神無の日課
「神無、お疲れ様。すごかったね」
「うん......。あんなに質問されるとは思わなかった」
「そりゃあ、あんなイケメンとクラスの真面目ちゃんが会話してたら誰だって興味は持つでしょ」
「でも、あれほどとは思わなかったよ......」
神無とさおりは机をくっつけて各自のお弁当を広げて食べる。毎日、神無の弁当は自分で作っている。そのため、とても質素で栄養満点だ。さおりも自分で弁当は作っているが神無とは真逆のカラフルで可愛らしい弁当だ。赤いタコさんウインナーが2体添えられている。
結局、神無は授業と授業の間の五分間はずっとクラスの女子に質問されていた。そのせいで次の時間の用意ができなかったことと休み時間の五分間という大切な勉強時間が削られてしまったことに腹を立てていた。その気持ちを表面に出すことは決してしないが。つい先程まで、話したこともないクラスの陽キャ男子に心底めんどくさいことも聞かれた。適当にあしらったが。
「私も色々聞きたいことが山積みなんだよ!」
「はいはい、あの人とはなんの関係もないんですよー。おそらく人違いですかねー」
「もはや定型文」
さおりは呆れ顔で神無を見る。
神無はそんなさおりを無視して黙々と弁当を食べ進めた。
午後からの授業は滞りなく進み、放課後に入るとしつこく神無に問い詰める人はいなくなった。朝の出来事が嘘だったかのようにクラスメイトたちは部活へ行き、部活に所属していない者は友人と駅前で遊ぶ予定を立てたりする人とすぐに家に帰る人で溢れかえった。次第に教室には誰もいなくなる。もちろん神無はホームルームが終わったあとすぐに塾へと向かった。それが日常である。
「ただいま」
神無が家についたのは午後九時過ぎだった。できるだけ早く帰ろうとは思っているが塾で勉強しているうちに自分の課題をどんどん見つけてしまい、どうしても遅くなってしまう。
神無が現在住んでいるのは少し古めのアパートで、外観は正直に言ってボロい。近所に住む子どもたちは幽霊アパートだと言っていて、あまり近づかない。今は父親と二人で暮らしている。母は神無が幼い頃に交通事故で亡くなっている。神無がやっと足で歩けるようになった時には母はすでに他界していたため神無には母親との思い出はないし、顔も写真で見るだけなので曖昧である。
「あっ、神無!おかえりなさいっ!助かった......今カレーを作っていたんだが......」
台所からエプロンを着た父・谷崎喜助が慌てた様子で顔を出した。右手にはおたま、左手にはレシピ本を持っている。
「あ、お父さん。私が作るっていつも言ってるのにっ......!」
神無は急ぎ靴を脱ぎ、重たい荷物を置いて台所に立った。そこには案の定ぐちゃぐちゃになった台所があり、神無は深いため息をつく。神無は気持ちを切り替え、荒れている台所の片付けから始めた。父親はその様子を申し訳無さそうに見つめている。
「でも神無はいつも勉強で忙しいだろう?」
「お父さんが台所に立つと余計に私の仕事が増えるの。何にもしないで」
「でもぉ」
「でもぉ、じゃない。文句言わない!」
「父さんも何か手伝えるよ?」
「邪魔。どいて」
父親はうるうるとした目で神無を見つめ、手伝いたい手伝いたいと呟いているが神無はそれを一蹴する。父親はでかい図体の割に繊細な心の持ち主だった。胸の前で両手の指を組んで祈りのポーズ。
「ねえねえ、父さんは何すればいい?」
「はぁ......。じゃあテーブル拭いて、食べる準備して」
「アイアイサー!!」
神無が指示を出すと父親は喜んでテーブルをせっせと拭きだし、箸やコップを用意し始めた。神無がちらっとそのテーブルを見てみると、そのテーブルからは金属光沢が出ていた。木製なのに。
神無は呆れ返るが、素直で真っ直ぐな父親を見ていると疲れが吹き飛ぶ心地がした。
小説家である父は日中も家の中で仕事をする。のほほんとしている父だが、父の書く小説は読み応えのあるミステリーで有名だ。一冊読んだことがあるが、登場人物が残酷な方法で殺されるシーンを読んだときは心底驚いた。
頼りないところもある父で面倒くさいと思うときもある。しかし安定しない収入で男手ひとつで神無を育て、塾の高い授業料や毎月のお小遣いを出してくれることには感謝している。また、神無は夜遅くに帰るがいつも父は家にいて「おかえり」と言ってくれる。それは神無をとてつもなく安心させた。そして唯一の血の繋がった大切な家族なのだ。
神無は炊飯器の前でウロウロしている父親の姿を見たあと、てきぱきと切った具材をカレーの鍋に入れて火をつけた。
それにしても私の母はなぜこの男を選んだのだろう、と神無は疑問に思うが考えても仕方がないことなので考えるのはやめようと思った。
そうこうしているうちに、カレーができた。
谷崎家のカレーは辛さが星5つの激辛カレーだ。しかし、この父親と神無は辛さを感じさせないほどに余裕で食べる。神無に至ってはカレーの上に七味とタバスコをだっぽだっぽかけている。
「毎回思うけど神無、よくそんなの食べれるね」
「これくらいかけたほうが美味しくなるの」
「そうかそうか」
父はニコニコと相づちを打ち、また食べ始めた。
二人はカレーを食べ終わると食器を洗い、小さなちゃぶ台を拭くと各々の時間になった。神無は今日の授業の復習と明日の授業の予習を始め、父はパソコンを取り出して小説を書き始めた。




