表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
21/30

優しき天神は生贄を欲す 其の弐拾壱

驚かさないように、その後ろ姿に近付くと、数歩だけ離れた場所で脚を止める。


「…佐己」


後ろ姿がぴくっと反応する。

だが佐己は振り返らず、私に背中を向けたままだ。

私はもう一度、優しく声を掛けた。


「佐己…よね?」


確認するように問い掛けると、佐己はゆっくりとこちらを振り返る。


そして見えた佐己の顔を見た瞬間。

私は思わず佐己に駆け寄り、何も言わずに小さな身体を抱きしめた。


胸が締めつけられる。

見ているだけで、こんなにも胸が痛くなる顔を私は知らない。


「佐己…!!」


佐己は泣いていた。

姉である朔との約束をたがえぬように、張り付いた笑顔のまま、止めどない涙を流していたのだ。


顔では笑っていても、どれほど悲しいだろう、どれほど苦しいだろう。

悲しい時に涙を流すという行為は、決して弱い訳でも情けない訳でもない。実は必要な行為なのだ。


妖魔になって以降、きっと佐己は泣くのも我慢して、ずっと笑っていたのだろう。


(ずっと…お姉さんとの約束を守って…)


それでもずっと、泣かずに溜めてきた負の感情が爆発したのだろう。

見ている方も、胸が張り裂けそうな泣き顔だ。


「佐己…!頑張ったね…!お姉さんとの約束、ずっと守ってたんだよね。ごめんね、気付いてあげられなくて…」


好きで妖魔になった訳じゃないのに…。


「怖がってごめんなさい…、佐己…」


抱きしめる腕に力を込めると、佐己は戸惑ったように私の背中に腕を回してくる。

優しく頭を撫でてやると、その手はぎゅっと、抱きついて来た。













どれくらい佐己の小さな身体を抱きしめていたのか。

佐己は満足したように私から離れると、俯かせていた顔を上げた。


「…佐己…」


その顔は先ほどまでの張り付いた笑顔ではない、佐己の過去で見た普通の顔だった。


「お姉…ちゃん、ありがと…う」


「…!話せるの?!」


ずっと口をきかなかったから、勝手に話せないのかと思っていた。

驚いて佐己の肩を掴むと、背後から聞き慣れた声が聞こえて来る。


「その子は人間だ」


振り返ると、風玉様がこちらに向かって歩いて来る姿が見える。


「風玉様…?どうしてここに…。いえ、それより人間って…?佐己は妖魔になったんじゃ…」


そう佐己を見ながら問い掛けると、佐己は風玉様から隠れるように、私の背後へ回って腕にしがみついて来る。


「…?佐己…、大丈夫よ、風玉様はお優しい方だから…怖がらなくていいの」


そう頭を撫でてやるが、佐己は左右に首を降って、私の陰から出ようとしない。


「佐己…」


どうしたものかと思案していると、近寄ってきた風玉様は、佐己に目線を合わせるように、片膝を立ててしゃがみ込んだ。


「…佐己と言うのか」


「……」


「私の名は風玉、…少し私の話を聞いてくれるか?」


風玉様の言葉に、佐己は私を振り返る。

私は小さく頷いた。

すると佐己も、風玉様に向かってこくん。と頷いた。


「…ありがとう。…そなたの姉が生贄として山に来た事…。元はと言えば、私が原因なのだ」


「…え?」


その言葉に驚いたのは、佐己より私の方だった。

何故なら、風玉様は十年前はこの山にはいなかったはずだからだ。


風玉様がこの山に帰って来たのはつい最近で、十年前の生贄である佐己の姉…朔さんの事を知っているはずがない。


「伽耶…、前に言ったろう?この風玉と言う名は、大切な友人から貰った大切な名なのだと」


「…はい…」


「その友人の名は謝明しゃおめい。私が愛した女性だ」


「!!」


あやかしである風玉様が、人間の女性を愛した?


確かに人間と妖の恋物語は、遙か昔から言い伝えのように存在するが、それのどれもが悲恋で終わっている。


それらは、人間と妖は決して共に生きられない事を、教訓として後世の人間に伝える為の物語だからだ。


私が驚いた理由が分かったのだろう。

風玉様は悲しそうに目を細めると、そうだ。と頷いた。


「我ら妖と人間は上手くはいかぬ。寿命も違う為、必ず我らは一人残される」


「それでも…一人残される事が分かっていても…、その女性を愛したのですか?」


「ふふ…、伽耶よ…頭と感情は別のものだよ。そなたにも愛する者が出来れば分かる」


そう風玉様が言った言葉を聞いた私の脳裏に、何故か琥珀の姿が浮かぶ。


「…謝明は聡明で美しい娘であった。だが、おしであったのだ」


「え…」


「だが口がきけずとも、意思の疎通は出来る。暮らしている村で、唖である事が原因で、皆から迫害を受けている事は、容易に分かった」


確かに、人間は自分と違うものをいとう生き物だ。

風玉様の話を聞いていると、人間である事が恥ずかしくなって来てしまう。


「だが先程も言ったように、とても美しい娘でな…。謝明が唖である事を利用して、狼藉を働く男達も多かった」


「何てことを…」


…気分が悪くなる話だ。

口の聞けない娘を選んで乱暴するなど、人間のすることではない。


「初めて謝明と会ったのも、数人の男達に乱暴されている時だった。助けたは良いものの、村に返せば同じ事の繰り返しだ。その時の私は謝明を哀れに思い、山で一緒に暮らす事にした」


そこまで言うと、風玉様は言いにくそうに口を閉じる。

その顔は当時の事を思い出しているのか、つらそうに歪んでいた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ