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優しき天神は生贄を欲す 其の廿

気がつくと、私の意識はいつもの森へ戻って来ていた。

さっきまで見ていたのは、夢だったのだろうか。

それとも佐己が私に見せたのだろうか。


辺りを見回すと、既に雨は止み、佐己の姿もない。

状況が理解できずに、しばらくその場に立ち尽くしてしまうが、頭ではやるべき事が分かっていた。


(佐己を…探さないと…)


あの子は寂しいだけなのだ。

佐己の記憶の海を彷徨さまよった時。つらい記憶と共に、佐己の気持ちも私の中に流れ込んできた。


佐己には悪意など微塵もなかった。

姉と同じ年頃の私に優しくされて、ただ嬉しかっただけなのだ。


(それなのに…!!)


私は佐己の事を理解しようともせず、森の中で佐己に合った時、身勝手にも怖がってしまった。


(佐己はそんな私の気持ちに気付いた、だから…)


私に自分の事を知って欲しくて、自分の過去を私に見せたのだ。


決して害を加える気はない。

姉の代わりに、ただ傍にいて欲しかっただけなのだと、そう伝える為に。


(早く…早く探さないと…!)


あんなにつらく悲しい思いをした佐己に対して、私はなんて事をしてしまったのか。

私には佐己の気持ちが痛いほど分かるのに、知らなかったとは言え、深く傷ついている佐己を、またしても傷付けてしまった。


早く見つけて謝りたい。

早く見つけて抱きしめてあげたい。


気持ちばかりが先走ってしまい、暗い林の中を走る足がもつれてしまう。


何度か転びながらも、私は林の中を佐己を探して走り回った。

だが雨は止んだとしても視界が悪く、広い森の中を人一人探すのは困難だ。

…そう、思っていたのに。


「……」


視界に風に揺れる木々とは違う、何か動く物が入る。

あれは…。


「琥珀?」


確かに琥珀だ。

だが何故か泥だらけで、頭から爪先まで真っ黒である。


雨が降っていたのだから、濡れているなら分かるが、琥珀の姿は雨に濡れただけとは思えない。

まるで今さっき、土砂の中から出て来たかのようだ。


「どうしたんです?そんな泥だらけで…!」


「…ほっとけ」


そう言って、ふいっと顔を逸らすと、琥珀は私とは顔を合わさぬまま口を開いた。


「雨…大丈夫だったかよ?」


「…え?何です?」


木々が風に揺れる激しい音で、琥珀の声が良く聞こえない。

近づいて聞き返そうとすると、琥珀は苛立ったように声を張り上げた。


「何でもねぇよ!!つか、なんで外に出てやがる!!びしょ濡れじゃねーか!こんなに汚くなりやがって!!」


大きな手で私の頭を乱暴に掴みながら、琥珀は私の全身を見つめる。


「…よし、怪我はねぇな」


「…?…もしかして、心配してくれ…」


「するわけねーだろ!!」


「でも今…私の怪我の有無を確認して…」


「してねーよ!!」


慌てたように怒鳴ると、琥珀は私に分かるように舌を鳴らした。


「…それより琥珀!佐己…いえ、山の中で男の子を見ませんでしたか!?」


「…あぁ?」


「山に来てるはずなんです、とおくらいの歳の男の子です!」


そう言って詰め寄ると、琥珀は一瞬だけ不愉快そうに顔を歪ませた。


「…ニヤケづら餓鬼がきの事を言ってるなら、あいつは人間じゃなくて妖魔だぞ。見た目に騙さ…」


「知ってます」


そう、知っている。

妖魔である事も、妖魔になってしまった悲しい理由も。

そして、私に助けを求めて来たのだと言う事も。


「…妖魔だと分かってて会いたいってか?相変わらず変わった女だな、会ってどうする気だよ?」


「抱きしめます!」


琥珀の言葉尻に被せるように言うと、琥珀は「馬鹿なのか?」と言わんばかりに眉を寄せた。


「あの子…佐己は…確かに妖魔ですけど、悪意なんてなかったんです。私が…怖がったりしなければ…」


「あん?どう言う事だ?」


説明している時間も惜しいが、ここで琥珀と問答している時間そのものが惜しく、私は佐己に見せられた夢を簡単に説明する事にした。


すると琥珀は深く溜息を吐く。


「何となく、そんな気はしてたぜ。…十年前の生贄の女と同じ匂いがしたからな。くそ…、やっぱりそうだったかよ」


吐き捨てるように呟いた琥珀の表情は、苦虫を噛み潰したように歪められる。


その様子に、本当は琥珀も、朔さんが無事に下山し、村へ帰ったのかどうか心配していたのでは…、そんな気がしてしまう。


「琥珀…、佐己の行きそうな場所に心当たりはありませんか?会ったって、私に出来る事なんかないかも知れない。でも、じっとしてられないんです」


「…あぁ?心当たりなんざねぇよ。だが、あるとすれば…、生前の記憶に強く残ってる場所じゃねぇか?幽霊だって思い出の場所に出るくらいだからな」


思い出の場所、生前の記憶…。

そう口の中で呟いた時、朔さんが命を落とした場所が頭に浮かぶ。


「あれは確か…」


そうだ、もう少しで山を降りれるという場所。

後少しのところで、朔さんは狼に喰い殺されてしまった。


あそこは佐己が妖魔になってしまった場所でもある。

佐己にとっては悪い意味で、強く記憶に刻まれた場所のはずだ。


「ありがとうございます、琥珀!行ってみます!」


「…ぁあ?あ…、おい待て!阿呆あほ女!」


琥珀が慌てたように振り返るが、私はそれを無視して走り出した。












空が白み始めている、夜明けが近いのだ。

そのおかげで、森の中もうっすらと明るくなり、今までより見渡しがきく。


(この辺り…だと思うけど…)


記憶の中で見た場所を思い出しながら、私は佐己の姿を探して辺りを見回す。


(この先は森が途切れるし…、この辺りのはずなんだけど)


やはり少し明るくなったとは言え、深い森の中で人を探すのは無理なんだろうか。


注意深く辺りを見ながら場所を変えると、未だ森の中ではあるが、少しだけ木々が途切れ、開けた場所に出た。


「…!」


ここだ、間違いない。

記憶の中にあるとおり、時間が止まったように、十年前と全く変わらない風景がそこにあった。


そしてその風景の中に、佐己が佇んでいる。

後ろ姿で表情は分からないが、佐己はじっと、姉が倒れていた場所を見下ろしていた。


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