英雄の弟
Rüiです。
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昼夜を問わず太陽に照らされた屋敷が、カンタレラ王国・シエロ村にはある。
その屋敷の上空では、幸せを呼ぶアルバ鳥が優雅に飛び回っており、彼らの背中を押すようなあたたかいそよ風が吹いている。
ここにいれば、天使のラッパすら聞こえてきそうだ。
そんな天国のような空間にいながら、とある青年は今まさに地獄を味わっていた。
ドアの前に突っ立っている、白に近いクリーム色の髪に薄い青色の目を持つ青年。
彼は名をシーフ・エレメントという。このカンタレラ王国の”英雄の弟”である。
彼の兄たる英雄が生まれ、偉業を成し遂げ、カンタレラに”もっとも楽園に近い国”とうたわれるほどの平和をもたらしたのは、およそ五年前のことだった。
五年前、カンタレラ王国は魔族と戦って敗戦し、奴らの横行に酷く頭を悩ませていた。
あのとき、シエロ村は小さな辺境の都市であり、魔族に狙われる日が来るなど誰も考えもしていなかった。それが、突然魔族がやってきて、街を破壊し始めたのだ。
住民はおろか、地方軍の兵士たちさえパニックになっていた。
魔族の連中からしてみたら、逃げ惑うだけの人々を制圧することなんて、赤子を黙らせるより簡単なことだっただろう。
魔族はそれから住民を虐殺し、無償で獣のように飲み食いをし、大した知識もないくせに政治に割り込んで王国をめちゃくちゃにしていった。
もうだめだ。
国の外に出ることすらできない。
奴隷のように暮らし、奴隷のように死んでいくしかないのか………。
国民が絶望と落胆に沈んでいたその時だった。
当時20歳だった英雄、フェリウス・エレメントが、カンタレラを脅かしていた魔族を一晩のうちに葬り去ったのは。
当時14歳だったシーフは、文字通り地獄の日々を送っていた。
魔族に青い目をした者はいない。魔族に白い髪の者はいない。奴らからすれば、奇抜な外見の子供だったことだろう。
魔族の子供たちはシーフに”遊び道具”として目を付けた。
ある日突然、奴らはシーフのもとに近寄ってくると、何の前触れもなくシーフを殴り始めたのだ。
「や、やめろよ!…痛い!嫌だ、いやだぁっ!」
必死に抵抗するものの、奴らは無駄に数が多い。
シーフ1人に、そのときは8人の魔族が暴力をふるっていた。
魔族には遠慮も手加減もない。
シーフはそのことをちゃんと知っている。
2日前、同じように魔族に嬲り殺された近所の幼児を見ていたから。
僕も殺される。
死にたくない。
嫌だ。
嫌だ嫌だ嫌だ!!
「兄さん!!!」
気づけば、ひたすら兄を呼んでいた。
声が枯れるまで、血が流れて頭がぼんやりしてくるまで。
兄は……フェリウスはそのとき、魔族に命じられて重い倒木を運ぶ仕事をしていた。
フェリウスは純粋に力持ちだし、地元では一番強い魔法が使えたので、さまざまなことでこき使われていたのだ。
それが、遠くから弟の悲痛な叫び声を聞きつけて、仕事なんかほっぽり出してすぐに駆け付けてくれた。
その時点でもう、フェリウスに後戻りはきかなかった。
仕事に戻れと殴りつけてきた魔族を、魔法で粉々に消してしまった後だったから。
「シーフ!!!!!」
フェリウスは血だらけになった弟を抱きかかえながら、さっきの悲鳴よりも大きい声で弟に呼びかけた。
「にい、さん……」
「シーフ、ごめん。ごめんな……耐えてくれ。すぐ回復魔法をかけてやるから………コンソラーレ」
瞬時に高度な回復魔法を施し、シーフを治療する。
魔族の子供たちはその間にフェリウスをも殴ろうとしたが、彼に触れる前に魔法で焼け焦げにされていた。
フェリウスはシーフの脈拍を確認し、防御魔法をかけ、そしてゆっくりと立ち上がった。
周りにはこの騒動を見ていた魔族たちが群がっており、フェリウスは何十人もの魔族に囲まれている状況だった。
状況的には、こっちが圧倒的に不利だ。
……だけど、だからなんだっていうんだよ。
こっちは弟を奪われかけたんだ。
何の価値も威厳もない、ただのうのうと生を貪っているだけのカスどもによって。
そう思うと、いっさいの躊躇が胸の中から消えて行った。
もう躊躇なんかしてやるものか。
鏖だ。
カンタレラから、この汚らわしい能無しどもを一匹の凝らずたたき出してやる____!!!
やがて、反抗したことを面白がったのか、ガタイのいい魔族一匹が近寄ってきた。
「やってくれたなァ、坊主。言っとくが俺はあいつらみてえに弱くはねえぞ。見ちまった以上は処刑しねえと……悪く思うなよ、ガキ__」
「モリーレ」
フェリウスが呟いた瞬間、魔族の体は消し炭になった。
周囲の魔族たちはおろか、住民たちですら何が起きたのかわからず混乱している。
大人5人で抵抗しても勝てない魔族……しかもその中でも強い個体を、あの青年が一瞬で消し去ってしまった。その事実に目を疑っているらしい。
フェリウスも、自分で自分に驚いていた。
自分にこれだけの力があったなんて知らなかった。
いや、今は怒りで魔力が膨強しているのか。
どちらにせよ、今はとても都合がいい。
やっと、こいつらを地獄に叩き還せる。
その場にいた魔族たち数十人をも一瞬のうちに消し炭にすると、フェリウスは弟を抱えて村中を歩き回った。
見掛けた魔族はメスだろうがガキだろうがすべて殺し、人間には効かない広範囲結界を張って、国中の魔族を一夜のうちに葬り去った。
………それで、力尽きて寝て、起きたら英雄として称えあげられていたというわけだ。
もちろん、魔族とはいえ大量に生き物を殺したわけだから、フェリウスを畏怖する者も少なくない。
だがみんな、それ以上に魔族への怒りと恐怖が大きかった。
魔族はあれ以来、カンタレラ周辺には近付かない。
奴らから解放してくれた英雄を崇めこそすれ、恨むなんてとんでもない。
国中が彼を崇拝し、国王はフェリウスを”英雄”として手厚く支援しているのだった_____。
何とも感動的な英雄譚だが、今だけはどうして英雄になんかなってしまったのかと、シーフは兄を恨めしげに見つめていた。
フェリウスはにっこりと弟に微笑みかける。
……ほら、この表情。
次にいうであろうセリフが手に取るようにわかる。
太陽に照らされながら椅子に背をもたげる英雄は、シーフに向かってこう告げた。
「魔王討伐パーティーの勇者になってくれ」
いかがでしたでしょうか。
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