殴りかかってこようとするゴブリンの一体を抱きかかえる。暴れられるが知ったことではない。
火の玉を引きつけて引きつけて……《ハイジャンプ》!
一発は何とか避けることができた。その一発はゴブリンたちに向かって命中。
しかし二発目は避けるのが難しいラインだ。最後のは多分無理だろう。
そこで、ゴブリンを盾として使う。
二発目をゴブリンの背中で受け流し、最後はゴブリンを完全に肉壁として使わせてもらう。
高火力のファイアを盾として使われたゴブリンは、悲鳴を上げながらその生涯を終えた。
ピンチは終わらない。俺は《ハイジャンプ》の着地地点まで計算できなかった。
俺の着地地点はゴブリンたちのど真ん中だった。
覚悟を決めて、着地地点のゴブリンに向かって《ハードヒット》をする。
着地には何とか成功したものの、ゴブリンたちに囲まれてしまった。
《ハイジャンプ》しようにもそれを阻止しようとワラワラ囲んでくる。
アンが俺の近くのゴブリンの一角にファイアを放つ。そのお陰で勢いに飲み込まれる事はギリギリなかった。
コボルド達にもゴブリンが迫る。ヴァンとダンが必死に食い止めてはいるが、いつか押し切られそうだ。
イアンが男に《矢の雨》を放つ。
しかし男の近くのゴブリンが盾を構えて防いでしまう。
くっそ、ジリ貧だ。
男は三度火の玉を出現させる。
またゴブリンを抱えてハイジャンプするか?
そう思ったが、男の目線がこちらではなかった。
火の玉に《ロックオン》がかけられる。
そして三連発のファイアが放たれる。
目標は……イアンだった。
ダンが盾でファイアを受け止めに行こうとし、ヴァンが抱きかかえて《ハイジャンプ》をしようとする。
しかし両者とも目の前のゴブリンに足止めをされてフォローが出来ない。
アンがイアンの前に立ちはだかって、身を持って守ろうとしている。
だが下手したらコボルド全員がファイアに巻き込まれてしまう。
俺も助けに行きたいが、ゴブリンたちがそれを許さない。
せめてもの足掻きでコータの《撹乱》を男に放つが、火の玉は悠々とそれを避けた。
イアンが走り出した。
何としても全滅だけは防がなければならなかった。
彼女はゴブリンの集団の中へ飛び込んだ。
火の玉はゴブリンの集団に向かって降り注ぎ、俺達が全滅することはなかった。
しかし、イアンは前衛ではない。鎧も着ていないし、硬いわけでも無い。
イアンに飛びこまれたゴブリンは、各々の武器でイアンに殴りかかる。
やめろ、間に合え、ええい邪魔だ!
俺はイアンの方向へ無理矢理に《ハイジャンプ》をした。
途中、短剣で腹を少し刺されたがそれどころではない。
でないと……!
《ハイジャンプ》で跳ぶ俺の目の前で、イアンはゴブリンたちの槍に背中から貫かれ、光となって消えた。
■ ■ ■ ■ ■
目の前で仲間を失った。
その事実で頭が真っ白になりゴブリンを殴りたくなる衝動に駆られるのをぐっと我慢する。
現状のまま殴りつけても何一つ解決しない。
全滅するような事は絶対にあってはならない。
出なければ、命を懸けて仲間に被害が及ぶのを避けたイアンに顔向けが出来ない。
《ハイジャンプ》でコボルド達と合流する。
考えろ、考えるんだ。
このままでは全滅してしまう。考える事が今俺が出来る最大の事だ。
逃亡は恐らく出来ない。男を倒すにもゴブリンたちが立ちふさがる。
男は何度でも魔法を使ってくる。
そう、九発も……。
乱発する魔法
妙に演出好きな性格。
まるでお城のような最終防衛地点。
そう。ここは綺麗なんだ。
綺麗すぎる。ダンジョンでこんな部屋を作れたか?
この場所は特別だ。
特別なんだ。普通の場所とは違う。
ここは…………。
俺はある可能性を考え、コマンド(・・・・)を出すよう念じた。
かつてハナとダンジョンの作成計画を練っている際、一番最初に考えたことがある。
ダンジョンマスタールームというのは何だろうということだ。
ダンジョンマスタールーム。魔王の城に例えれば魔王が居座るラスボスの間。
神殿でたとえれば主が居座る神聖な場。
敵の城で例えれば相手の国王が居座る王の間ともいえる。
しかし俺達はそうは考えなかった。
デメリットがあるのだ。長いダンジョンでモンスターと戦い魔法を消耗。
そしてその最奥でボスと戦う。限られた手数の中でどうするか。
俺達は戻る事を阻止する意味も込めて、ダンジョンの入口から二キロもの距離を置いた。
しかしこのダンジョンは頑張ればボスの部屋の前から引き返すことが出来た。
それと同じだ。
このダンジョンは、デメリットというものを考えていない。
もはや確信があった。
ここは、ただのボス部屋じゃない。ダンジョンマスタールームを流用して作った部屋だ。
だからこそデザインがこんなにも自由で、尚且つ弾切れの心配がなく魔法を乱発出来る。
コマンドは出てきた。
何故もっと早く思い至らなかったんだという焦りに一瞬襲われるがなんとか踏みとどまる。
ステータスを開く。ハイゴブリン六体に多くのゴブリンを倒した甲斐があり。戦闘レベルは10になっていた。
そして戦闘レベル5の時と同様にボーナスポイントが5貰えている。
俺は《攻撃力》に全て振った。これで攻撃力は50になった。
ステータスを即座に閉じたが、スキル欄は恐らくスキルが増えているだろう。
棍棒を構えると、その新しいスキルをゴブリンたちに叩き付ける。
両手の棍棒が強い光を放つ。
棍棒は両方振り上げられ、そして強く地面をたたく。
地面にはクレーターが出来、前方のゴブリンたちは吹き飛ばされる。
ハイゴブリンで見たスキル、《衝撃波》だ。
しかしゴブリンたちは一撃では倒れなかった。
威力が足りない?いや、勢いが足りないのか。
《ハイジャンプ》で高く飛び、そのままの勢いで《衝撃波》を行う。
それまでの倍近い大きさのクレーターが出来、近くにいた十体程度のゴブリンが一撃で倒れる。
多くのゴブリンはそれを見て恐慌状態に陥る。
一部のゴブリンは逆に興奮状態となるが、そこに駆け付けたダンとヴァンが助太刀に来る。
もはやゴブリンたちの壁は存在しない。
男に向かって《ハイジャンプ》をする。
男の顔は、もうにやけてはいなかった。
決着を付けようじゃないか。
■ ■ ■ ■ ■
男へハイジャンプしようとした時、脇にいたゴブリンが弓を構えていたのが見える。
コータが《撹乱》して黙らせる。
男の脇にいた盾をもったゴブリンが木の盾を構えて立ちふさがる。
《ハードヒット》で張り倒そうかと思ったが、後ろからファイアが飛んで来た。
ゴブリンは盾ごと火に包まれて退散する。後ろを振り向いていないが、アンだろう。
男は火の玉を三つ出現させて体の前に出す。
このままでは突っ込む事が出来ない。火傷してしまう!
とでも思ったか?
確信が無いけど俺には分かる。
その三つ出すのは《知性力》50のスキルだろ?
ということはそれは攻撃用のスキルって事じゃないか。
攻撃用のスキルってことは、《カウンター》が効くんだよ。ばーか。
《ハードヒット》を出す。いつものモーションではなく《カウンター》のものだ。
俺はそのまま火の玉の中に突っ込む。
一瞬で体が炎に包まれる。服が焼けるが関係ない。
男に一撃、二撃、三撃。
恐らく魔法特化だったのだろう。男はあっけなく命を落とした。
光となって消え、後には男が装備していたカードと、金色のカードだけが残った。
髪がかなり焦げてしまった。服もボロボロだし何より仲間を一人失ってしまった。
それでも冷静に考えれば大勝なのだが、どうもスッキリしない。
俺はとりあえず男が座っていた椅子に腰を掛けた。流石に疲れた。
男が倒れてから、ゴブリンたちの抵抗はほとんどなかった。
倒れた瞬間に扉が開き、ハナが駆け込んできたのが印象的だった。
今はゴブリンににらみを効かせながらコボルド達に指示を送っている。
男が座っていた椅子は回復量が多いベッドを改造したものだった。
多少傷ついてもこれに座れば回復できるのか。
これは参考になるな、お金が余ったら作ってみたい。
モンスターカードも残っていた。
パーティーが組まれ、百以上のゴブリンがまだ生き残っていた。
以前二百以上だったことを考えると、非戦闘要員はまた別にいるのかもしれない。
そして三枚目。初めて見るカードだ。
Maian Roache
マイアン・ローチ。
恐らくダンジョンマスターだった男の名前だろう。
しかしダンジョンマスターを倒したら死体は出ずに消えるのか。
人間とは明らかに違う処理なのだろうか。
今まで俺の手足となってくれた棍棒だが、今は床で二本ともメラメラと燃えている。
流石に燃えている状態で戻す事は出来ず、たき火となっている。
考えればこいつらには凄い世話になったな。
いわば相棒……相棒?
……やっべ。
急いでバッグを見る。
自分はカウンターで強化されたからともかく、コータは無強化じゃないか。
背負ったまんま火の玉に突っ込んでしまった。
大丈夫か?焼きコウモリになっていないだろうか。
バッグはかなり焦げていた。
急いで口を開け、小さな相棒コータを取り出し……あれ?
そこにはでっかいコウモリがいた。
五倍ぐらいの大きさになっている。めっちゃバッサバッサ言ってる。
アンはコボルドの中でも小さい方だが、翼を広げれば大体同じぐらいの大きさかもしれない。
あれ、俺の相棒こんなんだっけ……?




