叶夢の話
騒がしくなってしまった神無と叶夢は一旦落ち着きを取り戻そうとお茶を飲んだ。
「はぁ...、取り乱してしまい申し訳ございませんでした」
「いえいえ、こちらこそついカッとなってしまい......」
叶夢は暴れた際に乱れた服を整えて、真面目な顔を作った。
「それでは、今度はきちんとお話しますね......」
そう言って叶夢はどこか遠いところを見て、呟くように昔を話し始める。
「あれは、私が十歳の時......」
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「おっじゃまっしまああぁぁすっっ!!」
「あら、叶夢くんこんにちは、今日も元気ね。ちょうどリビングにケーキがあるわよ」
元気よく友達の家の玄関を開けた叶夢くん(10歳)は出迎えてくれた友達のお母さんに挨拶をし、きちんと靴を揃えてからリビングに向かった。
何回も来ている家なのでどこに何があるのかやらを知っている。もしかすると自分の家よりもこの友達の家の造りについての方が詳しいかもしれない。
一年前。
叶夢は近所に住む人たちから遠巻きにされていた。
それもそのはず叶夢の両親は叶夢が幼い頃に喧嘩し、父親は母ではない女を作って家を出て、母親はそれに病んで夜はほとんど帰ってこない。きっとこちらも他の男と遊んでいるのだろう。そういった理由があり、叶夢は親からの愛情は全く与えられなかった。近所に住む大人たちは関わりたくないのか叶夢の家に近づこうとしないし、近所の子どもたちは叶夢から漂う臭い匂いに鼻をつまんで逃げた。
叶夢は孤独だった。
しかしお金はたくさんあった。母親の実家が裕福なのだろう。そのため、その日食べるものには困らなかった。母からはクレジットカードを渡されて「これでなにか食べなさい」というように自由をもらった。
きっとこれからもそうして生きていくんだろうなと思っていた時、ある人に後ろから声をかけられた。
「ねぇ、そこの君。なんでいつも一人なの?」
振り返るとそこにいたのは白いワンピースを着た女の子。歳は同じくらいだろうか。くまのぬいぐるみを腕で大切そうに抱えている。気が強そうな目はまっすぐに叶夢へ向けられている。肩までの黒い髪は毛先でクルンとなっている。
叶夢はつい、かわいらしいと思ってしまった。ぼうっと惚けていると、
「ねえ、なにか言ったらどう?」
「......え、あ、」
「なんで、いつも一人でいるのっ?」
女の子の額に眉が寄る。そしておどおどしている叶夢に詰め寄った。
「一人でいて楽しい?さみしくならないの?君は」
「え、あ、えーっと、その......」
「あーもうっ!うじうじしていて鬱陶しいっ!こっちに来なさいっ!!」
叶夢は女の子に腕を引っ張られ、何が起こっているのか分からないままどこかに連れて行かれそうになる。
「ど、どこにいくの......?」
「りりのおうち。お母さんがね、ケーキ買ってきてくれたから一緒に食べよ」
叶夢はどうすればよいか分からず、腕を引っ張られるまま女の子の家に連行された。
「お母さん、ただいまー!りりのお友達連れてきたよーー」
「??!ぼ、ぼく、お友達になった記憶ないよ......?」
「いいからいいから」
「あらあら、こんにちは。さ、上がって上がって。ケーキ食べなさいな」
「え、あ、お、おじゃま、します?」
叶夢はいつの間にかリビングの椅子に座ってケーキを食べるフォークを握っていた。
目の前の椅子に座る女の子は美味しそうにチョコレートのケーキを頬張っている。
叶夢の前に置かれたのは白いケーキで、大きいいちごが頂上にのっていた。
「食べないの?ショートケーキ」
「ショートケーキっていうんだ、これ......」
「え、知らないの?!美味しいのに?!」
「え、そんなに美味しいの?」
「うんっ!めっっちゃおいしいよ!」
「じゃあ、食べる......」
そう言って白い部分だけすくい取って口の中にいれてみるとあまりの甘さに驚いて言葉を失った。
「ふふん。おいしいでしょー」
「うん、おいしいねこれ」
「それにしてもショートケーキ食べたことないとか、君何者?」
叶夢は口にチョコがついている女の子に自分の両親について喋った。
「へぇー、そうなんだ。お母さんが......」
「うん」
話を聞き終えた女の子は切なげな顔をした。
「さみしいね、かなむんは」
「え、かなむん?!」
「ええ、だってそうでしょ。名前、叶夢なんだから」
「ええええ、なんか嫌だあ」
「なんで?かわいいじゃない、カナブンみたいで」
「虫じゃん、それえ」
「あはは、今日から君はかなむん」
と言って笑い出す女の子につられ、叶夢も笑ってしまった。
なぜだろう、この子といると楽しい。何も考えずにただ笑ってしまう。
「そういえばりりの名前言ってなかったね」
「え?名前、りりじゃないの?」
「うん、私の名前は相模笑莉。りりって呼んでねっ」
「なんで笑莉じゃなくてりりって呼ばせようとするの?」
「だって、『えりちゃん 』よりも『りりちゃん 』の方がかわいいでしょ」
「ぼくには違いがわからないや」
「かなむんにはわからくていいもーん。どうせ男の子にはわからないよ、女の子の『 かわいい』なんて」
「わかったよ、『 りりちゃん』。これで文句ないね」
本当は、「『 えりちゃん』もかわいいよ」と言いたかったが、今ここで言っても聞いてはくれないだろう。
そうして叶夢とりりは残りのケーキを食べて、たくさんおしゃべりした。叶夢の帰る時間が近づくとりりは、「絶対、明日も来てね!来ないと許さないんだからねっ!」と言って玄関で見送ってくれた。
そうして時が経ち二人はとても仲良くなって、叶夢はりりの家に居座るようになった。
ある時、りりのお母さんの妹である相模晶がりりの家に来て、叶夢とばったり会った。そこで叶夢と晶は意気投合して仲良くなったのだ。
当時、夫も子どももいなかった晶は叶夢を養子として引き取りたいと言う。叶夢の母親は子どもである叶夢の存在を煩わしいと感じていたためすぐに了解した。本当に冷たい女だ。
叶夢が14歳の時、三鬼叶夢から相模叶夢に名前を変えたのだった。
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話を終えた叶夢は、神無をちらりと見た。
神無はいまいち納得がいかないようだ。
「どうしましたか?神無さん」
「......私の母と叶夢さんの関係は分かったのですが、父と叶夢さんの関係は?今の話で母とのつながりしか読めませんでした」
「......ああ、そうですね」
叶夢は合点が行ったようだ。
話すならきちんと話してほしい。肝心なところで抜けているため神無は気が狂わされる。
「まさか、叶夢さんの初恋エピソード語って終わりではないですよね......?」
「こ、これから話そうと思っていたんですよ」
「なら、早く話しましょうか」
「は、はいぃ」
歳が大きく離れているというのに、この男は神無を恐れているらしい。
叶夢と話していると父と話しているようで懐かしい心地がした、ということは黙っておこうと神無は思ったのだった。
相模叶夢(28歳)
・7月1日生まれ
・虫が大の苦手。犬や猫などにも苦手意識がある
・優しくて柔らかい印象だがどこか頼りないところがある
・お菓子などの甘いものも好きだが激辛系の食べ物が一番好き




