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DAY5

「失礼します」


 コンコンとノックをしてから扉を開ける。中にはクロヌス殿下しかいなかった。


「やっときたね」

「すいません、途中で道に迷ってしまって」

「あぁ、たしかにここ広いからね。風の案内板でもつけておこうかな。特別に。君のためだけに」


 彼の瞳が近づいてくる。かすかにだが、吐息が当たった。私の鼻腔を刺激し、甘ったるい感情を流し込んでくる。

 唇にはつやがあった。健康的で、艶やかな丸みを帯びている。女性の目を盗み、唇を奪うのにそう時間はかからない。


「あの……クロヌス殿下?」

「クロヌスって呼んでよ。僕のお姫様」


 肩を掴まれる。王太子を独り占めしている高揚感と、背徳感が同時に襲ってきた。あれ、こんなことしていいんだっけ? てか、私ってなんでここにいるんだっけ? そもそも何でこんなことに……まぁ、いいや。もう何も考えたくない。ただひたすら流されたい。流れに逆らわず、ゆっくりとこの空気を漂いたい。


「アリアナ……」「殿下……」


 唇が迫る。もう何もかも彼に任せたい。あぁ、いままで必死に抵抗してきたけどここまでですわ。私は自分の無力さを痛感した。

 この優越感を知ってしまったらもう戻れない。今までの地味で、何の特徴もない無味乾燥な自分には戻りたくない。


「クロヌス先生、いらっしゃいますかー? あっ、いたいた」

「ん? どうしたの、ロザリーさん」


 突然、ロザリーの声が聞こえてきた。私たちは動きを止め、声の方へ振り向く。そこには、赤髪の少女がいた。青目は鋭く私を捉えている。


「えっとですね、実は相談がありまして……」

「そうなんだ。じゃあ、ここで聞くね」

「ありがとうございます!」


 彼女はぺこりと頭を下げた。そのままこちらに向かって歩いてくる。すでに私と殿下の距離は離れており、そこにロザリーが割って入る。


「あの、ここが分からないんですけど」


 彼女は前かがみになって教えを乞う。胸元が大胆に開いた制服とヒップを強調した短めのスカートを見せつけて。


「どれどれ? これは……」


 二人が楽しそうに会話をしている。その光景を見ているだけでなんだか胸が締め付けられた。またロザリーは私から奪おうとしている。そう思っただけではらわたが煮えくり返りそうだった。


「ありがとうございました。とても分かりやすかったです!」

「いえいえ、これくらいお安い御用ですよ。またなにかあればいつでも」


 彼女は一礼すると、私の方に向き直った。


「あの、アリアナ様?」


 ふと、ロザリーが話しかけてくる。心配するような眼差しを向けていた。


「大丈夫ですか? 顔色が優れないようですが」

「あぁ、いえ。なんでもありませんわ」


 平静を装いつつ、笑顔を返す。だけど、うまく笑えた自信はない。私は、彼女に対してどのような顔をすればいいのか分からなかった。


「本当に?」

「本当ですわ」

「なら、いいのですが」


 納得していない様子だったが、それ以上追及されることはなかった。


「あ、そうだ。よかったら一緒に帰りませんか?」


 唐突に言われた。返答に困ったが、ここは直感に従う。


「ごめんなさい。今日は用事があって……」

「そうですか。それは残念」


 ちっとも残念そうでない表情を浮かべながらロザリーは言った。


「では、お先に失礼しますね。さようなら」

「うん、さようなら~」


 手を振るクロヌス殿下に軽く会釈してその場を立ち去る。ロザリーがじっとこちらを見つめていたが気にしないことにした。


「はぁ~」


 深いため息をつく。ロザリーのせいでせっかくの気分も台無しだ。だけど、不思議と嫌な感じはしなかった。クロヌス殿下が心配そうに見つめてくれたからだ。


「どうしたの? そんなため息ついて」

「殿下。実はその……いや、やっぱりいいです。殿下にはあまり関係のないことですし」


 彼が私の手を握りしめた。そして、そっと抱きしめてくれた。私の気持ちは少しだけ軽くなった。


「そうか。なにかあったら言ってね。僕は君の味方だから」

「はい、殿下。ありがとうございます」


 彼の胸に耳を当て、心臓の鼓動を聞く。ドクンドクンという音が心地よい。私は目を閉じ、静かに眠った。


本日はあと二話投稿します。

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