第2話 じゃんけんの世界 その1
城田が右手を上げると、何も無かった空間に白いドアのようなものが出現した。
「これを開けると、次の世界に繋がっている。さあ、準備はいいか?」
「思ったんだけどさ、これで直接帰れたりとかしないの?」
真美が純粋な疑問をぶつける。それも当然、世界を渡れるドアなんてものが出て来たら、期待してしまうものである。
だが、城田は首を横に振った。
「残念だが、我の力ではお前たちを元の世界に直接送り届けることはできない。神にもランクがあって、我の神様ランクはボクシングの神の一つ上だ」
「ボクシングの神……?その神様って名前とかあるの?私知ってるかな?」
スモリストとして、同じ格闘技であるボクシングの神が気になった真美は城田に尋ねる。
「もちろんあるぞ。モハ〇ド・アリだ」
「おい人間じゃねえか!!じゃあお前の神様ランク低過ぎるだろ!」
「ちなみに漫画の神様、手〇治虫の神様ランクは私の12個上だ」
「うんじゃあお前もう人間じゃねえか!!お前と手塚先生の間に誰がいるのか気になってしょうがねえわ!」
「アポロンとかヘパイストスとか……」
「じゃあ十分神様だわ!ごめんなもう人間とか言って!」
意外な名前を出され、瞬は振り回される。彼は既に、城田の大ボケに疲れ始めていた。元々ツッコミ気質な瞬は、このような会話にはツッコミを入れないと気が済まないのだ。
「まあまあ、とりあえずこの神様が送ってくれるって言ってるんだから信じてみよ?正明叔父さんも、「本当に困った時は神に祈れ。そうすれば多分なんとかなるかもしれない気もする。知らんけど」って言ってたよ!」
「だから誰なんですかその人!?言ってることも無責任極まりないな!絶対その人俺に紹介しないでくださいね!?」
「でも正明叔父さん凄いんだよ?その気になったらここから私たちを元の世界に連れ戻せるし」
「今すぐ呼んで貰っていいですか?」
瞬はもうどうでも良くなり始めていた。ボケが二人もいると面倒くさいな、とも思っている。実際こんな会話に混ぜられたら、疲れ果てることは間違い無いだろう。
「無駄話はこのくらいにして、そろそろ心の準備をしろ。さあ、ドアを開けるぞ」
城田はそう言ってドアノブに手をかける。
瞬と真美の顔は少し引き締まり、二人はドアノブを回す城田を不安そうに見つめていた。そんな二人を横目に、城田はドアを開ける。
「なんじゃこりゃ!!」
思わず瞬が声を上げる。そこには地獄のような光景が広がっていた。
「じゃああああんけええええんぽおおおおおん!!!」
「ああああああいこおおおおでしょおおお!!!」
そう、大人たちが全力でじゃんけんをしていたのである。
いい歳をした大人が大声でじゃんけんをしている光景を見て、瞬と真美は呆気に取られていた。
「ちょっと城田さん!これ何!?」
「言ったであろう。最初はじゃんけんの世界だと」
「言ったけど!!何してんだよこの人たち!?」
瞬は思わず城田に疑問をぶつける。
じゃんけんの世界は、一見普通の田舎のような風景が広がっている。
丸太小屋がぽつぽつと建っており、山をバックに小さな村が形成されていた。
だがそこにいる村人たちは普通ではない。大汗をかきながら、道端でじゃんけんをし続けているのだ。
勝った者は歓喜の雄叫びを上げ、負けた者は地面に泣き崩れている。
かなり異様な光景であった。
「見れば分かると思うが、じゃんけんをしている」
「それは分かってんだよ!なんでじゃんけんなんかしてんのかを聞いてんだわ!」
「この世界では、じゃんけんが強い者が正義。より多くのじゃんけんをこなし、より多くの勝利を手にした者が強いとされている。ちなみにこの世界を出るには、10人から強者と認められる必要がある」
「「なんじゃそりゃ!?」」
意味不明な世界観に、瞬と真美の声が重なる。普段は噛み合わない二人だが、こういう時のリアクションは同じである。仲がいい証拠だ。
「てことはつまり、この世界を出るのに10回じゃんけんに勝たないといけないってこと?」
「その解釈で間違い無い。だが、一度負けるとカウントは0に戻るぞ」
「おい、じゃあ10回連続で勝たないといけないのかよ!?」
じゃんけんで10連勝する確率は、0.09765625%だ。彼らはこの確率を引き当てなければならないということになる。
この確率は、城田がちゃんと神の仕事をする確率と同じくらいである。つまり、絶望ということだ。
「待て、誰が絶望だと言うのだ。我はちゃんと仕事をする時もあるぞ」
「だからその確率が著しく低いって言われてるんでしょ?ちゃんと仕事しなよ」
「こらこら二人とも地の文に反応しない!とりあえず行きますよ!!」
瞬の一声で三人は歩き始めた。
……え、ちょっと待って、この人たちまだこの文見えてるの?第1話の最初の部分だけ地の文と会話するっていうボケじゃなかったの?ずっと見えてて無視されてたの!?
悲しい気持ちになりながらも、物語は進んでいった。
「地の文が感情を出すな!誰が喋ってんのかややこしくなるだろ!」
「ちょっと瞬くん?そのままそこで喋ってるなら、私櫓投げするよ?」
「なんだその技!?知らない技で投げないでください!!」
「じゃあ我はアンダースローで投げるぞ」
「入ってくんな!ていうかアンダースローて!ボールか俺は!?」
やいやい言いながら、三人は最初のじゃんけんの相手を探し始めた。