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優しき天神は生贄を欲す 其の弐拾伍

少し遊んで、飽きたら殺すか喰ってしまえば良い。

そんな軽い気持ちで、鬼は女に声を掛けた。


「ここに一人で住んでんのか?」


「…!!」


そう話しかけると、女はびくっとしながら鬼を振り返った。

暗闇の中にいたせいなのか、女は両の目をしっかりと閉じている。


「…男の…人…?」


「女の声に聞こえんのか?」


こちらの性別が分かった瞬間、女の雰囲気が変わる。

明らかに警戒しているらしく、先ほどまでの落ち着きがなくなっていた。


…それはそうだろう。

こんな場所に一人で暮らしている盲人の女など、人間の男にとっては玩具のようなものだ。


警戒している女に一歩近付くと、女は気配を察して鬼から離れる。


「…別に取って喰おうってんじゃねぇんだ、そう警戒すんな」


そう言った後、鬼は小さく「今はな」と付け足すが、それは女には聞こえていなかったようだ。

女は少しだけ警戒を解いた。


「…旅人ですか?」


「…まぁそんなもんだ。灯りも点いてなかったし、人が住んでるとは思わなかったんでな、一晩泊まろうと思って入らせて貰った」


「そうでしたか、…私は目が見えず、明かりは必要ないんですよ。一応、通いで来てくれているおばさんがいるので、灯油はありますが…。あ、すぐにご用意しますね」


妖である男にも明かりは必要なかったが、それを言う必要はなく黙っていると、女は慣れた手付きで灯りをともす。


「…申し訳ありませんでした、お客人。…私は目が見えないので、大したおもてなしは出来ませんが、どうぞごゆっくり」


ずっと閉じたままの瞳で、女は優雅に笑う。

改めて見ると、こんな場所には不釣り合いな、息を呑むほどに美しい女だった。


絹のようになめらかな白い肌と、対照的に黒く艶やかな髪。


(こりゃ上物だな…)


つい不躾に、舐め回すように見てしまう。

何せ、長く生きて来た赤髪の鬼でさえ、ここまで美しい女は初めて見るのだ。


白い肌を切り裂き、吹き出す血が見たい。

なめらかな肌も舌触りが良さそうだ。

きっと内臓も美味な事だろう。


そんな誘惑に負けそうになるが、すぐに殺してしまうには惜しい程の美貌だ。


「お腹は減ってらっしゃいます?何かお作りしましょうか」


「食う物があんのか?その目じゃ、買い物もろくに出来やしねぇだろ」


「ふふ…、随分とはっきり仰いますね」


「気ぃ使うのは苦手でな」


「先ほど話しました、通いで来て下さるおばさんが、買い出しなどをやって下さるんですよ。家の中は慣れていますから、問題なく動けますし…」


この目は生まれた時からだから、見えない事が私には普通で、何の問題もないのだ。と女は笑う。


「それにこの山は天神様の加護があって、四季折々の作物が一年中とれるんですよ。都へ行かなくても、山で採れる野菜や果物で十分に凌げます。素敵でしょう?」


「……」


「山菜の汁物なら、温めれば直ぐにお出し出来ますよ。…ただうちには白米がなくて、ひえしか出せないのですが…それでもよろしければ」


「…最初から、こんな所で美味いもんが食えるとは思ってねぇよ」


「あら…ふふふ…。本当に歯に衣を着せぬ方ですね」


笑顔も笑い声も、本当に久し振りに…いや、人間の笑顔など初めて見た。と鬼はぼんやりと思う。


自分にとって人間は食糧、または性欲を満たす為の道具でしかなく、こうやってきちんと会話する事自体が生まれて初めてかも知れない。


基本的に、人間は自分の姿を見ると逃げるか、または殺されるくらいなら…と襲いかかってくるかの二通りしか無かった。


(…人間との会話どころか、会話そのものが数十年ぶりだぜ)


今よりももっと昔は、同じあやかしと一緒につるんだ事もある。

その頃は会話もしたが、それもどれだけ昔の事なのか、最早思い出すのも億劫だ。


正直、久し振りに誰かと会話をする事が楽しいと感じる。


これが盲人でなければ、おそらく自分の姿を見て悲鳴を上げていたはずだ。

そして悲鳴を上げられれば、殺していただろう。


運命など信じないが、こうしてここで出会ったのが目の見えない相手だったと言う事に、何かしらの縁を感じる。


「…例え加護があるとしても、何でこんな山で一人で暮らしてる?近くに都があるだろう?」


特に目が見えないなら、都にいた方が利便性は良いはずだ。

何故わざわざ、こんな山の麓で隠れるように暮らしているのか。


「…それ、は…」


「?」


何か言いにくい事でもあるのだろうか。

言葉に詰まった女に首を傾げる。


「何だよ?」


「…その…私は…」


そう言い淀む女に、鬼は初めて嫌なものを感じた。

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