第5話 水族館の世界 その1
「これがスタンプカードだ。3つのスタンプを集めるとクリアになるぞ」
そう言って城田は、丸い枠が3つあるカードを二人に渡してきた。
真美が受け取り、まじまじと見つめる。
「これ記念に持って帰ったりできるかな?」
「何の記念だっていうんですか?」
「そりゃ瞬くんとの初デートだよ!」
「勝手にデートにしないで貰えます?俺が真美先輩とデートするなんて、ゴリラが確定申告するくらい有り得ないですから」
「そんなに!?」
アホな会話をする二人を連れて、城田はどんどん歩いて行く。そして、ある水槽の前で立ち止まった。
「さて、一つめのスタンプはここだ」
城田が指差した先には、よく見る普通のスタンプ台に、イワシのスタンプが置いてあった。そこまではいいのだが、なんとスタンプ台は水中にあったのだ。
「え?あれどうやって押したらいいの?」
「見て分からないか?できる大人は見て学ぶものだぞ?」
「何目線なんだよお前は。いいからスタンプの押し方を教えてくれよ」
瞬に急かされ、城田は勿体ぶりながら口を開いた。
「あの鰯の群れが見えるだろう。あの群れが、今からトルネードを起こす。そのトルネードの中を突っ切ってスタンプ台を取ってくるのだ。ただし、一匹も鰯にぶつかることなくだ。さすればスタンプが押せるであろう」
「なんで最後お告げみたいになってんだよ!」
「え、でもあの数の群れでしょ……?一匹もぶつからずに泳いで行くのって無理じゃない?」
珍しく真美がまともな意見を言う。イワシの群れの中を突っ切るのに、イワシにぶつかるなというのは無理な話である。
「大丈夫だ。我が突っ切る為の力を与えよう」
「おお!珍しく神っぽいじゃん!」
「まずは、早く泳ぐ為にコーチを付けよう。一日8時間は練習に当てるのだぞ」
「体育会系!!全然神っぽくなかった!!」
本当にコーチを出現させようと右手を上げる城田を止めながら、瞬がツッコミを入れる。
「城田さん、そんなんじゃここから出られないからちゃんとすぐ解決できるようにしてよ!例えばイワシが避けてくれるような見た目にするとか!」
またしても珍しくまともな意見を言う真美。早くこの世界を出たい気持ちは強いのだろう。
「なるほど、そんな手があったか。ではそのようにしてやろう。ありがたく思うのだぞ」
「人のアイデアで偉そうにすんな!」
瞬のツッコミを待たずして、城田が右手を上げる。
すると真美の体はぼわっと出てきた煙に包まれた。
「ケホッケホッ……な、何をしたんだ?」
「見ていれば分かる。必ず魚も逃げ出すであろう」
煙が収まってくると、真美の姿が見え始める。煙が完全に消えて出てきた真美は、頭にタイ語が書いてある太いハチマキのようなものを被り、派手な柄のキックパンツを身につけ、屈強な男の姿に変わっていた。
「……いやムエタイ選手じゃねえか!!」
「うむ、そうであるぞ。これなら逃げるであろう?」
「俺なら逃げるけども!!魚が逃げるかは別だろ!!」
瞬の悲痛なツッコミが薄暗い水族館に響き渡る。
「ดินสอที่ฉันชอบคือหกเหลี่ยม」
「もう喋ってる言葉もタイ語になっちゃったじゃねえかよ!!どうしてくれんだ!!」
「私の好きな鉛筆は六角形です、と言っているぞ」
「翻訳してる場合か!!ていうか内容も関係ねえな!?」
もうタイ語しか話せなくなってしまった真美(ムエタイ選手の姿)は、自信満々の足取りで水槽へと歩き始めた。
「先輩待って待って!!それじゃ反射でキックしてイワシにぶつかっちゃうから!おい城田、もっとまともな姿に変えろよ!」
「これでも良いと思ったのだが……確かに鰯にはぶつかってしまうな。仕方ない、変えてやろう」
「どうでもいいけどなんでお前だけずっとイワシが漢字なんだよ!!」
城田が再び右手を上げると、また真美の姿は煙に包まれた。
煙が収まり、歩み出てきた真美の姿は、巨大なサメになっていた。ただし、屈強な人間の足が生えたサメだが。
「よくやったと思ったら足!!邪魔だろあれ!!」
「ああすまない。ムエタイ選手の足が残ってしまった。まああれでも鰯は逃げるであろう」
「いや確かに普通のサメより怖いけども!!気持ち悪さが強いわ!!」
真美(サメの姿)は軽い足取りで水槽へと向かい、そのままダイブした。
「え、あれってそのまま入れるのか?上から飛び込むとかじゃなく?」
「ここは水族館の世界。誰でも魚と触れ合えるように、特殊な水槽を使っている。ガラスに見えるところは実際はただの水面だ。お前も無様に飛び込んでみるか?」
「なんでちょっと悪口入れてくるんだお前は!?」
城田と瞬が話している間に、真美はスイスイと水の中を泳いでいく。如何にも役に立ちそうな屈強な足は、ただただぶらついているのみだ。
そして真美がイワシの群れに近づくと、イワシは一斉に逃げ出した。
驚きの表情を浮かべる真美。
「いやそりゃそうだろ!!ただのサメでも逃げるのに、なんかタイキックが強そうな足が付いてたら逃げるわ!!」
困惑しながらも、真美はスタンプ台を奪取。そのまま泳いでこちらに戻って来た。
城田と瞬がいるところまで戻って来た真美は、ドンっとスタンプ台を置いた。
「ふう〜!取ってきたよ!これでスタンプを押せるね!」
「過程はどうあれ、とりあえず一つめの目的達成ですね。ありがとうございます先輩」
「うむ。感謝することだな」
「お前には何も言ってねえが!?」
ふんぞり返る城田を無視し、瞬はスタンプカードにスタンプを押す。
イワシのイラストが掘られたスタンプが押され、無事一つめの枠が埋まった。
「よし!じゃあ城田、次のスタンプまで案内頼むぞ!」
「任せるがいい。我が導こう」
「ちょっと待って、私まだやり残したことがあってさ……」
歩き出そうとする二人を止めて、真美はイワシとは別の水槽へ向かって行く。
そして水槽に飛び込んだかと思うと、泳いで来たタイに向かって思いっきりキックをかました。
「いや何してんだ!!」
「これがほんとのタイキックってね!」
「おあとがよろしいようだな」
「ここに来てダジャレオチかよ!!ムエタイ選手はこの為だったの!?」
こうして、水族館の世界を巡る旅は続いていった。