DAY16
ロザリーの意識が一瞬逸れた。私はその瞬間を見逃さなかった。彼女を押しのけ、空へと飛び立った。ロザリーは私に構うことなく全速力で逃げていた。へへ、どうだ、ざまぁみろってんだ。
「殿下!!!」
「──アリアナ、っ!」
クロヌス殿下は私のもとへと急降下してきた。途中、アレクサンドラ元殿下が火の玉を放ち何度も妨害してきたが、するりとぬけ、地面スレスレで私を掴む。
「アリアナ、無事でよかった」
「殿下──」
殿下の星空のように輝く瞳は、私の心を掴んで離さない。双眸の妖しい光は私の劣情を掻き立て、体に心地よい震えを響かせる。ほんの少しだけ、本当に少しだけ、甘えても許されるかな、と考えてはやめ、また考えては首を横に振る。
殿下の健康的な色彩に富む唇、白の正装に隠された引き締まった体、ゴールドアクセサリーを跳ねのける屈強な胸板。どこを見ても淡い感情が抑えきれず、また顔を赤くして下を向く。
「アリアナ、助けにきたよ」
私を助けた時のものなのか、はたまた元からなのか、服に少しのかすれ傷がついていたが、殿下はそんなこと些細なことだといわんばかりに、私から目を離さない。体が硬直し、殿下の整った顔立ちに見惚れてしまう。心が奪われたのを、殿下は見逃さなかった。
「アリアナ……」
近づく唇にどきっとする。背中に手を当てられ、ぐっと押し込まれる。脊髄からくる心地よい感覚は全身に広がり、私の頭を真っ白にして、抵抗する気力を失わせる。この気持ちいい感覚が安堵感からくるものなのか、それとも恋心からなのか、私には分からなかった。
「──殿下、っ、その──!」
必死に抵抗するが、押しのけようとした手は宙を掴む。体が火照ってきて、さらに強張る。あごは屈強な親指とすらりと伸びた人差し指に掴まれて、動かせない。殿下との距離が近づくたびに心臓が一つ、どくんと大きな音を立て、心拍数を上げる。殿下の顔が斜めに向き、瞳を閉じ、距離を狭めてくる。
「んっ、まっ……」
押しのける手を反発し、強引に戻す屈強な体躯。華奢な細い体でありながらも、私は、その裏に潜む屈強な身体をてのひら越しに感じていた。
「っ、アリアナ、避けて!!」
近くで爆発音がした。殿下はすぐさま私を抱え込み、ほうきに飛び乗る。低い轟音とともに、再び地面を揺らす。アレクサンドラ元殿下の火属性魔法が大地を揺らす音だ。
殿下は、私を抱きかかえたまま木々の間を飛んだ。殿下の華奢な腕に守られ、逞しい胸版に身をゆだねながら身を縮こませる。何度も枝にぶつかり肌を傷つけながらも、私を守るため低空飛行を続ける殿下の姿が眼に映った。
「私のためにすいません……」
「いいんだよ、悪いのは君じゃなくてあいつらの方さ」
殿下の体が少し強張り、力を貯めているのが分かる。
「アリアナ、しっかり掴まって」
「は、はい」
ほうきがどんどん地面から離れていく。アレクサンドラ元殿下の魔法の射程外まで飛行した。下を覗くと、魔法が当たり隆起した地面や、燃え盛る炎が見えた。
「まったく、世話の焼ける弟だ」
私たちは崖上へと着地した。眼下に広がる木々や森を見て、私は我に返った。殿下の身に何があったのか、ロザリーが言っていた王族間の争いとは一体……。考えれば考えるだけ、見えない溝に足を捕られそうだ。
「大丈夫、全部終わったらゆっくり話すから」
殿下のその言葉には、私は安堵した。ロザリーやアレクサンドラ元殿下が彼に何をしたのかは一切分からない。だが、今は目の前のことに集中するべきだろう。私は殿下に言われた通り、大木の陰に身を潜めた。
「クロヌス! てめぇだけは、ぜってぇ許さねえ!!」
「それはこっちの台詞だ、アレクサンドラ!!」
アレクサンドラ元殿下が猛スピードで迫ってくる。鬼気迫る勢いで向かってくる彼には、以前相対した時とは比べ物にならないほどの、強大で、狂気的などす黒いマナが宿っていた。
対照的にクロヌス殿下は冷静沈着。透き通るような綺麗なマナで、辺りを一面に膨大な魔法障壁を築き上げていた。
「さァ──!!」
「さぁ」
「「決着を付けようか!!」」