奪命
洞窟を指してアンの様子を見る。
首を横に振っている。特に知らない洞窟のようだ。
危険な洞窟という点では、二つ程考えられる。
まず凶暴なモンスターがいる説
アンに聞いて知らないということは最近現れたか、存在を隠すのが上手いのか。
もう一つはダンジョン説だ。
このゲームは俺達二人専用なのか、それとも大人数参加型なのかが不明だ。
しかしストーリーのようなものが一切ない以上、自分は後者の可能性が高いと考えている。
そうすると、他のプレイヤーが作ったダンジョンが存在してもおかしくはない。
その場合、罠や仕掛けが存在する可能性も高い。
ともあれ放っておくのは非常にまずい。
とりあえず偵察だけでもしておきたい。
コータのコウモリを先行させて洞窟の中に足を踏み入れる。
入ってすぐに、小さな空間があった。
しかしここで一つ確信する。
これはダンジョンだ。自然に発生する形ではない。
《採掘》で堀ったダンジョン特有のものだ。
というか見ればわかるものなんだなぁ。
ダンジョン全体を一度細工した方がいいかもしれない。
右側に通路がある。
その通路を進もうと……。
中はキッチンがあった。
床には毛布を敷き詰めている男が一人爆睡している。
土で囲まれているが、ここで生活しているのは間違いない。
まさか……これで終わりなのか!?
ダンジョンマスタールームだとでも言うのだろうか。
部屋一個作ってダンジョンを解放したのか。
その先にも通路というか廊下が存在するのはわかるが、その先は明らかにトイレと風呂場だ。
しかしこの男、かなり引き締まって良い体をしている。
身長もかなりあるし、現実世界ではボクサーとかやってたと言われても納得する。
さて、殺すか生かすか考えなければならない。
このゲームの敗北条件はダンジョンの完全攻略だ。
しかしダンジョンの最奥(?)まで反応しないということは、このダンジョンをクリアする為にはこの男も殺さないといけないのだろう。
とはいえさすがに気が引ける。どうしたものか……。
しかしへきへきはこの男に向かって威嚇をしている。
何かを感じるのだろうか。
ふとここがダンジョンマスタールームということに気づく。
ということはコマンドが開けるのではないか……?おぉ開けた。
男を指さしてステータスを開いてみる。
……何だこいつ。《戦闘レベル》は3だが、スキルも何もないしステータスに一つも振ってない。
振り方を知らないのか?
いや、待て。こいつ無振りステータスなんだよな?
なんで戦闘レベル3なんだ?まさかこのステータスのままレベル3になるまで戦ったってことか?
しかし同時にバカっぽくもある。
ステータスの振り方も分からないし、ダンジョンの出現もあまり考えてないし。
俺達のダンジョンの隠し扉は見つける事も出来ないし、見つけてもその先の扉は開けなさそうだ。
こいつは利用価値があるかもしれない。
考えていると、男が目覚めてぼーっとこっちを見ている。
そしてガバッと起きて何か嬉しそうにしている。
警戒しないのか?とりあえず人間に会えてうれしいのだろうか。
しかし嬉しそうにしているところ悪いんだが、何を言っているのか全く分からん。
俺、日本語しかわからないんだ。
■ ■ ■ ■ ■
うーん困った。相手が敵対心をあまり見せてないのがせめてもの救いだろうか。
仮にアンと彼が話せても俺が通じなければ意味はない。
それに彼の様子とアンの困惑ぶりからして、英語でも無さそうだ。
どうしようか。ええい、こうなったら呼ぶしかない。
助けてーハナ〇もーん!
通信機の使える俺達のダンジョンの入口まで戻り、ハナに連絡をとる。
ハナが出たので説明をする。
かくかくしかじかうまうまばかばか。
ハナと合流し、例の男と会う。
コボルドと見つめあってて凄いシュールだった。
ハナが「ハロー」というが、「ハ、ハロー」みたいな感じで非常に拙い。
しかし、男が何かぽつりと独り言を言ってからハナは合点が行ったらしく、ペラペラと英語ではない何かを話始めた。
男はパーっと明るくなって、饒舌に話し始める。
何がなんだか分からない。
ちなみに隣で聞いているアンの様子を見るに、アンでも分からない言語っぽい。
たしか彼女は英語とフランス語を多少できる程度だったはずだ。
つまりこれ以外の言語ということだ。
「なぁ、これ何語なんだ?フランス語でも英語でも無さそうだけど」
「あぁ、スペイン語よ。昔一度行って、去年一週間ぐらい滞在した時楽しかったから覚えといたの」
覚えといたの。じゃねーよ!
どうやらハナ曰く、スペイン語はフランス語より得意らしい。
ちなみにポルトガル語は苦手なんだとか。苦手とはいえちょっとは分かる辺りが異常である。
こいつ予想してたより異常な語学力がある。スーパーバイリンガルハナと名付けよう。
次俺の予想外な語学力を発揮したら、『チート(語学)』をキーワード登録してやろうか。
いやすでに充分チート級なんだが。
男はスペイン人で、将来は多国籍で活動したいらしい。
名前はロベルト。サッカー選手でそんなのがいた気がした。
体の良さからスポーツや格闘技はやってそうだ。俺の見立てでは、軍人志望だったのではないだろうか。
しかし英語ができない。なので英語のゲームを買って、それで勉強するつもりでコレに巻き込まれたと。
ちなみに買ったのは昨日の事だという。
「にしても、英語が出来ないのに英語のゲーム買う奴はどこかおかしいわね」
「ほんとだよな」
「ねー」
後頭部をスパーンと叩かれた。痛い。
男は俺よりは英語が出来た。
しかし小心者なのか、あまりコマンドは弄らなかったようだ。
一応読めたキッチンとトイレとバスは最低限必要なので買ったらしい。
肉を買って、上から持って直火で焼いてるとかなんとか。
ハナは現在フライパン他必須道具の買い方、光度調整の方法、部屋の模様替え等のレクチャーをしている。
この男はどうやら何度か襲撃に来たゴブリンを素手で倒したらしい。
それでレベルが4になっていたのか。
光る壁は一度出現させたが、だんがーの意味が分かったらしい。
しかし一日経って強制解放。出てきたモグラ男を素手で倒す。
化け物か。
ステータスを変更する方法は伏せておく。
彼は非常に強い。ステータス強化なんてしたら脅威になってしまう。
装備の方法も伏せたかったが、フライパンが使えないので断念。
ちなみに彼は発売日には買わなかったらしい。
この世界に来てまだ二日だが、心細かったのと仕様がまったく分からないのとで苦労したようだ。
彼とは不可侵条約を結んだ。
定期的に英語を教えてほしいようだが、俺が断った。
ハナがなんで?って聞いてきたのでお前は俺のだからな(キリッ!と言ったらパシーンと叩かれた。
しかし満更でも無さそうだったのを俺は見逃さない。
■ ■ ■ ■ ■
ロベルトのマスタールームを後にして、俺達は俺が昨夜掘った分とハナが今朝掘った分の光る壁の処理をすることに。
ハナは勉強の途中だと言うので別行動。残ったメンバーで一気に処理をする。
正直へきへきのレベル上げがメインなのでコボルドの人員を減らした方がいいのだが、そうは出来ないのには理由がある。
俺とハナの場合は怪我をしてもベッドで寝ればいい。
コータは基本的に怪我をするとしたら出したコウモリの方だ。へきへきも戦わない。
しかしコボルド達は怪我をした場合、即座に治癒する方法がない。
一応救急箱をコボルド達専用のものを一つ用意してアンに持たせてはあるが、骨折とかした場合は今後に響いてしまう。
なので安全第一で人数は削ることができない。
三つ目の光る壁を出現させた時、出てきたのはリザードマンだった。
リザードマン自体は三回か四回か倒した記憶があるが、今回のリザードマンはいつもと違った。
弓を持っていたのだ。とはいえ出現時点で前衛三人に囲まれているので普通のリザードマンよりカモではあった。
しかし落とした銀カードが普通とちょっと違う感じだった。
あろーらいん?ハナに聞いてみるか。
『アローレイン。矢の雨って意味じゃない?』
《矢の雨》か。弓矢専用の戦闘スタイルカードかな。
《二刀流》が非常に役に立っているのでこれも使えそうだ。
五つの壁の処理を終え、一度コボルド達と別れて食事をとる。
食後、ある程度溜まった資金を使ってコボルド達の居住スペースの設備を良くする。
まずそれぞれの部屋にドアを設置。共同で使うトイレも併設。
居住スペースの入口には緊急時に隔壁になる装置を設置。入口監視用のモニターと、連絡用の装置も設置。
それと大型のキッチンを設置。換気扇があったので設置したけど、その空気はどこに行くのか考えてはいけない。
ハナにも疑問視されたが気にするなと言っておいた。
ちなみにこれでアモルはすっからかんだ。
少しでも資金を浮かす為に、晩飯代わりに外で野生動物を狩る事に。
コボルド達はスライムにありつけない時は狩っているらしい。
ちなみにこの辺りで良いのが少し西に生息するイノシシだとか。
ヴァンの先導でイノシシがよく出没する場所へ移動する。
コータにかかればイノシシ探しは容易だった。レベルがさっき上がったのもあるかもしれない。
一人で木の実を食べているイノシシを見つけ、《矢の雨》を使ってみる。
イアンがいつものように弓矢を構えて撃つ。
あれ?五メートルぐらいでボトっと落ちた。
イアンも首を傾げている。
いや、これは矢の雨だから上に撃つんじゃないか?
試しにイアンが斜め上に向かって撃ってみる。
矢は空に向かって飛んで行き……。
「……なっ!」
思わず声が漏れた。
分裂したのだ。六つに。
まさに雨のように矢がイノシシに降り注ぎ、一本が足に、二本が胴体へと突き刺さる。
イノシシは足を負傷して暴れつつ逃れようとする。
どうやら《矢の雨》の後は硬直が発生するらしい。
まぁこれだけ強いのだからそれぐらいはいいだろう。
もう一つ欠点をあげるとすると、屋内やダンジョン内では使えないだろう。
ボス部屋は天井を高めに設定してあるために使えそうだが。
硬直から回復したイアンはすぐさまもう一度矢を装填してイノシシに射かける。
矢は光を放ちながら上空へと飛んでゆく。
先ほどは光は放ってなかった。
つまり《ロックオン》を使ったのだろう。
誘導された六つの矢が、イノシシの体を的確に貫く。
イノシシは悲鳴をあげながら絶命する。
あれだけの矢を受けたので当然だろう。
しかしこれだけ強いのにロックオンが適応されるとは……。
矢の雨が強いのか、ロックオンが強いのか。
いや、両方なんだろうな。
■ ■ ■ ■ ■
イノシシはダンジョンに帰った後、ダンとヴァンに解体してもらった。
合計三頭倒して、俺とハナが今夜食べる分だけ貰い後はコボルド達に譲った。
野生動物とモンスターの違いの一つは、死後消えるか消えないかだそうだ。
確かに動物を狩ったら消えられたら困ってしまう。
モンスターは食糧にならないのは面倒だ。
というかその理論だと、スライムは踊り食いか。ますます食べる気がなくなる。
その後ハナがへきへきを抱いて《採掘》をし、終わった後にまとめて光る壁を処理する。
コボルド達も大分手馴れてきたようで、出ては倒すの繰り返しだ。
もはや光る壁に関してはほぼ敵じゃないと言っても過言ではない。かもしれない。
経験値は分散されまくるが、倒した敵が昨日と今日で二十を超えるので流石に全体的にレベルが上がっている。
へきへきは戦闘レベルが5に、それ以外のメンバーも皆一つか二つ上がった。
へきへきは全体的に《知性力》寄りに成長しているようだ。
MPを供給できる量も最初に比べてかなり増えているようで、それが採掘の効率上昇へ大きく貢献している。
その後、居住スペースに保健室のようなものを作った。
安物のベッド二つとキッチンを設置。
ハナからの意見で冷凍機能付き冷蔵庫も設置。氷があった方がいいからだ。
キッチンにした理由はお湯が必要な場合がありそうだからだ。
保健室専用の救急箱も置いた。高いので一個だけね。
骨折した時用に添え木に使えそうなものをいくらか拾って消毒しておく。
保健室の設置を急いだのには理由がある。
コボルド達の中に妊婦がいたのだ。
人間と比較すると安産の可能性が高いらしいが、それでも少しでも安全に出産させてあげようと思うのは自然だろう。
コボルド達は安全な場所の確保だけで十分だと言っていたが、こちら側が必要だと判断した。
戦闘する以上、いつ怪我があるか分からないしな。
夕食はイノシシステーキだった。なんてシンプル。
癖が強かったが、やはり自分で狩った獲物は美味い。
あ、ちゃんと俺も狩ったぞ。頑張って殴った。
コボルド達オススメの野草は臭みを消してくれて非常に助かった。
シャワーを浴びて布団に潜る。
体を動かしているからか、この世界に来てから基本的に睡眠に入るまでが早い。
夢の中でハナときゃっきゃウフフしている。
うお、凄い。このハナきょぬーだきょぬー。
何だよ叩くなよ、痛い。痛いから叩くのやめて。
「……て、起きて!」
「うお、何だ?」
マウントポジションでハナにバシバシ叩かれていた。
こんな激しい夜這いはちょっと……。
「侵入者みたい。コボルドから連絡があったの。」
「侵入者!?」
一発で目が覚める。
モニターで入口を確認する。いた。
入口に一人の少年が座り込んでいる。
中の様子を伺っているようだ。
まぁ人間にとっては、中は真っ暗で何も見えないはずだが。
しかし何でこんなところに。どうやら冒険者とかではなさそうだ。
「どう思う?」
「何かポケットに大量の宝石が入ってるみたいなのよね。」
「ん、どれどれ……」
本当だ。少年は小汚い感じで、決してこんな宝石を持てる感じではない。
となると、宝石を盗んで来て町から逃げてここまで来た、という感じだろうか。
少年のステータスを確認すると少し素早くて器用なようだが、はっきりと言って弱い。
「……どうする?」
ハナの言葉が重く刺さる。
このまま見逃すか、それとも殺すかということだ。
ダンジョンの育成には、ダンジョンの中で人が戦うか倒される必要がある。
倒されるという表現は美しく聞こえるが、要は殺人だ。
この世界のNPCと言えど、立派に生きているんだ。
俺達は脱出すると決めた。
それには人を、このダンジョンの中でいっぱい殺すということが必要不可欠だ。
この少年は町から逃れて一人きりだ。
仮にこの場で殺しても、町から捜索隊は出ないだろう。
捜索されていて発見されなくても、モンスターに殺されたとして処理されるはずだ。
要は俺に覚悟があるかどうか。それだけが問題だ。
「私が行こうか?それともアン達に任せる?」
「いや……俺がやる」
いつか来るとは分かっていたんだ。人を殺すのに慣れないといけない。
俺はキッチンで一口水を飲むと、ハナにお願いして転送してもらう。
転送が済むと、座り込んでいた少年の真横に出現した。
ちょうど出入り口を塞ぐようにだ。ハナも良い仕事をする。
驚きを隠せない少年を尻目に、棍棒で殴りかかる。
助けを求めているようだが、幸いにも俺には何て言っているのか分からない。
《ハードヒット》を使うと、殴った時の手の感触は伝わってこない。
だからこそ、俺は少年をスキルを使わずに殴った。
骨が折れる感触。肉が潰れる感触を感じる。
何度も。
何度も。
何度も。
相手の反応がなくなってからも……。
「もう、終わったよ」
背中に温もりを感じる。
ハナが俺に抱きついていた。一心不乱に殴り続けたので、止めにきたのだろう。
「あとは私とコボルド達に任せて、居住スペースで休んでて」
「あぁ……」
俺は棍棒を消すと、一休みするために居住スペースに向かった。
途中でヴァンに連れられたコボルド達とすれ違う。
居住スペースでだれもいない保健室にたどり着くと、ベッドに横になった。
その時、俺は初めて自分が泣いていることに気が付いた。
■ ■ ■ ■ ■
死体の処理はハナとコボルド達がやってくれることになった。
何だかんだで迷惑をかけてしまって申し訳ない気分だ。
せめてハナが転送で帰れるようにとマスタールームへと向かう。
帰りながらついつい考えてしまう。
本当にあの少年を殺す必要があったのかと言う事を。
結論から言えば、あった。あったはずだ。
彼はこの穴の存在を知った。
死んでも問題のない人間だった。
下手をしたらコボルド達が生活していた跡を見つけていたかもしれない。
しかし、彼はただ泥棒をしただけだ。殺されるようなことはしていない。
とつい現実での尺度で測ってしまう。
当たり前だ。俺達はついこの前まで現実世界で生きていた。
でもあの夜決めたのだ。
その時ハナにも話した。この世界で多くの命を奪う。ダンジョンを経営するとはそういうことだと。
人間を殺すという行為は、ダンジョンマスターとして利点がある。
まず、得られる利益が大きい。
今回の場合まず宝石がある。
それを抜きにしても、人間を倒すとその所持金ほぼすべてをもらえる。
少年は450アモルを持っていた。
常日頃から盗みを繰り返していたのだろうか。
これはオーク五体倒しても入手できない。
次に装備品だ。
今回は《短剣》しかなかったが、冒険者を倒せばもっと貴重な装備が期待できる。
また、ダンジョンレベルを上げるには人間と戦う必要がある。
このダンジョン内で人間が死ねば、ダンジョンへと経験値が入る。
最終目的がダンジョンレベルを上げる事でもあるので、恐らくこのダンジョンはどんどん血生臭いことになる。
最後に死体だ。人間は殺しても消滅しない。
複雑な条件があるようだが、死体を利用することでスケルトンやゾンビと言ったモンスターとして活用できるらしい。
強いモンスターへの生贄としても使えるとか何とか。
まぁ新鮮じゃないといけないが。
以上の事を考えると、少年を殺すのは正しい……はずだ。
しかしどうしても後悔が残ってしまう。
この甘さを、いつか捨てないといけないな。
後でハナから慰められた。
そして同時に言われた。「やらなきゃあたしがやっていた」と。
やっぱり、ハナには敵わない。




