絶望
「なぁ、この際ホーガンから来たってことにしないか?」
「アラが出るといけないから、その地方の近くからってことにしない?」
「わかった」
ハナと軽く設定について打ち合わせをする。
ホーガンの近くから来た冒険者。確かホーガンは南部にあったはずだ。
「ちょっと違うかな、俺達はトーキというところから来たんだ」
「トーキ…?」
「ホーガンの言葉を使ってる、別の都市さ」
無理矢理誤魔化す。
これはこれでアラが出そうだが、ホーガンについて聞かれたら何も答えることが出来ない。
少女は何か腑に落ちない感じだったが、最終的には納得してくれた。
自己紹介して少女の名前を聞いてみる。
この少女は日本語に精通する人物だ。仲良くなっておきたい。
ハナがフランス語で話を進める。
少女はさすがに日本語は大変だったらしい。フランス語で饒舌に話している。
何故か一度こちらをチラリと見て、顔を赤らめていたが何だったんだろうか。
ここからはハナの話による彼女の情報だ。
彼女の名前はサロメ。
マーシュの生まれで、この店では魔法の勉強をしながら杖を買うお金を貯めているらしい。
ホーガンは魔法で鍛冶をするのが得意とか何とか。
その関係でホーガンの言語を多少体得したという。
恐らく合成に関するものだろうか。魔法あんまり関係ないんじゃないかなと思ったが黙っておいた。
彼女の他にこの漁村でホーガンの言語を話せる人はいないらしい。
たまに来る行商が話せる場合もあるという。
ついでにホーガンの言語で書いてある本があるか聞いたらしいが無いという。
見つけたら入荷して教えてくれるという。ええ子や…。
予想以上に収穫があった。
情報収集というものの大切さが実によく分かる。
サロメにまた来ると伝えると、綺麗にお辞儀をしていた。
俺達のダンジョンはあの扉が最終防衛ラインだ。
あの扉こそ家で言う鍵であり、あそこを破られたら好き勝手されてしまう。
この辺りでは日本語を操れるのが少ない事も分かったが、この世界で存在するならいつか破られるだろう。
後で変更しておかないと。
最新鋭のセキュリティかと思いきや、実はただの南京錠だったぐらいの信頼度の下がりようである。
サロメと話し込んだおかげで、大分時間が潰せた。
ちょうど目当てのお店も開店していたので、中を見せて貰う。
毒消し丸などが売られているお店だった。道具屋と言ったところか。
皿やコップなどの日用品等も売っている。
えっと塩…塩…あれ?
「なぁ、塩ってどこに売っているんだ?この辺りではこの店ぐらいしか売ってそうなとこなかったけど」
「ちょっと聞いてみる」
ハナが店のおじさんと話をする。
何度か何かを聞き直していたが、諦めた様子で戻ってきた。
「塩なんて高いもの、入荷すら出来ない!だって」
……え?
■ ■ ■ ■ ■
「塩が高い?ここ漁村だぞ?山奥とか砂漠とかじゃなく」
「何でも、塩は時として金より高いとか何とか……」
金より高い?塩がか?
質が高いものなら大変かもしれないけど、簡単なものなら海水煮詰めれば好きなだけできるだろうに。
「いやそれが……強いモンスターからのドロップでしか手に入らないって……」
「……は?」
塩がドロップ品?
それはどういう…。
「そればかりか、他の調味料も軒並み手が出せないぐらい高いみたい……」
「何でそんな……」
「さぁ……ってどこ行くのよ!?」
気が付いた時には海へ向かって走り始めていた。
いや……まさかそんな……。
しかし俺の予想した事は的中しているような気がしてならなかった。
ここの風は爽やかだ。爽やか過ぎる。
俺は以前家族と一緒に海へ行った事があるが、その時車の窓から入ってきた風はこんな爽やかではなかった。
海の匂いがする、自然の力を感じるような風だったはずだ。
俺は岩場まで息を切らせながら走る。
マーシュの中では無いので遠くにモンスターが見えるが気にならなかった。
水面近くまで降りて水をすくい、少しだけ口に含む。
美味しい水だった。
美味しすぎた。
この世界の水は海水ではなく、真水だった。
目の前が暗くなる感覚に陥った。
「なんてこった……」
水平線を眺める。
果てまで海が広がっている。近くに島はあるが、他の大陸のようなものは見当たらない。
間違いない。ここは湖ではなく海のはずだ。
しかしこれは海水ではない、真水だ。
遠くに浮かぶ漁船を眺めながら考える。
これがこの世界の仕様なのだろうかと。
このゲームが発売されたのはアメリカだが、俺達が暮らす日本も飽食の国である。
そしてゲームをする人間は大体若い。
脂っこいもの。味が濃いもの。カロリーが高いものが大好きだし、それに慣れている。
もちろん俺やハナも例外ではない。
この世界では意図的に『調味料』が不足している仕様なのだろう。
調味料ばかりではない。バターやマーガリン。美味しくなる為の工夫のほとんど全てだ。
美味しいものを食べたければ戦え。強くなれ。
そういうことなのだろう。
事実俺達はそれを求めてダンジョンを早めに仮完成まで持って行った。
ダンジョンマスターは毎日100アモル支給される。
これが何を意味するか。延々に引きこもり続けられるのである。
それを回避する為なのだろうか。逆に言えば美味しいものが食べられない代わりに衣食住は保障される。
そういうプレイヤーもいるのだろう。
にしてもそういうことをやるのか……。今回の黒幕は。
食の楽しみを奪うってどういう発想なんだ。
これからの料理をどうするか、考え直す必要がありそうだ。
俺はハナに発見され、引きずられるまで海で呆然としていた。
■ ■ ■ ■ ■
その後、少しだけ買い物をして帰宅する。
と言っても正直あんまお金は無いので毒消し丸や気になった小物などを適当に買ったぐらいだ。
あとはちょっと美味しそうなものをいくつか。
ギルドや武器屋等を覗きたかったが、変に顔を覚えられても困ってしまう。
この世界に日本語があることも分かったので、あまりダンジョンを留守にできないしな。
漁村を出て少ししてからコータを解放してやる。
周囲にモンスターがいないのを確認してから、木陰で食事にする。
家から持参したサンドイッチだ。コータには練り物を渡しておく。
コータが入っていたバッグには興味本位で買った食材と本三冊を入れておいた。
かぶりつきながら買ったものをチェックする。
まず毒消し丸だ。これはカードではなく普通の薬として売っていた。
どう違うのだろうか。
「こういうカードじゃない薬は鮮度があって、時間が経つと効きにくくなったり使えなくなったりするみたい」
「ほぉ……」
「あと他の人に使うときは飲ませないといけないけど、自分が毒にかかっている時は念じるだけで消費できるとか」
「なるほど。装備枠使うだけあるんだなぁ。ちなみにどれぐらいで鮮度が悪くなるんだ?」
「三日で期待できないぐらいまで劣化するとか」
長いのか短いのか分からん。
後で冷蔵庫保存を試してみよう。
「そういえば、こんなものがあった」
「何?それ」
俺が密かに道具屋で買ったものだ。
白いボールだが、力を込めると……。
「おぉ、光った」
「冒険者が洞窟や夜間に使う松明代わりらしい」
「へー。いらなくない?」
正直俺達は暗いところでも光度調整でどうとでもなるので、照明の類は不要だ。
「いや、逆に考えるだ。冒険者がこれを持ってたら、持ってる奴を真っ先に狙えばいいと」
「あー……」
「それに、仮にも冒険者なんだから一個ぐらい持ってた方が自然だろ?」
「たしかに。」
一個5アモルとそんな高くなかったしな。
ちょっと買い貯めしておいた。
この世界ではメジャーな消耗品なのだろうか。
しばらく道を歩く。
一応コータに《警戒》させてるが、モンスターの気配はかなり遠くのものばかりだった為無視した。
歩く事四キロほど。たしかこの辺りから南に向かえば、ちょうどダンジョンに戻れるはずだ。
周囲に人の気配はない。こういう所を見られると厄介なことになるから気を付けないと。
森へ一歩足を踏み入れる。
その瞬間、先行するコウモリの一匹が反応した。
これは…。
「危ない!」
咄嗟にハナの肩を抱いて木の裏に隠れる。
カツーンという音と共に何かが木に刺さる衝撃が伝わる。
これは弓だ。また奴らだろうか。
頭を僅かに出しながら様子を伺う。
やはりコボルド達がいる。この前の三体だ。
いや、待て。奥にもう一体いないか…?
目を凝らしてみる。
手に何か持っているな。
あれは…。
「おい、ハナ。魔法の出し惜しみ無しで行くぞ」
「え?うん」
「相手にも魔法を使う奴がいる」
ハナも顔を引き締めた。今の状況が危険なのは明白だ。
最後の一体のコボルドが持っていたもの、それは杖だった。




