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「私なんて」の日常。


 私は今、何の目標もないまま無気力に日々を過ごしている。まるで、自分の周りだけ時が止まっているようだ。



 

 「よし、できた。大丈夫。」


 そう小さく呟いたものの、また髪を整え直す。

 (あ、ここニキビができそう)

 薬を塗り

 (眉毛濃すぎたかも)

 眉を描き直して…。

 鏡を見ているとどんどん自分の顔の嫌なところが気になり始める。

 (どうせ不細工だし...外出たくない)

 

 「そんなことない!大丈夫。普通だよ!?」


 そんな風に声に出して自分に言い聞かせる。

 (普通ってなんだよ)

 と心の中でツッコミつつ、何とか準備を終える。


 私の名前は田村琴音。実家暮らしの二十六歳。大学を卒業し就職をしたものの、体調を崩し三ヶ月で退職。目眩と吐き気の症状があり病院を転々とした結果、()()()()と診断された。

 通院の甲斐もあり、現在症状は落ち着いている。無理のない範囲でアルバイトをし、必要最低限のお金を稼ぐ日々だ。症状が落ち着いているとはいえ、半年くらい経つと具合が悪くなってしまう。その度に仕事を転々としてきた。

 なぜこうなってしまったのかと悩む日もあるが、過去の自分を受け入れられるように日々頑張っている。おっといけない。主治医の先生曰く『頑張らないこと』これが私の頑張ることらしい。


 

 「行ってきます!」


 おばあちゃんへ声を掛けて家を出る。


 「あら、琴音ちゃんお出掛け?」


 門を出たところで近所のおばさんに声を掛けられる。嫌な人に会ってしまった。

 (サイアク)

 と心の中で悪態をつく。

 彼女は斉藤さん。噂話が大好きで、いつもご近所の奥さま数人と井戸端会議をしている。


 「こんにちは。急いでいるので失礼します〜。」


 精一杯の笑顔で挨拶をし、小走りでその場を後にする。


 「頑張った。偉いよ琴音。偉すぎる!」


 小さな声で自分を褒めながらも

(また私のこと噂されるんだろうな。嫌だなぁ。)

 頭の中はぐるぐるとマイナス思考になる。

(どうせ私なんて引きこもりだし...)

 その後の記憶はあまりなく、気分は沈んでいるものの何とか目的地まで辿り着いた。


 「あの、予約していた田村です。」


 「はい!保険証お預かりしますね。」


 無事に受付を済ませて、ホッと胸を撫で下ろし椅子へ座る。

 (本当に疲れた)

 まだ病院へ到着し、受付を済ませたばかりだというのに疲労が凄い。

 今日は月に一度の心療内科への通院日。平日だというのに、待合室はとても混み合っている。

 (悩んでるのは私だけじゃない)

 一人一人の抱えている事情は違えど、そう思うと少し心が軽くなる。


 ようやく順番となり診察室へ案内される。診察室は和室。畳のいい匂いがしている。この部屋がとても落ち着くのだ。


 「失礼します。」


 「久しぶり。さ、座ってね。」


 彼は伴野先生。40代半ばといったところだろうか。いつも作務衣を着ており、先生というよりは何かの職人さんのように見える。

 

 「最近の調子はどうかな?」


 「症状は特に出ていません。」


 「それは良かった。新しいバイト先はどう?」


 「今のところ大丈夫です。知り合いのお店なので。」


 「それなら安心だね。声に出して自分を褒めることは続けられているかな?」


 「はい。些細なことも言葉にしています。」


 そう、私が何でも口に出して自分を褒めるのは先生からのアドバイスだ。今でもあまり実感はないが、私は自分に厳しすぎるらしい。


 「お、偉い。これからもゆるっと続けてみてね。」


 そんないつも通りの会話が続いていく。


 そろそろ終わりかなと思ったその時


 「田村さんは何か好きなことある?」


 「へ?」


 急な問いに変な声が出てしまった。今までそんなこと聞かれたことはなかったのだ。


 「僕はお茶を立てるのが好きなんだよ。何か思い付くものあるかな?」



 「()()



 気付いたら言葉にしていた。あまりにも自然に出てきたその言葉に、自分でも驚いた。そう、私は合唱が好き。


 「がっしょうってみんなで歌う合唱かな?」


 「そう...です...」


 「そうか合唱かぁ。いいね!」


 その話題はそれまでだった。もっと色々と聞かれるのかと身構えていた私は、少し拍子抜けした。


 その後、伴野先生はもう一ついつもと違う話をした。


 「何かやりたいことがあったらやってみるといいよ。もう一つ別のアルバイトをするのでもいいし、興味があることを始めてみるのでも。」


 「やりたいこと...」


 「体調が悪くなって仕事を辞めるのは悪いことじゃない。少しずつ琴音さんもそんな気持ちを持てるようになってきたように思うんだ。自分に優しくできるようにね。」


 先生の言葉に小さく頷く。私の顔を優しく覗き込みながら先生はゆっくりと話し続ける。


 「もしかしたら今のバイトに行けなくなる日が来るかもしれない。その時に他にやることがあれば心に余裕ができるのではないかと思ったんだ。逆も然り。新しく始めたことができなくなっても、今のバイト先がある。自分が進む道の選択肢を増やしておくんだ。もちろん無理にではないよ。」


 私は今まで仕事を辞めたら何もかも終わりだと思っていた。生きている意味がないとさえも。

 一回目の退職をした際、迷惑をかけた罪悪感や働けないことへの恥ずかしさなどのマイナスな気持ちから、周りとの縁をほとんど切ってしまった。心配してくれた友人へも連絡を返すことができていない。好きなことも何もかも『私なんかがやってはいけない』と自分で自分に呪縛をかけた。

 その結果、一つの仕事を辞める度に塞ぎ込み家に引きこもる。それの繰り返し。

(たしかに今の私なら全てを辞めずにいられるかもしれない。もしかしたら悪循環を断ち切ることがるかもしれない...でも、怖い)


 「少し考えてみます。」


 「もちろんゆっくりで良いんだよ。何かあればすぐに連絡してね!」


 そう優しく声をかけてくださる先生。誰かを頼るのが苦手な私だが、伴野先生なら頼れるかもしれないと思っている。


 「はい、ありがとうございます。」


 と返事をし、診察室を後にした。



 家に帰ると


 「ことちゃん、おかえり〜」


 とおばあちゃんが声を掛けてくれる。


 「ただいま!」


 「疲れたでしょう。お夕飯できてるよ!今日はハンバーグにしたからね。」


 「おばあちゃんありがとう。手洗ってくるね」


 (ありがとう。おばあちゃん。)

 おばあちゃんはいつも優しくダメな私を受け止めてくれる。もう八十五歳だというのに、元気いっぱいだ。そして誰にでも平等で、本当に素敵だなと思う。


 「ことね、おかえり〜」


 「ワンワン!」


 二階から母とマロンの声がする。


 「ただいま!」


 私の家族は二世帯住宅で暮らしている。二階に父と母と弟、そして犬のマロン。一階に父方の祖母と私といった具合だ。祖父が昨年亡くなり、それからは私が祖母と一緒に過ごすようになった。


 両親は共働きで、家族のために頑張ってくれている。そして、私なんかの味方でいてくれる。ずっとずっと迷惑ばかり掛けてきたというのに。

 弟の名前は大輝。二十二歳で医大生だ。私とは違って、しっかりと人生を歩んでいる。

 マロンは私が中学三年生の頃に家族になった。もうおじいちゃん犬だが、何かあると私を守ろうとずっと側にいてくれる。心優しいわんこだ。

 そしてもう一人、一人暮らしをしている妹がいる。彼女の名前は綾音。二十四歳で中学校で音楽の先生をしているらしい。『()()()』としているのは私がもう五年程、綾音と顔を合わせていないからだ。私のせいで綾音はほとんど家には帰って来ない。私が全ての原因だ。




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