DAY11
結局、放課後になっても気持ちは晴れないままだった。重い足取りで廊下を歩く。
今日は一日中授業に身が入らなかった。授業内容は頭に入らず、教科書は手から離れ、ノートは白紙のままだ。クロヌス殿下に当てられても、上手く答えられず、みんなに笑われた。おまけにロザリーがフォローしてくれて、尊敬の眼差しはいつしか私からロザリーへと移り変わっていた。
昼食を食べようと思っていたが喉を通りそうになく、食欲すら湧かなかった。だけど、食べないと元気が出ないので、無理矢理口に押し込んだ。だから胸やけがすごく、重い体を引きずるようにして歩いている。
今は下校中。夕日が沈んでいくのを見つめながら、一人とぼとぼと歩いていた。このまま家に帰って、何も考えずにベッドに飛び込もうかしら。でも、家に帰ったって何かが変わるわけではないし……。そんなことを悶々と考えていると、後ろから肩を叩かれた。振り向くとそこには……笑顔の殿下がいた。
「どうしたんだい、そんなに落ち込んで」
殿下に心配させまいと精一杯微笑む。だけど、彼の目は誤魔化せなかったようだ。
彼は小さくため息をつくと、私の手を取った。そのままゆっくりと歩き出す。私は引っ張られるような形でついて行った。殿下は何も言わない。ただ黙々と前に進むだけ。その背中からは、絶対に話を聞いてやるという確固たる意志を感じた。こうなったら観念するしかないか。私は諦めて殿下と共に歩くほかなかった。
***
「さてと、やっと着いた」
到着した場所は、校舎裏にある薔薇園。私は辺りをキョロキョロと見渡した。誰も……いないみたいね。安心すると、殿下がベンチに座るように促す。私は言われるがまま腰を下ろした。殿下は少し離れた場所に立つと、こちらに背を向けて、薔薇を眺め始めた。
しばらく沈黙が流れる。私は彼からの言葉を待ったが、一向に声がかからない。どうしようかと迷っていると、殿下が薔薇を一輪摘み取った。こちらを振り返り、薔薇を差し出してくる。戸惑いながらも受け取ると、殿下が満足そうな顔をした。よく見ると、薔薇の色が変わっている。さっきまでは真っ赤な色をしていたのに、今では白に近いピンク色になっていた。私は思わず感嘆の声を上げる。
「こんな綺麗な薔薇見たことがない……」
花びらの一枚一枚が繊細で、まるで芸術品のようだ。目を輝かせていると、殿下が得意げに語り出した。
「昔から植物が好きでね。特に薔薇は一番だった。そのままでも綺麗だし、こうやってマナを微調整すると色々な色に変化するのは面白いよね。アリアナもできるよ、やってみる?」
私は小さく頷いた。殿下の手が私の手と重なり合う。じんわりとした温かさが伝わってきた。
薔薇が徐々に色を変えていく。赤から白、黄色、青……ありとあらゆる色へ。水魔法を併用させると、さらに煌びやかな色に変化した。まるで薔薇が喜んでいるようだった。水と風が心地よく、まるでうたた寝をしているよう、ゆらゆらと揺れていた。
「ほら、できたでしょ?」
「……はい」
嫌な気持ちはすでに消し飛んでいた。目の前に映る綺麗な薔薇と、重なる殿下の温もりしか感じられない。殿下は私の変化に気付いたのか、重ねていた手を離すと、今度は頭を撫でてくれた。薔薇は七色に光り、虹を描いている。
「僕はいつだって、君の味方だよ」
殿下が後ろから抱きついてきた。薔薇を持っているため、抵抗することができない。
「ちょ……ちょっと殿下!?」
「ずっと浮かない顔してたから心配してたんだぞ。何一人で抱え込んでんだ」
「でも……殿下とは関係ない話ですし……巻き込むのも悪いかと思って」
「少しは頼れよ、俺を誰だと思っている。この国の王太子で、お前の婚約者だぞ」
「しかし……」
「他の誰を頼るんだ。言ってみろ」
殿下と目が合った。吸い込まれそうになるほど澄んでいる瞳。殿下といると心が安らいで、すごく落ち着く。私にとってなくてはならない存在だ。だけど、それと同時に不安も押し寄せてくる。もし、殿下がいなくなったら? 私を好きじゃなくなったら? また独りぼっちになったら……私は一体どうなってしまうだろう。
「もう少し……」
「もう少し?」
「……お側に……いさせてください」
気が付けば、言葉に出していた。いままで言いたかったのに、言えなかった言葉。やっと出てきた、私の本音。
殿下は何も言わなかった。一つうなずき、そっと私のそばにいてくれた。時折、頭を撫で、優しく抱きしめてくれる。
夜空に星が輝いていた。薔薇がしおれることは、なかった。
明日も投稿します。




