DAY14
炊事場で留守番となった。山に入るよりはましだが、なんだか寂しい。
任命されたのは奥の炊事場。ゆえに周りに人もおらず、聞こえてくるのは風の音に揺られ囁きかける葉っぱの音と、虫の音色だけだ。
(ん、何の足跡だろう……)
誰かが戻ってきたようだ。スタスタと足音が聞こえる。誰だろうと思い振り向くとそこには……ロザリーがいた。彼女も、他班と同じように食料調達に行ったはずだ。なのに……なぜ……
彼女の表情には余裕がなく、今にも泣きだしそうな顔をしている。どうしたのだろうか。まさか、事故でも起こったのかしら? もしそうなら大変なことだ。急いで助けに行かないと。
彼女は私の目を見つめている。その目は少し潤んでおり、今にも崩れてしまいそうだ。
私は立ち上がり、彼女に駆け寄った。手を握りしめ、何があったのかと問う。
「……」
返答はなかった。ロザリーの手は氷のように冷たくなっていて、体が震えていた。一体、どうしたというのだろうか。私は彼女を落ち着かせようと、優しく語りかけた。
「何があったの? ロザリー」
「……」
しかし彼女は何も答えなかった。ただ黙ってうつむいている。いつもの彼女とはまるで違う。何かに怯えているような……そんな雰囲気だった。
彼女は私の顔を見て、目をそらす。そして、私の後ろに視線を向けた。振り返ると、そこには何もいなかった。だけど彼女は、確かにいると言う。恐怖に満ちた顔で、彼女は言った。
―――黒い影が、追いかけてきていると。
黒い……影? にわかに信じがたいが、信じてほしいと目で訴えかけられる。目の前にいる彼女は、間違いなく怯えていた。私の背後に何かがいると言い、顔は青ざめ、呼吸も乱れ、肩で息をしていた。私の後ろ……ってなにもいないですけど。霊感ある人にしか見えないとか?
「とりあえず、先生の所に行きましょう。何か対応してくれるかもしれないから」
私は何も言わず、彼女の手を取り、その場を離れた。後ろを振り返ることなく走り続ける。あんなに青ざめた顔をされたら、さすがに放ってはおけない。
しばらくすると、木々の間から光が見えた。中央広場の光だ。もう少し走れば、何かわかるかもしれない。彼女の顔を見ると、まだ怖いのか涙を浮かべながら走っている。私は握っていた手に力を入れた。
「大丈夫、何がなんだか分からないけど、とりあえずできる限りのことはしてみせるから」
彼女がこちらに視線を向ける。目が合った。私は笑顔でうなずく。すると、彼女は安心してくれたようで、少しだけ笑みを見せた。
森を抜けた。そしてそこは……崖の上だった。
***
「ひっ!」
危なかったが何とか間に合い、一命をとりとめた。私は安堵のため息をつく。
「ここ……どこ?」
辺りは暗くなっており、星がきれいに輝いていた。風も強く、髪がなびく。
道を間違えるはずがない。通ってきた道を戻ってくるだけだから。じゃあなんで……あの光は一体なんだったの?
「相変わらず悪運だけは強いのね、あんた」
聞き覚えのある声がした。さっきまでは別人の声色だ。後ろにはロザリーがいた。私の手を払いのけ、フンとだけ言い、横を向く。
「ここはどこなの?」
「さぁ、一体どこなんでしょうね」
そっけなく答える。爪の間に挟まった小枝を取ると、ふっと息を吐いて飛ばした。
「黒い影は……?」
「そんなこと言ったかしら。ごめんなさい、忘れて」
いつものロザリーだ。往生際が悪くて、卑屈で、態度がでかくて……いつも私のことを馬鹿にする彼女。まるで黒い影に追われていた時とは正反対だ……というより、あっちが異常だったのだ。私は一瞬で悟った。騙されたと。
「なんでこんなことするの!? 私は本当にあなたのことを心配していたのに!」
「あら? アリアナごときが私の心配? 百年早いですわ。私もなめられたものね」
そう言うと、彼女は口元に手を当て、高笑いをした。
「なんでっ……どうしてこんなこと!」
本当に腹が立った。彼女に対してもそうだが、自分に対してもだ。彼女の口車にのせられないよう、拳を強く握りしめ誓ったはずなのに。
彼女はひとしきり笑うと、落ち着いたのか深呼吸をし、真剣な眼差しで私を見た。
彼女は何を考えているのだろう。私は恐ろしかった。彼女はきっと、これからとんでもないことを言ってくるに違いないと、直感で感じ取ってしまったからだ。
「連れてきたわよ。あとはお願い」
ほうきで飛んできたのは一人の青年だ。猫背でぼっちゃりとしたとんがり頭の……ってもしかして。
「パモス……先生?」
間違いない。私のクラス担任を臨時で引き受けてくださった先生だ。
「よっこいせっと」
「パモス先生……なんでこんな所に……」
「パモス……? あぁ、そういう設定でやってたんだっけ。俺」
声色が変わる。私の知っている人物だ。変身が徐々に解け、囚人服姿の背が高い、妙な威圧感のある男が現れた。
「ちょっと……なにするのよ!?」
見えない力に捕らえられ、崖の先で宙づりになる。足を一本だけ掴まれ、少しでも力を緩めれば、下まで真っ逆さまだ。
「久しぶりだなぁ、アリアナ。俺様の人生滅茶苦茶にしておいて、よくもまぁ、楽しそうに林間合宿に行けたもんだよなぁ」
「本当にその通りですわ。アリアナのくせに……敗者は敗者らしく、奥に縮こまっていればいいものを」
視界が上下逆さまだったが、よく見える。声高らかに笑うロザリーと、隣にいるのは……
「アレクサンドラ……元殿下」
「元は余計だ。それ以上余計なこと言ったら、まじで落とすからな、アリアナ」
私の……元婚約者だった。
明日も投稿します。




