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DAY10


 校舎の裏につくと、既に殿下がいた。彼は壁に寄りかかって座っている。


 私は小走りをして、彼の隣に腰を下ろした。すると殿下は、私の顔を見て少し笑った。え? 何ですか、いきなり笑うなんて反則ですよ。そんなことされたら、また変な妄想をしちゃうじゃないですか。でも、なんだろう……この感じ。いつも見ているはずなのに、なんだか別人みたいに見える。あぁ、そっか。眼鏡かけているからか。


 そう、彼は眼鏡をかけていた。度が入っているのか、それとも伊達メガネなのか。どちらかは分からないが、とにかくかけていた。真面目そうな雰囲気の、黒い丸眼鏡を。風に揺れる綺麗な前髪を、はねのけるように。


 私はじっと彼を見つめる。やっぱり、素顔の方が断然いい。眼鏡越しだと、どこか冷たく見えるというか、近づきがたいというか。だけどまぁ……それでもカッコよすぎる。


 もしかしたら、これが本当の殿下の姿なのかもしれない。そう思うと自然と高揚感が増してきた。私だけが知っている、本当の殿下の姿。


 彼は読書をしていた。隣に座った私に一切話しかけず、ただひらすらに。隣からのぞき込むように見たが、内容が難しすぎて全く分からない。ちょっかいを出してみようかと思ったが、集中しているのを邪魔するのはまずいと思い、やめにした。


 明らかにいつもと違っていた。とくに今朝の自由奔放な子供っぽい殿下とは正反対だ。今朝はちょっとびっくりしたけど、逆にラッキーだったかもしれない。今日で殿下の違う側面を二つも見れた。普通の人は一つしか見れないのに、私だけ何個も何個も……。


 私は気づいた。というより、気づいてしまった。殿下は国の模範にならなければいけない御方。そんな方が、こうも普段とは違う姿を見せるというのは私がそれだけ特別な関係で、信用できるからなのだ。だからこそ、殿下は私の前では一肌脱ぎ、自らのすべてをさらしている。つまり殿下は私を試しているのではなく、もうすでにすべてを認めているということ……。あ、でも……待てよ。


 そしたら、昨夜押し倒されたのはなんで? 私を試したんじゃないのであれば……あれが殿下の本性? つまり殿下は本気で私と一夜をともにしようとしたけど、なんとか理性を保って引き戻ったというわけで……って、いやいやいや! ダメ! 違う、違うわ! あれは事故! きっとそうに違いないわ! うん、そう信じよう!……って、そもそもどうして私、こんなに必死になって否定してるんだろう。別に殿下が何をしようと勝手じゃない。だけど、なんだろ。なんだか……殿下に主導権を握られているのが嫌なのよね。


 私は大きく息を吸って吐く。こういう時は深呼吸が一番って決まっているのよ。そして、人って書いた字を飲み込む。そしてもう一度深呼吸……よし、大丈夫。万全の状態を喫し、私は顔を上げた。


「え……」


 思わず言葉を失う。殿下と目が合ったのだ。それも、熱のこもった瞳で。まるで愛しい者を見つめるような目で。


 胸の鼓動が激しくなる。さっきまで考えていたことが全部吹き飛んでしまうくらいの衝撃が走った。だってまさか、殿下があんな顔をするとは思わないじゃない。


 しばらく無言の時間が続いた後、殿下は本を閉じた。しばらく見つめ合う。沈黙を破ったのは殿下だった。


「アリアナ」

「なんでしょうか……殿下」


 声が震えている気がする。いつも通り話せていないような感覚を覚えた。だけど、それがどうしたというのだろうか。今は関係ない……たぶん。いやたぶんじゃない、絶対関係ない! 絶対、絶対、絶対!!


 私はごくりと唾を飲む。心臓の音がうるさい。体中が熱い。全身が燃えるように熱かった。


 殿下は私の手を優しく包み込んだ。その瞬間、体がびくんと跳ね上がる。今まで感じたことのない不思議な気持ちになった。


 殿下は言った。私にしか聞こえない声で。誰にも聞かれないように、小さな声で。私だけに聞こえるように、囁いた。


―――なんで人って字を書いて、飲み込んだの?


「……へ?」


 一瞬、思考が停止した。え……それ今、聞きます? いや、まぁ確かに分からなくもないですよ。殿下は今までずっとエルフの里にいたわけですから、人間界の常識が通用しないのは分かりますよ、分かりますとも。だけどさすがにそれはないでしょ。さすがに……でも、殿下だったらあり得るのか? いやいやいや、それを考慮してもよ。いくら殿下が世間知らずであっても、もっとこう……大事なことあるでしょ、私に伝えることあるでしょ!? せっかく二人きりなんだし~? いい雰囲気だったし~? 例えばその私の瞳を盗んで、唇を近づけてその…愛の告h……ってあぁ、もう!!


「コレハデスネ、キンチョウヲヤワラゲルタメニスルコトデスヨ。ムカシカラノクセデス、トクニタイハゴザイマセンワヨ」

「へぇ、そうなんだ。人間界ってそんな儀式があったんだね……ってなんで片言? あ、いや、言わなくていいよ。感じ取るから」


 殿下が私の額に顔を押し付けてきた。逃げようとしても頭を右手でがっちり掴まれて離れられない。彼の匂いが鼻腔を刺激する。甘くとろける匂いに、一瞬くらっと眩むような感覚に襲われた。大樹の下、木漏れ日に心地よい風を感じながら、私は瞳をそっと閉じた。殿下と私だけの、静かな時間が流れる。なんだかとっても心地よい。もうこのままでいいかな。そう思っていた時だった。


 ガサガサと草むらが揺れる音。私たちは一斉にそちらを見た。そこには二人の男子生徒がいた。二人は抱き合い、お互いを求め合っていた。一人は三年生でもう一人は……一年生かな? ハット帽で見分けがつくが、しばらく瞳を閉じていたため光に慣れず、ぼうっとぼやけていた。


「お、あれはもしや……遠い東の国で流行っているといわれている相撲ではないか? いやぁ初めて見るな~、ちょっと見に行かない?」


 草むらの方を指さし、起き上がる殿下。遠い草むらの陰では、一年生の男子生徒が三年生の男子生徒を押し倒していた。


「いやいやいや、殿下! あれは相撲ではありません!!」

「いや、相撲だよ。だってほら、まわしを取ってたし。そんでほら、その後押し倒したじゃん。こういうのを決まり手八十二手、押し倒しって言うんだよね」


 私は首をブンブンと横に振る。男子生徒の甲高い声と、徐々に高まっていく吐息が聞こえてきた。


「え、じゃあ……喧嘩? だったら止めに入らないと」

「それも違うかと。喧嘩はもっと目つきが鋭くて、荒々しい感じなので……似ても似つかないといいますか」


 私はとろんとした瞳の男子生徒を思い出していた。創作では割と見てきたけど、実際見るのは……初めてかも。


「じゃあ、一体なんなの?」

「いや、まぁそれは……たぶん」

「……たぶん?」


 言うべきか、言わないべきか。究極の二択である。だけど私の中で答えは決まっていた。恋に性別など関係ない。彼らの恋路に横やりを入れるつもりは毛頭ない。ゆえにここは退避一択。薔薇の成長を邪魔してはいけませんわ!


「……ととと、とにかく! 相撲でも喧嘩でもありません! 違いますから! 絶対、絶対、絶対!! 違いますから!!」


 殿下の手を掴み、急いでその場を離れる。後ろを振り返ると、二人が激しく求め合っている姿が見えてしまった。私は慌てて前を向く。


「ちょっと、急にどうしたの?」

「殿下に教えてもらいたい魔法がありますので、教えてください! さぁ、至急職員室へ!」

「そんなの後からでいいじゃん。とりあえず相撲の見学を先に……」

「今すぐに解決しなければならないことなんです! 至急、大至急! 猛烈に気になっている魔法があるんですぅ!」


 私は殿下の手を引っ張り全力疾走する。そして、そのままの勢いで校舎へと向かったのであった。


***


「あら、アリアナさん。それに殿下まで。そんなに息を切らして一体どうされましたか?」


 殿下と一緒に職員室の扉を開ける。数名の先生方がこちらを振り向いた。いつもであれば恥ずかしくなる瞬間だが、今回は全く気にならなかった。宿敵であるロザリーが目の前に立っていたからだ。私には目もくれず、隣の彼に話しかける。


「殿下、質問があるのですがよろしいでしょうか?」

「あぁ、全然構わないよ。だけどまずはアリアナさんの質疑応答を受けて、それからでもいいかな?」


 ロザリーの顔が一瞬ひきつった。彼女は自分に不都合なことが起こると、右頬を引き上げしかめっ面をする癖がある。昔からそうだった。あの顔を見るたびに私は意地悪をされてきたから、忘れるはずがない。過去の教訓を糧に、私は慌ててフォローに入った。


「クロヌス先生、彼女から先でいいですわ。私の質問はそこまで急ぎの用事でもありませんので」

「いやでもさっき、緊急の用事だって」

「また後で来ます。それでは」


 私はすぐさま職員室を出て、駆け抜けるように廊下を走った。殿下の声が後ろから聞こえてきたが、振り返らなかった。ただまっすぐ、一直線に駆け抜けた。教室に着いた頃にはすでに息は整っていたが、動悸は治まらなかった。あの顔を見るたびに、今までの嫌な経験がすべて思い起こされてしまうのだ。あんな奴、無視すればいいのよ。正論で自分を諭すが実行するのは難しかった。無視したら何をされるか分からなかったから。


 正しさで行動できるのは強い人だけだ。私みたいな弱い人間は、色んな回り道を経験する。論理で自分を抑え込もうとしても、心が追い付かないのだ。だから極力、顔を合わせないようにしてきたのに……まさか殿下と一緒である所を見られるなんて。


 教室の扉の前。今度は慎重に扉を開ける。私の存在に気付く人は、誰もいなかった。


「お母さん……私、いつになったら強くなれるのかな……」


 机に突っ伏した。お母さんの唯一の形見である、緑のペンダントを握りしめ。


本日の更新は以上となります。

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