屋敷で出会った人
神無と叶夢の二人は屋敷の中にこっそりと侵入し、小さな部屋の中にいた。
「私の部屋です。小さいですが、どうぞくつろいでください」
「ありがとう」
案内された部屋は確かに屋敷全体と比べると小さく感じた。
「それで、ここまで連れてきて話したいことって?」
と言いながら神無は部屋の中央にあった座布団の上に腰を下ろした。叶夢はもじもじしながら神無の対面に座る。
「ああ、えーっと...。その話なんですが、ここで話したいというかある人に会わせたいというか......」
「なら最初からそう言えばいいのに」
「あー、その人っていうのが少し、いやかなり恐ろしいお方で......。そう言ってしまうと神無さんを怖がらせてしまうと思い......」
「私、そこまでビビりじゃないからね?」
神無はジト目で叶夢を見る。
「いやいやいや、あの方はとっても恐ろしいですよっ?!私に蜘蛛やミミズや硫酸やらを投げつけてくるのですよ?!」
「最後のはほんとに危険だから気をつけなね」
「その方を今、この場に召喚するのですよ?!恐ろしくありません?!あの方は悪魔ですっ!あ・く・ま!」
「......酷い言われようですね、誰が悪魔ですか?」
「ぎゃああぁぁ、出たぁぁ、おばけぇぇぇ」
突然背後から男の人の声が聞こえて神無は驚いた。が、それ以上に驚いていたのは隣に座っていた叶夢であり、大声を出してひっくり返った亀のように後ろに倒れ、手足をバタバタさせていた。年上の男が暴れている光景は滑稽である。
「おや、そこにいらっしゃるのは......」
神無が声がする方を見上げると、そこにいたのは20代くらいのスーツを着た端正な顔つきの男性。
その顔を見ると神無はすぐに学校でのことを思い出した。父の死や叶夢との出会いなど色々なことがあり、数週間前の朝のホームルーム前に起こった不思議な出来事は遠い昔のように感じられる。
「はい!そうです、谷崎神無さんをお連れしました!」
叶夢は姿勢を正して座り、まるで投げたボールを走って取りに行き飼い主のもとに戻って来た犬のような表情でその男を見上げた。
「よく出来ました」
そう言ってスーツの男は笑顔で叶夢の頭をわしゃわしゃと撫でる。叶夢はまんざらでもなさそうだ。
しかし男は突如、撫でていた叶夢の髪の毛をぐしゃと強引に掴んだ。
「ところで叶夢。先ほど私のことを悪魔と言っていたのは、私の幻聴でしょうか?」
「あ、......ぁあ......」
途端に叶夢の表情はこわばり、体が震えだした。
男は叶夢の頭をぐいっと引っ張り、顔と顔を近づける。
「これは......。お仕置きが必要なようですね?」
「ひ、ひいぃぃ」
「あ、あの。ゆ、許してあげてください......」
「いえ、神無さん。叶夢にはお仕置きが必要なのですよ」
と言ってニタリと微笑む。叶夢はビクビクと震えだす。
すると次の瞬間、チュッという音がした。
「は?」
神無はその時、男と男がキスする瞬間を見てしまった。
「いやああああぁぁぁぁ汚されたああぁぁ......。私、お嫁に行けない」
と言って叶夢はほろほろ涙を流す。男は叶夢の反応が面白いようでくすくす笑っている。神無だけ状況についていけなかった。
「申し訳ございません神無さん。お見苦しいところをお見せしてしまい」
「あ、いえいえ......。どうぞお構いなく......」
神無はなんと言えばよいか分からず、とっさにそう言ってしまった。
すると男は、はっとして神無に視線を移した。
「そういえば私、まだ神無さんに名乗ってませんでしたね?前に学校でお会いした時に名前を述べさせていただきましたが、色々なことがあり忘れてしまわれたでしょう?」
「あ、はい。......すみません......」
「いえいえ、お気になさらず。では改めて。私の名前は相模恭太郎と申します。恭太郎とお呼びください」
その名前を聞いて神無は思い出した。
「え、待ってください。お二人ともお知り合いでしたか?」
叶夢は涙を流したまま鳩が水鉄砲を食らった顔で、恭太郎と神無の顔を交互に見る。
「はい。以前神無さんの学校にお邪魔させていただいた際、神無さんとお話しました」
「えええええぇぇぇ!!!!それならそうと仰ってくださいよぉ」
「すみませんねぇ」
恭太郎はニコニコしながら謝る。悪いとは思っていなさそうだ。
叶夢はキスされた所を触りながら、「うぅ、なんでいつも......。もしかして恭さんはキス魔......?遊び人?まさか男もいけるのか......?恐ろしいっ!」と泣きながらブツブツ呟いている。