番外編1ー父と娘ー
これは神無が七歳の頃の話。
その日は参観日があった。
神無と父・喜助は小さなテーブルを二人で囲み夕食のカレーを食べていた。
神無が口の中にあったじゃがいもをゴクリと食べ、父に尋ねる。
「ねえ、お父さん。なんでかんなだけお母さんがいないの?今日、他の子たちはみーんなお母さんが来てたよ?」
ぎくりと体を硬直させる父。
水をぐいっと飲み、しばしなんと言おうか悩んだ末に腹を割って話しだした。
「実はね、神無のお母さんは」
「(どきどき)」
「世界の平和を守るために、アメリカでヒーローをやっているんだっっっっ!!!」
「あめりか?」
神無はこくんと首を傾げて父をじぃーっと見つめる。
「ああ。アメリカっていうのはとってもとーっても遠い国でね、そこでお母さんは平和のために日々戦っているんだよ」
断言して言う父に神無は疑わしげな目線を送る。
「ど、どうしたんだ、神無。そ、そんな疑わしいような目を向けて」
「かんな知ってるもん」
「な、何を知っているんだ?!ま、まさか......」
スプーンを持つ手にぎゅっと力を入れて見上げる娘の姿に狼狽する父。
まだ幼い娘にいなくなった母親の事実を伝えるのは気が引けてしまい、その話題についてずっと触れることができない父親はガタガタと手が震えている。
もしかして誰かから聞いたのだろうか。とはいえこの子の母親・谷崎晶について知っている人物はそう多くはないはず。だって............。
「ヒーローなんかいないって本で読んだもん」
「え?あ、ああ」
予想外の言葉が神無の口から出てきて、呆気にとられる父。
「それにヒーローがいるって言う人は厨二病?って言うんだって。これも本で読んだ」
「お、おう、そうか......。か、神無はたくさん知ってるねぇー。す、すごいなー」
「えへへ。だって本、好きだもん!」
にぱぁと笑う神無。それが眩しすぎて直視できない溺愛パパ。
「そうかそうか、それはいいことだ!本を読むってのは良いことなんだぞ?流石、小説家であるお父さんの娘だ」
すっかり娘にでれでれになっている父に神無は丸い目をキリリっと鋭くさせて父に言う。
「さっきのお父さん、冷や汗だらだらしてた。それから手もガタガタ震えてたよね。人はなにか隠したいこととか嘘ついたこととかがバレそうになるとそうなるんだって」
「(ギクリ)」
「ほら、今もギクリってなったでしょ」
父親ながら頭がキレる娘だと思う。鋭く人の心理を見抜く神無に驚きと動揺が隠せない。
「ねえ、お父さん。なにか嘘ついてること......ない?」
「え、えーっとね」
「あるでしょ絶対」
「は、はい、あり......ます」
幼いながらも威圧感のある目に耐えきれず父は認めてしまった。
「なら言ってよ。言わないと神無、もうカレー作らないよ」
「そ、それだけはご勘弁を」
情けない話だが、この父親は七歳の娘に日々の食事を作ってもらっている。喜助の弁明は「すごく美味しいんだ、絶品なんだ!ゆるしてくれぇぇ」とのこと。本当にできた娘だ。
「隠してること、全部申し上げます!」
「申せ」
と、このように谷崎家は江戸時代の将軍とそれに仕える人のような家族だ。どちらが将軍であるかは言うまでもなくお分かりいただけるだろう。
渋々と父は神無の母親について喋りだした。
「神無、駆け落ちって知ってるかい?」
「うん、知ってるよ。」
「お父さんとお母さんはまさにそれだ」
「へぇー」
「もっと興味持たんかぁいっ!」
「それで?そうゆうのはいらないから話進めて」
「あ、はい。」
やはり、主従関係があるのか。
「お父さんとお母さんの両方の親から結婚は認められなかった。それでもどうしても結婚したくて。この人しかいないって、運命の人だって強く思ったから。だから駆け落ちして、両方の家からの連絡も全部無視して」
「だから、かんなにはおじいちゃんもおばあちゃんもいないんだ」
「そうだよ。寂しい?」
「ううん。お父さんがいるから大丈夫」
「そっか......。それで、お母さんがいないのはね、......病気になったんだ。......死んじゃったんだ。神無がまだ一歳のときかな」
「......え」
「ごめんね、急に。......びっくりしちゃったよね」
「......うん。......ちょっとね」
「そうだよね......」
二人は黙った。しばらく沈黙の状態が続き、最初に口を開いたのは神無だった。
「お父さん。大変だったね、つらかったね」
「え?うん、まあ、そうだね」
急に神無は立ち上がり喜助の頭をよしよしと撫でた。いつも父が神無にするように。
父はこれに驚いて言葉が出ない。
「頼れる人がいなくって、愛する人が死んじゃって、一人で家事もできないのに育児までして。......ここまでよくがんばりました。お父さんのおかげで、今の神無がいるよ。ありがとう」
父の目から人知れず涙がこぼれた。
『神無。算数なんてすごく難しいのに、国語なんてたくさん文章あるのに、名前もすっごく丁寧に書けていて......。テストで百点取れました!すごいぞ神無!よく頑張りました!』
それは、神無がテストで良い点数を取ったときに喜助が言うセリフだった。
どうか泣いているのがバレませんようにと願った父だが、目ざとい神無は震える父の肩を見て気づいているだろう。そっと神無は父の頭を包み込むようにして優しく抱きしめた。
本当に、できた娘である。




