故郷へ(5)
周りに全く民家も道も無いウォード家の中は、非常に静かで、パタパタ……と彼女たちの足音が小さく聞こえていた。キッチンに近づいて行くと、サイモンが食器を動かしている音がしているようだ。
クララ、それからドロシーとルルがキッチンのある部屋に入ると、ちょうどサイモンが切り分けられたベリーパイを三つの皿に入れているところだった。
テーブルの近くに置かれている大きな止まり木には、ライサスとロニーが並んで休んでいたようだ。
ライサスは居眠りしそうな様子でうとうとしていたが、ロニーは熟睡している。
クララに促されて、ドロシーとルルはテーブルのイスに前に座った後、サイモンはベリーパイと紅茶を持ってきた。その後、彼はボウルに入れたストロベリーとラズベリーとクランベリーも、テーブルの上に置いたようだ。
三種のベリーの甘酸っぱくて爽やかな香りが、テーブルいっぱいに広がっている。
「と……、ドロシー。パイだけじゃなく、そのままのベリーも食べてもいいよ〜。紅茶もお替わりあるし、遠慮無く言ってな」
ドロシーがベリーパイをゆっくりと食べていると、サイモンも席についたようだ。イスの上に居たルルは、いつの間にか丸くなって眠っていた。
クララはと言うと、サイモンとドロシーより先にパイを食べ終えると、ひと休憩もせずに生のベリーも口に運んでいったのだった。
【氷】の魔術が得意な彼女は、ベリーを手に取った瞬間に凍らせると、次々に食べていった。
「ん〜、パイもベリーも美味しい♪」
「ふふ、そうですね。……美味しかったです、サイモンさん! 本当にありがとうございました」
パイを食べ終わった後に、数粒のベリーも味わうと、ドロシーはサイモンにお礼を伝えたのだった。
ドロシーからの言葉を聞いて、サイモンは「……おう、そっか」と小声で答えた。ドロシーは気付かなかったようだが、照れたサイモンは耳を赤くさせたようだ。
クララと一緒に、サイモンがティータイムの片付けをしている時、ようやくライサスとロニーが起きた。まだ眠そうなロニーは欠伸をし、シャキッと目が覚めたライサスはサイモンたちの方を見つめたようだ。
「そーいえばロニーが、最近お兄様は仕事を抜け出して、よくセイナン町の街中に行ってるみたい、って言ってたわね〜。てかっ、まさかこっそりとドロシーお姉様にアプローチしてなんて、意外だったわ! 激務を理由にして、縁談だけじゃなくて、言い寄る女性にもやんわりと断ってばかりだったし〜」
クララがシンクの中で食器を洗っている時、突然予期せぬことを言い出したので、サイモンは思わず濡れたフォークを布巾で拭いていた手を止めた。
すると、止まり木に居るロニーをじいーと睨んで、こう言ったのだった。
「ロニー。……お前、マンナカ城から何度もオレを尾行してたのか?」
いつもは穏やかなサイモンが目が据わった顔をしながら、珍しく冷ややかな声で問いただしたので、ロニーは体をビクッと震わせた。冷や汗もかき始めて、眠気も一気に覚めたようだ。
「じ、ジョッ、ジョセフ様からの指示で、サイモン様の様子を見に行ってたんですよっ! きょ、興味本位の尾行じゃ無いでスから!!」
サイモンは「ふーん……」と非常に低い声を出すと、殺気立ちそうな目でロニーを見つめ続けていた。
ロニーは冷や汗が止まらなくなり、ものすごく焦っている。
「サイモン様。ほっ……、ホントですからね!! でスからっ、魔術で真っ黒焦げにはしないでくだせー! オイラ、まだ死にたくないデスッ!!」
と言うのは、ロニーはお調子者が故に、うっかり余計なことを話し過ぎて、サイモンの逆鱗に触れてしまったことがあるのだろう。〈宿屋オーロラ〉に泊まっていた、あの酒癖の悪い客のように、肉体的にも精神的にも痛かった記憶があるらしい。
しばらくすると、サイモンは気持ちが落ち着いたからか、表情が少し緩んだようだった。再びクララの方を見ると、彼は話し始めたようだ。
「アプローチと言うか、いろいろ思い詰めた上の過労で倒れる寸前まで、自分の不調に気付かない程、頑張り過ぎてたから、また同じこと繰り返さないか、今もずっと気になっている感じかな……。てっ、お前どーして、ドロシーのことを『お姉様』なんて呼ぶんだよ??」
「ん〜……、そうね。もしかしたら将来、親戚になる可能性もあるでしょ? それにっ、ドロシーお姉様は純朴で真面目で、仕事もできる素敵な女性だと思うわ。来週の夏至祭で同級生とかに会ったら、がっつりとアプローチされるかも〜。だから……お兄様、頑張りなさいっ!」
妹からの上から目線にモヤモヤしながらも、サイモンは好意を寄せる相手がアプローチされる可能性があることには納得したようだった。
夕方になったが、白夜の季節なので、外は太陽の光に満ちていて明るいままである。
キッチンから離れると、ドロシーは一階の西側にある廊下で、美しいステンドグラスを見つけたようだ。〈ヒダマリ大聖堂〉のステンドグラスよりは小さく、ウォード家のものは一つしか無いようだが、とてつもなく存在感がある。
二羽の小鳥が飛んでいる青空の下で、地面に一輪のスズランが咲いている風景が描かれているステンドグラスに、ドロシーは心を奪われたのだ。
「お母様のリクエストで造ったの。あっ、玄関横の肖像画に描かれているのが、私たちのお母様よ! スズランは、お母様が好きだった花なの」
ドロシーとルルが帰る直前に、そのようにクララがドロシーにステンドグラスのことを教えてくれたようだ。
サイモンとクララは、森の出入り口までドロシーと送った。
サイモンはマンナカ場の晩餐会に、クララはホッポウ魔術学院の初等部に居た頃の友人の家に行く予定だそうだ。
ドロシーたちは帰りの馬車に乗って帰宅し、永い一日中が過ぎていったのだった。




