表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

4/17

DAY4

「ふわぁ~あ」


 朝日が瞼を照らし、かすかに瞳を開けながら上体を起こす。部屋に戻ってからの記憶がない。気絶するように寝ていたのだろう。


「うわ、ぼっさぼさ」


 髪があらぬ方向にひん曲がっている。至急、寝ぐせを直さなくては。このままだと殿下に笑われてしまう。

 椅子に腰かけ、髪をとかす。長い茶の髪が徐々にまっすぐとなり、規律を正していく。痛んでいる髪の毛は水魔法で保湿する。昔は抜いてしまっていたのだが母から注意され、以後気を付けるようにしている。

 洗顔も手早く済ませる。水を操れるおかげで、普通の人の半分の時間で洗顔が終わる。小さいときこそ光魔法に憧れ、聖女としての道を歩もうと思っていたが、水魔法の快適さを知ってしまった今、もう戻れない。


 家を出るまで少し時間があった。私はぼぉっと目の前の鏡を見ながら、昨日のことを思い出した。不合格になったのに学園に入学できたこと、わたくしとの婚約を破棄した王太子が真の王太子に負けたこと。そしてわたしが王太子の婚約者兼生徒になる予定だということ。

 すべてが意味不明だが、これは真実だ。あの日買ったメダマトビデハダカデブネズミの三兄弟が私に訴えかける。


「……よしっ」


 考えていても仕方ない。とにかく行動あるのみ。徐々に理解していけばいい。憧れの学園生活。精一杯楽しまなきゃ。


「行ってきま~す!」


 母から習った一人暮らし防犯術『わたくし一人暮らしではありませんのでアピール』をし、期待と不安を胸に学園へと向かった。


(うわ、もうこんなに人が)


 教室に入ると、すでに大半の生徒が椅子に座っていた。魔導書をもくもくと読み進める者、隣の人に話しかける者、ただぼぉと座っている者、机に突っ伏して寝ている者。みんな行動は違えど、緊張していることはなんとなくわかった。


「はい、みんな席に座って。ホームルーム始めるよ~」


 教師の声が聞こえると、ざわめきは一瞬にして消え去った。私の髪が、どこからともなくあらわれた風によってたなびく。


(やっぱり)


 耳をくすぐる感触があり、確信する。風はいまだ、私の耳元をくるくると渦巻き状に漂っていた。

「あれ誰?」「担任違くない?」「え、まって、めっちゃイケメン……」周りからそんな声が聞こえてくる。


「いろいろ話したいんだけど、まずは書くこと全部書いてからね。ちょっと待ってて」


 彼は教壇に立つや否や、風魔法を発動させ教室内にあるビン栓を一本残らず抜いた。中に入っていた実験用のエーテルが、彼の風魔法によってふわふわと宙を浮かび、文字を形作っていく。


(すごい……)


 圧巻だった。小さい文字も大きい文字も自由自在。すべてが彼の背中で自由に踊り、様々な文字を描く。水魔法が得意な私でさえできない繊細なタッチを、彼は表情一つ変えずにおこなったのだ。

 昨日の出来事を考えれば納得はできるが、やはり理解はできない。なんとも言葉では言い表しづらい魔法センスだ。


「みんな、おはよう。今日からこのクラスの担任をすることになりました、クロヌス・エルドレッドです。一部の生徒は知っていますが、こう見えて、この国の王太子ってことになっています。以後お見知りおきを」


 エーテルが人の形を作り、お辞儀する。熟練の魔法技術をただぽかんと口を開けて眺めていた生徒たちが、一斉に声をあげる。


「王太子!? なんで王太子が先生に!?」「すっげぇ! 俺らちょーラッキーなんじゃね!?」「きゃーっ、クロヌス王太子殿下~~!!」


 悲鳴に近い声援がこだまする。そうか、みんなはこの人と会うの初めてなんだ。初日での衝撃が忘れられない私にとっては信じられなかった。

 少し、ほんの少しだけ優越感に浸れた。みんなが羨む存在と私は特別な関係になっているんだ。そう考えると、胸の鼓動が治まらない。


「質問があるのですが」

「うん、何でもどうぞ」


 一人の男子生徒が立ち上がる。


「あの……アレクサンドラ・エルドレッド殿下が王太子ではないのですか? 失礼ながらクロヌスというお名前に聞き覚えがなくて」

「ん~、当然の疑問だね。授業を始める前にそのことについて話しておこっか。昨日、僕が学園にきたことについては知っている?」

「いや、知りません。授業が終わったのでそのまま家に帰り、床につきましたので」

「そうか。他のみんなはどうかな?」


 私以外のみんなが首を縦に振った。そりゃそうだ。ただでさえ入学初日は疲れるのに、早く家に帰って寝たいに決まってる。

 私だってもとはといえばすぐ帰って明日に備える予定だったし。


「よし分かった。最初の方から話そう。あれは僕が小さいころ……」


 彼はすべてを話した。前半は知っている内容だったから話半分で聞き流したが、みなはそういうわけにはいかない。口をぽかんと開け、情報多寡の中、必死に処理している。まるで昨日の私をみているようだった。

 後半はその後の話だ。あれから彼は王宮に直接乗り込み、洗いざらいすべてをアレクサンドラに吐かせた。時々嘘をついてごまかそうとしたらしいがすべて見抜かれ、結果自爆。現在は謹慎処分中で、しばらく表舞台には出てこられないらしい。ざまぁみやがれってんの。わたくしを甘く見た結果ですわ。同情の余地? まったくありませんこと。


「てなわけで、正当な王太子はこの僕、クロヌス・エルドレッドってわけ」


 は、はぁ。みんなは口々につぶやく。理解しているようで理解していない。そんな感じだ。


「しかし、数多ある職業からなぜ先生を選ばれたのですか?」

「婚約者から言われたんだ。先生になったら結婚してあげるって。人に教えるの苦手だけど、そう言われたら頑張るしかないよね」


 一瞬、思考が停止する。言ったっけ、そんなこと……いや言ってない、言ってない! 結婚するなんて確約一回もしてませんわ!! まぁたしかに、学園に入学したから少しはそういう気持ちあったけど? 風魔法を巧みに使うその姿を見てかっこいいと思っちゃってけど? でも、それとこれとはわけが……あぁもう!


(にこっ)


 私に向かって笑顔を見せる。その顔は爽やかで、いかにも好青年といった感じだ。隣の人が不思議そうに私を見たが、それとなくそっぽを向き、無視する。


「はい! 色々聞きたいことたくさんあると思うけど時間なので、授業始めますね」


「婚約者ってだれですか!?」という女生徒の言葉を無視し、話を始める。まぁ、答えられないよね。というか答えたら水ひっかけてやる。


「それでは皆さん、まずはお手元にある魔導書の冊数を確認してください。全部で七冊あるはずです。上から、火・水・地・風・雷・光・闇。他にも属性はありますが、一年生なのでとりあえず主要七属性をまずは押さえましょう」


 魔導書一冊一冊に目を移す。あれ? 昨日貰ったやつと全然違う。分厚い、とにかく分厚い。十センチ以上あるのもちらほらある。

 とくに風魔法なんかひどかった。親指と小指でサイズを測ってみたが、三つほど必要だった。増やしてる。絶対、あいつ増やしてる。自分の得意な魔法だからって、調子に乗って絶対ページ数かさまししてる。


「最初に配ったやつですが、あれは忘れてください。レベル低かったので、全部先生が作り直しておきました。これ一冊で卒業まで大丈夫です」


 にこっとほほ笑む彼。クラスメイトはみな、半ばひきつっていた。あれが低レベル? 次元が違いすぎる。


「今日は教科書を使って基本的なことから学びます。まずは先生の得意な風魔法からですね。魔導書の三ページを……」


 クロヌス先生が言葉を言い切る前に、教室のドアが勢いよく開いた。


「失礼します!!」


 入ってきたのは、赤髪で青い瞳を持つ少女だった。肩まで伸びた髪がふわりと揺れ、彼女の美しさをさらに際立たせる。


(うそ……)


 思わず声が出そうになる。彼女が美しかったからではない。知っている人物だったからだ。


「クロヌス・エルドレッド王太子殿下はいらっしゃいますでしょうか!?」


 彼女が叫ぶ。


「ここにいるよ」


 クロヌス先生が手をあげた。


「よかったです!」


 クロヌス先生の前まで駆け寄ると、息を整えながら話し始めた。


「実はお願いがありまして……」

「どうしたのかな?」


 クロヌス先生が優しく問いかけると、少し躊躇しながらも意を決して口を開いた。


「あの、私にも授業をしていただけないでしょうか!?」

「え!?」


 驚きの声をあげたのは私だけではなかった。みんながみんな、この子の頭大丈夫? 的な視線を送っている。当の本人はそれに気づかずクロヌス先生だけを見つめていた。


「それは構わないけど、君は?」


クロヌス先生が尋ねる。すると、待っていましたかのように自己紹介を始めた。


「はい、私、ロザリー・ドレアスと言います! 先日学園に入学いたしました、新入生です! 私、将来先生になりたいんです! そのためには先生のもとで学ぶのが一番だと思い、こうして伺った次第です! 是非とも私に授業をしていただきたいのです! よろしくお願い致します!!!」


 そう言うと、深々と頭を下げた。


「なぁ、これってどういうことだ?」「知らん。てかあの子可愛くね?」


 ヒソヒソ話が聞こえてくる。無理もない。私だって何が何だかわからない。彼女がロザリー本人なのはわかる。わたくしを昔からいじめ、婚約者を奪った張本人。だけど、それ以外のことが全く分からない。なぜ彼女が入学してきたのか。そもそも試験を受けていたの? なんで? 頭の中には疑問符が絶えず浮かんでくる。しかし、そんな私たちを置いてけぼりにして話は進んでいく。


「お願いします! 私をクラスの一員にさせてください!!」


 彼女は再度頭を下げる。しばらく殿下は悩んだが、彼女の誠実な態度を見てにこっと笑った。


「うん、わかった。いいよ」

「本当ですか!? ありがとうございます! これからよろしくお願いしますね、殿下!!」

「うん、よろしくね。ロザリー」


 彼女は一番後ろの席に座った。そして、嬉しそうに頬を緩ませている。私はただ呆然と見ていることしかできなかった。


「それじゃあ、みんなも再開しようか」


 何事もなく授業は再開された。ロザリーがクラスメイトになったことを気にする余裕もなかった。それだけ授業が難しかったのだ。終わった頃には皆机に突っ伏していた。


「それではこれで終わりにしたいと思います。また明日お会いしましょう。遅刻しないように来てください。では、解散!」


 そう言い残して、彼は教室を出て行こうとした。だが、雪崩のように生徒たちが行く手を阻む。


「先生、サインください!」

「いや、そういうのはちょっと……」

「婚約者って誰のことですか!?」

「ん~詳しくはいえないなぁ」

「エルフの里についてもっと詳しく話を聞きたいです!」

「また明日にでも話そうか」


 クロヌス先生は一人ひとり丁寧に対応していく。さすがだ。


(ん? なんだろう)


 とんとんと肩を叩かれた。見ると小さい風が舞っていた。わたくしの机に、エーテルの文字が浮かび上がる。


『あとで職員室においで』


 どきっとしたが、すぐさま我に返る。はて、どうしたものか。聞きたいことは山ほどある。だけどもし、二人きりで職員室とかになったら……いや、さすがに考えすぎか。でも世間知らずの殿下のことだし、なにかあってもおかしくない。


(ん~)


 どうすればいいのか考えながら、わたしは教室をあとにした。



本日の更新はこれで以上です。

明日も三話分(だいたい一万文字ほど)更新します。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ