カオスの出来上がり
神無、叶夢、恭太郎の三人は小さな部屋で向かい合って座っていた。
神無は叶夢には多少警戒心を解いているが、目の前に座る恭太郎にはまだあまり緊張を解いてはいなかった。そのためか少し睨むような顔を恭太郎に向けていたのかもしれない。
恭太郎はそんな神無を察していた。そして口を開く。
「神無さんは私について知らないことが多すぎて、警戒なさっているのだろうと思います。なので私のことを知ってくだされば、幾分かは気を緩めていただけますかね?」
「.................はい」
神無がそう言うと、恭太郎はいきなり立ち上がった。
「私の名はっ!相模恭太郎っ!」
「いきなりどうした」
恭太郎が声を大きくして自己紹介するため神無は思わずツッコミを入れた。隣りにいた叶夢は目が点になっている。
「あ、すみません。いつもの癖で、つい......」
「いつもそんなことしてるんですか」
「この方が印象に残りやすいかなって思いまして。なんたって私は高校教師ですから」
ドヤァ。
「え、高校の先生なんですか。意外」
「ですよねっ!意外ですよね!私も同じこと思ってます」
叶夢はぶんぶんと大きく首を縦に振って神無に賛同する。
「そ、そんなに意外なのでしょうか......?」
恭太郎は少し傷ついたような表情を見せた。
「ちなみに、なんの科目を教えているんですか?」
「化学です」
「あーーー、なんか納得」
「笑いながら危ない薬品混ぜてそうですよね(笑笑)」
「なんか言ったか叶夢」
「いえ何も」
「口の聞き方を考えなさい?硫酸をかけますよ?シアン化ナトリウムの方が良かったですか?フフフ」
「ひぃええ、なにそれぇ」
恭太郎は不気味な笑みを浮かべ、叶夢は頭を抱えて目を涙でにじませる。たちまちこの場はカオスになった。それを見かねた神無はメガネをくいっとあげて口を開く。
「硫酸はH₂SO₄ という化学式で表される無色無臭の液体です。強い酸化作用や脱水作用があり、紙や布に付着すると炭化して黒くなったり穴が空きます。皮膚に付着すると皮膚は黒褐色になり、化学熱傷します。また、加熱した硫酸から出る蒸気を吸うと肺組織は損傷。飲み込んだ場合は最悪の場合死にます。」
「いやぁだああぁぁぁ、もうやめてください神無さあああん」
「神無さんっ!素晴らしいです!よくご存知で!ぜひ続きをっ!」
叶夢はその場に縮むが、恭太郎はわっくわくの表情で神無を見る。
「シアン化ナトリウムは NaCNと表され、青酸ナトリウム、青酸ソーダ、青化ソーダとも呼ばれます。白色の粉末で、その性質は青酸カリと類似しております。皮膚または粘膜に付着すると中毒あるいは死にます。致死量はたしか......300~400mg?」
「いえ神無さん、シアン化ナトリウムの致死量は150~200mgですよ」
「その情報いりますぅ??!絶対いらないっ!絶っ対テストにはでないっ!」
「私ならテストに出しますよ?だって人を殺せるのですから......。フフフフフ」
「生徒に殺人手段を与える気ですかああ!?」
叶夢は真っ青になって叫ぶ。神無も恭太郎の言葉には賛同できない。
「恭太郎さん、流石にそれはいけません」
「おや?ならば神無さんはなぜそのような知識を?どこで?」
「私のこれは趣味です」
「ぉぉおおお!!!やはり神無さんには私と同じ血が流れているのですねっ!!」
「......ん?」
「「ん?」」
神無は首を傾げる。頭にクエスチョンマークを浮かべている神無をみた叶夢と恭太郎も首を傾げる。
「いま、なんと言いました?」
神無は聞こえた言葉が信じられず、恭太郎を凝視する。すると叶夢がはっとした表情を見せた。
「......あ、私としたことがっ!神無さんにそれを伝え忘れていましたっ!!」
「「はああぁ??!」」
「てへぺろ✩」
「「てへぺろ✩じゃねえよっ!!!」」
神無と恭太郎は同時に叫ぶ。恭太郎はふぅーと特大のため息をつき、呆れ顔で叶夢の方を見た。
「......叶夢。神無さんにあれほど事前に伝えておいてくださいと言いましたよね?」
「は、はい。おっしゃるとおりです......」
「もし任務をこなせなかったら罰ゲームと言いましたよね」
「あ、あはは......。冗談でしょう」
「ふふふ......。私が冗談を言うと思います?」
恭太郎の声と口は笑っているようだが目は全く笑っていなかった。叶夢も、笑顔を崩してはいないが冷や汗ダラダラだ。神無はその二人の横で傍観者になることを決めた。
「さぁーて、どんな罰ゲームにしよっかなぁー♪」
「うぅ」
「特別に3つの選択肢から選ばせてあげるぅ♬♪♫」
「なぜそんなにルンルンなのでしょう」
「1.メイド服を着て『おいしくなぁれ♡萌え萌えキュン♡』を30セット 2.全身タイツを着て町内をランニング10周 3.ゴスロリファッションで『三回回ってワン』を30セット」
そう言って恭太郎はニタァと笑う。
「ひ、ひぃぃぃ」
「ご愁傷さま」
恭太郎に怯える叶夢と我関せずの神無。
そして沈黙が三人の間に流れて三分後、
「………メイド服で萌え萌えキュン30セットでお許しください……………」
という叶夢の小さな声が神無と恭太郎の耳に入った。
「楽しみにしてるね♪」
「叶夢、それ私も見てもいい?」
「神無さんは絶対に駄目ですっ!!!」
「神無さんには私が動画にとったものを送らせていただきますね♪永久保存できていいでしょう?」
「はい。それでお願いします」
「なぜあなたはそんなにルンルン♪なんですかああっ!!!そしてなぜ神無さんは見る気満々なのです?!」
「面白いから♪」
「面白そうなので」
叶夢は顔をゆでダコのように赤くして怒るが、恭太郎は愉快犯だ。そして神無はどこまでも真面目だ。
「うぅ……私がこの中では一番年上であるのにぃ」
涙を流す叶夢に恭太郎はクスクスと笑うだけである。
カオスである。
神無は、一旦この場を仕切り直さなくてはと思った。
「あの、一旦叶夢の罰ゲームの話は後でしましょう。私は叶夢の罰ゲームも気になりますがそれよりも」
「ああ、そうですね。叶夢の罰ゲームの話もしたいですが、大事な話をしなくてはいけませんね」
「………あの〜、おふたりさん。コメディの雰囲気からいきなりシリアスな話へ転換しようとしても無駄ですよ」
「「まあまあまあ、そこは気にせずに」」
「読者が困惑しちゃいますよ?」
「叶夢。それ以上言ったら私の作った硫化水素を嗅いでもらうよ?」
「申し訳ございません、もう黙ります」
「うん、それでよし」
ああ調教されてるんだなと神無は思った。
恭太郎は神無の方を向き直り、真面目な顔をして口を開きだした。
「それでは今から、大切な話をさせていただきます」
「(……ゴクリ)」
神無は突如変化した恭太郎の重たい雰囲気に固唾をのんだ。
「端的に言います。―――神無さんは私の従姉妹なのです」
「……え」
神無は聞こえた単語が信じられなかった。
神無はこれまで生きてきた17年の間、一度も自分の父親以外の親族に会ってこなかった。幼い頃に父から聞いた話によると、父と母は駆け落ち。両方の家からも結婚を認められなくて、逃げ出すように二人で新しい街で生活したらしい。それっきり連絡も取っていなくて、絶縁状態だった。おじいちゃんやおばあちゃん、いとこやはとこ、叔父や叔母といった存在は自分にはないものだと思っていた。
それなのに、今目の前にいるのは自分の従兄弟だという。
「しょ、証拠は?」
動揺しながらも神無は恭太郎に聞いた。
「これらの写真を見ていただけますか」
恭太郎はそう言って懐から2枚の写真を取り出した。
その写真の一つは、広い和室の中にざっと50人ほどが並んでいる集合写真だ。小さな子供からよぼよぼの老人、美しい女性や屈強な筋肉の男などまさに老若男女が写真に写っている。カラー写真のようだが色褪せていて相当昔に撮られた写真なのだろうと推測できた。しかし奇妙なことに、集合写真であるにも関わらず写っている人たちは誰一人として笑っていない。それは神無にとっては不気味に感じられた。
そしてもう一枚の写真には、生前の若い父と母と小学校高学年くらいの男の子二人が笑顔で写っていた。
父と母の間に挟まれるようにして男の子二人がほっぺたをくっつけて仲良さそうにピースをしていた。
「……これ、お父さんとお母さん?」
ぽつりぽつりと神無は確かめるように恭太郎に聞く。
「そうですよ」
「じゃあ、こっちの二人の男の子は?」
「それは私と恭さんです」
ずっと大人しく神無と恭太郎の話を横で聞いていた叶夢が声を上げた。
叶夢にしては珍しく落ち着いた声と表情だった。
写真の中にいる叶夢と恭太郎は子供らしく素直な笑顔を見せている。現在は叶夢と恭太郎はほぼ同じくらいの身長であるが、幼少期は叶夢の方が恭太郎よりも頭一個分大きかったらしい。
「小さい頃のお二人、とても可愛らしいですね」
「「いやいやいや、それほどでも〜」」
二人はまんざらでもなさそうだ。顔がにやけている。
神無はもう一枚の大人数の写真に目を移した。
「それで……、こっちの写真は?」
「……………相模家の全体写真です」
神無の問いに恭太郎が答えた。
「………相模家について、神無さんは知る必要があります。だって、神無さんは相模家にとって重要な人ですから」
「………どうゆう?」
叶夢は恭太郎のことを親しみを込めて「恭さん」と呼んでいます。
とても尊いですね。