第3話 さよならのそのさきで
心のどこかに、小さな棘のようなざわめきがあった。
――本当にこれでいいの?
不安が現実のものに・・・。
衝撃のラスト!
週末の午後。
雲一つない青空が広がっていた。
和也とのデートは、特別な予定があるわけじゃなかった。
ただ街をぶらぶら歩いて、ショッピングモールでお揃いのマグカップを買って、最後にちょっと高めのレストランで夕飯を食べただけ。
でも玲奈にとっては、それが何より幸せな時間だった。
街の灯がちらちらと瞬くころ、ふたりは予約していたイタリアンレストランに入った。
落ち着いた照明、静かなピアノのBGM、カトラリーの柔らかな音。
どれも心地よくて、特別な夜にピッタリの空間だった。
「ねえ見て、めっちゃおしゃれ・・・!」
玲奈はテーブルに並べられた前菜を見て目を輝かせる。
「サーモンのカルパッチョとか、普段絶対食べないし」
「普段食べないからこそ、今日食べるのがいいんだよ」
そう言って和也がナプキンを丁寧に広げて膝にのせる。
その何気ない仕草すら、玲奈にはやけに優しく見えた。
「ねえ、なんか今日…すごく優しい」
玲奈がふと口にした。
「えっ?」
「なんでもない一日なのにさ、なんかすごく幸せって思えるの。なんでだろ?」
和也は少し驚いたように目を輝かせて、それから笑った。
「俺も同じこと思ってた」
玲奈が笑うと、ふたりの視線が自然と重なった。
まるで時間が止まったみたいだった。
料理はどれもおいしくて、玲奈はついついワインも進んでしまった。
「ちょっと酔ってきたかも~」
「じゃあデザートの前に水もらおうか?」
「ううん・・・まだこの幸せを噛みしめていたいの」
玲奈はそう言って、ちょっとだけ頬を赤く染めながら笑った。
「ほんと和也と会えてよかったって、心の底から思う。これまでいろいろあったけど、全部この人に出会うためだったんだなって」
「そんな風に思ってくれてるのなら、俺、もう何もいらないな」
和也の言葉は静かで温かくて、まっすぐだった。
その言葉を聞いた時、玲奈の胸の奥で何かがじんわりと滲んだ。
――これ以上何を望むんだろう。
大切な人と同じ食事をして、くだらないことで笑って、未来の話をして。
こんなささやかなことが、どうしてこんなにも愛おしいのだろう。
「これ記念日ってことでいい?」
「なにそれ、恥ずかしいっ」
「でも忘れられない日になる気がするんだ」
和也の声がどこまでも優しかった。
「今日はありがとう。楽しかった」
レストランを出た後、和也が手をつなぎながら言った。
「わたしのほうこそ・・・ねえ、今度このお店に両親も連れて来たいなって思った」
「そっか。来週挨拶に行くの楽しみにしてる」
夕焼けに染まる道を歩きながら、二人は笑いあった。
幸せだった。
和也の隣にいると、世界が柔らかくなるような気がした。
どんな未来も、彼となら乗り越えられると思っていた。
でもその一方で・・・心のどこかに、小さな棘のようなざわめきがあった。
――本当にこれでいいの?
ふと浮かんだ疑問。
それが何を意味していたのか、玲奈はもう二度と知ることはできなかった。
「行ってきまーす」
その日茜はいつものように元気よく玄関を飛び出していった。
「今日は帰り遅くなるかもー!配信のコラボ編集終わったら、ちょっとだけ買い物してくる!」
「うん、気を付けてね」
玲奈は台所からそう声を掛けながら、朝食の片づけをしていた。
日曜。和也が家に来る予定の日。
今日は正式に“家族に会う日”ではなかったけれど、玲奈は心のどこかで覚悟を決めていた。
まだちゃんとプロポーズされたわけではない。
結婚を前提とした交際をしていると、両親に挨拶するだけ。
それに、茜には今日彼が来ることを言っていない。
言えば間違いなく会いたいというに決まっている。
茜にはまだ会わせたくない。なぜかそう思った。
――今日はちゃんと紹介しよう。
背中がそっと震えた。
だけどそれはきっと幸せになるための緊張だと思っていた。
空が夕暮れに染まりかける頃、茜は少し速足で家路を急いでいた。
思ったより買い物が長引いてしまった。お土産にケーキを買った袋を片手に、ヘッドフォンを外しかけたその時。
「茜ちゃん!」
隣の家のおばさんが慌てた様子で声を掛けてきた。
「あっおばさん、どうしたんですか?」
「ちょっと前にね、あなたの家からすごい音がして、何かが倒れたような、割れたような・・・叫び声みたいなのが聞こえたのよ・・・心配で・・・インターホンを鳴らしても返事がないし・・・」
心臓が嫌な音を立てて鳴った。
血の気がスッと引く。
「音って・・・えっ?誰か来てたんですか?」
「それがわからないの。でも普通じゃない音だったのよ・・・」
ケーキの袋が手から落ちた。
慌てて玄関を開けると、鼻をつく金属臭。
その匂いを知っているわけじゃないけれど、本能が警告を鳴らした。
「なに・・・これ・・・」
暗がりの中で靴が何かを踏んだ。
赤黒い液体が玄関に広がっていた。
目の前の光景が現実なのかさえわからない。
リビングへと入ると、さらに赤黒いものの量が増えた。
その先には、折り重なるようになっている家族の・・・・。
全身が震えた。
立ち尽くす足元から冷気が這い上がってくる。
リビングの奥、一つの影が立っていた。
男の背中、見覚えのないシルエット。
ゆっくりとこちらを振り返る。
その男の手には血に染まったナイフが握られていた。
「あんた・・・だれだ?」
男がゆっくりと言った。
頭の中で何かが砕けた音がした。
「おまえぇぇぇぇーーーーっ!!!なにしてるんだぁぁぁぁぁーーーーーーっ!!!!」
そう叫ぶのと同時に、体が勝手に動いていた。
そして・・・。
物語は異世界へ。
「NOA: Reincarnated for Revenge (復讐のための転生)」
このお話はこれで終了です。
ここまでお読みいただきありがとうございました。
心より感謝いたします。




