DAY17
辺り一面を巨大な光が覆う。私はその光景を、ただ眺めることしかできなかった。
「火属性魔法、インフェルノ──!」
「風属性魔法、シャングリア」
殿下の張った魔法障壁は、アレクサンドラ元殿下の火属性魔法で見事に溶け切ってしまったが、その刹那にクロヌス殿下は剣撃を加えていた。アレクサンドラ元殿下はその攻撃をなんとか躱し、もう一度攻撃しようと試みるも、クロヌス殿下に簡単にいなされる。
「っく!!」
「どうした、これで終わりか?」
次々と繰り出される斬撃と魔法の応酬。目で追える早さじゃない。二人のマナがぶつかり合う衝撃で、私の体も吹き飛ばされそうだ。
「なぁ、アレクサンドラ──お前はなぜ王様になりたいんだ?」
「……っ! あぁ!?」
気に触れたのか、格段にスピードが増す。アレクサンドラ元殿下の動きは見事なものだったが、徐々にクロヌス殿下が押し始めていた。
「答えろ!! 僕をエルフの里に置き去りにし、アリアナにまで迷惑をかけておいて……そこまでしてなぜ! この国の頂点に立とうとする!!」
「うるせぇ……! さっきから、ごちゃごちゃと……目障りで、鬱陶しいんだよ、てめぇは!!」
二人の剣が激しい火花を散らす。甲高い金属音が森中に響き渡る。その衝撃は周辺の木々を大きく揺らした。
「少しはやるようになったじゃないか。だけどまるで駄目だ、僕の足元に全くと言っていいほど及ばない。少しは力量を見極めたらどうだ?」
「それはてめぇのほうだろ!!」
激しい打ち合いの後、鍔迫り合いになる。クロヌス殿下は距離を取ろうと試みるも、アレクサンドラ元殿下がそれを許さない。
「インドラ!!」
「レフィオール」
互いのマナが激しくぶつかりあい、その衝撃で二人は大きく後ろへと飛び退いた。クロヌス殿下が自分の手を眺め、傷を確認している。
「厄介な魔法だな……」
「てめぇの属性魔法を無効にするだけの魔法だ──どうした! もう限界か? てめぇ如きじゃ相手になんねぇな!!」
「引き際かもしれないな……」
クロヌス殿下の手を見ると紫のあざに生々しい傷跡、そこから垂れる血潮は地面を赤く染めていた。
「クロヌス殿下っ──!!」
体が先に反応してしまい、思わず表に出てしまう。クロヌス殿下が手で静止したが、体は前へ前へと進み、殿下の手をしっかりと握っていた。
「──水魔法、エルクルージュ!」
私が覚えている中で、最も早く、かつ効果が出やすい回復魔法を出す。水魔法は光魔法には劣ってしまうが、それでも回復が得意な魔法だ。覚えておいてよかったと、心の底から思った。
「おやおや、女に治療されて恥ずかしくないのか、クロヌスお兄ちゃぁ~ん?」
アレクサンドラ元殿下は勝ち誇った顔でそう言った後、高笑う。クロヌス殿下もそれにつられるように笑った。とてもとても大きな笑い声だ。
「劣勢のてめぇが、なんで笑うんだよ?」
クロヌス殿下はそれでも笑うのをやめない。
「王であるのに、その程度の実力で……本当にいいのか?」
「あぁ?」
私を押し戻し、もう大丈夫と一言だけ発した。風魔法に乗せられ、安全な所まで運ばれる。
「聞こえなかったか? お前みたいなやつが王様になっていいわけがないだろ、と言ったんだ」
「──てめぇ!!」
挑発に乗ったのか、アレクサンドラ元殿下は猛スピードで突進する。クロヌス殿下は再び障壁を展開し、迎え撃つ。だがそれは先ほどまでのものとは異なり、大きく、そして分厚い、何層にも重なる魔法障壁だった。
「──なッ!?」
アレクサンドラ元殿下の渾身の一撃を何度も食らううちに、魔法障壁はガラスの割れるような音と共に砕け散った。が、中程で止まる。
「っ、インドラ!!」
魔法障壁が一気に解ける。二人の間にあるのは、わずかな距離。あとはただ、貫くだけ。
「終わりだ、クロヌス! 火属性魔法、インフェルノォォ!!」
アレクサンドラ元殿下の剣が赤く光り、爆発音とともに剣先を伸ばす。圧縮された熱風が爆発し、辺りの木々を燃やす。遠目から見ても分かるほどの凄まじい魔法……だが、それも一瞬だけだった。
「インドラ」
冷たく放った一言で、熱気が膨張をやめ、瞬時になくなる。クロヌス殿下の綺麗な髪が、ふわりと風に乗り、たなびく。
「は?」
アレクサンドラ元殿下は我に返っていた。なんでこいつが、禁忌魔法を憶えているんだよ……そう言いたげな表情だ。
「簡単な話さ、お前が覚えている魔法くらい、僕でも扱えるってだけだよ。それも、その何倍も上手にね」
「っく、インフェルノ!!」
「インフェルノ」
クロヌス殿下の剣とアレクサンドラ元殿下の剣が交差する。が、クロヌス殿下の方が早かった。アレクサンドラ元殿下の手から剣が離れ、放物線を描きながら茂みへと姿を消していった。
「王ってのはな──民にとっての指針だ」
アレクサンドラ元殿下は固まっていた。きっと、まだ状況がうまく理解できていないのだろう。得意な魔法ですら勝てない状況に。
「民のために身を挺し、誰よりも率先して戦う者こそが王に相応しい。私利私欲のため剣を抜くお前に、その資格はない」
「……うるせぇよ……」
「これ以上やるっていうんなら……」
「これ以上やるっていうんだったら、なんなんだよ!!」
アレクサンドラ元殿下の拳が赤く光り、熱気を帯びる。蜃気楼のようなもやがかかり、拳周りの空間がぐにゃりと曲がった。
「やれやれ、諦めの悪い弟だ。あまり危害を加えるつもりはなかったんだが……」
「クロヌス!! てめぇは、いつもいつも俺の邪魔ばっかりしやがって、ぜってぇ、ゆるさねぇ!!」
「それはこっちの台詞だ、アレクサンドラ。てめぇ、俺の女に手ぇ出しやがって」
一瞬、ほんの一瞬だけ森が暗くなった。夜中のような静けさ、鳥たちのさえずりも、虫の音も全く聞こえてこない。アレクサンドラ元殿下の恐怖する表情と、クロヌス殿下から発せられる真っ黒なオーラが事態がどれだけ重くなっていたかを物語る。
「禁忌魔法……」
「クロヌス殿下、それはだめ!!」
私は思わず叫んでいた。私の声を聞いたクロヌス殿下は、はっと我に返ると魔法の詠唱をすぐさま修正した。
「──インドラ」
アレクサンドラ元殿下の拳から、熱気のあるオーラが解け、丸腰の図体だけが前へと躍り出る。
「アリアナに感謝しろよ、アレクサンドラ」
瞬間、すさまじい音ともに見事なボディーブローが入る。アレクサンドラ元殿下はもはや立てず、ただ地面に突っ伏すだけだった。私はすぐさま殿下の元に駆け寄り、無事を確認する。
「すまない、アリアナ……僕はいま……」
「いえいえ、殿下が謝ることはありませんわ! 私はこの通り無事ですし、それに……助けていただき本当にありがとうございました」
クロヌス殿下が剣を鞘にしまい、私の元へと近づいてくる。目の前で止まるのかと思ったが、そのままぽふっと音を立て、私に体を預けてきた。
「ででで、殿下!? あの、これは一体どういうことでして!?」
「少しだけ……このままでいたい」
「え、そそ、そうですか……、それでしたら……(わ、わ、わ私はいいですけど? 久々に殿下に会えて幸せで、それでいて助けてもらって至れり尽くせりですけど!?)」
殿下の体躯は少し火照っていた。戦いの余熱なのだろうか、殿下の体を通してなにか暖かいものが、私の中心、芯というべき場所を温め、安堵感を心の底から溢れ出させる。ほんの少しだけ汗の匂いが混ざった、でも決して不快にはならない匂いが鼻腔をかすめる。私のために頑張ってくれたんだ、こんな私のために……精一杯……
恐る恐る、殿下の体に触れてみる。私の小さな掌ではとても覆い隠せないほどの胸板に、人差し指だけ当ててみた。心臓の鼓動が時折響き、屈強な胸板に、私の指ははじき返される。
「わ、ちょ……殿下!?」
唐突に、殿下が腰に手を回してきた。振りほどこうとしてもしっかり掴み、離さない。私の手は居場所を失い、殿下の腹筋も撫でる。服越しでもわかるほど段々とした溝に、指が引っかかるたびに、どくんと心臓が飛び跳ねる。
(殿下……)
久方ぶりの再開を喜び合う恋人同士、瞳を閉じ、お互いの体を感じ取る。殿下の体が少し震えているのが、分かった。