DAY2
「王立魔法学園ってこんなに広いのね」
目の前に広がっているのは王都の街並みとは少し違う、いうなれば学生街。学園内でも生活に困らないほどの施設があり、この王国がいかに教育に力を入れているかが一目でわかる。あのクソ野郎がトップってのは納得いかないが……
「わ、メダマトビデハダカデブネズミのぬいぐるみだ!」
王立魔法学園のマスコットキャラクター、メダマトビデハダカデブネズミ。大きな目とお腹、その両方が飛び出たユニークな姿のネズミだ。公式によると、陽気で親しみやすく、お腹を撫でられるのが大好きなんだとか。
「三つください!」
「げ、あいつ三つも買うのかよ」「あれのどこがかわいいんだ? 女子の考えることは全く分からん……」
取り巻きの声なんて無視だ無視。だって、昔から欲しいと思っていたんだもん。母からキモイと言われ、いままで買うに買うことができなかった品物なんだもん。
まぁ確かに発表された当時は物議をかもし、女の子の間ではキモイ派とキモカワイイ派の二つに分かれ、いまでもその火種がくすぶっているとか言われているらしいから、そういった意見も全否定はできないけど。私は猛烈にカワイイと思っている。間違いない。
「それにしても、本当に入学できるとは……あいつ、一体なにもの?」
初めて見る景色に感動を覚えるが、それ以上に驚きが隠せない。もちろん合格通知書の件についてだ。
あれから一晩考えたが、結局学園に通ってみることにした。もちろんダメもとで。だが、私の予想は大きく外れた。職員に学生証を見せてもスルーされ、魔導書検問もあっさりと潜り抜け、ついには授業にまで出席できた。こんなざるな警備でいいのかしら、この学園。
一瞬、正規のルートで入ってきた生徒に申し訳なく感じたが、私も私であのクソ王太子に一発やりかえさないと気が済まなかった。せめてあの野郎にぎゃふんといわせてから退学してやる。そんな意気込みだ。関係のない一般生徒のみなさん、私情に付き合わせてしまい、大変申し訳ございません。
「やぁ、楽しんでる?」
聞き覚えのある声。振り返ると、そこには昨日の美男子が立っていた。
「あ、あなたは……」「久しぶり、アリアナちゃん。会いに来たよ」
そう言ってにっこりとほほ笑む彼。うーん、やっぱりイケメン。でも、なんかムカツク。
「ねぇ、ちょっと聞いていいかしら?」
「うん、なんでもどうぞ」
「あなたって何者?」
「僕はただの学生だよ。今はね」
「私があなたの合格通知書持っているのに、どうしてここに出入りできるの?」
「ん~まだ言えない」
「……はい?」
「そんなことはどうでもいいじゃん! さ、授業受けに行こ?」
「ちょ、私はもう授業受け終わったって、あの、聞いてる!?」
「さぁさぁレッツゴー!」
強引に連れていかれる。もうこうなったらヤケよ。やってやんよ。どうにでもなれってんだ。
***
「え~であるからして、君たちはこの王国のエリートとしての責務を……ってあれ? お、アリアナじゃん? 俺の元婚約者」
美男子に手を引かれてときめいた気持ちはある。調子に乗って学園に乗り込んでしまった自分も悪い。もっともっと慎重に行動しておくべきだった。そうすれば、こんなこと起こらなかったのに……
私、というより彼が開けたその扉の向こうでは最高学年の入学式が取り行われている最中だった。そして祝辞を述べている彼こそ、
「どうしたの? こんな所にきて、負け犬ちゃん」
私がいま最もむかついている相手、アレクサンドラ・エルドレッド殿下だった。
皆の目線が私に集中する。想像してみてほしい。大聖堂に集う、延べ三百人ほどの先輩たち一斉に睨まれることを。
「おや、まだ裏口入学の手続きはしていないのだが? それともお父様に泣きついて、学園生徒一日体験ツアー中でしょうか?」
「裏口入学? そんな制度あったのか? 」「いやいや、ありえねぇよ。最高学府なのにそんなこと認められるわけねぇだろ」「だよな、もしそんなこと起きたら大問題だよな」
会場がざわつく。すべての目線が私に集まる。アレクサンドラ殿下がコツコツ音を立てて歩み寄ってくる。
「なんとかいったらどうなんだ、元勝ち組」
途端、笑い声が大聖堂に響き渡る。周りの生徒も口を開けて呆然とするほど、アレクサンドラ殿下はただただ笑い転げていた。
「あなたに用なんかないわ。ただ私は、連れに誘われてきただけよ」
「連れ? 面白いことを言うなぁ、その連れってのはどこにいるんだい?」
「いや、私のすぐ隣に……」
「誰もいねぇぞ、お前の隣」
「え……?」
横を見る。確かに銀髪の美男子はそこにいた。彼は言葉を発することなく手を振っている。
「本当に見えていないの?」
「だから見えてねぇてよ。冗談もここまでくると呆れを通り越して笑えてくるな」
「ねぇ、みんなはどうなの?」
周りを見渡した。全員が首を横に振る。どうなっているの? 私にしか見えない? 幻覚? それとも……いや、違う。これは現実だ。なら、なぜ? どうして? 疑問が頭の中を駆け巡る。
だが、いま考えるべきなのはそれじゃない。いま考えるべきことは、 どうやってこの場を切り抜けるかだ。
私は必死に頭をフル回転させる。だが、何も思い浮かばない。まずい、非常にまずい。
「みなさぁ~ん、今からご説明しますねぇ。今私の目の前に立っているのは、無能なばっかりに俺の婚約者候補から外され、挙句の果てには体を売ってまでこの最高学府である王立魔法学園に入学しようとした薄汚い娼婦でぇす! エリートのみなさんは、こうならないように気を付けてくださいねぇ~!」
周りが静まり返る。みんなが目と目を合わせてどうすればいいのか思考しあう。
「ちょ、私はそんなこと一言も……!」
「この学園では俺だけが真実だ、今からそれを証明してやる」
彼はそれだけ言い残すと、聴衆に目線を合わせた。
「おい、笑え。てめぇら、俺に逆らう気か?」
……ハ、ハハ、ハハハハハ! 笑い声が聞こえた。一つ、二つ、三つ四つ五つ。どんどん増えていく。私が馬鹿だった。こんな所にこなければよかった。少し考えればわかるはずだ。
この学園は、アレクサンドラ殿下の支配下にある。だから、生徒も教師も逆らうことができない。彼の命令に従うしかない。それが、この学園のルールなのだ。そんな場所で、どうして彼に嫌われた私の居場所があろうか。
「いいぞいいそ、もっと笑え! あと罵れ! 魔法勉強のストレス、こいつにぶつけることを俺が、この学園長が許可してやる!」
一人、おびえていた生徒がいた。一番奥の右隅に座っているメガネをかけた華奢な男子生徒だ。
彼はすぐさまこの会場を後にするべく、扉を開けようとする。
「おいてめぇ、どこにいくつもりだ」
魔法によってアレクサンドラ殿下の元に引き付けられ、彼は首根っこをつかまれる。最高学年の象徴である黒色のハットが、ぽつりと下に落ちた。
「誰が退席していいっていった、あぁ?」
彼の顔はくしゃくしゃに曲がり、すすり泣いていた。
「ちょっとあなた、離しなさいよ!」
「気安く俺に触るな、ウスノロがぁ!!」
ドン というすさまじい音とともに、後方に倒れる。臀部の痛みはひどかったが、そんなのが気にならないほどここの空気はもっと最悪だった。
「お前らも退学になりたくねぇだろ!? だったら叫べ、「このゴミ女」ってなぁ!!」
「「……ゴ、ゴゴ、ゴミ女! ゴミ女! ゴミ女!」」
「あ~はっはっはぁ~! いいねぇ、楽しいねぇ!! 捨てた女を二度踏みするのさいっこうだぜ!!」
狂ってる。捨てられて悔しかったが、今はちっともそうは思わない。捨てられた方がまだましだったと心の底から思える。
「消え失せろ、アリアナ! お前はこんなところにいちゃいけねぇんだよ!!」
私は逃げようとした。だが、足に力が入らない。恐怖と屈辱と悲しみで腰が抜けてしまったのだ。
涙が溢れた。今までにない大粒の涙だ。一つ、二つ、地面を濡らし、奈落に吸い込まれる。これが私の人生なの? 今まで頑張ってきた結果がこれなの? どうして私だけ? どうして……
嗚咽が止まらない。聴衆にさらされ、ストレスのはけ口にされている今の現状に吐き気が治まらない。あぁ、そうか、私。もうダメなんだ。もういっそのこと、このまま……
「そんなことはないぞ」
風が吹いた。強烈な風だ。首根っこを掴まれていた彼の周りを旋回し、アレクサンドラ殿下の指を一本一本外し、地面にふわりと足がつく。
「今までよく頑張った、あとは任せろ」
銀髪の、謎の美男子が私に語り掛ける。周りの生徒が皆驚く。どうやら、彼の姿がみんなにも見えるようになったらしい。
「とんだクソ野郎のままで安心したぜ。これでお前を思う存分、おもいっきりぶん殴れる」
アレクサンドラ殿下の顔がみるみる青ざめた。
「──久しぶりだな、我が弟よ」