魔法少女捕縛編 五、もう一人のアリス。
トントン。と、ドアをノックする音に、黒猫は入室の許可を出す。ガチャリとドアを開け放った人物を見てオレは驚いた。
「あ、アリス……?」そこに立っていたのはさっき出て行ったアリスだった。ただ、服装がビジネススーツに白衣を羽織っている姿に変わっている。着替える為に席を外したのか?
「驚くのも無理もない。彼女の名前は清水優姫と言ってね。見ての通りアリス。マジカロイド一號のモデルとなった人物だ。そして彼女は、なんと魔法少女なのだよ」
「元。だけどね。宜しくね、えーっと……キミの事、なんて呼べばいいのかな?」
「あ。オレは浩司だ」
「名字は?」
「あー、いや。浩司って呼び捨てで構わない」
「そう。じゃあ、浩司君。でいいかな?」清水さんにコクリと頷くオレ。
その昔、オレは名前でいじめられていた事がある。だから早く婿養子になって名字を変えたいと常日頃から願っているのだ。なにせ、道端浩司というのがオレの本名なのだから。
お袋の妊娠が分かった時、帰り道で見かけた道路工事を見て思い付いたらしい。それを親父から聞かされた時、取っ組み合いの大げんかをしたものだ。
「じゃあ早速だけど浩司君。体、弄ら、せ、て?」艶の乗った声を出しながらオレを見つめる清水さん。その手には白い液体が入った瓶を持っていた。
「な、何ですかそれは……」
「んぅ? これ? こ、れ、は、ね」
「治療用ナノマシンだにゃ」オレの腹にちょこんと乗って口を挟む黒猫。いつの間にか語尾がにゃ。に戻っている。つか、痛いんだが?
「それを飲むんですか?」
「いいえ。体に塗るのよ」何ですと!? そのお綺麗なお手手で塗布して下さるというのか! 何というご褒美!
「ああ。何を考えてるのか手に取るように分かるわね」
「顔が緩みまくっているにゃ」
「け、ど。頑張ったんだもの。これくらいはシテあげないとね」さっすが清水さん。分かってるぅ。
肩からサラリと落ちた黒髪を、鬱陶しそうに耳にかける。上目遣いでチラリとだけ合わせた視線は今は胸のボタンに注がれている。色白で細い指が胸を弄り、指よりも白いボタンをゆっくりと一つづつ丁寧に外していく。
「脱がすわよ」弱々しく息を吹きかける様に耳元で囁く柔らかな声にブルリ。と身震いをした。
白よりも、僅かに変色した包帯を取ると焦げた香りが鼻を突き、黒ずんだ。あるいは爛れた皮膚が空気に触れて痛みが走る。
「シャーマの火球を浴びたんですってね」瓶を傾け、中の白い液体を手の平に乗せる。液体というよりも粘液と呼ぶべき代物を未だ焦げの香りが残る体に塗布していく。
「ぐっ……」びくり。とオレの体が跳ね上がる。剥き出しとなった肉に彼女の指が触れたからだ。
「ごめんなさい……」声だけを発し、作業を続ける優姫さん。その作業はいつの間にか終わっていた。
「あっ、マスター。お目覚めですか?」目を覚ますと目の前には優姫さん……いや。少し幼い感じがするからアリスか。が居た。
「無事、治療は終えたにゃ。三日ほどで完全回復するにゃ」
「そうか。なあ、アリス。アリスがシャーマとの戦闘中、オレは一体どうなったんだ?」
「そこは私が説明するにゃ」黒猫が肉球で何かを操作すると、空中にモニターが現れた。そこにはアリスとシャーマが対峙している場面が映し出されていた。
モニターの中の二人が動き出す。時折挟むスローモーション再生ですら二人の姿が霞みがかった様にブレて見え、これじゃ一般人でしかないオレには認識すらも出来ない理由が分かった。
「最強である炎系魔法少女とアリスとの戦闘は、我々の設計通りにアリスの優勢で進んでいたにゃ。そしてここだにゃ」映像の中の二人がピタリと止まった。そして肉球で指し示す。
「状況を不利と悟ったシャーマが、空に浮かぶ明かりを攻撃に使用したのだにゃ」映像では空から降ってきた火球がオレから五メートルほど離れた場所に着弾する様子が映っていた。
「正確に当てていれば問題はにゃかったのだが、直近で炸裂した炎を浴びてキミは重傷を負う事になった。という訳にゃ」
「直撃してれば問題が無かった……?」
「そうだにゃ。キミは覚えているだろう? シャーマの最大攻撃技である『落日』がこの端末に飲み込まれた事を」落日……沈みゆく太陽か。
「この端末はただ魔法少女を捕らえるだけじゃにゃい。近付けるだけで魔法少女達を弱体化させ、使用する魔法をも飲み込む次元幽閉牢。それがこのマジカルキャッチャースマートフォン! 略してマジスマホ!」二足立ちで前足を腰に当ててドヤ顔する黒猫。マジウザイ。
「魔素が枯渇寸前だってのにこんなモン作って影響が出ないのか?」魔素を使って活動する魔法少女を幽閉するんだ。当然この端末も何かしらの影響を与えているだろう。
「そこは心配ご無用にゃ。にゃにせこの端末は次世代の技術がふんだんに使われているからにゃ」
「次世代の技術?」
「ダークマター技術にゃ」
「は?」おまっ。さらりととんでもない事を口にしたな。
「そこのアリスもそうにゃ。ダークマター技術で作られた次世代の魔法少女。それがマジカロイド一號なんだにゃ」
「博士にそう言われるとなんだか照れくさいですね」視線を逸らし恥ずかしそうに頬を掻くアリス。まあ、年齢的にも身体的にも少々アダルティな少女だがな。
「そして魔法少女を捕らえた事で、この端末は真の姿を現すのにゃ!」何だかカードゲームみたいな言い回しだが、マジスマホという名称はもういいのか?
「真の姿?」
「そうだにゃ! 刮目するのにゃっ!」二足立ちで大きく前足を振り上げてから端末に向かってその肉球を振り下ろす。ふにっ。という幻聴が聞こえた。
「これを見るにゃ」何か映ったままの端末を前足で差し出す黒猫。その端末を手にとって画面を見て驚く。
「これは、シャーマ?!」
「そうだにゃ」腰に前足を当ててふんぞり返る黒猫。背骨は大丈夫かなどとツッコミはしない。
「この端末に封じられた魔法少女の詳細なデータが閲覧可能になるのにゃ。加えて、あらゆる角度からその外見を見る事が出来るにゃ」ふむ。タップをすると普段着と魔法少女コスとの切り替えが出来て、画面を指を滑らすと表示されたシャーマがくるくると動くな。まるでギャルゲの3Dモデルみたいだ……あ、パンツは黒だ。へぇ、エロいじゃん。
「ふふふ。満足するにはまだ早い! しかし、それを教えるにはまだ早いっ!」
「なんだよ、勿体ぶるな」
「残念だが、それを聞いてしまうと試さずにはいられなくなる。お楽しみは後にして今はゆっくりと養生するのにゃ。では、後は頼んだにゃ。アリス」
「分かりました博士」ベッドの上から床へとぴょんと飛び降りた黒猫。けれどオレは病室から出て行った黒猫の姿を見る事はなかった。




