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願願(ねがねが)  作者: いちの くう
2話 好きじゃない
5/9

   主な登場人物

星川 一矢(ほしかわ かずや)

龍野 舞(たつの まい)

姫島 唯(ひめじま ゆい)








 こんな時でもお腹がすく自分がとても嫌いだ。

 夕食だと母親に呼ばれダイニングへ向かうと、帰りが早い公務員の父親は発泡酒とグラスを用意して椅子に座っていた。

「なに、これ」

 いつもとテーブルの上が違う事に気が付いた。

 冷蔵庫や流し側に父親と母親。反対の電子レンジ側に一矢なのだが、その横にも食器が用意されていた。それにいつもよりおかずが豪華で多い。

「え? なにって言われても……」

 母親が用意して当然という顔をして返答に困っている。

「なんだ、一矢。忘れたのか?」

「は? 何を?」

「だって今日でしょ。舞ちゃんが来るの」

「……マイチャン? 誰それ?」

 親戚か友達、知り合いにマイチャンと呼ばれている人などいただろうか。一矢は少し考えたが、どの顔も思い浮かばなかった。

「何だ何だ、一矢。昨日話しただろう。姫路のおじさんの知り合いで家庭の事情でしばらくウチに世話になる女の子が来るって。龍野舞ってお前と同い年の女の子だよ」

「……今聞いたよ。そんな事」

「おいおい、まさか昨日テレビを見ながら聞いてたんじゃないのか? ……もう着いてもいい頃なんだけどな」

 確かに姫路に親戚はいるが、そんな話は初耳だ。これほどの話であれば普通聞き逃すことなんてないだろう。

 壁にかけられたアナログ時計の針は7時ちょうどをさしていた。そこにチャイムが鳴った。

「着いたみたいね」

 このモヤモヤ感を払拭したい一矢は母の後についていった。

 母親は到着を待っていた通販の小包を取りに行くかのように小走りで玄関に向かう。ドアノブを回して押し開く。と――

(え?)

 そこに立っていたのは何度見直しても、あの屋上で会った少女だった。



 廊下で立ち尽くす一矢を少女は特に顔を向けることなく横を通り抜けた。

 そしてダイニングにて4人が集まった。

「一矢。話した舞ちゃんだぞ」

「龍野舞です。よろしくおねがいします」

 深く礼をする舞。肩に微かにかかる艶やかな髪がスルリと落ちた。

「いいよいいよ、舞ちゃん。そんなにかしこまらなくてもしばらくウチで過ごすんだから自分の家と思っていいから」

 父親の言葉に母親も続く。

「そうよ。それじゃあ、まずその荷物を置いてきた方がいいかも。部屋は――そうそう、一矢。舞ちゃんと相部屋になるからすぐに片づけときなさい」

「はあ? 聞いてないよ。ってか何で俺の部屋なんだよ」

「あんたこそ何を言ってるの。空き部屋がないんだから当然でしょ。まさかあんた廊下で寝る気なの?」

 確かにリビングダイニングを除けば両親の部屋か自分の部屋。状況としては至って妥当だ。しかしというかやはり最後の言葉が引っかかる。何故俺が出るのか、と。

 母親はそんな気持ちを知ってか知らずか舞にだけ気を配っていた。

「ほら、荷物も今日届くんだからさっさと片付けにいった! ごめんね、舞ちゃん。あんな息子との相部屋で。狭い部屋だけど自分の部屋のように使っていいからね。何かあったら遠慮なく言っていいのよ」

「いえ、私の方こそ厄介になる身なので遠慮なんて……」

 そんな小さな声を背中で聞きながら、一矢は自室の床に散らばった漫画類を片づけるのであった。

 とりあえず今はスペースを確保した方がよさそうである。半ば投げやりに雑誌類は処分することにした。衣類はタンスに押し込むように入れ、ごみ袋は縛って玄関前に置いた。これで床の面積は確保できた。

 自分は何をしているんだろう。この妙に少し広くなったような空間がまた1時間後には彼女の荷物と布団で占領されるのだ。女の子との相部屋ワッショイという言葉は心のどこを探しても出てこない。

 グゥゥ

 こんな時でもお腹がすく自分がとても嫌いだ。



 夕飯を食べ終えたのはそれから20分後。

 一矢の横の存在、空気の壁を感じつつ食べる夕飯はいつにもなく無味に感じた。適当に流し込んで部屋に引き込んだ。

 何もすることなくただ壁を眺めているとダイニングの方から食器を洗う洗わないで揉めている声が聞こえてきた。

「いいのよ。ただでさえ慣れない所に来てるんだからゆっくりしなさい。……一矢に爪の垢煎じて飲ませたいくらいね」

 よけいなお世話だ、と思った。

 しかし壁を見る以外の刺激のおかげで一矢はゲームで遊ぶという選択肢を選んだ。理由は自分の時間を過ごせるからだ。

 遊び始めて10分後、舞が部屋に来た。

 ゲームを始めていてよかったと思う。集中し、視界にはいる異物を排除するよう努めた。色々と聞きたい事は山ほどあるが、今は会話をするような気分ではない。

 3年前に買ったRPGだが、本線からはずれてカジノで遊んで以降まだ最後までクリアしていなかった。キャラクターのレベルは本来普通にストーリーを進めている場合と比べて10も違うので、割と楽に戦うことができた。もうそろそろこのエリアのボスだがいつもは攻略本片手に……下手に動いて彼女と話すきっかけを与えたくはない。本なしで戦おう。

 そんなところで彼女が先に動いた。

「ねえ」

 只今いい所である。これからボスと戦うという所だ。しかし一矢は遠慮なくセーブもせず電源を消した。

 顔色ひとつ変えずとはいえゲームに集中していた顔はいい表情には見えない。

「聞かないの?」

 どうやら相手は聞いてくるものだと思っていたようだ。屋上で自殺未遂を見られ、挙句の果てにはその目撃者が同居人。これ以上最悪の出会いがどこにあろうか。

 ごくっと唾を飲み込み、少し息を吸って、

「お前は何者だ。お前は何を知っている。どうして知っている。あのときの答えはおかしい。お前は何しに来た。何を企んでいる」

 ブレス

「まずはこの質問に答えてもらおうか」

質問をした。

 今度は逸れた答えなどさせない、そんな一矢の目に彼女は負けたとでも言うように顔で表した。

「私の名前は龍野舞……ということにしといて。知っている事はだいたい全部」

「どうして知ってる」

「見ていたから」

 一矢はこいつなめてんのか、という顔をした。

 どうも自分の頭の中と彼女の頭の中では根本的に違うような気を持っていた。考え方というより生まれ……そもそものベースが違う気がする。

 一矢の顔を少し見て舞は説明をした。

「最初に言っておく。私は人間じゃない。身分としては……わかりやすく言えば天界の学校に通っている学生ってところ。ここに来たのは実習といえばしっくりくるかな?」

「……へぇ」

「この実習の目的としては貴方を監視・介入すること。監視と介入は違うんだけど、基本的に貴方の生活を監視して必要と感じた場合に介入……つまり世界を少し変えるの。貴方たちが言う神様を目指している身だから地上の人間がどんな生活をしているのか現場に出て経験するのもサブ目的なんだけどね」

 舞の説明を聞いてしばらくの間静寂が訪れた。

 たっぷり10秒は経って一矢が口を開いた。

「笑えない冗談だな」

 果たして一矢の想像通りであったのだが、素直に信じるわけにはいかなかった。

「やっぱりそう思う? 確かに今言ったのはウソだけど、半分当たり。信じようが信じまいが好き勝手だけど」

 ウソをついたことに悪びれた風もなく淡々と話す彼女は、確かにこの世の者とは想像しにくい何かがあった。だからといって空から来たのを信じるのも飛躍しすぎだと思う。

「仮に信じたとして。それで?」

「まずは希望を聞いておくわ。あなたの希望はある?」

「……突然の同居人が出てこないような平和な生活」

「……それは私がいないってこと?」

「そう捉えてもらってもかまわないけど」

「そう。つまり私がいないいつも通りの生活ってこと?」

「ああ」

「後輩を襲っておいて勘違いし、自殺しようとして失敗におわって、引きこもる生活?」

「……今よりはましかもな」

「そう……」

 そこで話は一度終わった。

 その日それ以降は互いに会話することなく、一矢は普段より3時間も早く布団の中におさまった。

 眠れない夜をただ時が過ぎるのを待っていた。

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