第3話 じゃんけんの世界 その2
三人が田舎道を歩いていると、前からトゲの付いた鎧のようなものを身につけた三人組が歩いて来た。
にやにやと嫌な笑みを浮かべる三人組は、皆見事なモヒカンヘアーである。
「ちょうどいい人数であるな。最初はあやつらを相手としようではないか」
「いやでもあの人たち、なんか気持ち悪くない……?ずっとにやにやしてるよ?」
「うんそれより世紀末感ありありの見た目にツッコめよ!!ヒャッハーとか言い出すぞあいつら!」
瞬がそう言った途端、世紀末から来たような格好の三人組が声を上げた。
「ヒャッハー!!じゃんけんだじゃんけんだあ!!」
「ほら言った!あれ多分一子相伝の拳法とかで倒すやつだろ!」
予想通りのセリフが飛んで来て、瞬は思わずツッコミを入れる。
だがそんな瞬を意に介さず、三人組は更にこちらに近づいて来た。
「うるせえガキどもだ!俺たちが相手になってやるぜえー!!」
「テンション高過ぎて腹立つなこいつら。真美先輩、早く倒しちゃってくださいよ」
「待って、切り込み隊長私!?こういうのって男の子から行くもんじゃないの!?」
「いやいや、じゃんけんは話が別です。レディーファーストで行きましょ」
「ええー、私瞬くんが倒されるのを指差して笑いたかったのに」
「性格悪いな!?いいから早く行ってください!」
瞬に背中を押され、真美はいやいや前に出た。見るからに乗り気でない真美だが、瞬が彼女を先に行かせたのには理由があった。
実は真美は、じゃんけんが異常に強いのだ。
というより、異常に運が良い。
例えば、街の福引でハワイ旅行を当てたことが今までに三回もある。尚、パスポートを作るのが面倒くさいという理由で一度も行ってはいないが。
その運の良さから、友人にライブの抽選を頼まれたりもしているが、実際にアリーナの最前列を当てたりするから恐ろしい。
瞬はそんな真美の運の良さを知っていて、彼女を前に押し出したのだ。
「もー仕方ないなあ。私が負けても知らないからね?」
「先輩なら大丈夫ですよ!ファイト!」
「うむ。我も期待しているぞ。三連勝したら、神の力で第三志望の大学に受からせてやろう」
「そこは第一志望にしてやれ!?」
まるで緊張感の無い会話が繰り広げられる中、真美は一人緊張の面持ちで三人組の前に立った。
無理もない。真美のじゃんけんに全てがかかっているのである。多少は緊張するものだろう。
「うう……そろそろ相撲が足りない……」
訂正しよう。緊張ではなく相撲不足だったようだ。
「ヒャッハー!俺たちが纏めてかかれば、てめえなんか一発だあ!!」
「む、なんかちょっと失礼ー!私頑張っちゃうよ!!」
「では始めようではないか。さあ、各自手を出せ」
何故か仕切り始めた城田に従い、真美と三人組は向かい合った。
「ではいくぞ!最初はグー!じゃんけん……」
その瞬間、真美は振りかぶった手をチョキの形に変えた。
それを見た三人組は、慌てて拳を握り締めてグーを作る。
だが、真美は一枚上手だった。一瞬にして手を開き、四人の手が出された時には既に真美の勝ちが決まっていた。
「あべし!!」
「たわば!!」
「ひでぶ!!」
三人組は泡を吹いて倒れてしまった。
その姿を見て、真美はパーにした手を高く掲げる。まるで気〇斬のようだ。
「おおお!!すげえ!!真美先輩、流石っす!!」
「やるではないか。我の出る幕は無かったようだな」
「へへー、私最強!じゃんけんには勝ち方があるんだよ!」
真美がじゃんけんに強いのは、どうやら運だけが理由ではないようだ。
真美が言ったように、じゃんけんには勝ち方がある。真美はそれを把握しているということだ。なんて抜け目のない女だろうか。
「さあ、この調子でバンバン勝ってくよ!」
「お願いします先輩!」
「頼むぞ先輩」
「お前の先輩ではねえわ!!」
こうして真美を先頭にし、三人は勝ちを積み上げていった。
そして九人に勝った頃、新たな強敵が現れた。
「この辺りで勝ちを乱獲しているというのはお主らか?」
現れたのは、齢九十は迎えていそうな老人だった。禿げあがった頭の下には真っ白な髭を蓄え、ゴツゴツとした杖を着いている。
「そうだ。我が期待のルーキーであるぞ」
「お前は一回も勝ってねえが!?」
「何?おじいさんが私と勝負しようっていうの?」
真美が尋ねると、老人はふっと不敵な笑みを浮かべる。その目は突然鋭くなり、視線が三人を射抜いた。
「儂はこの世界においてじゃんけん最強の男、ジャン皇じゃ。調子に乗っているルーキーを叩きのめすのが儂の役目。果たして儂に勝てるかな?」
鋭い視線を気にも止めず、真美はずかずかと前に出て、腕を組んだ。
「私が負けるわけないよ!おじいさんが強いのか知らないけど、私が最強だって証明してあげる!」
「面白いのう。じゃが儂は生涯をじゃんけんに捧げ、年間100勝148敗を達成した男。負けるわけがなかろう!」
「おい負け越してんじゃねえか!!割と高めの確率で勝てるぞ!!」
「いいだろう。真美よ、やってやるが良い」
またしても何故か仕切り始めた城田の言葉で、真美とジャン皇は向かい合う。
ただならぬ緊張感が走り、二人はお互いを睨み合った。
「ではいくぞ!最初はグー!じゃんけん……」
真美とジャン皇はお互い小細工無しで、ただ己の運をぶつける選択肢を取った。
「ポン!!」
「ポオオオオオオン!!」
ジャン皇の雄叫びのようなコールが響く。
出された手は、真美がパーでジャン皇がチョキ。手が出た瞬間、瞬と城田は目を伏せた。また一からやり直しか……。そう思って真美を慰めようとした時、二人はジャン皇が動かないことに気がついた。
「……え?ちょっとおじいさん?」
真美もジャン皇の様子に気がついたようで、慌てて肩を揺らすが動かない。
心臓に手を当てると、感じられるはずの鼓動が感じられなかった。そう、ジャン皇はあまりに気合いを入れ過ぎ、息を引き取ったのだ。
「えええ!?そんなことあるか!?」
「えーっと、この場合は私の勝ちでいいの?」
「うむ、そうだな。何せ相手が亡くなるほどの緊張感を与えたのだから、真美の勝ちでいいだろう」
まさかの勝利に瞬と真美が困惑していると、今度は城田の体が薄くなり始めた。
「おいどうしたんだ今度は!?」
「すまない、説明を忘れていた。我は定期的に白いものを摂取しないと消えてしまうのだ。なんか豆腐とか持ってないか?」
「そんなこと急に言われても……。あ!おじいさんが豆腐持ってないかな?」
「早くして貰えるか?もう消えそうだ」
「先輩!早く探して!!」
どんどん薄くなっていく城田の体を見て焦りながら、真美はジャン皇のポケットというポケットを探す。
「あ!豆腐は無かったけどミルク飴があったよ!」
「ああもうそれでいいや白いし!ほら、早く投げて!」
「城田さん行くよ!必殺!ジャイロフォーク!」
「なんで変化球なんだよ!!」
瞬が悲痛な叫びを上げるも、直角に落ちたミルク飴は見事城田の口にダイブ。
城田の体は、元通り白くなり始めた。
「うむ、流石であった。助かったぞ」
「助けて貰った態度じゃないのが気になるけど……。まあ消えなくて良かったよ。城田さんがいなくなっちゃったら、私たち完全にここに閉じ込められるもんね」
「そうですね。こいつの態度は後で叩き直すとして、とりあえず良かったです」
「さあ、次は水族館の世界であるぞ。白身魚を主に見たいところだな」
「食欲丸出しだな!?」
こうして三人は、じゃんけんの世界を後にした。