DAY7
「おはようございます!」
「うん、おはよう」
幾何学的な模様が張り巡らされた門を潜り抜けるとそこは王立魔法学園。出迎えの先生方の声を聞き、生徒たちはあくびをしながら登校する。
「おはようございます……ふぁあ」
王立魔法学園の朝は早い。まだ空が薄暗い中から、生徒たちは続々と登校してくる。なんでも朝は演習場が使い放題で、魔法の練習をする生徒がいるとか。私には到底真似できない。生まれてこの方、朝はめっぽう弱いのである。
特に今日はひどかった。とにかく瞼が重い。欠伸だって止まらないし、口を開きすぎて攣りそうだ。昨晩、なかなか寝付けなかったのだ。原因は言わずもがな。クロヌス殿下のことを考えていたせいだ。
昨日のことが頭の中を反芻する。いや、反芻されられていると言った方が正しい。あのとろけきった目で見つめられたら、私……
「やぁ、今僕のこと考えていたでしょ?」
体がびくっと反応する。私の前に現れたのはこの王国の学園長、ならびに王太子クロヌス・エルドレッド。なにを隠そう、私がこうなってしまった原因を作った男である。
「殿下!?」
(しーっ、声が大きい! 隠密魔法かけているから誰にも見えてないの。変な人に思われるよ?)
「そんな馬鹿なっ……ってあれ?」
前にいた女生徒が?マークを浮かべて私の前に立っている。クロヌス殿下の方を指差しても彼女は後ろを見てまた首をかしげる。どうやら本当に見えてないらしい。てことは私……勝手に驚いて勝手に喋ってる人だって思われてる?
「なんでこんなことするんですか。心臓に悪いですよ、殿下」
今度は小さな声で、誰にも聞かれないようこっそりと言った。まるで周りの目を気にしながら子供に説教する母親みたいに。殿下が子供で私が母親……というのはなんとも母性本能をくすぐるが、自分を律し抑える。これ以上彼のことを考えては、頭がパンクしそうだった。
(だって、アリアナに見せたかったんだもん~。ほら、見てよこれ! 風魔法の応用でこんなこともできるんだよ~)
殿下はそう言って、自分が着ている(ように見える)マントを見せてくれた。確かによく見ればなにかこう、一枚ふわりと。確かに布みたいなものが舞っている。だが光の当たり加減で見えなくなったりするし、なにより薄い。細目にしてやっと見れるかどうかの繊細な一品だった。
(これの名前をねぇ、さっき思いついたんだ! 名付けてクロヌス・マント! 僕の衣って意味だよ、かっこいいでしょ?)
「……ダサッ」
思わず声が出てしまった。いや、だってそうじゃない。なんなのよ、クロヌス・マントって……。魔法は一級品なのにネーミングセンスはその逆をいくのね。まぁ、人間らしいといえば人間らしいわね。欠点の一つや二つ、人間なら誰しもあるはずだもの。
(ちなみに、僕だけ声を出さずに喋れているのはエルフ族に伝わる口話術でね。なんというか、こう……意識を向けた人の頭の中に直接語り掛ける……みたいな? 訓練すればだれでもできるようになるよ。今度教えてあげよっか?)
私は無言で首を横に振る。放課後の個人レッスンという単語が頭の中に浮かんだからだ。普段ならこんなこと絶対考えない。顔も真っ赤にならないし、恥ずかしくて下を向いたりもしない。一体、私どうなっちゃったんだろ……
(今、どんなこと考えていたか当ててみようか? ん~、放課後……という単語は見えるな。あとは、個人……)
「~~っ、失礼します!!」
これ以上はまずいと思い、咄嵯にその場から立ち去る。危ない、あの男本当に危ない。透明になるわ、思考を読むわ、なにも声も出さずにしゃべりかけてくるわ。ただでさえこっちは表情に出さないよう我慢しているというのに、それを面白がっているようにしか見えない。
後ろから私の名を叫ぶ殿下の声が聞こえるが無視した。というより無視せざるを得なかった。彼が少し、意地悪気に笑っているのが見えたから。
今日の彼はまるで子供。私のことを面白おかしく手籠めにする、いじわるな少年。私を押し倒し、唇を奪おうとしたあの時とは正反対。なんだか遊ばれているようだったけど……不思議と悪い感じはしなかった。
妖艶な笑みを見るたびに、私の心は独りでに開き、彼の侵入を許していた。今思えば、殿下はいつだって触れていたのだ。くすぐったくて、うずうずしている心の一番かゆい部分を。私の中に眠る熱い生気の塊を指の腹で、指紋の凹凸を感じるくらいゆっくりと、じれったく。本当は触れてほしい……でも触れられたくない。淀む感情の起伏の中、欲しがる素振りを見せると彼は楽しそうにそっと手を放し、あとは自分で、と手を振って去っていく。いつだってそうだった。
私は悶々とした気持ちを押し鎮めるように、それでいて心の一つ折れれば波に逆らえず、ただ流れるだけ。誰が主導権を握っているかは、どう考えても明らかだった。
「はぁ、はぁ、はぁ」
螺旋階段を走る。教室はもう少し先だ。始業を告げる鐘の音が、鳴り響いていた。
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